第四十四話「想い、炎より熱く」
「わたくしの優位は揺るぎませんのよ!だってわたくしの方が……上品で優雅ですものおぉーーーッ!!」
ノーミーの叫びと共に極大の二本の光線がその双竜の口から発射された。
「ッ!?」
飛鳥はショルダーキャノンで相殺しようと立ち向かう!
ファイアはその光線が通り過ぎた後に、何ものも残っていない不穏な気配を感じた。
この攻撃は食らっちゃいけない!
駄目だ飛鳥!避けろッ!!
「飛鳥ああぁああーーーッ!!!」
ファイアは今正に正面から立ち向かおうとしているリーオベルグに横から物凄いスピードで飛び蹴りを入れた!
「あうッ!!?」
飛鳥は突然の横からの衝撃にリーオベルグごと吹き飛ぶ。その直後リーオベルグの両足にミングニングの光線が照射される!
光線が通過した後にはリーオベルグの両足は光線の形に綺麗に消滅していた。
そして、その光線の過ぎた後には通過した光線の形を表すように地面と木々が削り取られたそのままの形で残されていた。
「あっ、あぁ……!」
飛鳥はその光景を目にして声にならない声を上げる。
「……やっぱり。食らってたらヤバかった…」
ファイアが一人小さく呟いた。
「あははははッ!どう!?凄いでしょう!わたくしの凄さを見て!この美しさを見て!」
ノーミーが興奮気味に二人に言う。
そしてノーミーのその喜びを表すかのようにミングニングもまた咆哮のような駆動音を上げた。
この攻撃でリーオベルグは電神としての形を維持することが出来なくなり、光の粒子となって消えていった。
「あ…?ああッ!!」
消えるリーオベルグに飛鳥が戸惑いを隠せず狼狽える。そして地面には飛鳥一人だけが残された。
また何処かの地の底で一本の柱が迫り出してくる轟音が響き渡った。
それはリーオベルグを生贄として喰らって生えて来たかのように豪胆にそびえ立った。
今、異界の扉《ヘラクレスの柱》の鍵穴には七つの内二つの鍵が挿し込まれた。
――そして、咄嗟にリーオベルグに蹴りを入れたアウマフもその右足を膝下から失ってしまっていた。
だが、これが一番良い選択だったと、ファイアはそう思った。
あのまま正面からぶつかっていたらリーオベルグだけでなく飛鳥までも消滅させられていたかも知れない。
ミングニングの光線の威力は今までに見た中でも段違いだった。
それはノーミーの高笑いからも見てとれる。
「良いざまですわね!戦いはより自己表現がエレガントな方が勝つのですわ!うふ、うふふふふ……!あはははっ!!」
ノーミーは声高らかに勝利宣言する。
そんなノーミーを横目に、ファイアは冷静に現状を分析する。
(飛鳥は電神を失って、この状態じゃ戦うのは厳しい……!)
ノーミーが高笑いを上げながら、双竜の首を景気よく動かしている。どうやらご機嫌な様子だ。
ファイアはその姿を目の端に収めつつ、飛鳥へと視線を向ける。
(飛鳥……!)
視線の先にいる飛鳥は地面に這い蹲り、下を向いたまま動かないでいる。
(まだだッ!絶対に諦めるなッ!!)
ファイアは今一度己を奮い立たせる為に頭を強く振った。
「さあ、どうしましょうか?この攻撃を受けては流石の貴女たちでもひとたまりもないでしょう!?」
ノーミーがコクピット内で両手を広げると、竜の双頭がその口を開けた。
「あれは……!さっきの!!」
「わたくしの璞玉のミングニングの《最終攻撃》、《双発の巨咆哮》は触れたものを原子分解させる防御不可能な技……その脚で次は避けられるかしら?」
ノーミーの煽るような態度。
「………」
(どうする!?確かにあれをまともに食らえば一貫の終わりだ。電神を失った飛鳥じゃこの戦場にいるだけで足手まとい…飛鳥を連れて逃げるか?いや……!)
