第六十五話「新たな力」
「駆けよ疾風、導け追風、《一陣の風》!」
またさっきよりも詠唱の文字数を減らしてやってみる。これも、出た!
あたしの左腕から放たれた光の矢は正面に迫っていた電神の左膝を正面から打ち砕いた。
あたしの左肩に添えられたシルフィの手にまた少し力がこもり、彼女が念じたのか左膝を突き抜けた矢が今度は一八◯度向きを変え、その電神の右膝を後ろから撃ち抜いた。電神の巨体が地下広間に轟音と共に崩れ落ちる。
あたしの左肩の彼女の手からフッと力が抜かれたのが分かる。あたしは振り向きその顔を見るとシルフィはまっすぐあたしに柔らかい笑顔を返してきた。
「ありがとね、シルフィ!」
「まひるさんの正確な狙いがあればこそです。さあ、まだまだ油断は出来ません。これだけの数、流石に捌ききれなくなりそうです……。風待が戻り次第、撤退も視野に入れておきましょう」
「うん! 分かった!」
シルフィはあたしを気遣ってそう言ってくれる。あたしはその優しさに笑顔で返し、再び電神の群れへと向き直った。
一〇〇メートルほど先の光景に流石に唖然とする。先程のサイレンと共に停泊していた電神たちが一斉にあたしたち目掛けて歩き出していた。その数二〇機余り。歩みはゆっくりながらも巨人の群れが迫りくる様は中々に威圧感がある。
あたしはゲームでも感じたことの無い言われもない恐怖に足がすくみそうになる。
「まひるさん、大丈夫ですよ」
そんなあたしの心を見透かしたようにシルフィが声を掛けてくれる。
あたしはその声でハッと我に返り、再びボーガンを構え直した。
「うん……。油断は、してない!」
あたしはそう答え、電神の集団を見据える。そしてまた大きく深呼吸をして心を落ち着かせていく。するとそんなあたしの様子に気付いたのかシルフィは優しく微笑んでくれた。
「さあ、来ますよ。先程と同じように一番手近な電神から動きを止めていきま――」
シルフィが言い終わるより前に、前方一〇メートル、一機の電神がブーストダッシュと共に腕を振り上げ、あたしとシルフィ目掛けて勢いよく振り下ろしてきた。
「あッ! 《一陣の風》ッ!」
あたしは咄嗟にボーガンを構えて矢を放とうとしたが、詠唱が短すぎたのか、光の矢は生成されなかった。
回避に専念していたシルフィに突き飛ばされる形でその電神の重たい一撃から何とか逃れられた。
「くッ……!!」
「まひるさん! 大丈夫ですか!?」
「うん、大丈夫ッ! ありがとう!」
そう答えながら体勢を立て直し、今度はちゃんと狙いを定めて言い放つ。
「導け追風っ! 《一陣の風》!」
左手のボーガンにエメラルドグリーンの風の対流が生まれ光の矢が装填された。
どうやら詠唱を短く出来るのはこの辺りが限界のようだ。それでも十分に有り難かった!
(ウィンド! ありがとう! あなたの思いが、今あたしたちを生き延びさせてくれてるっ!)
あたしは込み上げてきたものに瞳を潤ませながら、一つひとつ光の矢を慈しむように連射していく。
「導け追風、《一陣の風》! 導け追風《一陣の風》! 導け追風ッ――」
先程の電神の一撃を回避したことで、あたしとシルフィの位置は離れていまっていたが、ある程度離れていてもスキルのコントロールが出来るようで、シルフィはホーミングレーザーの如く《一陣の風》を操り近寄る電神たちに多段攻撃を与えていく。
「《速度上昇》!」
あたしは自身に脚力上昇の魔法を掛けて一気にシルフィの下に土埃を巻き上げながら駆け寄り、彼女の軽い体を小脇に抱えて再び電神の群れから一〇〇メートルほど距離をとった。
遮蔽物となりそうな岩陰に身を隠し、シルフィと横目で現状を確認する。
「っふう……何とかなったね」
「ええ、本当に間一髪でしたけど……。でも、きりが無いですね……」
シルフィの不安そうな声にあたしは笑顔で応えると岩陰から顔を出して様子を見る。どうやら電神たちはあたしたちを見失ったのか、今はまだ追撃してこないようだ。
一先ず助かった〜。
あたしたちはお互いの無事を確かめ合うように満面の笑顔を向け合った後、再びあの大きな巨人の群れに目を向ける。するとその群れから少し遅れてこちらに向かって走って来る風待さんの姿を見つけた。
電神たちには気付かれていないようで、おそらく《アサシン》の隠密スキルを使っているのだろう。
