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超次元電神ダイタニア  作者: マガミユウ
60/65

第六十話「昊天に葬送曲は響かせない」

【登場キャラクター紹介】


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

 今あたしとシルフィ、風待(かざまち)さんの三人は千葉県北部にある印旛沼まで来ていた。

 あたしのわがままで作戦前だと言うのに風待さんの《瞬間転移(テレポータル)》で連れてきてもらったのだ。シルフィも《瞬間転移》で連れて行けると言ってくれたのだが、風待さんに話すと自分も同行したいと言ってきたので、三人でこの決戦が行われた地まで来ていた。


 あたしは陽に照らされた湖面の眩しさに目を細くしながら湖全体を見渡した。

(…ここで、マリンが……)


 ダイタニアのプレイヤーの行為は地球の物質に干渉することは出来ない為、周囲の景観が損なわれるようなことはないのだが、本当にこの場所で、マリンが消滅しなければならない程の激しい戦闘が行われたのだろうか……

 あたしは上着のポケットからマリンのスタンガンを取り出して目を閉じ、そっと握り締めた。


「…マリンさんは流那(るな)さんと共に、私の仲間のディーネと戦いました。ディーネは私でも手を焼く程の天邪鬼で……」

 横でシルフィが囁いたその言葉に、あたしは思わず目を開けた。

(あたしだけが、仲間を失ったわけじゃない……シルフィだって…)

 あたしはそっとシルフィの顔を見る。そのシルフィの辛そうな顔を見たら、あたしの溢れかけていた涙は今ここで溢してはいけないような気がして、あたしは必死に涙を堪えた。


「……ごめん、マリン。もっと早く来てあげられなくて。流那ちゃんを護ってくれて、あたしたちの未来を繋いでくれて、ありがとう……!」

 あたしはそれだけ言葉にするのが精一杯で、それ以上何かを言おうとするならば大声上げて泣き(わめ)いてしまいそうで、大量の空気と共にそれを飲み込んだ。


「必ず、また会いに行くから……」

 それだけ言って、あたしは二人に振り返り次の場所へと向かった。



 ――八千代広域公園。

 ファイアが消息を絶ったという場所。

 辺りは深い森と丘陵地帯が広がっていて、開発が進んだ東側とは打って変わり自然が多く残されていた。


「ファイア君は飛鳥君と共に戦っていたが、何か考えがあったのだろう。“必ず勝つから”と言い、飛鳥君を先に行かせたと聞いたよ…」

 風待さんがそう教えてくれた。

「……」

 あたしは何も言えずに、ただその森と丘を見つめていた。

「……ファイアさんと対峙したのは《電脳守護騎士(ダイタニアンナイツ)》一の防御を誇るノーミーとその電神(デンジン)、ミングニング……死力を尽くした二人は、最後は電神を降り、自らの肉体のみで決着をつけました…」

 今度はシルフィがそう呟いた。

「……」

「そして、この森で……二人は……っ」

 シルフィが言葉を詰まらせた。その続きは聞かなくとも分かった。あたしはシルフィの背中をそっと撫でる。

「自己顕示欲が強く高飛車な子でしたが、それでも、可愛い仲間でした…」

 あたしはシルフィの言葉に胸を詰まらせる。

「お互いに、記憶や感情をもっと早く取り戻してたら、こんなことにならなかったのかな……ファイアもね、とっても可愛い女の子だったの……その子とも、もしかしたら友達になれてたのかな…」

 あたしはシルフィにそう言って、足元に視線を落とした。

「そうかも、知れませんね…」

 シルフィはそう言ってあたしの横で立ち尽くしていた。

 あたしはしばらくそのままの姿勢でいた後、ゆっくりと顔を上げた先に何か光る物を視た。


 その光に吸い込まれるようにあたしは徐ろに歩を進めた。

 樹の根元、幹と根のくぼみにそれはあり、木もれ陽が微かに反射し煌めいていた。

「あ…あ、ぁ……」

 ゆっくりと手を伸ばし、あたしはそれを両手で包みこんだ。


 それは、ファイアお気に入りの髪留めだった。


「ファ、イアぁ……ッ!」

 あたしはその場に蹲り、髪留めを掴んだ両手を祈るように胸の前で固く結んだ。

 またも涙を零すまいと必死に目を閉じる。胸の奥だけが熱く熱く滾る。

(…ファイア……今どこにいるの? 早く会って、このお気に入りの髪留め返さないとね……)

