第九十八話 注文を受けよう
◎ウィンラードの街 宿屋リカルド
「うふふー」
風音は上機嫌で旅の荷物を片づけていく。
「なんだかいつも以上に楽しそうねえ、あんた」
すでに準備を終えている弓花が上機嫌な親友に尋ねる。
「まあ、依頼込みではあるけどさー。今回はなんか普通に旅って感じだしさあ。楽しみだよねえ」
パンツーパンツーと口ずさみながら下着をモリモリと詰め込んでいく。
(なんの歌よ、それ)
相変わらず妙な鼻歌を歌う親友だった。
「カザネ、ユミカ。ジンライ様も来ましたわよー」
ドアの外からのティアラの言葉に風音と弓花は「はーい」と返した。
「そんじゃあ私、先出るけど忘れ物とかないわよね?」
「大丈夫。すぐ片づけて私も降りるよ」
そう言う風音に「そんじゃあ待ってるから」と言って弓花は部屋を出ていく。
(ここももう当分は戻ってこないだろうなあ)
紆余曲折はあったが一応は拠点として考えていた宿だった。だが恐らくはこの旅が終わってももうこちらを中心にして動くことはないだろう。
あの元の世界へ戻る穴があるであろうA級ダンジョン『ゴルド黄金遺跡』のあるゴルディオスの街が今後の活動の中心となる予定だった。親方もそちらに行ってしまうらしいし、そうなると本格的にもうこの街に足を運ぶ必要はなくなる。
弓花はこの宿の受付とオーナーの人に今までのお礼を言って宿を出た。
◎ウィンラードの街 宿屋リカルド前
「おっす、ユミカ」
弓花が外に出るとそこにはジンライや他の仲間だけではなく、ギャオにジローにメロウ、ガーラ、アンナが立っていた。
「おはようございます。見送りに来てくれたんですか?」
「まあな。ちょうどこちらもここを出る予定だったしな」
ガーラが弓花の問いにそう答える。ガーラたちとギャオたちは以前ギャオが話していた通り、パーティを組むこととなっていた。ギャオもメロウに見捨てられてはいないようだった。
「出る予定というとどちらかに行かれるんですよね」
「ああ、ようやく人数も揃ったしな。ちょうどゴルディアスの街へも行きやすくなったしゴルド黄金遺跡のダンジョンに入ろうと思っている。こいつが誰も自分を知らない人のいる土地に行きたいとか言うしな」
ガーラがジローを指さす。そのジローが申し訳なさそうにアタマを下げる。
「最近みんなの目が怖いんだよ。何を期待されてるのか分からないけど、俺の知らないところで色々と動いてる気がするんだよ」
と、ジローが口にするがギャオは「気のせいだっつーの」とコツリとジローのアタマを小突く。だがミンシアナとツヴァーラの王族にまでその名が知れ渡っているのだ。気のせいではない。
「でしたら、後でまたお会いすることになりそうですわねえ」
ティアラが柔和な笑みでそう言った。
「ええ、そうみたいね。ティアラちゃんたちも次に会うのはゴルディオスの街でね」
アンナの言葉にティアラも「はい」と頷いた。
「……た、タケノコ様」
「ルイーズ姉さん?」
ジンライの後ろにまわって身を隠しているルイーズはジローくんに視線が釘付けだ。正確にはジローくんの下腹部に集中している。その表情は恋する少女のようだった。どうもあの夜のことはすでに思い出していたらしい。
その視線(の先までは気付いていない)に気付いたギャオがジローに尋ねる。
「おい、ルイーズさんがてめえを見てるみてえだが、何したんだ?」
「いやこの間、ちょっとお酒誘われちゃって、その……朝までいっしょだったんだけど」
ジローの言葉に「なにぃいい!???」とギャオが叫ぶ。
「けど終わったらさっさと出ていっちゃうし、その後も顔合わせてくれないし。昔から寝た女はみんな終わった後は無言で去って、そのまま終わっちゃうんだよなあ」
ジローはそう口にしてため息を吐く。
「お前、どんだけ下手なんよ?」
「やっぱりそうだよな。そういうことなんだよなあ」
ジローのため息はさらに深くなった。
「けどルイーズさんと寝たのは許せねえ。おれっちがどれだけ――」
「どれだけ?」
ジローにヘッドロックをかまして怒りを表すギャオの背後からメロウの声が届き、ギャオが固まる。
「あ、いや。なんでもないです」
ギャオの言葉にメロウはジロッと睨み、そしてジローに向き合う。
「まあ、ジローもそんなに気にしないでいいのよ。多分、彼女達は貴方に合わなかっただけ。ジローに相応しくなかっただけなんだから」
