第九十七話 ハイヴァーンへ向かおう
◎ウィンラードの街 バトロア工房
「ドラゴントゥースタツヨシくん、竜牙兵タツヨシくん、ドラゴンタツヨシくん、タツヨシくんドラグーン、竜ヨシくん、タツヨシくん(竜)……ふむ」
風音が目を見開き、
「よし、タツヨシくんドラグーンで行こう!」
と言った。
「まあいいけどよ」
親方は命名の苦労を知っているしそこに特にケチを付けるつもりもない。タツヨシくんという名前ははずせないんだなぁ……とは思ったが。
なお自立型ヒッポーくんの名称はヒポ丸くんである。
あのイモータルマシラを倒した日からすでに四日経っていた。風音はそろそろ親方との約束の日も近付いてきたので温泉三昧(というか「土木関係の道に進むつもりはありませんから」と言いながら建物の土台作りをバイトで引き受けてたりしていた)の日々にグッバイしてウィンラードに帰還。さらに一日が経過して、今はバトロア工房で頼んでいた品の確認をしていた。
「うんうん、タツヨシくんドラグーン、強そうだね」
そういう風音の前に立っているタツヨシくんドラグーンはトゲトゲしいデザインで両腕に凶悪な竜の爪が二つずつ付いており、風音よりも若干身長があった。
その横では今まで使用していたタツヨシくんもパーツを白銀材質にマイナーチェンジして立っている。投擲用の量産型タツヨシくんAと量産型タツヨシくんB(正式名称)も併せて並んでいる。どちらも両腕がタツヨシくんよりも大きく投擲仕様に固定されている。
「こうして四体並ぶと壮観だねえ。魔力は結構食うけど」
風音はうんうんとにやけながら、そう言った。
「つっても、防御なんかには魔力を回さなくていいんだから普通にゴーレム造るよりも楽なんじゃねえの?」
親方の問いに風音も「そうなんだけどねえ」と答える。
「その分、力とかをピーキー設定してるから結局はあんま変わらないんだよね。まあ総力戦でもなければ使い分けて運用するのが一番いいんだろうけどさ」
風音はそう言いながらもタツヨシくんシリーズを全て起動し、動かしていた。それに風音自身の攻撃で魔力をバカ食いするのは『竜体化』における、変身する際の竜体作成時と、変身後のブレス攻撃などを伴う戦闘時くらいである。主に体術で闘うことの多い風音には魔力切れした場合の心配もあまりない。いざとなれば黒牙で戦って回復も可能だ。
「まあどう使うかはおめえさん次第だけどな。それとヒポ丸くんだっけか? あれの装甲も今モンドリーに改装させてる。依頼通りいくつかの武装と量産型を固定設置するポイントをつけてるぜ」
ムフーと風音の鼻息が荒くなる。無理もない。夢にまで見ていた理想の玩具を大量に与えられた子供のようなものなのだ、今の風音は。というかそのまま事実なので例えではなかった。
「いいねえ。もう笑いが止まらないよ」
気持ち悪い方の笑顔を浮かべながら風音は言う。その風音に親方はすまなさそうな顔で次の報告をする。
「そんでこっちは残念なことだがあの竜の角な。やっぱりウチじゃあ加工ができなかった。すまん」
そう親方は謝ってから話を続ける。
「そんで二次案として出ていたタツヨシくんドラグーンのトンファー用にグリップを追加してヒポ丸くんの左右に設置してある」
親方は口惜しそうにそう言うが最高硬度の黒岩竜の角は削り出すのも非常に手が掛かるし、それを可能にする技術も限られたところにしかないらしいと風音は聞いていた。だから落胆は特にしていない。
「いや、あれをそのまま握るタツヨシくんドラグーンぜんぜん悪くないし」
風音は親指を立てて親方にそう言った。1.5メートル近い両角を構えるタツヨシくんドラグーンカッコいい。マジ良いと風音はうっとりしている。
だが風音はそのニヤケ笑いこそ止まらないものの、気になっていたことを親方に尋ねる。
「そういえばジンライさんの槍も今日の予定だったはずだけど、まだ来てないの?」
風音の言葉に親方はニヤリと笑う。
「あいつならとっくに来て受け取って帰っていったさ」
「はやっ」
「だな。今のおまえさんみたいな顔して受け取ってやがったぜ。へっ、年を考えろってんだ」