ふとファイアが飛鳥の方に視線を移す。するとそこには傷を負った脚を引き摺ってこちらに歩み寄る飛鳥の姿があった。
(飛鳥ッ!?)
ファイアはその光景に驚く。
「ほむらさん!まだ勝負は決まってない!お願い、私も一緒に戦わせて!」
飛鳥が声を大にしてファイアに願い出る。
(どうする!?こんな時お前ならどうするよ風子ッ!?)
『超次元電神ダイタニア』
第四十四話「想い、炎より熱く」
ファイアが飛鳥に何と言おうか考え倦ねていたその時だった。
「わたくし相手に隙を見せるなんて良い度胸ですわね?」
ノーミーの竜の双頭が二人に向けてその顎を開いた。
そして《双発の巨咆哮》の発射態勢に入る。
ファイアは咄嗟に叫んだ!
「飛鳥ッ!!アウマフに乗れ!!」
「!はいッ!!」
飛鳥は光に包まれ次の瞬間にはファイアと一緒にアウマフのコクピット内にいた。
眼の前ではミングニングがその口に魔力を充填している。今にも発射されそうだ!
「飛鳥!《勇者》の能力でアウマフの右脚を直せるか!?」
「やってみます!」
ファイアの突然の問に飛鳥は考えるより先に行動に移す。
飛鳥は目を閉じアウマフの消滅した右脚に元のイメージを重ね描く。アウマフの失った右脚に光の粒子が集まりだし、飛鳥が願った通りにそこに集まったニュートリノはアウマフの脚を復元してみせた。
それを見ていたファイアが歓喜の声を上げる。
「やった!やるじゃん飛鳥!」
「ふうっ!や、やりましたッ!」
目を開け一つ大きな息を吐くと飛鳥も微笑む。
「飛鳥、ありがとな!これでまだ戦える!」
「はいっ!」
ファイアと飛鳥は互いに見つめ合うと頷き合った。
だがノーミーはその光景に堪らず口を開く。
「貴女たち、何を悠長にやっているんですの?充填完了ですわ!今度こそ消えてしまいなさい!《双発の巨咆哮》ーーー!!」
ファイアと飛鳥はその光景を見た後にお互いを見つめ合う。
そして声を合わせ、叫んだ!
「「今だッ!!」」
ファイアは操縦桿を握り締めスロットルを最大に上げ加速した。
突然動き出しこちらに向かって来るアウマフにノーミーは一瞬反応が遅れるが、すぐさま竜の口から光線を放った。その怪光線が地面を削り、消滅させながら一直線にアウマフに向かって迫り来る!
「ここで決めるッ!!」
ファイアは操縦桿のトリガーを引き絞り、飛鳥はアウマフの右手に自らの電神の武器である巨大な両手剣《百獣の王》を生成した。
アウマフの直ぐ目の前には全てを消滅させるミングニングの怪光線が物凄い勢いで迫る!
それを見てファイアは歯を食いしばり口角を上げた。
(保ってくれよ…あたしの体ッ!!)
「フォースギア!!」
ミングニングに突進するアウマフの動きが更に速くなる!
その動きは慣性も追い付かず、ジグザグに直線的な動きで光線を躱しながらミングニングへと肉迫して行く!
「くうッ!!飛鳥ッ!気合入れろよ!!」
「はいッ!!」
飛鳥がもう片方の操縦桿のトリガーを引き絞り、《百獣の王》をミングニングの胴体へと叩き込んだ!
(絶対に……気を失うなッ!!)
「いっけぇええええええーーーッ!!!」
飛鳥が操縦桿のトリガーを更に押し込むと《百獣の王》から光の粒子が溢れ出し、その輝きが剣先まで伝うように剣全体を包み込んでいく。
(もっと!もっとッ!!)
飛鳥は歯を食いしばりながら更に《百獣の王》に力を注ぐ!
「《百獣の王》よ……もっと!もっと輝けえッ!!」
《百獣の王》から溢れる光はその輝きを増し、その光は剣先から双頭竜へと伝っていく。
(もう少しだけッ!もう少しで!!)
