第九話「オフィス前線異常あり」
「大丈夫ですか?」
あたしは無言で立ち尽くすルナさんに声を掛ける。
ルナさんはあたしの顔を見るなり、その瞳から涙が溢れ出し、勢いよく抱き着いて来た。
「…怖かった……ごわがっだよおぉぉおぉーーー!!」
まるで子供のように泣きじゃくるルナさん。
あたしはその小さな背中をゆっくりとさすった。
「ごめんなさい。怖くしてごめんなさい」
あたしは何度も謝りながらルナさんを慰める。
その光景をマリンはばつが悪そうに観ていた。
そして数分後。
ようやく落ち着いたのか、ルナさんはあたしから離れた。
まだ涙の跡が残っているけど、もう大丈夫そうだ。
「私こそ、取り乱したりして、ごめん。あと性悪小娘から助けてくれてありがと。私は手代木流那よ。よろしく」
ルナさんは照れ臭そうな笑顔で挨拶をした。
涙と海水に浸かった性でメイクがほとんど落ちてしまっていたけど、ルナさんの人懐っこそうな笑顔が印象的だった。
うん。無理矢理質問するより、こっちの方がずっと良いよ!
「こちらこそよろしくお願いします!あたしは相川まひるです!」
あたしも笑顔で挨拶を交わす。
「で、そろそろ本題に入ってもいいかな?」
マリンがあたしの後ろからズイッと出てきて言う。
ルナさんの表情が一瞬で恐怖に変わる。
「ひぃッ!性悪小娘っ!?」
「誰が性悪小娘です流那?」
「ひいぃッ!!」
ルナさんはすっかりマリンのことがトラウマになってしまったようで、同じようなやり取りをさっきから続けていた。
あたしの後ろに隠れたルナさんが肩から顔を出し恐る恐る口を開く。
「えっと……それで?何を聞きたいのよ?私が知ってることなら教えてあげるわよ」
どうやらやっと話を聞いてくれる気になったようだ。
ルナさんはマリンの方を見て怯えた顔をして言った。
「まず最初に、君の知る範囲でサニーを探して倒そうとしている者はいるかい?」
マリンがルナさんに尋ねる。
「うーん……私は基本ソロプレイだったし、他のプレイヤーのことまでは分からないわね。でもイベントのターゲットになるくらいだから、みんな狙ってるんじゃないの?」
ルナさんが答えてくれた。
「それじゃあ、そのイベントでの報酬について何か詳細は知らないかい?」
続けてマリンが尋ねた。
「えぇと、確か……サニーを見付けたら一万円、戦ったら三万円、倒したら二十万円だったかしら?あ、あと!これ公式サイトじゃなくてイベントログイン後に運営から届いたメールに書いてあったのよ」
あたしたちはハッとして顔を見合わせた。
『ダイタニア』の公式サイトは依然メンテナンス中の表示のままで、イベントの詳細なども特に書き換わっていなかった。
なのに、イベントログイン後に一定のプレイヤーに向けて新たなイベント報酬を提示してきた。
(…これは臭うね……)
「流那?そのメール、見せてもらえる?」
マリンが出来るだけ優しく言うと、
「え、ええ。別にいいけど……」
ルナさんはまだ少し警戒しながらメニュー画面を開いて操作すると、すぐにそのメールを見せてくれた。
そのメールの内容は先程ルナさんが言っていたものとほとんど同じ内容のものだった。
マリンが一つだけ気になったのは、差出人の『風待進次郎』という名前。
「あ、風待さんからのメールなんだ?」
あたしは目に入ったその名前に少し驚き聞き返した。
「知っているのまひる?」
マリンが直ぐ様訊き返してきた。
「うん。『ダイタニア』の開発者の人で、製作総指揮だかプロデューサーだかの人!あとメインプログラマーの一人だったかな?割りと有名だよ!」
あたしは『ダイタニア』の公式ホームページやSNSなどを見ていて偶々知った情報で答えた。
「へぇ~。私は全然知らなかったわぁ」
