第百二話 結婚を申し込もう
由比浜 直樹がこの世界に来たのは今より丁度3年前になる。
最初ハイヴァーンの外れに落とされた直樹は、地竜モドキと呼ばれる大型のトカゲに追いかけ回されながらも、どうにか近隣にあったタルバの街までたどり着くこととなる。そしてこの世界がどういったものなのかを知り、直樹はそのまま冒険者となった。それは身分も地位も住む場所もない直樹には日々を生きていく金が必要であり、日銭を稼ぐには冒険者となるのが手っ取り早いと考えたからだ。これは直樹に限った話ではないが大多数の冒険者はそうした理由で冒険者をしているのがこの世界の実情である。人々に賞賛されるような成功者など全体の一握りなのだ。
また、ここに来る直前まで遊んでいたゼクシアハーツというゲームに類似したこの世界は、直樹にとって想像以上に生きていくには厳しい世界ではあったが、だがゼクシアハーツのシステムウィンドウが使えることを知り『魔剣の操者』というユニークスキルも手に入れたことで冒険者として日々の生計を立てていくぐらいは稼げるようにはなっていく。
そうして何ヶ月かは直樹はソロで冒険者として生きながら、元の世界に戻る道を探していた。クエストの途中で同年代の少年と二歳下の妹のコンビのバーンズ兄妹と知り合い、そのまま意気投合し一緒にパーティを組むことになる。その頃には直樹もいっぱしの冒険者としてユニークスキルと同じ『魔剣の操者』という字で知られるまでになっていた。
さらに二年の月日が流れ、ちょうど今より半年前のことだった。ユウコ・ワイティ・シュバイナー女王の存在を直樹が知ったのは。
名前が日本人っぽいことが気にかかった直樹は市場で売られている土産ものの肖像画を発見し、それが自分の知っている人物とそっくりなことに気付く。結構老けてる気もしたが他人の空似というには似過ぎていた。
直樹は続けてユウコ女王のことを調べ上げ、彼女が以前は冒険者であったこと、ゆっこ姉のゲームキャラクターの字と同じ『殲滅の魔女』と呼ばれていたことを知る。偶然にしては明らかに出来すぎている……そう感じた直樹はユウコ女王に会うべくミンシアナに向かうことを決めた。
そして直樹はバーンズ兄妹にはまた戻ってくることを約束して今から一ヶ月前に竜船に乗ってミンシアナへ出立。だが順調に王都までは辿り着いたもののユウコ女王と会う手段がなく、門前払いを喰らってしまう。
その後も何度か王城に直樹は訪ねたが素気なく追い出され、終いには牢獄行きをちらつかされた。直樹は現状では女王に会うことはできないと悟り、旅の途中で知り合ったオーガンを頼ってシジリの街まで戻った。そして今もユウコ女王と会う機会を窺っていたのだった。
◎シジリの街 ジンソード酒場
「なんだよ、騒がしいな」
直樹が酒場の奥の部屋で目を覚ますと酒場からさわぎ声が聞こえてきた。
黒い石の森でオーガを討伐し今朝戻ってきたところである。
「うん、夕方か。じゃあしゃーねえのかな」
窓の外を見て直樹は呟いた。ここはアウターたち、荒れくれ者の集まる酒場だ。騒ぎが起きるのはいつものことだった。そして直樹はここで用心棒のようなこともしていた。
「グギャッ」
酒場から男の悲鳴が聞こえた。
「クソ、メンドクサいな」
どうも誰かがやられたらしい。だとすれば直樹の出番だ。直樹は自分の愛剣を一本アイテムボックスから取り出し、そしてドアを開けて酒場の中に入る。
「おいおい、なんか揉め事かい?」
直樹はそう言いながら酒場の中心に足を運んでいく。直樹を知っている人間は一歩後ずさり、道を空けた。酒場の常連は直樹の実力を知っている。迂闊に近づいてとばっちりを喰らっては堪らないと思ったのだろう。
そして、騒動らしき場所に近付いていくと見たこともない爺さんが油断なくこちらを見ていた。
(おいおい、やべえぞこりゃ)
直樹は瞬時に爺さんの実力に気が付いた。背負っている二振りの槍も異常な圧力を放っている。ちょっと勝てそうもないような相手のようだった。
