第四十五話「荒れ狂う暴力」
ノーミーとファイアの消滅を受け、《ヘラクレスの柱》に三本目、四本目の柱が深い穴から迫り出した。
ここは地の底。
依然人知れず地球と異界を繋ぐ扉は開かれるその時を待ちわびているようだった……
アースとマリンの下に流那とザコタ、そよが合流し、五人は次の決戦の地である印旛沼まで来ていた。
印旛沼――
千葉県で一番の面積を誇り、かつては日本で水質ワースト一位と言われた湖沼。
現在は開拓が進み、周囲に人口密集地域が広がると共に水質も改善され生活用水としても用いられている。
千葉県の産業、観光、生活にとって、無くてはならないライフラインの一つになっていた。
印旛沼は西と北に別れてその雄大な姿を二分している。今アースたちがいるのは西側に位置する西印旛沼であった。
「先の八千代公園も広かったが、この湖も広大だな…」
アースが珍しくぼやくように呟く。
「そうだね。もうお昼も過ぎて、ファイアと別れてからかなり時間が経つ…」
それを受け、マリンが心配そうな顔でファイアがいるだろう西の空を見る。
「…お前たち精霊は根本的なところで繋がっているんだろ?何の連絡もないってことはあいつも無事ってことなんじゃないのか?」
ザコタが二人を気遣うようにフォローを入れる。
「ああ…そうだな。そう願う。ありがとうザコタ」
アースがザコタに柔らかく礼を言った。
「ふん。あいつ…ほむらは、俺と一緒に旭さんに鍛えてもらっていた。悔しいが俺より数段強かったぜ…あいつが簡単にやられるわけがない」
ザコタは自分に言い聞かせるように二人に言った。
「ふふ。君が人を思い遣るなんて――ッ!!」
マリンが言い終わるより先に異変を感じ取った。
「――ッ!!」
マリンの隣で同じ空の方を目を見開き見つめているアースもどうやら感じ取ったらしい…
ファイアの存在が今、地球上から消滅したことを……
「…あ、あ、球子姉さん?」
マリンが驚愕と困惑の混じった表情でアースを見た。
「ああ……」
アースが生返事をしながら西の空を厳しい目で見ている。
「どうした?」
ザコタが怪訝な顔で二人に尋ねる。
「球子姉さん……ほむらが…ほむらが……ッ!」
マリンがアースに抱きついて啜り泣く。
「ああ……」
アースはマリンが落ち着くまで優しく頭を撫でていた。自身もその瞳に涙を溜めながら…
ザコタも二人の様子からなんとなく事の重大さを察したらしい。
「…おい、どうしたんだ!?ちゃんと説明しろッ!」
ザコタは血相を変えてアースに詰め寄る。
「……今、ファイアが逝った……」
その一言をアースは喉の奥から絞り出すように発した。
「ッ!?」
ザコタは動揺を隠しきれない。
歯を食いしばりアースの言葉を頭の中で反芻する。
「…馬鹿な……あいつは…俺なんかより、ずっと強くて……そん、な……馬鹿な…」
ザコタがブツブツと一人呟く。
そんな時、三人に向かって声が掛けられた。
「みんなー!お待たせー!」
そよが向こうから流那と共に笑顔で小走りにやって来る。
「……そよ…」
その姿を見てザコタはアースとマリンに向き合い
「ほむらのことは、まだそよには言わないでおいてくれ。仲が、良かったんだ……」
と自身も悔しげに言った。
「…分かった」
アースが短く返事をする。
マリンも涙を拭き二人にそのことを覚られないように努める。
「そよ、早かったな…!」
ザコタも目一杯平静を装い、そよを出迎えた。
「みんなごめん、待たせたわねー」
流那が謝罪しながらその横へやって来た。
「はい!おにぎりでしょ、サンドイッチ、チキンもあるわよ!」
流那はそよと買ってきた物をコンビニ袋から取り出して皆に手渡していく。
(こんな時じゃ食欲ないのは百も承知だけど、まひるんなら、きっとこうする…)
流那は出来るだけ明るく努めて言う。
「腹が減っては戦はできぬ、よ!取り敢えずお昼ご飯にしましょ!」
「ありがとう、流那…一緒に食べよう?」
マリンが流那からサンドイッチを受け取りながら、涙声で流那に礼を言った。
『超次元電神ダイタニア』
第四十五話「荒れ狂う暴力」
マリンは考えていた。
風待の推測が正しければ《異界の楔》は三つ。その三つを消すことが出来れば残り二つの光点のどちらかにSANYが現れると言う…
