第四十八話「再起動する闘志」
仕事帰りのサラリーマンで賑わい始めた店内。
カウンターに一人掛けるまひるを見て数人の常連客がよし子に声を掛ける。
「お!ママ、新しい子入ったの?」
「違います。私のお客様よトシさん。しっし!今日はりなちゃんでいいかしら?」
「こりゃ失敬!ごめんなさいね。りなちゃん大歓迎ッ!」
「今日はよっちゃんが相手してよ?待ってるからさ!」
「はいはい。いい子にしてたら後で行きますからアツシくん。この前のボトルからでいいのかしら?」
「はーい。いい子にして呑んでまちゅよー」
「今日は平日だからなるちゃんいないんだよなぁ。代わりにいい子付けてよママ?」
「シンさん、うちの子はみんないい子ですよ?今日みあちゃんいるわ。みあちゃんお願い〜」
「はあーい。あらシンさん!ご指名ありがとう!」
まひる越しにお客とよし子の会話がやり取りされる。まひるはお客を一人一人把握していて、その会話からお客の好みやその日の気分などを推し量るよし子の接客に純粋に感心していた。
「騒がしくてごめんなさいね、まひるさん。こういう場所なの」
よし子はそう言うとまひるに向き直る。
「いえ!あたしこそお店が混み合う時間に済みません!」
まひるがそう言いながら頭を下げる。よし子はそんなまひるに微笑みながら言った。
「いいのよ。今日は平日だから他の子で回せるだろうし。それより……」
「はい……」
まひるは気付くとよし子に事の経緯を全て話してしまっていた。単によし子が聞き上手だったというのもあるかも知れない。だけどそれ以上にまひるは誰かに聞いて欲しかったのだ。
「今もそのスマホから流れてくる音声、リアルタイムに起きてることなんでしょ?」
よし子がまひるのスマホに視線を向け訊いてくる。
「はい。恐らく…」
まひるの『ダイタニア』を起動したスマホからはオープンチャットで流那たちの声が聞こえて来ていた。
音声は途切れ途切れだが、激しい衝撃音や金属の擦れる音は今もハッキリと聞こえて来る。
「多分、流那ちゃんともう一人、あたしの友達が地球を侵略しようと考える相手と、戦ってるんだと思います…」
まひるは俯きそう答えた。
「………」
よし子は思う。この子は嘘は言っていない。本当になるちゃんがそういう相手と戦ってるかは分からない…
けど、この子は本当にそのことを心配して、記憶が曖昧でどうしたら良いか分からないでいる自分が、すごく腹立たしくて歯痒いのだ……
だから見知って日も浅い自分にこうして助けを求めて来たのだ。この子の心は今、そこまで追い詰められている……
「…まひるさん」
よし子がゆっくりと話し出す。
「このままお酒を呑んで、酔って、現実を忘れられたとして、あなたは幸せかしら?」
「えっ……それは……」
まひるはその言葉に戸惑う。そして視線を下に逸らした。
確かにこのまま呑んで、酔っ払って、嫌なことを全部忘れられたら……
そんなまひるの様子を見てよし子は優しく微笑むと、再び口を開く。
「ここはね、仕事や家庭で疲れた男たちが一時の夢を見るために、現実を忘れようとやって来る所なの…」
「えっ……?」
「だから、私たちは美味しいお酒と美しい女を用意して、暫し現実を忘れるお手伝いをさせて頂いてるのよ?」
よし子は静かにそう言った。
まひるは顔を上げ、よし子の顔を見つめる。よし子はカウンターの向こうで、まひるを見つめながら続けた。
「それでもね?ずっとここに居ようとする人はいない。家に帰ればいい旦那に戻るし、明日になればまた仕事にも行く。そう、誰もが必ず現実に戻って行くの」
「……」
まひるは無言で頷いた。
よし子はさらに続ける。
「現実は必ずあなたを待ってるわ?だからあなたは、あなたを待つ人の所へ帰ってあげなさい?」
「……ッ!」
まひるはその言葉にハッとする。そしてよし子の言葉を噛み締めるように目を瞑った。
(そうだ……あたしには、待ってくれてる人が居るんだ……!)