そう直樹が緊張しながら爺さんを見ているとオーガンが肩をすくめて直樹に告げた。
「おい、お前が出るまでもねえっての。もう片が付く」
「あれ、もしかしてタイミング間違えた?」
途端に肩の力を抜いた直樹の問いにオーガンが頷く。
(あちゃー)
どうも出るまでもなかったようだった。だが直樹がなにかしらの問題がないかと何気なく周囲を見回したところ、不意に一人の少女の姿が目が止まった。
「お、あれ?」
直樹は眼をパチクリさせながら、少女をじっと見る。少女も直樹を見て驚いているが、それに直樹は気付かない。
「お、おおおおお」
(あ、姉貴だ。姉貴にそっくりな女の子がいる)
あの直樹の敬愛する姉とそっくりの少女がそこにいたのである。結婚するなら「姉貴」と即断する姉好きの直樹である。未だに、ゲームやってる姉のノースリーブTシャツの横からチラチラ見えたサクランボを思い出しながら、なぜか(明らかに故意である)ポケットに入っていた姉のパンツを握りながらのテクノブレイク余裕です、な直樹である。反抗期というかなんとなく恥ずかしくて話しかけられなくなって無視していた姉が「お姉ちゃん、嫌いになっちゃったのぉ?」と泣いて縋ったときにドキュンと心臓を貫かれた直樹である。その直樹の目の前にあの大好きな姉とまったく変わらない、まるで三年前の姉と同じ姿の少女がいたのである。
(おぉ、姉貴そっくりだ。まんま姉貴だ。異世界だから別人だー! 結婚オーケー! エッチオーケー! サクランボ見放題オーイエーオーイエー!!)
気持ち悪い。
そして一瞬で最高潮にまでテンションの上がった直樹は風音を穴が空くほど見続けながら(いける!)と常人には理解不能な判断をすると突然ガバッと膝を突き頭を下げながら土下座スタイルとなり、大声でこう言った。
「一目見たときから好きでした。俺と結婚してください」
「「「「「は?」」」」」
その場にいる誰もが唖然とした中、少女は「うーん」と唸った後、大きく溜息を吐いてからこう告げた。
「あんたはやっぱり変わらないね直樹」
「あれ、姉貴?」
よく見たら姉だった。
****************
「本当にありがとうございました」
「「ましたー」」
女性と子供たちが共に風音たちに頭を下げる。
後からシジリの街にやってきたルイーズたちはすぐさま男性を癒術院に運び込んだ。臓器には傷が入っていなかったらしく、ほどなくして男性の意識は回復した。そして後の継続的な治療を行うため男性は癒術院を出て診療所に送られていった。また馬のルッシーも無事だった。走りすぎてバテてはいたが、女性に引かれて元気に去っていった。
ちなみに男性の治療費はカーゲイの部下たちの賞金で支払うことになっている。なっているというのはまだ換金できていないからだ。元々オーガンは酒場にやってきたカーゲイ一味を怪しんでいた。そして部下の獣人からやってきたカーゲイの部下から血の臭いがするという報告も受けていた。
ただでさえ商人ギルドを怒らせている上に自分たちに嘘まで吐いた連中だ。ケジメを付けさせるといってオーガンの部下たちが連れていってしまった。一応殺しはしないとのことだったので後始末は任せて、風音一行は再びジンソード酒場に戻ってきた。
「ようこそ、我が城へ」
オーガンが仰々しい仕草で風音たちを招く。さすがに酒場は人も増えてきたので奥の個室へと招かれた。ちなみに「おいあれって」「バカ、磨かされるぞ」といくつかのテーブルから小声が聞こえてきていた。悪評は順調に広がっているようだった。
そして、風音たちと直樹、オーガンが部屋に入り、扉が閉められる。すると外の音が途端に聞こえなくなった。
「失礼。外が騒がしいようなのでこちらにさせてもらったが、いいよな?」
オーガンの言葉に全員が頷く。
「まあ血の臭いがしなければ尚いいんだけどねえ」
風音のぼやきにオーガンが「なるほど、ナオキの姉貴ってのはおっかねえみたいだな」と苦笑する。荒くれどもの居城の奥にある防音室。場合によっては何に使われる部屋かはお察しである。
