第百十八話 試合をしよう
ミナカが尾けられた日の翌日である大闘技会の本選開始の日。風音とティアラとティアラの護衛代行のジンライは中央闘技場に、弓花、直樹、ミナカはそれぞれの試合のある闘技場へと分かれていた。
なお初日は通常試合が62試合、召喚試合24試合が朝から行われる。
初日は非常に厳しいスケジュールではあるが、参加者が行うのは一試合だけだ。
◎リザレクトの街 中央闘技場 控え室
「とりあえずこっちの試合をちゃっちゃと終わらせて弓花の試合を見に行くかなあ」
風音がそう言うとジンライも頷く。
「そうだな。だが、油断はするなよ。召喚師の戦いは大番狂わせが多いからな」
ジークのように分不相応に白竜などを手に入れる例もある。突然の新人が台頭してくることはよくあることだった。
「肝に銘じてる。ユッコネエも頑張ってね」
風音がチャイルドストーンに話しかけると淡く光った。
「頑張るってさ」
「楽しみにしている」
ジンライが頬を緩めてそう言った。ここ最近は猫スキー、暴走狂とジンライの属性がおかしな方向に進化していた。
そんなことを風音たちが話をしていると、控え室がざわめいた。
「あの人が来るみたいだぞ」
「まさか、大会6度優勝の常勝召喚師のカルティ・マスボーンか」
「見ろよ、入ってくるぜ」
そんな言葉が飛び交う中、ザシャンッと入り口から入ってきた七色に髪を染めたケバいおばちゃんがいた。いや、どちらかと言えばもうお婆さんの歳だろうか。服もラメが入りまくったケバケバしい格好だ。そのカルティが周囲を見回し、フンっと鼻息荒くして、悪態をついた。
「なんだい。今回の連中もまたひ弱そうなヤツラばかりだね」
何人かがその言葉に、敵意を向けるがカルティはそれを知ったことじゃないとばかりに控え室のなかへとズンズン進んでいく。
「それでぇ、今回は鬼殺し姫とかいうド新人が来たって聞いてたんだけどね。どいつだい?」
カルティがキッと睨むと、何人かが風音を見た。
(あー、見られたよ)
風音はあの手のおばちゃんとは相性が良くない。ノセると調子に乗って喧しいし、基本的に自分のうちの子が一番というタイプだ。何を言っても褒めても最後にはうちの子も〜で締めくくるおばちゃんだと風音は見抜いていた。
「あんたが鬼殺し姫とかいうやつかい。なんだい、まだ子供じゃないのさ」
「えーと、ども」
風音の控え目な挨拶にカルティはさらに鼻息荒くして悪態をつく。
「はっ、礼儀も知らないと来てる。私がこの部屋に入ったら、真っ先にやってきて額を床につけて、よろしくお願いしますーでしょうが。やっぱりダメねえ、今時の若い子は」
風音は口元をヒクヒクとさせて、我慢する。後ろのティアラも睨んでいるが、だがティアラの腕の中のメフィルスと横にいるジンライはそうでもないようだった。
「メフィルス様、目に悪い色をしたアホがこの場におりますがいかがいたしましょう?」
『死刑で頼む』
その言葉にカルティはハッと風音の横の男を見る。昔聞いた気のする声も聞こえた。
「は、あれ? ジンライしゃんでしゅか?」
幼児言葉になっている。ババアが幼児化している。可愛くはない。
「久しぶりだな。カルティ、漏らし癖は直ったのか?」
ジンライの言葉にカルティは「あーーーーーーーーーー!!」と叫びながら部屋を出ていった。周囲の人間は何事かとその様子を見ていたが、ジンライは「直ってませんな。都合が悪いと逃げる癖」と言い、メフィルスも『あの様子では頭の中は今もガキのままよの』とつぶやいた。
ティアラと風音はその状況に「???」となったが(そういえば前に昔の仲間にトカゲを召喚できる人がいるって言ってたっけぇ)と昔聞いた話を風音は思い出した。具体的に言うと第五十九話に若干出てますね。はい。
◎リザレクトの街 中央闘技場
さて試合である。あれからカルティは来なかった。風音も試合時間となり、案内されたとおりに闘技場の西門から中に入ると、凄まじい声で迎え入れられた。
「おおー、すげえ」
風音自身、こんなに大勢に声援を送られた経験など当然ないの少し気後れする。
風音も理解していることでもあったはずだが、ミンシアナでの活躍は冒険者を通じてこのリザレクトの街へと流れ込んでいる。情報屋のブリックなどがいるように竜船の停まるこの街はそうした情報が集まりやすいのである。
そして大闘技会としてもそのネームバリューを活かした形で使いたいわけで、三日前の急遽参加にもかかわらず風音のことは大きく宣伝されていた。白き一団率いる鬼殺し姫、ミンシアナの化け猫使いの名はわずかな間に広まり、そして賭けの対象としても本命のひとつとして挙げられた。
だがあくまでそれは紙の上での、言葉の上での評判。その姿が子供であることも含めてどこか作り話めいたものがあり、実際に見てみようと人々が集まったのが風音が今いる状況である。
「あんな小さい子が本当にぃ?」
「バカ、ドア磨かされるぞ」
「おーい、嬢ちゃんがんばれよー」
「ふん。大会の用意した見せパンダだろうよ」
「黙ってろって。実際に見てれば分かるさ」
「かわいいわねえ」
それぞれの観客の反応を背に風音は闘技場の中央へと向かう。
