第百九話 魔剣を見よう
◎ウォンバードの街 商業区
この世界における魔法剣士の定義とは即ち魔法を用いた剣や剣技を使う者とされている。この定義から行けば魔剣士もカテゴリー上は魔法剣士に分類されるのだが、一般的に魔法剣士は魔法剣士、魔剣士は魔剣士、或いは魔剣使いと呼ばれることが多いようだった。
ちなみに直樹は魔術を増幅して斬撃として飛ばせる魔剣も持っているので、魔法剣士と呼ばれても魔剣士と呼ばれても問題はなかったりする。
風音にとっては大変羨ましい話である。
「さて、今日こそ私も魔法剣士になるんだよ」
ロイロホテルに泊まった翌日、そう意気込んで風音は市場へ向かっていった。雷の魔剣は直樹に譲ったが、だが自分が魔法剣士を諦めたかといえば否である。しかしながら風音の戦闘力は既に高いレベルで纏まっている。今さらポッと出た魔剣など買ってもアイテムボックスの中で眠りについてしまうのがオチなのもまた事実だ。だからこそ風音は自分だけの魔剣、或いは魔法剣を見つけだそうと鼻息を荒くしていた。
なお魔剣や魔法剣(魔鉱という物質を含ませ、魔術を乗せることが可能な剣)を売っている武具店もシャラシャには確認を取っている。店長がシャラシャの知り合いらしく、市で出ているものよりも質が良く、シャラシャの名前を出せばアドバイスもしてもらえるだろうとのことだった。
そしてたどり着いたのは商業区の一角にある三階ほどある建物の武器屋であった。
「おやお嬢ちゃん、何かご用かい?」
中に入ると薄く顎髭を生やした若い店員が風音に話しかけてきた。明らかにお使いを頼まれた子供の相手をするような態度だが、風音にとってはいつものことなので気を悪くしたりはしない。実際、子供扱いに甘んじることで自分の都合の良いようになることも多いのだ。
「えっとですね。この店で一番強い剣ってなんですかー?」
風音は店員にそう尋ねた。すると店員は「うーん」と考え込んで、そして風音に対し答える。
「バトロア工房製の武器がうちじゃあ主に扱ってるんだけどね。といってもお嬢ちゃんじゃあ分からんと思うけど」
「親方なら知り合いだよ」
風音の返答に店員が「おや?」という顔をする。バトロア工房の工房長でありゼニス商会代表のジョーンズ・バトロアが親方の愛称で呼ばれているのはこの国では有名な話だ。だが、いくら有名とは言ってもそれは子供が知っているような類の有名ではない。
「ジョーンズ代表とお知り合いなのかい?」
念のための確認を取る。
「うん。ウィンラードじゃお世話になったし、これも親方に造ってもらったんだぁ」
そう言って風音は竜鬼の甲冑靴を見せた。そしてその出来を見て店員の顔色が変わったのは当然のことだろう。明らかに風音に合わせて作られたと思われるピッタリとハマったその凶暴な武装は、大変よく使い込まれているように見えた。しかし子供が履くには過ぎたものだし、使い込まれるほど何を相手にしてきたかと思えば、魔物ぐらいしか想定できない。
「なるほどね」
ここで店員の風音の見る目が変わった。この店員も目の前の少女がタダの子供ではないと気付いたようだった。
「まあ一番強い剣だったな。それならこれだ」
店員は室内の奥にあ立て掛けてあるものを指さした。
「でっか」
ソレを見て風音が驚く。一階から二階に突き抜けて、馬鹿でかい剣が立て掛けられていた。そのサイズは3メートルは超えるだろう。
「巨人すらも持て余す大剣だ。ウチの看板に出そうとしたが重くて入り口に置いておけなくてね。あれを扱えるようならただでくれてやっても良いよ」
その巨大な剣は確かに店の看板らしくゼラル武具店と書かれていた。
「店員さんさ。それ、多分来た人みんなに言ってるんだよね?」
「いんや。一番強い剣を見せろなんて言うヤツにだけだぞ、お嬢ちゃん」
風音の言葉に店員がそう返す。風音はその言葉に苦笑して質問する。
「そっか。シャラシャさんに言われてきたんだけど、あなたがゼラルさん?」
風音が剣に書かれている名前を口にした。
「なるほどね。あの婆さんの紹介かい。まあ確かに俺はゼラルだ」
ゼラルは風音の言葉に頷く。
「随分若い人だって聞いてたけど、本当だったんだね」
ここにくるまではお婆さんのいう若いだと40、50でも若いの内に入りそうだよなと思っていたのだが、ゼラルはまだ20代半ばという雰囲気だった。
「それはお互い様だろうな。まあ、いいさ。あの婆さんからのご指名ならちゃんと受けないといかんだろうしな。それで一番強い剣はあれだがどうする? あれならただだぜ?」
そのゼラルの挑発に風音は思わずニンマリとしてしまいそうになった。3メートル級の剣ならばすでにタツヨシくんドラグーンが扱えることは実証済みである。だがこちらの持っている剣は3メートルというだけではなく魔剣である。それにあのサイズは一本でもう十分なので「持てるよー」と言いたい気持ちを抑えて話を進める。
