第百七話 馬車に乗ろう
「む、地下? だね」
そう言って領主の舘内の通路を進んでいく風音と、追いかける仲間たち。その後ろをヨハンと直樹が首を傾げながらついていく。
風音が進んだ先にあったのは地下のワイン貯蔵庫だった。と言っても中にあるのは割れてる空瓶と朽ちかけている木の台ぐらいだが。
「ここのぉ、これかな」
風音はふらふらと進むとある一角を見て、ヨハンに尋ねた。
「ヨハンさん、ここ壊してもいい?」
「まあ家全体がぶち壊れなければいいですけどね」
そう言われた後、風音はチャージしたキリングレッグでその床に踵落としをした。バガーンと音がして土煙が舞い、そしてそこから地下に続く階段が現れる。
「おお、こんなところに……」
ヨハンが驚き、直樹もスゲーと言っていた。
「完全に塞いでいたようだな。これでは見つからないのも仕方ない」
ジンライがそう言い、風音が不滅の水晶灯を取り出し、先へと進んでいく。
そして降りた先にあったのはとある一室だった。
「なんだか神々しい雰囲気がしますねえ」
「空気が浄化されてるみたいね」
ヨハンの言葉にルイーズも頷いて答える。
「多分、あれのせいかな」
ルイーズの視線の先にあったのは部屋の中央に立てられていた金の杖だった。
「浄化の杖、ミュールの加護を受けてるものでしょうね」
「ほおほお」
そう言ってヨハンが先に歩いていく。
「ちょっとアンタ、死霊だと昇天しちゃうわよ?」
ルイーズの忠告に「大丈夫です」とヨハンは返し、そして杖を取った。
「あら、本当に大丈夫じゃない」
「僕は悪霊化したわけでもこの世に未練があって残ってるわけでもありませんから。ギルドの人が言うには魂が正常なままなので拒絶反応も起こらないのだそうで」
そう言いながらヨハンは杖を見て、そして風音を見て尋ねた。
「あのカザネさん。その……本当に図々しいお願いなのですが」
「その杖欲しいの?」
「はい、これがあれば、ここに来ている霊たちを浄化させることもできると思うんです。僕ならば無理やりでなくともできますし」
「まあ、私はいいけど。よくもまあそんな都合の良いモノがあったよね」
という風音の言葉にジンライは奥に転がっている骸骨を指さした。
「恐らくはそやつのセーフティだったのだろうよ。何かあっても死霊たちに殺されないための」
そうジンライは言った。清浄な空気の中にいたせいか、その骸骨の中には怨念もなにも感じ取れるモノはなかった。
「誰それ?」
『この街の領主だったのかもしれぬな。一人だけこの場に逃げおったのだろうよ。まあ700年も前のことでは真相は分からぬがの』
「ふーん」
地下室の入口は厳重に固められていた。もしかすると閉じ込められていたのかもしれない。とはいえここで何が起きていたのかなど、もう誰にも分からないことだ。他にも何かあったようだが風化してもはや形のあるものは残っていなかった。そして杖以外に何もないのを確認すると風音たちは地下室を後にした。
その後、一階に戻った風音たちはこの国の女王にもヨハンのことを知らせて手を打ってもらうことを約束する。無論女王とはゆっこ姉のことである。ヨハンが何かお礼を……と言っていたが、今のヨハンはまだ駆け出しの死霊王(?)で手持ちには何もない。魔剣なども手に入ったし気持ちだけで十分だと風音は言って領主の館を後にした。
そして廃都の入口で風音はスキルの『サンダーチャリオット』を呼び出した。
◎ムルアージの廃都 正門前
「これはヒドい」
目の前の光景を見てルイーズがそうぼやく。その横では風音が「格好いいねえ」とうっとりしながら口にし、ジンライも「うむ」と満足そうな顔をしていた。直樹は「う、うん。いいんじゃないか」と言っていたがその顔はひきつっていた。
