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まのわ ~魔物倒す・能力奪う・私強くなる~  作者: 紫炎
まのわアフター

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アフターデイズ編 カザネ魔法温泉街の何気ない一日

 カザネ魔法温泉街という街にアルカ・ラーザという名の少年が住んでいた。

 かつてアルカはリンドー王国のウーミンの街に住んでいたのだが、オドイートリーチの群れに街が襲撃され、住む家を失って隣国のカザネ魔法温泉街に移民してきたのである。その後に起きた悪魔との決戦の日も無事に越え、今は平和に暮らしていた。


「天使様。どうか我らをお導きくださいませ」


 少年は現在、温泉街に設置されている教会内にいた。

 彼が膝を突いて祈りを捧げる先にあるものは、優しい笑みと豊満なる乳房をたずさえ、背には白き翼を広げた小さな天使の像だ。

 祭壇の上に立っているその像こそが彼が信奉する天使教が崇める天使様のお姿であった。

 アルカたち天使教の教徒は日々の天使様へのお祈りをかかさない。充実した一日は充実した朝食によって始まるという天使様の言葉に従い、アルカたちがお祈りにきたのは朝食後であった。

 そして、その教会内には少年のみならず、老若男女問わず祈りを捧げる姿があった。彼らはみな、小さな白翼のブローチを握りしめて祈っており、人によっては像の前にある箱へと硬貨を投げ入れ、手を合わせて再度祈る姿も見られた。

 その箱はオサイセンバコと呼ばれるものだとアルカは聞いている。箱の中に硬貨を入れることで天使様のお力が増すのだという話だ。

 少額でも気持ちが込められていれば……との教えではあるが、少年の家庭はそこまで裕福ではないのでお金を入れるのは週に一度、家族三人で一緒に一キリギア硬貨を入れる程度であった。


「アルカ、天使様にお祈りは済ませた?」

「うん。お母さん。今日も天使様、笑ってくれていたよ」

「ふふふ。アルカは天使様が大好きだものね」

「当たり前だよ。お母さんとお父さんを助けてくれた方だもの」


 お祈りを終え、母の元へと戻ってきたアルカはそう言って笑う。

 アルカは天使様の奇跡を目の前で見たことがあった。

 かつてウーミンの街にいた頃、当時の母は仕事にかえりみなかった夫への反発もあって悪い薬にはまっていた。そんな母から逃げるように父は仕事にさらに入れ込み、ギクシャクとした家の中でアルカは非常に辛い日々を送り続けてた。

 そこにオドイートリーチの襲撃があったのだ。街中がパニックになり、誰もが

怯え逃げ惑う中、薬のせいで黒い怪物になりかかった母と狼狽えているだけだったアルカを背負って父は避難所である領主の館へと向かった。だが、状況は決して良くはなかった。館に辿り着いた頃には父は暴れる母によって瀕死の重傷になり、母もまた人間ではなくなろうとしていたのである。


 だが、そこに天使様が訪れた。


 それはアルカに取ってはもう奇跡としか言いようがない光景だった。

 豊満なる胸を揺らし、白き翼を広げて光輪を浮かべしチンチクリンがアルカの前に現れたのだ。彼女は人を超えた力を用いて両親を救い、さらには他の者たちも次々と助けていった。その光景はアルカにとって、否、あの場にいたすべての者にとって忘れられぬものとなっていた。それこそが天使教の原点のひとつであり、教会に飾られた絵には当時の光景が描かれているものもあった。


「あのときの天使様、お母さんにも見せたかったなあ」

「ふふふ。私も見たかったけれど、奇跡をこの身に受けられたのだからそれだけでも十分過ぎるわ。私はねアルカ。天使様に命を授けられたのだからね」


 母が胸に手を当てそう返すとアルカが笑って頷いた。

 それからふたりは教会の入り口に戻って、門番をしている騎士たちに挨拶を交わした。

 彼らはダインス天使騎士団と呼ばれる天使教に仕える騎士たちだ。元はダインス王国という滅びた国の騎士たちであったらしく現在本隊は祖国の復旧のために温泉街を離れているのだが、それでもこの教会を護る隊も残っており、また彼らは次代の天使騎士の育成も行っていた。


「うん。お母さん、僕も天使騎士団に入るよ。天使様をお守りするために強くなる」

「そのためにはお勉強もしないとね。騎士様は頭もとてもおよろしいのよ」

「チェッ、分かってるよ。これからそのお勉強ってのをちゃんとしてくるさ」


 アルカが唇を尖らせるが、彼が天使騎士になる道がこの街では開かれていた。

 街の住人であれば学ぶための学校は開放されているし、様々な恩恵もある。この街はミンシアナ王国からの全面的な援助によって今なお急速な発展を続けており、住人への待遇も他とは破格と言えるほどに良いものであった。

 そうした事情もあって移住しようという人々は日々増え続けているのだが、すでに街への移住許容人数は超えていて、近隣に新しい町もでき始めている状況だ。街ができてすぐに移住できたアルカの家族は今となっては非常に幸運であったと言えた。

 また家に帰る途中でアルカたちは、あからさまに堅気ではない風な男たちとすれ違ったのだが、その胸に銀狼の頭部が刻まれたバッジを付いているのを見てアルカたちは騎士団たちのときと同じように挨拶を交わし、男たちもアルカたちに頭を下げて、そのまますれ違った。

 彼らはムータンと呼ばれている組織の一員だ。天使に付き従う狼の怪物を崇める者たちだとアルカは以前に聞いており、彼らの信仰は純粋なる暴力そのものだが、それ故に振るう力の行使には銀血の掟ユミカルールと呼ばれる様々な制約が課せられているそうだという話であった。

