第百十三話 悪魔を語ろう
「まあ、悪魔っていうのはね。人間の魂を契約で縛って手に入れる魔物なのよ」
と、ルイーズは風音に説明する。
風音が頼んでいたとおり、ルイーズは状況の説明を行うべく、風音を甲板の一角に呼び出していた。またミナカの個人的な事情に触れることにもなるので他のメンバーは呼んではいなかった。
「魂を契約で縛る?」
風音の疑問にルイーズが「例えばね」と切り出す。
「これを叶えてくれーとか、こうしてくれーとか人間が悪魔に要求をするワケ。そして悪魔はその要求が満たされれば契約者は魂を捧げますよーっていう契約を人間と交わすのね」
「なるほど」
「そうした人間を契約者、或いは悪魔使いっていうんだけど、契約を結ぶと悪魔とパスができるから、それを通じて悪魔の力が使えるようになるのよ。で、そっちのお嬢ちゃんは悪魔と契約して自分を強くしようとしたってわけよね」
「申し訳ない」
シュンとした顔でミナカが俯く。正座で反省中である。
「まあ淫魔との契約じゃあ、精々が魔力を増やして身体能力を多少上げてってところだから、そこまで異常に強くはならないし、世界一の武芸者になるなんて夢も当然かなうはずもないんだけどね。ただ悪魔契約って抜け道があるのよ。例えば契約内容と違っていても基本的に契約者を満足させちゃえばオッケーっていう感じでね」
ルイーズがジト目でミナカを観る。その意図を察してミナカは顔を真っ赤にしてさらに俯いた。
「ああっ、夜の稽古にハマっちゃったってこと?」
その様子を見て答えを導き出した風音にルイーズが「正解」と答える。
「そゆこと。このこの目的がそっちに切り替わりかけてたからもうちょいしたら肉体を乗っ取られて悪魔の中に魂が引き摺りこまれてたでしょうね」
ルイーズの言葉にミナカが震える。
「まあ、今はその悪魔もこの中だけど」
そう言ってルイーズは短剣を取り出して見せた。それには呪文の書かれた布が巻き付けられていた。ディアボの時にも死骸らしきものに同じように巻いていたので恐らくは悪魔封じなのだろう。
「毎日毎日、こいつにねっちょりやられてたみたいよー」
ブンブンと封印した短剣を振るルイーズの言葉にミナカの顔が耳まで真っ赤になる。きっと、これまでのことを思い出しているのだろう。何をされていたのかは知らないが何かをされたに違いない。
「ま、これに懲りたら楽して強くなろうなんて思わずにちゃんと鍛え上げなさい。そうやって今もがんばってるお爺ちゃんだっているんだから」
「はい。大変申し訳ありません。そして色々とありがとうございました」
ルイーズの言葉にミナカが深々と頭を下げて、礼を言う。
「まあ、大会中なら私もこっちにいるし、マッサージくらいならまたしてあげるわよ」
そう続けるルイーズの言葉にミナカがボッと顔を赤くする。
「えっと……その、よろしくお願いしますぅ」
途中から少し思い出したのか目がトロンとしていた。マッサージ怖い。
「うんと。悪魔ってのはあのアストラル系の魔物のことだよね?」
風音はそんなミナカは放っておいて疑問に思ったことを尋ねる。
「そうね。ただ厳密には彼らは魔物ではないのよ。コアもないしね」
「魔物ではない?」
それは初耳だ。
「人の魂の集合体とでもいうべきものでね。悪魔の人格ってのは魂の集合体を支配している最上位の魂のものなの。悪魔というもの自体の歴史も古くて、なんでも神様よりも昔から存在しているらしいわね」
「随分と昔からだね。というか神様よりも昔ってなんで伝わってるの?」
「神様が言ってたんだもの」
(ああ、神様いるんだっけ)
と風音はちょいと前に聞いた話を思い出した。
「ただね。連中は下手に魂を喰らってそれが自らの魂よりも上位だと逆に乗っ取られてしまうらしいのよね。だから契約という形でわざわざ縛って上下関係を作ってから魂を奪うって手段を取る必要があるのよ」
「そうすると乗っ取られない?」
「みたいね。あのディアボなんかはもう随分と魂をため込んでたから結局殺しきれなくて封印するしかなかったのよねえ」
そうルイーズは口にするが風音はふと自分の中にディアボのスキルがあるのを思い出した。あの時、最終的にはセカンドキャラクターの即死魔術で殺したはずだ。だがアストラルボディは消えず、死んでいないとのルイーズの判断で、ディアボは殺しきれなかったのだと風音も考えていたのだが。
(もしかしてディアボという最上位の魂を即死魔術でピンポイントで殺したのだとすれば、復活した場合にはディアボとは別のものになってるのかも?)
