第百二十七話 決勝で勝とう
◎リザレクトの街 中央闘技場 控え室
「よーし。やるよ」
風音は椅子から立ち上がり、そう叫んだ。その風音の掛け声に呼応して手に持つチャイルドストーンも光って反応する。その力強い輝きに風音はユッコネエも存分にやる気のようだと感じた。
「うんうん、いい感じだねぇ」
その覇気に風音も満足げに頷く。両者とも勝ちに行く気満々であった。決勝が始まるまでは後少し。風音のテンションは限りなく上昇していた。
今は大武闘会本選最終日の午後。すでに午前の三位決定戦は終了している。召喚試合はカルティが昨日破ったメルライトと呼ばれるチャイルドストーン召喚体がタウロスナイトを破っていた。なおメルライトとは黄色い炎のような姿をしているウィル・オ・ウィスプ系の魔物である。
そして通常試合では弓花が辛うじての勝利をおさめていた。素のままで戦って勝てなかったので最終的には神狼化してゴリ押しした形だった。その後の『勝ったのに反省モード』の弟子に対し師匠は「とりあえず勝ったから良いではないか」と呆れ顔だった。現時点での弓花の力量では妥当な結果だとジンライは考えていたらしいが、弟子はあれじゃあダメダメちゃんです状態だったのだ。ミナカは「そのハングリーさが強さの秘訣とかですかね」と口にしていたが、風音にはよく分からない。ジンライはもっと調子に乗せようと考えていたようだが。
とまあ、そんなやり取りの後に昼食をとり、そして決勝である。
相手はスライグリード。風音もゲーム内での対戦経験はある。ゲームの通りなら土属性のトカゲだが、昨日聞いたとおり今は風属性もあるようだ。40年という月日を生きた今日の敵は強敵だろう。だから風音も今回は全力で挑むつもりだった。
そして、その全力とはスキル『情報連携』と叡智のサークレットの合わせ技。風音とユッコネエと遠隔視、3つの視界を元に死角をなくし、風音の意志をダイレクトに反映させながら戦闘を行うスタイルのことである。
「よっしゃ、勝つかんねえ」
そう言いながら風音はバンッとドアを力強く開けて控え室を後にした。
◎リザレクトの街 中央闘技場
その日の会場は熱気に包まれていた。止むを得ない事情により大会が延期となり、そして急ぎの開始となったことで例年参加しているメンツも多くが不参加。それでは盛り上がりに欠けるのではないかと当初は懸念された。
だがふたを開ければ今年初参加のメンバーが想像以上の実力だった。中でももっともパフォーマンスに長けていたのは間違いなく風音であり、本大会の最後の召喚試合も例年よりも人が多く入る結果となった。
「フォッホホホホホホホホホ!!」
そして召喚試合決勝戦の開始である。
突然の笑い声と共にドカーンと爆発が起こり、東門から七色の光とともに七色の髪のオバチャンがケバケバしい格好で踊りながら入場してきた。
その踊るカルティの周囲をまるで護るかの如く並び立ちポーズを決めていく謎のマッチョメンたち。中心にいるカルティの気分はまさしく女王様という感じだろうが本物の女王様はそんなことはしない……と、どこぞの女王様なら言うだろう。
まあともあれ、ド派手ではあった。実際、その登場にはお祭り好きのリザレクトの住人は大いに沸き立った。だが、そのままカルティが中央に到達すると今度は西門の扉がガンッと開いた。
そこから、まず聞こえてきたのは雷鳴であった。そして出てきたのは稲光を走らせ、雷鳴をかき鳴らす漆黒の重装甲の馬と馬車。つまりはヒポ丸くんとサンダーチャリオット、それを操っている(ように見える)タツヨシくんドラグーンである。
それが轟音と雷の光を発しながら走って中央まで来るとキキィとドリフトで横にして止まった。放電現象がバチバチバチッと放たれ、そのままバチンッと弾いたように音と共に光って消えた。
