第五十四話「開かれる異界の扉」
「さあ、私と一緒に――」
シルフィの言葉を遮りサニーが叫んだ。
「そんなの、嫌だッ!! 進一くんと一緒に居られない世界に何の意味も無いッ!!」
「ッ!!?」
サニーのその言葉にその場の誰もが言葉を失う。
「な、何を言っているんですか!? 貴女はダイタニアで私たちと共に暮らしていけるのですよ!?」
シルフィの言葉にサニーが答える。
「そんなもの、要らないッ!! 私はただ、進一くんと! 進一くんを…ッ!!」
そんな光景をザコタは呆気にとられて見ていた。そして、気を取り直し視線を眼の前のガイアレスに定める。
(そよ……お前、なんだな…!)
ザコタはそう思い至りシルフィに言う。
「……シルフィ。そよの意識が表出しだした。あと一押し、俺は何をすればいい? どうしたらあいつを正気に戻してやれる…?」
ザコタはシルフィにそう訊く。シルフィは少し考える素振りを見せた後、ザコタに向けて言った。
「そうですね。もう少し、そよさんの心に届くように話してあげて下さい。でも、今のこの電神では出力不足です…魔力は供給したまま下半身の制御を貴方に委ねます。私にサニーの気が向いてる内にガイアレスの動きを止めるのです。ユーハブコントロール!」
「……解った。アイハブコントロール!」
マケンオーのコクピット内の回路が下半身から上半身に掛け光が走る。
その様子を見てザコタは下半身の具合を確認すると勢いよく刀を振るい光の刃を二つ前方のガイアレスに向け放った。
その攻撃はガイアレスを挟み込むように地面から放たれ、ガイアレスがそれを躱す為にマケンオーから離れ上空に飛び上がった。
その隙にシルフィが地上に降りてスキルを唱える。
「皆! 一斉にサニーを! 《暴風光線》!」
シルフィの翳した両手からエメラルドグリーンの追尾光線が幾本も空中のガイアレスに向け射出された。
それに呼応するように遠距離攻撃を放てるプレイヤーたちが一斉に合わせる。
「《土の針》!」
「《炎の矢》!」
「《水の弾丸》!」
「《五指銃弾》!」
空中のガイアレスが弾幕に包まれ、その巨体が地上に落下する。
だが、ガイアレスは地面に脚が着くやいなやダメージを物ともせず、地を蹴りシルフィ目掛けて一気に距離を詰めた。
「え!?」
シルフィだけでなく、そのガイアレスの速さに誰もが驚いた。
「シルフィ!」
ザコタが叫び、シルフィは咄嗟に防御スキルである《風の天蓋》を自身に放つ。しかしガイアレスはそれをいとも簡単に引き裂き、鋭いその爪をシルフィに向け振り抜いた。
『超次元電神ダイタニア』
第五十四話「開かれる異界の扉」
シルフィ自身、もう駄目だと覚悟した。
しかし、ガイアレスの爪はシルフィの遥か前を通り過ぎて行った。
「え……?」
シルフィが驚きながら自分の体を見る。そして、先程とは自分の立ち位置が変わっていることに気付いた。それはまるで瞬間移動でもさせられたかのように自分の位置だけがずらされていたのだ。
シルフィは視界の端に見知った人影を見付けると、その瞳は見る見る潤み、大粒の涙を溢し始める。
「………サラ…!」
見ればグラウンドの片隅にサラの姿があった。サラは肩で息をしており、先程空間を削り取った負担の大きさを伺わせている。
「はぁッ…! はぁッ…! …やはり、この体での《最終攻撃》は、骨が、折れるな……」
そう言ってサラはグラウンドに膝をつく。そんなサラをシルフィが駆け付け抱き抱えた。
「サラ……サラ! 本当に……!」
シルフィは涙を流しながらサラを抱き締めた。そんなシルフィの変化にサラは気付き声を掛ける。
「今日は、いつになく感情的ではないか…シルフィ…?」
「だって……! 死んでしまったかと……殺してしまったかと!」
「安ずるな。我はこうしてちゃんと生きている…」