そう風音は考えてもみたが、もっとも現時点では完全に封印処理がされているため、それを確かめるすべはない。
「それで魂を奪うとなんか良いことあるの?」
「あるわよ。ミナカの魂を奪えば、ミナカの剣技を使えるようになるし、魔術師のなら魔術を、弓使いのなら弓を上手く使えるようになるわ。当然その人物の知識も手に入るわね。まあ意識をシンクロさせ過ぎないために、必要なときに探る程度らしいけど」
「ふーん。なんだかスキルを奪うのに似ている感じ?」
その風音の言葉にルイーズもそうかもねと言いながらも「けど、スキルだけしかとってないんじゃあ、違うんじゃないかなあ」と返した。
「む、そうだねえ」
風音もそう返す。厳密には経験値も手に入れている。だがそれは弓花も同じだし、召喚体を操るティアラも同様だ。しかしスキルを手に入れているという点では同じようなことをしているのかもしれないのでは?……と風音は考えていた。まあ、考えたところで何が分かるわけでもなかったのだが。
風音たちがそんな話をしていると「到着するぞー」という声が聞こえてきた。いよいよリザレクトの街に着くようである。
◎リザレクトの街 昼
竜船から降りたサンダーチャリオットを引くヒポ丸くんだったが、この街においてもその姿はやはり目立っていた。街行く人はその漆黒の姿を見てざわめいたが、だがそのざわめきは他の街とは違い、とても好意的な声に満ちたものだった。
「おいおい、どんな大物が来たんだよ」
「今年の大闘技会は集まりが悪いってぇ話だったがドエライのが来たもんだんな」
「おい、あそこにいるのは牙の槍兵じゃあないか?」
「10年ぶりの優勝者の復活かよ。とんでもねえ槍も背負っているし、こりゃやべえな」
と、まあ、大闘技会参加の大物選手が来たと大衆は考え、大いに盛り上がっていたのである。ちなみに会話の中にあったようにジンライは10年前に大闘技会で優勝している。
「なんか活気があっていいねえ」
馬車の中で風音がはしゃいで外を見ている。
「なんだか期待値だけがどんどん上げられてる気がする」
その横で弓花は憂鬱そうだ。
「私もご一緒で良かったんですか?」
「気にしないの。悪魔狩りとしてはあんたをそのまま放置できないしね」
竜船からはミナカも一緒に馬車に乗っていた。これはルイーズがアフターケアも必要だからしばらくは近くに置くと言ったためだ。大会中はルイーズがある程度はケアをするとのことだった。
「まあミナカさんも気にしないで。あ、冷凍みかん食べます?」
直樹がそう言って冷凍みかんを手渡した。
「ひゃうっ」
その冷たさにミナカが声を上げる。刺激は危険。敏感になっているのだ。
「直樹、ミナカさんに変なことしちゃダメだからね」
「いや、何言ってんのさ姉貴。もうヤだなあ」
明らかに今のミナカの声に鼻の穴が広がった直樹は、姉のツッコミに大いに慌てた。というか、周囲の視線が痛い。見ようによってはハーレムに見えなくもないが、ヒエラルキー最下層にいる直樹にとってここはアウェーそのものであった。ここ最近では愛しの姉よりもジンライと一緒の時の方が落ち着くという恐るべき状況になっている。ジジ専とかマニアックすぎだろう直樹。
◎闘技場受付
ヒポ丸くんが止まり、そして馬車から風音たちが降りてくるのを見て周囲がざわめいた。老練の戦士は牙の槍兵を知っている者も少なくはないし、ミンシアナから来た冒険者は風音たちを知っている者も多く、白き一団や鬼殺し姫の名前もところどころで囁かれる。直樹も不滅のマントを風音から渡されていたので、白くないのはミナカだけである。なおルイーズは冒険者ギルドに用があると言って一人別行動であった。封印した悪魔を処理してもらうためらしい。