「あ! 風待さーん!」
あたしは思わず大声で岩陰から身を乗り出し盛大に手を降ってしまった。
風待さんはそれに気づいてくれたが、折角あたしたちを見失ってた電神たちまでこちらの存在を悟ってしまい、またあの地響きを立てながらゆっくりとした足取りで歩み寄って来た。
「あ。しまった……」
あたしの隣で苦笑いで済ませてくれているシルフィの優しさが身に沁みた。
『超次元電神ダイタニア』
第六十五話「新たな力」
「相川さんッ! 無事かっ!?」
風待さんが突如自分の方に方向を変え歩き出したその群れに警戒しながらこちらに駆け寄り声を掛けてくる。あたしは彼に笑顔で返すとシルフィが岩陰から姿を現した。
「はい、大丈夫です! すみません!」
「そうか……良かった」
「遅いですよ風待。単独行動でまひるさんを危険に晒して……。減点」
そう言って心底安堵したような表情を見せる風待さんに対しシルフィは相変わらず厳し目の物言いで苦言を呈した。
「あ、いや……。それは本当にすまない。だが、こうしてみんな無事に合流出来たんだ。今はそれで良しとしようじゃないか」
風待さんはシルフィに叱られながらもどこか嬉しそうにそう言ってくれた。
「……仕方ないですね。それより、何か収穫はあったのでしょうね風待?」
シルフィはそんな風待さんの様子を見て少しバツが悪そうにそう答えた。
あたしはそんな二人のやり取りを見て何だかおかしくなり思わず笑顔になる。
「ああ。今のこの『ダイタニア』の異常な事態について粗方解ったよ。《SANY》を騙ってるヤツは《天照》だ。人々の願いの力を利用してこの世界を維持しているらしい。まるで自分が神にでもなったかのようにな――っと、その前に現状を何とかしないとだな……」
風待さんはそう言いながら、迫りくる電神の群れに向き直り、おもむろにあたしたち二人の前に立つ。
「生身で電神を倒せはしないだろうが、《アサシン》のスキルで逃げる時間くらいは稼げる。二人は上にいる連中を連れて先に退避してくれ」
「え? そんな! 風待さんは!?」
あたしは風待さん一人を置いて行くことに抵抗を覚え、思わずそう叫んだ。
するとシルフィがあたしの肩に手を置き、あたしを黙らせるように前に出て彼の顔を睨んだ。
「風待。あなた、毎回毎回行動が自分勝手です。少しは心配してるまひるさんの気持ちも汲んであげたらどうなんです?」
「シルフィ……」
あたしは風待さんを置いて行くことに確かに抵抗を覚えていた。そしてその事を解ってくれていたシルフィの言葉を聞き、少し冷静になれた。
「いや、しかしだな。実際俺は確実性の高い選択をしてるだけで、君たちには――」
「『関係ない』なんて言わせませんよ? 私たちはもう同じチームなんですから」
「ああッ? 関係ないなんて言ってないだろう!?」
風待さんが驚いた顔でシルフィを見る。そしてあたしもまた彼女の言葉に驚きを隠せなかった。
最初に会った時、あれだけ感情を感じさせなかったシルフィが、今は他人を思い遣り、勝手だと怒っているのだ。
「シルフィ、あなた……。何か変わったね」
「え? そうでしょうか?」
そう言ってシルフィはあたしを見てキョトンとする。あたしはそんなシルフィの顔に思わず笑いそうになってしまったが、今はそれどころじゃない。
「あ、あのっ!」
あたしは意を決して二人に話しかける。すると二人は同時にこちらを振り返った。
「あたしも一緒に残ります! シルフィと二人でもう三機も電神を倒したんです! まだやれます!」
あたしは二人にそう告げる。そしてシルフィを庇うように少し彼女より前に歩み出た。
「相川さん……やれやれ」
「まひるさん……」
あたしの言葉に風待さんはやれやれと言った顔で溜め息を吐き、シルフィは驚きの表情を向けた。
「分かったよ。なら俺は右回りに電神を引き付けるから、二人は左回りで迎撃しながら上層へと戻ってくれ」
そう言って風待さんはあたしたちに背を向けて電神の群れに向かって行こうとしたその時――
地下だと言うのにあたしたちの目の前は白く眩い光に包まれた。
「っ!? レーザー!」
その光が先頭の電神が放った遠距離攻撃だと理解し、あたしは声を上げる。
「下がれッ!」
風待さんが咄嗟にそう叫ぶと同時にあたしたちの前に目が眩むほどの閃光が発射された。
間に合わないっ!
