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まのわ ~魔物倒す・能力奪う・私強くなる~  作者: 紫炎
まのわアフター

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アフターデイズ編 引き継ぐ魂 後編

「弓花ちゃん、ひとり?」


 高級ホテルの屋上にあるバルコニーでひとり佇んでいた弓花に、声をかける人物がいた。その相手に弓花が「なんだ、達良かぁ」というと、ホテルの中へと視線を向けた。


「ていうか、ひとりなのは見て分かんでしょ? なんか落ち着かないし。ティアラが直樹と喧嘩してて、うるさいし。あれには巻き込まれたくないのよ」


 その言葉に達良が「あはは」と笑う。

 風音2号と一緒に暮らしている直樹と、風音といつも一緒にはいないティアラの間には現在非常に深い亀裂ができており、今回も熾烈な争いがレストラン内で勃発していたのである。その争いの飛び火が来るのを嫌った弓花が、その場を離れたのは至極当然のことであった。それから弓花が達良をジト目で見る。


「で、なんか用?」

「いや、用ってほどのことではないんだけどさ。ちょっと訊きたいことがあって。その、弓花ちゃんはふたりをツヴァーラに送ったら、またあっちの生活に戻るのかなって?」

「そんなの前にも言ってるじゃん……って、ああ、お父さんに言われたのね。聞いてこいって」


 弓花の言葉に達良が「えっと」と口にし、目が泳いだ。その様子に弓花が小さくため息をつくと「こっちだと鳥が逃げるのよね」と言葉を返す。

 それを達良は笑えない。弓花の言葉は冗談ではなく、事実なのだ。弓花が来ると鳥が一斉に飛び去り、犬の鳴き声も途絶え、猫は鍋の中に隠れる。

 それはクロマルや龍神刀『雷火』、ゴブリンゴッドキングのキングなどといった面々を従えている所為でもあるのだが、主な原因は弓花が自身の闘気を隠しきれていないためであった。


「力だけ強くした結果らしくてね。なんかダダ漏れてるらしいのよ。お父さんたちは私が無意識に敵意を外してるから問題ないみたいなんだけど」

「そ、そうなんだ」


 少しだけ引きつった顔をした達良に弓花が頷く。


「師匠に頼んで気を鎮めるための修行もしてるんだけど、これがなかなか上手くいかなくてねえ。留めておくだけならできるんだけど、常時抑えておくってのが難しいのよ。本当に」


 弓花が「ハァ」とため息をつく。それから弓花は気を取り直した顔をして達良を見た。


「まあ、そうでなくても私はあっちの方が性に合ってるし、お父さんには悪いけど、あっちで暮らしていくと思うわ。それに、これがあればすぐに戻れるしね」


 そう言って弓花が帰還の楔リターナーズ・ステイカーを見せた。

 それは夢の中で手に入れたアーティファクトでありながら、弓花は現実にまで持ち帰っていたものだ。性能は直樹の持つオリジナルの帰還の楔リターナーズ・ステイカーと全く同じなので、特に条件なしに世界間を行き来することが可能であった。


「つーかよ。弓花もそれ持ってるのがおかしいだろ。俺の価値が下がる」


 そして、そんなことを言いながら直樹が室内からやってくる。


「あんた。風音はいいの? ティアラに取られちゃうわよ?」

「姉貴にうるさいって言われた」


 少し涙目であった。それから直樹が自分の涙を拭いながら、写真を取り出した。そこに写っているのは小さな赤子だ。


「ま、今は姉貴がこれと同じ写真をティアラに見せてるよ」

「ああ。もう生まれて三ヶ月だったっけ?」


 そう言って頬を緩めながら写真を見る弓花に、直樹がほっこりした顔で頷く。

 写真に写っている渚という赤子は風音と直樹の妹だ。少し前に出産を終え、今は風音と母親の琴音がつきっきりで子守をしているところである。「タツオを育てた私の腕前を見せてやる!」と息巻いた風音2号だが、どうやら悪戦苦闘中であるらしい。タツオは子育てというにはベリーイージー過ぎたので当然の事態ではあった。