 あたしは目を閉じたままゆっくりと立ち上がり、次の目的地に連れてって欲しいと二人にお願いをした。



「ここは…!?」

 次に《瞬間転移(テレポータル)》で移った所にはあたしがよく知る風景が広がっていた。

挿絵(By みてみん)

「船橋? しかもあたしの職場の近く…」

 驚いているとシルフィが声を掛けてくれた。

「ここで、ウィンドさんとサラが初めて交戦しました。ウィンドさんは一人残りサラを食い止めると言われて、他の皆さんを先に進めたのです…」

(あの幼くて可愛いウィンドが? あの子は元々前に出ようとはしない子で、一歩引いたところで冷静に状況を観てるようなところはあったけど……それにしても…一人で残るなんて……)


 あたしにはウィンドの覚悟がどれ程のものだったのか検討がつかない。それ程までに、あの子は大好きなみんなを護りたかったんだ……

(…職場のこんな近くで、ウィンドが、戦ってくれていただなんて……あたしは、何もしないで、思い出しもしないで……それでも、ウィンドは、あたしを護ってくれてたんだ……)

 それを考えただけで息が詰まりそうになる。胸が張り裂けそうになる!

「…ウィンド……ッ! そんなのって……ッ」

 シルフィはずっとあたしの横にいてくれて、同じ痛みを分かち合ってくれている。今彼女が流してくれている涙には、きっとあたしの涙と同じだけの想いが込められているのだろう。


「…ウィンドさんが単騎で残ったからこそ、《異界の扉》の破壊が成功したと言っても過言ではありません。皆さんの大学への到着があと少し遅れていたならば、私は《天照(アマテラス)》を出てカミオカンデに向かっていました。そしてアースさんがやったように直接電力を奪い、七時を待たずして魔法陣を完成させていたでしょう」

 それを聞いた風待さんが少し眉をひそめてシルフィに問う。

「じゃあ、(はな)から七時まで待つ気はなかったんだな?」

「私たちが人間と約束をしたとして、それを守る義務も利点もない、と、あの時の私なら考えたでしょう…」

 シルフィは一言ずつゆっくりと言葉を紡ぎ出す。それを聞いたあたしは

「シルフィ? 一応、()()違いますって言っといた方がいいよ?」

 と、シルフィの耳元で言った。あたしは何でも正直に話すシルフィのことが少しおかしくなり助言をしてみた。

 シルフィはあたしを一瞥すると風待さんに向き直り、

「今は違います」

 と、取って付けたように真顔で言った。そのやり取りを見て風待さんも苦笑した。


 シルフィが何か気配を感じたのか、突然明後日の方向に顔を向けた。

「………」

「シルフィ、どうしたの?」

 シルフィは黙ったままその先を見つめている。

「僅かですが、魔力の残滓を感じます…付いてきてください」

 そう言ってシルフィが先導して歩き出した。あたしと風待さんがそれに続く。


 暫くしてシルフィの足が止まった。

 そこは何の変哲もない街の一角にある公園だった。

挿絵(By みてみん)

「あ、ここ。偶にお昼休みにお弁当食べたりする公園だ」

 あたしがそう言うと、シルフィと風待さんもあたしに続いて公園を見渡した。

「あそこ……あの木漏れ陽が射している木々の下……」

 シルフィが何かに気づいたようにそう呟き、あたしはそちらに視線を移した。そこには――


 それを視界に捉えた瞬間、あたしは目を見開いた。

「結晶化、している? あれは…?」

 シルフィにはあれが何かまだ分からないらしい。

「《精霊の泉》…? いや、違うな……」

 風待さんもやっぱり分からないみたいだ。

 あれは――


 あたしはそれにゆっくりと近付き、その前まで来て膝から地面に崩れ落ちた。

挿絵(By みてみん)