ルナさんが感心したように言った。
(ダイタニアの制作者の中でもトップクラスの人物からのメール……頭の片隅に留めておいて損はないだろう)
マリンは少し考えて、改めてルナさんの方を向いた。
(もう流那から何か重要な情報が引き出せるとも思えない、な)
マリンはそう判断すると、今度はあたしの方に視線を向けた。
「今日はこの辺にしましょうか。二人とも疲れているでしょうし」
マリンが優しい口調で言うと、
「いったい誰のせいで疲れたと思ってるのよ?ほんとヤんなっちゃう!」
ルナさんが小さい声で愚痴る。
「流〜那〜?聞こえてますよ?」
「ひゃいっ!?ごめんなさいっ!!」
ルナさんがビクッとして謝る。
マリンは小さくクスっと笑った。
その後、あたしとルナさんは連絡先としてお互いのフレンドコードを交換し合い、何かあれば連絡を取り合おうと約束した。
時間はいつの間にか、真夏の太陽が一番高い位置から下り始める頃になっていた。
「あーっ!折角の週末が何だかあっと言う間に過ぎ去って行ってしまったー!」
あたしは一つ大きな伸びをして言う。
四精霊たちとアパートまでの道をゆっくり歩いている。
「えー…皆さん、この度のお買い物兼《地球》観光はいかがでしたか?」
あたしは後ろを歩く皆に向かって声をかけた。
「とっても楽しかったー!」
「はい、僕も色々勉強になりました」
「俺も楽しかったぜ!」
「自分も驚かされることばかりでした。特にまひる殿の食べっぷりとき」
「そっかー!なら良かったぁ!」
あたしの声に、四人が笑顔で口々に答える。
アースが何か言おうとしていたが、あたしは食い気味に返事をした。
あたしたちは今、アパートに帰るために商店街の中を通って歩いて行く。お買い物も済ませてあるし、後はお夕飯作ってお風呂入って寝るだけだ。
そしたら、また明日から一週間が始まる。
「あ〜ぁ、明日は月曜日かー…」
あたしは独りごちる。別に仕事が嫌というわけではなく、もう少しこの非現実な余韻を味わっていたかったのだ。
そして、あたしはふと気付く。
「…ん?……月曜日……仕事……あれ?」
あたしはみんなの方に向き直り言う。
「明日あたし仕事だぁ!みんなどうしよう!?」
『超次元電神ダイタニア』
第九話「オフィス前線異状あり」
翌朝、あたしは普段より少しだけ早く起きてみんなの朝ごはんの支度を始める。
ウィンド、マリン、ファイアの三人はまだ布団の中だ。やはり、昨日の戦闘の疲れがあるのだろうか?
アースだけ起きてきて、パジャマ姿から一瞬で昨日買った洋服に粒子変換させる。
「おはよう御座います、まひる殿」
アースが爽やかな笑顔を向けて挨拶をくれる。
「おはようアース。早いわね。まだ寝ててもいいのよ?」
「いえ、もう目が覚めてしまいまして。手伝います」
そう言ってキッチンに立つアースを横目に見ながら、あたしはトーストとスープの準備をする。
「それじゃあ目玉焼きをお願いしようかな。でも無理しないでいいからね?」
「はい!承知しました!」
アースは自信満々に返事をする。
アースは料理に興味があるのか、昨日から料理をするあたしを後ろからよく観ていた。
アースがその手に卵を持つ。
あたしの見様見真似でキッチン台の角に卵を数回ぶつけると、アースはそれをフライパンの上に割って落とす。
が、上手く行かず黄身は崩れ、少し殻が入ってしまった。アースは慌てて菜箸で殻を拾おうとしている。
「慌てる必要は無いよ。最初は失敗して当たり前だからさ」
あたしが笑顔で言うも
「申し訳ありません…しかし……」
アースは気にしている様子だ。
「ほら、気にしないで次行こうか。次は上手くいくかもだよ?」
「はい…!」