そのド派手で凶悪なパフォーマンスに観客が声も出せずにいると、馬車の扉が開き、スラーっと赤い絨毯が転がり落ちて、そのまま中央へと道を作った。そして中から小さな兵隊(量産型タツヨシくんだ)が2体出てきて敬礼をした後、ようやく少女が馬車からしゃなりしゃなりと降りてくる。
風音にしてみれば今の自分はまるでどこぞのお姫様といった気分だろうが本物のお姫様はそんなことはしない……と、どこぞのお姫様は見ていて思っていた。そこらへんに関してのお姫様の評価は厳しい。
その様子をカルティは(私よりも派手じゃない)と内心舌打ちしながらフンッと笑い、風音は(ああ、いいなあ)とマッチョメンたちを見ていた。少し見せ筋肉的だがああ並べられると羨ましくなる。悩ましき少女だった。
「やるわね」
「そっちこそ」
そのパフォーマンスで互いに互いを認め合った両者は向かい合った相手に称賛を送る。どちらも相手が強敵だと認識できたようである。何を基準にしているが非常に不明ではあるが。
だが両者は今や互いを認め合ったライバル同士。
その両者の間にある火花に審判もゴクリと唾を飲み込みながら、召喚体を出すように促す。そして風音がユッコネエを出す。その姿をじっくりと観察しながら続けてカルティがチャイルドストーンで召喚する。そして出てきたのは全長4メートルはあろうかという巨大なトカゲ。しかも妙に筋肉質であった。
「ほぉ」
風音は思わず感嘆の声を漏らした。人ではないがその鍛え上げられた肉体に魅せられたためだ。そして風音はユッコネエを見る。
(自分で筋肉を鍛える……そういう道もあると)
その風音の視線にユッコネエが若干怯えていた。
「よせ。それはいかんぞ」
会場で見ていたジンライがそう呻いた。かわいくなくなってしまう。それはいけない。
だがそんなやり取りも早々に終わり、向かい合う両者に対し審判が声をかける。
「これよりリザレクト大武闘会 召喚部門決勝戦を開始する」
そして審判がサッと手を挙げた。
「始めっ!」
そして今大会、最後の召喚試合の開始である。
「さっさとかますよ」
風音はそう言うと、まずはユッコネエに爪で攻撃するように指示する。ユッコネエの攻撃はクローも尻尾の炎球も燃焼が継続してダメージを与える効果を持っている。最初からダメージを与えておけば蓄積されたダメージが後半に効いてくるはずだった。
「にゃっ?」
だがスライグリード『ビスマルク』は想像以上に素早い。突進してきたユッコネエの爪攻撃を軽々とかわす。それを風音は叡智のサークレットの遠隔視で確認し、(風の力で自分の速度を上げてる? それもこの反応はまさか『直感』持ち?)と予想する。
スライグリードは『直感』は持っていなかったはずだが、どこかしらで『直感』か或いはそれに準じる何かのスキルを手に入れたらしい。
(移動速度もかなりのものだし尻尾の火の玉もこのまま撃つだけだと当たらなさそうか。こういう状況は難しいな)
風音はグッと下唇を噛んだ。風音たちはユッコネエに匹敵する機動力の敵とはまだ戦った経験がない。仮にそうした敵と出会ったとしても風音のサポートで切り抜ける予定だった。冒険者なのだ。補い合えば良しとしてる。故にユッコネエ単体での対策は現時点ではあまりない。
そう風音が考えていると続けてスライグリードからの攻撃が飛んでくる。自身の噛み付き攻撃と地面の土を操り地中から土の針を出す攻撃。それは風音のゴーレムメーカーに近いものだ。
「にゃっ、にゃにゃにゃっ」
だがそれをユッコネエはなんなくかわす。風音の叡智のサークレットと連携しているので例えば背後から、あるいは下からの攻撃だろうと見逃すことはない。それにユッコネエの機動力と『直感』も働いている。当たるはずもない。
その様子にカルティも歯軋りをして睨んでいる。確かにスライグリードはユッコネエに匹敵する機動力だが本来はそうした魔物ではない。経験自体は豊富でもそうした生来のアドバンテージはユッコネエの方が上であると風音も気付いた。
(だとすれば機動力でかき回せばいずれはこちらが勝つかな?)