 なお、彼らの本拠はここより北にあるゴルディオスの街であり、そこには銀狼の神殿があるとのことである。もっともアルカにとってはやはり彼らよりも天使騎士の方がカッコ良く映り「やっぱり騎士様の方だよなぁ」とひとりうんうんと頷いていた。

 それからアルカは、道の途中で母と別れて学校へと向かった。

 授業を受けている子供たちは年齢もまばらであったが、同じ頃から学校に通っているために彼らは比較的等しく授業に付いていけているようだった。


「なあ、アレなんだろ?」

「喧嘩かな。でもみんな走ってるね」


 授業の終わった放課後、アルカが友人たちと共に家に帰ろうとしていたときに大通りの方が何やら騒がしいのに彼らは気付いた。そして、様子を見に大通りに行くと、大人も子供もみんな街の離れに向かって走っているようだった。


「天使様だ。久方ぶりに奇跡が見られるぞぉ」

「領主様万歳! きっと今回も凄いものが出てくるに違いねえ!」


 その言葉にある形が目を見開かせた。

 その先にあるのは建設予定区画であり、本来何があるというわけではないが、温泉施設をさらに増やす計画が動いていてそこに五番目の施設ができるだろうという話はあった。そこにアルカたちも慌てて向かう。話している人たちの内容が確かであれば、なおさらアルカたちは早く早くと走り続けた。そうして彼らが目的地に辿り着いた頃にはもうその場に住人の多くが集まっているようで、彼らの視線は一様に上空に向けられていたのである。


「おお、来たぞ。天使様だ」

「カザネ様だ」

「領主様だ。グリグリ様に乗っておられる」


 アルカたちも周りと同じように空を見上げると、そこには鳥にも似たドラゴンが飛んで近付いているのが見えた。またそのドラゴンの頭部には小さな少女がいるのも確認できた。


「天使様だ」


 アルカが目を輝かせてそう呟いた。

 それから街の守護竜である鷲獅子竜グリグリが水晶の小型ドラゴンや護衛団に囲まれた空き地へと着陸すると、人間よりも三分の一程度の大きさのチンチクリンがドラゴンの頭部から降りてきたのである。

 それがこの街にいる天使様と呼ばれる人物であった。多くの奇跡を行った上に、本体よりの分け見であるため、かつてアルカが見たときよりも小さく、豊満であった胸も萎み、また翼も生えていない。だが、それでも多くの奇跡を行う本物の天使様がそこにはいた。


『そんじゃあ行くよ! スキル・ゴーレムメーカー温泉天国宝石三昧!!』


 天使様はすぐさま指を天に掲げて魔力の光を己に向かって下ろすと、その場で手を地面について力を行使し、瞬く間に土塊が盛り上がって水晶の宮殿を生み出した。

 それを見て住人たちが歓声を上げる。何しろ、できあがった施設は水晶どころか、周囲には宝石を散りばめた、これまで以上に豪奢で幻想的な建物だったのだ。住人たちが興奮しないわけがなかった。


「ああ、今回は普通に区画整理だけじゃあなかったんだ。お母さんもお父さんも悔しがるだろうなあ」


 アルカがその光景に目を奪われながらも、そばに両親がいないことを残念がった。それはまさしく神の御業だ。アルカは知らぬことだが、天使様は魔力の川ナーガラインと己のコアである心臓球を接続し無限に近い魔力を十全に行使できる存在なのだ。とはいえ、魔王神託騒動で神格が宿ったことで比較的安定したものの負荷も大きいので数ヶ月に一度という程度で天使様はこうして奇跡を起こしていた。


『うー、終わった。んじゃ帰ってオールドブラッドやろ。オンラインもやりたいけどなあ。ダンジョン経由で回線繋げらんないかなー』


 それからグッタリした様子の天使様が何やらブツブツと口にしながらドラゴンの頭に再度登ると、ドラゴンは咆哮して歓声で見送る人々の前から飛び去っていったのである。


「ああああああ、まぁたやってくれましたわね。だから自重しろと言っておりますのに。宝石とか宝石とか宝石とかこんなの警備とかどうするんですのぉぉおおお」


 そんな中、天使の側近のひとりであり領主代行をしているマッカがその場で吠えているのにアルカは気付いた。感動のあまり錯乱状態のようであり、それもまたいつものカザネ魔法温泉街の日常であった。だが、いつもと違うこともあった。


「坊主、よく見ておくのだぞ。あれは強すぎる光に当てられ、その身を焼き尽くされんとする哀れなる者の末路だ。いずれは灰となり死に絶えるが定めよ」

「あ、はい」


 唐突に、アルカの横にいた老人がよく分からないことを言ってきたのだ。それにアルカは適当に返事をすると、老人は満足した顔でその場を去っていく。

 その老人はアルカの隣の家に住んでいて、なんでも北の街から引っ越してきたようだとアルカは父親から聞いていた。

 それからアルカは目の前で起きたことに胸を躍らせながら家へと戻ると、仕事帰りでたまたま目撃していたらしい父親とふたりで盛り上がり、ただひとり見れなかった母親がむくれてご機嫌が治るまで夕食が遅れることとなったのである。


 それがカザネ魔法温泉街の日々の一幕であった。

 この街はやがては炎の女王治めるザーネ精霊王国という国へと発展を遂げ、ときには様々な問題に直面することにもなるのだが、その多くはこうした黄金の日々が続く平和な日常であったという。

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