「で、あんたがナオキの姉貴ってわけかい?」
「そうだよ。あんたは直樹のお友達?」
風音の言葉にオーガンが頷く。
「ハイヴァーンに用があって行ってるときにな。ちょっと世話になったんだよ。な?」
オーガンの気軽な言葉に直樹も頷いた。
「世話になったのはこっちの方さ。今も世話になってるしな」
微妙にスカした風の振る舞いだが姉のことがなければ直樹は落ち着いたクールな青年である。まあ頭は悪いので以前自分のことをKOOLだと言っていたこともある。直樹時間で三年前の中学生の頃の話だ。ちなみに義務教育ストップしてるので今もKOOLだと思ってます。
「まさかこいつもこっちに来てるとは」
頭を抱えているのは弓花である。
「あらあら、恋人さんだったじゃないのさ。弓花ぁ」
風音の言葉に仲間から好奇の目が弓花に集中したが弓花は首をブンブンと振った。
「昔の話よ、大昔のね」
「ああ、そうだな。昔の話だ。もう何年も前のな」
直樹がそう口にする。
「うーん、そうだよねえ。直樹にはもう三年以上前のことだものねえ。そっか、直樹には昔の話か」
風音が若干ウルッときていた。
さすがに出会いのインパクトで風音も「うわぁ」という感じだったが、いざ話してみれば身内である。3年という月日の苦労を思うと風音は涙が溢れてくる。
「ああ、いや。姉貴、違う。何が違うかわかんないけど泣かないで」
「うん、分かってるよ。ゴメンね。泣いちゃうお姉ちゃんでゴメンね」
ぽろぽろ涙をこぼす風音の前でオロオロする直樹にオーガンが笑う。
「くくく、なんだよ。スカしたガキだなとは思ってたが、年相応のツラもできるじゃねえかナオキ」
「うるせえよ」
直樹がオーガンの言葉に口を尖らせる。
「いや、まあ、会えて良かったよ。本当にな姉貴」
「うん、私もだよ」
「ああ、そうだ。姉貴、ゆっこ姉もこっちにいるんだよ。俺、ゆっこ姉に会いに行こうと思ってこっち来てたんだよ」
「うん、いるのは知ってるよ。さっきもメール送ったし」
「え、会ったのか?」
愕然とする直樹に風音は涙を拭いて頷いた。
ちなみにゆっこ姉とのメールのやりとりの内容はというと
風音「直樹がいたよー。シジリの街で会ったー」
ゆっこ姉「あら良かったわねえ。どんな様子だったのー?」
風音「いきなり結婚を申し込まれたー」
ゆっこ姉「相変わらず気持ち悪いわねえ」
こんな感じでした。ゆっこ姉も気持ち悪いと思ってるらしい。業の深い男だ。
再会の言葉も終え、お互いの状況を知ろうということでまずは直樹は自分がこの世界に来てからの三年間を話し始めた。
ゲームをしてたらいつの間にかハイヴァーンにいたこと、ここに至るまで冒険者として生計を立てていたこと、そしてバーンズ兄妹の名前が出たときにはジンライも驚いたが「エラく強い爺さんがいるって言ってたけどアンタのことか。なるほどなあ」と直樹が言うとジンライもマンザラでもなさそうな顔をして照れていた。
「まあそんなわけで、ハイヴァーンで冒険者としてやってたんだけどな。故郷に帰る手段もないし悩んでたところにゆっこ姉の名前だろ。そんで会いにこっち来たんだけど、王都にいっても門前払いだったんだよ」
「そりゃな。女王の知り合いだーって門の前に行っても頭の可笑しいアホにしか思えないからな、実際」
オーガンがケタケタ笑いながら酒をあおる。
「まあ、そうだよな。そうだったさ。とはいえ、名前さえ伝われば会えると思ってさ。ここでなんか手柄を立てようと思って動いてたってわけだ」
「まあ、そうそう上手い話があるわけねえがな」
オーガンがそう言って直樹が「うるせえ」と口にする。
「それで姉貴たちは今までどうしてたんだよ?」
「私はねえ、コンラッドの街の近くで弓花と出会って、それから……」
風音はコンラッドの街のオーガ討伐やツヴァーラのことはボカしつつもツヴァーラ領内で旅をしたこと、コンラッドで温泉を見つけたこと、ゆっこ姉と再会したこと、王子のジークを連れてダンジョンに潜ってドラゴンを退治したことなどを大まかに話した。