「……ウィンドの、クロスボウ…………」

 盛られた土の上に立てられたクロスボウは、まるで、墓標のようだった。

 あたしの後ろから二人の声が聞こえた。

「まさか、ここで、ウィンド君が……」

「…恐らく。サラが建立したのでしょう……」


 あたしがその緑色に光る宝石のようになったクロスボウに手を伸ばすと、手が触れるか触れないかの距離で硝子のような音を立て粉々に砕け散った。

 砕けた破片は粒子となり風に巻き上げられる。その緑色の風はあたしの左前腕にまとわり付き、元のウィンドのクロスボウに戻り装着された。

「!…………」


「…まひるさん、それはもしかして、ウィンドさんの……先程まで感じていた魔力の残滓をその弩弓から微かに感じます」

 シルフィがあたしに声を掛けてきたが、あたしはまだ反応できず呆然としていた。

(……お墓………お墓………ウィンド、の………?)


 あんな小さな子がお墓に入るの?

 ウィンドだよ?

 あんなに可愛いウィンドなんだよ?

 ダメ、絶対ダメ……

 こんなこと、絶対にあっちゃダメ…!


「まひる、さん…?」

 シルフィが心配してか、あたしの肩に手を触れようとした。

「……ッ!!」

 あたしはその手を反射的に振り払った。

「あ…! 大丈夫、ですか? まひるさん…」

 シルフィはあたしに触れようと伸ばした手を引っ込めて困惑していた。

「ご、ごめん……でも」

 あたしがそう言うとシルフィがあたしに抱きついてきた。

「貴女の悲しみ、私が受け止めます…! ですから、今は我慢しないで…ッ!」

 抱きしめてくれているシルフィの両腕に力が込められる。突然のことと、まだグチャグチャな思考だったこともあり、余計なことが考えられなくなっていたあたしは――


「ごめん、ごめんシルフィ……泣いても、いい?」

「はい!」

「シルフィだって、悲しいのに、あたしだけ泣くのは、違うかなって…」

「いいえ、一緒に泣きましょう……」

「うん……ごめん、ごめんね……う、ぅえぇえ……ぅわあぁあぁぁぁああーッ!!」

 それから暫くあたしは堰が切れたようにシルフィに抱きしめられたまま泣いた。その間シルフィは涙を流しながらずっとあたしの頭を撫でてくれていた。



「ぇぐっ、うぅ…」

 あたしとシルフィは公園のベンチに隣り合って座っていた。あたしはまだ涙が止まない。

 そこへ風待さんが自販機で買ってきてくれたのか、冷たいミルクティーをあたしたちに差し出してきた。

「どうぞ」

 風待さんはそれだけ言うと、またあたしたちから背を向けて少し離れたところに立つ。あれが彼なりの気の遣い方なのだろう。あたしは折角頂いたミルクティーの缶を開けた。


「ありがとうございます。いただきます」

 シルフィと一緒にミルクティーを一口すする。まだ少し腫れぼったいまぶたに冷たくて甘い液体が流れ込み、少しだけ目が覚めた気がする。

「…少し、落ち着きました?」

 あたしの様子を見ていたシルフィがそう聞いてきたのであたしは小さく頷いて返した。

「……ありがとう」

「いえ……貴女の悲しみを少しでも分けてもらえたなら、私も嬉しいんです」

 そう言ってシルフィは優しく微笑むとあたしの涙をハンカチで拭いてくれた。

「今の私は、生死の道徳と倫理観は持ち合わせているつもりです。浅岡陽子さんの人生がそれを教えてくれました。ですから、命は尊い……例えそれが、精霊であっても…」

 シルフィは涙に濡れた瞳で真っ直ぐあたしの目を見つめてきた。


「まひるさん、貴女の人を思い遣れる優しさはとても素晴らしい。貴女の優しさは無機物だった精霊に意志と自我を与え、肉体まで顕現させてしまえるほど、とても大きな力です」