だが攻撃力自体はあちらの方が上だ。噛みつかれては一撃でやられかねない。そう風音が考えている内にカルティの指示を受けてスライグリードが猛攻撃に出る。
数を撃って足を止めてしまえば勝てると考えたのだろう。ユッコネエも「にゃおんっ」と言いながら斬りつける。そしてスライグリードの肩に掠めたが、だが炎が吹き出る前に、その傷が消えてしまった。
(リジェネレイト系の超回復とか)
さすがに40年鍛え続けただけのことはあり多才な召喚獣だった。
それにはユッコネエも「にゃーご」と唸る。軽く掠める程度ではダメージを与えられないと気づいたのだろう。
「うん、分かってるよユッコネエ。好きにやっちゃいたいんだよね」
ユッコネエの様子に風音も考えを切り替える。問題なのは、攻撃が当たらないことだ。そして必要なのは速度だ。ダメージが累積するのなら長期戦も考えるがあの回復ではそれも望めない。ならば速度で上回り回復する前に倒しきらないといけない。だからできることはひとつだけ。
「いいよ、やりなっ!!」
そう言って風音はユッコネエにすべてを任せた。ただ一点速度で上回るつもりならば、風音の思考は余分だ。そしてユッコネエは尻尾の炎球を空に放った。
「なんなのっ?」
その炎球はカルティがもっとも警戒していたものだ。爪と違って粘着されればリジェネレイトでも回復しきれるかが分からない。だがユッコエは何もない空に投げた。そして飛び上がり、それを自ら『喰らった』のである。
呆気にとられてみたカルティだったが、その後にユッコネエの全身が炎に包まれるのを見て驚愕する。
「まさかブースト用だったってのかい?」
「うにゃあああああ!!」
カルティの問いへの答えは行動によって示される。炎に包まれたユッコネエは猛然と走り出した。
「ビスマルク、やっちまいな」
「ガーゴッ!」
カルティの指示にビスマルクが攻撃を仕掛ける。両手を交差し風の刃を放つ。そしてそれはそのままユッコネエへと向かい、
「やったかい!」
だが、ぶつかったはずのユッコネエの姿が歪んで消えた。熱の歪みで姿を隠すスキル『蜃気楼』である。シルフィナイト戦では動かずに獲物がかかるのを待っていたが、しかし炎に包まれたユッコネエは移動しながらそうした芸当が可能だ。そして
「ふにゃああああ!!」
「グッガゴー」
ようやくの一撃がヒットする。掠めただけでなく右わき腹への深い一撃。さらに『炎の爪』の効果により傷口から炎が吹き出す。それに苦しそうによろめきながらもスライグリードは続いてのユッコネエの攻撃はかわす。
「ちいっ」
その攻撃をかわした際の悔しそうな風音の表情にカルティはあることを推測する。
「ビスマルク、逃げな。そいつは長くその状態ではいられない」
「ッ!?」
風音はその言葉に唸る。確かに炎の玉を飲み込んだユッコネエは長時間の活動ができなくなる。だが、ユッコネエがそうすると決めて、風音も信じたのだ。
「行けーユッコネエ!」
だから風音が出すのは声援だけだ。その信頼にユッコネエは「にゃー」と答える。
そしてユッコネエは逃げるスライグリードに蜃気楼による多重残像を交え、追いつめ、切り裂き、そして炎球をブチ当てた。
「ビスマルクッ、やれる! あんたならやれるよ!!」
ここまでくればカルティもスライグリードを応援するだけだ。
後少しで倒せる。
後少しで効果が切れる。
両者の思惑により、王者と挑戦者の立場が入れ替わり、戦場は追うものと追われるものに別れる。そのあまりの高速戦闘に観客も息も止めてみている。だが決着はつく。必ず。
そしてスライグリードの動きが止まる。ユッコネエの攻撃で傷めたスライグリードの足がリジェネレイトの効果で治りきらずに遂に膝をついてしまったのだ。もっともそれは一瞬だ。すぐさま体勢を立て直し、スライグリードは走ろうとしたが、だがユッコネエにとってその瞬間は最大の勝機。
「いけええええ!!!」「にゃあああああ!!!」
風音の声とユッコネエの叫びが重なり、そのままユッコネエの爪がついにスライグリードへと突き立てられた。それは致命傷に近い大ダメージ。
「戻りなさいビスマルク!」
と、同時にカルティがスライグリードの召喚を解除した。
「勝者カザネッ!!」
審判の口から勝者の名が叫ばれる。
そして会場からは大歓声が響き渡った。
そんな中、ユッコネエがペッと燃える毛玉を吐き出した。
元々、あの粘着質のものは毛玉取り用のものだったのである。すっきりとしたユッコネエはゴロゴロとノドを鳴らした後「にゃんっ」と鳴いた。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:29
体力:101
魔力:170+420
筋力:49+10
俊敏力:40+4
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』『背後の気配』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』
風音「ぎ、ギリギリだったかも」
弓花「いや、それはめでたいけど本当に私飛ばされてるし」
風音「大丈夫だよ。私は見てたから」
弓花「まあいいけどさあ」




