第五十六話「闇夜をぶっとばせ!」
重低音を静かに響かせるそのバイク、『飛燕』の後部シートに跨り、前に座る風待の胴体に必死にしがみつく。自分の胸が風待の背中に押し当てられていることも気付かないくらいまひるは緊張していた。
(みんながまだSANY……そよさんと戦っている……あたしが行ったところで何もできないかも知れない……けど! あたしは行かなくちゃいけないんだ!)
飛燕が地下のガレージから走り出し、風待が一つ魔法を唱えると次の瞬間飛燕は二人を乗せ夜の幹線道路を走っていた。
「ッ!?」
まひるが驚きを隠せず、掴まるその手に自然と力が込められる。それを感じた風待がヘルメット越しに話しかけた。
「安曇野を過ぎたところだよ。あとはこの158号線をひたすら真っ直ぐ進めばカミオカンデに着く。バイクは大丈夫?」
まひるを気遣うような落ち着いた声がヘルメットの中から聞こえた。
「は、はい。大丈夫です! これ、ヘルメット被ってても会話ができるんですね?」
まひるは少し驚きながら風待の優しい声色に逸る気持ちを落ち着かせることができた。
「ヘルメットに内蔵されたマイクとスピーカーをブルートゥースで同期させていてね。運転しながらでも割りと自然に話せるんだ」
「へぇ〜…そうなんですね。バイクもヘルメットも初めてなので、なんだか新鮮です」
まひるは周りに目をやる余裕もでてきたようで、ヘルメット越しに風待の運転の様子や流れる景色を眺めた。
「じゃあもう少し飛ばしていくよ。シャシーにジャイロシャフトを採用してるから多少のコーナーでは体勢は傾かないんで乗り物酔いは防げると思うが、気分が悪いようなら直ぐに言ってくれ」
「はい!」
風待の言葉に応えるようにまひるは風待の胴に回す両腕に力を込めた。
『超次元電神ダイタニア』
第五十六話「闇夜をぶっとばせ!」
風待は高速のまま飛燕をコーナーに突入させる。前輪がコーナーに沿い斜めに傾くが、長く前方に伸びたフロントフォークからシャシーに繋がる連結部とシート軸が回転し、ライダーの姿勢はほぼ直立のまま車体は弧を描きコーナーを走り抜ける。
タンデムシートにいるまひるも車体角が傾くより先にシート軸が自動で回転してくれる為、無理な姿勢にならず巡航してくれる飛燕に感心させられていた。
(この子、曲がる方向とは逆にシート位置を動かして、あたしたちに負荷が掛からないようにしてくれてる! 賢い子だなあ)
生身で風を切る感覚にも慣れてきたのか、まひるは風待の肩越しにそっと前方を視る。フロントライトに照らされ、左右を山々に囲まれた漆黒の道路が夜闇と共に自分たちを飲み込もうとしてるかのような錯覚を覚えた。
まひるはぞっとしてまた風待の背中に隠れるように小さくなった。
みんなが感じてる恐怖や焦りは、きっとこんなもんじゃない……。まひるはかつての友達だったそよと戦うことになってしまっている皆のことを想うと胸が張り裂けそうになった。
(…そんなこと、あっていいわけない……! そんなの、悲しすぎるよ……!)