あたしはアースを促す。
アースが恐る恐るフライパンの上で卵を割る。今度は上手くいったようだ。アースの顔が満面の笑みに変わる。
とても綺麗で真面目なアースだけど、ちょっと不器用で天然なところが堪らなく愛くるしいと思えてしまう。
あたしの顔も自然と笑顔になっていた。
他の三人も起きてきて、朝食の席に着く。五人で手を合わせ「いただきます!」をして食べ始める。
“女三人寄れば姦しい”とはよく言うけど、五人も女の子がいたらそれはもう賑やかな食卓になるわけで…
「目玉焼きには何か掛けるの?」
「僕は昨日食べた醤油が好みだったな。ファイア、取ってくれるかい?」
「あいよ。そら!」
「違うよファイア!それソース!」
「ウィンドの目玉焼き、へにょってなってる…」
「済まない…今日は自分が焼いてみたので、幾つか失敗を…」
「まひる?このパンには何が合いますか?」
などなど、みんな“見るもの全て物珍しい”ということもあり、会話が尽きることがない。
賑やかな方が好きなあたしは朝からとても気分が良い。
そんなこんなで楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、あたしは仕事に行く時間になった。
「みんな、昨夜も話したけど、あたしは月曜日から金曜日までは仕事に行かなくちゃならないので、ここを留守にします!」
あたしは子供に言い聞かせるように言う。
「家から出るなとは言いません。合鍵はアースに渡してあるので、出掛ける時はアースの指示に従うように!あと、なるべくみんなで行動するようにしてね」
そう言ってあたしはアースに視線を送る。アースがコクりと首肯く。
「じゃあ行ってきます!お昼ご飯は冷蔵庫にあるからレンジでチンして食べてね。それと、何かあったらお互いにウィンドを通して知らせてね。今日は一日よろしくねウィンド」
あたしはブレスレットに変態したウィンドに向けて言う。するとブレスレットが
「うん!まひるお姉ちゃんとお出掛け楽しみー!」
と喋った。
これは昨夜の話し合いで、あたしが仕事に出掛ける際に、四精霊と何かしらの連絡手段を講じようという話になり、その結果、誰かが目立たないあたしの装飾品となって一緒に行動したらどうか、ということになったのだ。
精霊間では意思の共有が出来るらしいので、この方法なら双方から連絡が取れるとマリンが言っていた。
それで、本日の連絡役一号に立候補したのがウィンドだったというわけだ。
「じゃあみんな!行ってきまーす!」
ブレスレットのウィンドが元気よく返事をする中、あたしはみんなに見送られ、会社へと向かった。
そして、いつものように電車に乗り込む。
……やっぱり混んでるなぁ。
満員電車には慣れたつもりだったが、それでも不快なものは不快だった。
そんなことを考えているうちに最寄り駅に到着する。
改札を出て駅を出る。
さあ、ここからが本番だ。気を引き締めなければ。
会社のビルに入ってエレベーターに乗る。
オフィスがある五階で降りて自分のデスクに向かうと、既に出勤していた同僚が声を掛けてきた。
「おはよう御座います、まひるちゃん。今日は早いですね」
「あっ、やぶき先輩!おはよう御座います!やぶき先輩も早いですね」
彼女は早乙女やぶき先輩。
あたしより二つ年上の先輩社員で、とても頼りになる人だ。おっとりしていて物腰も柔らかく、優しくて大好きな先輩。スラッとしてて儚げな雰囲気を醸し出す美人さん。黒髪のロングボブにシャギーを少し入れた髪型もお洒落で似合っている。
「はようざいまーす。あれ?相川先輩、なんか機嫌良いっすか?」
そう訊いてオフィスに入って来たのは、同じく同僚で二つ年下の厨川能乃ちゃん。
