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まのわ ~魔物倒す・能力奪う・私強くなる~  作者: 紫炎
まのわアフター

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アフターデイズ編 王都ウィハマーの何気ない一日

 ザーネ精霊王国の王都ウィハマー。そこにザラ・ラーザという名の少年が住んでいた。

 このザーネ精霊王国という国はかつてミンシアナ王国内の街のひとつに過ぎなかったが、当時のミンシアナ王国の女王が自ら国の一部を分割して建国を果たしたという歴史を持っている。

 そしてザラは建国時より代々国を護るザーネ天使騎士団へと騎士を輩出し続けているラーザ家の出であり、彼もまた天使騎士団へ入団すべく日々研鑽しながら日常を生きていたのである。


「天使様。どうか我らをお導きくださいませ」


 ザラは現在、王都内の教会の中にいた。

 その彼が膝を突いて祈りを捧げる先にあるのは、優しい笑みと豊満なる乳房をたずさえ、背には白き翼を広げた小さな天使の像だ。祭壇の上に立っているその像こそが国教である天使教が崇める天使様の姿であり、その像の下からは輝く温泉が湧き上がり、それが教会内を流れる光景は水の神殿を思わせた。

 ザラたち天使教の教徒は日々の天使様へのお祈りをかかさない。充実した一日は充実した朝食によって始まるという天使様の神託に従い、ザラがここにお祈りにきたのは朝食後であった。

 また、教会内には少年のみならず、老若男女問わず祈りを捧げる人々の姿があった。彼らはみな、小さな白翼のブローチを握りしめて祈っており、人によっては像の前にある箱へと硬貨を投げ入れ、手を合わせて再度祈る姿も見られた。

 その箱はオサイセンバコと呼ばれるものだとザラは父より教えられていた。箱の中に硬貨を入れることで天使様の力が増すのだという。

 オサイセンバコへは少額でも気持ちが込められていれば……との教えではあったが、ザラの家はザーネ精霊王国の名家である。故に金銭的にもゆとりある彼らは感謝の言葉と共に10キリギアをオサイセンバコへと毎日投げ入れているのが日課であった。


「ザラ様、天使様は今日も微笑んでくれましたかな?」

「うん。セバス。今日も天使様、笑ってくれていたよ」


 お祈りを終え、執事の元へと戻ってきたザラがそう言って笑う。

 実のところ、建国時には人々と共にこの街にいた天使様はもうここにはいない。いずこかへと旅だったとも、更なる高き場所へと昇華されたとも言われているが、もう彼女の姿はこの国では見られなくなっていた。建国以来この国を治め続けている炎の女王も、守護竜グリグリも、天使様に代わってこの地を守護している猫神ユッコネエも目にすることはできるが、天使様はもう戻ってはこないのである。


 けれどもザラは天使様の奇跡を目の前で見たことがあった。


 それはザラが今よりもまだ幼かった頃、母が流行病にかかったときのことだ。

 その病はザラの母のみならず多くの人々を襲い、国中に猛威を振るっていった。その正体は、かつて天使様に破れた鎧の悪神の残留思念であったとの話であったが、それもすべてが解決した後に分かったことだ。当時は治す手段もなく、母の容態は悪化し、また父も倒れ、ザラにできることといえば懸命に天使様へと祈りを捧げることだけだった。

 多くの人々がザラと同じように天使様へと祈りを捧げ、サイセンバコへと硬貨を投げ入れ続けた。そして、父と母の容態が危ういと言われた日、その言葉を聞いたザラが必死に祈りを捧げた日についに奇跡が起きたのだ。

 いくら入れても決して満杯にはならないオサイセンバコの中から硬貨が溢れ出し、それらはひとつに融合して天使様の姿を取り、さらにはその場に新たなる温泉を湧き上がらせた。

 それはザラに取ってはもう奇跡としか言いようがない光景で、その湯を飲んだ人々はたちどころに病が消え去り、ザラの母や父も同様に救われることとなったのである。そして、その日の光景は今もザラの脳裏に焼き付いている。


「あのときのお湯が湧き上がった瞬間、セバスにも見せたかったなあ」

「ははは。まったく坊っちゃまが羨ましい。女王陛下によれば我らが感謝の心に天使様が応え、それが形となって温泉が湧いたのだろうということでしたな。いずれまた、我らが窮地に陥れば天使様のお姿を見れるやもしれませぬが」

「でも、そうなる事態がくる前に僕らが立ち向かわなければならない……って話だろ。分かってるよ。そのための天使騎士団なんだからさ」


 そう返すザラにセバスが笑って頷いた。奇跡を待つのではなく、困難を自らの手で切り開くことこそが天使騎士団に求められているものだとザラもセバスも理解している。

 それからふたりは門番をしている騎士たちにも挨拶を交わして、教会を後にした。


「やっぱり、かっこいいや」


 ザラが門番の騎士たちを見てそう呟く。

 翼をモチーフにした白き鎧を纏って教会を守っていた彼らこそがザーネ天使騎士であった。

 ザーネ天使騎士団はかつてダインス天使騎士団という組織を前身にして生まれ、現在は国教である天使教に所属している騎士団だ。ザラもいずれは彼らと同じ天使騎士団に入団し、父のように騎士団を率いるのだと心に誓っており、またザラと共にいるセバスもかつてはザーネ天使騎士団の一員であった。