光があたしたちを飲み込もうとしたその時、光の行く先にエメラルドグリーンのバリアが現れた。その幕は飛来するレーザー光線を全て薙ぎ払い消失させる。
それと同時に辺りを照らしていた光も徐々に弱まっていく。そしてそこには、長い銀髪を風圧になびかせたシルフィが立っていた。
「……《風の衣》。今まで使ったことない精霊魔法が、使えた……?」
状況を見るにどうやらシルフィが咄嗟に風のスキルであたしたちを守ってくれたようだ。
「シルフィ! ありがとう!」
あたしは驚きと喜びの入り交じった声で彼女に問う。するとシルフィは少し驚いた顔で答えた。
「……私、ヒトでもプレイヤーでもないのに、何故、精霊魔法を……」
「え?」
「ですが、この力は……《契約》出来ていたのは、私……?」
「ッ!?」
そんな会話の最中も電神の群れは歩みを止めることなくこちらに迫って来ていた。風待さんがそんな状況を見て再びあたしらに声を掛ける。
「助かった! 守りはお前の《風の衣》と俺の《水流幕》で張るぞ! 相川さんを護衛しつつダンジョン上層へ向かう。流石にこの数相手に相川さんの《一陣の風》だけでは手数が足りない」
「…了解しました」
風待さんの指示にシルフィはそう応えると両腕を電神の群れに向け遠距離攻撃に備える。
「《水流幕》ッ!」
あたしたちが上層に繋がる階段にに差し掛かるのと同時に風待さんがスキルを唱える。すると階段の登り口付近に薄青色をした長方形の水の壁が現れた。その壁が電神からの遠距離攻撃を防いでくれる。
どうやらこのまま上まで上がれそう――
そう希望が脳裏をよぎった刹那、あたしたちの頭上を一筋のレーザーが駆け抜けた。
「何!?」
あたしたちがその光線の出所に視線を向けると、そこには群れの最後尾で腕を組んだままこちらを見据える電神の姿があった。
『ふふん。行かせない。あなたたちはみんなここでこの世界の糧になってもらうんだから』
放たれた光線はダンジョン上層部へと繋がる唯一の階段を粉々に破壊してしまった。
「そんな! あれじゃああたしたちは……!」
あたしはその光景に絶望する。このままでは上層に戻ることは勿論、帰ることすら出来ない。それ程の熱量を持ったレーザーだったのだ。
そんなあたしを風待さんは冷静に諭すように声を掛ける。
「落ち着け相川さん。まだ手はある。レーザーを撃ってきたあの最後尾の電神、あいつからは知性を感じる。おそらく、あれに乗っているのは新たな管理AI《天照》! あいつを倒せばここの電神全ての動きを止められるだろう」
そうは言うけど、この電神も喚べず、周りを電神の群れで囲まれた状態で、どうすれば……?
あたしは挫けそうになりながらも必死に突破口を見つけようと周囲を見渡し警戒する。焦れば焦るほど自分でも思考が空回りしているのが分かった。
するとシルフィが一歩前に出て声を上げた。
「……私の、生命に替えてもまひるさんは守ってみせます…! だから風待、あなたも本気でまひるさんと私を守るのです!」
「もちろんそのつもりだが、なんだ突然!?」
「見てみなさい!」
そう言うとシルフィは先程のレーザーで穴の開いた天井に向け右手を掲げてみせた。
その穴からはあの時見た精霊たちのキラキラした光が砂時計の砂のように、この階層に降り注いできていた。
あの先に在ったのは、《精霊の泉》!?
「何故かは分かりませんが、どうやら私は風の精霊の加護を授かったようです。ヒトでもないプログラムの私が……。なら、その力を借りて私の持つ電子の力で具現化できるはず!」
シルフィはそう言うと天井の穴に向けて掲げていた両手を掲げた。
「来なさい。そして成しなさい。あなたたちの守りたい者の為に、今だけ私に力を貸して!」
シルフィがそう唱えると彼女の頭上に何本もの光の柱が発生し、それは次々に地面に突き刺さり、あたしたちを電神たちから守るかのように四角い壁状に展開した。
幅一〇メートル。高さは二〇メートルはあるだろうか?