そう言ってサラはシルフィの髪を撫でた。
シルフィはサラの顔をクシャクシャになった顔で見上げて
「ごめんなさい…ごめんなさい! 私、貴女を…ッ!」
悲痛な面持ちで謝るシルフィに、サラは微笑みながら答える。
「よい……もう済んだこと。言ったはずだ。我は必ずそなたを護る、と…」
そう言って微笑むサラの表情にシルフィは更に涙を溢す。そんな二人の様子を見ていたサニーは、シルフィに抱き抱えられるその人影を見て詰まらなそうに言った。
「……サラ。シルフィが創った兵士か」
「お初にお目にかかる。そなたがサニー、か…」
二人の間に暫しの沈黙が流れる。
「今更出て来て何の真似だ? 自分の主人に逆らうつもりか?」
サニーのその言葉にサラはフッと笑いを見せ言った。
「勘違いしてもらっては困る。我の主人は今も昔もこのシルフィのみ。それに、今宵の我が友はいつにも増して心豊かで愛らしいと来た。気張らんわけには行くまい?」
「言ってくれる。見れば魔力も底をつき掛けているじゃないか。それで私の相手は務まるの?」
「ふむ。そう言われると流石にきついものがあるがな……」
サニーの挑発にもサラは何処吹く風と受け流してみせる。
「まあいい。どうせ私の敵ではない」
「そうだな。だがな、我にも託された想いがある。友から託された熱い想いがな!」
「お前は邪魔だ! 消えろッ!!」
そう言ってサニーが手を翳すと、光の帯が幾つも現れその先端をシルフィに向けた。
「《光弾流星群》!」
「させんよ」
そんなサニーの攻撃からシルフィを護るようにサラが前に立ち、両手を前に突き出すとその手からエメラルドグリーン色した炎の防御壁が現れ、全ての攻撃を弾いて見せた。
その光景にアースは驚きながら呟く。
「あれは、風の魔力!?……どうして、火の精霊が……」
そしてシルフィが叫ぶ。
「ザコタ! 今ですッ!」
「ああッ!!」
そう言ってガイアレスの背後まで迫っていたザコタは刀に力を込める。
「そよッ! 俺がずっと一緒に居てやる! いや、俺と一緒に居ろッ!!」
そう言ってザコタは渾身の力で刀を振り下ろし、その背を斬り付けた。マケンオーの斬撃がガイアレスの魔力供給回路を断ち切った。
「ガァッ!」と一声吠えてガイアレスはその動きを止めた。
シルフィは震える手でサニーに対峙する。そんな彼女を見てサニーが笑った。
「……そう言えばシルフィ? 貴女、一人でこそこそと面白いことを企んでいたな…」
「ッ!?」
シルフィは息を飲む。サニーが更に続けた。
「何でも地球とダイタニアを繋ぐ異界の扉を開く、とか? その扉、私が使わせてもらおうか」
「駄目! そんな事ッ! もう絶対にさせない……!」
シルフィはサニーの前に立ち塞がる。その隣にサラが立ち、他の皆も気を引き締める。
「扉を開くにはあと一つ、鍵が必要だったな……」
そう言いながらサニーは周辺を見渡す。
そしてシルフィを正面に捕らえたところでサニーの視線が定まる。
「ッ!? まさか!!」
「やはり、最後の鍵は貴女が相応しい!」
シルフィが叫ぶと同時に、動きを止めたはずのガイアレスが再び襲い掛かった。
「シルフィ!」
サラが咄嗟にシルフィの前に立ち、ガイアレスの進路を塞ごうとする。それに反応した者たちも続く。
「SANYもニュートリノを自在に物質化できるの!? それで瞬時にあの電神の駆動回路を修復したんだわッ!」
飛鳥が自分に実現可能な範囲の超常の力をSANYに当てはめ推測し叫ぶ。
ガイアレスは進行をマケンオーとベルファーレに阻まれ「グゥッ!」と、くぐもった音を出してその進行を止めた。
だが、ガイアレスはマケンオーとベルファーレのそれぞれの肩を掴み、そのコクピットの中でサニーがほくそ笑んだ。
次の瞬間、ガイアレスと他の二機の電神の姿はその場から消えていた。
