第百六話 デュラハンを倒そう
「デュラハングレイスにデュラハンロード三体と。いたねえ」
風音がドアの外から眺めている。大聖堂の祭壇まではかなりの距離があるが、叡智のサークレットの遠隔視によって、それぞれの姿が風音には詳細に見えていた。
「グレイスの剣はちょっとデカいなんてもんじゃないね」
全長3メートルはある。
「あれは直樹に譲るとして」
という風音の言葉に直樹は「いや、あれは無理だろ」と返すがガン無視される。姉より優秀な弟などいない。だから風音は極力直樹の言葉は聞かないことにしている。というのは理屈になっているようでまったくなっていなかった。そもそも理屈になっているようでもなかった。つまり直樹を無視することに理屈など不要だったのだ。
「デュラハンロードの魔剣は雷、炎にもひとつ何だろ?」
先ほどのパーティの男も詳しくは説明できなかった。どうも魔術を無効化するらしいのだが。
「うわー。あれ、魔法殺しだわ」
「知ってるの?」
ルイーズの言葉に風音が尋ねる。この距離からでもルイーズはアレがなんなのかが分かった。それは剣を中心とした周囲の魔力濃度が極端に低いためだ。
「おとなりの大陸にいる巨獣とかいうデカい魔物の骨でできてるヤツでね。魔力自体を無効化するのよ。すっごくやりにくいのよねえ。あと、あれは魔剣じゃないわよ」
魔剣じゃないのかぁと呟く風音にルイーズは一言加えた。
「ちなみにアストラル系の天敵。悪魔相手とかならちょっとヤバい効き目ね」
「よしもらおう」
ディアボ戦では痛い目みた風音である。今の甲冑靴の竜爪ならばダメージも通るだろうが手札が多いに越したことはない。
「じゃあ、あいつは風音ね」
「うん。私はタツヨシくんドラグーンとあいつを狙う」
「それじゃあ私は雷のやつをもらおっかな」
弓花が挙手する。
「タツヨシくんノーマルかユッコネエつける?」
「ユッコネエで」
当然の一択だった。
「そんじゃあノーマルのは直樹につけるよ」
「ああ」
すでにノーマルタツヨシくんも量産型二体も起動している。さきほどのタツヨシくんドラグーンの能力を見ているので直樹もノーマルタツヨシくんを小さいからと侮ったりはしない。
「それとティアラは直樹のフォローね。ルイーズさんも同じくで。それでジンライさんは……1人でいいんだよね?」
ジンライは風音の問いに獰猛な笑みを浮かべて頷いた。二槍を試す機会だとして譲るつもりはないらしい。
「じゃあ、あとは全体見て動こっか」
そう言って風音は『スキル・情報連携』をかける。戦闘開始だ。
そして、まず風音たちが最初に行ったのは、中に飛び込んで左右に分かれることだった。中央へは誰も進まない。何故ならばそこは量産型タツヨシくんAとBの砲撃ラインだからだ。
量産型タツヨシくんはノーマルやドラグーンに比べマッスルクレイの総使用量は少ない。だが、それは下半身部分に使用している量が大きく減らされているだけで両腕に対しては寧ろ多い。そのガッチガチに投擲だけのために作り上げた量産型タツヨシくんの両腕が渾身の力を込めて瓦礫の岩を投げ始めた。
そして突然飛んできた岩の塊にデュラハンたちは驚き、グレイスは剣で弾いたが、ロードたちは胴に当たったり、剣を弾かれたり、持っていた兜に命中して弾かれたりした。
「チャーンス!!」
それを見た風音はスキル・ダッシュを発動し、弾かれた兜に向かって走り出す。デュラハンの弱点は左腕に抱えられた兜だ。それが弾かれたのなら、そいつを潰せばまずは一体目撃破だ。
「姉貴。マズい、魔剣は飛ばし斬りができる!」
直樹が姉にそう忠告するが、だが勿論風音もそんなことは先刻承知のことだ。重要なのは距離が届くこと。
「スキル・ゴーレムメーカー・ヌリカベくん」
風音はある程度進むとその場で立ち止まり、左手の杖を地面に向けて壁を作る。
頭を飛ばされたロードのボディと、胴を破壊されたロードがそれぞれ雷と炎の斬撃を風音に向けて飛ばす。だが、ただ魔剣の魔力だけで飛ばした攻撃ならばヌリカベくんで十分に防げる。一方、風音も目的のモノをすでに射程圏内に入れていた。
「スキル」
重要なのは距離だ。マテリアルシールドの届く距離までデュラハンヘッドに近付くこと。そうすれば後は、マテリアルシールドを使って弾いて風音の間近にまで持ってくればよい。
「キリングー」
そして届いた位置で風音はいつも通りの、