地面に刺さった光の粒子が逆流し、空間そのものが息づくように震えた。まるで世界の法則が書き換わるかのように――
「これは……大型のシールド?」
あたしはその光の壁を見上げながら思わず呟く。
「風待。この《扉》を生成するまでもうしばらく時間が必要です。その間私は無防備になる。だから、あなたに私とまひるさんを託します!」
シルフィの突然の行動に風待さんも何がなんだか解っていないようで、いつものように直ぐに返事が返ってこない。
「守るって……お前、一体なにを……?」
「『ダイタニア』のゲームの《設定》には在ったのでしょう? ここに無いなら創ればいいのです。ここは、想いが願いに、願いが力になる世界なのかも知れないのですから!」
シルフィはそう言い切って強い意志のこもった眼で風待さんを見据える。
その眼はまるで「あなたならできる」と言っているようで、あたしはそんな彼女の意志の強さに圧倒されてしまった。
そして、彼女はあたしの心の中にもホワッと温かい勇気の炎を灯してくれたのだった。
すると今度はさっきと反対側から電神たちが迫ってきた。どうやらこの光の壁が邪魔でこちらには来られないようだけど、それも時間の問題だ。
「護衛は任された! だが一つ教えろ。お前は何を創ろうとしているシルフィ!?」
彼の真剣な問いにシルフィは口の口角を少しもたせ上げ、不敵に言ったのだった。
「……《バリオスの門》……!」
《バリオスの門》!?
確か、前に風待さんが言ってた新しい電神を喚ぶ為のゲートか何かだっけ?
シルフィはそれを今、自分で創ろうとしている!?
あのシルフィが言うのだからもちろん冗談では無いのだろうけど、そんな事が果たして可能なのだろうか……
でも、シルフィがあそこまで覚悟を決めて言ったんだ! あたしには彼女を信じる理由はそれだけで十分だった。
だから今やらなくちゃいけないことは、シルフィがそのゲートを完成させるまで全員で生き延びること!
「あたしは守られてばかりじゃない。絶対に一緒に突破するんだ!」
あたしは蓄積された残りのMPを全身に行き渡らせるように集中しながら、ひとつ深く呼吸をしスキル詠唱を始める。
「《円形障壁》、《防御力増強》、《速度増強》、《魔法障壁》……」
(……重ねろ、まだだ。もっと硬く、もっと強く!)
「《幸運増強》、《器用増強》、《体力増強》、《知力増強》……」
いつかのように、これでもかと自身にバフを山盛りに掛けていく。四属性スキル以外ならやはり問題なく使えるようだ。
身体能力を極限まで上げたあたしは並大抵の対人戦ではダメージを受けることはほとんど無いかも知れない。
だが、今は生身対電神。果たしてこの厚く重ね掛けしたバフがどこまで保ってくれるか……
それでも、やるしかない!
「風待さん、シルフィの正面の守り、頼みます!」
「え? ちょっ! 相川さ――」
あたしは風待さんの声を後に聞き、シルフィの後ろから迫る電神の群れに向かい目に見えぬ速さで突進した。
電神の注意を少しでもシルフィから逸らせればいい。その思いだけであたしは電神たちの足元を縫って走る。ゲームとは違い、生身の体での高速移動は風圧だけで四肢を持っていかれそうになる。あたしは歯を食いしばりながら詠唱する。
「導け追風、《一陣の風》ッ!」
そして手前にいた電神にスキルを発動。鋭い矢は腰部を貫きはしたがやはり動きを止めるまではいかず、改めてシルフィのサポートの重要さを噛み締める。
「ッ!!」
追加で射るも、こうも高速で動きながらでは中々相手の駆動部を狙い撃つのは難しく、ただただMPを消費していくだけだ。
チラと風待さんとシルフィの方を見やる。二人とも電神からは遠く距離がある。どうやらあたしの陽動だけは成功してるみたい。
「ぜぇっ……! ぜぇっ……!」
あたしは息も絶え絶えな状態で両膝に手を付きながら肩で息をする。
《一陣の風》という強スキルの連発と大幅移動により全身が悲鳴を上げている。これ以上はもう……
一瞬足を止めたあたしが居た場所に巨人の拳が打ち込まれた。あたしはそれをギリギリでかわし難を逃れる。
僅かだが左腕の《ウィンドのボーガン》からは優しいエメラルドグリーンの光が漏れ、常に薄くあたしを包んでいてくれているような気がする。
おそらく、この武器にはパッシブスキルである《HP自動回復・小》辺りが付与されてるんじゃないかな?
