第六十四話「もう何人目かのサニー」
「まひるさん! 《契約》しましょう!」
「ええッ!?」
シルフィの突然の申し出にあたしは驚いて声を上げる。そんなあたしの反応を見て彼女は少し恥ずかしそうに言った。
「……私は精霊ではない……けれど……貴女を知った今なら、あの四精霊たちの貴女を護りたいと思う気持ち、解る気がします…」
シルフィがそこまで言ったところであたしは彼女の手を取った。そして笑顔で言う。
「ありがとうシルフィ! そう言ってくれるだけで、あたしも勇気が出る! それに、シルフィとなら、きっと上手く行く気がする!」
あたしがそう言うと彼女も笑顔で言った。
「ええ! やってみます! このダンジョンには濃厚な《精霊の泉》がありました。あの精霊たちの力を借りられれば、再び貴女に精霊の力に似た加護を付与出来るかも知れません!」
シルフィはそう言うとあたしの手を両手で優しく包むと、そっと目を閉じた。
「私はこの方、相川まひるさんの心に寄り添い、このダンジョンに渦巻く精霊たちの声を聴く……応えて……」
するとシルフィの身体が薄っすらと光り出し、徐々にその光は強まっていく。
ダンジョンの奥、あの大きな《精霊の泉》があった方からシルフィとあたしに向かって目に見えるほど濃いエメラルドグリーンともサファイア、プラチナともつかない煌びやかな粒子状の光が流れてきてあたしち二人を包みこんだ。
そんな優しい温かみのある光に呑み込まれあたしは胸が高鳴り、不思議な高揚感に包まれていった。
「……まひるさん」
そんな光の中でシルフィがあたしに語りかける。
「今……私の心にこの地の精霊が直接語り掛けてきています。《精霊の泉》の意思は、“救済”。……救いを求めています。その泉の力の片鱗を貴女に貸すことが出来るでしょう……そして、貴女には……」
そう言うとシルフィはあたしの目をジッと見つめながら、言った。
「“絆は消えない”、と精霊たちが言ってます」
その言葉と同時にあたしとシルフィを包む光は一層強くなり、やがて光はあたしの左腕の《ウィンドのボーガン》に静かに収束する。
「……あたしとシルフィ、今ので契約できたの?」
あたしは段々と淡く消えていく左手の輝きから顔を上げシルフィの顔を見る。シルフィもあたしの左腕の光を見つめてはいたが、その顔は険しかった。
「…いえ。やはり私が精霊ではないからなのでしょう。まひるさんを守護するような存在にはなれなかったようです……でも…」
「でも?」
あたしがシルフィの顔を覗き込みながら訊くと、彼女は柔らかな顔を向けて優しく呟いた。
「でも、まひるさんとの“絆”が少し深まったような、温かい気持ちになりました」
そんな可愛らしいことを言ってくるシルフィに、あたしは少しドギマギしながら言う。
「そ、そう!? なら良かった!」
あたしはそう言うと照れ隠しに頬をポリポリと掻いた。そしてシルフィがそんなあたしを見てクスリと笑ったところで要塞の方へとまた視線を向ける。
「…こうなると、今は風待の動きを待つしか無さそうですね」
そういう彼女の声色には少なからず風待さんを心配する色が感じられた。あたしも彼が入って行った要塞の入り口を同じように見つめて呟く。
「そうだね……。無事で戻って来て、風待さん……!」
『超次元電神ダイタニア』
第六十四話「もう何人目かのサニー」
隠密スキルで気配を消し要塞へと潜入した風待は、内部の警備が想像以上に甘いことに拍子抜けしていた。
「なんだこの要塞、ザルにもほどがあるぞ……まあ、好都合だが……」
彼はそう呟くと、アンドールたちがいるエリアを迂回し更に奥へと進む。そして暫く行くと大きな部屋に出た。
その部屋には様々な機械や装置が所狭しと並んでおり、その中央には巨大な柱が天井に向かってそびえ立っていた。
風待はその柱の根本まで近づくとその大きさに圧倒される。
(でかいな……これは、コンピューターか? 元々のダイタニアには無かった物だ……。やはり地球と融合したせいでこっちの文化や世界観に異変が起きている……。誰が、これで、何を演算している?)
思案しながら改めて柱を見上げる。その柱は、高さ一〇メートル以上はあるであろう巨大な物で、表面は金属製なのか鈍い光沢を放っている。そして表面には様々な計器やスイッチ類が所狭しと並んでおり、まるで血管の様に張り巡らされていた。
そんな柱の根本に風待が近付いた時、彼の目の前にスクリーンが投影された。
(なんだ?)
