第千五十一話 白く輝こう
その日、大陸中からその光は見えたという。
神の力帯びし輝きはすべての命への祝福を感じさせたが、それは世界を存続させるために発せられた光でもあった。
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そして、その輝きをとある国の王女は微笑みながら見ていた。
放たれる光の暖かさに、彼女は覚えがあった。忘れるはずもない。その暖かさに包まれていたあの日々を思いながら王女は笑う。
「北からの光……カザネとユミカの意志を感じますわ。ふふ、妬けてしまいますわね。本当に」
「ふぅ。こっちはゲームクリアだけど、どうもあっちはクライマックスってとこらしいね。まったく風音は派手だな」
王女と並び立っているかつての王もそれを見て笑みを浮かべた。彼らは友の勝利を信じて疑っていない。どれだけ激しい戦いであろうとも帰ってくると信じていた。またふたりの周囲には、戦闘を終えて喜びに満ち溢れた兵たちが並び立っていた。そして彼らははるか遠き地で戦っている勇者たちを鼓舞すべく、その場で北へ向けて剣を掲げた。
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そして、その輝きをとある国の王とその妹が見ていた。
ふたりは、その光が誰の行いによって起きているのかを正しく理解していた。
『へっ、あっちはあっちでヤバそうだな。なあ、あいつらは勝つよなエミリィ?』
「あったりまえでしょ兄さん。私たちは、いつだってなんとかしてきたじゃない。だから私がここにいる。こっちももう勝利目前なんだから、カザネたちが負けるはずがないわよ」
『ククク、確かに。それに、もうひとりの我の気配も感じる。であれば、負ける要素はないな』
王の内にいる猛き竜の声に兄妹が笑って頷いた。彼らの周囲には魔物の屍の山が積み上がっている。空に無数の竜たちが飛び交っているが、それらは皆仲間であった。
そして、彼らは動き出す。残りの魔物は南の門の群れのみ。祖母の救援に向かうべく、彼らは光に背を向けて走り出した。
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そして、その輝きをとある街にいるふたりの老人が見ていた。
魔物を従えていた悪魔は倒し、ようやく人心地が付いたところに発生した光を見ながら老人の片方がため息をついた。誰がその光を放っているのかを彼はなんとなくだが分かっていたのだ。
『へっ、感覚で分かるってのは奇妙なもんだが、ありゃあ風音だな。弓花もいやがる。おいおい、まったくここまでどれぐらい距離があると思ってんだよ』
「はは、私にも分かりますよお爺様。あの子たちにはいつも驚かされます」
長き時を経て再会した祖父に、もうひとりの老人が笑ってそう応える。
空では鷲獅子竜がその光に向けて雄叫びを上げていた。それは、自らの勝利を主人に告げようとしているのだろうと老人たちは理解していた。
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そして、その輝きをとある国の女王である少女と幼竜が見ていた。
すでに彼らに対して魔物たちは背を向けて退却し始めている。
竜統べし存在の血を受け継ぐ幼竜の威光によって、魔物たちは自らの意志でその場を去ろうとしていた。その様子を後目に小さき女王が頰を膨らませていた。
『なんだよ。ポータルで追いつこうと思ったのに。あっちももう終わりじゃねえか。クソッ、負けたら承知しねえぞ』
『そんなことを言ってはいけませんよレーム。母上たちは今も頑張っているのですから。けど、この気配は父上もいますね。ズルいです。私も一緒に戦いたかったのに!』
そう口にする幼竜は、心配など一切していない顔であった。愛すべき母の力を彼は疑わない。それに光の中に父の気配も感じていた。ならば、何を不安に思おうか。ただひとつ不満なのはそこに自分がいないことだけだ。そして、幼竜はくわーっとその場で鳴いて両親を想った。
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そして、その輝きをとある国の女王と王子が見ていた。
吹き荒れた炎により魔物たちはすでに全滅している。兵たちは皆、女王と王子を囲い、勝利の声を上げながら共に光を見ていた。そして、光を眺めている王子が女王へと尋ねる。
「母上。あれほどの力、心配です。カザネたちは大丈夫なのですよね?」
