第五十八話「コンティニュー」
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【登場キャラクター紹介】
あたしは目の前の宙空に浮かぶハートを抱きしめるように両腕を前に伸ばした。両腕が空中で交差する。《繋がる想い》はあたしの体の中に吸収されるかのようにスッと消えた。
あたしの胸の奥に何とも言えない感情が込み上げてきた。
(この、感情……この想いは………)
「……………」
交差した腕をゆっくりと戻しながらあたしは再び目を開けた。
(…これは、あたしが失っていた記憶だけじゃない……ここ数日の、みんなが抱いていた感情も伝わってくる……これが、《繋がる想い》の効力……)
「……………」
「…大丈夫か? 相川さん?」
落ち着いているように見えたのか、あたしを心配し、風待さんが声を掛けてくる。
(…ああ、みんな……こんなにも……)
「……マリン、ウィンド、ファイア……ザコタくん、そよちゃん………」
忘れていた人の名を慈しみ、ゆっくりとあたしは口にする。それを風待さんは何故か神秘的なものを観ているかのような面持ちで見ていた。
(みんなの想いが、熱い……!)
「アース……みんな、思い出したよ……」
再び両目を閉じるとそこから一筋の涙が頬を伝った。そしてあたしは一つ大きく深呼吸をしてキッと前に向き直り走り出す。それを見て風待さんも走り出した。
「行きましょう! みんなが! アースが大変なんですよねッ!?」
「あ、ああ。何やらアース君が捨て身で異界の扉を閉じようとしているらしい!」
あたしの質問に風待さんも走りながら答える。
「みんな……待っててッ!」
あたしは走る速度をさらに速め、風待さんもそれに置いて行かれないように必死に走る。普段から休日にはジョギングをしているあたしにとっては何とはない速さではあったが、風待さんはあたしの背中を見ながら己の運動不足を痛感していたようだった。
そしてあたしたちはみんなが戦っているであろう中央観測装置へと急いだ。
異界へ続く穴へと再度飛び込んだ飛鳥とザコタを乗せたリーオベルグ。それを視て流那が叫んだ。
「飛鳥ちゃんッ!? 何してんのッ!!」
その声が聞こえた飛鳥がオープンチャットで返す。
『迫田君がどうしてもそよさんを連れ戻すって聞かなくて。珍しく私も同じ気持ちなだけです』
飛鳥の軽口が電光奔るカミオカンデ内に響いた。
『大丈夫! ママと約束してあるんです! もう一人で何処にも行かないって! だから絶対戻ります! 風待さんに電話掛けるんでこれで失礼しますね!』
そう言って飛鳥の音声は切れた。呆れていいのか羨ましく思えばいいのか、その若さ故の潔さが流那の心に響いた。流那はベルファーレの操縦桿を強く握り締め、瞳を閉じた。
(……ごめん、おばあちゃん、おじいちゃん。私もやっぱり、ほっとけないかも…!)
流那は育ての親である祖父母に少しだけ思いを馳せたあと、周りの三機の電神に向かって声を掛けた。
「風待さんの先輩方! 飛び込んだ二人のお守りに私が行きます! だから! 必ず私たちを地球に連れ戻す方法、考えてくださいねッ!? 頼みましたよッ!」
そう吐き捨てて流那はベルファーレの巨体をカミオカンデの筒の中に放り込んだ。
「ばっかヤロ! そんなの約束できんぞ! 行くなら俺がッ!」
ドックが自らのハンズワイプの四本腕を咄嗟に伸ばすが、自由落下で落ちていくベルファーレには到底届きはしなかった。
「風待さんの先輩なんだから、皆さん優秀なんでしょっ? 異世界だろうとダイタニアだろうと安心して行ってくるわ!」
流那は落下するベルファーレのコクピット内から強張る顔でそう強がる。
(…子供のお守りは大人の仕事よ。飛鳥ちゃん、ザコタ君、そよちゃん! 命を粗末にするんじゃないわよッ!)
アースは浮遊魔法は元々使えない。だが、カミオカンデ中から集めた電力によりその身は宙空に浮き、未だ大の字に両腕を伸ばして力を溜めていた。
(…魔力充填、よし…! これに私の技を乗せれば……!)