「暗黒将軍とか魔神皇帝とかそんな名前の奴が乗ってそうね。全身黒甲冑の男が降りてきても私は驚きはしないわ」
「あからさまに魔王とか悪魔の系統の乗り物ですわね、これ」
弓花とティアラはそう評した。そんな姿だったのだ。ヒポ丸くんに繋がれたこの馬車は。
元より厳つい漆黒の全身甲冑な上に額と左右に角付きのヒポ丸くんである。風音が呼び出したサンダーチャリオットはちょうどそれに併せて作られたかのように漆黒のゴツいボディだった。サイズは6人乗り程度の屋根付きの馬車だが、周囲が厚い鉄板で覆われており『人を轢く』ことを前提としているかのように車体から突き出ている横幅の広い車輪からはバチバチと雷が放電している。さらに繋がれたヒポ丸くんは馬車にガッチリ固定され、まるで激突するために付けたように、黒岩竜の角が前に突き出る形で設置されていた。なお風音によれば戦闘時には車輪から横に刃が突きだし今よりも遙かに強力な放電がされるらしい。黒岩竜の角にも雷がまわるように設置しているらしく、対竜戦でも活躍できそうな感じだった。
「これはもう馬車じゃないわね。兵器よ、兵器」
「もちろんチャリオットだから戦車だよ。兵器といえばそうだねえ」
ルイーズの言葉を風音は全肯定する。肯定されたくはなかった。
「でも、これを見た街の人はどう思うかしら」
「カッコいいよねえ。見せつけたいよねえ」
ルイーズの言葉に対するその風音の返答にジンライがウンウンと頷く。バトルマニアジジイの琴線に触れすぎである。ルイーズはその二人の様子に「ああ、そう」と肩を落とした。
「じゃあ、帰りましょうか」
そして抵抗をあきらめたルイーズはさっさと馬車に乗り込む。だが中に入った途端にルイーズは感嘆の声を上げた。
「あらまあ」
外見とは裏腹に、内装はまるで王侯貴族用に作られたかのような豪奢なもので全体をワインレッドに統一されていて、装飾も金を基調としたものだった。ソレを見てルイーズは「いいわねえ」と口にして満足げにぼふっと座る。現金なものである。
「これ。魔力消費ってどんなものなの?」
「うんとね。竜体化と同じくらいは消費するけど、持続力は高いみたいだね。まあデュラハンはこれと馬を両方召喚して乗り回すんだからそうでないと持たないだろうしね」
馬の名前はコシュタ・バワーという首のないお馬さんである。バイクではない。
「へえ。今までは魔力消費も考えて実戦向きでないのは無視してやってきたものだけど、蓄魔器みたいなのが出回るようなら、そういうのも覚えておいてもいいかもしれないわね」
ルイーズは外見のことさえ考えなければこの馬車はお気に入りになったようだった。
「それじゃあワシが前に乗っていくか。ああ、だがヒッポーくんハイが置いてけぼりか」
「そっちは自動で追尾してくるから気にしなくても大丈夫だよー」
実際にはヒポ丸くんも同様に自動で街までは行けるのだが、さすがに人と擦れ違うときが恐いので目視確認は必要だろうと風音も考えていた。
そして全員が馬車に乗り込み、シジリの街へと帰ることとなる。
◎ムルアージ街道
シジリの街への道中で弓花が風音に質問した。
「そういえば風音、これからの予定はどうするの? 次はウルグスカのダンジョン前市場に行くんだよね?」
弓花が今後を問う。予定ではシジリの街に一泊して、そのままウルグスカ、ウォンバードの順で進んでいくはずだったが、すでに予定はずれている。
「その予定だけどシジリの街に戻ったらとりあえず今日は休もうか。私の魔力も結構なくなっちゃったし。明日にはまた出発しようと思うんだけどさ」
そこまで言って風音は直樹を見た。
「ああ、そうだ。直樹、あんたはどうするつもり? 一緒についてくる?」
「もち、姉貴についてくさ」
直樹はぐっと親指を立てて答える。