あたしと違って小さくて可愛い。茶髪を後ろで一つに結っている。後輩だけど物怖じせず意見を言ってくれるし、大切な仲間で、友人の一人だ。
「ののちゃんおはよー!分かる!?土日にちょっといいことがあってね!」
「へぇ〜何があったんすか?」
「それは、えー…あたしのゲーム仲間が増えたと言うか…うん、新しい友達ができたんだよ!それが嬉しくってさ」
それを聞いた二人は「あー…」と納得する。
「相川先輩、ゲーム好きっすもんねー」
「同じ趣味の友達って嬉しいよねぇ」
二人は口々に言う。
“女三人寄れば”何とかって言ったけど、ここでも朝からガールズトークに花が咲く。
「その友達って男すか?」
「いや、女の子だよ」
「まひるちゃんって、誰とでも仲良くなれるよね。羨ましいわ」
「相川先輩、彼氏作んないんすか?」
「うーん、今はいいかなぁ。出会いとかないし」
「オンラインゲームなんてやってるのに?」
「まひるちゃんが彼氏と遊んでるところ見た事ないんだけど……」
「それを言うなら二人も同じじゃないですか!?」
そんなこんなで今日の仕事が始まる。
これがあたしの職場での日常風景。
同僚に恵まれているだけでも十分幸せものだ。
「よし、仕事頑張るか!」
あたしは自分のデスクに向き合い、一言気合を入れた。
週初めの月曜日ということもあって、いつもより少しだけ気怠く感じる。それでも仕事を疎かにすることはできない。
今日の分のノルマを達成してしまえば気兼ねなく明日を迎えられる。
それにしても……
あたしはここ二日間のことを思い出す。
ゲームの『ダイタニア』があたしの現実世界と融合してしまうなんて…
しかも精霊は実体化し、電神も召喚出来てしまう…
実際の被害はプレイヤー自身にしか及ばないのがせめてもの救いだが、今回の件で怪我人とかは出ていないのだろうか?
非現実的な事柄が一度に起きすぎて頭がパンクしてしまいそうだ。
あたしは頭でそう思いながら、手ではしっかり仕事をこなす。
二時間くらい集中して入力業務をしていただろうか、ふと左手のブレスレットから声が聞こえた。
「まひるお姉ちゃん、いつまでここにこうしているの?」
ブレスレットのウィンドが小声で話し掛けて来た。
あたしは周囲を警戒し小声で
「そうね十八時まで勤務だから、あと七時間くらいかしら?」
「七時間ッ!?お姉ちゃん何か悪いことでもしたのッ!?」
ウィンドが驚き大きな声を上げる。
一瞬、周囲の視線があたしに向けられたが、あたしはあいそ笑いをしてその場を何とか誤魔化した。
「別に何も悪いことしてないわよ。これが仕事なの!大人はみんなこうして働いてるのよ?」
あたしは小声でウィンドに説明する。
「えぇ~、そうなんだぁ……」
ウィンドは残念そうな顔をして言う。
それから五分後、またウィンドが話しかけてきた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
今度は何だろうと思いつつ作業を続ける。
「何?どうしたの?」
「…ウィンド、飽きた」
「…………」
確かに退屈だよね……でもここは職場なんだから我慢してもらわないと。
あたしはウィンドにそっと耳打ちする。
「もう少しでお昼休みになるから、そこで一回休憩しようか?何ならお家に帰る?」
するとウィンドは少し考え込むようにに黙り込む。そして
「ううん、帰らない。もうちょっと頑張る。ウィンドの使命はまひるお姉ちゃんを護ることだから…」
ウィンドはムスッとした顔のまま応えた。
「ごめんなさいね、ウィンド。ありがとう」
あたしは優しくブレスレットに手を添える。ウィンドが「えへへ」と機嫌を直し笑ってくれた。
(ウィンドが)待ちに待った昼休み!