「魔剣がね。欲しいんだよね。魔法剣も考えたんだけど、自前の魔術を上乗せするだけじゃあコイツの攻撃力の方が上だしね」
風音が竜鬼の甲冑靴をコンッと叩いた。するとガシャンと竜爪が出てくる。ゼラルにはそれがドラゴンの爪であることがすぐに分かった。
「となると単純に攻撃力の高い魔剣ってのじゃあ不足かもな」
ドラゴンの爪や牙、角などは攻撃力が高いだけではなく、アストラル系統にもダメージを与えることができる。残念ながらそれに匹敵するような魔剣は現在店にはなかった。
「うーん。そしたら三階まで来てもらえるか、嬢ちゃん」
「三階?」
風音が首を傾げるとゼラルが説明を加える。
「飾っておけないような癖のあるのはみんなそっちに置いてあるんだよ」
なるほどーと風音は返事をした。
「チーキィ、ちょいと上に行く。店番頼んだぞ」
ゼラルが奥に向かってそう言うと「わっかりましたー」という若い女性の声が聞こえてきた。
「そんじゃあこっちだ」
「あいよー」
風音がゼラルの後に続いて階段を上っていくと、一階の入口の方にリスみたいな雰囲気の少女が駆けていくのが見えた。この店の店員はゼラルと彼女以外にはいないようだった。
そして2人は三階まで上がり、鍵のかかった扉の前に立つ。
「さてと、どんなものがよろしいですかね、お客さん」
そう言ってゼラルは鍵を開けてドアを開き、風音を中に誘導する。ゼラルに促されて部屋に入った風音はその中を見回した。
「随分と古いものが多いみたいだね」
どちらかといえば古ぼけた、埃のかかったものばかりのように見える。
「死んだ親父が古今東西の珍しいのを集めててね。まあ結局あまり売れなかったんでここにまとめて置いてあるのさ」
その言葉を聞きながらかざねは鑑定メガネをスチャッとかけた。それを見たゼラルが「そんなものまで持ってるのか」と感心している。商人専用のそのアイテムを手に入れるにはかなりの手間が必要なはずだった。ゼラルも父親のつてがあったにせよ、商人ギルドの登録までの苦労は結構なものだった。
「まあ、ここらのほとんどが一点ものでそのメガネでもあまり情報はないだろうけどな」
「ふーん」
そう言って風音が剣を眺めていると「ブフッ」と突然吹き出した。
「おい、汚いな」
ゼラルが呆れて風音を見た。だが風音はそれに言い返す気さえ湧かないほどに驚いていた。非常に馴染みのあるものがそこにあったのである。
「い、いや、あれ、あれ」
そう、風音が指さした先にはあの大翼の剣『リーン』が置いてあった。とても無造作に置かれていたのだ。そして風音はすぐさまゼラルにその剣のことを尋ねた。
「ああ、あれなあ。ツヴァーラの市場で買ったらしいんだが、デカいだけでまったく使えなくてなあ。普通に切ろうとしても何故かまったく切れないし。どうも強力な魔術で封印されてるようなんだよな」
風音は恐る恐るその剣を取る。
(うわあ、本物だよ)
確かにその剣はあの達良製の英霊ジークの剣だった。これがあれば、風音無双ができる……と目を輝かせたが、メガネの情報を見てガックリする。
(達良くんで登録されているか。そりゃあ誰も使えないわけだ)
つまりこの剣は本物で、恐らくは600年前に達良が使っていたものに間違いはないのだろうが、所有者登録済みでは本人以外には使えないのだ。
「これさあ。多分ツヴァーラ王家の国宝だよ」
だが、使用できようができまいがこれには別の価値が存在する。それはかつての英雄王が持っていたという付加価値である。
「親父が市場で買ったものだぞ?」
驚いたゼラルがそう言うが風音は首を横に振って答える。
「経緯は知らないけど多分使える人間がいないから、そのまま投げ売りされちゃったんじゃないかなあ。これを扱える人間はもういないしね」
「それは本当の話か?」
ゼラルの言葉に風音が頷く。
「少なくともツヴァーラの王様が昔使ってたのは確実だねえ」
メイドインタツヨシの武器は達良が譲渡クエストを用意して、それをクリアしないと手には入らない。そして譲渡クエストが設定されていないのであれば、達良が亡くなっている以上は扱える人間は今後も出てこないはずだった。
「というと、とりあえずツヴァーラ王国に連絡しておいた方がいいってことか?」
「そうだねえ。売るにしろ返すにしろ、連絡はした方がいいと思うよ」
風音の言葉にゼラルが唸りながら「仕方がねえ」と言って、大翼の剣を奥に持っていった。売り物にできないのであれば下げるしかなかった。そして戻ってくると「それじゃあどれにするよ」と気を改めて風音に声をかけた。