風待は自分を抱くまひるの腕から不安を感じ取っていた。そんなまひるに思いを馳せる。
(無理もない…記憶を失くしてる間に友人を失ったんだ。思い出せなくても十分にきついだろう……それでなくても彼女は元々優しく慈悲深い性格のようだしな…)
優しい女性というところで風待はかつての恋人のことを思い出した。大きなフロントバイザーから溢れた夏の風が風待を越えて後ろへと流れて行き、また夜へと同化する。
(シルフィ……いや、SANYは陽子さんの記憶を元から有していた。それを何かしらのバグで忘れてしまい今回の騒動になった? 本当にそうなのか? SANYは最初に触れた人間の優しさが陽子さんだと言っていた。そして、俺の悲しみが暴走のトリガーになったとも……だが、よくよく考えてみるとそれらの言い分には矛盾がある……)
風待はハンドルを握る手を緩め、運転をオートクルーズモードへと移行し、暫し考え出した。
(SANYは自身をサーバーに蓄積された“想い”がこの地球にニュートリノを介してヒトの形に具現化したものだと言った。そして、ダイタニアの管理に疲れたとも……その時点では俺や陽子さんの記憶が介在していた可能性は十分にある。そしてメインサーバーを抜け出した後、自分をシルフィという人格に分け喜怒哀楽の感情まで二分した。何故感情を分ける必要があった? この時のSANYに俺や陽子さんの記憶は介入していない。だったら……)
風待が一つの結論に辿り着き、再び正面を見据えた。
(だったら、今回のSANYの暴走…その根底にあるのは、SANY自身の感情そのもの。シルフィに感情が戻った今、逆にSANYから感情がなくなってしまった状態なのか? もう一度二人を一つに戻さない限り、本来のSANYには戻らない! だが、そうするとシルフィは……)
風待が想いを巡らせていた頃、まひるは慣れてきた夜目で前方から飛来する影を捉えた。
「え?」
そのまひるの一言が風待の耳に入り、現実へと意識を引き戻した。
「どうかした? 相川さん」
風待が後ろのまひるへと声を掛ける。まひるは尚も前方を見つめながら目を凝らしている。
「前から何か飛んできてるような……なんだかゲームとか漫画に出てくるモンスターに似てるかなって……」
その言葉に風待も暗い夜空を目を凝らし見つめる。そして直ぐに風待の目が見開かれた。
「…相川さん、どうやら正解みたいだ。カミオカンデの異界の扉からこぼれ出たモンスターたちだ…」
風待は奥歯を噛み締めながらそう吐き捨てた。先に行かせた友の安否が気に掛かる。更に風待はそれらを分析する。
(ハーピーにガーゴイル……小型の飛翔モンスターが多いな。大型モンスターがいないところを観るとどうやら討ち漏らした個体のようだ。それだけ頑張ってくれたんだな…! いつまでも頼りにして済みません先輩ッ!)
風待は再度運転をオートクルーズにし、ハンドルから両手を離して臨戦態勢を整える。
「相川さん! このまま突っ走りながらモンスターどもを撃ち落としていく! 済まないが振り落とされないように体を固定させてもらうよ。《光鎖拘束》!」
風待は《拘束》スキルで自分とまひるの身体をしっかりと固定させた。それに合わせて先よりお互いの密着度が増し、まひるの胸が形を変えて風待に押し付けられた。
「あッ!? えッ?」
「うッ!! ごめん! わざとじゃッ!」
今回はさすがのまひるも自分の胸が思い切り風待に当てられていることに気付き一瞬で赤面してしまう。
「わ、わかってます! 大丈夫ですからッ!」
恥ずかしさで前を見られなくなったまひるが顔を下に向けたまま風待に答える。こんな非常事態だというのに気恥ずかしさの方が勝ってしまっている二人の間に気まずい空気が流れた。
風待が赤面した顔のまま目を瞑り一つ深呼吸をする。すると心なしか冷静になれた気がした。
「あっ! 風待さん! 前、来ます!」
そんな風待の心知らずと、まひるが前方から急降下してきたジャイアントバットを指差し叫んだ。身を乗り出して叫んだことで、まひるの豊かな胸が風待の背中により押し付けられた。
「うっ!?」
さっきまで集中しようとしていた風待の精神は一気に乱され、その背筋をピンと張り硬直してしまう。
「あ!? ご、ごめんなさいッ!」
まひるも慌てて風待から身体を離そうとするも、《拘束》でしっかり固定された状態の二人の胴体は離れることを許さなかった。
「…ア、《水の弾丸》……!」