アースの右腕には青いプラズマが奔り、左腕には黄色の稲光が渦巻いていた。彼女の唇がわずかに動き、自らに最後の指令を下す。
「……《究極奥義》…………」
そう呟き、右腕を振り上げた時だった。アースの直ぐ横を物凄い速さで落下していく物体が視界に入った。
「ッ!! 飛鳥ちゃんッ!?」
それは飛鳥の金獅子の電神、リーオベルグだった。すれ違いざま飛鳥がアースに声を掛ける。
「球子さん! まひるさんが直ぐそこまで来てます! 私と迫田君はそよさんを助けにダイタニアに行ってきます! だから、早まらないでッ!」
「そよは必ず連れ帰る! あんたも生きろッ!!」
飛鳥と共に操縦桿を握るザコタもアースに有りっ丈の思いをぶつけて行く。
「ッ…………」
アースは少し呆気にとられて言葉を失ったが、地球とダイタニアの境界にある魔法陣からは目を逸らさなかった。二人が乗ったリーオベルグがその魔法陣をくぐり、そのままダイタニアへと落ちて行き見えなくなった。
アースは再度振り上げた右腕に力を込めようとしたその時、再び自分の側を通過していく巨大な鉄塊を目にした。
「流那さんまでッ!?」
「ちょっとダイタニア行ってくるわ。まひるんによろしく! お球さんは、いなくならないでね…!」
いつもの調子で声を掛けて行った流那に、アースの胸は張り裂けそうになった。
アースは最初、まひる以外の地球人に心を開こうとは思っていなかった。産まれも育ちも違う、言ってみれば異星人のような自分を受け入れてもらえるはずがない。ならばこちらから心を開くこともない。そう思っていた。
だが、それは間違っていたとアースは後に気付かされる。
まひるの周りで出会うヒトは、皆心持ちが良く、情緒豊かで、思い遣りに溢れていた。
職場に擬装して潜入した時に見た職場の先輩後輩。
新宿から《瞬間転移》した先にいた風待の両親。
優しくおおらかで時に厳しい母親。
無口だが深い慈愛を感じさせた父親。
陽気だが心から妹のことを大切にしている兄。そして――
最初は相対する敵として現れたのに、いつの間にか側にいて皆の面倒をよくみてくれて、まひるとはまた違った素直じゃない優しさで包んでくれた、流那――
(…流那さん、最後まで万理と一緒にいてくれてありがとう……万理の勇姿を伝えてくれて、ありがとう……ッ!!)
アースの瞳からは感謝の涙がボロボロと溢れた。
「うおおおおおおぉぉぉッ!!」
アースは咆哮しながら両腕を振り上げ、眼下の魔法陣に向けて蒼炎のプラズマ光を放つ右腕を繰り出した。
その瞬間、彼女の右腕に集まった全魔力が巨大なエネルギーの柱となり、アースの右腕より放たれた。
「《裂開の右手》ーーーッ!!」
それはまるで地に向かって下る竜のように渦巻きつつ、その途中にいたモンスターを巻き込みズタズタに引き裂きながら放出され魔法陣に直撃した。
アースは右腕から極太のレーザーのようなエネルギーを放出しながら更に左腕を振り上げる。左腕から迸る稲妻がアースの髪を宛ら雷のような形へと逆立たせる。そして右腕と同じく勢いよくその左腕を眼下に向け振り下ろした。
「《圧壊の左手》ーーーッ!!」
右腕のプラズマ流とは逆回転の稲妻のレーザーが照射される。その先にいたモンスターはその身をひしゃげさせすり潰された。その轟音はまるで空を駆ける竜の鳴き声かと思うほどカミオカンデ中に響き渡った。
二つの巨大なエネルギーの柱が魔法陣へと直撃し、尚も照射され続けている。エネルギーは魔法陣の裏側、ダイタニアへは到達はしておらず、未だバチバチと激しい音を出しながらその魔法陣はアースの大技を受け止めている。
「ああぁああ…ッ! ぁぐ、ぐぐぐ……ぐ…ッ!!」
アースの息づかいが荒くなり、その額から大粒の汗が流れ落ちた。それでも歯を食いしばり尚も魔力を放出し続けた。
アースは両腕に更に力を入れ、その両の手を体の中央に近付けようとする。
「ぐぐ…ぐ、ぐぉあ……ッ!」