よし子はそんなまひるを優しい眼差しで見つめる。
「その顔、決心がついたのかしら…」
まひるはその目をしっかりよし子に向けると、にっこりと微笑み言った。
「はい!なんだか心が軽くなった気がします」
よし子のその優しい笑みを見て、まひるは席を立ち深くお辞儀をして感謝の意を表した。
「ご迷惑をお掛けしました!よし子さんのお陰であたし吹っ切れました!」
「そう?それは良かったわ♪ようこそ、現実世界へ」
よし子は満面の笑みでそれに応えた。
まひるはそんなよし子にもう一言伝えると、支払いを済ませ店を出た。
(まずは一端アパートに戻ろう!そして、何が出来るか分からないけど戦いの準備をして流那ちゃんに合流しよう!)
まひるはそう思うと、アパートへ帰るべく走り出した。
『超次元電神ダイタニア』
第四十八話「再起動する闘志」
まひるがアパートに戻り、シャワーを浴びて動きやすい格好に着替える。
Tシャツの上に薄手のパーカーとショートパンツ、直ぐ様いつものまひるが出来上がる。
冷蔵庫にあった冷や飯をチンしてオニギリにして軽く胃袋を満たす。
懐中電灯、絆創膏にモバイルバッテリー。他に何が必要になるか分からない。まひるはその辺にある物を手当たり次第に鞄に詰めていく。
『スナックかきつばた』から急いで帰って来たので一度離席していた『ダイタニア』の流那のチャットルームを再度開く。
そこから流れる音は先程までの喧騒さはなく、しんと静まり返っていた。
まひるはその音声を耳を澄まして聴く。
静寂の中から時折聞こえて来る小さな嗚咽。
誰かが、この音の先で泣いていた。
「ッ!」
まるは心が痛むのを感じた。そして、いてもたってもいられずにチャットルームの通話をオンにし、スマホの向こうの人物に語り掛けた。
「あの!あたしまひるです!誰か聞こえますか?」
『………ぐす…っ………え?…まひるん?』
スピーカーから聞こえて来たのは女性の声だった。そして、まひるはその声に聞き覚えがあった。
「流那ちゃんッ!大丈夫ッ!?」
『まひる、ん……ううっ……大丈夫じゃ、ない、わよぉ……』
「え!?ど、どうしよう!?流那ちゃん今どこッ?」
まひるはスマホの向こうにいる流那の側に寄り添いたかった。しかしここは遠く離れたアパートの一室。どうすることも出来ない自分に歯痒さを感じていた。
そんな中スピーカーからまた流那の声が聞こえて来た。
『……ひぐっ……ううぅ……今、そっち、行くわ……』
「え!?」
流那がそう言ったすぐ後にアパートのインターホンが鳴った。
まひるはインターホンのモニタを見ると玄関ドアの前には流那が一人立っていた。
「流那ちゃんッ!」
まひるは玄関ドアを明け、その流那の姿を見て驚いた。
服はボロボロになり体中あちこちが泥に塗れていたのだ。
そして何より、あの流那が人目を憚らず大粒の涙を零して、泣いていたのだ。
「ぐすっ……うえぇ……っ……」
まひるは言葉を発することが出来ず、泣きじゃくる流那にゆっくり近付くと流那を強く抱き締めた。
流那の少し冷えた体温が伝わる。
肩を濡らす涙が熱い。
あの流那が、あの自信とプライドの塊のような流那が、こうも泣いているのだ……
まひるはそのことを想うと、自分の胸にも熱いものが込み上げてきた。
「流那ちゃん……ごめん……ごめんね……」
まひるは流那の髪を撫でながら抱きしめ続ける。自分の不甲斐無さが、今流那を泣かせてしまっているのかも知れない。
そう思うと胸が締め付けられた。
「ぐすっ……なんで、まひるんが、謝るのよ……?」
流那はまひるに抱かれながら涙を流したまま訊いた。
「…きっと、本当はあたしがやるべきだったことを、流那ちゃんはやってくれたんだよね?」