その言葉に風音の顔に安堵の色が見えた。本人の意思は尊重しようとは思うが、弟がまた自分の手から離れるのはやはり不安だったのだ。
「うん、ならいい。私たちはこれからハイヴァーンに向かう予定だから。アンタには出戻りってことになるけどいいよね」
「ならなおさら、問題ないな。ゆっこ姉には会えなかったけど目的は果たしたようなもんだしさ」
風音の問いに直樹は大きく頷いた。
「会いたけりゃ後で会わせてあげるってばさ。まあちょーっと歳食っちゃってるけど」
「あーあ、いいのかなあ。風音」
風音の言葉に弓花がニヤニヤしながら突っ込みを入れるが
「って弓花が言ってたよ」
「私は言ってない!」
風音の返しで、さらに弓花が叫び返した。その様子を見て直樹が笑う。
(それにしてもゆっこ姉が39に姉貴たちが15で俺が17か。随分とズレたもんだな)
そして風音と弓花の姿を見ながら直樹はそう思う。
(さっきのヨハンみたいに知らないヤツもいるみたいだが、どういうことだろうな。もしかしてこの世界に呼び出される前のお互いの距離だろうか?)
だが、そうであるはずなら直樹と弓花の立場は逆だったはずだろう。直樹は姉の隣の自分の部屋でゲームをやっていたのだから。
「分かんねえな」
「何が?」
直樹の独り言に風音が反応する。
「いや俺ってバカだからなあって思っただけだよ」
「まあ、そうだね」
「今さら何言ってるのよ」
直樹のごまかしの言葉に風音と弓花の容赦のない返事が飛び交う。そして直樹はガックリ肩を落とした。
◎シジリの街 ジンソード酒場
その日、昼過ぎに来襲した恐ろしい姿の馬と馬車に町中が騒然としていた。
稲光を伴った漆黒の甲冑馬と重戦車。闇黒時代の到来かのような雰囲気のそれは人々の視線を一身に浴びながらジンソード酒場の前に止まった。そしてそれを見た人は、酒場によほど高名なアウターでも来たのだろうと噂し、街の衛兵や冒険者ギルドも慌ただしく情報を集め始めることとなる。
「まあ、どんな乗り物で来ようと自由ですがね」
中から出てきて出迎えたオーガンはあきらめ気味の顔でそう言った。
「姉貴がすまん」
直樹がオーガンにこっそりと謝る。姉の耳に届くと厄介だったからだ。
そして風音が解除を命じると馬車は雷と共にその場から消失した。
「ヒポ丸くんとヒッポーくんハイは裏手に回って待機ね。変なの来たらぶっ飛ばしちゃって」
ヒポ丸くんとヒッポーくんハイは頷き、そのまま酒場の裏手に回っていった。
「あー興味本位に近付かないように注意しとくか」
オーガンがぼそりと呟く。後ろで直樹がペコペコ頭を下げて謝っていた。
**************
「ああ、そいつはすまないことをしたなあ」
酒場の中でオーガンは依頼書の内容が違ったことを聞き、謝罪した。
「多分掲示板のものをはがし忘れていたのだろうな。怠慢というならばおぬしではなくギルドの方だろうよ」
ジンライがオーガンをフォローする。その依頼書を受付も受理してしまったのだから、非はオーガンではなくジンライの言うとおりギルド側にある。
「結果として魔剣3本プラス1本手に入ったし良かったよねえ」
そして風音はそう口にした。
「そいつは大漁でしたね姐さん」
「姐さん?」
聞き慣れない言葉に風音が首を傾げるが
「まあ、直樹の姉だからですね」
オーガンがそんな風に曖昧に返す。実際には昨日の今日までに集め直した風音の噂を聞いた結果、こりゃ敬っておいた方が良いぞと思い、形から入り直したのが姐さんの呼び名である。
「それであの馬車も戦利品ですか」
「うん。召喚体だけどね」
魔物から召喚体まで奪い取れるとは恐れ入るなとオーガンは思った。同時にそんな相手の馬を盗もうとしたカーゲイをアホだなと考えた。
