第九十九話 改心をしよう
◎王城デルグーラ 夜
「やってくれたわね」
「まことに申し訳ありません」
ゆっこ姉の苦々しい顔にひたすら謝罪するディオス将軍。
「本当にごめんなさい風音。完全にわたしの落ち度だわ」
心底すまなそうに頭を下げるゆっこ姉に風音は首を横に振る。
「まあ、起きちゃったことは仕方ないよ。それにこちらも手は打たせてもらったしね」
その場にいた陰気そうな男がその言葉に風音を睨むが逆ににらみ返されて顔を落とす。
「大物よねえ」
風音の言葉にルイーズが軽く笑う。
『ふむ。我が国にしてみれば棚からぼた餅的な話よ。悪くはない』
ルイーズの腕の中に収まっているメフィルスがそう口にする。
王城デルグーラ内の会議室。その場にいるのは風音、ルイーズ、メフィルスにゆっこ姉と軍最高責任者のディオス・ガルバロス将軍。そして軍開発部の総責任者であるガルア・バルラの6人。
これは風音がマジリア魔具工房の帰りに襲撃者に狙われたことが発端となっていた。
数刻前のことだ。
それは風音がアガトとの話を終え、工房を出てホテルまで続く人通りの少ない路地をヒポ丸くんで通っているときのことだった。
風音はその路地に入った直後に襲撃者の気配を『直感』的に気付いていた。魔術による臭い対策も行われていたようだが、『犬の嗅覚』がなくとも気付けてしまった風音の鋭さまでは襲撃者も予想外だっただろう。さらにこの時点で襲撃者は他にみっつの間違いを犯していた。
ひとつめの間違いは風音が夜目が利くことを知らなかったことだ。残念ながら暗がりから襲ってきた襲撃者の姿はパッシブスキルの『夜目』で完全に見えていた。また臭い対策も完全ではなく、マッシブカメレオン戦を経て僅かな臭いにも警戒できるようになった風音にとっては、すでにいると知れてる襲撃者の行動など筒抜けだった。
そしてふたつめの間違いは逃亡の阻害と馬のパニックを狙ったのだろうが、風音の乗っている馬を先に攻撃したことだ。襲撃メンバーは5人だったが、まず馬を狙った2人が逆にヒポ丸くんに返り討ちに遭う。頭の角と、装着されている黒岩竜の角でもって切り裂かれ、呻き声を上げながらどちらも地面に突っ伏した。
続いて2人が飛び出したが風音はユッコネエを喚んで対応させる。火達磨となり転げ回る襲撃者たちの姿を見て最後の一人が失敗を悟って逃げようとした。だが風音はそれもダッシュと突進で一気に追い詰め、そのまま蹴り飛ばした。最後の襲撃者は3メートルは吹き飛び、崩れ落ちた。
そうしてわずかな間に5人を文字通り一蹴した風音は、相手が人間であろうと殺す気でかかってきた相手に容赦をする必要はないと考えてはいた。さすがに殺すまではしなかったがある程度の行為は良しとしたのだ。故にその場でテバサキくんで押さえつけ、タイガーアイで動きを殺し、チャージしたキリングレッグを目の前で見せ付けた後で、フィアボイスをかけながら話しかけ、あのドア洗い事件のように精神を徹底的に折りながら尋問したのである。
最後に襲撃者のみっつめの間違いだが、実は襲撃者の裏にいる人間は風音が女王と通じていることを知っていた。風音の能力もある程度は理解していた。だから決して外部に、女王にだけは知られぬように諜報部から襲撃者を選んで襲わせていたのだ。彼等は訓練を受けた暗殺者で、冒険者を殺す程度ならば実力的に問題はないと考えていたし、仮に失敗して捕らえられても冒険者が行うような拷問では口を割らないように訓練も受けている。
しかしだ。どれだけ訓練を受けていようと前提となる拷問対策はフィアボイスには意味を成さない。これは魔術ではなく魔物が発する魂を揺さぶる声なのだ。諜報の人間としては戦慄するしかない事実だが、風音に精神的な意味で負けた時点で彼等はフィアボイスを受け入れるしかない。
そう、みっつめの間違いとは黒幕は人選を間違えていたことだった。情報を知っている人間を差し向けるべきではなかったのだ。