そして受付で通常の大闘技会には弓花とミナカに直樹が、召喚限定の大会には風音が参加を申請した。ティアラとジンライは不参加である。ティアラはさすがに公に顔を見せすぎるわけにはいかず、ジンライもどうも以前大会に出たときに実戦との微妙な差違が気になってもう参加をする気はないらしい。もっとも弟子にはもっと様々な相手と闘い、戦闘の経験値も積んでほしいとも願っている。ジンライとだけの打ち合いでは自然と戦略も狭まってしまう。今は直樹も合同で訓練しているが、やはり積める経験は多い方がよい。
大闘技会はもう始まっているらしく、現在は参加者同士の予選が行われているようだった。弓花とミナカは2人とも明日に予選試合に参加となった。直樹はハイヴァーンでの何度かの闘技会の実績により予選には出ず大闘技会本戦参加である。
なお、召喚限定の闘技会は参加人数が少ないので風音もそのまま本戦出場となっていた。
◎リザレクトの街 冒険者ギルド事務所
「うーん、まずいかもしれない」
大会参加者優遇により宿も普通にとれた風音はティアラと共に、ルイーズの迎えに冒険者ギルド事務所に来ていた。だが、事務所の中に入ると難しい顔をしたルイーズが受付と深刻な顔で話していた。そして風音たちが来たのを見ると開口一番に「まずい」と告げた。
「何かあったの?」
ルイーズの深刻な顔に、風音はよからぬことがあったようだと考え、尋ねてみる。
「どうも、悪魔契約してるのが多いらしいのよねえ」
ルイーズの言葉に受付嬢も頷いた。
「悪魔契約ってミナカさんみたいなの?」
「そうなのよ。元々こういう大会で少しでも成績伸ばそうって考える連中はひっかかりやすいんだけどね。どうも今回はそれが多いらしいのよ」
「捕まえられないの?」
風音の言葉に受付嬢が受け答える。
「難しいですね。契約と言ってもそれは例えば召喚自体も魔力を介した召喚体との契約といえます。悪魔だからと言ってそれを直接の問題とはできないんです」
「もしかしてディアボみたいなのがいるんですの?」
ティアラはゾッとした顔で聞いた。だがルイーズは「いやいや」と首を振った。
「あんな大物が出てきたらそれこそ闘技会どころじゃないわよ。悪魔の中でも最上位なんだから。あれは」
「でも数が多いと?」
「そうなのよ。悪魔狩りの称号持ちのあたしはそれを狩り出すように要請されるし、断り辛いのよねえ。あーめんどくさい」
「そう言わないでください。ギルドからも悪魔狩りを何人も派遣済みですし、ご高名なルイーズ・キャンサーの指揮の下で戦えるならみなさん士気も上がります」
「はいはい。分かってるわよ。もう」
ルイーズはほっぺたを膨らませて風音に向き合う。
「そういうわけだから、あたししばらく別行動取るかもしれないから。ティアラの護衛はジンライくんにお願いしておいてもらえる? どうせ大会参加しないなら暇なんでしょうし」
「うん、了解」
風音はそう返事をして、ルイーズへは宿屋の場所を告げて戻っていった。
ちなみにジンライ・弓花・直樹に加え、ミナカは現在訓練中で、戻っても誰もいませんでした……と、思ったら親方がいました。
「え、なんで?」
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・シルフィンスカート・プラズマパンツ・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:29
体力:101
魔力:170+420
筋力:49+10
俊敏力:40+4
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』『背後の気配』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』
弓花「説明回だね」
風音「そだね。悪魔関連は話の本筋にも関わるし、ようやく出せたという感じみたいだよ」