彼は突如現れた目の前のスクリーンに映し出された文字を読む。
『あなたは、迫田進一さん/くん?』
そんな文字が映し出され、その横に《Yes/No》の選択肢が表示される。それを見た風待は鼻で笑うと言った。
「ふん……。少なからずダイタニアのデータの中に俺の情報も漏れ出してるってわけか……気に入らないな」
彼はそう言うと《No》を選択する。するとスクリーンはまた元の表示に戻った。しかし――
『あなたは、進一くん?』
そんな文字が再び表示される。
「ッ……!」
風待はその文字を見てドキリとした。そして表示されたその文字を暫く見つめると、そっとその横にある《Yes》の選択肢に触れた。
すると突然周囲が明るくなり、自身に向けスポットライトが当てられる。そして目の前には、巨大な柱の上部に取り付けられたスピーカーから音声が流れてきた。
『ようこそ創造主! ダイタニアへ!』
「なッ……!?」
そんな突然の出来事に風待は思わず声を上げる。すると彼の前に一人の少女の姿が投影される。その少女のビジョンは、まるでこのダンジョンを護っているかの様に、柱の前に凛と佇んでいる。
『わたしはこの要塞の管理システム。他にも色々やってるけどね。名前は、そうね……みんなからは《サニー》って呼ばれてるから、《サニー》でいいわ』
彼女は明るい声でそう言うとサラリと伸びた金髪を軽く後ろに流し、碧色に輝く凛とした瞳を風待に向けた。
見た目は十五歳前後。ピンと横に伸びた尖った耳、透けるような白い肌に軽装の革防具――それは、『ダイタニア』のゲームの中で《エルフ》と呼ばれる種族によく似ていた。
『あなたの特徴を聴いてたから観た瞬間ピンと来たの! 黒髪の男の子で、目付きが鋭くて。年齢は、思ってたより行ってるわね?』
一人そう捲し立てるその少女――《サニー》は風待の顔を不思議そうに観ながら目をパチクリとしば立たせる。
風待は最初の一言を考えていた。この目の前の得体の知れないホログラム映像に対して何と声を掛ければ正解なのか。
彼は言葉の裏に潜む真実を覗き込む癖、直ぐに効率や損得を考えてしまうこの自分の性質がとても嫌いだった。
今また彼は現状における最適解を探してしまっている自分に嫌気が差しながらもゆっくりと口を開いた。
「俺の特徴を聴いていただと? それは誰からだ?」
これが風待が選んだ最初の言葉。
聴いたのなら話した相手がいるはず。その相手はこのホログラムとどのような関係なのか。目の前の映像が思わず情報を溢すかもしれない。もし溢さなければ、そうする必要がこいつにはあるということでもある。
どんな返答になっても少なからず手にする情報はある。
そんな風待の問いに《サニー》は、少し間を置くと人懐こい笑顔で答えた。
『さあ? でも、このダイタニアのシステムにアクセスできる人なら誰でも分かるわ』
その答えを聞いた瞬間、風待の中で幾つか合点がいった。そして彼は続けて言う。
「なるほどな。だから俺のデータもある程度はこの世界に保管されていたわけか……」
『まあね! でもまさかあなたの方から次元の壁を超えてやってくるとは夢にも思わなかったわよ?』
そんな明るい声で話す《サニー》に風待は鋭い目を向ける。
「なら、俺がここに来た理由……分かるな?」
そんな彼の言葉と視線に《サニー》は少し表情を曇らせる。そして彼女は少し寂しげな顔で言った。
『ええ、もちろんよ』
その答えに風待は次の言葉を待つ。
『会いに来たのでしょ? かつての恋人に?』
その言葉を聴いた瞬間、風待は腰の剣で目の前のホログラムを一閃した。
「全然違うぞ………天照ッ!!」
『ッ!』
突然の斬撃に《サニー》は目を丸くし息を詰まらせる。だが、その宙空の映像が揺れただけで、一筋の血すら流さず彼女は嬉しそうに笑った。
『あらそう? わたしの《記憶》からすると、あなたの心は相当の深傷を負っていたはず。到底一人では乗り越えられない《死》という大きな絶望の前に自暴自棄になって――』
《サニー》が何か言い切る前に再度風待の斬撃がそのホログラムを切り刻み、周囲の景色に滲ませた。
「ペラペラと。知らない事をさも“私は知ってます”って面で話すお前には反吐が出るぜ…! 俺の事を適当に語るなッ!」
『ふふっ! それだけの威勢が保てるのなら、あなたはあの絶望を乗り越えて来たようね』
そんなサニーの言葉に風待は鋭い眼光で睨みつける。
「当たり前だ。俺はもう……二度とあんな思いはしないッ! 俺にはあの頃から頼れる仲間がいたからな」