「「貫けええええええーーッ!!!」」
ファイアと飛鳥が全ての力を込め叫び、そして遂には竜の胴体に刃が通ろうとしたその時――
「甘いですわ!!《金剛石化》ッ!!」
ノーミーのその言葉と共に、双頭竜の装甲が更に堅く変質し、アウマフの大剣を貫かれる既のところで跳ね返した。
「なにッ!?」
「そんなッ!?」
「《金剛石化》はわたくしの最強の防御魔法!《鋼鉄化》などとはわけが違いますわ!わたくしを傷付けられるモノなどこの世界には存在しなくってよ!!あははははッ!」
ノーミーが勝ち誇ったように二人に語り掛ける。
「……………」
(……最初から《内燃機関爆走》をサードギアで使ってようやく何とか戦えてた……さっきギアを初めてその上に一つ上げたが…これは、予想以上にクるな………)
ファイアが肩で息をしながら顔の汗を腕で拭う。
隣を見ると飛鳥もノーミーの頑丈さに言葉を失っているようだ。
ファイアはその目をもう一度目の前のミングニングに戻す。
「……いや、まだだ」
そしてファイアはそれを見据えただ静かに呟いた。
「なあ飛鳥?やっぱりさ、球ねえたちに報告に行ってくれないか?」
「えっ!?」
ファイアの提案に飛鳥は思わず声を上げる。
「ほむらさんッ!?でもまだ……!!」
ファイアは困惑の表情を浮かべている飛鳥に続ける。
「うん……あたし一人じゃ、多分ノーミーには勝てない…」
ファイアが言い切ったその言葉に飛鳥が堪らず叫ぶように言う。
「そんなことッ!そんなことないですッ!!ほむらさんは強いです、凄いんです!」
「……ありがとな」
そう言って微笑みながらも眼だけは真剣な眼差しでファイアは続ける。
「でもな、絶対に負けない!」
「えっ?」
「あたしはもう、一人じゃないから…絶対に、負けないんだ…!」
ファイアはそう言って微笑むと、自分の服の裾を摑む飛鳥の手の上に自分の手を重ねた。
「だからさ、飛鳥……球ねえたちに報告してくれ。“ほむらは勝った”ってな」
「ほむらさん……」
二人は見つめ合うと無言で頷き合った。
「直ぐにみんなを連れて戻ります!だからそれまで、無事で!あとこれ、《帰還符》!《瞬間転移》のアイテム版です。何かあったら戻って来て!」
飛鳥は最後の方は涙声で言い終わると、ファイアに帰還符を渡し踵を返した。
「ああ、ありがとな」
ファイアは《瞬間転移》で去って行く飛鳥にサムズアップを送ると、ノーミーに向き直る。
「さてと……最終ラウンドの準備はいいか?ノーミー」
「うふふ……本当に貴女はどうかしてますわ?この状況でまだ戦うつもりでいますの?」
ノーミーは今までのにやけ顔から一転、神妙な面持ちでファイアを見る。
「ああ。あたしは諦めが悪いからな」
「わたくしに勝つつもりで?」
ノーミーの問いかけにファイアは静かに頷く。
「……ふ、ふふ!あははっ!!とんだお馬鹿さんですわね?貴女には無理ですわ!!」
そんなファイアを見てノーミーが思わず笑い出す。そんなノーミーにファイアは口角を上げ言う。
「無理かどうかはさ、やってみなくちゃ、分からないよな…?」
「分かりますわよ!貴女、魔力がもう尽きかけてるじゃない!そんな状態で――」
ノーミーが言い終える前にファイアが静かに語り出す。
「なんかさ、友達の飛鳥の前じゃ遠慮しちまってよ…」
「…何にですの?」
ファイアの唐突な語りにノーミーが疑問をぶつける。
「本当はさ、大好きなんだよ…でも、そんな姿、友達には見せたくないしさ……」
「何を言ってますの?」
ノーミーが更に眉を顰めてファイアに問う。
「だからさ……大好きなんだよ、闘うことがさ!!」
そう言うとファイアはノーミーの乗るミングニングを見据え叫ぶ!
