第百一話 馬泥棒を追おう
「ははは、どうも連中。相当の札付きだったらしいですなあ」
翌朝のこと、宿屋の一階にある食堂で風音たちが食事をしていると衛兵がやってきて昨日捕まえた商人風の男のことを告げてきた。
「札付きって悪い商人だったとか?」
風音は衛兵の言葉に首を傾げて尋ねる。
「いやいや。そもそもヤツは商人じゃあなかったんですよ。時々いるんですがね。商人ギルドカードを盗んで、それを使って詐欺を働くのが」
「あー商人ギルドカードか。そういうのもあるんだ」
風音はもらってない。知らぬウチに入ってるし。
「商人ギルドの事務所で問い合わせれば発行してもらえるわよ。ツヴァーラ経由で連絡が必要だからちょっと時間かかるけど」
「じゃあ機会みてもらっとこうかな。なんかに使えるかも知れないし」
「ああ、あの鑑定メガネがあれば発行はできるかも」
鑑定メガネは魔術のラインで情報が共有されている。ならばザクロから風音に所有者が変更になっていることが分かれば、風音も商人ギルドの一員だと理解されるだろう。
その話を聞いて衛兵は「こちらのお嬢さんが商人ギルドに?」と驚いていたが、これは無理もない話だ。冒険者と違って商人ギルドへの登録は何人かの商人の推薦といくつかの条件が存在している。普通ならば冒険者ギルドカードのように子供が欲しいと言ってもらえるものではない。
「ほお、つまりは騙りの類だったわけか」
脱線してきた話を戻して尋ねるジンライの言葉に衛兵も頭を切り替え「そうなんですよ」と口にした。
「奴の名はカーゲイ・マッコルっていうシジリの方じゃそこそこ名の知れたアウターだったんですがね。まあ商人ギルドカードを盗んで使ったのがバレちゃあ終わりでしょう。シジリのアウターも商人ギルドを敵にはまわせないですから」
「アウター?」
首を傾げる風音にルイーズが説明する。
「アウターってのは歓楽街なんかを取り仕切ってる連中のことよ。大きい街なんかにはひとつかふたつのアウターファミリーがあるのよねえ。うちの温泉街にもいたわよ」
その説明にヤクザみたいなものだろうかと風音は考えた。
『必要悪という言葉は好きではないがな。緩衝材としては使える存在なのでツヴァーラでもある程度は放置しとるのよ』
「まあ、国の兵としちゃその召喚獣のちびっこいのの言うようには思えないんだけどね。とはいえ、捕まえたんならぶち込むだけですわ」
その言葉にジンライも「そうだな」と頷く。
「まあそういうわけですんで、あれにも賞金がかかってましたんで、まあこいつを持っていってくださいってのがこっちの用件ですわ」
衛兵はシジリの街か王都での換金が可能だと言ってサインの入った賞金交換書を渡した。
そして衛兵が去った後、中断していた朝食を終え、風音たちはカンタランの村を出発してシジリの街へと向かった。
◎マイアス街道 昼
それは風音たちがカンタランの村を出て一時間ほど走ったところでのことだった。
「ヒポ丸くん、はいよ。止まって」
風音たちは路上で瀕死の男性と寄り添う女性と子供たちを発見した。
「馬車が倒れてますわね」
ティアラの言葉の通り馬車が道の横に転がっていた。馬はいないようだった。そして倒れている男性をルイーズが見て、眉をひそめる。
「あっちの男の人、ちょっとヤバいわね。降りるわよ」
ジンライが「どうぞ」といい、ルイーズがすっと降りると、すぐさま男の下へと向かい、膝を突いた。
「ウチの人が、ぜんぜん動かなくて」
半狂乱になっている女性を宥めながら、ルイーズは男性を膝に乗せ、状態をみる。
(腹に切り傷か。少し前に受けたようだけど、これなら内臓には傷はない? けど血が出すぎてるわね)
ルイーズはグリモア四章の単体用治癒魔術のハイヒールを傷口に唱え、水精『パプル』というスライムのようなものを召喚すると傷口にその召喚体を当てる。
「なんなの、あれ?」
「切れている血管から流れてる血液など正常に循環させる召喚体だ。あれと治癒術を合わせればある程度の出血でも治すことができる」
「といっても、流れすぎてるわね」
ルイーズの顔には若干の焦りがある。とりあえずしばらくやらせてというルイーズに男性を任せて風音たちは女性に状況を聞くことにした。
「それがシジリの方から王都に向かう途中だったんですが、王都の方からきた男たちにいきなり襲われまして」