普段だったらやぶき先輩とののちゃんと三人で社員食堂か外へ食べに出掛けるのだが、今日はウィンドがいるので話が違う。
「じゃあウィンド、今日は二人でお昼食べに行こっか?」
あたしはブレスレットがあるだろう左手首に話し掛ける。だがそちらからの返答がない。
「ウィンド?」
おかしいなと思い、左手首を見るとあるはずのブレスレットがなかった。
「おっ昼〜!!」
人の姿に戻り食堂の方へ掛けていくウィンドの姿が視界に入る。
「あっ!?ちょっ!ウィンド!」
あたしが呼び止める間もなくウィンドは走り去ってしまった。
まあ『ダイタニア』のプレイヤーでない限り、ウィンドの姿は視えることはないので、あたしは一つ溜め息をつき、その後を追おうとした。
そのタイミングで
「まひるちゃんお疲れ様。今日はどこで食べる?」
「お疲れ様っす。今日は天気がいいんで食堂のテラス席なんてどうすか?」
やぶき先輩とののちゃんがやってきた。
「あら、天気がいいからこそ屋内じゃないの?」
「UVカットのファンデだから平気っす」
「あら!それは過信というものよののちゃん!」
何やら二人は早くもきゃいきゃいしだしている。あたしは食堂に入って行ったウィンドを追うため
「…今日は食堂にしましょ…席はどこでもいいから…」
と二人に告げてウィンドを追いかけた。
サンシェードの天幕があるテラスで食事を並べて、あたしたち四人はいた。
ウィンドの瞳は爛々としてやぶき先輩とののちゃんを見ている。
「…えと、相川先輩の従姉妹の、風子ちゃん?でいいんすよね?」
ののちゃんが怪訝な顔で訊いてくる。
「…うん。もう夏休みだから、こっちに遊びに来てたんだ。今日は気付いたら社会見学だって言って付いてきちゃったみたい……」
あたしは二人から視線を逸らし言う。
「ウィンドは風子!よろしくねお姉ちゃんたち!」
ウィンドは人の気を知らずに二人に元気よく挨拶をする。
ウィンドの姿は何故か二人に視えてしまったのだ。
二人とも『ダイタニア』などゲームをしないことは以前に確認済みだ。何故っ!?
「こちらこそよろしくね風子ちゃん。私は早乙女やぶきです」
流石やぶき先輩!この状況にも動じないッ!?丁寧に頭を下げてくれている!
ののちゃんはというと、腑に落ちないところはあるだろうが、そこを飲み込み
「厨川能乃。よろしく風子ちゃん」
と大人の対応で言ってくれた。
「じゃあ、自己紹介も済ませたところで、いただきます」
とやぶき先輩が音頭を取り昼食が始まった。
食事中は、主にののちゃんとウィンド(風子)が話しをしていた。
「風子ちゃんは今いくつなんすか?」
「いくつ…?」
ののちゃんにそう訊かれ、ウィンドは「?」という顔であたしの方を見る。
「ふ、風は今中学、二年になったんだっけ?十四歳くらいかな?ねー風?」
とあたしが助け舟を出す。
するとウィンドは笑顔で「そだよ♪」と答えた。
風子の無邪気さに当てられてか、みんながほっこり笑顔になる。
風子は人の心配をよそに、一生懸命美味しそうに慣れない手付きでカルボナーラを口に運んでいた。
「あっ、風子ちゃん、口元にクリームついてる。待ってね。ん〜……よし取れた」
やぶき先輩が紙ナプキンで拭ってあげる。
「ありがとやぶきお姉ちゃん!」
「ふふっ。どういたしまして。でも、あんまり慌てて食べなくても大丈夫よ。時間はあるからね」
風子が笑顔でお礼を言い、やぶき先輩はやわらかく微笑む。
「なんか姉妹みたいですね〜」
とあたしがほんわかして言うと、ののちゃんが続けて言う。
「親子にも見えなくないっすか〜?」
「ののちゃんヒドいッ!」
やぶき先輩はののちゃんの冗談を真に受けてショックを受ける。
ののちゃんはそんなやぶき先輩の頭を撫でながら慰めている。
「ののちゃんはたまに意地悪だよね……」
とあたしがジト目で言うと
「だって、ホントはどっちに見えたんすか?」
とニヤリと笑って返す。
昼食も取り終わり、昼休みはそのまま四人で談笑して過ごした。
風子が帰ると言い、あたしたちは三人で見送る。
そしてウィンドは人知れずあたしの左手首のブレスレットに戻った。