残り二つの光点…
一つは岐阜県のハイパーカミオカンデだった。もう一つはここ千葉県のそう遠くない場所。恐らくあそこは風待の母校、千葉理学大学。
その母校に在る物と言えば……
自分がSANYだったらどうする、とマリンは考える。仮想世界を生成し制御する存在として生まれて来たら、やはりその自分が創り上げ護ってきた世界は大切なものだろう。
シルフィが言った千葉県を地脈に沈めるということは恐らくハッタリ…
もしそうだとしても《異界の楔》を二つ消滅させた今となってはここ印旛沼の楔の力だけでは不可能なはず…
だとすると、シルフィの狙いはもっと別の――
「あら、万理?あまり食べてないわね?私のおにぎりと交換する?」
マリンが考え事に集中していると、それを見兼ねた流那が話し掛けてきた。
「ありがとう流那。よかったら僕のサンドイッチとおにぎり、一つ交換っこしよう?」
流那が努めて明るく接してくれているのが分かる。マリンがそれに合わせるように返事を返す。
「ふふっ。交換っこね?いいわよ、はい、ツナマヨ」
流那は笑顔でマリンの手の平におにぎりを乗せ、渡した。
「ありがとう」
マリンも笑顔でそれを受け取る。
「…………」
少しの沈黙が二人の間に流れる。
「ねぇ……万理……」
沈黙の後、流那が口を開いた。
「ん?何?」
「…ここにいる電神を倒せば、この戦いは終わるの?」
流那が不安気な面持ちで尋ねた。
「…正直分からない。僕らのしようとしていることは地球とダイタニアの融合を防ぐこと。ここにいるだろう電神を倒して《異界の楔》を消したとしても、その後SANYに会って世界進行を止めてもらわない限りは、現状は好転しないんじゃないかな…?」
マリンは《異界の楔》を二つ消滅させた今、ここの電神を倒しても意味は無いのではないかと考え始めていた。
「そう……じゃあ、やっぱりSANYってヤツがどこかにいるのかしら?」
「うん。SANYは元々ダイタニアの制御AIだけど風待氏はニュートリノの力を借りて何かしらの形に実体化してるだろうって言ってた」
マリンは流那の問に答えた。
「風待さん、肝心な実体化したSANYを見てないんだもの!ちょっと抜けてるわよね?」
流那はいつもの不機嫌そうな表情を見せる。
「うん…」
マリンも困り顔で肯定する。
「……ん?」
が、直ぐに新しい疑問が思い浮かんだようで言葉を濁す。
「どうしたの?」
流那はそんな様子のマリンにその真意を尋ねる。
「いや、風待氏が言ってたんだけど、ゲームの設定では電神って異界への扉を開く鍵でもあるらしいんだ。その扉を自在に操れるのが電神使いで、その扉を閉じることこそが今回の地球ダイタニア化を防ぐことになるって……」
「ふうん……異界の扉ねぇ……うーん?」
流那はどこか怪訝な表情を見せる。
「どうかした?」
マリンはそんな流那の様子が気になり訊き返す。
「……なんかおかしいわよね?それ」
流那はそのマリンの言動に訝しげな顔を更に曇らせながら言う。
「……うん」
「だって、この間までは電神が《異界の扉》の制御システムだったわけでしょ?それが今じゃ電神が《異界の楔》を制御する、つまり、その……」
流那がそこまで言うとマリンがその先の言葉を代弁する。
「電神こそが《楔》だった……?」
「うん、そう。なんか手段と目的がどこかで入れ替わってるような感じがして」
流那はそう返答すると、食べかけだったおにぎりを口へ運んだ。
「つまり、ここ、印旛沼の電神を倒さなきゃ、《異界の扉》は解放されない……」
マリンが呟く。
「どういうこと?」
流那がおにぎりをモグモグしながら言う。
「恐らく風待氏の推理と僕らの推測は同じだと思う。電神が異界への扉を制御していて、それと同時に電神がその扉を開く為の動力源なのかも…」
マリンがまた何か考え込み口を噤む。流那は口に含んでいたおにぎりをごくんと飲み込むと口を開いた。
「それだと残りの光点二つも相手の電神がいるってことかしらね?」
流那がペットボトルのお茶を飲みながらそう尋ねると、
「恐らく……ここの電神を倒せば地脈と繋がる残り二つの電神の内どちらかに地球の地脈エネルギーが流れ更に異界への扉に魔力が蓄積されダイタニア化が進む…」
