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超次元電神ダイタニア  作者: マガミユウ
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第五十九話「ダイタニアへ」

【登場キャラクター紹介】


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

 《異界の扉》を閉じ、ダイタニアからのモンスターの流出を阻止した風待(かざまち)さんたちはカミオカンデから出た所で戦いの疲れを癒すかのように腰を下ろした。

 誰も言葉を発せず、夜の静けさだけが辺りを包む。


 沈黙を破るように風待さんが話し出した。

「みんな、お疲れ様でした。先程シルフィも言っていた通り、ダイタニアの地球侵攻は食い止められた。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう!」

 風待さんはその場で立ち上がり深々と頭を下げた。

「礼を言うのはまだ早い、ってのはお前も解ってるんだろザコタ? そう安々と頭を下げるんじゃねーよ。社長のくせに…」

 それを見て先輩のドックさんがすかさず憎まれ口を言う。あたしは少しムッとしたが、他の二人の先輩の顔を見るに、これがこの二人にとってはいつものやり取りのようだった。


SANY(サニー)はダイタニアに落ちたのか、消滅したか、判るかシルフィ?」

 風待さんがシルフィに顔を向けると、シルフィは目を閉じ意識を集中しているようだった。そして、ゆっくりとその瞳を開ける。

「……分かりません。存在していたとしてもここからでは次元の違うダイタニアまでは感知出来ません…」

 そのシルフィの言葉を聞いてドックさんが更に質問を重ねた。

「さっき言ってたな? SANYを失ったダイタニアは自然崩壊すると。SANYの片割れのお前がいてもどうにもならんことなのか?」

「…私が設置した《ヘラクレスの柱》は今日の午前七時、今から約六時間後に完成するはずでした。《ヘラクレスの柱》を通し、ダイタニアのコントロールが出来ていたのです。完全に閉ざされた今となっては、私にダイタニアを制御する力はありません。でも、皆さんが早く破壊してくれたお陰で関東全ての地脈エネルギーを吸い尽くすことは免れました…」

 その言葉を聞いて風待さんはギョッとする。

「あの関東平野をぶった斬るとか言ってたのはハッタリじゃなかったのか!?」

 シルフィはその言葉を受け、少し不思議そうな顔をしながらも返す。

「貴方やまひるさんの精霊相手にハッタリが通じるとは最初から思っていませんでしたよ? 単純そうなレオンさんには有効でしたが…」

 そしてシルフィは少し間をおいてから続けた。

「…ダイタニアの崩壊は、SANYなしでは免れないでしょう……それは、ダイタニアとSANYを創世した貴方がたの方が詳しいのではないですか?」

「…………」

 シルフィのその言葉に痛いところを突かれたのか、風待さんとドックさんも押し黙ってしまった。


「シルフィ! あたしはダイタニアに行っちゃった友達やアースを連れ戻したいの!? 何か方法は?」

 あたしは居ても立ってもいられず、シルフィに詰め寄る。

「…《ヘラクレスの柱》を使わないでダイタニアと繋がる方法……あることはありますが、貴女には無理です」

 シルフィに無理だと断言されたあたしは一瞬たじろいでしまう。しかし、私はシルフィに向き直り思いを伝える。

「教えて! それはどんな方法なの?」

 その言葉を聞いたシルフィは意外そうな顔をするが、すぐにいつもの涼しげな表情に戻った。そしてそっと呟いた。


「……貴女が人間でいる限り無理です……」

 その言葉を聞き風待さんが改めて問う。

「詳しく聞かせてくれ」

 風待さんの言葉にシルフィは視線だけそちらに向けると、また目を閉じ話しだした。

「貴方も見ているはず。私とアースさんが《天照(アマテラス)》の中から出て来るのを。あの時、私は《天照》を経由し、アースさんとダイタニアで戦っていました。二次元の存在ならば、サーバーマシンと化している《天照》からダイタニアには行けるのです」