「えっと、剣に貼ってあるラベルにそれぞれ説明が付いてるんだね」
風音も大翼の剣のことは忘れて、その場にある魔剣を手にとって見た。
「この剣は『雷が自分に当たります』?」
「多分作ってるときに失敗したんだか、あるいはトラップ用なんだろうが、魔力を込めると自分に雷が流れるらしいな」
そのゼラルの言葉に風音がガックリきた。
「いらないねえ」
そして風音は恐る恐る持っていた剣を元の場所に戻した。続けて気になる剣を次々と取り出していく。
「これは『虫が寄ってくる剣』?」
「いい匂いが出るんだよ」
気持ち悪い光景になりそうだった。返した。
「『未来の斬撃が見える剣』?」
「未来予測をしてくれる剣……らしいんだが、予測が全部外れなんだよな」
風音が「使えないよね、それ」と聞くと「だから売れ残ってる」と返事が返ってきた。そりゃあそうだ。
続いては先が丸く鈍器のようになっている剣だ。
「剣先が丸い? 『先っちょがくっついて伸びる剣』?」
「魔力を通すと先の丸い部分がなんでもかんでもひっつくようになって剣自身も伸びるんだよ」
「へぇえ」
これはちょっと気になるので横のテーブルに置いておく。
「なんか棒みたいで剣ぽくないんだけど『太陽の加護がある剣』?」
「突き専用だな。一撃でなんでも死ぬっていう噂だ。噂だが。光るから松明代わりには使えるぞ」
いろいろと恐いので戻す。
「これは魔剣ではない……か。銃剣?」
拳銃の用な形の柄に剣が生えているという異様な姿だった。
「なんでも鉄の弾を込める予定だったらしいが、そこまでは造れなかったらしい」
じゃあダメじゃんと言って風音はそれも戻した。
「で、こっちはシャベル? 剣じゃないじゃん」
それは柄に取っ手のついた、両手で持ち上げるぐらいのサイズの土を掘る道具だ。
「硬いんだよ、それ」
風音がメガネで鑑定すると『不滅のスコップ』と書かれている。
西日本では大きいものをシャベル、東日本では大きいものをスコップと言われることが多いらしいが、これもまた地域によって変わるので一概にはそうとも言えない。だが風音は小さいサイズのものをスコップ、大きいものをシャベルと言っていた地域のこなので、それをスコップと呼ぶことに若干の違和感があった。
(ああ、神殿から拾ってきた人も他にいたんだねえ。武器らしきアイテムはこれぐらいしかなかったんだろうな)
どれくらい前に持ってきたのかは知らないが、その人物は布団や食器の価値には気付かなかったのだろう。これもキープ。思わぬ拾いものだった。
その後もいくつか試してみたが、気に入ったものはなく、残ったのは伸びる剣と不滅のスコップだけだった。
「じゃあ、これとこれで」
風音は伸びる粘着剣『ガム』という剣と、頑丈シャベルとラベルには書かれた『不滅のスコップ』を購入する。そのスコップは自分で使うかノーマルタツヨシくんに持たせようと考えていた。スコップとは近接戦最強の武器、この世でもっとも多くの人間の命を奪った園芸道具(推定)なのだ。
そして風音がお金を払いながら「これで私も魔法剣士だねえ」と口にしているのを聞いてゼラルは戦慄した。スコップは魔力を帯びてないし、もうひとつの武器は戦闘用ではない。伸びていろいろとくっつけたりする道具である。まさかこれだけで魔法剣士を名乗るのかとゼラルは思ったが、そもそも『そんなもの』ですら持ってないときから魔法剣士を名乗っていた風音である。恐いものなど何もなかった。
なお、風音は魔鉱の含有率が高く武器としての実用性は低い魔法短剣も一つ購入して店を出た。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・粘着剣『ガム』・魔法短剣・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・甲殻牛のズボン・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:29
体力:101
魔力:170+420
筋力:49+10
俊敏力:40
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』『背後の気配』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』
弓花「面白そうな剣を買ったみたいね風音」
風音「ロープアクションゲーとか好きなんだよねえ」
弓花「そういえば魔法殺しは装備欄にないわね?」
風音「魔法殺しは持ってるだけで魔法殺しがあるってバレるぐらい分かりやすい武器だから手持ちの札を隠す意味でも普段はアイテムボックスに入れてあるよ」