「ッ、…う、うぅぅ……!」
流那はまひるのその言葉に涙に濡れた顔を上げた。まひるのその優しい笑みを見て、流那はまた涙を流した。
「…うぅぅ………まひるん?」
「なあに、流那ちゃん?」
まひるは自分の瞳にも涙を溜めながら流那に笑顔で返す。
「まひるん…ッ!……お願い!……助けて…ッ!」
流那はまひるにしがみ付き、泣きながら必死に訴えてきた。
「うんッ!」
まひるは流那の願いに、力強く、そして優しく応えた。
「今更あたしに何が出来るか分からないけど、やらせて欲しい!あたしに出来る、あたしがすべき事を!」
二人はそれぞれシャワーを済ませ、まひるの部屋のベッドに腰掛けていた。
まひるは流那から今日起こった事を掻い摘んで聞かされた後だった。
「万理が……ほむらも……風子ちゃんまで……」
流那は三人の友を思い、またその瞳に涙を滲ませる。そんな流那の肩にまひるがそっと手を回した。
「………流那ちゃん……あたしが『ダイタニア』に復帰するには、そのSANYってラスボスの前でこの《繋がる想い》を使えばいいのね?」
まひるは真剣な眼差しで自分のスマホのメーラーに届いていたメールを見る。
「そうみたい…風待さんはそう言ってたわ」
落ち着きを取り戻して来た流那が自分の記憶を辿り、一つ一つまひるに現状を細かく説明していく。
「そうすれば、あたしの失くした記憶も戻って、ゲームの中と同じ能力も再現できる……」
「ええ…」
「そして、そのラスボスであろうSANYを倒せば、この地球侵略は止まるのね?」
「ええ……」
「……よしっ!」
まひるはそこまでを訊いて力強く頷き、決意の眼差しで流那に向き直る。
「シルフィに会いに行こう流那ちゃん!今まで聴いたことをまとめると、世界改変の鍵は恐らくシルフィが握ってる」
まひるは流那の手を取りそう言った。
「……聴くとシルフィは目的の為なら手段を選ばないような、そんな怖さを持った人みたいだけど…」
まひるが真剣な眼差しで話す。
「今回はやたらと手段を選んでる。各地に電神を配置したり、時間制限を宣告してきたり……それだけシルフィが今回やろうとしてることに慎重になってるんだと思うの」
まひるのその言葉に流那はマリンとの会話を思い出す。
「万理も言ってたわ。異界の扉を開くには電神が必要なのに、態々その電神を私たちにぶつけて来てる…裏がありそうだって」
流那は万理のその分析に、今一度シルフィへの警戒心を強める。
「先行してる他のみんなはシルフィの下に向かったんだよね?それはどのくらい前?」
「私たちがディーネと戦い始めた時だから……二時間くらい前かしら?」
まひるは流那のその言葉を聞くと、決意を新たにして立ち上がり流那に言った。
「急ごう!千葉理学大学へ!」
――時間は少し遡り、千葉理学大学。
《瞬間転移》でやって来たアース、ザコタ、そよ、飛鳥の四人は大学の正門前で二の足を踏んでいた。
「ここにシルフィって奴がいるのか?」
ザコタが怪訝な表情で大学の敷地と門の向こう側を交互に見る。
正門から大学の敷地内は見通せるが、ここから見ただけでは人が居るようには見えない。
「今は夏休み中だし、時間も六時を回った辺りだから学生は余りいないと思うけど、用心して行きましょう」
飛鳥も初めて目にする大学の敷地の広さに驚きを隠せない様子だった。
「私たちは幸い、学生との見た目の区別は付きにくい年頃のはず。このまま学生の振りをして正門から堂々と入ろう」
アースが先頭に立って歩き出す。
そよは黙って頷き、アースに続いて歩き出したザコタの横に付いていく。
正門から入って行った四人は途中何人かの学生らしき人とすれ違ったが、誰も四人を怪しむ気配はなかった。