「…だから三次元の存在である俺たちには行けないと言ったのか……」

「そうです…」

 風待さんの言葉にシルフィが自責の表情を浮かべながら答える。


 その話を聴いていたコニシキさんがふと口にした。

「じゃあ、電神(デンジン)に乗った状態なら《天照》に入ってダイタニアに行けるんじゃないか? さっき少年が飛び込む直前にそんな話しをしていたようだったが」

 その唐突なコニシキさんの言葉に一同は静まり返った。


「……考えたことはなかったです……ですが、可能かも知れません」

 シルフィはそう呟いた。

「マジか!? 流石コニシキ部長!」

 風待さんが身を乗り出す。

「そういえば貴方も言っていましたね風待。自分で考えていて、忘れていたのですか?」

 シルフィが風待さんに横目で言う。

「ん? 俺が?」

「元々貴方が考えたイベントでしょう。――電神はただの兵器ではありません。電神の本当の姿は異世界へ繋がる門。そして電神は異界の扉を開く鍵でもあるのです。――今回のイベントに貴方が追記した箇所です。思い出しましたか?」

 そうシルフィに言われて風待さんは思い出したかのように話しだした。

「あ、あ〜…あれかあ! アレは対SANYの戦力募集の為に電神使いを集めたくて書いただけだ。実際に電神とダイタニアの繋がりを考察したのはマリン君だ」

 シルフィは少し呆れたような顔をしてから、言葉を選ぶように続けた。

「そうでしたか。なら、もしかしたらマリンさんは貴方のその文脈さえも考察されて真実に辿り着いたのかも知れませんね…」


 そして更に風待さんはシルフィに質問をする。

「電神が地球に()び出せるのはいつまでだ?」

「今夜、日付が変わる時分までかと。ダイタニアとの繋がりが絶たれた私の存在もそこで消滅することでしょう」

 それを聞いたドックさんもシルフィを問い質す。

「なら、お前も《天照》からダイタニアに行けば消滅しないってことだよな? これはいい水先案内人がいたもんだぜ」

「私は、別にどうなっても……」

「さっきもそこの彼女に言われてたろ? ダイタニアに落ちてった奴らを連れ戻すの手伝えって? ここまでやっておいて自分だけオサラバは虫が良すぎるよなあ?」

 ドックさんのその言葉に少し不機嫌な顔になったシルフィをあたしは見逃さなかった。

「…強引な人ですね……風待の先輩ならもう少しスマートな物言いをして頂きたいものです…」

 シルフィが小声で愚痴る。


「方向性が見えてきたな。俺のダイテンマオーにシルフィを乗せ一緒にダイタニアに行く。そして先に行った奴らを連れ戻して、あわよくばそよ君の救出、そしてSANYの再構築でダイタニアも救う! どうだこのシナリオは?」

 風待さんが自信あり気にシルフィに向け言った。

「…ほぼ、夢物語ですね。SANY…そよさんがいるかも分からないのに……」

 シルフィは小さなため息をつきながら答えた。

「夢物語か、いいじゃないか! 是非実現させたくなる! なあドク先輩!?」

 風待のその言葉にまた噛みつくドックさん。

「何度言わせやがる。“()()()”だ! “博士(ドク)”なんて柄じゃねえ。俺を呼ぶなら“修理屋(ドック)”と呼べ。物も人も、壊れそうなら(なお)すのが俺のポリシーだ」

 それを聞いて風待さんが苦笑いを浮かべる。本当にこの二人は仲が良いのだろう。一見乱暴なドックさんの物言いも、よく聴くと風待さんを思って言っている場合がほとんどだった。


「そんなんで先輩方、俺は久々に《天照》の中に行ってくるんでバックアップお願いします!」

 風待さんは大袈裟に両手を合わせ頭を下げた。それを聞いたコニシキさんがあたしの方を見て言った。

「もちろん力は貸すし、やれることは何でもする! これはもうお前だけの問題じゃなくなってるようだしな…」

「そうよ。人命とダイタニアの存続が掛かってる。絶対に悲しい結末は避けなくちゃ…!」

 コニシキさんの隣で奥さんのミッチーさんも真剣な表情で言う。

「相川さんと言ったな。俺たちは君のことを余り知らない。だけど、教えてくれ。君はどうしたいんだ?」

 コニシキさんが落ち着いた真剣な声であたしに問う。

 あたしは……

「……ダイタニアに行きたいです! 私の友達を、家族を助けたい!」

「よし分かった。なら俺たちも出来ることを全力でやろう! 必ず皆を連れて戻るんだ!」

 コニシキさんの頼もしい言葉に風待さんも続く。

「ダイテンマオーで《天照》に入るのは俺とシルフィ、そして相川さん。先輩方がバックアップ。三次元から二次元の世界に行くんだ。時間の概念ってどうなってると思う?」

 風待さんが気になったことを先輩たちに訊く。確かに、ゲームの中に入ったら現実のあたしの時間ってどうなってるんだろう?

