第六十二話「ゲームの中のリアル」
シルフィは一度目を瞑り、深呼吸をした。次の瞬間にはピンク色の可愛いらしいドレスはスッキリした清楚な軽装鎧に変わっていた。
「…まひるさん、ありがとう御座います。ですが、あの……私自身、自分の力で外見は如何様にも変えることが出来るので…」
シルフィは少し申し訳無さげな顔をあたしに向け言った。
「うん! その格好も可愛いね! シルフィはそういうのが好きなんだね。ごめんごめん」
「いえ! 折角ご用意して頂いたのに、私の方こそ先に言わずに済みません」
何だかんだであたしたちは女子トークに花を咲かせていた。
「装備は相川さんが整えてくれたし、後は各自判ったことを報告していこう」
風待さんが今来たばかりのダイタニアについて、ゲームの仕様と地球の基準に照らし合わせ検証した事柄を話しだした。
「まず、腕時計は普通に動いている。ダイタニアにおいても地球と同じに時間が進んでいることを考えると、ゲームと同じように一日は二十四時間だろう。天体は太陽以外はオリジナルだが、太陽を一つにし、自転周期も同じに設定してあるせいで二十四時間で昼夜が一周する。ここは地球と同じだから違和感はないと思う」
風待さん、そんなとこまで見ていたんだ。
「次に、スキルについて。俺は水の精霊と契約していて試したところ水属性のスキルも使えた。相川さんはどうだい?」
風待さんがあたしに話しを振ってきたのであたしは咄嗟に幾つかスキル詠唱を試みる。右手を前に差し出して意識を集中し、最小限の詠唱でスキルを口にした。
「《風の刃》! 《土の針》! 《水の弾丸》! 《炎の矢》!」
宙に翳したあたしの右手には何も起こらず、あたし自身も今更ながらにショックを受けた。
それを見て風待さんが、
「無属性のスキルはどうだい? バフやデバフ、バインド系とか」
と言ってきたので、あたしはがむしゃらに頭に浮かんだスキルから詠唱した。
「《光鎖拘束》! 《円形障壁》! 《速射撃ち》!」
あたしの右手から光の鎖が射出され、周囲には半円状のバリアが張られ、左腕のボーガンからは鋭い一撃が発射され地面に突き刺さった。
あたしは必死だったのもあり、少し肩で息をして、
「…どう、でしょうか?」
と風待さんに尋ねた。
「うん、属性スキルはやはり使えないみたいだね。無属性スキルなら問題なく使えてる。相川さんは精霊と再契約する為の《精霊の泉》も探さないとならないし、もし《バリオスの門》を見付けられたら電神だけでも先に入手しておくのもアリかな」
風待さんはゲーム内の固有名詞を使って、あたしの状況を分析してくれる。
「…《精霊の泉》も必ずまた見付けます……!」
あたしはその言葉を聞き自分でも表情が強張るのが分かった。
「あの、風待…」
すると先程まで黙って事の成り行きを見守っていたシルフィが風待さんに話し掛けた。
「ん? なんだ?」
「その、《バリオスの門》と言うのは? 私でも知らない言葉だったので」
シルフィが風待さんに聞き慣れない言葉を尋ねた。そう言えばあたしも聞いたことがない。
「《バリオスの門》はゲーム中じゃ出てこない言葉で、世界観の裏設定みたいな話でさ。ダイタニアに存在する《電神》は一体誰が作り何処から来たか考えたことがあって、これまた適当な設定なんだが、異界に繋がる門があってそこから転送されてくるって設定を昔ドックと話したことがあってね」
風待さんの話を興味深げに聴くシルフィ。
「その門が、《バリオスの門》……」
「そうだ。俺の思考までSANYにはダダ漏れだったんだろ? だとしたらあいつが《バリオスの門》の設定を使って実際に電神が出て来る場所があるかも知れない。これから先何が待ち受けているか分からない。戦力が増強出来るならそれに越したことはないだろうさ」
「そうですね。私も勿論、協力させて頂きます」