気付くとその周りに居たシルフィ、サラ、アースの姿までも見当たらない。
「まさかッ! SANYめ、《瞬間転移》したのかッ!?」
風待が驚きの声を上げた。
「そんな! まだ地球とダイタニアは繋がっていないはず……!」
飛鳥がそう言うと風待が答える。
「いや、恐らくはその《異界の扉》を開けに行ったんだ」
「え!? でもあれは……」
「ああ。あと一体の電神か、精霊の消滅で開いてしまう……」
「そんな……!」
飛鳥が顔を歪ませる。そして叫んだ。
「そよさんを追いましょう、風待さんッ!」
その光景を電神のコクピット内から眺めていたドックが口を開く。
「おいザコタ。黒い電神のあいつ、ほんとにお前のコピーなのか? 何だかお前よりかなり気が短くないか?」
「あ、ああ。進一は俺の記憶を断片的にダウンロードしただけで俺のコピーじゃない。歴とした一人の人間ですよ。それに見た目も全然違うでしょ?」
ドックの言葉を受け、風待が少し戯けて返す。
「見た目は、そこそこ似てる。だけど、お前ほど雑魚っぽくないな。どちらかというと主人公タイプだ」
そんなドックと風待の緊張感に欠ける会話に苛立ちを隠せず、飛鳥が急かす。
「早く行きましょう! そよさんが行った場所はカミオカンデですよね!? 誰か、《瞬間転移》で……」
それを聞いてドックがやれやれと言った感じで口を開いた。
「まあ待て。カミオカンデなら俺が連れて行ける。向こうに待機してる二人に現状を報告するのが先だ。少し待ってな」
そう言うとドックはスマホを取り出しどこかへ電話を掛けだした。そして通話が終わると風待に向き直り
「じゃあ、俺たちも行くとするか。行く奴は俺の電神に触れな」
ドックが《瞬間転移》を唱える態勢に入る。
まひるも一緒に行こうと手を差し伸べた。飛鳥と風待もドックのハンズワイプに手を触れる。
「よし。奴は恐らくカミオカンデ内部に直接転移したはずだ。俺たちも直に行くぞ。次に目を開けたら戦場かも知れん。気を引き締めろ」
ドックのその言葉にまひるは一瞬怯む。力を失くしている自分が行ったところで邪魔になるだけではないか、と。
そんなまひるの様子に気付いた風待が口を開く。
「無理しなくて大丈夫さ、相川さん。これだけの数が相手になるんだ。SANYは俺たちで何とか出来そうだよ。だから君は安心して待ってればいい」
そう言って笑う風待に、まひるは少しだけ心が楽になった気がした。そして風待の目をまっすぐ見て言う。
「ありがとうございます。あたしが行っても邪魔になるだけかも知れないけど、行かせてください! もう、知らない所で友達が傷付くのは嫌です!」
まひるは自信を取り戻した顔をして両手でガッツポーズをして見せる。そんな健気なまひるに風待が柔らかい笑顔を向けるも、ある事に気付きまひるを二度見した。
「あ! 相川さん、手!」
ガッツポーズの勢いで電神から両手を離したまひるに、今度は風待が手を伸ばした時、風待の両手も電神から離れてしまっていた。
手を戻そうと振り返ると、既にハンズワイプの姿はそこには無かった。
「へ?」
「あ?」
気付けばグラウンドに二人取り残されたまひると風待が立っているだけだった。
「…あ」
「…あ」
二人は呆然とした顔で見つめ合い、次にお互いの声が重なった。
「「ああーーー〜〜〜ッ!!」」
――ハイパーカミオカンデ。
岐阜県飛騨市神岡町の旧神岡鉱山内、富山県との県境の山中にそれは在った。
カミオカンデ、スーパーカミオカンデに次ぐ三器目のニュートリノ物理観測所で2027年より今も尚現役で稼働している。
1000メートル地下に構築された地下空洞は直径、高さともに約70メートルあり、その円筒形の貯水タンクには今は一滴の水も貯えられていなかった。