それを聞いてジンライは「ケガはないのか?」と尋ねたがる、女性はないと答えた。突然男性だけが抵抗するまもなく切りつけられ、馬を奪われたのだという。
「これ、あの連中の臭いだね」
風音が置き捨てられた馬車を調べにいくと、わずかに前日の商人風の男の護衛の臭いを感じ取った。
「あの連中って、昨日のか?」
ジンライがそう尋ねると風音は頷く。
「あの、なんだか慌ててたようで、荷物もとらずに馬だけ奪っていったんです」
背後から届いた女性の言葉に風音はジンライと顔を見合わせる。
「あのリーダーだった男が捕まったから急いで逃げ出したんだねえ」
「それで馬を奪ったのか。乗り捨てた馬がいないということは一人一頭に乗り換えたということだろうな」
女性がジンライの言葉に頷いた。それを見て風音が神妙な顔をして道の先を見る。
「私が昨日捕まえていればよかったねえ」
だが、風音のそのつぶやきにジンライはポコンと風音の頭を叩いた。
「痛いっ、なにすんのさジンライさん?」
涙目で見る風音にジンライは「たわけ」と口にする。
「ふん、昨日の時点では馬泥棒の片棒を担がされた程度でしかなかったのだ。自分を責めることは無意味だ」
風音の悔恨の言葉をジンライが叱責する。
「う、うん」
その言葉に風音は俯く。その風音を見てジンライは溜息を吐き、こう告げる。
「あまり抱え込もうとするな。お前が他の人間よりもやれることが多いのは確かだが万能ではない。他人のことすべてに責任があるわけでもないのだからな」
「うん、ありがとう。そうだね。まあ、やれることをやるよ」
ジンライも「そうしろ」と言って風音の頭をなでた。風音が嬉しそうにそれに身を任せる。孫かわいがりなお爺ちゃんである。
その後、風音はジンライと弓花をヒポ丸くんに乗せて臭いを辿って先に進んでいくことにした。ルイーズたちはヒッポーくんハイを馬車に繋げて男性の状態を見ながら慎重に進めることにしている。そしてシジリの街で合流することを決めてから二手に分かれた。
◎シジリの街 夕方
「うん、続いてるね」
シジリの街に着いた風音たちはヒポ丸くんの雄志、というか威圧感に目を奪われたり背けたりする住民たちを余所に臭いの元に向かって進み続ける。そしてたどり着いたのが一軒の酒場だった。
「奥にあの馬車の馬の匂いがする。疲れてるみたいだけどまだ生きてるよ」
馬の名はルッシーというらしい。昏睡状態の男性がルッシー、ルッシーと呼び続けていたのを思い出す。なんでも奥さんと子供よりも大事にしてるとか奥さんの女性が口にしていた。意識不明でまずその名がさきに出るところを見ると嘘ではないのかもしれない。奥さんの涙が別の意味に思えてきた。
「弓花、馬の確保を頼む。刃向かう者がいたら蹴散らせ」
ジンライはすでに意識が戦闘モードに入っていた。弓花も今回の件では頭に来てるので「はい」と口にして裏側に回っていく。
「中には20人くらいかな。昨日の4人もいるね」
「街中だ。殺人は御法度だぞ」
「それはジンライさんが気を付ければいいと思うよ」
風音は元より殺す気などない。
なお別に中世風の異世界だからといって人殺しに対する忌避感が低いかと言えば実のところそうでもない。街の住人ならば一生殺人などに関わらないのがほとんどだし、実際にそれを行えば衛兵に逮捕されてしまう。もっともこれはジンライの言うとおりに街の中、ようするに法の整備された中での話であり、街の外はまた弱肉強食という別の法則も働いてはいる。
風音はジンライと頷きあうとバタンと扉を開けて酒場の中に入る。黒い槍を二つ担いだジンライもその後に続いた。
そうしてやってきた突然の子供の来訪に、酒を飲んでいた如何にも柄の悪そうな男どもが最初は「子供?」という顔をしたがジンライの姿を見て一気に警戒感を高めた。
「どいつだ?」
そんな視線のことなど意に介さずジンライは風音に相手を尋ねる。
「奥のカウンター、並んでる奴ら」
風音がそう言って向けた視線の先には「なんであいつらが?」という顔をした男どもがいた。
「刺したのは右から二番目のヤツ」
風音の言葉に自分が指名されたと気付いた男がビクッとする。
「おいちょっと待て、お嬢ちゃん」
そのまま、男どもの前に進もうとした風音だが、突然の声に遮られる。別のテーブルから酔っぱらった男が立ち上がったのだ。