「メロウさん、ありがとうございます」
慰めの言葉にジローが情けなく微笑む。まあメロウはジローくんのエクスカリバーを旅の途中で偶然見てしまったので知っているのだ。あれはエクスカリバーどころではなくミョルニルの鎚的な鈍器なのだと。
(ルイーズさん、あなたはまだ挑戦する心を砕かれていないのね)
メロウはルイーズの瞳の中にある炎に気付いていた。実力者であれば、その戦力差は理解できるだろう。だが彼女は実際に刃を交えてなお、挑もうとしていた。
(それだけのものがアレに秘められていると)
そう心の中で呟き、メロウはジローくんの下腹部をみてゴクリとのどを鳴らした。パーティ解散の危機である。ギャオの浮気が発覚した際にカウンターが自動で発動する可能性は高かった。まったく何の話であろうか? さっぱりだ。
しばらくすると風音も宿から出てきてギャオたちと挨拶を交わしていた。相変わらずギャオと風音は仲が良さそうで、メロウとティアラが心配そうな顔で見ていた。そしてガーラのパーティは馬車を探すといい、風音たちはヒポ丸くんと従来型を改良したヒッポーくんハイに乗って、街の入り口で別れた。
◎白き街道 昼
「そんじゃあ、道筋だけど事前に言った通りまずは王都シュバインを一度経由するからね」
ヒポ丸くんの上で風音が全員に改めての確認を取っている。
「その後はカンタランの村、シジリの街、ウルグスカのダンジョン前市場を通ってウォンバードの街って道順ね」
風音の言葉に弓花が続き、風音はその言葉に頷いた。
「そう。とりあえず全部一泊して進む予定だけど、なんか面白そうなことがあったら臨機応変に行くつもり」
その面白そうなことがあまり起こらない方が良いんじゃないかなぁと何人かが思いつつ、みな頷いた。
「ま、別に日時が指定されておるわけでもないしな」
そうジンライも口にする。面白そうな……が魔物討伐ならばさっそく新しい槍を試せるわけだし、それはそれで良しともジンライは考えていた。
「ウォンバードの街からは竜船に乗るわけだけど、これってなんか制限とかあるのかなあ?」
「いや、金さえ払えば馬の乗り入れもできるはずだ。定期便でな。3隻の竜船が動いていてそれぞれが一日に一回やってくる。朝昼夜ぐらいのスパンだったはずだ」
「自動操縦なんだよねえ。よく動いてるもんだね」
1000年以上前から稼動している船である。よく落ちないもんだと風音は思う。
「まったくだな。もし壊れても竜船の中にも入れんそうだから、直すこともできん。そもそも直し方も誰も知らないしな」
ジンライの言葉に風音は(あー無限の鍵なら中入れるんじゃねえ?)と思った。もしかするとお宝があるかもしれない。
「ねえジンライさん、もしもなんだけどさ。竜船の中に入れてそこにお宝があった場合はどうなるの?」
「……ふむ」
突然の風音の質問にジンライは考え込んだ。
「国境を跨いで動いていることもあって、あれは国の所有物ではない。商人ギルドの預かりになっているはずだ。だがそれも運営管理であって所有ではないからな。ウォンバードの街に竜船管理局というものがある。そちらで尋ねてみると良いだろう」
「そっか。ありがとう、ジンライさん」
「だが、そう尋ねると言うことは当てがあるというか?」
ジンライの問いに風音は頷く。
「まあ、やってみないと分からないけどね」
無限の鍵でもアンロックできない可能性もあるのだ。
なお、魔力供給も必要のないヒポ丸くんだが、それに合わせて作ったハイチューン仕様のヒッポーくんハイは機動性能を求めた結果、魔力消費が1.5倍にまで上がっていた。風音の自立型ヒッポーくん計画は総合的には若干のコストダウン程度になってしまったが、その問題もこれから向かう先で解決させる予定となっている。
またどちらも早馬モードよりも若干速度を落とし乗り手の負担を軽減させた駆け馬モードにして走らせ、王都シュバインに夕方までにはたどり着いていた。馬車の移動で一泊二日という距離なので駆け馬ならば大体そんなものだろう。
そして風音はホテルの前で仲間たちと別れ、王都を出る前に頼んでいた品を引き取りに魔法具の専門店のマジリア魔具工房に向かっていった。
◎王都シュバイン マジリア魔具工房前 夕方
「これはこれはカザネ様。よくぞお越しくださいました」