その代わりに、その底には不気味に黄色く発光する魔法陣が描かれていた。
『あれが、迫田君が言ってた《異界の扉》……』
『ああ。恐らくな…あれが開けば地球とダイタニアが繋がってしまうというわけか』
今その魔法陣を貯水槽の上から見下ろす二機の電神がいた。風待が前もって用意していた先行部隊だ。
「で、この扉を開けようとここに現れるだろう電神を迎え討てばいいのよね?」
紅いスマートな電神から女性の声がそう訊いた。
「そうだ。最悪扉が開いてしまった場合はそこから出てくるだろうダイタニアのモンスターどもをここで全て迎え討つ! このまま何事もなく過ぎてしまえばいいが…」
隣の灰色の無骨な電神から男性の低い声がそう答える。
このガタイの良い顎髭を傭えた男の名前は小西貴之。
かつて風待らと共に学生時代を科学に捧げていた過去を持つ。相性は『コニシキ』。
もう一人の亜麻色の髪を後ろで一つに結った女の名前は小西千登世。
旧姓は三橋といい、彼女もまた風待や小西、堂島らと共に大学の超常科学サークル『大胆科学愛想会』でSANYの研究に没頭した科学者の一人だ。名字が変わった今でも相性は『ミッチー』のままだ。
「それにしても、ドクにここまで《瞬間転移》で連れて来てもらったが、よくあいつこんなところ見学に来たことあったなあ」
「ドクって凝り性でしょ? なんでもハマるととことん突き詰めるタイプだから。それに、彼って電脳空間の構築にも詳しいから、きっとここも興味があったのよ」
「ああ、確かになー。あいつは昔からそういう所あったよなあ。どうせなら俺もゆっくりカミオカンデを見学したかったぜ。ザコタもよく俺たちが『ダイタニア』をプレイしてるって分かったな」
「三週間くらい前に久々に顔見せたと思ったら“ログイン状態を維持しててくれ”なんてね。ドクから聞いてようやく解ったけど、こんな大事なこと、最初からちゃんと説明しなさいよまったく…」
コニシキとミッチーがそんな会話をしている最中、眼の前の空間に突如三機の電神が現れた。
「「ッ!!?」」
それを見た二人に緊張が走る。
「あの黒い羽が生えたヤツ、ドクが言ってたSANYの電神よね!?」
ミッチーが叫ぶ。
「ああ、他にも二機電神がいるが、あれはザコタの仲間だよな? 一気に征くぞ! 俺の背中は任せたぞ千登世!」
コニシキも応じる。
そしてドックからの通信がカミオカンデの空洞内に響き渡る。
『待たせたな! コニシキ! ミッチー! その黒くて黄色く発光してるのがSANYの電神だ! やはりバグって正気を失っている。奴はダイタニアと地球を融合させて管理を放棄する気だ!』
その声と共にコニシキとミッチー、二機の電神が貯水タンクの上から降り立った。
「つまり!?」
ミッチーが簡潔な回答をドクに求める。
「つまり、SANYは世界を混沌に変えてから消滅するつもりだ!」
ドックがハンズワイプをコニシキとミッチーの機体に寄せ答える。
「なんとも…厄介なことになっているな!」
それを聴いてコニシキが少し呆れたように答えた。コニシキは自らの電神『バルクトレーニー』の右手から《地殻障壁》を前面に張り前に出る。その後ろからドックのハンズワイプとミッチーの電神『美火人』が続く。
コニシキが張った《障壁》が落下しながら攻撃してくるガイアレスの弾丸を防ぐ。が、その威力に障壁は直ぐに砕かれ次の障壁を更に後ろにいた流那のベルファーレが新たに張って防ぐ。
「助かる! 中々に厚い障壁を張ってくれるじゃないか! よし! このままSANYに近付き取り押さえるぞ!」
コニシキがそう叫びバルクトレーニーが加速する。
「さあ! みんなで大胆に地球を防衛ろうかいッ!!」
最初にガイアレスに仕掛けたのは美火人、ミッチーの電神だった。
「あたしも! そろそろ暴れさせてもらおうかねッ!!」