「そうか。あんたたちだったのか。鬼殺し姫の名はさすがの俺も聞いたことがある」
その内容に直樹は大いに目を丸くしたが、強く反応を示したのは寧ろオーガンの方だった。
「ウィンラードを救った英雄、鬼殺し姫と白き一団。化け猫と人形を従え、盗賊団を皆殺しにし、守護獣を拳で殴り殺し、最近では名ありの竜すら蹴り殺した女傑がまさかこんな……」
小さいと言おうとして止める。盗賊団を皆殺しにした(誤解であるが)エピソードと、オルドロックでアウター上がりの冒険者を力で従えたエピソードを持つ風音はアウターの間ではほとんど厄ネタ扱いのごとき恐怖の対象だ。「ドア磨きてえのか?」がすでに普通に脅し文句になっている辺り、その片鱗が窺える。
そんな想像以上の大物にオーガンも迂闊なことは言えないと思い口をつぐんだ。だが迂闊なことを言っていないつもりのオーガンの言葉に風音たちは困惑していた。
「白き一団ですの?」
「ああ、不滅のマント羽織ってるからじゃない」
「盗賊団皆殺しか。確か辻褄合わせにそんな話になっていたようだな」
「守護獣を殴り殺してなんてないよ私」
「いやアウディーンくんが王様だってのに紅玉獣の指輪してなくてさ。あの噂再燃してるのよ」
『まあ契約していないアヤツに渡すわけにもいかぬしな』
ちなみにアウディーンくんと言ったのはルイーズ。指輪は当然ティアラが身に着けている。
そして広がる悪評を嘆いて風音は溜息を大きく吐いた。
「しかし、鬼殺し姫が身内にいるとはな。ナオキ、お前の将来も安泰だな」
「おいおい俺が姉貴と結婚するのが前提みたいなこと言うなよオーガン」
そんなこと言ってねえよという顔をしたオーガンだが気を取り直して風音を見る。
「ツヴァーラとミンシアナにそれぞれカザネ双竜温泉とカザネ魔法温泉っていう温泉が最近できたんだがな、この鬼殺し姫様はその温泉の源泉オーナーだそうだ。まず食いっぱぐれることはないだろうよ」
ちなみにマッスルクレイの将来的需要を考えると許諾料だけでも一生食うのには困らないと思われる。
「そのくせ、ミンシアナの女王とも知己だとか、大物すぎるぜ、マジでな」
「いやーそれほどでも……あるよ?」
調子に乗ってしまうこと、脇が甘いこと、それが風音のウィークポイントである。だから弟にサクランボとか見られてしまうのだ。
「しかし、あれだな」
オーガンが直樹を見る。
「女王と会う算段も付いたし、姉貴とも会えたわけだし、今更お前には必要のないことかもしれないんだが、依頼を一つ持ってきたんだわ」
そう言ってオーガンはギルドの依頼書を一つテーブルの上に置いた。
「これは?」
「廃都に死霊王が出たらしいってんで依頼が来てた。状況次第じゃミンシアナの兵隊突っ込むらしいんで、こいつをクリアすりゃ女王様の目にも留まるかと思ってたんだけどよ。もう必要なさそうだな」
「ああ、そうだな。俺の方は」
せっかく姉と再会できたのだし、敢えて危険に飛び込まなくてもと思っていた直樹だが、横で風音がその依頼書をジーっと眺めながら口にする。
「そういや、この系統とは戦ったことないなあ。よし受けよう」
姉の方はあっさりと危険に飛び込んだ。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・甲殻牛のズボン・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:29
体力:101
魔力:170+420
筋力:49+10
俊敏力:40
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』
弓花「こいつまで来てるとは……」
風音「あはははは、気持ち悪い弟でゴメンね。とりあえず久々の普通のクエストだね」
弓花「久々って言うかもしかするとフリーのヤツはコンラッド出てからずっと手を付けてなかった気がする」