シルフィは、あたしが知っていた記憶の中よりもずっと前向きで明るい表情で風待さんの言葉に応えた。
「さて、次の問題だが……フレンド機能は使えなくなっている。よって手代木さんや飛鳥君が今どこにいるのかは分からない。そして外のドックたちとの通信も途絶えた。更にこれもさっき試したが《瞬間転移》も使えなかった…」
「え…?」
あたしは風待さんの言葉に耳を疑った。
「《瞬間転移》が使えないとなると移動に時間取られそうですね…」
「そうだなあ。まずは俺のダイテンマオーで移動しながら人がいる街や村を見付ける。そこで情報収集しながら地道に足で探していくことになりそうだ…新たに自力で行った場所には《瞬間転移》が使えるといいんだが……」
風待さんの言葉を聞いたあたしは
「まずは動きましょう! そうすればきっと何か見つかります!」
とはっきりとした口調で風待さんの発言に割って入った。
「そうだね。無闇に悲観的になっても仕方ない。ダイテンマオーを出す! 二人共、乗ってくれ!」
風待さんもあたしの発言に同意してくれて、再度電神を召喚し、馬型の高速機動形体へと変形させた。
漆黒の鉄の馬がダイタニアの大地を蹴り、物凄い速さで疾駆する。
ダイタニアのマップは広大でAIが生成していたのもあり、まだダイタニアの全ての地を踏破した者はいないとされていた。
最初に降り立った場所もそうだが、今見えている地形や景観も今までのプレイでは見たことのない場所だった。
せめて、“始まりの街”と言われる《王都サンダイア》からのスタートであれば、道成も分かると言うものだったのだけれど……
あたしはゲームの記憶を呼び覚ましながら今のこの現状と照らし合わせる。
(先行きが分からない時こそ、物事は前向きに考えなくちゃ、拓ける道も拓けない!)
あたしは自身に《視力増強》のスキルを掛け、ダイテンマオーのコクピットから遥か先の地平に目を凝らした。
『超次元電神ダイタニア』
第六十二話「ゲームの中のリアル」
テンマオーを駆って荒野を進むあたし達。
眼前には草木一本生えていない荒れ果てた大地が果てしなく続いていた。
ダイタニアには、地球には存在しない植物や動物が生息している。その全てがAIにより生成されているのだけれど、この荒野は今まで見たどの場所とも違っていた。
まるで、“何か”によって生命が全て絶たれたかのような……そんな印象を受けた。
そんな荒野のど真ん中に、ポツンと人工物と思われるものが姿を現した。それは石で出来た巨大な門だった。
テンマオーはその石門に近付き、ゆっくりと速度を落としながら停止した。
「……門、だな…」
風待さんが辺りを警戒しながら呟く。
「はい…これがさっき風待さんが言ってた《バリウムの門》ですか?」
「《バリオスの門》ですよ、まひるさん」
あたしの言い間違いにすかさずシルフィが小声で声を掛けてくれた。
「そ、そう! 《バリオスの門》! あはは…」
あたしは照れ笑いをして誤魔化した。
風待さんはフッと笑顔であたしたちに振り向き
「いや。俺も設定を考えただけで、実際デザインはしてないしなあ…これがその《バリオスの門》かは分からない」
と優しい口調で言った。
「それより、おかしいとは思わないか? ここまでかなりの距離を移動して来たはずなのに、未だモンスターどころか人一人見当たらない……」
風待さんは荒野の荒地を見渡しながら呟いた。
「確かに、そうですね……」
あたしは風待さんの言葉に肯定の意思を示す。
シルフィも不安げに周囲を見回していた。
「……取り敢えず、少しこの石門を調べてみよう」
「分かりました!」
あたし達はテンマオーから降り、ダイタニアで初めて見る人工物に興味をそそられながらゆっくりと石の大門に近付いた。すると突然その巨大な石門の扉が音もなく開いたのだ!