 シルフィは突然壮大にあたしを褒め始めたのであたしは思わず狼狽えた。

「な、なに突然? どうしたの?」

 あたしが聞くとシルフィはふっと笑って言葉を続けた。

「やはり貴女は選ばれた存在のようです」

「選ばれたって、誰に? あ! 《勇者》とか言うアレ?」

 戸惑うあたしの言葉にシルフィは穏やかに空を見上げて言った。

「…世界に選ばれた《ゆうしゃ》……そうですね、《()()》……まひるさんを呼ぶにはぴったりの言葉かも知れません……この先きっと、貴女の優しさが世界を救ってくれると信じています」

「へ? あ、あたしはどこにでもいるような平凡な事務員だよ? 優しいとか言っても、普通? くらいだと思うし。自分でも他人より秀でてるなーって思えるとこなんてないよ?」

 あたしがそう言うとシルフィはまた少し笑って、

「今の世の中、そういう人が少ないのかも知れませんね。私は、まひるさんのそういう謙虚なところ、好きですよ」

 そう言いながらあたしの手に自分の手を重ねてきた。


「貴女のこの手は、何かを護り育てる力を持っているのです。それは人であったり、世界なのかも知れません」

 そう言ったシルフィの声と瞳はとても穏やかで落ち着いていて、あたしは何故かこの人が言うと本当にそうなのかも知れないと思ってしまった。

「そっかな? そんな自覚ないけど……あ! でもさ!」

「はい?」

「あたしよりもっと凄い人いるよ? ほら、あの風待さん! 『ダイタニア』を作った会社の社長なんだよ?」

 あたしは少し離れたところにいる風待さんの方に向く。するとシルフィもそちらを見ながら、

「風待……そうですね。彼の執念はとても強いです。ですが、SANY(サニー)暴走時に動揺してサーバーマシンを壊してしまったり、女性が泣いているのに慰めの言葉も掛けられないような情けない男でもあるのです…」

 少し伏し目がちにそう吐き捨てた。

「え〜…シルフィ厳しー」

「厳しいものですか。私は彼のそういうところがダメダメだと言いたいのです」

「それは〜、まぁ……そうなのかな?」

 あたしの苦笑いにシルフィも少し頬を染めて苦笑していた。それを見たシルフィが、

「ふふ。ようやく笑ってくれましたね。偶には冗談を言ってみるのも悪くないです」

 と、嬉しそうに笑った。

「あ……ごめんねシルフィ。ありがとう…」

「まだ全てが終わったわけではありません。葬送曲を響かせるにはまだ早い……貴女には……()()()には、やるべきことが残されています!」

 凛々しい顔付きでそう言うと、シルフィはあたしの手を取りベンチから立ち上がらせてくれたのだった。


挿絵(By みてみん)

『超次元電神ダイタニア』

 第六十話「昊天に葬送曲は響かせない」



 あたしは泣き腫らした顔のまま二人に話す。

「ここまで連れてきてくれてありがとうございました。納得はまだ出来てないけど、気持ちに一区切り付けられました」

 シルフィがあたしの肩に片手を添え寄り添ってくれる。あたしはシルフィに微笑を送り、風待さんに向き直り続けた。


「この悲しみを、悲しみのまま終わらせない為に、あたしはダイタニアに行きます! 流那ちゃんや飛鳥ちゃんたちを連れ戻して、またあの子たちに会いたい! また直ぐに別れがくるとしても、幸せにお別れしたいです…!」

 あたしはそこまで一気に言ってまた勝手に涙が溢れてきてしまった。

「えぐっ、ぅう〜ッ……自分勝手なこと言ってるのは分かります…ただ、あたしのこうなればいいな、こうあって欲しいなという願望ってだけで、地球がどうとかダイタニアがどうとか、そんなことまで考えられなくて……上手く言えないんですけど…」

 風待さんは黙って話しを聞いてくれていた。シルフィの肩に添えられた手に力がこもるのが分かる。

「あたしはッ、ただ、みんなが幸せであって欲しいって、それだけです!」

 あたしがそう言うと風待さんが口を開いた。

「分かった相川さん。君の気持ちは痛いほど伝わった。勿論、俺も最初からそのつもりだよ。『ダイタニア』で不幸になる人が出ては絶対にいけないと思っている。先に行った彼女たちは必ず連れ戻そう」