「レッグッ!!」
一撃を見舞った。蹴りと共にデュラハンロードの兜が完全に破壊され、併せて雷の剣を持ったデュラハンロードの身体もバラバラバラと崩れていく。すると風音のスキルウィンドウに『サンダーチャリオット』というスキルが追加される。
「うわーん、とられたーー」
そう言いながら弓花は剣を弾かれたデュラハンロードに向かっていく。
「こっちの取り分は予定通りこっちでやるよ」
「任せた!」
直樹の言葉に風音は弾かれた剣『魔法殺し』の下へ向かう。敵に拾われたりでもしたら厄介だと考えたのだろう。
「こいつも私のものー!!」
いや自分の欲望のままにだった。
それぞれがそれぞれの相手に向かって戦い始めたので風音は難なく魔法殺しと雷の魔剣を手に入れる。そして弓花の方も神狼化するまでもなくデュラハンを倒す。武器もない徒手空拳のデュラハンでは大した怖さもない。最後はユッコネエの爪と一緒に首ごと左腕を破壊した。
そして直樹だが、
「うらあああ!!」
彼は計八本の魔剣を文字通り『飛ばして』操っていた。
直樹のユニークスキル『魔剣の操者』による魔剣の完全制御能力がその手に持つ『操者の魔剣』と合わさり、まるで遠隔操作された無人機のように飛び交う。それぞれの魔剣が回転し、斬り付け、或いは真っ直ぐに突き刺さり、下から突き上げ、氷弾を放ち、かまいたちを起こしてデュラハンロードにダメージを与えていく。併せてティアラのフレアバードと足下からのタツヨシくんのナックルの連打にもデュラハンロードは翻弄される。
なお、直樹はこの技に多大な集中力を要するために現在『情報連携』からは外れている。8本の剣をすべて制御するほどに集中している意識まで連携すると、それを受け取る側の負荷がかかり自滅する危険があったからだ。そして直樹はそのまま一方的に攻撃し、デュラハンロードの右腕を、そして左腕をも切り裂き、こぼれ落ちた兜に八本の剣を突き刺して決着を付けた。
「ふう、終わりましたわね。こっちは」
ティアラはフレアバードを控えさせながら、最後の戦場を見る。
「あらやだ。張り切っちゃって」
ルイーズはそうぼやくが視線は真剣そのものだ。
ジンライとデュラハングレイスの対決。その戦いは凄まじいの一言に尽きた。
デュラハングレイスの、3メートルを超える巨大な大剣があからさまに不自然な切り返しの速度で斬撃を繰り出す。これは重量制御により、振り上げるときのみ重量を軽減するという土属性の魔剣の能力。デュラハングレイスの腕力によるただの力任せの攻撃が魔剣の力を得て、恐るべき速度で繰り返される。だがそのすべてをジンライは見切り、いなし、かわす。
それはちょうど神狼化弓花の攻撃を避けるときのような形で、わずかな動作で避けて、併せてカウンターで二槍による二撃を与える。その姿を客観的に見て、弓花は神狼化した自分の攻撃が当たらないワケを知る。
その横で見ている風音はジンライからも『情報連携』をすでに切っていた。これは直樹の時と同様の理由だ。集中しすぎている相手の情報は読む方にも多大な集中力を強いてしまう。とてもではないがそれを維持し続けながら戦うのは無理な話だ。これは『情報連携』を使う際に常にあり続ける問題だった。
ともあれ、嵐のような斬撃をすべて避けながらジンライは的確に相手の鎧を破壊し、足を止め、右腕を破壊し、トドメに左腕で抱える頭部を二つの槍で同時に貫いた。それは『双閃』と名付けているジンライの技の一つだ。
そしてデュラハングレイスはガシャンと崩れ落ち、そのままバラバラになって転がった。
「ふむ。まあこんなものか」
そう口にするジンライだが額には玉のような汗が出ていた。剣術ですらないただの暴風のような斬撃だったがその威力は凄まじかった。そして、それを紙一重で避け続けたジンライの精神力も大きく磨耗していたのだ。
「師匠、これをどうぞっ」
弓花がジンライにタオルを渡した。ジンライも「すまん」と言って受け取る。そして汗を拭いながらジンライは風音に尋ねた。
「さて、魔剣だが、どうする?」
ジンライの視線の先にある3メートルはある魔剣だが、さすがにこのサイズは人間の持てる武器ではない。風音も当然持てない。
「うーん。タツヨシくんドラグーン、どうっ?」
風音の言葉にドラグーンが反応し持ち上げてみる。持ち上がった。そしてブンブン振らせたが問題はないようだった。