「きゃッ!!」
あたしの心臓が一瞬跳ねる。
「なんだ、これは? シルフィ、何か知っているか」
風待さんは咄嗟に腰の刀に手を掛けながらシルフィに声を掛ける。
「いえ、私も初めて見ます…」
シルフィはそう答えると真剣な眼差しで石門の中を見つめ警戒態勢をとった。
開いた石門の隙間から見える先は地表とは違う空間が続いていた。
「ダンジョンの入り口、でしょうか?」
あたしは恐る恐る風待さんに話し掛けた。
「可能性はあるね。だが、今はダンジョン探索をしていられるほど暇じゃない。かと言って、これが《バリオスの門》だったり、仲間を救う手掛かりに繋がらないとも言い切れない……」
風待さんは難しい顔をして思案していた。そこであたしは
「迷った時は、何事もやった方がいいです! やらないで後悔するより、やって後悔する方があたしはいいです! この奥に行ってみましょう風待さん!」
と風待さんに提案した。
「でもそれは、浅慮というものではないのでしょうか?」
「ゔッ!」
あたしの考えなさにシルフィが厳しいツッコミを入れてきた。痛いところを突かれ、あたしは喉の奥から変な声を出してしまった。
そのやりとりがおかしかったのか、風待さんが珍しく声を出して笑って
「ふふ! そうだな、やれることをやらないのはよくない。ありがとう相川さん」
何故かあたしにお礼を言ってきた。
「へ?」
あたしは何かお礼を言われるようなこと言ったかなと思いながらも、また変な声を出してしまった。
「よし! 戦闘態勢をとってこの石門の中を探索しよう。なあに、高レベルプレイヤーとSANYの片割れがいるんだ! 直ぐに攻略して出て来られるさ!」
風待さんが珍しく楽観的なことを言い始めた。
この石門はあたし達の希望に繋がるものなのだろうか? そうであって欲しい!
あたしとシルフィは二人で顔を見合わせると、何故か自然に笑顔が込み上げて来た。
「はい!」
あたしは元気よく返事をすると、《ウィンドのクロスボウ》をアイテムボックスから喚び出し颯爽と左腕に装着した。
石門を潜ると、そこは人工的な作りの石壁の通路が奥まで伸びていた。
「ダンジョン、だな……」
風待さんが呟く。
「はい…」
あたしもそれに相槌を打つと、シルフィが何かに気付いたのか声を上げた。
「あ!」
「どうかしたシルフィ?」
あたしがシルフィに尋ねると、彼女は少し周りを気にしながら、
「精霊溜まり…《精霊の泉》の反応があります……この奥です」
と言った。あたしは直ぐに笑顔で風待さんに振り向くと彼も頷き、
「幸先いいね。何でもやってみるもんだ!」
と、シルフィを案内役にあたしたちは通路を奥へ奥へと歩を進めた。
暫く進むと正面に大きな扉が現れた。
シルフィはその前で足を止めると、その場で右往左往し始める。
「どうしたの?」
あたしが尋ねると彼女は申し訳なさそうに
「すみません。この扉のロックを解除するには《山賊の鍵》か、《解錠》のスキルが必要みたいです……」
と答えたのだ。アイテムはロストしてしまっているので鍵は持ち合わせていないし、《解錠》もあたしの今までのジョブでは修得していない。
そんな頭を悩ませるあたしの横を風待さんが通り過ぎ、扉の前で右腕を翳した。
「《解錠》だな? そら、開いたよ」
翳した風待さんの手の先の扉からカチリと鍵穴が回る音がし、扉は独りでに開きだした。
「えぇ!? シーフ系もプレイしていたんですか?」
あたしは思わず驚きの声を上げた。
「あー、いや。進一…ザコタと言おうか。俺とザコタはゲームデータがリンクしていてね。あいつが使えるスキルは俺も使えるんだ。向こうさんも然り」
風待さんは振り返りニッと微笑みながらあたしに言う。