今や守護兵装の、魔力の川の力を理解している王子には、起きている事象を引き起こした者がどのような状況であるのかも、ある程度は把握していた。だからこそ、彼は不安だった。たとえ勝利しても、取り返しのつかない事態が起こるのではないかと。
けれども、女王は笑って頷く。
「ええ、あの子たちですもの。何も心配はいらないわ。勝って戻ってくるわよ。私たちの元へね」
そう言って女王は己の息子の頭を撫でた。
自分の親友たちが負けることなど、帰ってこないなどあり得ないと女王の目は語っていた。ここまで旅をして成長してきた彼女たちならば、たとえ相手が神でも悪魔でも、世界の終わりが相手だろうとも負けはしないと。
そして、仲間たちが、大陸中の人々が見ている光の中心では今……
◎天帝の塔前
「始まりおったか」
ジンライが目を細めながら、目の前で起きている現象を見ながら呟く。
空には巨大な門があり、その中から出てこようとしている醜悪な化け物と光り輝く巨大なドラゴンが激突し、凄まじい光が放たれているのが見えていたのだ。
光の奔流は塔の外にいる彼らをも包み込んでいたが、不思議と光の中にいるはずの彼らにもその光景は見えていた。暖かく彼らをも護ろうという意志を光に感じながら、彼らは今戦っている少女たちを認識していた。
そして、扉より出ようとしている醜悪で穴ぼこだらけの化け物こそがアヴァドンであり、対峙しているのが龍神化を果たした風音と弓花の融合体であることも確かに理解していた。
「二号も三号もあっちにいったみたいね。ホントとんでもないわ、あの子たち」
ルイーズがそう言って見上げている。悪霊騎士たちはこの光を浴びてすでに消えていった。冒険者たちは、今や一様にその戦いを見ていた。その先にある結末を目に焼き付けようとその目をそらさず眺めていた。
また、その場にはもう風音二号もゴーレム風音も、ユッコネエも狂い鬼もいなかった。すべてを結集せねば勝てぬ相手だ。彼らは一度消失し、風音の元へと戻っていったのである。
『口惜しい。力を貸してやりたいが、今は待つしかなかろうな』
メフィルスが悔しそうに、そう口にした。己が今あの場に飛んでいったところで、それで力になれるとは到底思えなかったのだ。だが、そのメフィルスにそばにいた直樹が「いいえ」と返す。
「メフィルス様、この場からでも声は届きますよ。光が姉貴たちと繋げてくれている。応援しましょう。俺たちには今、それができる」
『ほぉ、なるほど。確かにこの光にはそういう性質を感じるが……ナオキよ。その格好で言われてもな』
「ほっといてください」
ハンマーくんもゴーレム風音と一緒に消えたため、ひとり取り残されてダクトテープでグルグル巻きにされて転がっている直樹が恨めしげに言う。だが、直樹はすぐさま視線を頭上へと向けた。その声が届くと信じて、己の想いを光に乗せて声を上げた。
「姉貴、弓花。頼んだぜ。待ってるからな。ふたりがちゃんと帰ってくるのをさ」
◎天帝の塔 上空
『うん。分かってるよ直樹!』
そして、少女の声がその場に響く。
そこには巨大な白き輝きを放つドラゴンがいた。
そのドラゴンはロクテンくんに再度乗り込んだ風音を核とし、弓花との友情タッグにより力を増幅して神竜化した上に、さらに獣統べる天魔之王の力を解放して魔力の川と繋いだ存在だ。実質的にそれは神に等しく、神竜が龍神へと昇華を果たした姿でもあった。
今の状態であれば、魔力の川から得た膨大な魔力を己の意志のままに放つことができる。それを風音は神の吐息にすべて注ぎ込んでいた。それは、ここまで彼女が用いてきた力の中でも最大級の火力を誇っていたが、その巨大な力であっても目の前の敵には未だ届いていない。
『グォォォォオオオオッ』
巨大な召喚門の中より出てきた穴ぼこだらけの醜悪な怪物がその穴という穴から黒き光を放ち、風音の放つ神の吐息と激突しているのだ。
そして、その場で激しく白と黒のスパークを放たれ続けていたが、それは完全に拮抗しているわけではなかった。徐々にではあるが、黒い一撃の方が押し始めていた。その状況を察した風音が叫ぶ。力を欲し、声を上げる。
『足りない。まだまだ足りないよ。旦那様、ジーヴェ! 私に力を!!』
『任せよカザネ!』
『我ら、竜族の意地を見せてやろう!』
その言葉と共に虹竜の指輪と鬼皇の竜鎧から流れた竜気が龍神の身体を覆い、虹色と黒色の龍頭が左右に増えて三つ首となって、さらにブレスの威力を強めていった。融合してアストラル体となった弓花も、その様子を見て声を上げる。
『うーん、まだ足りないわね。キング、クロマル、雷火! あんたたちも手伝いなさい!!』
『そんじゃあ、こっちも。ユッコネエ、狂い鬼!ポッポさん!!サンダーチャリオット! みんな出てきて! スキル・共生進化!』