「《最終攻撃》!!《内燃機関爆走》!!フォースギア!!!征くぜノーミー!!!」
ファイア乗るアウマフのダクトというダクトから炎が勢いよく噴き出しアウマフの全身を包んだ!
「いくら攻撃力を高めてもわたくしには通りませんわッ!!学習能力がありませんわね!相川ほむらッ!!」
ノーミーはノーミーで、ファイアの挑発に敢えて乗る。
「うるさいッ!あたしのこの炎でお前のそのご自慢の装甲ごと焼き尽くしてやるッ!!」
ファイアがスロットルを限界近くまで引き絞り、アウマフの全速噴射によって光速に等しい速度にまで加速した!そしてそれを推進力に更に加速し続けながらノーミーへと接近する!
(まだだ……!もっと……もっと疾く!!)
そんなファイアを嘲笑うかのように、その前に巨大な双頭竜が立ち塞がる。
「うふふ、おバカさぁん!」
ノーミーはほくそ笑むと、ミングニングに指示を飛ばす。
「《金剛石化》!!」
(きたかッ!!)
ファイアは歯を食いしばり操縦桿を握る手に力が入る。
ファイアの全身から立ち昇る紅い炎のような魔力がアウマフとその手の大剣に注ぎ込まれていく。
アウマフの両手には飛鳥が残していった《百獣の王》が握られていた。
(飛鳥ッ!力を貸してくれッ!!)
ファイアがそう心の中で願い、更なる力を欲した。
何者をも打ち砕く、絶対的な力を――
「《究極奥義》!!《炎神漸改》ッ!!!」
アウマフがその形を変えていく。
より強固に――
より強力に――
より残虐に――
各部の装甲が厚く大きく迫り出し、アウマフは一回り程大きくなった。
頭部には二本の角が生え、その姿はまるで物語に出てくる赤鬼を彷彿とさせた。
ファイアは超高速で視界に迫り来るミングニングに向かって大剣《百獣の王》を更に前方へと突き出した。
アウマフがミングニングにそのままの速度で激突した!
突き立てられた大剣の切っ先がミングニングの胴体に点の傷を付けた。するとその点はやがて線になってミングニングの装甲に走り出す。
「ッ!?装甲に、亀裂がッ!!?」
ノーミーが驚愕の声を上げる。
そんなノーミーを尻目に、炎の大剣が《金剛石化》状態の胴体に亀裂を入れた!
「トップギアだ!!うおおおおおおおおおーーッ!!!」
ファイアは雄叫びと共にギアをMAXの五速まで上げながら炎を噴き出す剣を押し込み、それが更に剣から放出される炎が《金剛石化》の装甲を砕いていく!
「《金剛石化》がッ!!?」
ノーミーの驚愕の叫びが響いた。
「うおおおーーッ!!貫けえええーーッ!!!」
ファイアの雄たけびと共に《百獣の王》はミングニングに止めを刺すかの如く、さらにその輝きと熱量を増した!
(いけるッ!!)
だがその時、それを黙って見ているノーミーではなかった。
「な、舐めるなぁーッ!!双竜よッ!噛り壊せッ!!」
ノーミーの号令に反応した双頭がアウマフの肩と脇腹に噛み付く!それはまるで怪力無双の鬼に両腕を摑まれたような力だった。
「ぐうッ!?ぐぐぐぐぐぐ……ッ!!」
アウマフの動きが止まる。
「ま、負けるかよ!!風子が、待ってるんだッ!!」
ファイアは更に操縦桿を押し込み力を込める!だがアウマフはミングニングの双頭に押さえつけられビクともしない!