あたしは何だか管理者特権のチート技みたいだなあと思いながら、
「なるほどー」
と相槌を打った。
そして風待さんはそのまま先頭に立って扉を押し開き中へと入って行く。あたしたちもそれに続き部屋の中へと入った。
そこはまるで巨大な神殿のような場所だった。石壁に囲まれた広い空間の最奥には祭壇があり、その祭壇の上には何か大きな石像が置かれている。今のところ視界に入る人影はない。
シルフィが一歩前に出てその石像を指差しながら、
「あそこ、《精霊の泉》です。それも、かなり濃い…!」
と真剣な顔付きで言った後あたしの顔をチラリと見た。
「うん。行こう!」
あたしは同じくシルフィを見て頷きながら石像に向け歩を進める。
石像の前まで来たあたしはそれを見上げた。ローブを纏った女性が両手を胸の前で合わせ祈っているかのような像だった。その姿に何故だかあたしは暫し見惚れて言葉を失い見上げていた。
「ここ。この祭壇の辺りが一番魔力が濃いです。この濃さ……おそらく、四精霊全てが揃っている…」
シルフィの言葉でハッと我に返ったあたしはシルフィが言う方に視線を向ける。するとそこにはゲームで何度か目撃したことがある《精霊の泉》の蒼く歪む大気のエフェクトが見て取れた。しかも、四精霊全てが揃ってるって言った?
「上手くいけば一度に全ての精霊と再契約できるかも知れないな! これはついてる!」
風待さんが少し興奮した様子で言った。
確かにこれはついてる! あたしはこの偶然の恩恵を有り難く受け取ることにした。
「では、早速再契約しましょう」
シルフィも少し興奮して風待さんに続くように祭壇に登ろうとあたしに顔を向けた。
あたしは無言でシルフィに頷き返して祭壇の前に来た。
「…すぅー………はぁ〜〜〜…」
あたしは一つ大きく深呼吸をする。ここにきて緊張しているのだ。またみんなに会えるかも知れない。いや、絶対に会いたい! でももし、失敗するようなことがあったら…
あたしの脳裏にネガティブな想像が湧いてくる。それをどうにか意思を強く持ち打ち消す。何度も、何度も。
(……よしッ!)
あたしは意を決し、
「いきます!!」
と自分の頬を両手で軽くパンッと叩いて気合を入れ直した。
そんなあたしの行動をシルフィは不思議そうに見ていたが、風待さんはそんなあたしに微笑んで頷いてくれた。
《精霊の泉》の前へと立ったあたしはその蒼く淀む大気へ向かい話し掛けた。
「あたしは相川まひるです。ダイタニアの中じゃサニーって名前だったの。覚えてるかな?」
熱い思いが込み上げてくる。何故だか目頭まで熱くなってきてしまった。
「…アース、ウィンド…ぅぐ、マリン? ファイアぁ? ……みんな……うぅ……」
鼻声になりつつ、あたしの呼び掛けに精霊たちからの返事はない。
「みんなとまた一緒にいたい……お話ししたいよぉ……ねえ、お願い……ッ!」
涙が堪えきれず溢れてしまった。それでもあたしはもう一度《精霊の泉》に向かって話し掛けた。
「……ぅう……おねがぃ……戻ってきて」
その時、大気の蒼い揺らぎが一層濃くなったかと思うと、その蒼く淀む大気の中から小さな光が現れゆっくりとあたしの前に降りてきた。
あたしはそれを手で掬おうと掌を胸の前に翳したが、その光はあたしの手に触れる直前で踵を返し、素早く元の淀みの中へと戻ってしまった。
「あっ!?」
あたしは希望の光に見えていたそれが消えてしまったことでショックを受ける。あたしの肩が落ちたことに気付いてか、シルフィが横まで来て片手であたしの肩を掴み、もう片方の手を《精霊の泉》に向かって伸ばした。
「シルフィ?」
不思議に思ったあたしはシルフィの顔を覗き込んだ。すると彼女は両目を閉じ、真剣な面持ちで何やら集中している様子だった。