風音はわずかな間にミンシアナの軍開発部のガルア・バルラの名前まで確認をとり、急いでホテルに戻ってルイーズとメフィルスを呼び寄せる。そして状況を説明し、メフィルスにアウディーンへの連絡をお願いした。
風音とゆっこ姉のメールとは違うが、現在はルビーグリフォンそのものでもあるメフィルスはルビーグリフォン眷属の召喚術を持つアウディーンに意思を伝えることができる。
ちなみにアウディーンの最初の反応は「父上が化けて出たーーーー」だったそうだ。気分的に死んでることになってるっぽかった。
メフィルスから送られた風音の伝言は『マッスルクレイのミンシアナとの共同開発』であった。アウディーンからは快く承諾を得たことを受けて、その時点で風音はようやくゆっこ姉に連絡をした。まかり間違ってもゆっこ姉の指示ではないだろうと風音は思うが、ミンシアナの女王という相手の立場を考えれば警戒して当然のことだった。
その後、風音は、弓花とティアラ、ジンライにはマッスルクレイが国家機密扱いになったことを告げて、その件をゆっこ姉と話してくると説明して王城に向かっていった。ジンライは訝しげな顔をしていたがルイーズが「ベッドの中で説明するわねー」と言うと顔を背けた。誤魔化されたのは分かったが後で説明はしてもらえると考えたのだろう。
そして現在である。
「女王と次期王位継承者の知己を情報隠蔽のため暗殺? ハハハハ、何それ、馬鹿じゃないの?」
ゆっこ姉が完全にキレていた。マッスルクレイのことを含めてすべてゆっこ姉の知らぬところで起きて、その上友人が自分の部下に殺されかかったのだ。この場に風音がいなければ、少なくとも焼け焦げた死体がひとつはすでにその場に転がっていただろうとディオス将軍は予想していた。
もっともこのままこの会議が終わればどの道何体もの死体は積み上がる。それはディオスたちが求めた厳格な、だが風音たちは知らないゆっこ姉の女王としての一面だ。
「しかし陛下、あの素材はあまりにも有力なものでとても一個人に任せられるものでは。ましてや、この少女は他国に向かおうとしていたのですし」
ガルア・バルラのその言葉に、だがそこにディオス将軍の激しい叱責が飛ぶ。
「黙れ。そもそもがその他国へ向かうのも西の竜の里よりミンシアナ王国を経由してギルドの依頼を受けたためのもの。ましてやカザネ殿のパーティにはお忍びでツヴァーラ王女とメフィルス元国王陛下も居らせられるのだぞ」
そんな話は聞いていないガルアの顔が真っ青になる。
「貴様は西の竜の里とツヴァーラの双方に弓を引こうとしたのだ。分かっているのか」
元々ガルアは旧体勢時からの居残り組で女王に対しての敬意の薄い人間ではあった。だが、そこまで事が大きくなるものだとは思ってもいなかった。風音自身のことは調べてはいたがティアラのことはミンシアナ内でも伏せられていたし、西の竜の里の依頼も内容の重大さからこちらも情報は伏せられている。故に女王の懇意にしている冒険者という程度に見ていた。なのでガルアが気付かなかったのも無理はない。もっともその点だけでも十分に問題ではあるため、隠密に事を運んだのだが。
ガルアががっくりと膝を突く。風音だけならばまだ女王の私情混じりを理由に、国益と秤に掛けて言いくるめられるとは考えていたのだ。それも随分と甘い考えだが、ともあれ、取り返しの付かないことをしたのはガルアも理解できた。
「ああ、ちょっと待って」
その中で風音が挙手した。
「何か? あ、いや、申し訳ない。少し気がたっていたようで」
興奮状態のディオスは風音を見て咳払いをして、続きを促した。それを見て風音は自分の腰に下げている金属瓶を取って見せる。
「あのさ。この蓄魔器を考案したのはガルアさんだって聞いているけど」
「ああ、そうだ。いや、そうですが……」
ガルアは自分の造ったものを風音が持っているのを見て驚きの顔をする。魔具工房の研究は軍とも共同で行われている。その中でできた蓄魔器はマッスルクレイの特性を知ったガルアが考えついたものだった。
「良くできてると思うよ。蓄積量も想像以上に大きいし」