そして、彼女らの僕が次々と召喚され、龍神と融合していく。
『私ふたりにカルラ王、それにイライザにローランも一緒に!』
片手斧を持つ腕が生え、狼の顎が胸から生え、炎と雷の刃が腕から伸び、九つの猫の尾が生えて炎を宿らせ、鬼の角が龍頭に無数に並び、雷の翼が背より生え、紫電の車輪が足に出現し、頭部がさらにもうひとつ増えて、心臓球と呼ばれるコアが出現し魔力の川の魔力をさらに呼び込み、三対の黄金翼が勢いよく広がった。それらが増えていくたびに龍神の力は増していく。白き神の輝きは増していく。
『ォォオオオオオオオオオオ!!』
叫び声は重なる。それは風音の、弓花の、彼女らと共に生きる者たちの声だった。そこに塔の下から響き渡る弟や師匠たちの声も重なっていた。遠き地にいる近しき者からの、あるいは未来を望む見知らぬ者からの声も届いていた。
彼らは繋がっていた。だから力は増していく。それは世界中に届くほどの圧倒的な白の輝き。その中で風音と弓花は声を上げる。扉から出ようとする怪物へとブレスを吐き続ける。だが、その奇跡にも終わりはあった。
『風音。見習い解除の時間がもうないわよ!』
『分かってる。これが最後の力だっ! 弾けろぉぉおおお!!』
その叫びと共に風音の中で何かが爆発し、それは巨大な白き炎の塊となって龍神の身体から発せられた。
『ギャァアアアアアアアアア!?』
そして白き光はアヴァドンの黒き光を吹き飛ばし、扉から出てきたその巨体をも飲み込んでいく。
『もう限界よっ』
『うぅうう、ここいらで打ち止めか。ていっ』
そして、弓花と風音の声と共に龍神の姿が消失していく。スキル『見習い解除』の制限時間が過ぎたのだ。そのまま風音たちは元の姿に戻って宙に放り出されたが、ふたりの表情は険しいまま、頭上を見上げる。
「で、あいつは……」
「嘘でしょ!?」
その視線の先にあるのは、巨大な怪物だった。そしてそれはまだ動いていた。アヴァドンは息絶えてはいなかったのだ。その様子に弓花が驚きの顔をしている。
「あれだけの攻撃を喰らって、まだ生きてるなんて……」
「さっきのは私たちの最大威力の攻撃だったのに、それでも耐えるのか」
風音もそう言って眉をひそめる。見れば怪物の表面は焼け焦げ、相当な深手ではあるようだった。だが生きている。ソレはゆっくりと蠢き、扉から出ようとしていたが、
「じゃあ、次の『最大威力の攻撃』で迎え撃つしかないね」
その様子を見ながら、なおも風音は笑った。それから風音は振り向いて、塔の頂上から自分たちの方へと一直線に駆けてくる存在を見た。
「そんじゃあ削るだけ削ったから、後は任せたよ。私の最強の戦士様ッ!」
「応! 任せよ我よ!!」
そう応えた英霊ジークが天を駆け、風音たちの横を通り過ぎ、アヴァドンへと向かっていく。
そう、すべてはこのための準備だった。
龍神化で倒し切れるならばそれで良い。だが、それが難しいことを風音は知っていた。だからこそもう一手を用意していた。龍神化はあくまで盾だったのだ。初撃を防ぎ、切り札の力を溜めさせるための時間稼ぎ。
そして、風音たちはそれを完全に達成した。アヴァドンに先ほどのような力を振るうことはすぐにはできない。力を出し過ぎたのだ。回復にはまだ至っていない。故にガイエルという犠牲まで得て掴み取った最大の勝機がそこにあった。
「ここで滅びよ!!」
走りながらジークが盾を落とし、鎧を外し、さらには銀色の流れる髪が宙を舞って光が増した。そうしてすべてを脱ぎ捨てた全裸なジークがアヴァドンの前に到達し、己のすべての力を込めた剣を振り下ろした。
その剣の名は滅びの神剣『アースブレイカー』。
それは達良が風音に託した最高傑作。ゼクシアハーツというゲームシステムを超越した恐るべき破壊の刃が召喚門ごとアヴァドンを真っ二つに切り裂いていく。その斬撃はそのまま空をも切り裂き、地平線に見える先の雲までをも引き裂いていった。それはまるで天を切り裂いたかの如き光景だ。そして、その一撃によりアヴァドンは消滅し、魔力体が崩れて光となってその場に落ちていく。
「おーし、やったよ弓花!はっはー、こりゃ綺麗だねえ」
「よくやったわ風音。もうサイッコウ!」
そんな光のシャワーの中で、黄金翼をはためかせた風音と弓花が抱きしめあって喜びを分かち合っていた。それを見た者たちは後にそのふたりの姿を救世の天使たちであったようだと讃えるほどに、それは見る者を魅せる美しい光景であった。
そして、悪魔との戦いは終わりを告げ、世界は救われた。
それはふたりの少女と、多くの冒険者たちの手によって勝ち取った最高の未来であった。
〉〉〉Epilogue.