『……精霊よ、何故この方の呼び掛けに応えないのです』
シルフィは言葉で話し掛けるではなく、まるで《精霊の泉》に向かって直接念話を送っているかのように話し掛けた。
『え? そう……そう……分かりました』
シルフィは宙に掲げていた手を下げると「ふう…」と一息つき、あたしの方へ振り返った。
「今、ここにいる精霊に聴いてみました。彼らには意思がないので聴くと言うより、感じるといった感覚の方が近いのですけど…」
彼女は少し口籠りながら言う。
「それで、精霊はなんて?」
あたしはシルフィに答えを促した。彼女はコホンと軽く咳払いをすると再び口を開いた。
「まひるさん。貴女は既に精霊と契約されているので、これ以上の契約は出来ないとのことでした…」
「えっ!?」
シルフィの言葉にあたしは目を見開いて驚きの声を上げた。そして直ぐに風待さんの方に振り返り彼の顔を見た。彼は静かに首を左右に振り、「俺にも分からない」とだけ言った。
「そんな……」
あたしはその場にへたり込んだ。
「精霊と契約出来ないってことは……あたし、もうみんなに会うことはできないの?」
あたしの目から涙が溢れ落ちそうになる。
そんなあたしをシルフィは優しく慰める様に肩を抱いてくれたが、その優しさが余計に辛かった。
「…いえ、まだです。現在契約しているとここの精霊には認識されています。それは裏返せば、まだまひるさんとあの四精霊の絆が絶たれていない証拠でもあるのかも知れません。何か、思い当たることはないですか?」
そんなシルフィの問い掛けにあたしは涙を拭いながら思案する。
「えっと、みんなが持っていた物を持ってきていたんだけど、それらは何故かダイタニアに来ても消えずに残ってる。ウィンドのクロスボウでしょ? マリンのスタンガンに、ファイアが大事にしていた髪留め、アースのリボン…」
あたしはポシェットから取り出し、シルフィに見せた。シルフィは興味深げに見ると、少し微笑みながらあたしの顔を見て言う。
「それらには精霊の加護が宿っています。ですので、まだまひるさんとあの精霊たちとの縁は切れてはいないということです」
シルフィはあたしの話を聴きながら推論を述べた。その推論にあたしは希望を取り戻すことができた。
「まだ……切れてない……」
あたしは呟くようにそう言うと、再び顔を上げ祭壇の上に掲げられた石像を見上げた。
『私たちはあなたを見守っています』
そう聞こえた気がした。いや、確かに感じた!
「……ありがとう!」
あたしは思わず声に出ていた。
それを聞いて風待さんが少し微笑みながらシルフィに言う。
「さあて、どうやったら再契約出来るのか手掛かりはないのかシルフィ?」
そんな風待さんの問いにシルフィが答える。
「再契約、と言うか、この場合“人の姿への再顕現化”と言った方が適切かも知れません。“願いが力になる”世界です。再び会えることを強く願いましょう」
シルフィがそう言い終えると風待さんが「そうだな」と相槌を打った。そして続けてあたしに言う。
「相川さん、俺はこのゲームの設計者だが、彼女たちを“再顕現化”させる術は知らない。それでも願うことくらいは出来る。だから、希望を持って、笑顔でいてくれ」
そう言ってあたしの肩を優しくポンと叩く。あたしはその優しさにまた少し泣きそうになったがグッと堪えた。
「はい! もう大丈夫です! ありがとうございます! みんなとの縁がまだ切れてないって分かっただけでも大前進です!」
あたしはそう言って風待さんに向かってニッコリと微笑んだ。
「うん、いい笑顔だ」
風待さんもそれに笑顔で答えてくれた。
そして彼は直ぐに真面目な顔でシルフィに向き直ると、