風待が自らの属性の遠距離攻撃スキルで何とかそのジャイアントバットを撃退する。前方からやってくる飛翔体はどんどんその数を増やし続けていた。
風待は気を取り直し、スキルの連続詠唱へと取り掛かる。後部シートでは赤面して目を瞑ってしまったまひるが恥ずかしさに静かに身悶えていた。
風待は自分の周りの宙空に次々と《水の弾丸》を設置していく。それに近付いた飛翔体に向け弾丸は自動発射され二人が乗る飛燕に近付けるモンスターはいなかった。
高速で走行する飛燕のテールライトがその軌道のままに深夜の国道に残像を残していく。暫くすると小型のモンスターに混じり中型のモンスターがちらほら出現するようになってきた。
(まずいな…中に魔法耐性の高いヤツも混じってるな)
「相川さん! 出来るだけ頭を低くして掴まっててくれ!」
風待が右手に《氷の剣》を生成し、まひるに声を掛ける。
「は、はい!」
まひるもそれを受け、風待に抱きついた体勢のまま可能な限り頭を下げた。
中型モンスターのグリフィンが大きな翼を羽ばたかせ前方に立ちはだかった。飛燕から撃ち出された《弾丸》がその翼で巻き起こす突風で跳ね返される。グリフィンはこちらに狙いをつけると直ぐ様その鋭い爪を風待目掛けて振り下ろしてきた。
風待は飛燕の前輪を右足の操作で大きく倒し急な車線変更をした。飛燕は直ぐに自動で体勢を立て直そうとするが、その慣性には逆らえず急に発生した横からの重力がまひるを大きく揺さぶった。
「きゃあッ!!」
まひるは突然のことで驚き声を上げる。横に流れそうになった体を風待が必死に支えてくれていた。もし《拘束》の魔法で体を結んでいなかったら今頃まひるは道路に投げ出されていただろう。そのことを想像しかけ恐ろしくなり、まひるは頭を数回横に振った。
「すまない! 相川さん!」
まひるが姿勢を直し風待に目を移すと、風待が携えた剣がすれ違いざまグリフィンを横薙ぎに両断するところだった。
グリフィンは過ぎ去った飛燕の後ろで光の粒子となり消えていった。飛燕のフロントフォークに内蔵されたサスペンションから火花が散りアスファルトを微かに照らしながらタイヤが元の位置に戻る。
風待が遠距離攻撃スキルに加え、両手の剣で次々と飛燕の上からモンスターを倒していく。まひるが後ろから覗いたその表情には余裕の笑みさえ浮かんでいた。
「ははっ! 昔こんなアクション映画を観たことがあるんだ。まさか自分が実際にやることになるとは夢にも思わなかったよ!」
アドレナリンが出て少し興奮しているのか、風待が声高にまひるに言ってきた。
「元々俺は運動神経はそれ程よくなくてね。ここまで動けるのは今のこの地球がダイタニア基準になっているからだな。レベル100、中々に強いじゃないか!」
少年のように瞳を煌めかせながら無双の強さを披露する風待を見てまひるは
「はあ…」
とだけ、素っ気ない返事を返した。
闇夜の中、一台の漆黒のマシンが山々に囲まれた一筋の路を走り抜けていく。それが過ぎた後には一つたりとも空に残っている影はなかった。
「この調子なら速度を落とさず行けそうだな。大丈夫か、相川さん!?」
「はいッ! なんとか!」
風待の揺るがない意志の込められた言葉に、まひるも勇気付けられ返す言葉も大きくなっていた。風待に押し付けられた自分の胸を見るたび、やり場のない恥ずかしさが込み上げてきてしまうのでまひるは前だけ見るようにした。
(これは非常事態なんだから、余計なこと考えちゃダメ!)
そう自分に言い聞かせるも、その顔は未だ朱に染まっている。
風待が《水の弾丸》を乱射させるも、モンスターの物量に押され気味になってきていることにまひるは気付いた。バイクの速度は依然落ちていないが、風待の疲労が目立ってきている。
風待は大きく息を吸いながら次の《弾丸》を装填する為の精神集中をする。いくらレベルがカンストしていて詠唱が必要ないとは言え、スキル発動時の集中は必要ではあったし、消費するMPも無限ではない。
片手で《弾丸》を発射させながらもう片方の手で《水流幕》を張り、防御をする機会も増えてきている。その風待の必死の形相を見てまひるは自分の無力さを痛感しながらも、もう二度と現実から目を背けようとはしなかった。
(…流那ちゃんがボロボロになって帰ってきた時、もう絶対に友達を見捨てたりしないって決めたんだ! たとえ記憶を失ってたって関係ない! あたしは……みんなの笑顔を護りたいッ!)