その手がゆっくりと近付けられ、彼女の胸の前でしっかりと握られた。二つの光の柱は交わり、青と黄の渦を巻きながら更に強く魔法陣へと打ち付けられる。魔法陣は未だ破れず降り注ぐエネルギーの塊に耐えていた。
アースは今までの自分の身に起きたことを何故かこの時に思い返していた。
ダイタニアで精霊として出会い、まひるたちと共に旅をしていた時のこと。
地球にヒトの姿で顕現し、同じく旅をしてきた精霊たちと姉妹のように過ごしたこと。
いつでもまひるを護ることを最優先とし、その結果、自分はまひるからも姉妹たちからも護られていたことに気付かされたこと……
それらも、この両腕にあと一つ力を込めれば全て消えてなくなってしまうということ…………
(……風子、ほむら、万理……ここまで力を貸してくれて、ありがとう……あなたたちが想いを繋げ、願ってくれたから、私は今この力を出せている……)
アースはこれが俗に言う走馬灯か、と、どこか他人事のように自分の身に起きていることを冷静に捉え感じていた。
(やり残したことは、ない……)
アースは少し考えてみた。自分は本当にやり残したことはないのかと、その瞳を閉じる。
(ああ、風子が私に似合いそうだと言っていたあの店のワンピースをまだ見に行ってなかったな。そんなに素敵な服なら見てみたかった。万理が勧めてくれたインターネットの料理レシピのサイト、まだ調べてなかったな。どうも私は機械に弱い……ほむらが旭さんに作ってもらったカクテルジュースが美味しかったと言っていたな。烏龍茶ではなく私も作ってもらえばよかったのに)
アースの思考は更に続いた。
(暁子さんに教えて頂きたい料理はまだまだあって、食べてみたい料理も山程だ。肉も魚も美味いが、野菜ももっと知りたいし食べてみたい。流那さんからも大人の女性の嗜みというものをもっと教えてもらうべきだ。まひるさんからは――)
――願ってもいいのだろうか?
アースは自分がまひるの騎士でなかったらどうなっていただろうと考えたことはあった。きっと他の姉妹たちのように気兼ねなく笑い合える間柄になれたに違いない。
いや、自分は皆に言わせれば“天然で堅物”らしいからそう上手くいかないのではないか?
ここにきてアースは自分の本心に素直に向き合ってみてもいいのかも知れないと思い始めた。何せ、想いが願いに、願いが力になるような世界だ。最期くらい少し我儘な思考をしたって皆も赦してくれるのでは? と、口元を綻ばせた。
(なんだ。私はかなり、俗物だったのだな……こんなにも、やり残したことばかりじゃないか……)
アースは今だけは想像してみる。
まひるとの未来を。
明るいまひるの未来の隣に寄り添う自分がいるといい。
アースは今だけは願ってみる。
まひるとの友情を。
眩しいまひるの笑顔を作れるのが自分だと嬉しい。
(私は、こんなにも…あなたのことが……)
中央観測装置へ向け、通路を走るあたしと風待さんの前に閉ざされた扉が視界に入った。
「見えたぞ! あの向こうが中央観測装置だッ!」
「そうみたいですね!」
あたしは走りながら目に入った通路案内の看板に中央観測装置の文字を見付け応えた。
その扉を開けると焼け付く風が勢いよく吹き込んで来て、あたしたち二人は腕で顔を隠した。
『ザコタ! 何かに掴まれッ!』
頭上からあたしたちに誰かの声が投げ掛けられた。
「その声は、コニシキ先輩……!?」
顔を上げて上を見ようとするも吹き荒ぶ気流が邪魔をし、風待さんは上層を見上げられなかった。あたしと風待さんは上層にいる三機の電神より少し下層、アースに割りかし近い階層に到着したようだった。
あたしは眼下の先に映る人影を捉え、言葉を失った。
「ッ……………!」
風が髪を巻き上げ立っているのも辛いこの状況で、全身を輝かせ両腕を下に突きおろし、巨大なレーザーを放つ彼女に、あたしはとてつもなく不穏な気配を覚った。
「……だめだよ…?」
あたしの口からポツリと小さな呟きが漏れる。