「ふむ。やれるようだな」
「そうだね。大丈夫っぽい。けどこんだけでかいのを振るにはチャイルドストーンだけだと出力足んないっぽいや。とりあえず倉庫に入れておくよ」
そう言って風音はアイテムボックスから不思議な倉庫を取り出し、大剣とばらけた鎧などをしまい込んだ。鎧の方も亡霊騎士などとは違い、鋼鉄製のなかなかに硬い鎧だったのだ。
なお霊核はそれぞれ兜に入っており、当然ソレを狙って攻撃したので全部壊れていた。とりあえずはそいつも素材として手に入れる。
「そんでえ、直樹は炎の魔剣をゲットってわけね」
「ああ、剣が増えれば増えるほど、俺の攻撃力はあがるしね」
直樹は頷いて炎の剣をとって見ていた。その直樹の前で風音はアイテムボックスから雷の魔剣を取り出した。
「ふむ。じゃあこれも授けよう」
そう言って風音は雷の魔剣を直樹に手渡す。それを直樹は驚いた顔で見る。
「でも姉貴、あんなに欲しがってたじゃないか」
そう土下座するほどに欲しがっていた。弟をブン殴って奪おうと思うほどに欲しがっていたのだ。だが風音は首を横に振る。
「まあ再会記念だよ? あんたが無事でありますようにってね」
そう言って風音は笑った。先ほどの戦いを見て、風音も直樹を生かすためには魔剣が必要なのだと気付いたのだ。そして弟を護るために自分の欲求くらいなら抑えてみせると風音はグッと堪えて魔剣を渡していた。
「ありがとう姉貴。大事にする」
そして直樹は姉からの贈り物をぎゅっと抱きしめて、笑って答えた。
(あら、そういうところは似ているのですわね)
それを横で見ていたティアラの胸が一瞬ドキッと高鳴ったが、それはまだ本人も気付かぬほどの予兆だった。
そして後始末。デュラハンたちが殺した冒険者二人を担ぎ上げ、風音たちは入口へと向かった。遺体はそれぞれのパーティへと渡すと、男たちは離れた場所にいるという馬と馬番の仲間の下へと向かっていった。それを見送ると風音たちはデュラハン討伐を知らせに領主の館へと戻った。
◎ムルアージの廃都 領主の館
「いやぁ、強いな。あんたがた、全員無事で戻ってくるとは」
ヨハンの言葉に風音が苦笑する。死ぬことを想定されて送り出されていたのか……とその言葉からは読みとれたが、自ら挑んでのことなので返す言葉はなかった。ただ苦笑いである。
「今回は連中が引きこもっている昼だったからな。首なし馬を従えて走り回る夜に挑んだのではまた勝手も違っていただろうよ」
ジンライがそう言葉を返すとヨハンも神妙に頷いた。
「ああ、あれも恐かったなあ。彼らの乗る、首なし馬と引かれている馬車がまた凶悪だったよ。夜中にずーっと走り回ってたんだけど、特に炎と雷を車輪に纏ったヤツが恐ろしくてね。アレはさすがに退治する気にすらならなかったよ」
そのヨハンの言葉に、風音は自分の手に入れたスキルはその馬車かなあと考えた。
(あとで試してみよう)
そして首なし馬、確かコシュタ・バワーとかいう馬の召喚とかでなくて良かったとも風音は思う。馬は十分に足りている。
「ところでヨハンさんはここに来てそんなに経ってないんだよね」
「そうだね。まだ一ヶ月ぐらいかな」
それまではスケルトン姿では街にも入れないのでそこらをさまよっていたとのことだった。なんでもここは居心地がよいらしい。
「ちょっと試したいことがあるんだけどいいかな?」
風音の言葉に「危ないことでなければ」とヨハンは返し、風音も頷いて無限の鍵を取り出す。そしてチェーン部分を持って鍵を垂れ落とした。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・甲殻牛のズボン・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:29
体力:101
魔力:170+420
筋力:49+10
俊敏力:40
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』『背後の気配』『そっと乗せる手』『サンダーチャリオット』
弓花「3メートルの魔剣。でかいわね」
風音「持ち上げるときだけ重量を軽減するんだって」
弓花「それで、あんたは魔剣は良かったの?」
風音「うん。まあ今回は弟に花を持たせてあげたけど、それはそれとしてウォンバードでも捜すつもりだよ」