マジリア魔具工房前で風音が入り口の横にヒポ丸くんをつけて降りようとすると、妙に身なりの綺麗な中年の男が店の中から飛び出して声をかけてきた。
「アガトさん、おひさー」
風音はその男をアガトと呼び、挨拶をする。
「お久しぶりです。よくぞおいでくださいました」
この男こそがこのマジリア魔具工房の工房長である。風音はイモータルマシラ退治の前の王都を出る際にこの男とマッスルクレイの許諾権の交渉などをしていた。
「それが自律型ゴーレムの馬なのですか。なんとも厳ついものですね」
アガトが風音の乗るヒポ丸くんを驚きの目で見ている。
なにせ全身甲冑で覆った大型の馬のように見えるヒポ丸くんは、額に黒岩竜の牙を使用した巨大な角を生やし、さらに左右に量産型タツヨシくん兜形態にタツヨシくんドラグーンの武器である竜角トンファーも積んである。ちなみに黒岩竜の角にあわせて全身は漆黒で統一されている。なんというか恐ろしくゴツく、傾いた、未来世紀の世紀末的な覇王さんなコンセプトでもあるのかという格好であった。未来なのに世紀末である。恐ろしい。その上に子供がチョコンと乗っているのがなんともアンバランス過ぎた。
そしてアガトも聞かされなければ実際分からなかったろうが中に入っているのは馬ではなくゴーレムの術で動いている特殊な粘土だ。その上に首の裏のチャイルドストーンの魔力供給のおかげで術者からの魔力の補給も必要としない完全自立型。これは古代遺跡のガーゴイルなどと同類の存在であると言える。
現行の魔法具を扱う人間としてはある意味では到達点の一つに当たるシロモノだろう。
「羨ましいものですな」
アガトはそう口にしたとおり非常に羨ましそうな顔をしてヒポ丸くんを見ていた。
「うーん、材料さえ揃えば造ることも可能だよ。他の人の命令を聞くようにもできるしね」
アガトの目が見開く。
「ほ、本当ですか?」
ちょっと尋常でない食いつきぶりに風音が(余計なこと言ったなぁ)と、やや引き気味に頷く。
「え、うん。けど実際造ってみて分かったけどコスト考えると普通に馬を買った方が良いし、あくまで私のゴーレムであることには変わりないんだよ」
「だとしてもこれが買えるならば私はいくらでもお金を積むでしょう!」
そうアガトは断言する。
「ご依頼いただいたチャイルドストーンも癒しの理もお金ではなくそちらと引き替えでも構いません」
しかも具体的な話が出てきた。チャンスを逃す気はないようだ。それでこそ商売人であろう。購入理由は100パーセント趣味だが。
そして風音もお金がかからなければ、手間もかからないので構わない話でもあった。
「良いけどね。でも私はこれから旅に出るから、できてもすぐには動かせるようにはできないよ」
「お待ちしておりますし、場所を教えていただけるのであれば飛竜便を使って届けさせます。そこで起動させていただければ」
ズイズイと顔を近づけるアガトに「うん、分かったよ」と若干引きながら風音は答えた。そしてその後もずーっとヒポ丸くんを穴が空くほど見続けるアガトに風音は一言口にする。
「とりあえず中に入っていい?」
王都の商業区の一等地にある店の入り口だ。風音たちは目立ちまくっていた。
◎王都シュバイン マジリア魔具工房
「失礼しました。あれが私のものになるかと思うと胸がドキドキしまして」
「あのヒポ丸くんは私のだけどね。それじゃあマッスルクレイなどの材料と一緒にこれを親方に渡してくれれば造ってくれると思うよ」
風音は自分のサインの入った紹介状を書き、アガトに渡した。アガトはそれを恭しく受け取り、胸ポケットに大切そうにしまう。
(本当に嬉しそうな顔してるなあ)
現時点でこの世界のゴーレム技術はある一国の独占状態であり、風音は自身の持つゴーレム技術が稀少であることは理解はしているつもりでも実際にはやはり理解できていない。真に稀少なのはゴーレムの術そのものではなくウィンドウによって与えられる制御能力であることも漠然と分かった気でいるだけである。
だが自律し他人の命令も聞くようにできるほどの応用力があるとなればそれだけで相当な需要がある。実際、国の所有している心臓球を用いれば巨大な戦術級ゴーレムを造ることも可能なのだ。タツヨシくんですらあの強力な投石能力がある。自律した移動砲台などができれば恐るべき兵器となるだろう。