 風待さんは、ゆっくりと諭すような口調でそう言ってくれた。あたしはそんな彼にようやく安心感を抱いて笑顔で頷いた。



 少し先に視線をやると砂浜と水平線が見える。三人は『旅館あい川』の庭先にいた。

「あ、あの、本当にあたしだけで大丈夫ですよ? ちょっと顔出してくるだけですし…」

 あたしが恐る恐る後ろに佇む二人に声を掛ける。

「いや! 大事な娘さんを預かるんだ。事情は話せないとは言え、挨拶くらいは!」

「どの面下げてと思われましょうが、私も一目まひるさんの親御様を拝見したく!」

 二人の目がギラギラしててちょっと怖い。

「は、はぁ……えっと、じゃあ……一応、前に来た時に粗方の事情は話してあるんです。アースたちがゲームの中から出てきたこととか。記憶喪失のこと知ってるのは兄だけです。地球がどうにかなっちゃうとかって怖い話は両親にはしてません」

「うん。その辺は君のご両親の不安を煽らないように配慮するよ」

 風待さんがそう言ってくれたのであたしは二人を伴って実家の玄関を潜った。


「ただいまー!」

 あたしの声に気付いたのか奥からお母さんが小走りで出てきた。

「あらぁ! まひる? おかえりなさ〜い。お友だちもいらっしゃ…!? お父さんッ! まひるが彼氏連れて来たわッ!」

 あたしの後ろにいた風待さんを見るなり、お母さんは部屋の奥で昼寝をしているだろうお父さんに向かって大声で声を掛けた。

「えッ!? ちが…」

 あたしが訂正するより先に部屋の奥から普段見たことない速さでお父さんが玄関先に現れた。

「なにい…!?」

 ああ、お父さん、お願いだからそんなに睨まないで。ただでさえ強面なんだから……


「まぁーーーひぃーーーるぅうーーー!!」

 そして遠くから大声で砂埃を巻き上げ誰かが全力ダッシュで走ってくるのが見えた。その目は獲物に狙いをつけたライオンのようだった。そんな人はこの世に一人しかいない…

「まひるに近付くヤローはどこのどいつだッ!?」

 一気にあたしたちを追い越して急ブレーキをし、玄関の中の両親と合流を果たしたお兄ちゃん……

「あの、違くてね? ほら、女の子! 女の子の友達も一緒だよ?」

 そう言ってあたしはギラつく両親たちの前にシルフィの両肩を掴んで前に出して見せた。それを見るなり両親の目付きがいつもの穏やかなものに戻った。お兄ちゃんは不審な目であたしと風待さんを交互に観ている。


「あらぁ、ごめんなさいね! てっきり……えっと? 初めましてかしら?」

 お母さんがシルフィに自己紹介を求めたので彼女は一歩前に出て笑顔で言った。

「お初にお目に掛かります。私はシルフィと申します」

 そう言うと優雅に一礼したのだった。

「まぁ、シルフィさん? 綺麗な碧い瞳ねぇ〜。風子ちゃんみたい」

(あ! お母さん、風子のこと…! ということは、あたしと一緒にダイタニアに関する記憶も戻ったんだ)


「初めまして。私は迫田進一と申します。本日は突然の訪問失礼致しました」

「いえいえ〜。ご丁寧にどうもお。あら? 今日は球子ちゃんや流那ちゃんたちは一緒じゃないの?」

 お母さんがあたしたちが三人だけなのを見て少し不思議そうに訊いてきた。あたしはお母さんの顔を真剣な眼差しで見つめ返し言った。

「今日はそのことで顔出したの。少し、お話し聞いてもらえるかな?」



 あたしは家族を前にして、今までのことと、これからしようとしていることを可能な限り不安を煽らないよう掻い摘んで話した。

 お母さん、お父さん、お兄ちゃんはそれぞれ深刻な顔をして話しを聴いてくれた。

「…………」

 お母さんは黙ったまま顔を上げてくれない。

「みんなを連れ戻す為にちょっとゲームの中に行ってくるだけだからそんな心配しないで? ほら、製作者の方にも態々来てもらったんだよ?」

 あたしはそう言って風待さんに視線を向ける。


「むう……」

 お父さんは腕組みしながら唸るような返事をした。

「まひる……危ないことはしないって、約束してくれる?」

 お母さんが辛そうな顔であたしを見てくる。あたしはその言葉に即答できず、少し崩れた笑顔で頷き返した。

「あ……うん…」


 危ないことは、多分、()()