「あと、一速…!在ったら……!」
アウマフとミングニングの力比べへと戦局は移り、互いに膠着状態へと陥る。
「…負けない!あたしは……あいつは………!!」
操縦桿を握るファイアの手から血が滲み出す。
「…なかなか!くっ!やりますわね…!」
ノーミーも負けじと両手で操縦桿を握り込む。
「はあッ!はあッ!あいつはさ、誰から言われたでもないのに、自分から下の妹を買って出てさ……」
ファイアが血だらけになった操縦桿を力一杯押し込み続ける。
「…なんのっ、話ですの…ッ!?」
そのファイアの声が聞こえたノーミーが苦しげに言葉を吐き出す。
「そのくせ誰よりも、無邪気で、天真爛漫でよ…ははっ!謙虚なのか図太いのかわかんねえ……ッ!!」
「うっ!この……!!」
ノーミーは双頭竜の顎でアウマフを押さえ込む。
「でも、どんな危機でも人一倍冷静で……どんな時でも人の痛みを分かってやれる、そんな優しいやつだった…!!」
「くッ!?うぐ……ッ!!」
ノーミーが顔を歪ませる。
「だから風子ッ!!あたしも!一瞬でもいい……一瞬でも燃え盛り、輝いて生きてみせるッ!!!」
そのファイアの魂の叫びに呼応するように《百獣の王》が一層輝きを増し、アウマフの炎が一気に燃え上がる!
(ギアが……上がった……!!?)
ファイアは心の思うままに自らの魔力を放出した。
「うおおおあああぁああーーッ!!!」
そして遂にはノーミーの双頭竜を跳ね返し、アウマフの大剣がその装甲を打ち砕いた。
ミングニングは《百獣の王》に胴体を貫かれ血のような炎を噴き出す。
ファイアの瞳からは涙が止め処なく溢れていた。先に逝った妹を、力を貸してくれたアウマフを思って……
「そんな!?わたくしの《金剛石化》が!?わたくしの璞玉のミングニングが!?」
ノーミーは目の前の現実を受け止められず驚愕に目を見開く。
「ふ、うふふ……これで、終わり……ッ!?サニー!?わたくしの愛しいサニー!!この酷い夢からわたくしを助け出してくださいッ!!」
ノーミーがその瞳に涙を浮かべ、愛しい存在の名を叫ぶ。
「……ノーミー、早くその電神から降りろ…もう直ぐ爆発する…」
ミングニングから剣を抜いたアウマフの姿も元のアウマフ・リファイアに戻っていた。だが機体の装甲は剥がれ、あちこちから火花と煙が上がっている。
そんなファイアの忠告にノーミーはそれでもイヤイヤと駄々をこねるように首を左右に振る。
「あ、あああ!サニー!!サニーッ!!わたくしはッ!!」
「だから早くその電神から降りろ!もう直ぐ爆発するって言ってんだよ!!」
ファイアが怒鳴るように言い放ち、その言葉にノーミーは反射的にミングニングから飛び降りる。
(これで……終わり?)
その余りに呆気ない結末にノーミーは一瞬茫然とする。そしてその背後でミングニングは爆散し、その破片は金色の粒子となり消えていった。
呆然と膝をつき佇むノーミーにファイアが近付き語り掛ける。
「立てよ、ノーミー……決着を着けようぜ…」
ノーミーがゆっくりとファイアの方を振り返る。
「……決着?そんなの、わたくしの勝ち以外ありませんわ?わたくしはサニーを護る《電脳守護騎士》なのよ?そのわたくしが勝たないで……」
ノーミーはブツブツとそう呟いた後、にたぁと口角を歪める。
「そうかい。じゃあ、一発勝負といこうぜ?もうお互い魔力も底をつく頃だろう…?」
「…わたくしは、勝つ…勝たなければ、意味が…勝たなければ、いる意味が無い……」
ノーミーは虚ろな目で相変わらず何かを呟きながらその手に槍を生成した。
少し間合いを取った所でファイアはノーミーに一礼する。
「…お願いします」
そして空手の構えを取った。
(打てて一撃…もう体に力が入らねえ……)
ファイアは薄れゆく意識の中、その一撃に全てを賭ける。
(動作は最小限に、威力は最大限に………インパクトはコンパクトに!)
ファイアはノーミーに向かって駆け出した!
「はああっ!!」
ノーミーが槍を突き出す。その一撃には既に先程までの覇気が感じられない。
(ここだッ!!)
ファイアはそれを躱し、そのままノーミーの懐に飛び込むと大地に脚を踏み込んだ!