午後の仕事は滞りなく進み、帰宅の時間がやってきた。
帰り支度をしながら、あたしはやぶき先輩とののちゃんに話しかける。
「あの、今日は風子を見てくれてありがとうございました。突然連れて来て済みません」
と、深々と頭を下げてから顔を上げると、二人は優しく微笑んでくれた。
「いいのよ。私たちも楽しかったもの。また遊びに来てくれるといいわね」
「そうっすね。 今度はみんなでカラオケとか行きたいっすね」
と二人が言ってくれて、あたしも嬉しくなって思わず笑顔になる。
「はい。ぜひ!風も喜ぶと思います。 それじゃあ、失礼します。お疲れさまです」
と言って更衣室を出る。
ドアが閉まるまで、二人の温かい視線を感じた。
会社を出て駅に向かう道すがら、今日の出来事を思い出す。
ウィンドがやぶき先輩とののちゃんに視られちゃった時はどうしようかと慌てたけど、やぶき先輩もののちゃんも、快く受け入れてくれて良かった。
あたしは隣を歩くウィンドに目をやり
「また遊ぼうだって」
ウィンドは嬉しそうに
「うん!ウィンドもやぶきお姉ちゃんとののちゃんと、また遊びたい!」
と、満面の笑みで答えた。
「そうねー。でも、次からはもうちょっと人目につかないようにしないとね?」
「うん。気をつける」
素直に答えるウィンドを見て、やっぱり可愛いなぁと思う。
そんな風に二人で話してるうちに、駅の改札に着いた。
電車に乗り込むと、ちょうど空いた席があったので並んで座る。
ウィンドと話すのに夢中になっていたら、いつの間にか最寄り駅の一つ手前の駅まで来ていた。
いつもはもっと早く気づくんだけど……
それだけこの子といるのが楽しいってことなのかしら?
そう思いながらウィンドを見ると、ウィンドは俯いて目を瞑り黙り込んでいた。
「どうかしたの?」
と訊くと
「…しッ!………まひるお姉ちゃん、静かに……」
ウィンドが何かを警戒している。
耳を澄ましたが、あたしには電車の音くらいしか聞こえない。
『おい、あれって?あの緑の髪!』
『ああ、間違いねぇ。俺の《偵察》で出てる。茶髪のがサニーだ!連れてる緑の髪の子はNPCか?』
『これって、発見したから俺たち一万円貰えるってことかな?』
『あのメールが本当ならな。で、戦えば三万、倒せば二十万だ!』
『よしっ!俺はやるぞ!あいつらを狩れば臨時ボーナスだぜ』
「お姉ちゃん、次の駅で降りよう…」
ウィンドが小声で囁いた。
その声音は真剣そのもの。
ウィンドがここまで警戒しているということは、何かあったのだろう。
「…うん。丁度あたしたちが降りる駅だしね」
と、ウィンドの提案に賛成しながら周りを見回すと、 あたしたちの方をチラ見していた大学生っぽい男二人が奥の方の席から近付いて来た。
ウィンドもそれに気づいたようで、少し険しい表情をしていたけど、何も言わなかった。
電車は駅に到着し、乗降ドアが開く。
あたしとウィンドは足早に電車を降りた。
それと同時に男二人はこちらへ駆け寄りながらスマホを操作して何か呟いていた。
そして二人とも、あたしたちを挟み込むように位置取りをする。
これは……まさか……!?
「お姉さん方、ちょっといいですかぁ〜?」
男がヘラヘラと笑いながら話しかけてきた。
「なに?」
ウィンドが落ち着いた様子で返す。
あたしは怖くなりウィンドの服の裾をギュッと掴んだ。
「いやさ、俺たちこのゲームやってるんだけどフレンドになってくんない?あと、レベル上げ手伝ってくれたら嬉しいんだけどぉ〜」
男がそう言いながらスマホ画面を見せてくる。
そこには『ダイタニア』のステータス画面が映し出されていた。
【次回予告】
[まひる]
は〜、やぶき先輩とののちゃんが
ウィンドを受け入れてくれて良かった!
そんなほんわかした時間も束の間、
あたしたちは再びエンカウントしてしまう!
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第十話「ログアウト」
やっていいことと悪いことの区別は付けなさい!