 今その場しのぎで口約束したら、あたしは家族に対して嘘を付くことになる。

 どんな些細な嘘も、家族にだけはすまいと、あたしをみんなで助けてくれたあの日から心に決めていたのだ。

 あたしは意を決して正直に話した。


「…ごめんなさい。正直、不確かなことが多すぎて何とも言えないというのが本当の話なの。でも、必ず帰って来るから!」

 あたしは真剣な眼差しで家族にそう伝えた。

「そうか……分かった」

 お父さんも真剣な目をあたしに向けながら、

「……必ず、みんなと一緒に帰って来い」

 とだけ言ってくれた。あたしはその言葉に胸がいっぱいになった。

「うん…ッ!」

「…この子、こうなったら頑固だから私たちが何か言ったところで考えを曲げないわよ。迫田さん、シルフィさん、まひるをよろしくお願いします」

 お母さんはそう言うとお父さんと一緒に頭を下げてきた。

「はいッ! 必ず、お嬢様をお届けします!」

 シルフィは力強くそう言ってくれた。風待さんは何も言わずに真っ直ぐお母さんたちを見つめ、そして深く頭を下げた。あたしもそんな彼らに倣い一歩前に出て頭を下げた。


「ありがとう……お父さん、お母さん…」

 あたしが顔を上げるとお兄ちゃんが若干引きつった顔であたしを見ていた。

「…なんか、お前、変わったな」

 あたしは不思議な顔で訊き返した。

「え? なんで?」

「いや、なんつーか、大人になった」

 お兄ちゃんが親指を立てながらそう言うと、

「迫田さん、って言ったっけ? ちょっと向こうで話せます?」

 風待さんに声を掛け、二人で庭先の方へと出て行こうとした。あたしは何か不穏な感じがして

「お兄ちゃん! 暴力とかダメだからねッ!」

 と、二人の背中に声を掛けた。

「バーカまひるぅ! 俺ぁこれでも空手家だぜ? そう簡単に拳を使うかよ! ちょっとした世間話だ」

 お兄ちゃんはいつものようにヘラヘラしながら風待さんの肩に腕を回し歩いて行った。



 バキぃッ!

 玄関が見えなくなった中庭で、(あさひ)の右拳が風待の頬を撃った。

「ぐ…ッ!」

 風待が口内を少し切ったのか、手で押さえた口元から一筋の血が伝った。

 片膝を着いた風待の前に旭が来て彼を見下ろす。

挿絵(By みてみん)

「悪いな…空手家である前に、俺ぁあいつの兄ちゃんなんでね……妹を危険に晒すような奴を見過ごしておけんのよ…」

 風待を見下ろす旭の目にはいつものような陽気な色はなく、重く静かな怒りに満ちていた。

「……御尤もだと、思います…」

 風待が口元を拭いながらそう言うと旭は尚も静かに言った。

「あんた……まひるを必ず無事に帰すっていう保証はあんのかい?」

「……いえ……ありません……」

 その言葉に旭は大きく溜め息をつき、呆れたように答えた。

「そうだろうな。ゲームの中に行くなんて、普通のことじゃない……」

「でも必ず、俺の命に代えても、妹さんはお帰しします!」

 風待は必死の形相で旭にそう訴えた。

()()だあ? ()()()()()()だあ?」

 その言葉が逆に旭の逆鱗に触れた。


「何が命に代えてもだ! そんな安っぽい命で誰かを護れると思うなよッ!? 自分の命を大事にできねー奴が、人を救うとか()かすなッ!!」

 旭が風待の襟首を両手で掴み風待の体を起こす。旭の怒りは治まらない。

「あんたの命一つでどうにかなるようなことなら、まひるは最初から今回の事件に巻き込まれていねーよ…! あいつが、記憶喪失だって言われた時、俺はどうにかなっちまいそうだった……ッ!」