「あんたは、どうなのよ。学校とか?」


 それから渚の写真を見ながら弓花がそう尋ねると、直樹も「まあ、ボチボチかなぁ」と返した。


「みんな年下だけど、いいやつばっかだしな。知力のステータスアップがあるから勉強も遅れてないし、問題ねえよ。いや、ステータスアップってマジチートだな。バレないようにするのが難しいっての」


 直樹が苦笑いしてそう答える。実際、今の直樹の身体能力も知力も、こちらの世界の基準からすればある種のスーパーマンのようなものである。

 そんな直樹だが、今彼は高校生活を送っていた。

 当時の事件より目が覚めたという扱いであり、同級生はみな年下ではあるのだが、いつも通りのイケメンぶりで男女ともに人気があり、学園のアイドル扱いとなっていた。姉さえいなければ、それが直樹の日常なのであった。姉さえいなければ。


「所長がウチで雇ってもいいって言ってたよ。もっとも君ならどこでも引く手数多だと思うけどね」

「ははは。まあ、考えておきます」


 直樹がそう言って笑う。家からも離れておらず、風音とも仲の良い達良の近くというのは直樹にとっても非常に美味しいポジションだ。とはいえ、直樹もまた自分の将来については色々と考えているため、返答は保留とした。

 それから直樹が室内で扇と話しているメフィルスを見ながらボソリと尋ねる。


「で、弓花に達良さんさ。あっちの剣。なんかよく分からないけど、もうひとりの達良さんなんだろ? あれ、どーなってんだ?」

「あら、あんたにも分かったの?」


 驚く弓花に、直樹が呆れた顔で笑う。


「あのなあ。こっちの世界で暮らしてるからって『魔剣と合一せし者』のスキルはなくなってないんだぜ」


 ユニークスキル『魔剣と合一せし者』を習得している直樹にとっては、魔剣の構造解析はお手の物だ。直樹は新世界や旧世界の事情は知らされていないが、こちらに戻ったところで新世界の己の魂とも融合してレベルが上昇し、自分の魂がふたつ存在していることは理解していた。だから、大翼の剣リーンの中にある魂の存在にも気付けたのだ。

 それから、質問を受けた達良が少しだけ寂しそうな笑い顔で口を開く。


「まあ、あっちの僕が望んだ選択だ。あいつがそれを望んだなら、僕は止められないよ」

「望み?」


 首を傾げる直樹に、達良が頷いた。


「ああ、あいつの望みはね……」



◎ツヴァーラ王国 ツルーグ霊廟 ???年後


 かつて、その国では幾つもの戦いがあった。

 大国の蹂躙、竜を従えし皇帝の侵略、悪魔たちの謀略、魔物の軍勢の王都侵攻。けれどもそれらを越えて、ツヴァーラ王国は今も繁栄し続けていた。

 もはや幾つもの物語が風化し、かの巨大なるアウディーンの塔が建設された当時も書物の中の記録にしか残っていないような時代になり、王国は長い平和を享受していた。

 けれども戦いはひとの歴史の常でもある。豊かであれば、それを欲する者から狙われるのもまた当然の運命であり、今まさにツヴァーラ王国は侵略者たちにより再び戦渦に巻き込まれつつあった。


『姫よ。急ぐのだ。この霊廟ならばまだ安全のはずであるぞ』


 ふたつの足音が、その暗い通路の中を木霊していく。暗い霊廟の中を、炎を纏って輝く騎士姿の老人に連れられて幼き少女が駆けていた。


「ま、待つのじゃ爺。妾はもう足がパンパンであるぞ」

『言うてる場合ではない。あの女帝の手がここまで及んでおるのだ。イシュタリアの侵略者どもめ。まさか陽動を使って軍をおびき寄せた上で王都を侵略するとはな』


 老人が唸り声を上げる。まさしくしてやられたのだ。

 南の海岸を占領したイシュタリアの帝国軍を討つべくツヴァーラ王国軍は守護獣ルビーグリフォンを率いた王と共に遠征に出ていた。その王の留守の王都に帝国軍は奇襲に出たのだ。