マリンが神妙な面持ちで話す。
「じゃあここの電神を倒しても地球のダイタニア化を更に進めるだけじゃない!?それならどうして風待さんはこんな作戦を!?」
流那は慌てた様子でマリンに詰め寄った。
「風待氏が言ってたようにこの三点を叩けば残り二つの光点に地脈エネルギーが流れる。そこには更に力を蓄えた電神が待ち受けている…結果的にそこにいるのがシルフィと…」
「SANYってわけね」
流那がマリンの発言を遮るように言う。
「うん。風待氏は僕らに地脈を護る電神を倒してもらうことでSANYの居場所を突き止めダイタニア化を食い止めようとしている。だけどそれは同時に異界の扉に魔力が集まり、それを開こうとするシルフィにとっても利になることなんだ」
「じゃあ、先にシルフィを止めたほうがいいんじゃないの!?」
流那がそう問うとマリンは真面目な笑顔で流那に向き合い
「その通りだね流那。ここにいる電神がシルフィじゃなかったら先を急いだ方がよさそうだよ!」
そう言うとマリンも残っていたサンドイッチを一気に頬張りお茶で無理やり喉の奥に流し込んだ。
「…ここにきてようやく見えてきたよ風待氏…社長ならもう少し説明上手になってもらわないと、だね」
マリンはそう言うと立ち上がり、流那の手を引いてゆっくり歩き始めた。
「ちょっと、どこ行くのよ?」
流那は慌てて残りのサンドイッチを口に頬張る。
「決まってるさ!もしここ印旛沼で戦闘になってシルフィがいなかったら、残るのは水中戦が出来る僕だ。それまで、流那、一緒に見て回ろうよ!」
流那の問にマリンは笑顔で答えた。
「…ふふ。いいけどちゃんとエスコートしてくれるんでしょうね?」
流那も笑顔で答えた。
「お安い御用さ!」
マリンはそう答えると、流那の手を引き湖畔を駆け出した。
その後もマリンの《アウマフ・リマリン》とザコタの《ケンオー》で湖上と上空から相手電神を探索したが見当たらなかった。
「ザコタ、マリン、お疲れ様。探索ありがとう。この西印旛沼にいないとなると、目標はもう一つの北印旛沼に絞られた」
アースがパーティを代表して二人に話しかける。
「ああ、どうってことない。このまま北印旛沼に向かうぞ」
ザコタが返事を返した。
「うん!」
マリンも同意する。
「よし、北印旛沼に向かおう!そこに目標の電神がいるはず!」
アースはそう言うと、流那に目配せして《瞬間転移》をお願いした。そして一向は飛び立つと北東にある北印旛沼を目指したのだった。
湖上で待つその電神使いは察知した。
ようやく自分のところにもご馳走が来たんだと。
先程ノーミーが逝ったみたいだけど、一体どんな奴があのノーミーを壊したのだろう?
同じように自分も壊してくれるのだろうか?
それともいつものように自分が一方的に壊す見飽きた展開になるのだろうか?
ノーミーとは馬が合った。
自分が無茶をしても何だかんだでフォローをしてくれた。
だが、今はそのノーミーはいない…
その電神使いの体が少しブルッと震えた。
今日はノーミーがいない分、無茶が出来る!壊し壊される最高の舞台にしよう!
湖上でとぐろを巻く蛇型の電神『渾碧のグリーディア』の頭頂部に立ち、ディーネは楽団の指揮でも執るかのようにその両手を不気味に広げた。
北印旛沼に辿り着いた一行の下に飛鳥が《瞬間転移》で流那たちと合流した。
事の経緯を話すも、アースとマリンはファイアとの合流を拒否した。
「どうしてですかッ!?ほむらさん、今も一人で戦ってるんですよ!みんなで加勢に行きましょうよッ!」
ファイアの事情を知るアースとマリンは黙ったままだ。
「…飛鳥?ほむらと分かれる時、ほむらはどんな顔をしてましたか?」
マリンが下を向いたまま飛鳥に訊く。
「えっ!?顔?格好良く笑ってくれてましたけど?それが――」
「だったら、それがあいつの出した答えなのだろう。あいつが一人でやると言ったのなら、きっと、やり遂げるはずだ…」
アースが飛鳥の言葉に被せるように言った。
「ほむらは、他に何か言ってた?」
マリンが続けて飛鳥に訊く。
飛鳥は二人の態度からファイアを助けに行くことに反対しているだけではないことを薄々感じてきていた。
この二人は、何か他に理由があるんだ。だったら自分も!