そう言いながらも親方も嬉しそうな顔をして話していた。
(まあ、自分の造ったもんをそこまで楽しみにされてたんならしゃーないよねえ)
風音はタツヨシくんドラグーンを調整をしたら、帰りにジンライ道場によってみようと考えた。
◎ジンライ道場
「でやぁああああ!!」
神狼化弓花の銀の光りを帯びた槍が高速で突き出される。
「ふんっぬ」
それをジンライは右の槍で捌き、まったく同時に左の槍で攻撃を仕掛ける。
「うわっと」
それを直感だけで神狼化弓花がかわすが、ジンライは続けて右の槍を回し、その柄で弓花の足をかけ、弓花の体勢を崩させる。神狼化弓花は一度は体勢が崩れたもののその場でグッと踏み留まった。だが、気が付けばすでに喉元には突きつけられた槍があった。そして弓花は「参りました」と降参の声を上げた。
「ふむ。思ったほどブランクはないものだな」
ジンライはふたつの槍を器用に交差しながら構え、演舞のようにいくつかの動作を繰り返していく。
「むうう、より一層師匠が遠くなった」
そのジンライを見ながら弓花が唸る。元より神狼化している弓花の腕力には若返ったとはいえジンライも及ばない。なので技巧を凝らし、その多くを技によって捌いていた。そして一本槍の時でも片手の槍技で弓花の突きを捌けていたのであれば、同時にもう片方の手で攻勢にでることも可能である……という理屈は弓花にも分かる。だが、それにしても一方的にやられすぎて弓花はヘコんでいた。
プシューと弓花の神狼化が解ける。いつもは一敗か、二敗なのに今日は三敗。勝ったことはないのでようするにそれだけ時間をとられずに負けてしまったということだった。
その、あっけなくやられた弟子を不甲斐ないとも言わずに己のおニューな槍を振るって満足しているジンライにますます口元を膨らます弓花。ようは構ってもらえなくて寂しいだけの構ってちゃん状態なのだが、まあ今までちゃんと見ていてくれた師匠が急に別のモノに夢中になられては弓花の独占欲とか嫉妬心とかがメラメラ来ても仕方のないことではある。
そしてジンライもならしが終わったのか一通りの型を実践するとようやく弓花を見た。
「いやすまんな。この二槍流は元々神狼化のような肉体性能で勝てぬ相手とも闘うことを想定して編み出したもの。だが予想以上にお前とは噛み合ったようだな」
「噛み合ったというか、まるっきり歯が立たなくなりましたけど。技量差がグンッと開いたと思うんですけど」
弓花は拗ねたようにジンライを見る。
「ふむ、そう言うほどに差はないのだがな。だがお前の攻撃は神狼化になると力に頼って単調になる。その悪癖がこの結果に繋がっているのだろうよ」
それは弓花が神狼化の力を制御しきれてないということだった。
「以前言ったように片手で捌き切れぬほどの技を身に付けるか、或いは肉体性能を限界まで使って力業で押し切るのが良いだろうな。いっそ盾を持ったらどうだ?」
「うーん、そうですねえ」
今までの魔物相手でならば通用したが、もしかしたら今のジンライのように通じない相手も出てくるかもしれない。神狼化に頼りすぎてる気がするし、その神狼化も使いこなせてもいない。これは使用時間の少なさからもくる問題だ。
(行き詰まってる感じだなあ)
弓花はそうため息を吐いて横を見る。
「いっちにーさんしー」
そこにいるのは準備体操している親友とその横で同じような動作をしているタツヨシくんズだ。外にはヒポ丸くんも待機している。
「あんたは幸せそうよねえ。随分と手持ちが増えたみたいだし」
「戦いは数だよ弓花。たとえドラゴン相手でもこんだけの数でボンボン投石したら結構なダメージだろうしね」
それもまた真なりだ。強くなる道は一つではない。
「ところでなんか行き詰まってる?」
「お見通しなんだ?」
弓花は(適わんなあ)と思いながら、自分の能力を活かしきれてない現状を話した。すると風音は首を傾げて奇妙なことを口走った。
「神狼化はひょっとしてトレーニングモードを使ってないの?」
「なにそれ?」
そんな無知な弓花に風音が親切丁寧に説明をする。