躱したノーミーの一閃がファイアの束ねた後ろ髪を切った。
髪留めが弾き飛び、切られた赤い髪が火花のようにサラサラと風圧で舞う。
だが、ファイアは集中を切らさなかった――
地に着いた軸脚から腰、肘、肩と、体を捻り力を圧縮させる。
最小限に肘を引き、その溜めた力を拳に込め、全身で解放させる。
「相川旭直伝っ!必勝!正拳突きいぃいいーーー!!!」
最小のモーションで一直線に打ち出されたファイアの正拳がノーミーの胸に突き刺さった。
「がはぅッ!!!」
ノーミーの鎧は砕かれ、その破片と一緒に後方へと吹き飛び地面に激突し一度バウンドして、そのまま動かなくなった。
「はぁッ!はぁッ!はぁッ!ありがとう、ござい、ましたッ…!」
口から肺が飛び出しそうな程、ファイアは肩で息をしながら、倒れたノーミーに一礼した。
形を保てなくなった鎧の外装がボロボロと地面へ落ち、光となり消えていく。
ファイアは空を仰ぐと切られた後ろ髪へ手をやる。
「…ふ、ふふ……長い髪、かわいいって…言ってくれたのに……」
ファイアは勝利の余韻に浸る間もなく、自分の髪が切られたことへの喪失感で胸が一杯になった。
「ふ、ふぐ…ぐすっ……あぁ、あ…」
ファイアの瞳が大粒の涙を溜め始めると、やがて直ぐに決壊した。
「ぅあああぁーーーーーッ!!!」
ファイアは一人立ち尽くして泣いた。
涙が溢れないように顔を上に向けるも止め処なく涙は溢れてくる。
「うわああぁーーーーんッ!!!」
ファイアは子供のように泣きじゃくった。
涙を止めようと思っても止まらないので、いっそ心のままに泣くことにした。
一頻り泣き終え、冷静さを取り戻したファイアが辺りを見回す。
離れた所で一人膝を抱えて泣いている少女がいた。ノーミーだ。
「ここ…何処ですの?サニー?わたくしは……誰?」
ノーミーが膝を抱えたままそう呟いた。
「ノーミー……」
ファイアはノーミーの前まで行くと、膝を折り目線を合わせ語り掛けた。
「なかなか、いい勝負だったぜ?ノーミー…」
「えっ?」
ノーミーは訳が分からないと言った様子でファイアの顔を見つめた。
「なんかさ、あたし達って全然似てない筈なのに……終わってみると、同じように泣いててさ……ちょっと似てるな」
泣き腫らし瞼の赤くなった瞳でノーミーを見つめ返すと、ファイアは静かに笑った。
そんなファイアを見てノーミーの瞳からもぽろぽろと涙が零れる。そして顔をくしゃくしゃに歪めると涙腺が決壊したように大粒の涙を零したのだった。
「分からない…分からないの!わたくしが誰でどこから来たのか!サニー…サニーに会えばきっと教えてくださるはず…!?」
ノーミーは先程までの虚ろな様子から一転、慌てふためき動揺を露にする。
「だから、サニーって誰だよ?知ってたら教えてくれ」
ファイアはそんなノーミーに苦笑して言った。
「えっ?え……?サニー……誰?あなたは、誰?」
ノーミーはただただ困惑してファイアに問い返す。
「あたしは、ほむら。相川ほむらだよ」
「ほむら……」
「ああ…」
「……ほむら…そう!良い名前ね!そう名前は大事!名前は大切なものだわ!」
「………?」
「だって自己同一性があるもの!自分が自分だと言える証明になるもの!誰しも自分が大事じゃない?だから他人やモノ、思想に寄り添ったり崇拝したりするんだわ!あなたもそう思うでしょ!?」
「……かもな」
「わたくしにも在りましたわ!自分が自分で居られるための拠り所のような存在が!あれ?……何だったかしら…?」
(…魔力を失い過ぎて意識が混濁し始めているのか……あたしも、そろそろ……)
「ねえ!ほむら!あなた、わたくしを御存知?わたくしの名前を、御存知!?」
「…ああ、よく知ってるよ。ノーミー」
「…know me ?」
「……じゃあ、あたし、帰るわ」
笑顔で泣くノーミーからファイアは視線を外してゆっくり立ち上がり、そう言った。
「うん。またね、ほむら。ありがとう」
ファイアの手には飛鳥から譲り受けた《帰還符》が握られていた。
(さあ、かえろう……ああ…まひるちゃんに、会いたいな……)
ファイアの後ろでは自我が保てなくなったノーミーが自己崩壊し光となり消えていった。
それを背中で感じたファイアは目を閉じ奥歯を噛み締め、その手に握りしめた《帰還符》を使った――
ファイアが次に目を開けると、そこには見渡す限りの水平線が拡がっていた。
(あれ…?ここは………)
焼けるような砂浜と繰り返す波音が、ファイアにその楽しかった日々を思い出させた。
(まひるちゃん………)
(こんなボロボロの姿でかえったら、また怒られちゃうかな…)
(でもさぁ、もう服一枚生成する魔力も無いみたい…)
(地球の物、身に付けてないけど、今の姿、まひるちゃんに見えるのかな…?)