魔力量プラス50、風音の竜体化をカバーできるほどの量だ。
「ただし周辺素材については疎かなんだよね」
コンと風音が瓶を叩く。それは普通の鉄の容器だった。
だがガルアは言っている意味が、風音の言葉の真意が分からないようで首を傾げた。
そんなガルアの様子を無視して風音は自分の剣を鞘ごと腰から抜いて言葉を続ける。
「襲撃を受ける前あたりに思い出したんだけどね。私の持っているこの剣『黒牙』の中に真白銀が使われているんだよね」
真白銀とはツヴァーラで微量に産出される極めて魔力吸収率の高い白銀の変異鉱物である。昔から産出はされていたが、通常の白銀との違いに気付かれたのは最近で今はツヴァーラとミンシアナで積極的に研究が行われていた。
「多分、こいつと合わせると結構面白いことになると思うんだよねえ。例えば周辺魔力を吸収して勝手に魔力を貯蓄してくれそうな」
その言葉にガルアはガバッと立ち上がる。
「確か、それはバトロア工房からの試作レポートにあったものだな」
ガルアが風音の黒牙を見る。黒い刀身の隙間に白い銀色が見える。
「だが外気のマナでは体内のオドとの反応に問題があるはずだが」
「最初に使用者のマナを少し入れておけばオドとマナが馴染むと思うんだよね。実際、大規模魔術を行う際には魔術師自身の体内でマナとオドを合わせてプールして馴染ませてから使ってるよね」
「確かに。それは考える余地のある話だが」
「でさ。私はそれを聞きに行くつもりだったんだよ。ガルアさんに」
その風音の言葉に、研究者としての顔が出ていたガルアの目が見開かれ、ガックリと肩を落とす。研究者であるガルアには殺人という行為は書類の上での出来事でしかない。だが、それに伴う現実を少女の言葉の中からハッキリと理解させられて、ようやく自分の行いに気付いたのである。
「すまない。私は……」
風音という少女にシンパシーを感じてしまったガルアはもう機密のために殺すという選択肢は心の中から消えてしまった。そして後悔だけが残る。
「そんでさコアストーンはコンラッドの街の先のグレイゴーレムからとれるよね。まあそんな単純な話じゃないのは分かってるんだけど、ツヴァーラと共同で造って、これをさ」
風音は蓄魔器を前に出して
「私にもっといいものにしてちょーだい。ね?」
そう言って笑った。
「ああ、そうだな。それが許されるなら、私は……」
険がとれたガルアの言葉にディオス将軍が何か言い掛けるが、ゆっこ姉がそれを抑えて、言葉を発する。
「ガルア・バルラ、お前は風音の言うとおりにその蓄魔器をさらに強力なものにできるというの?」
「はい。間違いなく。許されるなら、私の全身全霊をかけて」
ガルアの言葉に濁りも毒もなく、ただ真実のみを告げていると『真実の目の額飾り』で確認するとゆっこ姉は溜息をはいて風音を見た。風音が頷くのを見て、尚更しょうがないという顔をするとゆっこ姉はガルアに告げた。
「ガルア・バルラ、どうであれ今回の件は許されることではないわ。それは分かっているわね」
「はいっ」
ガルアが頷く。通常であれば死罪だろう。
「ではガルア・バルラを軍開発部総責任の任から解きます」
それは当然の話だ。だが続けてゆっこ姉は言葉を続ける。
「併せてツヴァーラとの共同研究のミンシアナ代表をあなたに任せます。今回の件で失われたもの以上の価値を生み出しなさい」
ガルアはその言葉に目を見開いてゆっこ姉を見て、そして風音を、その頷いた顔を見て、ゆっこ姉に向き合う。
「はっ、必ずやご期待に添いましょう。命に代えて、必ずや」
そう口にするガルアの目からは涙があふれていた。
その後ろで「よろしいのですか?」と言うディオスにゆっこ姉は「被害者がそう言うんじゃ仕方ないわよ」と返す。そして「あと私のも頂戴ね。もっと綺麗なデザインで」とガルアに注文を付けた。
『うむ。漁夫の利という奴か』
「メフィルスってば昔の顔に戻ってるわよ」