「ッ……そうじゃなかったら……」
あたしは今一度気合を入れ直し、電神たちの攻撃をかわし足止めするために、その群れに突っ込んで行った。
「こんなに動けるわけないッ! うああぁあーーーッ!!」
あたしの絶叫に呼応するように、シルフィと風待さんが何か会話しているのが耳に届く。だが、今のあたしにはそんな余裕などなかった。
「ッ!?」
電神の拳があたしを捉えようと振り下ろされる。その刹那、あたしは咄嗟に《ウィンドのボーガン》でそれを受け止めた!
「ぐっ……ぅうう!!」
凄まじい衝撃が全身を駆け抜け、思わず声が漏れる。
《防御力増強》を掛けていた体から《円形障壁》が剥がされる感触。
(やば……!)
その強力なパンチを浴びてあたしの体は宙を吹き飛び、シルフィたちのいる場所まで戻ってきてしまった。
「かはッ!」
ごっそりHPを持っていかれた感触。バフを重ねて掛けていなかったら間違いなく即死レベルの攻撃だ。
「まひるさんッ!!」
地に伏したあたしの頭上からシルフィの悲鳴にも似た声が聞こえる。
あたしは膝を立たせ、何とか上半身を起こし左手をシルフィに向け「大丈夫」という意思表示をする。
「いま回復魔法をッ!!」
シルフィが上空に掲げたままだった両腕をあたしの方に向けようとしているような気がした。あたしはシルフィの方を向く力もなく、顔は下を向いたまま叫んでいた。
「ダメだよ! もう少しなんでしょ!? シルフィはその何とかってゲート完成させてッ!」
「でもっ! このままじゃ、まひるさんが!!」
あたしは今にも泣きだしそうなシルフィの声を聞きながら、その不安を吹き飛ばすような大声を出した。
「大丈夫! 今風待さんがスキルで防御してくれてるし、あたしももうHPもMPも多くないけどゼロじゃない! だからお願い! 完成させて!」
もうほとんど気力だけで声を張り上げる。しかし限界はもうそこまで迫っていた。
そんな時、あたしの頭上から聞きなれた声が聞こえた。
「相川さん、ほら、飲めるか?」
片目を僅かに開けて少し見上げると、あたしの顔の前にポーションの小瓶を差し出す手があった。
「俺は回復スキル無いから、回復アイテムは手放せなくてね。ストックだけは有るんだ」
その優しい声に導かれるように、あたしは彼の手からそっと震える手でポーションを受け取ると、何とか自分の口に流し込んだ。
体中の痛みと疲れが癒えていく。仕事から帰って温かいお風呂にゆっくり浸かった時のあの力の抜ける感覚が一瞬で訪れたような、そんな夢心地だった。
「ありがとう、ございます……」
あたしは小さく、そしてか細い声で風待さんに感謝を伝える。すると彼は微笑みながら答えるのだった。
「どういたしまして」
その様子を見ていたシルフィは一先ず安心したのか、再度《扉》を生成するために瞳を閉じて集中する。
(……まひるさんをあそこまで傷つけさせてしまった……。なんてこと……)
シルフィはここにきて脳裏に浮かんだ人物のことを考えていた。
(サラ……。貴女が何故あんなにも私によくしてくれたのか、今なら解るような気がします。貴女も、守りたかったのですね……。そんな貴女に、私は……ッ! ありがとう、サラ! ありがとうっ!)
気づくとシルフィは両の目から涙をこぼしていた。しかし、今はそれを拭っている時間はない。彼女は鼻をすすり涙を強引に引っ込めると、再度集中し《扉》の生成を始めたのだった。
それからどれくらいの時間が経過しただろうか。
電神たちの放つレーザーは風待さんが全て防御スキルで打ち消してくれているけど、それでも絶え間なく降り注ぐ攻撃は着実に彼のMPを削り取っていた。
「はっ!……はぁッ!……はぁッ!」
風待さんの呼吸も荒くなり、もう限界が近いことを知らせてくる。
(くそっ! まだかシルフィ!? 使えるアイテムはほとんど相川さんに使っちまったぞ……このままじゃジリ貧だぜ……)
風待さんからたくさん譲り受けた回復ポーションは既に尽き、今は《円形障壁》のみ貼り、自分の身を守るだけで精一杯だった。
(…ウィンド、ごめん。ここまで守ってもらったのに、あたし、もう腕を上げる力も出ないや……。あ、攻撃? よけないと……)
あたしは疲労で朦朧とする意識の中、それでもまだ電神からの攻撃が自分に向いていることを察し、気力を振り絞り上体を起こそうとした。
(あ、間に合わ――)
止まってくれることはないだろう電神の巨大な拳が無慈悲にもあたし目掛けて振り下ろされる。
あたしは諦めるのは絶対したくなかったし、みんなを連れ戻すって決めていたけど、目を瞑ってしまったんだ。
風圧で髪がなびかされる。
この地下に吹き荒ぶ風が、あたしの感じる最期の風になるのかな?