「“ほむらは勝った”、そう伝えてくれと頼まれました!」
飛鳥は二人に対して胸を張り言った。
そしてアースとマリンの二人もようやく顔を上げ笑顔でそれぞれ飛鳥に礼を言う。
「ありがとう飛鳥ちゃん…確かに、受け取った……!」
「飛鳥、ありがとう……!」
飛鳥と合流し、六人になったパーティは再度北印旛沼で電神の探索を続ける。
上空から探索していたザコタの《ケンオー》が湖上に異様な姿を視認した。
「進一くん!あそこに、湖の真ん中に何かいます!」
そよはザコタのシートの後ろから湖の真ん中に佇む電神に向かって指差した。
ザコタはその電神を視認するとケンオーの高度を下げていく。
ザコタが『ダイタニア』のグループチャットで流那と飛鳥に声を掛ける。
「見付けたぞ!前に海辺で遭った蛇のヤツだ!」
そう言うとザコタはケンオーをグリーディアに突進させた。だが、そよが
「進一くん!ケンオーじゃ力不足です!陸に誘き寄せてからマケンオーで!」
「ッ!了解だ!」
ザコタはそよの意見を採用し、突進しようとしたケンオーを急旋回させて湖上のグリーディアに背を向けた。
「あれェ?折角来たのに帰っちゃうの?もう少し遊んでいきなよ!」
ディーネがケンオー目掛けて《水の弾丸》を乱射した。グリーディアを中心に湖上一面が無数の水の弾丸でドーム状に包まれる。
「くそっ!なんて数の弾幕を張りやがる!」
ザコタはその弾幕の厚さに舌打ちした。
その時グループチャットから流那の声が流れる。
『水中戦なら《アウマフ》の出番でしょ!ザコタ君とそよちゃん、お球さんと飛鳥ちゃんの所に後退して!』
流那はマリンと共に水中を猛スピードで行くアウマフ・リマリンのコクピットにいた。
「流那!そろそろ接敵する!《瞬間転移》で岸まで戻って千葉理学大学にみんなを!」
マリンがアウマフを操縦しながら隣に立つ流那に声を掛ける。
流那は前を見据えたまま口角を少し上げ答える。
「いいえ、このままよ…!」
「流那ッ!」
流那の返答を聞いたマリンが、今度は強く呼ぶ。
「この先は生きるか死ぬかの激しい戦いになる!そんな戦いに地球人の君を巻き込みたくない!」
マリンが流那にそう訴えるも、流那は首を横に振り否定の言葉を口にする。
「万理……あんたがそう思ってくれるように、私ももう風子ちゃんやほむらのように、あんたを失いたくないのよッ!」
「ッ!……流那…気付いて……」
「あんたのシケた顔見てれば解るわよ!生きて帰るわよ、万理!……私はもう、悲しいのは嫌よッ!」
流那が溢れた涙を振り払いそう言うと、アウマフはグリーディアの至近距離で湖中から飛び出した。
「あハハ!また来たァ!ねぇッ、今度は逃げないでくれるよねェ!?」
ディーネは水面から顔を出すアウマフ目掛けて《水の弾丸》を撃ちまくる。
だが、アウマフは再度水中に潜り弾丸の回避に専念する。
「ザコタ!そよ!こいつは僕と流那で引き受ける!四人は千葉理学大学を目指すんだ!」
マリンが回避の合間にもグリーディアに同じく《水の弾丸》で攻撃を仕掛けながらザコタとそよに命じる。
「わかった!お前も無理はするなッ!」
ザコタは後を託すように残った二人に言った。
「はい!お二人も気を付けて下さい!」
そよも素直にその言葉に従ってくれる。
「任されたわ!」
流那は二人に笑顔で返し、水中で高速移動するアウマフに振り飛ばされないように必死でシートにしがみつく。
「へぇ~!何か勘違いしてるみたいだけどさぁ!あたしを倒せるつもりなのォ!?」
ディーネがグリーディアを水中に投じ、アウマフ目掛けて《水の弾丸》を乱射する。水中から射出される弾丸は水の加護を得て更に弾速と威力を増す。
「流那!しっかり掴まっててよ!」
マリンが操縦レバーを強く握り、アウマフの出力を全開にしてグリーディアから離れる。
「え、ええッ!」
流那はスピードに翻弄されながら答えた。
グリーディアはアウマフを追うのを止め、再度湖上にその姿を巨大な水飛沫と共に現した。
先程までの《水の弾丸》の雨も止み、アウマフもグリーディアから距離を取りながらゆっくりとその人型の上半身を水上に晒す。
(球子姉さん、シルフィは千葉理学大学だ!ここは僕と流那が食い止める!四人で先に行って!)