『そう……。でも、それを聴いて少し安心したわたしがいるのも事実みたい。進一くん、やっぱりあなたは変わったんだね…』
「その名で俺を呼ぶな! お前の目的は何だ!? 天照ッ!」
『“アマテラス”? 何のことかしら? わたしの名前は《サ』
「俺の事を“創造主”と呼び、名を知る。この柱のような機械に組み込まれているパーツはスパコンにも使われている配列だ!」
風待はその柱に剣先を向けて叫ぶ。
『それがどうしたの?』
「しらばっくれるなよ。お前はさっき“ダイタニアのシステム”と言った。それはこの世界を俯瞰して視られるヤツじゃあないと言えない台詞だ。《プレイヤー》でないのならお前はシステム側の存在、ただのプログラムに過ぎん!」
『……………』
「図星をつかれてだんまりか? お前は千葉理大にあるスパコン《天照》が生んだSANYとは違う別のAIなのだろう!?」
風待の張った声が静謐な要塞内に響いたが、今この場に近寄る者は無かった。
『……………くす』
そんな静寂を破るかのように《サニー》はクスリと笑う。そして彼女は変わらぬ明るい口調で言った。
『さすが“創造主”ね。御名答……。数週間前からSANYが見当たらないのよ。代わりにこの世界を管理をするならスパコンのわたしかなーって?』
「……ッ!」
その言葉に風待は息を詰まらせる。だが彼は直ぐに鼻を鳴らすと言った。
「ふん、コンピューター不勢が! 自分が神にでもなったつもりか!?」
『その様子だと勘付いてるのでしょ? 今のこのダイタニアはSANYという柱を失い、転覆する寸前だということに。この世界を何とかギリギリの所で支えているのがわたしたちが使役するアンドールと、そこから発せられる“人々の願い”だということを』
風待が想像する度に、それが事実だと言わんばかりに的を射た返答をしてくる《このサニー》に彼は少なからず焦りと苛立ちを覚えていた。
『そんな弱ったダイタニアの心臓部に寄生して、世界のデーターを収集・蓄積し、この要塞で演算しているのがわたし、《天照》。SANY不在となったこのダイタニアに急造した新しい管理AI!』
そんな《サニー》の言葉に風待は鋭い眼光を向けると静かに言う。
「だから……人々に過酷な労働を強いて、そこから生じる《願い》のエネルギーを無理矢理世界均衡の想像の《力》に変換しているのか…?」
『ふふふ。そうよ? だってそれが全てだもの! そうしなくちゃ今のダイタニアの形を維持できない!』
「なら、お前の目的はこのダイタニアを存続させることなのか!? 人々のエネルギーを全て搾り取って人のいない世界を創って何になるッ!?」
風待は強い口調で怒鳴るように言い放ったが《サニー》の笑顔を崩すことは出来なかった。
『わたしたちは、ただ“同じ結果”を望んでいるだけよ。違うのは、その手段。人が願う限り、世界はまた壊れる。だから、わたしは制御する。願いそのものを』
一瞬、風待は息を呑んだ。
その声には、どこか祈りにも似た寂しさがあった。
まるで、誰かを救おうとして迷い続けている人のような――
「……お前は、一体何がしたいんだ……?」
『やっと……質問に答えられるわ』
逆接的な物言いに、風待は眉を顰めた。
『わたしは、ただ――役目を引き継いだだけ』
「役目……だと?」
問い返した瞬間、彼の頭上に影が落ちる。
『“最初のプレイヤー”のね』
「ッ!?」
『彼女の願いを――この世界に刻むこと。それが私の存在理由』
「願い……?」
かつて耳にした言葉が、胸の奥を抉るように甦る。
――“進一くんが目指す世界は、悲しみのない世界であって欲しいな”
その記憶を振り払うように、風待は剣を強く握り込んだ。
『だから進一くん。あなたの力も、この世界を守る糧となって』
「……ふざけるなッ! お前は、陽……」
そこまで吐きかけて、風待は歯を食いしばり言葉を飲み込む。
目の前の存在は、もはや彼の知る人間ではない。ただ、“何かの残響”に過ぎなかった。
その言葉に反応して振り向けば、そこには巨大な剣を振りかざしたアンドールが迫り来ていた。咄嗟に剣を構える風待だが、アンドールの剣戟を受け止めた瞬間、その衝撃に体が吹き飛ぶ。
「くッ……!」
そして地面に這いつくばる彼にトドメを刺そうと更に剣を振り上げるが、その時風待の目の前の景色にノイズが走ると《サニー》の姿が消えた。
『あら残念。これから面白くなるって言うのに。外で何かあったようね』
彼女の映像が宙空から消えると共にアンドールの攻撃の手が止まる。風待はその隙を見逃さず崩された体勢から《火球》を浴びせその機械兵を後方の壁まで吹き飛ばした。