「結構気付かれないもんだな?」
ザコタが横を歩くそよに耳打ちする。
「進一くんも大学行きたいですか?」
するとそよがそんなことを言ってきた。ザコタは暫し考える。
「…勉強は嫌いじゃない…と思うが、俺は実際学校に行ったことがないからな…行きたいかと訊かれても正直分からん…」
ザコタは思ったことを正直にそよに話した。
「そうなんだ。風待さんの話だと大学楽しそうでしたよ?」
そよはザコタのそんな返事に気を悪くするでもなく、楽しそうにそう言った。
「そうか……でも、今はもっと大切なことがあるしな……」
ザコタは地球が元に戻ることを何より優先して考えていた。
そんな他愛ない会話をしながら大学構内を探索し、四人は遂に電算室のある研究棟を見付けた。
「……ここだな?」
「ああ。恐らくこの中にマリンが言っていた『天照』が在る。そして、シルフィも居るかも知れない…慎重に行こう」
ザコタの言葉にアースが頷き言う。そして四人は意を決してその講義室のドアに手を掛けた。
「!」
しかしドアは施錠されていて開かなかった。
「どうしよう?無理矢理攻撃して開けます?」
飛鳥がアースにそう提案する。
「いや。可能な限り穏便に済ませたい」
アースはそう言うと考え込むように親指を顎に当てた。
するとアースの横にザコタが割って入って来た。
「どけ。俺がやる」
ザコタがそう言ってドアの前に立つと、飛鳥が抗議の声を上げた。
「あんたねえ!無理矢理こじ開けるのは止めようって今話してたでしょ!?話聴いてた?」
ザコタはそんな飛鳥を無視してドアの鍵に右手を翳し一言呟いた。
「《解錠》」
そしてザコタがそのドアに手を掛けるとゆっくりとそのドアが開いた。
それを見ていた飛鳥は驚きの声を上げた。
「えッ!?」
「俺はシーフのジョブを辿って来ている。鍵開けなんぞ朝飯前だ」
ザコタが飛鳥に冷やかな視線を送ると、飛鳥はそれでも納得いかない様子でザコタに噛み付く。
「そ、そのくらいで調子に乗らないでよね!?」
「ふん」
ザコタと飛鳥のやり取りを見ていたそよは、困ったような笑顔で二人に近付くと、そっと二人の肩に手を置いた。
「進一くん。飛鳥ちゃん。喧嘩はダメです」
そよのその言葉に二人はハッとし、バツが悪そうにお互い顔を背けた。
「二人とも仲良く、ね?」
そよはそう言って微笑みながら二人を見る。
そんなやり取りをして、四人は電算室に入って行った。
薄暗い室内に沢山の巨大なスパコンが立ち並んでいる。しかし、その部屋の電源は落ちているようで、電算室内部は薄暗く静まり返っていた。
「暗いな」
ザコタがそう呟くとアースが何かに気付いたように声を上げる。
「一番奥、あの一際巨大なコンピューターだけは灯が入っている…恐らく、あれが『天照』だ」
「ここまで状況に変化は感じられません。近くに球子さん以外に精霊の反応もないです……でも…」
静かな状況の中で発せられたそのそよの言葉に誰もが集中した。
「“でも”、なんだ?そよ」
ザコタがそよに気になったことを訊く。
「ただ、なんとなくですけど……私、ここに以前来たことがあるような……そんな感覚があったんです……」
そよの言葉に全員の緊張感が高まる。
「そよさんが、ここに?」
飛鳥が怪訝な表情でそう訊いた。
「私にも、分かりません……」
そよは不安気な表情のままスパコン『天照』の方を見ていた。
そんなそよの手を取り、ザコタが『天照』に向かって歩き出す。
「心配いらん。俺が一緒に居場所を見付けてやると言ったはずだ。行くぞ、そよ」
「…はい!進一くん!」
ザコタの言葉にパアッとそよが微笑み応えた。
『天照』の前に四人は並んだ。
「さて、どうするい?」
ザコタが二人に訊いた。そよとアースはスパコンを見つめて思考を巡らせる。