 少し考え、ドックさんが先に口を開いた。

V(バーチャル)E(エクスペリエンス)でゲームをするのとは訳が違う。恐らく『ダイタニア』での時間の経過は地球とは関係ない。時間軸がズレている。そう考えた方が自然だ」

「なら、俺たちがダイタニアにいても現実では一秒も経過していない?」

「そうかも知れないが何とも言えん。ただ、ダイタニアでの時間経過は肉体には影響するだろう。つまり、時間は経っていないが歳は取る」

 そのドックさんの言葉を聞いたあたしたちは少し青ざめて風待さんが

「別次元版ウラシマ効果みたいなもんか……そりゃ怖いな。早くクリアして戻ってくるに限る!」

 と意気込んだ。


 そして、今更ながらあたしは思い付いた。

「あ! あたし、風待さんの電神に乗せてもらわなくても、自分のアウマフで行けば――」

 あたしは意気揚々と言ったつもりだったが、風待さんとシルフィの表情は何故かさっきより暗くなった気がした。

「…相川さん、実は…」

「風待」

 風待さんがあたしに話し掛けようとしたところにシルフィが真剣な面持ちで割って入ってきた。

「…私から、お話しをさせてください……」


挿絵(By みてみん)

『超次元電神ダイタニア』

 第五十九話「ダイタニアへ」



 作戦決行は夕方の六時からということになり、みんなは一度《瞬間転移(テレポータル)》でそれぞれの家に戻り休むことにした。

 あたしとシルフィはまだ話の途中だったので一旦風待さんのビルのゲストルームへと通されていた。深夜で極度の緊張が続いていたこともあり、あたしは部屋に入るなり腰を抜かしてしまった。

 そんなあたしを見てシルフィは「話は寝て起きてからにしましょう」と言い、隣の部屋に移って行った。

 あたしはシルフィの怖い面の記憶がまだ強く、今日初めて感情を手に入れたシルフィに会ったばかり。流石に一緒の部屋に泊まろうとは言えなかった。まだ全然気持ちの整理もついていない。

 だけど、今は今日の作戦に備えて寝よう。一人だとネガティブな想像しか浮かんで来ないのであたしはベッドに横になり、すぐに羊を数え始めた。



 ――太陽昇る朝。まずまず寝られた気がする。スマホがないのでお部屋に設置されていたテレビをつけ、時間を確認する。時刻は七時になろうとしていた。

 あたしは備え付けのタオルを借りて顔を洗う。生憎メイク道具も着替えも持ち合わせていないので、そこは取り戻したばかりの《勇者》の能力(ちから)を使わせてもらうことにした。

 表皮の油分や汚れは素粒子分解しキレイサッパリ。同じ要領で衣服の汚れや部分生成をして新品に近いものを用意する。

 これはこれで便利だが、いつもこの能力に頼ってしまったら“ぐうたら”になってしまいそうだなと、あたしはまだ少し眠い頭で思った。


 一先ず着替えを終えたその時、部屋のドアが静かにノックされた。

「はい」

 あたしは返事をして足早にドアへと駆け寄った。するとドアの向こうから

「…シルフィです、まひるさん」

 ドキッとしてあたしの足が止まる。


 シルフィ――


 昨日の彼女の言葉が寝て起きてもあたしの頭から離れない。


『…私は、貴女の家族同然の仲間を……消滅に追いやったのですよ…?』


 ()()に追いやった――

 消滅――

 ショウメツ――


 もし、それが文字通りの意味合いだとしたら、今この場にファイア、マリン、ウィンドが居ないことに説明が付いてしまう。

 そんなことはない! みんなあたしの知らない所で頑張ってるんだ! アースだって、きっとダイタニアに行っただけで無事なはずだ! そんなことは……――


 あたしは震える手でゆっくりとドアノブを掴むと無言のままドアを開けた。


 そこにはトレイに朝食らしき食事を乗せたシルフィが少し寂しげな顔で立っていた。

「おはようございます、まひるさん。風待から朝食を頂きましたのでお持ちしました」

 シルフィは儚げな笑みを作りながら、あたしにそう優しく語り掛けた。

「お、はよう、シルフィ……ありがとう…」

 あたしはシルフィを前にして緊張してるのか恐れているのか分からない感情のままシルフィを部屋の中へ招き入れた。



 部屋のテーブルにシルフィが持ってきてくれた朝食を並べていく。トーストにサラダ、フルーツにコーヒー。割りと豪華な朝食がそこに広げられた。

「…じゃあ、頂きましょうか。いただきます」

 あたしはいつもの調子で勢いよく手を合わせ頂きますをしてしまった。それに驚いたのか、シルフィは目をパチクリさせて不思議そうにあたしを見た後、同じように手を合わせ「? いただきます…」と言った。そして、