「だめ……だめだよアース?」
瞳は潤み、やがてそれは溢れ落ちた。
近くに新たな気配を感じたのか、アースは頭だけ僅かに動かし後ろを振り向いた。頭上の壁面の連絡通路にはあたしがいて、アースとその目が合う。
「まひる、さん……ッ」
アースはあたしの顔を暫し凝視すると、フッと笑顔を見せ直ぐに正面のモンスターの群れと魔法陣に向き直った。
(最期に、あなたの顔が見られて、嬉しかったです……)
アースは握り締めた両手に力を込めた。彼女から放出される魔力が全て両手に集束されて行く。その両腕を最後の力を振り絞るように真下に向け突きだし構えた。
「《惑星貫通弾》ーーーーーッ!!!」
次の瞬間、更に巨大なプラズマの柱が眼下の魔法陣へ照射された。あたしは一目でその技が尋常なものではないことを覚った。
交わり、一つの光の柱となった青と黄の螺旋は魔法陣へと激突する。その勢いは凄まじく、魔法陣から押し寄せて来ていたモンスターも全て消滅させた。
「ぐぐ……ッ!」
アースの腕に凄まじい負荷が掛かっていた。蒼炎と黄雷はバチバチと弾け合い、今にも爆発しそうだった。
それでもアースは魔力放出を止めない。止めれば二度とこの魔法陣は破壊出来ないだろう。
(保ってくれ! 頼むから保ってくれ、私の体ッ!)
少しでも気を抜けば直ぐにでも離れてしまうだろうその両手を、アースは必死に握り締める。周囲の電力の力を借りているとは言え、魔力をダダ流しているだけに過ぎないこの状況は、アースの生命活動を維持する為に必要な魔力までも吸い尽くそうとしていた。
もう祈ることしかできないアースに、その時奇跡が起きた。アースは体が一瞬だけふわりと軽くなったような気がした。
「……え……?」
それは、あたしが《魔力分与》をアースに使った瞬間だった。
「これは……ッ!?」
あたしは号泣しながら両手をアースに向け翳し、自分の中にある有りっ丈の魔力をアースへと注いだ。
アースの必死の思いを汲み取ったあたしは、アースを止めようとはせず、瀕死の彼女に力を貸すという辛い選択を選んでしまった。
あたしの魔力を分け与えられたアースの雷光が更に太く激しく魔法陣に打ち付けられる。
アースは無言のまま満ち足りていた。その口元は弧を描き、目尻も下がり、彼女もまた号泣していた。
(ありがとう、まひるさん……力が…記憶が戻ったのですね? やはり、私はいつも護られてばかりですね……)
その時、あれ程までにビクともしなかった魔法陣の端に亀裂が走った。亀裂は稲妻のような音を響かせて魔法陣全体に広がっていく。そしてついに、アースの雷光がそれを貫いた。
魔法陣はガラスが砕けるように粉々に砕け散り、光の粒子に戻り消えていった。
魔法陣を貫いた光の柱はそのまま貫通し、地球に向かおうと昇ってきていた全てのモンスターを塵に変え、ダイタニアへと降り注がれた。
アースはその光の柱の上からゆっくりとあたしに振り向いた。アースの髪を結っていた青いリボンが解け、長い髪が風に舞い揺れる。
アースの顔は笑顔だった。あたしは彼女に見つめられ、未だ両手を伸ばし、顔をくしゃくしゃにして歯を食いしばっていた。
「うっ、うぅッ、うぐ……ッ」
あたしの口から嗚咽が漏れる。アースは笑顔を崩さずあたしの顔を眺めていた。
「………また」
アースがようやく口を開く。
「あなたのオムライスを、また、みんなで……」
優しい声でそう言うと、アースの足元の光の柱が消えていくのに合わせ、アースの体も穴の底へと落ちて行った。
「ッ! アースっ!!!」
あたしは慌てて自らも穴に飛び込む勢いで駆け下りようとする。それを風待さんが抱き留めた。
「いけない相川さんッ! 君ももうMPが!」
「離してッ! 離してよッ!! アースっ! アーーースぅッ!!」
風待さんに抱き留められながらあたしは穴の底を見据え叫んだ。
だが、もうアースの姿は見えなくなっていた。