「ねえセバス。僕もあの人たちのように天使騎士になるんだ。天使様から力をお借りすることなく、僕らの剣で皆が平和に暮らせる国を造るんだよ」

「ええ、ええ。その意気ですよ坊ちゃん。とはいえ、そのためにはお勉強もしないといけませんね。騎士とは武の道のみならず、文の道にも秀でてなければなりませんからな」

「分かってるし、文の方は問題ないさ。それよりも武だ。来年こそは主席を取って、あのタチキのお嬢様を見返してやるんだ!」


 そうザラが意気込み、グッと拳を握りしめる。

 彼が通っているのはウィハマー天使学園と呼ばれる学園だった。

 この地域一帯でも有望な人材が集められ、外来からも多くの生徒が学びに来ているのだが、ここ近年においては武の血脈とも呼ばれているタチキ流本家の人間が学園内で猛威を奮っており、ザラたち騎士の子供たちはみな悔しい思いをしていた。

 そして、そんなことを話しながら道を歩くザラたちが、途中で鍛え上げられた戦士たちとすれ違った。


「あれって……」


 その胸に銀狼の頭部が刻まれたバッジが付いているのを見て、ザラはそれが大陸全土に名を知らしめるムータン戦士団の戦士たちであると気付く。その彼らと知り合いらしいセバスが軽く会釈をすると、戦士たちも同様に頭を下げ、そのまま通り過ぎていった。


「みんな槍を持っていたからタチキの門下ってことだよね?」

「必ずしもそうではありませんが、彼らはそうですな」


 去りゆく戦士たちの姿を見ながらのザラの言葉にセバスが頷く。

 今通り過ぎた男たちの所属するムータン戦士団は槍のタチキ、刀のライドウ、斧のキングというみっつの武門を頂点とする戦士の集団だ。今や彼らは大陸全土に名を轟かせ、多くの国家に召し抱えられ、振るう力の行使には『銀血の掟』と呼ばれる厳格なるルールが課せられているともザラは聞いている。そして目下のザラの目標は、そのタチキの家の出である己の同級生を打ち負かすことにあった。

 それからザラは「今日は勝つ」と意気込みつつセバスに送り届けられて学園へと向かい、今日も学業に励んだのである。




  **********




「あれ、何かしら?」

「喧嘩かな。でもみんな走ってるよね」


 そして授業が終わった放課後。ザラが自主訓練を共におこなっていた同級生のミカラ・タチキと共に帰り道を歩いていると、大通りの方が何やら騒がしいことに気が付いた。

 ふたりとも自主訓練によって疲れ切ってはいたが、どちらも好奇心の強い子供だ。何事かと様子を見にどちらも走って大通りへと向かうと、大人も子供もみんな街の離れに向かっているのが目に入った。


「猫神様だ。猫神様が顕現なされるぞぉ!」

「太陽万歳! 今回もたんまり出してくれるに違いねえ!」


 そして、耳に入った人々の言葉を聞いたザラが目を輝かせる。その様子にミカラは眉をひそめて「え、何なの?」と口にするが、ザラはニンマリと笑ってミカラの手を取った。


「ああ、今日なのか。そうか。そうだったんだ。ほらミカラ、今日は猫神様の日みたいだ。ほら、行こう」


 その言葉にミカラが目を丸くする。猫神様の日という言葉には彼女にも覚えがあった。年に一度、唐突に起こる記念日があるのだと彼女は目の前の少年から聞かされていたのである。

 そして彼らが向かった先にあるのは大広場で、ザラたちが辿り着いたときにはもうそれは始まっていた。


『にゃーーーー』


 

 そこでは、空に浮かぶお腹の出ている黄金のデブ猫が前足をフリフリしながら大広場におかれた土の山を次々と黄金の猫の置物に変えていたのである。


「うわ、デッブい巨猫が浮かんでる。なんか凄い」

「いや、ふくよかっていいなよ。猫神様、あれで結構繊細なんだぞ」

「そうなの。だったらダイエットしたほうがいいと思うけど……って、それよりザラ。あれは何よ?」


 ミカラがそう言って指を差した先には、すでに数千という黄金の猫の置物が転がっていた。もっともミカラにとっては目にしたこともないものでも、ザラにとっては毎年恒例の光景だ。


「あれは太陽の招き猫と言ってさ。年に一度、猫神様が顕現して創り出して僕たちに配ってくれるものなんだよ。多分、ミカラも見たことあると思うけど。学園にも飾ってあるし」