「まひるさん、こちらは風待が貴女の為に用意してくれた物。どうぞ全部召し上がってください」

 シルフィはそう言ってあたしの前に料理の乗った皿を差し出してきた。

「え!? シルフィは食べないの? 精霊だから? うちの子たちはみんな食べてたけど」

 あたしは少し驚いて素で訊き返してしまっていた。

「そうですね。私は精霊と言うより、ダイタニアで言うなら、超常の力を持った魔法使いクラスのNPCみたいなものです。エネルギーを経口摂取せずとも――」

「ストップシルフィ!」

 前にもしたことがある問答だったので、あたしはシルフィの言葉に被せて会話を中断させた。

「わかってるわよ。食べなくても存在出来るって言うんでしょ? でもさ、美味しいものを食べると幸せになれるんだよ? それに、一人で食べるのは味気ないじゃない? 一緒に食べてよシルフィ?」

 シルフィはまた少し驚いたような顔をして、

「そういうもの、なのでしょうか?」

 とテーブルに並べられた料理を見渡した後不思議そうにあたしの顔に視線を戻した。

「そういうものよ。この料理だってどう見たって二人前はあるでしょ? 風待さんはシルフィとあたしの分を用意してくれたんだよ」

 あたしは気付くとシルフィに対して自然な感じで会話をしていた。それも、笑顔で。

「さ! 改めて、いただきます!」

「い、いただきます」

 あたしとシルフィ、二人の手が合わせられ、あたしたちは朝食を摂り始めた。



 空いたお皿を重ねながらシルフィが

「美味しかったです。ご馳走様でした」

 と、再び手を胸の前で合わせた。

「ね! 美味しかった! あたしはあのブレッドが特に美味しかったな〜」

「私は、初めて経口摂取しましたが、プリンが、とても美味しかった……」

 それほど美味しかったのか、今は無きプリンに思いを馳せ、ぽうっと頬を赤らめ宙空を見つめるシルフィが何だか可愛らしく見えた。

「シルフィはプリンがお気に入りなのね? 意外と女子〜! あ、意外とは失礼か! ごめん」

「いえ、自分でも驚いています。食事にはこのような気分高揚効果もあったのですね」

 あたしたちはトレイに食器を片付けながら談笑していた。

「あはは。そうだよー。料理って、大事なんだ。エネルギーを摂ることも勿論重要だけど、それ以外にも色々な気持ちに触れられるの。アースもね、最近そのことが解ってきたって言ってね、この前なんか――」

 そこまで言ったあたしは言葉を詰まらせた。つい会話にアースの名前を出してしまったことで目を背けていたかった現実に引き戻されてしまった。

「…………」

 シルフィも感じ取ったのだろう。二人の間に沈黙が訪れた。その沈黙を、あたしは自ら勇気を振り絞り破ろうと試みるが、思考がこんがらがって上手く言葉が出てこない。


「……あ、あの、さ…」

「…はい」

 あたしは何とか言葉を絞り出す。それを受けシルフィも深く瞳を閉じ、しっかりと返事をして答えてくれた。

「…アースはさ、ダイタニアに行っただけ、なんだよね?」

 あたしは震える声で、泣きそうになるのを必死に抑えてシルフィに訊いた。

「…分かりません。あの状況を見るに、アースさんの魔力は枯渇寸前でした。魔力を消失した精霊は…」

 シルフィはしっかりとあたしを見つめて答えた。

「消滅します」

 その言葉を聞き、あたしの足はがくがくと震えだした。

「アースさんだけではありません。ウィンドさん、ファイアさん、マリンさん……私率いる《電脳守護騎士(ダイタニアンナイツ)》と《ヘラクレスの柱(異界の扉)》の開閉を掛けて戦い、皆、魔力を使い果たし……」