マリンがアースへ意識を飛ばす。それを受けたアースがマリンに訊き返す。
(千葉理学大学!?それは確かなのかマリン?)
(うん。地脈を操作するには莫大なエネルギーが必要、その為にはエネルギーを数値化し乗算して再度地脈に送り返す必要がある…)
マリンはアースに淡々と、だが手短に説明する。
(その演算処理は並大抵のパソコンじゃ無理、だけど、風待氏の母校である千葉理大にはそれが出来るだけのコンピューターがある!)
マリンのその言葉にアースがハッとし、口を開いた。
「…スーパーコンピューター、『天照』か……!」
「そう!だからシルフィはそこを拠点にしてるはず!そして残りの光点、ハイパーカミオカンデに《異界の扉》を形成させている!」
マリンが眼前のグリーディアから僅かばかりも目を逸らさず言った。
「これはいつもの僕の妄想だけど、かなり確信めいた妄想だよ!行ってシルフィを止めてくれるかい、姉さん!」
マリンはアースにそう告げた。
「……わかった!ここは任せたぞ、マリン!」
そう言ってアースは飛鳥と湖岸に戻って来たザコタ、そよと合流し先を急いだ。
その様子を意思で感じ取りマリンは静かなコクピット内で頬を緩める。
「ふふ、まったく、不器用な人だ。まひるの前でしか、まだ僕たちの地球の名前呼ばないんだもの」
マリンがその顔をグリーディアの頭頂部から身を乗り出してきたディーネに向ける。
「…僕らは皆でひとつだ。今その意味を痛感している……誰かが欠けると、こんなにも辛い……だけど、僕たちは家族なんだから、きっと前に進んでいけるッ!」
マリンが流那の手を取り外のグリーディアに向け名乗り出た。
「僕は水の精霊、マリン!今の名前は相川万理!この地の楔を守護する電神よ、勝負だ!」
それを悠然と見下ろしながらディーネは怪しく口角を上げる。
「前に浜辺で戦った水のアウマフ…マリちゃんね?あ〜あぁ、弱そうなのが釣れちゃったなー」
ディーネは大袈裟に肩を竦め、言った。
「万理、私が居ることはまだ黙ってて。何か役に立てることがあるかも知れないから」
流那がマリンに呟く。
「うん、わかった。無理しないでね、流那」
そう言ってマリンは操縦桿を倒し、ディーネに突っ込んで行った。
「あたしは水のディーネ!こっちは『渾碧のグリーディア』!あたしの役目はここの地脈に魔力を注ぐことだったけど、今は違うよッ!君を壊すことがあたしのやりたいことさ!」
ディーネがグリーディアの上からハスキーな声で言い放つ。
「キミっ!音楽は好き!?」
「音楽?」
ディーネから投げ掛けられた言葉にマリンが言葉を詰まらせる。
「そうッ音楽!あたしはこの地球の音楽がエラく気に入ってさ!よく聴いてるんだ!これから戦場になるこの地にもBGMを流そうよォ!?」
ディーネがそう言い放つと同時にグリーディアの全身から水が放出され、それらは空中に留まり次々と球体に形を変えていった。
「さあ水よ!音を奏でろ!」
ディーネの宣言と共に空中に浮かび上がった複数の水球が振動し、音を他の水球へと反射させ、湖上に曲が流れ始める。
マリンはその音楽に聞き覚えがあった。
「これは……グスタフ・マーラー作曲、交響曲第一番ニ長調『巨人』第四楽章…!?」
マリンのその言葉にディーネは気を良くしたように目を線にし口を目一杯横に伸ばして言う。
「そう!電神対決には打って付けの曲だとは思わない!?物知りなマリちゃん?」
「君の趣味に付き合ってる暇はない。《拘束》ッ!」
マリンがそう叫ぶと、ディーネのグリーディアを取り囲むように湖面に無数の小さな魔法陣が青白く浮かび上がった。
その魔法陣からグリーディア目掛けて無数の光の鎖が飛び出しその機体を雁字搦めにする。
グリーディアはマリンが逃げ回る振りをしながら仕掛けていた《設置拘束》によって、その姿が見えないくらい光の鎖に巻かれてしまっていた。
(あの電神は関節が分離合体出来る!僕の得意魔法である《拘束》が効かないのは百も承知ッ!)