「……確かマリンの話だと、《異界の楔》を消した際に発生する魔力をこれで増幅して、ダイタニアへと繋がる扉を開ける為のエネルギーにしていると言っていたが……」
アースが『天照』を見上げながら言った。
「とにかく、このスパコンを操作してみないと始まらないんじゃないか?」
ザコタの言葉にアースも頷く。
「そうなると、私たちだけじゃ難しいかも知れないですね。風待さんを呼んだ方がいいんじゃ?」
飛鳥がアースに向け言う。それを受けアースが
「マリンたちと別れる際に風待殿にもここに向かう事は話してある。自分も直ぐに向かうと言っていたが、まだ見えてないようだ」
と言った。流那は風待に滞りなく連絡を入れていた。
するとその時、アースは一人感じ取った。
マリンが今、逝ったことを……
「ッ…………」
アースは無言で唇を噛み締めた。
(…風子…ほむら…万理………みんな、逝ってしまった………私は…どうすればみんなに報いることが出来る?…まひるさんッ!)
「?どうかしました、球子さん?」
アースが急に俯いたことを飛鳥が訝しんだ。
「……いや、なんでもない……それより『天照』を起動してみよう」
アースは顔を上げ、平常を装ってスパコンの操作を試そうとした時だった。
『貴女で最後です』
その言葉と共に、『天照』に伸ばそうとしたアースの手がスパコンの中から飛び出てきた手によって掴まれた。
「なにッ!?」
アースは驚愕の声を上げるも、抵抗する間もなくその手によって『天照』の中に引きずり込まれ、その場から姿を消した。
一瞬の出来事にザコタ、そよ、飛鳥の三人は唖然とする。
「たッ!球子さんッ!?」
我に返った飛鳥がアースを取り込んだ『天照』に向かって叫んだ。
「あいつは、何処だ?」
ザコタも動揺しながらスパコン『天照』を見つめ、その周囲を回る。
「……え?魔力の線が遮断されてる……球子さんを感知出来ない…!?」
するとそよが焦りの色を隠そうともせずに叫ぶ。
「球子さんがパソコンの中に拐われちゃった!」
アースが次に目を開けると、そこには見知った風景が拡がっていた。
空には竜が飛び、浮島の滝が火山に落ち、山岳には堅牢な城塞都市が見える。
その他に日本で見たビルと呼ばれる背の高い建物やアスファルトの道も所々に散見し、元の世界とは少し変わってきてはいたが――
そこはアースの元いた世界、ダイタニアだった。
「なぜ……私は、ダイタニアに……?」
アースは状況が読めず、困惑した表情を浮かべる。
『お久しぶりですね、地の精霊さん』
感情のこもっていないその声に、アースの背筋に悪寒が走った。その声の主をアースはよく覚えていた。それは自分を一度負かしている憎き相手…
「その声は……シルフィ!!」
あの秋葉原での敗北以来、アースは一日足りともあの日の屈辱を忘れた日はなかった。
仕える主を護れず、逃げるしかなかった己の無力さを恥じて今日まで生きて来た。
アースの前にシルフィがようやくその姿を現した。その装いは清楚ながらも戦闘に特化させたかのような、優雅でいて力強さを感じさせる出で立ちだった。
その姿を見てアースは怒りの炎を燃え上がらせていた。
「シルフィ!貴様ッ!!」
「そう怒らないで下さい、地の精霊さん?」
表情一つ変えず淡々と話すシルフィに、アースは怒りを覚える。しかし目の前の敵とどう戦えば良いか、アースは考えを巡らせていた。
「今、ここより遠い地で、また二本、異界への扉を開ける為の鍵が挿し込まれました」
シルフィは表情一つ変えず、アースに語りかける。
「鍵!?何のことだッ!?」
アースが狼狽える。シルフィの言葉にアースは嫌な予感を覚えた。