「やめてッ!」

 あたしは堪らず叫び、両手で耳を塞いだ。でもシルフィは続けた。

「…消滅しました」

 あたしが耳を塞ぐより前にその言葉はしっかりとあたしの耳に届いていたのだろう。頭の中に鮮明に響き渡る言葉が脳を揺さぶり、激しい頭痛に襲われた。

 そしてそれは全身の震えと吐き気に変わる。もう立っていられなくなり、その場にへたり込んでしまった。

「うッ! うぅ…!」

 あたしの瞳からは涙が、口からは嗚咽が込み上げてくる。あたしはそれを必死に飲み込もうとしたが、無理そうだった。

(…何となく分かっていた…! 分かっていたハズなのに…!)

 物凄い喪失感があたしを襲い、心をズタズタに引き裂いていく。我を失いそうになり、シルフィに食って掛かりたいという憎悪さえ湧き上がってくる。


「くッ! うああッ!」

 あたしの顔は涙と鼻水で汚れ、それでも気にせずシルフィの前に立ち上がり、右腕を振り上げた。

 シルフィはゆっくりとその瞳を閉じる。

「…今の貴女なら、少し魔力を込めたその右腕を振り下ろすだけで、簡単に私を消滅させることが出来るでしょう……」

 シルフィの顔は安らかだった。口元には薄く笑みまで浮かんでいる。今でも、あたしに討たれることを望んでいる!?


「あぁあッ!!」

 あたしは振り上げた右拳を――


 あたしの頬目掛けて振り下ろした!


「ッッッ!!」

 勢いがついていたのか、あたしの体はそのまま左に吹っ飛びリビングの床へ倒れ込んだ。

「ッ!? まひるさんッ!!」

 相当驚いたのか、シルフィが今まで聞いたことのないような大声で倒れたあたしの下に駆け寄ってくるのが聞こえた。


「…ぅぅ……」

 痛いなんてもんじゃない。痛すぎて言葉が出ない。ヒトってここまで強く自分を殴れるものなの? セーフティとかストッパーみたいのはないの?

 あたしは痛みで麻痺した思考でそんなことを考えていた。すると、何だか殴った頬の辺りが温かい。

「なにを馬鹿なことを! 正気ですかまひるさんッ!?」

 あたしの頬に向けられたシルフィの両手からは優しいエメラルドグリーンの光が漏れていた。

(ああ…この感覚……ウィンドがよく心配して直ぐ《回復(ヒール)》掛けてくれたっけ……)

 和らぐ頬の痛みに反して、あたしの心が痛む。

「どうしてその拳で私を撃たなかったのですか!?」

 シルフィが慌てて《回復》を掛けながらまた何か言ってる。

(だって、拳は人を撃つものじゃなくて、自分の弱さを撃つものだって、よくお兄ちゃん言ってたもん……ファイアも、お兄ちゃんの拳は優しいって言ってたなあ……)

 あたしの目から涙が止まらず溢れてくる。

「もっと賢いヒトだと思っていました! まったく、全力でよく自分を殴れたものです!」

 シルフィの言葉に少しの怒気と愚痴が混ざりだす。

(…あたしは馬鹿だよ……みんなが大変な時に、何もしないで…勝手に一人で記憶無くして……マリン、色々考えてくれたんだね…ありがとう…ありがとう……ッ!)


 未だ《回復(ヒール)》を掛け続けてくれているシルフィの手を取り、あたしはゆっくり立ち上がる。

「…ありがとうシルフィ。もう大丈夫…」

「大丈夫なものですか! 嫁入り前の娘さんに痕でも残ったら親御様泣きますよッ!?」

挿絵(By みてみん)

 シルフィは両の瞳に涙を溜め、あたしを本気で心配してくれている様だった。それであたしはようやく気付いたんだ。

「ごめん、シルフィ。ごめんなさい。あたし、あなたのことまだ疑ってた、信じられてなかった。でも、今の優しいあなたが、本当のシルフィなのね?」

 あたしはようやくシルフィに向けて本当の笑顔を見せられた気がした。

 と、思った矢先――

「私は優しくなんかありません! 人に心配掛ける悪い子はこうですッ!」

 キャラが変わったのかと思える程心配してくれるシルフィに、あたしは程よくスナップの効いた平手でお尻を叩かれたのだった。

「あいたーーーッ!」



 それから、落ち着きを取り戻したあたしたちはゆっくりと二人で今までのこと、これからのことを話し合った。


「…ダイタニアに行けば、精霊との再契約ができて、またアウマフを喚べるかも知れないのね……」

「ええ。ですが、再契約した精霊が元の皆さんという都合の良い展開にはならないかと。そもそも、まひるさんや飛鳥さんのように、精霊が意志を持ちヒトの姿で顕現してきた状態が稀なのです」