いやだな。
大空の下、爽やかで優しい風にもう一度吹かれたい……
あなたの笑顔のような風に、ウィンド……
〈まひるお姉ちゃんっ!!〉
その時、迫る暴風に紛れて確かに聴こえた気がした。
あの人懐っこくて温かなあの子の声が――
「あ…あ、あ。あぁあ……、あぁああああーーーッ!! ウィンドぉおーーーッ!!!」
あたしは絶叫していた。それは覚悟を決めた断末魔のようでもあったし、新たな闘志を呼び覚ます狼煙のようでもあった。
地面に着いていた左腕をクルと回すと、あたしの体は風をまとったかのように軽やかに反転した。
さっきまであたしが居た場所に電神の重たい一撃が穴を穿つ。
シュルシュルと驚くような身の軽さであたしは体勢を立て直すと、ボーガンに光の矢が装填されていることに気づいた。
多分、あたしはまた、救けられた――
込み上げる感情をその矢に乗せ電神の側面、ゼロ距離から爆発させる。
「うああぁあああーーーッ!!!」
光の矢は一直線に電神の左右の膝を貫通し、その動きを封じた。
そして、放たれた矢はシルフィ生成する光の扉へとそのまま射られた。
「ッ!! 来た!」
瞬時にシルフィは感じ取る。《扉》の生成に必要な要因がいま全て揃ったことを!
宙に掲げたままだった両腕をゆっくりと胸の前まで下ろし、そして勢いよく左右に開いた。
「今こそ顕現しなさいッ! 《バリオスの門》よッ!!」
光の壁は更にうねり、震え、今まさにこの場に次元を超えたものを生み出さんとばかりに周囲の空間ごと鳴動させていた。
シルフィの開かれた両腕に導かれるように、次の瞬間その場には光の壁がそのまま扉になったかのような、巨大な門が顕現していた。そしてシルフィは更に続ける。
「《バリオスの門》! 受け取ったはずです! 私の、サラの……ウィンドさんたちの、守りたかったもの! だからお願いっ! 力を貸してえッ!!」
それは願いとも、祈りとも取れる魂の叫び。
門はシルフィのその願いを聞き届けたかのように、辺り一帯を眩く照らす光を放ったのだった。
全ての光が弾け、世界が静まり返った。
あたしたちは立ち尽くす。
シルフィも風待さんも、誰も声を出せなかった。
音が――ない。
その無音の中で、あたしの心臓の鼓動だけが、やけに鮮やかに響いていた。
その一拍ののち、大気が裂ける。
「っ……!」
目が眩んで瞑ってしまう。あたしは片手で目の上に影を作り、何とかそれを見やる。
やがて光が収まり、恐る恐る瞼を開くと、そこには……
「……え? あれは……」
あたしは思わずそう声を漏らしていた。何故なら目の前の《バリオスの門》の扉が左右に開き、その中から一体の電子の巨神がゆっくりと迫り出して来ていたからだ。
「あれは、《バリオスの門》に召喚された……電神、なのか?」
風待さんが呆気にとられながらもそう呟く。
白銀の装甲は光を反射し、まるで天の鏡のように世界を映していた。
人型の洗練されたスリムなフォルム。全高はあの格好良い頭部の尖った長い角まで入れたら二〇メートルはあるだろうか。全身に走る生命力溢れるオレンジ色のエネルギーライン。背中には格納庫のような巨大なバックパックを背負っている。これは……これは――
《バリオスの門》の隣でぐったりと力尽きたように膝で座ったシルフィが不敵な顔をしてあたしを見つめて言った。
「これが、あなたの新たな力です……ッ!」
【次回予告】
[まひる]
シルフィ! 大丈夫ッ!?
シルフィが創ってくれたゲートから
なんか知らないロボが出てきたんどけど
コレって敵なの? 味方なの!?
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第六十六話「その名はダイタニア」
行くよ! みんなの笑顔を取り戻すためにッ!
――――achievement[空想上の門]
※シルフィが《バリオスの門》を顕現させた。