まひるはパーカーのポケットにあった物を取り出し、眼前の空に向け翳した。それは、マリンがあの時持っていたスタンガンだった。
まひるが流那と合流し、千葉理学大学に瞬間転移する少し前、まひるのアパートで――
「まひるん、これ。あんたが持っててよ…」
シャワーを終えて少し落ち着きを取り戻した流那がまひるに何かを手渡してきた。まひるは普段余り目にすることのないその物体に少し驚きながら流那に訊き返す。
「流那ちゃん、これって……スタンガン?」
まひるはそれを両手で受け取り物珍しそうに眺めている。
「そ。あの子がいなくなってね、何故かそれだけ地面に残ってたのよ……もしかしたらまひるんがあの子に買ってあげたものなのかなって」
流那はまひるの顔を見ずに下を向きながら話す。その声には未だ悔しさと悲しみが混じっていた。まひるは真剣な顔付きで目を瞑り記憶をどうにか呼び起こそうとするが
「……ごめん。やっぱり覚えてない……」
「…そう……」
暫しの沈黙が二人の間に流れた。
流那がまひるに向き直り、無理に笑顔を作ったことにまひるは気付いた。
「聞いてくれるまひるん? あの子、すごかったんだから! このスタンガンに魔力だかなんだか込めてさ、ズババーンって相手に食らわせてやったの! ディーネの奴もびっくりしててさ! あれはまひるんにも見せたかったわ!」
流那は笑顔で一気に捲し立てるが、その眉間には皺が寄っており、目尻にはきらめく雫が見て取れてしまった。まひるはお互いの震える心を抱きしめるように優しく流那の両肩に腕を回した。
「頑張ってくれたんだね……流那ちゃんも、マリちゃんも………ありがとう」
まひるのその言葉に流那もそっとまひるを抱きしめ返す。その瞳からはまた大粒の涙が溢れ出す。
「〜〜〜…うんッ! 本当に頑張ったんだよ、万理……ッ、うぅ…ッ」
「そんな大事なもの、あたしが持ってていいのかな……?」
「当たり前でしょ。あの子がどんだけあんたのこと好きだったと思ってんのよ…! きっとあの子もまひるんに持ってて欲しいはずよ」
流那がまひるの肩で、まひるが流那の肩で、お互いに涙を流した。まひるは今までの流那の話からマリという子の流那に対する思いは愛と呼べるくらい大きく、素晴らしいものになっていたのではないかと推測できたが、ここは流那を立て何も言わずに
「…わかった。今はあたしが預かっておくね? ありがとう、流那ちゃん」
そう言って流那の頭を撫でたのだった。
突如自分のヘルメットの右側から伸ばされた手に握られていた物がスタンガンだったこともあり、風待は驚きを声に出していた。
「なッ!? 何をッ!? 相川さん!」
まひるは尚もスタンガンを前に翳したまま風待に答える。
「少しでも戦力になればと思って!」
まひるの言葉には微塵の迷いも感じられなかった。それもあり風待は更に狼狽えた。
「でもそれ! 近接武器ッ!!」
「へっ!?」
カチリ。
まひるが風待の言葉の意味を理解する前にスタンガンの放電スイッチを押した。
ド……ゴオォォォォオン…ッ!!
二人の目の前が轟音と共に白く霞んだ。スタンガンから放たれた巨大な雷はモンスターの群れを次々と消し炭に変えていく。雷はモンスターからモンスターへ伝播し、長い間上空を走り回りながらモンスターに致命傷を与えやがて消えていった。
「「………………」」
それを目を丸くして見ていた二人も言葉が出ない様子で呆然としている。
(ヘルメットのお陰で鼓膜はなんとか無事だな……しかし、この威力はどうなってんだ?)
(…スタンガンってこういう武器だったっけ? 思ってたのと違うけど、何とかなった! きっとマリちゃんの残してくれた力のお陰なんだよね? ありがとう、マリちゃん!)
「風待さん! このまま行きましょう!」
先に立ち直ったのはまひるの方だった。
「え!? あ、ああ……」
風待も困惑しながら返事を返し再び前を向いた。スタンガンの威力を目の当たりにし、なんとか戦闘に専念できる気がした。
(しかし……今の相川さんが戦力になるとはな…やっぱ現実はゲームより面白いぜ!)