 シルフィからダイタニアの精霊について教えてもらう内に、あたしとみんなとの出会いは本当に奇跡的な状況下での出来事だったということを認識させられた。

「でも、想いが願いに、願いが形になる世界なんだよね? だったら少しはまた逢える可能性だって?」

「賭けるとするならそこですね。どんな可能性もゼロではないのがダイタニアという世界ですので…」


 会話で盛り上がってるところにドアのノックされる音が響き、あたしとシルフィは顔を見合わせ一緒にドアの方を向く。

「「どうぞ」」

 二人の声がハモった。

「おはよう。食事は済んだかい? 一旦下げよう」

 そう言って風待さんがドアを開けた。

 あたしは食べ終えた後、シルフィとずっと話をしてしまって、まだ食器を下げていなかったことに今更ながら気付いた。

「す、済みません! ごちそうさまでした!」

 あたしは慌ててトレイを持って立ち上がる。それを見て風待さんが優しい顔でトレイを受け取ってくれた。

「ああ、そのまま。話しの途中で悪かったね」

 そう言いながらシルフィもトレイを持って風待さんの所まで歩いていき

「ご馳走様でした。美味しかったです」

 と、素直に言ったのだった。

 風待さんはシルフィからもトレイを受け取ると少し驚いた顔をし、また同じく優しい顔で言った。

「そうか。何より」

「片付け手伝います!」

 二度もこちらに泊まらせてもらった上に朝食まで頂いてしまって、何もしないでいるという選択肢はあたしにはなかった。

「ああ、大丈夫大丈夫。今日は家政婦さんに来てもらってるからさ。俺だけだったら朝からこんな食事用意出来ないよ」

 風待さんは笑いながらトレイを廊下の台車に置いた。

「そうですか……」

 あたしは少し後ろめたい気持ちでそう返事をしたが、そんなあたしに風待さんは優しく笑って続けた。

「今日は時間までゆっくり過ごして」

 朝陽に照らされた風待さんの顔をここにきてハッキリとあたしは見てしまった。

 今までサングラスを掛けていたり、ヘルメットを被っていたりで、その素顔を余り凝視したことはなかったのだが…


 なるほど。イケメンが好きと言う流那(るな)ちゃんが“()()()()”と言うだけのことはあり、とても整った顔立ちをされている。くっきり二重で涙袋もしっかりあり、女性的な顔立ちは“カッコいい”と形容するよりは“キレイ”と言った方がいいだろう。あたしは別に面食いというわけではなかったが、芸能人みたいに綺麗な風待さんの顔に暫し見惚れてしまった。

 しかし、人は外見より内面に重きを置くあたしにはそれ以上の感情は沸かなかった。正直、羨ましいとは思ったけど…


「それと、一応ご家族にも会ってくるといい…」

「!」

 風待さんのその言葉にあたしはハッとし息を呑んだ。

(…そうだ。これからあたしたちは異世界とも言えるゲームの中に行くんだ……絶対に戻って来るけど……もしもの時のことも……)

 風待さんの心遣いが、決心がついていたあたしの心を揺れ動かす。正直、恐怖がないと言えば嘘になる。いや、ほぼほぼ恐怖しかないかも知れない……

(でも、みんなそんな怖い思いを押し殺してまで、ダイタニアに飛び込んだんだ…! 大切な人を救うために! あたしも、やっぱり決まってる!)

 あたしは下を向いていた自分の顔を上げ、シルフィを真っ直ぐ見る。

「シルフィ、今日少し付き合ってもらえないかな? 行きたいところがあるの」

【次回予告】


[まひる]

記憶を取り戻したあたしには直ぐ様

ゲームの世界へ行き、みんなの救出という

前代未聞の作戦が待ち構えていた!

今、行くよ!


次回!『超次元電神ダイタニア』!


 第六十話「昊天に葬送曲は響かせない」


必ず、連れ戻してくるよ!





――――achievement[第三部開始]

※最後の物語が幕を開けた。

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