「それと、だな……感じているかシルフィ? 君たち二人が祭壇を調べている時に周囲に《範囲探知》を仕掛けておいたんだが、反応あり、だ」
と、風待さんが言う。それに対してシルフィも真剣な面持ちで頷いた。
「はい、私も感じていました。敵……ですね」
二人にだけ分かる何かがあったのだろうか? そんな二人の顔を交互に見ながらあたしは尋ねる。
「どうしたんですか?」
あたしの問いに二人ともすぐに答えてくれた。
「まひるさん、このダンジョン内に敵対反応があります。人か、モンスターかは分かりません……近付いて来ています…!」
最初に口を開いたのはシルフィだった。そしてそれに続いて風待さんも口を開いた。
「うん。ここにはやたら純度の高い《精霊の泉》があった。それにこの閉鎖空間……餌で誘き寄せて狩るには絶好の場所だ…」
風待さんはここで一旦話すのを止め、あたしたちに問い掛けた。
「で、どうする?」
彼はあたしに尋ねる。シルフィはと言うと、あたしが答えるのを待っているようだ。
そんな二人の真剣な視線に少し戸惑いながらあたしは答えた。
「……えっと……モンスター? が近付いて来ているなら……迎え撃ちます!」
あたしの答えを聞いた風待さんがニヤリと笑い言う。
「よし…じゃあ、いっちょやってやるか!」
そして風待さんは祭壇から降り両手にショートソードを構えた。あたしとシルフィは祭壇を背にしてクロスボウとスキルで迎撃態勢をとる。
「……ッ」
息を殺し、耳を澄ます。
ゴクリと唾を飲み込む音がやけに大きく耳に響く……
すると、突如その静寂を破るかのように祭壇の正面の壁が轟音を立てて崩れ落ちた。そして崩れた壁から幾つもの影が現れた!
そこに群がって現れたのは、武装した人たちだった。
ヒューマンにエルフ、ドワーフや獣人、様々な種族が入り混じっている。十、二十……五十人はいるだろうか。
「お前たち、《遊戯者》だな!?」
先頭の黒ずくめのヒューマンの男が叫ぶ。
「プレイヤー!? どういうことだ?」
風待さんが男に負けないくらいの声で叫び、武器を構え彼らを迎え撃つ態勢をとる。
けど、人が相手なんて……
「お前たちに恨みはないが、《遊戯者》は捕らえろとの上からの命令なんでな。おとなしくしてもらおう」
黒ずくめの男はあたしたちに向かってそう言うと、手を大きく振りあげた。
「いけ!」
「ダメっ!!」
男の声とあたしの声が重なった。あたしはそのまま今にも飛び出そうとしていた風待さんの前に割って入り、先頭の男を睨み付けた。
男の号令よりあたしの声の方が大きかったからなのか、向こうの大群は勢いを削がれ、襲いかかっては来なかった。
風待さんも武器を構えたまま不思議そうな顔であたしの顔を見ている。
辺りが一瞬あたしの声で静まり返った。そして、その静寂を最初に破ったのは黒ずくめの男の方だった。
男はあたしを見て少し驚いたような顔をした後、
「…何が、駄目なんだ?」
と呟いた。あたしはそんな男に向かって叫ぶ。
「お互い人同士です! 襲いかかる前に、まずは話し合いでしょう!?」
あたしのその言葉に男は少し驚いたような顔をした。そして直ぐに笑い出す。
「…話し合いであいつをどうにか出来るなら俺たちもここまで落ちぶれていない……」
男はそう言うと再び手を大きく振りあげた。するとそれに呼応して後ろの黒ずくめたちが一斉に武器を構える。
「待って! これも上からの命令って言ってたけど、その上の人って誰なの!?」
あたしは武器を下ろしたまま、黒ずくめたちに向かって叫んだ。
「ふん、決まっているだろう?」
男は鼻で笑いつつ、
「《サニー》だよ」
と、ハッキリ言いきった。