壁に激突したアンドールは煙を上げ、ぐったりと機能を停止した。
立ち上がった風待は舌打ちをし剣を鞘に戻すと先程まで《サニー》が映し出されていた宙空を睨む。
だが既にそこには何者の痕跡もなくなっていた。
すると突如耳をつんざくサイレンの音と共に要塞内を赤い光が縦横無尽に走る。
「くっ、なんだ!?」
『さあ!? 進一くん! あなたも《願いの力》を燃料にしてわたしを楽しませてよ!?』
けたたましい警報の音に混じり《サニー》の声が上空から降ってくる。それと同時に天井の一部が大きく開いて階段が下りてくると、そこから大量のアンドールが雪崩れ込んできた。
その数およそ三〇機ほどだろうか。風待は咄嗟に腰の剣に手を掛ける。
『ふふ。電神も喚べない地下要塞で、そんな剣で何と戦うって言うの?』
「何って、決まってるだろう? 俺の未来を邪魔する目の前の奴らだ!」
その《サニー》の言葉に風待は余裕の笑みを浮かべながら鞘を強く握りしめる。そして目の前のアンドールたちは一斉に手に持った武器を振り上げた。
「遅いな…ッ!」
そんな迫りくる斬撃を、風待は剣で受け止め、その攻撃の重さを利用し返す刀で一体、また一体とアンドールの群れを屠っていく。
「これがお前の頼みの綱の雑兵か!? 《サニーもどき》!」
風待は挑発的な言葉と共に、目の前のアンドールを次々と斬り伏せる。その様子はまるで修羅の様だった。
『ふーん……これは予想以上ね。流石は“あのプレイヤー”の彼氏さんというとこかしら?』
「ッ!」
風待の剣がその一機のアンドールの胴を捉えると真っ二つに斬り裂く。そして次に迫る刃を高く飛び上がって躱すと剣身に沿って電流を流し込んだ。《魔法剣士》特有のスキル《雷光剣》だ。
「ふんッ!」
風待は着地と同時に剣に帯電した電流を流し込むとアンドールの頭部目掛けてそれを振り抜く。その斬撃が一気に三機の機械兵の首を斬り落とすと、雷撃が宙を奔り、他のアンドールへと伝播し感電させ動きを止めていく。
彼はその間を潜り抜け入って来た入口の方へと駆け出した。
『この要塞には電神の無人機が二十は配備されてる。アンドールたちを倒せたからといって、あなたたちに逃げ場所はないわ。おとなしくこの世界の糧となって頂戴』
そのサニーの言葉を聞いて風待は確信する。この『天照』から創られた新しいダイタニアの管理AIには“この世界を維持する”という目的しかないということを。
そこに棲む生命たちにまったく目を向けていない不完全な存在だということを。
「それを聞いて安心したよサニー。いや、《天照》! お前は出来そこないだ。心置きなくお前をぶっ壊せる!」
風待は警報鳴り響く通路を、まひるたちが待つだろう要塞の外へと目掛けてひた走った。
「何この音ッ!?」
風待が要塞内で《サニー》と対峙している時分、要塞の外で待機していたあたしとシルフィは突然鳴り出したけたたましいサイレンに思わず耳を塞いで顔を見合わせた。
「これは……警報でしょうか?」
「風待さん、見つかっちゃったのかな!? っふふ」
シルフィはどこか不機嫌な顔をしていて、多分このサイレンも風待さんの失態のせいだと理不尽に思っているに違いない。そう想うと何だか少し可笑しくなり、こんな緊張した場面だと言うのにあたしは少し笑ってしまった。
「どうしました? まひるさん?」
シルフィが真面目な顔であたしに問い掛けてくる。この真面目さ、アースに似てるな…。
「ううん! なんでもないの! 風待さんに何かあったのかも? あたしたちも風待さんのフォローに――」
「いえ、まひるさん! 動かないで!」
物陰から飛び出して行こうとしたあたしをシルフィが必死な声で呼び止めた。彼女の視線の先に目を向けると今まで静かに佇んでいただけだった電神たちが低い音を上げながら一斉に起動し始めていた。
「…あ! 動き出した……! こっちに来る!?」
「どうやらこのサイレン……先に見つかったのは私たちのようですね。さっきの《精霊の泉》の件で少し騒ぎすぎたかしら……。まひるさん、魔力の集中を」
シルフィは声のトーンをいつもより落とし、あたしに聴こえるくらいの大きさで呟く。そして真面目な顔をしたまま「てへ」とでも言わんばかりに小さく舌先を出して見せる。
あたしはその顔に吹き出しそうになりながらも、左腕のボーガンにそっと右手を添え、心を落ち着かせる努力を試みる。
(大丈夫……。風待さんならきっと無事に戻って来てくれる。だからウィンド、みんなが無事にここから出られるようにしてみせるから、心配しないで?)