そして、魔法陣が消失したカミオカンデの底面は一瞬でダイタニアの風景は見えなくなり、元の床が姿を現した。
「………ッ!?」
あたしは風待さんに抱き留められたまま呆然として、カミオカンデの床を眺めていた。
「そんな……アース……」
愕然としながら、無意識に呟いた。そして次の瞬間、ある飛来物に目が止まった。
先程まで荒れ狂っていた風はなくなり、穏やかな気流がそれを、あたしの下に運んで来た。
深い蒼をした、アースが気に入りいつもしていたリボン。
あたしはゆっくりと手を伸ばしそのリボンを掴んだ。
「……ああ……あぁ……ッ」
あたしはその蒼いリボンを抱き締め、その瞳から止めどない涙を零す。
「アース……」
蒼いリボンを両手で握り締め、あたしは力の限り泣き叫んだ。
「……あぁ……あぁあああぁぁあッ!! アースううぅううーーーッ!!!」
『超次元電神ダイタニア』
第五十八話「コンティニュー」
曇が晴れる。雲間から月光が差し込み闇夜を照らした。カミオカンデに射し込んだその光に照らされながら、まひるはいつまでも泣き続けた。
「うぐ……ッ」
風待は傍らでまひるが泣き止むまで、その場でじっとしていた。彼自身、目の前でアースが力尽き、果てるのを見ていたのだ。何も感じていないわけではない。
彼はただ、大事な人を失う痛みを知っている。そして、その場に直面した時に他人がどうこう慰めの言葉を掛けても響かないことも。
家族を喪った者に、慰めの言葉を掛けられるのは家族しかいないと、彼は自身の人生の中で悟っていた。
風待はアースともまひるとも、まだ出会って数週間の仲しかない。他人も同然だと自身に言い聞かせる。
だが、自分の目の前で泣きじゃくるまひるを見ると胸が締め付けられる思いがした。
(…やめておけ……事の元凶のような俺が声を掛けたところで彼女を救える言葉はない……)
風待は尚もまひるのことを考える。この後ウィンド、ファイア、マリンも同じように消滅したことを知らされたら彼女は一体どうなってしまうのだろう。それがもし自分だったら耐えられることだろうか。
風待は無言のまま、まひるの横まで歩みを進めた。そして無言でまひるにズボンのポケットから出したハンカチを目の前に差し出した。
「ぇ……?」
まひるは風待の行動の意味が解らず、顔を上げた。
「……よければ……」
彼の声は少し震えていた。自分では平静を保てているつもりだったのだが、実際はそうではなかったのかも知れない。
そんな風待の声に、まひるの涙が一瞬止まった。そして再び泣き声が漏れ出す。
「う……うぅッ! うわぁああぁあぁぁ~~~ッ!!」
ハンカチを持ったまま呆然と立ち尽くした風待にしがみつき、まひるは大声で泣き続けた。
それから、電神を粒子に戻したコニシキ、ミッチー、ドックが二人の下にやってきた。三人ともまだ嗚咽を漏らしているまひるを不憫な眼差しで見つめる。
「…彼女は?」
コニシキがまひるを見ながら風待に訊いた。風待はまだ自分にしがみついているまひるをチラと見て、細い声で答える。
「さっき、命懸けでダイタニアへの扉を閉じてくれた女性の……家族です…」
風待のその一言に三人が一瞬ビクと反応し、それぞれ目を伏せた。
「……そう…辛いわね……」
ミッチーが独り言のように小さく呟いた。
「これで終わり……じゃないんだろう? SANY?」
ドックが振り返り、そこにいたもう一人の女、シルフィを問い質すように声を掛けた。
シルフィはビクッと体を震わせ顔に影を落とし、ゆっくりと皆の前まで歩みを進めた。
「……私はSANYではありません。SANYを補佐していた者です」
横目でドックに視線を送り、弱々しく反論する。そして、まひるの前に来て正面からまひるを見据えた。
あたしは泣くのを止め、シルフィの顔を腫れたまぶたでまじまじと見つめた。
「……………シルフィ…」
「覚えてて頂けましたか、まひるさん…」
シルフィは悲痛な顔であたしに精一杯の笑顔を作ろうとしながら話し掛ける。