だが、そうした可能性があるということはまだこの時点では風音の中でビッグタツヨシくん作成のイメージが漠然とあるだけで、他には世界の誰の中にも生まれてはいなかった。
「ところで、マジッククレイの方はどうなの? 上手くいってる?」
風音は以前に会合した際にすでにマッスルクレイの利用許諾をアガトに与えている。
「そうですね。魔力を込めることで動かすことはできるのですが、やはり制御ができません」
まあ、そうだろうなと思う風音に、しかしもうひとつの報告が告げられる。
「ですが、もうひとつの機能である魔力蓄積の方は順調です。試作品を用意しましたので、そちらを試していたければと思います」
そう言ってアガトはテーブルの上に水筒瓶ほどの金属瓶とその口の部分がコアストーンで閉じられているものを置いた。
(電池っぽいなあ)
そう風音は試作品を見て思った。それと名前は蓄魔器という当たり障りのないものだった。
これはゲームにはなかったアイテムだが、簡単に言えば風音の紅の聖柩などと同じ効果を持っている。蓄積量は魔力プラス50、ティアラの持っている無垢なる棺と同じ量だ。そしてなによりもコストはかかるがこれは量産が可能なのだ。
「それと大変申し訳ないのですがマッスルクレイはミンシアナ王宮から国家機密に準ずるものだろうとして色々と制限が課せられました」
「そりゃ結構大事だねえ」
風音の言葉にアガトが頷く。
「マッスルクレイの完成品の所有は許されていますが、製造方法は門外不出にせよとのお達しです」
「ま、しゃーないね」
この世界において魔力の回復手段は、存在が稀少なマナポーションや製造不能な過去の遺産である無垢なる棺など、数えるほどにしかない。だが、それをこれは覆すアイテムだ。ゴーレムにしか使えないと考えていた風音は甘かった。故に事が大きくなるのは仕方のないことだろうと風音はあっさり諦める。
「そのため、カザネ様には国から知的財産の許諾契約金が支払われるようになるそうです」
「ふーん、買い上げって話は出なかったの?」
またひとつ収入が増えたようだった。自動で口座に落としてくれないかなーと風音は思った。そんなものはないのだが。
「こちらもお聞きしたのですが、どうもカザネ様から許諾をもらうという体裁を取りたいそうですね」
ゆっこ姉がそういう風に手を回したのかなとも思ったが、アガトの言葉は別の意味合いだろうと思わせるものだった。
「恐らくは首輪をかけておきたいのではないかと。カザネ様はその製造法を知っておられるわけですし。この国との関係を取り付けることで他国に洩れぬようにしておきたいのかもしれません」
「なるほど、面倒な」
風音は溜息を吐いた。また変な柵がついたらしい。
(ゆっこ姉に後で相談しておこうかなぁ)
王子や白剣や温泉の件もある。この国で動きが取れなくなるような状況はごめんだった。
「まあ、こいつはありがたく使わせてもらうよ。親方のときもやったんだけど時々レポートを送ればいいよね?」
「ええ、そうしていただければ。それとこれがお約束の品です」
アガトはグリモアとチャイルドストーンふたつをテーブルに置いた。
「癒しの理の第四章と二十階層クラスのチャイルドストーンです」
「お代はさっき言った通りで良いんだよね?」
風音の言葉にアガトはにっこりと頷く。それはヒポ丸くんが出来上がるのが待ちきれなくて仕方ないという顔だった。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・甲殻牛のズボン・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット・蓄魔器
レベル:29
体力:101
魔力:170+350
筋力:49+10
俊敏力:40
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』『ヒーラーレイ』『ハイヒール』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:四章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』
風音「そんでまあさっそく覚えたんだけどヒーラーレイは三章の範囲魔術でハイヒールは単体用の強力な回復魔術ね」
弓花「ハイヒールってなんか踏まれそうだし痛そう」