 旭の目に煌めくものが滲み出す。

「なあッ! 俺じゃ駄目なのか!? 俺がまひるの代わりにダイタニアに行くッ! それでいいだろッ!?」

 旭は風待の襟首を両手で掴みながら悲痛な声を上げ涙ぐんだ。

「……それはッ、出来ない! 今回のイベント中にログインしていたプレイヤー限定で電神が()び出せたり、特殊な力が備わってます! 残念ですが、あなたにはその資質が、ない!」

 風待は旭に揺さぶられながらハッキリとそう言った。

「それじゃあッ、俺はあいつに何もしてやれないのかよ……」

 旭の両手が風待の襟元から離れる。

「……妹さんが無事に戻れるよう、願ってください。きっとそれが、一番の手助けになると思います……本当に、申し訳ございません!」

 風待はそう旭に言い、そして深く頭を下げた。

 そこへまひるとシルフィが息を切らせてやって来た。



「ちょっとお兄ちゃんッ! なんか大声聞こえたけど、ケンカとかしてないよね!? あッ!」

 あたしは庭に片膝を着いてる風待さんを見つける。見れば頬も赤く腫れている。

 お兄ちゃんをあたしは睨み付けた。

「お兄ちゃんッ! 暴力は使わないって言ったのに! なんでッ、こんなこと…ッ!?」

 あたしとシルフィが風待さんの下に駆け寄り、シルフィが直ぐに《回復(ヒール)》を掛け始める。

「いや、いいんだ相川さん。ご家族の気持ちを想えば当然のことだ」

 風待さんが何か言ってきたが怒っているあたしの耳には届かない。

「お兄ちゃん! 空手の拳は人を殴るものじゃないんでしょ? 弱い自分の心を撃つものなんでしょッ!? それをどうして…ッ!?」

 あたしは次第に怒りが鎮火して行き、涙が溢れてきた。

「……お兄ちゃんから空手を習ったザコタ君や、ほむらが、今のお兄ちゃんを見たらきっと悲しむよ……そんなお兄ちゃん、嫌い……」

 あたしがそう言うとお兄ちゃんは寂しそうに笑って「そうか……そうだな……」とだけ呟いた。


 そして次の瞬間、自らの右手で自分の頬を殴り飛ばした。

「お兄ちゃんッ!?」

 あたしが驚き叫ぶ。それと同時につい最近見たような既視感があたしを襲った。  

 お兄ちゃんは派手に吹っ飛んで地面を滑って倒れた。

「…ぐ、ぐおぉ……まひるに、嫌われるのが、一番堪える……!」

 そんなことを言いながらゆっくりと起き上がる。頬はまるでタコのように赤く腫れていた。風待さんの《回復(ヒール)》を終えたシルフィが今度はお兄ちゃんの下へ駆け寄り《回復》を掛けようとするが、お兄ちゃんはその手を振り払い、

「ありがとう。でもいい、大丈夫。迫田さん、さっきの一発、俺は謝らない! けど、これで今日のところはチャラにしてくれないか!?」

 ぬけぬけとそんなことを風待さんに言う。

「それと! 絶対にまひるやほむらちゃんたちを救ってやってくれ!」


 風待さんはお兄ちゃんに微笑むとあたしを見て言った。

「約束します。必ず妹さんを無事にお帰しすると」

 その目は覚悟を決めた男の人の目だった。あたしはそんな風待さんに少しだけ胸が高鳴りつつも彼の言葉に勇気付けられた。

 シルフィはそんなやり取りを見て目をパチクリさせ、一言呟いた。

「……似た者兄妹?」

【次回予告】


[まひる]

感情を取り戻したというシルフィ

何だかすっごい優しくて

ちょっと調子が狂っちゃう

でも今はもう、仲間なんだ!


次回!『超次元電神ダイタニア』!


 第六十一話「旅立ちは次元を超えて」


ここは……ダイタニア……!





――――achievement[記憶と感情]

※シルフィとコミュニケーションをとった。


[Data29:時系列表]

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