「あれ、そう? 言われてみればどっかで見たかも。でも配るの? ただで? 売ったら高そうなのに?」

「外から来た人はみんなそう言うけどさ。アレって国外に持ち出すと土塊に戻るし、一年経っても土塊に戻るからね。まあ、置いておくと疫病などから僕らを護ってくれるって言われてるんだよ。実際、軽いヒールの効果もあるみたいだしさ」


 その説明にミカラが「へぇ」と感心した顔で頷き、ポニーテールを揺らした。


「それにしてもあれってゴーレム魔術でしょ。それで数千って置物をあんなにあっさりと作っちゃうんだもの。やっぱり神様ともなると規格外な魔力を扱えるものなのね」

「まあ、神様だし。それに猫神様は天使様のお力をその身を通して行使しているとも言われてるんだ。だから、もしかしたら天使様が近くにいるのかも」


 そのザラの言葉にミカラが周囲を見回すが、もちろん天使様がそこにいるはずもなく、また山となった黄金の招き猫は騎士団によって並べられ始め、すぐさま配られ始めてもいた。


「おっと。この機を逃す手はないよね。僕らも並ぼうミカラ」

「あ、うん。ご利益あるってんなら欲しいわね。ユーミ母様に良い土産になるかも」

「え、弓花?」


 そしてザラとミカラがその順番に並ぼうとすると、唐突に素っ頓狂な声が聞こえてきた。それにミカラが「え?」と声をあげてそちらに視線を向けると、そこにはザラたちと同い年ぐらいの小さな少女と、似てはいないが父親らしき男がいたのである。それから少女がミカラを見て少しだけ寂しそうな顔をすると「あ、ごめん。人違いだったよ」と口にした。


「人違い? む、そうなの?」


 その様子にミカラが訝しげな顔をしたが、男の方が「ふむ」と口にしながら覗き込むようにミカラを見た。


「人違いというには……面影が強い気もするが。もしや、そちらの娘はタチキの家の者ではないかな?」

「はい。そうですけど」


 素直に頷くミカラに、男と少女が得心いったというふうな顔で頷いた。


「なるほどな。よく似ておる。いや、すまない。ワシら、タチキには縁があってな。まあ、気にせずに招き猫を貰いにいってくれ。ほれ行くぞカザネ」

「うん。それじゃあね。そのポニーテール似合ってるよ」


 そんなことを言ってそのふたりはザラとミカラに背を向けると、そのまま人ごみの中へと消えていった。


「縁って、それにユミカ? まあ初代様の名をもじって名前にしてる親戚も多いから聞き間違いかもしれないけれど」

「うーん。あの子、なんだか天使様に似ているような」


 男の言葉を気にしているミカラとは違い、ザラは少女の方が気になっているようだった。


(けど、胸はミカラよりもないし、なんか普通そうな感じだったしなぁ。ま、あんなチンチクリンな子と一緒にしたら天使様に失礼だよね)


 ザラはそうひとり考え、頷いた。

 それからザラはミカラと共に列に並び、猫神様を見ようと空を見上げると街の中央にあるザーネ精霊王宮の上空をドラゴンが飛んでいるのが目に入った。それもこの猫神様の日には見る光景だ。主人である天使様の気配を感じたグリグリの喜びを表しているのだとも言われているが、確かにグリグリはとても嬉しそうに舞い飛んでいるようだとザラは感じた。まるで久々に出会った主に挨拶を交わしているかのようだとも。


「ああ、もう。毎年毎年、なんで突然やるのでしょうねえ。まあ人が集まるのを気にしているのは分かるのですけれど……まったく、女王陛下も何も口出ししないし。ご先祖様も代々こうして苦労したとは聞きますが本当にもう」


 また騎士たちと共にその場に来ていた王国の重鎮であるマカール大臣が不景気そうな顔をしてグチグチと何かを呟いているのもザラの目には入った。それもまた、この街ではよく見られる光景だ。マカール大臣の血族は代々苦労性で有名なのだとザラは父より聞いていた。

 そしてザラはミカラと共に金色の招き猫を受け取り、胸を躍らせながら家へと戻ると同じく金色の招き猫を持ち帰った父とふたりで猫神様の姿について盛り上がり、ただひとり見れなかった母がむくれてご機嫌が直るまで夕食が遅れることとなったのである。


 それがザーネ精霊王国の日々の一幕、それこそが『彼女たち』が目指した平和な世界であった。

 この国もいずれは海の果てよりの侵攻や、魔物たちの活性化による大獣海などといった様々な問題に直面することにもなるのだが、ともあれその多くはこうした黄金の日々が続く平和な日常であったという。


□解説


ザーネ精霊王国:炎の女王が治める人と人外の暮らす王国。国教は天使様と呼ばれる女神を崇める天使教だが、現在この国は天使様の眷属である猫神によって守護されている。

天使様:いずこかへ旅立ったとも、再び本体に統合されたとも、さらなる階位に昇っていったとも言われており、神学者たちの間では意見が分かれている。

首都ウィハマー:かつてはカザネ魔法温泉街と呼ばれていた、今も変わらず魔法温泉が名物の街。

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