風待は再度目の前の空を睨むと、口元を少し緩めアクセルを開けた。
前方から飛来するモンスターたちをまひるがスタンガンで広範囲に迎撃し、撃ち漏らした個体を風待が撃破しながら走り抜ける。その速度は更に上昇し、二人の絆も徐々に深くなっていく。
「風待さん! この調子ならすぐ着きますよね!?」
「ああ! ッ!? 相川さん! 前を見ろッ!」
二人はカーブを抜けようとした時、前方のモンスターの群れに今までにない巨大な影を見つけた。
「サイクロプス……翼のないあんな巨大なモンスターまで……」
風待は絶望を想像しかけたがそれを振り払い目の前の迫りくる巨人との対峙に精神を集中させる。
「えいッ!」
風待の横からまひるのスタンガンの雷撃が一直線に空を走りサイクロプスに直撃した。全高15メートルは有ろうかと見えるサイクロプスが一瞬にして爆炎と閃光に包まれた。
今度も二人は倒しきったものだと確信していた。だが、晴れた煙の中からまだこちらへの戦意を失っていない巨人の姿が現れた。
「くっ! 仕留められてないか!」
「風待さん! やっぱりこのスタンガン、どんどん出力が落ちていってるみたいです!」
二人が各々に状況を分析し、それを口にした。
「そうか……だが、カミオカンデまであと少しだ! このまま一気に行くぞ!」
「え!? で、でもっ!」
再びバイクを走らせるまひると風待の前方には先程のサイクロプスがどんどん近く大きくなってきている。
「風待さん! このままじゃサイクロプスに突っ込んじゃいますよッ!?」
俄然速度を落とそうとしない風待にまひるが必死の形相で叫ぶ。風待の口元は弧を描き、白い歯をチラつかせている。目も見開き、我を失っているかのようにまひるには見えた。
「風待さんッ!! 止まって!!」
「召喚軸は合わせたッ! 日付が変わるぞ!!」
まひるの制止する声にかぶせ風待が叫んだ。その視線の先にはサイクロプスの眼前に描かれ始めている召喚紋があった。
「第六天よりい出て七海を統べる九頭の蛇神、来い! ダイテンマオー!!」
風待が電神召喚の詠唱を終えると宙空の召喚紋の下から徐々にその電神が姿を現し始めた。
「え!? ロボット!? 風待さんの?」
まひるがそれを見てまた驚きの声を上げた。そんなまひるを見て風待が《拘束》を解き、笑顔を向ける。
「君は忘れてしまってるかも知れないが、一度やられた電神でも日付が変われば再召喚できるんだ。今、プレイヤーでない君を電神に乗せることは物理的にできない。少しの間、自動操縦の飛燕で待っててくれ」
召喚途中のダイテンマオーに向け、サイクロプスの拳が今にも振り下ろされんとしている。風待はアクセルを戻し、まひるの体勢を少し屈めさせると、素早くダイテンマオーに向かって飛んだ。
「ちょっと! 風待さんッ!?」
そんなまひるの心配をよそに、風待はダイテンマオーのコクピットへと移り、両膝を屈めて無理矢理電神を召喚紋から出したのだった。目の前にはサイクロプスの巨大なパンチがダイテンマオーの頭部目掛けて迫っていたが風待は気にするでもなく、屈んだ姿勢を正すように自らの巨大な右腕の拳ごと立ち上がった。
ダイテンマオーの右拳とサイクロプスの拳が勢いよくぶつかり合う。桁違いの威力だったためかサイクロプスは右手を消失するだけでなく全身を光の粒子に変え消滅した。
「ふ…!」
風待は振り返りもせず次の目標に視線を向けた。左手に脇差しを携え、走りながら中型のモンスターを蹴散らしていく。
まひる乗る飛燕もダイテンマオーに踏み付けられないよう自動で舵を取っていた。
(穴から出てきたこいつらはプレイヤーの俺だけを狙ってくる! ならば、まだ地球には害をなさないはず! 地球の物質に対しての“当たり判定”もまだ無い!)
風待はダイテンマオーの姿勢を低くしながら、横を疾走る飛燕を見やる。まひるはダイテンマオーと目が合った気がしてドキッとした。
「相川さん! 俺のこの電神で一気にカミオカンデに行くッ! 飛燕にしっかり掴まってくれ!」
まひるはその電神から聞こえてきた風待の声に従い、飛燕のシートを両腕で抱きかかえるように掴んだ。
「は、はいッ! どうぞッ!」
それを視認した風待はダイテンマオーに次なる《指令》を入力する。
「よし! 《人馬変形》、テンマオー!」
その声に呼応するかのように、ダイテンマオーが走る速度を緩めずその形を変えていく。飛燕がダイテンマオーの右手に掬われその背部へと持っていかれ、ダイテンマオーは人型からあっと言う間に馬型形態へと変形していた。飛燕はその変形の際に丁度蔵に当たる部分へ固定されていた。
その漆黒の馬型電神の背からまひるはこらまでとは比べ物にならない勢いで通り過ぎていく風をその肌に感じていた。
(バイクも速かったけど、この子はまたとんでもなく速い! 振り落とされないように、しっかり掴まって!)