『ルビーすらも駆り出させた今このときを狙うとは。あの鉄の獣の侵攻速度は速さを侮ったのが失策であったか。まったく、久々にあのチンチクリンの娘の理不尽さを思い出したぞ。いや、アレが敵であったならば、もうとっくにケリはつけられておったろうがな』

「爺の言うてることは難しくて分からん」


 少女が唇を尖らせるが、老人は無視して先へと進んでいく。しかし、元来た通路の方から「追え!」との声が響くのを耳にして少女がビクッと肩を震わせて、同様に声が聞こえた老人の足も止まった。

 それから老人は周囲を見回した後、『ふむ。ここらで限界か』と口にしたのだ。


「爺?」


 怯える少女の頭に、老人はそっと手を乗せて撫でて笑う。


『ミンティア・ツルーグ・ツヴァーラ。英雄王と共にあった王妃の名を受け継ぎし我が血族よ。ここから先はお前ひとりで行くのだ』

「ぬ? どういう意味じゃ爺。にょわっ!?」


 突然、老人はミンティアと呼んだ少女を押し飛ばし、それからすぐさま壁を叩いた。そのことに驚くミンティアの前で突然石の壁がせり上がり、老人のいる通路を塞いだ。


「ど、どういうことじゃ、爺。ここを開けるのじゃ。妾ひとりでは寂しいぞ」

『許せよミンティア。それはできぬ話なのだ。せめて王が戻るまで、其方はここで隠れておれ。余が時間を稼ぐのでな』

「なんじゃと!?」

『或いは……あのお方の剣の導きがあれば』


 そう老人が口にしている途中で、別の男たちの声が石壁から響いた。ついにイシュタリアの兵たちが追いついてきたのだ。


「いたぞ。王国の守護騎士だ。あれを倒せば金一封だぞ」

「はは、もらった。獣機兵ビースト隊の手柄だ」

『チッ、獣どもが来おったか。行けミンティア。その先にある剣の元へと!』

「爺ぃぃ!!」


 ミンティアが叫ぶが、すぐさま戦いの音が鳴り響くと、それは徐々に遠ざかっていく。恐らくは老人が優勢なのだろう。次々と迫る敵兵を打ち倒しているに違いなかった。

 ミンティアの知る限り、あの老人は古くから王族を護ってきた最強の守護騎士だ。その正体は国を救うべく蘇ったかつての王であり、炎の魔人であり、守護獣ルビーグリフォンの眷属でもある。

 しかし、多勢に無勢は否めない。外には海を越えたイシュタリア大陸から送られてきた鉄の巨人や鉄の獣が待ち構えているのだ。

 彼らはすでに幾つかの沿岸部を制圧し、今まさにフィロン大陸内に勢力を伸ばしつつある侵略軍であった。そして彼らが扱うのは魔術を弾く装甲を持つ、鉄機兵マキーニと呼ばれる鉄の巨人だ。その能力は、ミンシアナ王国の擁するタツヨ・シークンなどといったゴーレム兵をも上回り、召喚獣を主とする戦力のツヴァーラ王国では分の悪い相手であった。


「爺……」


 それから、とめどなく涙を流していた少女はひとり静かな通路の中に膝をついていた。

 もう彼女を護っていた老人はいない。助けは来るかもしれないが、その前にイシュタリアの兵に見つかる可能性も高いように感じられた。であればどうするか……そして少女は、涙を拭って閉ざされた石壁に背を向けることを選択する。