「それじゃあ、今日はクエスト達成を祝って打ち上げでもしましょうか」
「マジで?」
風音の声にオーガンは頷き、そして直樹を見る。
「ナオキ、てめえもここ出て姐さんに付いていくんだろ?」
「ああ、悪いがな」
オーガンは「気にするな」と言って立ち上がり、周囲を見渡してから
「ヤロウども、今日はカザネの姐さんたちの死霊都市攻略とナオキの旅立ちを祝ってパーティだ。大いに騒げよッ」
そう大声で怒鳴りあげた。周りから「おーーー」という声があがり、カウンターのマスターが店員に「おら酒瓶持ってこい」と怒鳴りつける。
その夜は、風音たちの冒険を肴に酒場は大盛り上がりとなった。
途中で風音、弓花、ティアラのお子様組は退場したが騒ぎを聞きつけてやってきた冒険者たちとジンライは戦闘談義に入り、ルイーズもこういう場ではまさしく酒場の女王のように輝いていた。もっとも『夜の稽古』をしたいと思えるような相手は1人しかおらず、その相手も先客がいたので今夜の相手はいなかったのだが。
そしてそんな幸運を逃した男は年若い親友と酒を酌み交わしていた。
「そんじゃ、またハイヴァーンに戻るっていうんだな?」
「ああ、もっとも用が済んだらまた戻ってくるらしいけどな。その時はまた立ち寄ると思うけど」
オーガンの杯に酒をつぎながら直樹は答える。
「なるほどなぁ。まあ、お前が姐さんといっしょだってんなら、ここでてめえが用心棒やってたこともうちらにとっては箔がつく話にはなるさ」
「ところでその姐さんってのはなんだよ?」
「まあ、お前の姉の功績を考えると恐れ多くてなあ。お前の実力なら付いていけると思うが気をつけろよ。正直俺なんかがついていったら命がいくらあっても足りなさそうだ」
「脅かすなよ」
と、そう気軽に言う直樹をオーガンは同情の目で見て「我が愚かなる親友に幸あれ」と言って酒を飲み干した。
「ああ、そういやさっき、姐さんに酒を飲ませようとして止められた時にドラゴンになるからって言ってたな。ありゃ、よっぽどの酒乱になるってえことだったのかねえ」
そうぼやくオーガンに直樹は「かもなあ」と返した。まさか実の姉が本当にドラゴンになるとは直樹も口には出せない。以前に酔って竜になってそのままどっかに飛んでいきそうになったと聞いている。
「まあ確かに気をつけないとマズいのかもな」
酔っ払ったドラゴンの姉に潰されて死にましたなど洒落にもならない。さすがの直樹もソレはごめんだった。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・甲殻牛のズボン・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:29
体力:101
魔力:170+420
筋力:49+10
俊敏力:40
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』『背後の気配』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』
風音「古代戦車の意味でのチャリオットの外観は1人乗りの二輪車が一般的かな」
弓花「そうね。それに結局はチャリオットは廃れてしまって馬車の重武装って方向の装備はその後はあんま出なかったらしいわね」
風音「一方、私のサンダーチャリオットは6人乗りの王侯貴族が乗るような馬車を重装甲化。敵を轢きやすいように車輪の横幅が広くてちょっと車体から横に出てる感じのものだよ。稲光が弾け飛び、戦闘モードだと車輪から刃が飛び出て雑魚敵なら軽く挽き肉に出来るんだよ。夢のあるファンタジーならではの姿だよね」
弓花「だれが見た夢なのよ。そんな悪趣味なもの」