風音が言うには操作方法の違うキャラに変化するスキルなどにはそのモードでの操作に慣れるためのトレーニングモードがあるはずだという。弓花が実際にアイテムウィンドウから神狼の腕輪を確認すると確かにトレーニングモードの項目が存在していた。
「……本当だ」
弓花ががっくりとひざを突いた。そんなものがあるとは。ゲームプレイ時もそうしたモードがあるとはまったく気付かなかった。説明書はよく読みましょう。
「私も竜体化用のトレーニングモードでドラゴン時の動かし方とかやってるけどねえ。まあ操作法覚えるだけのモノだからそれで鍛えられるわけでもないけど」
そう風音は言うがそのモードはイメージトレーニングよりもよほど高度なものだ。
「うーん、寝る前とかにやっとくかな」
神狼化の前にまずは自分の体を鍛えることを優先ではある。そしてそちらの課題も存在している。
「それとジンライさんの二槍対応なら一応対策はできるけど」
弓花がバッと顔を上げて風音を見る。
(うわ、出しにくいなあ)
そう思いながら、風音はアイテムボックスから小柄な白いシンプルな盾を取りだした。
「竜骨から作ったドラゴンシールド。腕にはめるタイプでこれなら両手で槍も持てるでしょ?」
「これ、私のために?」
弓花はそれを受け取ってその磨かれ抜かれた盾を見る。確かに受け止めるだけなら二槍の必要はない。
「えっと、うん。そうさ」
そう口にして親指を突き出す風音を、弓花をギュッと抱きしめて「ありがとう」と言って感動していた。実際使ってみたら思った以上に重かったので一緒に竜鱗を元に作ってもらったドラグガントレットだけで十分だなーと思って倉庫入り一歩前だったものである。まあ喜んでもらって良かったと風音は思った。ちなみに胸当ても竜の鱗のものに変えている。
「それでワシたちもこれが終わったら宿の方には向かうつもりだったが、何か用かな」
弓花の神狼化が解けたあたりでジンライが風音に切り出した。
「いやージンライさんのおニューな槍を見せてもらいたくてさ」
風音の言葉に「そうか」と言ってジンライは手に持つ槍の片方を風音の前に置いた。
「もう片方も寸分違わず同じものだ。竜の牙を磨き上げた竜牙槍。竜は自身の牙の方が鱗よりも硬度が高い。黒岩竜クラスの鱗ならば切り裂けるはずだ」
そうジンライは説明する。ジーヴェ戦では英霊ジークの鱗を落とした後を攻撃するという消極的な役回りだったのが武人として随分と応えていたらしい。次は自分もそちら側に回れると言外に告げていた。
「それは強力だねえ」
竜の爪を使う風音もその威力はすでに実証済みだ。
風音は竜牙槍を手に取る。黒岩龍の牙に合わせた黒いその姿からは何か強力な威圧感を覚える。ジーヴェの竜気が消えず放たれているようだった。
「ジンライさんの準備は万端だね」
ジンライは頷く。
「弓花は今までと変わらず?」
「うん」
そう言って愛槍のシルキーを握る。愛着がある……というだけではなく、白銀を特殊加工したその槍は魔力で構成されたものに対しても有効で、強度こそ竜牙槍に劣るが武器としての格は勝るとも劣らないものだった。何より神狼化でプラス補正が入るのも嬉しい。
「ホント、親方大判振る舞いだったよねえ」
今の弓花の実力を思えば、その槍を譲ったのも先見の明があったということだろうが。
「それで、後で聞こうと思っていたのだがハイヴァーンへはいつ向かうのだ?」
「ジンライさん、乗り気だねえ」
「なんでも息子さんが留守の時に訪ねて来たらしいよ。ここ最近私たちも色々と大活躍だったし師匠の噂もハイヴァーンまで知れ渡ってるみたい」
「ふん、年寄りの冷や水と心配して来たのだろうよ」
弓花の言葉にジンライは照れくさそうにそんなことを言った。
「なにやら良いものを渡すと言って帰っていったようでな。まあワシと違って良くできた息子だ。わざわざ来るようにと言ったのであれば、行かざるを得まいよ」
「ふーん。じゃあ奥さんにも会えるんだねえ」
風音の何気ない言葉にジンライは一瞬ビクッとしたが、だが深呼吸をして風音に向き合う。
「風音よ。あの件はちゃんと正直に話す。ちゃんとワシからな」
「うん、そうなんだ」