そう言って左手に《炎の盾》を出現させ、美火人が加速する。そしてすれ違いざまにガイアレスに飛び掛かって行った。その勢いのまま右手の長剣で斬り付けると、ガイアレスは咄嗟に構えて両手で美火人の剣を受け止めた。
「うおりゃああ!!」
そんな声と共にバルクトレーニーがガイアレスの背後から胴体を掴み、ジャーマンスープレックスで後方へ投げ飛ばす。
「オォッ!!」
ガイアレスは唸りながらも無防備になった空中で今度はハンズワイプの四本の腕によって四肢を掴まれ、更にはベルファーレの《光鎖拘束》にって動きを封じられた。
「千登世! 今だ!」
コニシキが叫ぶ。そしてミッチーの機体から炎が迸り、その機体は紅く染まった。
「《バーニング・トマホーク》!!」
コニシキがそう叫びながら炎を纏ったままの美火人の足を掴みながら飛び上がり、身動きが取れないままのガイアレス目掛け振り下ろした。
「うおおおおおお!!」
炎の竜巻に包まれながらガイアレスは地面に叩きつけられた。
「ぅぐッ! 中々に連携の取れた動きをしてくる! この地球人たち!」
サニーが最深部の地面に手をつき、ガイアレスの動きを停め、周囲の電神を見やる。
ガイアレスのその手先からはカミオカンデの底に描かれた魔法陣の光が収束し吸収されているかのように黄色く発光している。
「いかん! カミオカンデはSANYに取って無尽蔵のエネルギー供給装置のようなもの! これ以上時間を掛けてられんぞ!」
その光景を見てドックが叫んだ。
「あの底の魔法陣さえ何とか出来れば! 千登世!」
コニシキも焦りながらミッチーの方へ指示を飛ばす。
「ええッ!!」
美火人の胸部のダクトから炎が吐かれ、カミオカンデの底に描かれた魔法陣に向けて放たれるが、その炎は魔法陣に到達する前に見えない壁によって防がれた。
「くそッ! やはり《障壁》か!」
そんなコニシキの声と共に自分の電神に鋭い衝撃が走り、バルクトレーニーは後ろに吹き飛ばされた。
「なッ!?」
見るとSANYがコニシキの機体を蹴り飛ばしていた。バルクトレーニーが千登世の美火人に衝突し、その衝撃で二機はカミオカンデの底へ向け落下する。
「千登世!」
バルクトレーニーが落下しながら美火人の元までブーストを蒸して寄り、その肩を掴む。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ」
そんな二人を見てSANYが口を開く。
「…二人まとめてログアウトさせてあげる」
SANYが二機の電神に向けガイアレスの右手を翳すとその手にエネルギーを収束させる。その輝く右手から射出されたのはノーミーが見せた“物質を原子分解し消滅させる光線”だった。
「ッ!?」
コニシキもミッチーもそんなものだとはつゆ知らず、迫りくるその不気味な光線にただただ戦慄を覚えた。
「いかんッ!」
動けないでいる二機の電神に向け、サラが両手を上下に大きく構え勢いよく前方に突き出す。
サラの正面30メートル程先にいたコニシキとミッチーの電神がサラの眼前まで一瞬で移動した。
先まで二機がいた空間をサニーの怪しい光線が通り過ぎ消えていった。
「ん? おおっ!? 大丈夫か千登世!」
何が自分たちに起きたのか理解出来ていないコニシキが周りをキョロキョロ見渡す。それを受けミッチーも状況把握に努めている。
「大丈夫よ! 私たち助けられたみたいね」
そしてまた一人詰まらなそうな顔で振り向きその相手を睨みつける。
「サラ……またお前か……」
サニーは低い声で小さくそう呟くとガイアレスをサラに向けた。
「ハァ! ハァ! ハァ!」
両肩を落とし全身で息をするサラの顔は汗でまみれ必死の形相だった。
(流石に、気張り過ぎた……この体で《最終攻撃》の連発は出来ん……もう、魔力も……ッ!)