「…アースさんは、私が生成していた“異界の扉”を見事破壊されました。これでもう、地球がダイタニアに上書きされることもなくなります」
シルフィのその言葉に風待さんたちも反応したが、まだあたしに向かって話しを続けるシルフィの話に耳を傾けることにしたようだった。
「ですので、この地球上に顕現していた元々二次元の存在である私や電神はもう間もなくその姿形を維持できなくなり消滅することでしょう…」
あたしは目の前のシルフィが淡々と話す言葉を理解こそしていたが、それ以上に不可解なものに感情を悩まされていた。
「こんなことで責任を取れるとも思っていませんが、どうか最期は、貴女に討って頂きたいのです。この世界を混沌に陥れようとした首謀者である私を…!」
シルフィはあたしに自分を討ち取ってくれと懇願してきた。でも、相変わらずあたしの疑問は拭えない。
(……シルフィ……どうして……)
「さあ。SANYを失った今、ダイタニアの制御も失われいずれ滅びが始まります。そうなるより先にSANYの片割れである私を討てば、その瞬間にダイタニアは消滅できるでしょう。私を討つことはダイタニアの崩壊を待たず消去できる唯一の方法なのです!」
(……どうして、あなたは………)
「大きな混乱を招き、数々の過ちを犯してしまった私は、貴女に討たれたいのです」
「じゃあどうして泣いているのよッ!?」
あたしにしがみつかれたまま、シルフィは頭だけを上げ自分の目を拭った。
「え……?」
そこで初めて彼女は気付いたようだ。自分が大粒の涙を流していることに。
「…自分のしたことを後悔してるからでしょ!? 悪いことしたから謝りたいと思ったからでしょ!?」
あたしは尚も追い打ちをかけるように問い掛ける。あたしの瞳からも未だ涙が止まることはない。
「……ッ! それは……あなたに罰してもらう為です!」
あたしの言葉に一瞬顔を歪ませ、それでも必死に自分を奮い立たせてシルフィは答えた。
「違うッ! シルフィ、あなたはもう以前のような怖いシルフィじゃないのね? 間違ったことを悪かったと後悔する心を持ってる…!」
あたしは真剣な顔で同じく泣き顔のシルフィを見つめ返す。
「だったら、あなたが今すべきなのは、残された時間、どうしたらダイタニアを救えるか考えることだよッ!」
あたしはシルフィに訴え掛ける。だが、シルフィは苦々しく顔を背ける。
「SANYもいない今……私にはどうすることも、できません……」
「…ううん! やってみなくちゃ分からないわ! ダイタニアへ行っちゃったあたしの友達を連れ戻したいの。シルフィ、あなたの力を貸して!」
シルフィの目の前にあたしは右手を伸ばし差し出した。凛とした熱い眼差しがシルフィの胸を打った。
シルフィは暫し呆然として、差し出された手とあたしの顔を交互に見つめた。
「…私は、貴女の家族同然の仲間を……消滅に追いやったのですよ…?」
その言葉に一瞬あたしの心臓は跳ね、手がピクッと震えたが、あたしは差し出した手を引っ込めようとはしなかった。
「その件も含めてどうにかして欲しい! それまで、赦してあげないから!」
あたしは涙を流しながら笑顔でシルフィに答えた。シルフィはその顔を見て、再び大粒の涙を流した。そして――
「ごめんなさい……ごめんなさいぃ…ッ!」
シルフィはその場に膝を突き、両手であたしの手を取って静かに泣いた。
【次回予告】
[まひる]
アース、マリン、ファイア、ウィンド……
あたしが記憶をなくしてる間にそんなことが…
でも、絶対に諦めない!
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第五十九話「ダイタニアへ」
…待っててね、みんな!
――――achievement[第二部完]
※精霊たちの物語が幕を閉じた。
第二部『精霊奮闘編』を読了しました。
[Data28:表紙イラスト集③]
がUnlockされました。