特に意識して口にした言葉ではなかったがジンライの言葉の意味を聡く理解した風音は「それがいいかもね」と頷いた。横で弓花がなんだろうという顔をしていたが、それについては風音もジンライも口にすることなくこの話題を終えた。
「とりあえず出立はいつでもいいいんだけど、明日だと早い?」
「いや構わん」
旅の準備自体はすでに終わっている。槍も受け取ったし後は出るだけだ。
「ルートはやはりウォンバードの街を通るつもりか?」
ジンライの言葉に風音が頷く。
「うん。そっから竜船に乗ってハイヴァーン公国のリザレクトの街で降りて後はヒポ丸くんとヒッポーくんで陸路を進んでハイヴァーンの首都ディアサウスに行くつもり。そこのギルドマスターから竜の里について話が聞ける手筈になっているらしいよ」
竜船とは浮遊石を用いた飛空船。現在は造船と操作の技術は失われおり、この世界の住人は自動操縦で巡回している竜船に勝手に乗り込んで移動していた。
「連れ合いと息子も首都に住んでいるし、それはこちらとしても都合が良いな」
ジンライもそのプランに頷いた。
「それと、そこまで長くない時間なら私が竜に変化して飛んでもいいんだけどね」
飛竜便用の竜装具はすでに購入済みで不思議な倉庫に入れてある。
ヒポ丸くんを掴んで5人ぐらいなら乗せられそうだった。丸一日飛んだりまではさすがに無理だが、戦闘に入らなければ半日は変化していられる。
「しかし依頼の内容を考えれば竜族の関係性をあまり知らしめたくはないな」
「やっぱりそうかあ。通り抜けが難しいところがあったら考える程度の方がいいよね」
「そうだな。それとリザレクトの街に着いたらそこで少し時間をもらいたいのだが」
「何かあるの?」
「ワシ……というかこやつにな」
ジンライが弓花を見て「私ですか?」と弓花が首を傾げた。
「リザレクトは竜船のおかげで様々な人間の寄る場所でな。闘技場が5つあって、大抵どこかで闘技会が開かれてる。こやつ自身が今世界でどの程度の位置にいるのかを測るにはちょうど良いと思ってな」
「私が大会ですか」
弓花は不安そうな顔でジンライに尋ねる。ジンライはその弓花に「大丈夫だ、お前ならな」と言って肩を叩いた。日頃ジンライと打ち合っている弓花である。ジンライにしてみれば相手次第ではあるが優勝できて当然という思いもあった。自分のことになると妙に弱気になる弟子のことを考えて口にまでは出さないが。
なお大会の上位ランカーはそうした小大会には出ないので、このジンライの言葉も決して弟子贔屓というわけでもなかった。
「ほおほお」
「お前も出てみてはどうだ?」
なるほど、という顔をしている風音にジンライが尋ねる。
「うーん、考えてみる」
とはいえ、そういうのは弓花に任せてりゃあいいかなあ……と風音は思ってたりする。冒険は好きだが強さ比べにはあまり興味はないのだ。
名前:由比浜 風音
職業:魔法剣士
称号:オーガキラー・ドラゴンスレイヤー
装備:杖『白炎』・両手剣『黒牙』・竜鱗の胸当て・ドラグガントレット・銀羊の服・甲殻牛のズボン・竜鬼の甲冑靴・不滅のマント・不思議なポーチ・紅の聖柩・英霊召喚の指輪・叡智のサークレット
レベル:29
体力:101
魔力:170+300
筋力:49+10
俊敏力:40
持久力:29
知力:55
器用さ:33
スペル:『フライ』『トーチ』『ファイア』『ヒール』『ファイアストーム』
スキル:『戦士の記憶』『夜目』『噛み殺す一撃』『犬の嗅覚』『ゴーレムメーカー:Lv2』『突進』『炎の理:三章』『癒しの理:二章』『空中跳び:Lv2』『キリングレッグ:Lv2』『フィアボイス』『インビジブル』『タイガーアイ』『壁歩き』『直感』『致命の救済』『身軽』『チャージ』『マテリアルシールド』『情報連携』『光学迷彩』『吸血剣』『ダッシュ』『竜体化』『リジェネレイト』
弓花「ついに私メインエピソードフラグが立ったわね」
風音「といっても天下で一番な大会って勝った負けた繰り返すだけだしね。飽きられやすいから最近じゃあパッパと飛ばしでストーリーが進むことも多いよ」
弓花「いや、不吉なこと言わないでよ」