風音の後ろで特に口を出すこともなく見守っていたメフィルスとルイーズが満足げな顔で風音たちの決定を見ていた。最終的にツヴァーラの益となるのであれば2人にとっても悪くはない話なのだ。
◎王城デルグーラ 女王寝室 夜
風音たちとの話も終わり解散となった後、ゆっこ姉は湯浴みをしてからそのまま寝室へと戻ってボスッとベッドの中に身を投げた。
「はぁあ」
そして大きく溜息をはいた。最終的に事なきを得たのは分かってはいるのだ。だが、もしも風音が殺されていた可能性を思うとあのガルアを生かしたことが正しいとは思えなくなる。頭に血が上っていたときにはガルアだけではなく自分に許可なくマッスルクレイのことを進めた連中すべてを物理的に一掃しようとさえ思っていたのである。
(ああ、歪んでいるなぁ)
そうゆっこ姉は思う。夫を殺されて、自分も殺されかかって、息子を傀儡に取り上げられそうになった時、ゆっこ姉は女王となり戦い続けることを決意した。そしてそう決めてからもう10年は経とうとしていた。
その間に敵対するものは容赦なく殺してきたし、政敵も一掃し、王家の他の血筋にもおかしな欲目をダサないようにあらゆる手段で牽制してきた。
民衆からは賢王とまで呼ばれているゆっこ姉だが、その実、王宮の中では様々な脅威に対してずっと血みどろの戦いをし続けてきた……いや、アーティファクトの力を使って常に先手を取り、ほとんどワンサイドゲームで殺し続けてきたと言った方が正確である。それほどに苛烈な10年をゆっこ姉は歩んでいた。
「嫌われちゃったかなあ」
そう呟いた。今更そんな血にまみれた自分がどの面下げて友達と言えるのだろうとも思っていた。もっとも久し振りにあった友人たちと出会いは非常に楽しくて、そうした鬱々とした思いも近頃はナリを潜めていた。
だが、ついに自分の手の内にあったものが友人を危うく殺しかけてしまったのだ。これはもう致命的だと思った。
そんなネガティブスパイラルに陥っていたゆっこ姉だったが、いつの間にやらウィンドウにメールが届いているのに気付いた。
「風音……から?」
その名前にゆっこ姉の肩が震えた。だが三行半だろうとなんだろうと甘んじて受けるしかないと思い、覚悟してメールを開けると
風音「気にすんな」
そう一言だけ書かれていた。ゆっこ姉はそれを呆気にとられて見て、自分の考えすぎを笑った。風音がそういう娘だったと思い出した。
「もう、あのこったらこういうところの気の回し方だけは上手いんだから」
涙ぐんだ目でゆっこ姉はそう言って布団の中に潜り込んだ。
そして、これも風音からもらったものだったなとゆっこ姉は気付いた。ふわっとした感触が全身を包んでいる。ゆっこ姉は先程とは違って安らかに眠れそうな気がして、そのまま眼を瞑った。
やがて小さな寝息が部屋の中から聞こえてきた。
なお後で送られてきた「ベロチューとは相殺で」とのメールにはゆっこ姉は苦い顔で「了承」と返事を返していた。油断のない少女である。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・甲殻牛のズボン・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・蓄魔器
レベル:29
体力:101
魔力:170+350
筋力:49+10
俊敏力:40
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』
ゆっこ姉「正直これで良かったのかと思わなくもないんだよね」
風音「まあ製法を知る人間を増やしてリスクも分散させてもらったし、ガルアさんもゆっこ姉がちゃんと見ててくれれば結果的に私に良い蓄魔器が手にはいることになるし、私自身の利益や製法を知る親方やアガトさんの安全も考えるとこれが一番と思ったんだよね」
ゆっこ姉「まあ、確かにそうかもね」
風音「ディオスさんなんかはそれを甘いと思ってるだろうけどね。そこを諌めることこそが私がゆっこ姉に要求するところかな」