そんなサラの前にシルフィがその身を盾にするかのように立ちはだかった。
「大丈夫、サラ?」
シルフィがそう呟くと、その体から光の粒子が溢れ出しサラの体を包み込んだ。
「……ッ!」
するとサラの体がみるみる内に回復し、呼吸も整っていった。
「これは……《回復》……いや、違うな……《魔力分与》か?」
サラが自身の体に起きた現象に驚きを隠せないでいるとシルフィが振り返り笑顔で言った。
「私の魔力を少しでも、貴女に!」
サラはこの窮地において、そのシルフィの笑顔を目を見開きまじまじと凝視した。サラと視線があったシルフィが不思議そうな顔をして、それからまた柔らかい笑みを見せ言う。
「どうしたのサラ? 狐に摘まれたような顔をして」
サラは尚もシルフィの顔を見つめながら答えた。
「……そなたは、そういう笑い方をするのだな……」
そう言ってサラはシルフィから顔を背けた。
「サラ?」
サラの背後でシルフィが不思議そうな顔をしている。サラの肩が少し震えていたことにシルフィは気付かなかった。
サラは溢れ出る感情を必死に隠そうとしていた。胸の奥から込み上げてくる愛おしさを、それを言語化してしまいそうになる唇を、喜びと嬉しさから緩む頬を。
サラは全身で友の良い変化、いや、本来の姿を知れた喜びを味わっていた。そして正面のサニーを見据え背後のシルフィに言う。
「シルフィ、力を貸してくれるか?」
「もちろん! まだやれます!」
シルフィがそう答え、サラは正面のサニーを更に睨む。だがその口元は弧を描いていた。
「ん!? あの二人、何か仕掛ける気だな!」
そう言って右手を前に突き出し構えたのはコニシキのバルクトレーニーだった。それを見てミッチーとドック、更にはそこに今いる全ての者が改めてSANYを標的に定め、腰を静かに落とし構えた。
「ふん。一斉に来るか」
サニーはそう呟き、両手の力を強く握り直した。
「征くぞ!!」
サラのその掛け声と共に全機の電神が加速する。
(やはりシルフィが魔力を皆に供給している! なら!)
サニーが直近の美火人目掛け右手を構えると同時に、美火人は右手に握った長剣に炎を宿し、その《炎の剣》をガイアレス目がけ振り降ろす。
「ッ!?」
それは最初に対峙した時とは比べ物にならないほどの速度だった。だがそれでもサニーには届かなかった。両手に魔法陣を展開し、その魔法陣を盾のように美火人の剣撃を防ぐ。
「うわッ!」
美火人はそれでも尚も力を込めるが、サニーは微動だにしなかった。
「《地殻障壁》!!」
コニシキのバルクトレーニーが右手を地面に叩きつけた。するとガイアレスの足元から土の壁がせり上がり、その行く手を阻んだ。
「ぬっ!?」
その壁によって一瞬動きが止まった隙にアースと飛鳥の遠距離攻撃スキルがガイアレスに刺さり、ドックのハンズワイプが四本の腕で至近距離から拳の乱撃を浴びせる。
その戦場の最奥では流那がベルファーレの失った右腕の代わりに残った左腕を天高く掲げて《最終攻撃》の発動体制に入っていた。
「馬鹿め。ただでさえ鈍い機体がそんな距離から近距離攻撃など、何になる!」
サニーが視界の端に映ったベルファーレを視てそう呟き、ガイアレスもまた眼前の戦闘に気が抜けない状態が続いていた。
「ふ。距離など関係なかったろう?」
サラがベルファーレとガイアレスの直線上の位置に立ち、またその両腕を上下に振り下ろした。
「《空間咬砕怪華》!!」
サラの《最終攻撃》がガイアレスとベルファーレの距離を一瞬でゼロに近付ける。
「ッ!!」
サニーがハッとする間もなくその眼前には巨大な電神の右拳が空を切り裂き迫っていた。ガイアレスは避ける動作も出来ず――
「《新星創造拳》!!!」
――流那のベルファーレの拳に機体全体を打ち抜かれた。
ガイアレスがカミオカンデの底に落ちていく。機能停止してしまったかのようにその電神はピクリとも動かず落下していく。この攻撃に誰もが手応えを感じていた。