「なに?」
「ここは酒を飲むところだ。人を捜すところじゃねえ。ましてやガキの居て良い場所でもねえ」
その男の言葉に周囲から「そうだそうだ」との声が沸き立った。
「こういうのってやっちゃっていいの?」
ボソリと風音がつぶやくとジンライは「手を出されたら好きにしていい」と返す。風音は頷き、男のことは無視してカウンターに向かう。それを見て男は転ばせようと片足を風音の前に出したが、それを風音は躊躇なく踏んだ。
「グギャッ」
男の悲鳴が聞こえた。その横にいた男が「おいおい子供に踏まれたぐらいで」と言い掛けて風音の足元を見て言葉が止まる。
「お前……なんだ、そのエラくごつい足は?」
赤黒く刺々しい甲冑で覆われた足がそこにはあった。
「私の相棒」
風音は男の問いにそう返し先に進もうとして、目の前に複数人の男が立ちはだかっていた。
「どいてもらえる?」
風音の言葉に、だが男どもは引かない。
「店の中で暴れられると困るんだがね」
中央にいるリーダー格の優男がそう返した。
(ふむ)
ジンライはその連中を鋭い目で見回し、それなりに出来る連中だと感じた。特に中心にいる優男は侮れない気配だ。だが、そうした男ならば、あるいは話が通じるかもしれないと考え、ジンライは風音の一歩前に出る。
「ジンライさん?」
風音のまなざしにジンライは「任せておけ」と言って優男と向き合う。
「我々はカーゲイ・マッコルという男の手下の馬泥棒を捕らえにきた」
カーゲイの言葉に男たちが反応する。聞いていたとおりそれなりに有名なアウターだったようだ。
「引き渡してくれると助かるが」
向かい合う優男が尋ねる。
「証拠はあるのかい?」
「この酒場の裏にある馬の一頭が盗まれたものだ。持ち主は刺されているが、じきにこの街に着くだろう」
ジンライの言葉に優男がふむ……と唸ってカウンターのカーゲイの手下に尋ねる。
「と、こちらの爺様が言ってるがどうなんだ、お前等?」
「ぬ、濡れ衣だ」
「俺らはただここに飲みにきただけで」
「「そうだ。そうだ」」
口々に手下たちがそう言い、優男はジンライに「だそうだ」と笑って返した。だがジンライは、言葉とは裏腹に優男から怒りの気配を感じて状況を察したと理解した。
そのジンライの表情を見て優男が「フッ」と笑うと、優男の方から話を進める。
「馬は返す。処分はこちらでする。それでいいか?」
「オーガンさん、それはッ」
手下がオーガンと呼ばれた優男の言葉の意味を察して声を上げた。
その時だった。奥の扉が開き、一人の青年が出てきたのは。
「おいおい、なんか揉め事かい?」
青年はそう告げると酒場の中心に足を運んでくる。ジンライはその立ち振る舞いの隙のなさを見て、酒場の連中の中でもっとも出来るのはこの青年だと感じた。
「おい、お前が出るまでもねえっての。もう片が付く」
オーガンが肩をすくめて青年を見る。
「あれ、もしかしてタイミング間違えた?」
青年の問いにオーガンが頷き、あちゃーという顔をしながら周囲を見回し、そして風音の前に目を止めた。
「お、あれ?」
青年は眼をパチクリさせながら、風音をじっと見る。風音の方も驚きの顔だったが、青年は「お、おおおおお」と言いながら、風音を穴が空くほど見続けると突然ガバッと膝を突き、頭を下げながら土下座スタイルとなり、大声でこう言った。
「一目見たときから好きでした。俺と結婚してください」
「「「「「は?」」」」」
その場にいる誰もが唖然とした中、風音は「うーん」と唸った後、大きく溜息を吐いてからこう告げた。
「あんたはやっぱり変わらないね直樹」
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・甲殻牛のズボン・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・蓄魔器・白蓄魔器
レベル:29
体力:101
魔力:170+420
筋力:49+10
俊敏力:40
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』
弓花「あれ、なんでアイツがここにいるの?」
風音「いやもうね。こんな再会の仕方でガッカリだよ」