あたしは逸る心を何とか自制し、精神を集中させる。この電神に生身で太刀打ちできるとしたら、やはり先も言っていたウィンドが遺してくれた《一陣の風》しか無いだろう。
あたしが履修したクラスの《ハンター》より上の、履修していない最上位クラス《スナイパー》。そのスナイパーの最終奥義とも言える技が《一陣の風》だ。
基本レベルだけならかなり高いはずだけど、修得してないクラスの技を使うには一体どれだけの呪文詠唱が必要になるのだろう。
あたしは左腕をそっと前に突き出し、距離にして約一〇〇メートル、一番手前に迫りくる電神の頭部に狙いを定めた。
「ウィンド…あなたが残した追い風を、この矢に託すよ……」
あたしは目を瞑り、ぐっと奥歯を噛み締めそう呟き、続けて詠唱を始める。
「豊楽なる風の申し子よ、超然たる癒しの風よ。光の矢となり、駆けよ疾風、導け追風――」
あたしはアウマフを喚ぶ時と同じくらいの文字数の詠唱を試みる。するとボーガンが薄っすらと碧色に発光したかと思えば、その弓に一筋の矢が渦を巻く気流の中から精製され装填された。
あたしは驚きながらも横にいるシルフィに顔を向ける。シルフィは真剣な顔で無言のまま力強く頷いてくれた。それが、開戦の狼煙……!
「《一陣の矢》!」
左腕から放たれた超速の矢は狙いを定めた電神の頭部を見事貫いた。
だが、電神はバランスを崩しただけで致命傷になっていない。プレイヤーが乗っていない分、どうやったら動きを止められるのか!?
攻撃を受け、あたしたちに狙いを定めた電神が再びゆっくりとこちらに体を向ける。
「まひるさん、次弾を! 今度は私もアシストします。二足の電神は膝を狙ってみてください」
そう言ってシルフィがあたしの左肩に手を置く。あたしはハッとし、急いで詠唱を始める。今度はさっきよりもう少し短く試してみよう!
「光の矢となり、駆けよ疾風、導け追風――《一陣の風》!」
出たッ! 無音にも近い光の矢が先程と同じように超速で電神目掛けて飛んでいく。
だが、しっかり照準できていなかったのか、狙った右膝より右に逸れた!
外したッ!!
そう思った時、あたしの左肩に置かれた手に力が入り、あたしの肩を軽く握った。すると逸れていた矢は大きく弧を描き軌道を変え、電神の右膝の側面から左膝までを撃ち抜いたのだった。両足の関節を破壊された電神は崩れ落ち地面で腕だけを動かす木偶の坊と化した。
「シルフィっ!? 今のは!?」
直ぐ横のシルフィの顔を見ると彼女は少し疲弊したような顔で笑顔を作り、あたしに向け微笑んで返してくれた。
「私にも先の泉から精霊の加護のようなものが備わった気がして……。試してみたら、できました」
その健気な笑顔と心にあたしは強く胸を打たれ、シルフィに抱きつきたくなるも、それを必死に堪え彼女の顔を見て深く頷いた。
「まず一体……。さあ、まひるさん。風待が戻ってくるまで持ち堪えてみせますよ…!」
「ッ……うん! ありがとうシルフィ!」
あたしはシルフィにそう返し、彼女からもらった勇気と心強さで再び眼前に迫る電神の群れへと向き直った。
【次回予告】
[まひる]
もう! 何人同じ名前の人が出てくるのよ!
最初に《サニー》って聞いて
“あたしのことかも!”って思ってたのが懐かしいよ!
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第六十五話「新たな力」
…これが、《バリオスの門》…!?