「今ですザコタっ!」
「応っ!!」
シルフィとザコタのマケンオーが落ちていくガイアレスを追おうとカミオカンデの底に飛び込んでいく。
「そよッ! 聞こえるか!? 戻って来いそよ! 俺のもとに戻って来い!!」
ザコタが必死の形相で叫ぶ。
「サニー! 制御AIが嫌なら、せめて、せめてこのザコタの大切な人に戻ってあげてくださいッ!」
シルフィも叫ぶ。
「サニー! お願い、戻って来て!」
「そよッ! 俺がお前の居場所になってやるッ!!」
その二人の叫びはサニーの電脳に届いていた。だが、ガイアレスはカミオカンデの底へ落ちていき遂には魔法陣の描かれている底面へと到達した。
底面に到達した瞬間、ガイアレスは何かに引っ張り上げられるかのように持ち上げられ、その姿勢を正した。
先程まで消えていたガイアレスの全身のラインに再び黄色い光が灯しだす。それに呼応するかのようにガイアレスの足下の魔法陣が更に輝きを増した。
「まさか!」
シルフィが叫ぶ。
「また、“回復”しているというのか!?」
ザコタもそう叫んだ。そしてシルフィが何か言葉を紡ごうとしたその時、シルフィが何者かの力によって引っ張られその身を後ろへと放り投げられた。
「ぐあッ!!」
シルフィの直ぐ隣でザコタの苦痛の叫びが上がった。見るとマケンオーの右腕がその手に携えていた《妖刀村正》ごと吹き飛ばされていた。
「なにッ!?」
シルフィはその光景に驚愕し、思わず声を上げた。そして自分を投げた者の方に目をやる。
「そ、んな……サラっ!!」
そこにはマケンオーと同じように左肩から半身を赤く染め上げたサラの姿があった。サラはシルフィに気付かれまいと震える右手で着物の袖口を肩口に回し、失った左腕を見えないよう隠した。
「…済まぬ、な。少し、しくじった…」
冷たい汗が流れる顔に笑顔をたたえて、サラはシルフィにその身を預けた。シルフィは倒れ込んできたサラをしっかりと両腕を背中に回し強く抱きしめた。
サラを抱きしめたシルフィの腕も震えている。シルフィは悟ってしまった。今抱きしめたこの友の命がもうすぐ尽きるだろうことを。
「……ふ…ふ、ぐ……ッ」
シルフィはその瞳に大粒の涙を溜め、声を殺して嗚咽を漏らす。それを聞いたサラは右手でそっとシルフィの頭を撫でた。
「そなたの、柔らかい髪を撫でるのが、好きだった……」
サラは優しい笑顔と手つきでシルフィの髪を撫で続ける。
「あ……あぁ……ッ」
シルフィは何も言えずその頬を涙が止め処なく濡らすばかりだった。
「最後に、そなたの、本当の顔がみられて…よかった……」
サラはそっと目を閉じるとその笑顔のまま、シルフィの腕の中で光の粒子となり消えていった。
「くっ…ぐ……ぅ……サラぁ……ッ」
シルフィは自らの両腕を強く胸に抱き、最後まで自分の盾となり護ってくれた友に涙が止まらなかった。
「……………」
サニーが何かを呟くとカミオカンデの底面に描かれた魔法陣から光が溢れ出す。
それに気付いたシルフィが涙を振り払い顔を上げガイアレスを見た。
「いや、そんな……ッ! 《ヘラクレスの柱》がッ!!」
シルフィがそう言うと同時に、魔法陣から光が柱のように真っ直ぐに天に向かって伸びていく。そして魔法陣の中心部からゆっくりと地鳴りのような低い音を立ててカミオカンデの底に穴が開き始めた。
地球人たちの奮戦虚しく、異界の扉はその大きな口を開けたのだった。
【次回予告】
[コニシキ]
久し振りの同好会メンバーの集合場所が
まさかカミオカンデだとはな!
[ミッチー]
ほんとにね…
あの二人、昔から変なところで気が合うから…
[コニシキ]
俺たちが集まればやってやれないことはない!
[ミッチー]
だから、安心して見てて、陽子……!
次回『超次元電神ダイタニア』!
第五十五話「光の柱の上で」
大胆地球防衛会! ここに爆誕ッ!!