マリンは続けてアウマフの右手に構えた三叉の矛から凍てつく凍気を撃ち出す。その凍気は湖面を凍り付かせながらグリーディアへと突進する!
「《凍結闘気》!更に固めてッ!」
グリーディアに届いた凍気が鎖に巻かれたままのグリーディアを凍り付かせ巨大な氷柱を作っていく!
(一気に畳み掛ける!)
「《最終攻――」
「あハ!マリちゃん、なかなかやるじゃん!?」
マリンがそう意気込んだ時、凍り付いたグリーディアが内側から外側へ魔力を爆発させ無数の氷塊を炸裂させた。
「ッ!?」
その衝撃にアウマフが吹き飛ばされそうになるも、マリンは更に思考する。
(電神自体のパワーも物凄い…力の弱いこのマリンフォームじゃ長期戦は無理だ!なら最初と変わらず――)
マリンは中断されかけた必殺技の詠唱を続ける決断をした。
「――撃》!《海神十戒》ッ!!」
アウマフが崩れた体勢から未だ湖上に座すグリーディア目掛けて《最終攻撃》を発動させる。十本の水の縄がグリーディアに巻き付き再度相手の動きを止めた!
それを見るやマリンは普段の彼女からは想像も付かないくらいの早口で人智を超えたものに命じる!
「水の精霊マリンが問う!一つから十!壊れて砕けて爆ぜて裂けて崩れて消えて滅びて負けて逃げ去れッ!!」
マリンが一口で《海神十戒》の十のコマンドを出力した。
「その技は一度見てるよッ!呼び掛けに背いたら問答無用で破壊するんだろ!?」
そのコマンドが入力され実行される前にディーネはグリーディアのその身を分解させようと機体をくねらせた。
グリーディアは各関節をバラバラに分解し、巻き付いていた《海神十戒》から逃れようとする。
急速に締まる水の縄が空を切る。
「中々素敵な技だネ!特に、絶対に破壊するってのがあイイ!あハハ!」
バラバラになった胴体部を再結合させようとディーネは意識を集中させた。
自分に向かって電神の部品が集まって来るのを感じる。
ディーネは余裕の心持ちで落胆していた。
マリの必殺技も大した事なかった。やはりこの後は手も足も出ないアウマフをただ一方的に壊すだけの展開なのだ。
風待と戦った時の方がどれだけ興奮したことか……
ディーネのいる頭部に次々と離れていた部品が再結合しだす。蛇腹状の全身が完成するにはまだもう少し掛かるか。
ディーネは無礼ていた。
その為、飛んで戻って来る部品の中に一際大きな塊が在ることに気付くのが遅れた。
ディーネは完全に無礼ていた!
相手の気迫が自分を超えてくることは無いだろうと。その『巨人』を目にするまでは――
飛散し飛び戻って来るグリーディアの欠片の中にそれは居た。巨大な塔でも投げ付けたかのように、それはブーストを噴かして自分が居る頭部目掛けて飛んで来た。
ディーネはゆっくりと視線を横に向ける。そこには恐らく自分に向けられたであろう巨大な暴力が眼前に迫っていた。
赤銅色した巨大な鉄の塊、電神の拳はグリーディアを横殴りにしてそのまま振り抜いた!
「ッ――!!」
ディーネは強打され吹き飛びながらもその荒れ狂う暴力に恍惚とした表情を浮かべる。
その電神の搭乗者が叫んだ。
「一昨日来なさいッ!この馬鹿ッ!!」
【次回予告】
[流那]
私と万理、ディーネとの戦いが始まった
私たちは凶暴なまでの相手の暴力に圧倒されながらも
また、立ち上がる!
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第四十六話「伝承に還れ!」
ケンカするほど仲悪いわよ、ふんッ!