「一本は、貴女の大切な仲間…マリンさんと言いましたか?」
「ッ!?」
アースはその言葉に息を呑む。
「まだいましたね。もう一本は……」
「黙れッ!」
アースの怒号が響く。しかしシルフィは表情一つ変えない。そのことがアースに更なる焦燥感を募らせる。
「もう一本の鍵は、貴女の仲間……ファイアさん?その方もです」
「黙れ……」
低い声で呟くアースを見て、シルフィが愉しそうに言葉を続ける。
「ああ、先に爆破から街を護るために自滅した、ウィンドさんという方もいましたね…」
「黙れええええええーーーッ!!」
「そして最後の鍵が、貴女です!」
アースが雄叫びを上げながら瞬時に戦装束である正装へと変身し、シルフィにランスを振りかざした。しかし振り下ろしたランスは空を切る。
シルフィはアースの攻撃をひらりと躱すと、距離を取った。
「……くッ!」
アースは歯を食いしばり拳を震わせる。そんなアースの様子をシルフィは見つめながら話す。
「ここは『天照』が創り上げた仮想空間であり、ダイタニアそのものです。電子の存在でない者は立ち入ることが出来ません。誰にも邪魔されることなく、貴女を葬れます…」
そしてシルフィがアースに向かって右手を向けた。
「私の役目は、最後の鍵である貴女の葬送……その命を頂戴します」
そしてシルフィは右手を天に掲げて言う。
「さあ、戦いましょう、地の精霊さん……ああ、お名前は確か、相川球子さん、と言いましたか?」
シルフィがアースを挑発するように薄い笑みを浮かべた。
「…貴様が、その名を口にするな……」
アースは静かに怒りを燃やす。
「おや?気に障りましたか?私は別に気にしませんが……柄杓から溢れし一雫、北の夜空に紛れ散り、その身見付けて姿を刻め!煌めきなさい、《アルコル》!」
シルフィは右手を掲げて詠唱を始めるとその手の遥か上空に眩く輝く召喚紋が描かれていく。
そしてその召喚紋が一際輝くとその場に灰碧色の電神、《アルコル》が顕現していた。
「……遥かなるアース…悠然たる大地の守り人よ!今こそその力をこの地上に示せッ!」
アースも詠唱を始める。
「出よ!《アウマフ》!」
アースが詠唱を終えると共に召喚紋が描かれ、その中心から四つ足の電神、《アウマフ・レプリカ・アースフォーム》、通称 《アウマフ・リアース》が姿を現した。
両者が睨み合う。
アースが静かに口を開く。
「…その名は、命よりも大切な、私の誇り……」
「!?」
シルフィは一瞬アースの言葉に動揺するも直ぐに冷静さを取り戻す。
「ふん……命よりも大切ですか?私には理解出来ませんね。貴女や私はただの幻想。電脳空間で創られたただのプログラムに過ぎません」
「そうであったとしても、今確かに、私はここに居る…」
「それは、貴女がそう認識しているだけでしょう?電脳空間の意識データに過ぎない存在でしかない私たちが、何故生命としての……魂を認識出来ると言うのです?」
シルフィの問いにアースは答える。
「確かに今ここにあるこの身体とて、所詮は現実の私のものではないのかも知れない……」
「……」
アースの言葉にシルフィは一瞬沈黙する。
アースは静かに眼を閉じ、言う。
「だが、この名は、私の大切な人から授かった、私を呼ぶ為の大事な魂の名だ。これだけは誰にも脅かせはしない!」
アースは静かに眼を開きシルフィを見据える。その瞳には確かな意思が籠っていた。
「我が名は『アース』!この地球を護る者だッ!!」
【次回予告】
[よし子]
若いっていいわね
何事にも本気になれて
自分で悩み、自分で選ぶの
それがただ一つの、答えになるはずだから
次回『超次元電神ダイタニア』
第四十九話「アース」
なるちゃんをお願いね、まひるさん