(あ、髪留め……………)
(髪留め、失くしちゃって…ごめんなさい)
(ごめんなさい、旭……!)
気付くとファイアは『海の家あいかわ』の前にいた。
昼のピークが過ぎた海の家。カウンターの奥からは陽気な男の鼻歌が聞こえてくる。
「フンフフーン♪あらよっと!」
旭はキッチンを片付け明日の仕込みをしていた。その様子をファイアは店の前から見つめる。
「……旭…………」
地球の物質を装備していない今のファイアの姿は旭には見えず、声も届かなかった。それでもファイアは幸せそうに仕事をこなす旭から目が離せないでいた。
「それにしても驚いたよなー。あのまひるが記憶喪失だなんてよお!検査で何とも無かったけど心配だぜ!また今夜電話してみよーっと!」
(心配、だったよね。ごめん、大事な妹さんを巻き込んじゃって、ごめんなさい…!)
「しっかしこの夏は色んなヤツが来たなー。まひるもいっぱい友達出来たみたいで良かったぜマジで。それにみんないい子だったしよ」
(あたしも、いっぱい友達できたんだ……流那ちゃん、そよちゃんに、飛鳥……それと、旭……)
「進一、あいつも何だかほっとけない感じすんだよなあ。一人で突っ走んなきゃいいよな。また遊びに来たら今度はもう少しちゃんと空手みてやるか!」
(旭に教えてもらった空手で、勝ったよ……ケンカに使ってごめんなさい…今度はもう少し――)
「ほむらちゃん、元気にしてっかな…」
(!?)
「いい子だったよなあ。まひるが言ってたように、純真でさ。何にでも目を輝かせて……」
(…あさひ……)
「今時あんないい子いないよなあ。少し気の強いところもあるけど、何だかんだで女の子っぽくて…可愛かったよなあ……」
(あさひ…)
「ほむらちゃんって幾つだっけ?確か十八くらいだっけか?俺が二十七だから……結構年離れてんな……ほむらちゃんにとっちゃ俺なんておっさんだよな」
(あさひぃ…!)
「って!何考えてんだよッ!いかんいかん!まひるにも言われただろ!友達に手ぇ出すなって!ふー、危ない危ない」
旭は額の汗を拭いながら海の家の入口の方を見て
「まっ!また会えたらいいよなっ!」
と、いつもの人懐こい笑顔で言った。
ファイアは両手を口に当て、その瞳からは大粒の涙を流していた。そして疑問に思っていた。
どうしてこんなに胸が苦しいのだろう?
どうしてこんなに胸が切ないのだろう?
どうして旭を見ると胸がときめくのだろう?
どうして旭の笑顔はこんなにも素敵なのだろう?
どうして――
そして、魔力が尽きたファイアの体は光輝くと次第に景色に溶け込み、やがて、視えなくなった。
暑い夏の陽に照らされた浜辺には、波の音だけが変わらず響いていた。