まひるはヘルメットと体に当たる風圧でバイクにしがみついているのがやっとだった。
(これは……! 中々に体力を持っていかれるッ!!)
目を細め頑張って視線を前に向けようとしたその時、まひるの目の前に《水流幕》が張られ、体に当たる風を外に逃がしてくれた。
「大丈夫かい!? 相川さん? 無理をさせて済まない」
ヘルメットの中から風待の心配そうな声が聞こえた。自分もモンスターとの戦闘で大変だろうに、そういう中であっても他人を心配できる風待のことをまひるは少し信用してもいいかなと思えた。
「あたしは大丈夫です! 風待さん! みんなは、どうなってますか!?」
「今まで山間部だったから通信が入らなくてね。ずっとオープンチャットにはしているんだが……あと少しでカミオカンデだ。近付けば通信可能になると思う!」
「わかりました!」
二人がそんなことを話している間にもモンスターとの戦闘は続いている。馬型になったテンマオーに乗ったまひると風待が行く手を阻むモンスターを次々と蹴散らし、カミオカンデへと向かっていくのだった。
そんな時、風待のスマホに映し出されている『ダイタニア』のグループチャットからノイズが入りだした。その音はよく聴き取れないが、慌ただしい声が飛び交っているように聞こえた。
「みんなッ! 無事かッ!?」
風待がスマホとヘルメットのマイクを同期させ、そのノイズに向かって声を掛ける。その風待の声にまひるもハッとして
「繋がったんですか!? 風待さん!」
「ああ、多分! みんな! 聞こえるか! そっちはどうなっている!?」
風待がまひるに短く答えながらも、その通信に声を掛け続ける。
「みんな! もう少しだけ頑張ってくれッ!」
そう言った時、はっきりと向こうの音が聞こえてきた。
「お!? 回線繋がったか! 俺だ! 今テンマオーで相川さんとそっちに向かっている! あと十分ほどだ! なんとか持ち堪えてくれッ!」
風待は有りっ丈の希望を込めてカミオカンデ内の仲間たちに声を掛けた。そしてその声に応えたよく知る友の声が届いた。
『おう! 任せとけ!』
コニシキの力強くも頼もしい声。
『まったく、おせーんだよ…』
ドックの苛立ちながらも安堵を感じているような信頼の声。
『迫田君! 早く来てね!』
ミッチーの決して相手を責めることなく、自分の意志を通した優しい声。
風待はこんな所に既に所帯を持った小西夫婦まで駆り出すことに罪悪感を感じずにはいられなかったが、それよりも今は何よりその存在に感謝した。
皆まだ必死に堪えてくれている。それが分かっただけで風待の中に勇気が湧いてきた。
風待の後ろからまひるが小さく声を掛ける。
「あの、あたしも皆さんに一言いってもいいですか?」
「ああ、もちろん。そのまま話してもらっていいよ、通じてるから」
風待がそう優しくまひるに返した。
まひるはこれまでのことを振り返る。ダイタニアに関わる記憶を無くしてしまった自分のことをまだ仲間だと言ってくれるみんな。大切な友達を失っても尚立ち上がり戦い続けられるみんな。
それはとても、すごいことなんだ。
まひるはそんな自分と繋がる人々のことを思い、そっと口を開いた。
「みんな…」
風切り音しか聞こえないテンマオーの上からでも、まひるの声は今も戦闘中のカミオカンデの中にいる仲間たちにしっかりと響き渡った。
「みんな……ありがとうッ!!」
まひるは只々感謝した。自分という人間をもう一度繋いでくれたみんなに。
【次回予告】
[SANY]
…私は、この仮想世界を統括し、
創造するための人工知能、SANY……
それだけの存在のはずだったのに…
この想いは……?
次回『超次元電神ダイタニア』
第五十七話「繋がる想い」
…お前を見ると、胸の奥がざわつく…
――――achievement[ナイトライダー]
※飛燕に乗りながらモンスターを2000体倒した。
[Data23:『ダイタニア』クラス表]
がUnlockされました。