相手は同じチャイルドストーン召喚師の男で、タイラントオークを扱うらしかった。なお、闘技会の対戦表だがこれは公正に分かれたものではない。ある程度のネームバリューのあるもの同士は離されて上位にいった段階でぶつかるようにされているし、今回のように実力のあるもの同士を組み合わせて、その日のメインイベントにしたりもする。
「いやなこと、思い出すなあ」
風音は眉をひそめる。タイラントオークは風音にとって苦い思い出の一つだ。だが、召喚体としての格は強化前のユッコネエと同格。だが以前のユッコネエでも『直感』のスキルにより互角以上には闘えていた。今のユッコネエならば普通に負ける要素はないはずだ。
だが目の前の男は風音を見て、フンッと笑っている。
それを風音は気にした風もなくチャイルドストーンを取り出す。まあ普通に自分を見て子供相手と思うのは仕方ないし、例え同格の召喚体と聞いているとはいえ、子供の魔力と制御能力では自分に負けはないと思われても仕方がないことだろうと風音は考えていた。それにそう油断してくれるなら寧ろありがたい。
そして審判の召喚開始の声が出る。召喚試合では、一度召喚体を喚ばせた後で試合開始となる。
「ド派手に決めるよユッコネエ!!」
「ふにゃああああああああ!!!」
風音の言葉にユッコネエがチャイルドストーンから炎と共に顕現する。
その姿は通常のエルダーキャットよりも一回り大きく、尻尾は二股に分かれ、その先には炎の球がついて燃えていた。そしてユッコネエが降りたった大地がジュウッと音がした。ユッコネエの灼熱化した赤い爪が砂粒と接触して溶け出したためである。
「エルダーキャットじゃない?」
それを対戦相手の男は驚きの目で見ている。召喚されたタイラントオークも警戒しながらユッコネエを睨む
通常、召喚体が魔物の肉を食べても強化はほとんどされることはない。
上位種とされる格上の魔物の肉ならばステータスが上がることもあるが、実際に見た目にすら変質を加えられる肉というのは成竜やグリフォンなどのものとなる。なかでも成竜の最上位の肉などを食べた召喚体はほとんど別の魔物のように変化をすることとなるが、それは滅多に見られるものではないのだ。
そしてどちらの召喚も確認できた審判が「始めっ」と声をかける。
男は気を取り直し、タイラントオークに命令する。
「普通のエルダーキャットよりも大きいようだが、見た目は変わらん。足を狙って機動力を落とすんだ」
「グモォオオオ!」
タイラントオークは主の命に従い、走り出した。
それを風音はじっくり見ながらユッコネエに指示を出す。
「まずは尻尾の炎の玉を一つ使って牽制。そのままやれるなら続けて好きにやっちゃっていいよ」
「にゃっ」
風音の言葉を聞いてユッコネエも飛び出す。そして炎の球を尻尾から飛ばし攻撃する。タイラントオークはそれを持っていた棍棒でたたき落とそうとするが、だが炎は棍棒にへばりつき、燃え盛る。炎の中心はゼリー状の脂のようなものだった。それが接触したものに粘着し燃えるのである。
「グッフォッ」
たまらず棍棒を振り落とすタイラントオークだが、次の瞬間にはユッコネエの炎の爪が右腕をかすめた。
タイラントオークは傷口から湧き出る炎に悲鳴を上げる。
「なんでエルダーキャットがあんな攻撃を?」
召喚師の男が叫ぶがユッコネエは止まらない。攻撃は掠めるだけなのにそこから炎が上がりダメージが増えていく。嵐のようなユッコネエの攻撃にタイラントオークが叫び声を上げながら暴れ回る。だがユッコネエには当たらない。まるで掠りもしない。そしてタイラントオークが片膝をついたところでユッコネエはその顔面にもうひとつの炎の玉をぶつけた。それにはタイラントオークが声にならない悲鳴を上げた。
「くそっ、なんてエゲつない攻撃をするんだッ」
対戦相手が叫んだ。あれでは呼吸もできまい。
「畜生、負けだ。負け!」
そして対戦相手がそう口にし、タイラントオークの召喚を解いた。
このまま闘ってもタイラントオークは顔面を燃やされて終わるか、窒息して終わるか、その状態からユッコネエに倒されるかのどれかの選択にしかなりえないと悟ったためである。
「勝者カザネ!」
開始してわずかな時間で勝敗は確定した。観客はユッコネエの巨大で愛らしい姿とその実力を讃えようと大歓声が上げた。
「どもーどもー」
「にゃっにゃっ」
風音はその歓声に手を振りながらユッコネエに乗って退場する。ちなみに戦闘モードではない状態のユッコネエの爪は元に戻り、尻尾の先の炎も消えるので近づいても安全です。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:29
体力:101
魔力:170+420
筋力:49+10
俊敏力:40+4
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』『背後の気配』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』
風音「またジンライさんたちの昔の仲間が出てきたね」
弓花「メフィルス様の元パーティよね。前に聞いたことあるわ」
風音「スライグリードっていうトカゲだって言ってたね。40年は経ってるわけだからパワーアップしてるんだろうなあ」