「まのわちゃんであれば、諦めぬのだろうな」


 それからミンティアが口にしたのは、絵本の中で活躍する少女の名であった。

 まのわちゃんは、すごい力を持っているのにおっちょこちょいで、けれどもみんなを笑顔にさせる、今も世界中を旅しているという女の子だ。

 母より寝物語に聞かされたチンチクリンのことをミンティアは思い浮かべ「良し」と笑った。


「であれば、妾も諦めぬ。まのわちゃんに笑われてしまうではないか。出でよ、フレイバード」


 ミンティアの手の指輪から炎の鳥が出現する。ルビーグリフォンの眷属でもある召喚鳥の一種だ。それを灯り代わりにしてミンティアは先へと進んでいく。


「行くのじゃ。妾は……妾は王族。この地を護る者。爺が思わせ振りなことを言っておったし、きっと先に何かがあるはずなのじゃ」

『はは、切り替えの早い子だね。ああ、懐かしいな。この感じ』

「む、声が聞こえた?」


 ミンティアが突然聞こえた声に眉をひそめ、通路の奥を見た。その先に光が差したのが見えたのだ。もっともそれは普通の光ではなかった。まるで包み込むような白き輝きにミンティアが目を丸くする。


「な……んじゃ、これは?」


 そして、ミンティアは声に導かれるようにゆっくりと足を進めていく。

 その先に何か、或いは誰かがいるとミンティアの魂の奥にあるモノが訴えていた。


「ほう。ここは墓であるな。霊廟なのだから当然ではあるが」


 それからミンティアが進んだ先にあったのは、誰かの墓であった。そこに乗せられていた一振りの剣から光は発せられていたのである。


「剣? 翼を重ねたような……ほぉほぉ。中々に素晴らしき一振りであるが。うわっ!?」


 驚くミンティアの前で剣はスッと宙に浮かび上がり、それから剣の中より声が響いてきた。


『ようやく来たね小さき姫君。ああ、君の魂はまだその中にも生きているんだねミンティア』


 その言葉にミンティアが眉をひそめる。自分の名を呼ばれたのに、その声の主は別の誰かに声をかけたかのように感じたのだ。


「ミンティア、確かにそれは妾の名ではあるが? そなた何者じゃ?」

『僕かい。残念ながら名前は忘れてしまったんだよね。平和な時代が続き、僕の出番は結局なかったから。だから、こうしてずっと眠っていたんだけど、少々寝過ぎたみたいだ』

「ふむ。どういう意味じゃ?」


 首をかしげるミンティアに、剣が笑う。


『君のお父さんやお爺さんが頑張っていたから僕は動かなくてよかったということさ。けれど、今は僕の力が必要なときのようだ』

「ほう。必要とはな? 話す剣に何かができるのか?」


 ミンティアが拳を握りしめて剣を見た。何しろ今まさに彼女の国は理不尽なる侵略者たちに蹂躙されつつあるのだ。だからミンティアは力を欲している。救うための力を、護るための力を望んでいる。


「我が民が苦しんでおる。我らを護りし兵たちが血を流しておる。爺が妾を護るために死地に向かっておる。そして妾は無様に隠れることしかできぬ。それを覆すほどの力がお前にあるのか?」

『覆したいかい?』


 剣の問いに、ミンティアは「当然じゃ」と返す。幼き身であろうとも、彼女は王族だ。いかに絶望的であろうとも、自らが民草を護り導く存在であることを見失ってはいない。そして、その言葉に剣は満足そうに『であれば』と返す。


『僕を握るといい。僕は君のためならば、君たちのためならば、幾千万の敵を屠る、我らが王国を護りし絶対無敵の剣と盾ともなれる』

「その言葉、確かであろうな」

『ああ、確かだよ。そうだ。そのために僕は戻ってきたんだ。ここに、この世界にね!』


 その言葉を聞いた少女が目を見開いて剣の柄を握りしめると、次の瞬間に王都に激震が走った。それは伝説の巨人の目覚めであり、新たなる物語の始まりの鐘でもあった。

 こうして、かつて王となり、神となり、剣となって戻ってきた男は愛した者の魂を継ぐ少女と共に再び歴史に姿を現わすこととなった。少女と喋る剣の物語はここより始まり、新たなる冒険の幕開けとなったのである。

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