第四十二話「風に還る少女」
音も無く、吹き荒ぶ風さえ止まった世界にサラは一人立ち尽くしていた。
(……こんな、こんなデタラメな能力がッ!?)
サラがそう思った次の瞬間、ウィンドとサラの目が合った。
「ッ!」
ウィンドは悲しげな表情で微笑むと口を開いた。
「ごめんね……」
そして、止まった時の中でウィンドは両手を胸の前に持ってくるとその手から淡い光が溢れ出す。
次の瞬間、辺り一帯がエメラルドグリーンの光に包まれた!
(ッ!!何かしらの攻撃魔法かッ!?やられるッ!!)
サラは時間が止まった世界の中で無抵抗で立ち尽くす自らの死を覚悟した。
目を閉じようとしても閉じられない。サラは死を前にして今までに味わったことのない恐怖を感じていた。
光輝くウィンドの手がゆっくりと自分に向けられた。
「《範囲回復》!」
次の瞬間、その淡い緑色の優しい光がウィンドだけでなくサラの体全体をも包み、その体にある傷を癒やしていく。
(何をしているッ!?」
サラは漸く自分の声が発せられたのを自覚すると同時に、自らの体の自由が戻っていることに気付いた。
「…ごめん。やっぱり、私には君を倒せそうに、ないや…」
そう呟きながらウィンドの体が前のめりで倒れていくのをサラは只見つめていた。
「風子……お前は……」
サラは地面に倒れ込んだウィンドを見下ろして一つ呟いた。
「お前……回復が追い付いておらんな!?」
ウィンドはサラを見上げながら微笑みを浮かべた。
「えへへ……予想以上に魔力を使い過ぎちゃったみたい……」
そう言ってウィンドは意識を手放した。
動かなくなったウィンドを見下ろしながらサラは、そこに立っていた。
その瞳に複雑な色を浮かべて……
『超次元電神ダイタニア』
第四十二話「風に還る少女」
ウィンドは風に吹かれていた。
髪を穏やかな風がなびかせていく。
優しい風、優しい光、そして優しい音……
全てが心地よい。
そんな心地の良い微睡みの中、ウィンドは目を開けた。
ここは何処なんだろう?とウィンドは辺りを見渡すが視界に入るのは一面に広がる草原と遠くに見える森や山々、そしてその更に向こう側にそびえ立つ大きな山々だけしか見えない。
見慣れた自然の風景、そこはヒトの姿になる前に居たダイタニアだった。空には小鳥が飛び回り、小川には小魚が泳ぎ、野に咲く花には蝶が舞っている。
そしてウィンドは思い出す。
そうだ、私は風の精霊だったんだ……と。
気の向くままに風を吹かせ、風に抱かれて存在してきたんだ……と。
そんなウィンドの視界にひらひらと舞いながら落ちてくる紅い蝶がいた。その蝶はウィンドの指先に止まると羽を休め始めたのでウィンドは思わず微笑み言葉を口にした。
「綺麗な羽だね……」
そんな呟きに応えるように淡く紅い光がその蝶から溢れ出す。
(ダイタニア……何だか懐かしいな…もう随分と前のことのように感じる…)
ウィンドはそう思いつつ、懐かしむように景色を再び見渡すとふと誰かの声が聞こえた気がした。
見ると目の前で紅く光り輝く蝶から声が聞こえてくるではないか。
「――ぅこ……ふうこ……」
ウィンドはその声に聞き覚えがあった。
「……サラ……さん……?」
ウィンドがそう呟いたと同時に、その蝶から溢れ出る紅い光が一気に膨らむと次の瞬間には消え去り、そこには路上でウィンドを自らの膝に乗せ介抱するサラの姿があった。
「ッ!風子ッ!!」
ウィンドが目を開けるとサラはその顔を心配そうに覗き込んでいる。
「サラ、さん……?」
ウィンドは焦点の合わない目で辺りを見回すとゆっくりと口を開いた。
「ここは……ダイタニアじゃ、ない?」
ウィンドがそう尋ねるとサラは少し間を置いてから口を開いた。
「……ああ。先まで我とお前が仕合っていた場所だ」
ウィンドは体を起こすと全身に痛みが走り思わずうめいた声を出す。だがそれと同時に包まれていた温かさを感じた。
何かと思えば、ウィンドの体を包む様に暖かな光が流れていたのだ。
それはあの紅い蝶と同じ優しい光だった。
「これは……?」
ウィンドがそう尋ねるとサラが答える。
「お前は魔力を使い過ぎ倒れたのだ。我は魔法は得意ではなくてな。思うようにお前に魔力を供給することが出来んでいる…」
ウィンドはそれを聞くと目を瞑った。
(優しい光……温かいなぁ……)
そんなウィンドをサラは見つめた後、真剣な表情で問いかけた。
「教えてくれ、風子……お前、何故我にとどめを指さず、助けるような真似を?」
ウィンドは少し驚いた様な顔をした後、悲しげな表情を浮かべると視線を逸らして言葉を紡ぎ出す。
「それは……」
サラは黙ってウィンドの次の言葉を待つ。
「私が地球の為に戦うように、サラさんもダイタニアの人たちの為に戦ってるんだって思ったら、私たちの間にどんな違いがあるんだろうって思っちゃって…」
ウィンドはサラの方に向き直ると少し笑顔を浮かべながら言った。
「だって、私たち精霊は世界の平安を守る為に在るんだって思うし……そんな私たちが争うのは違うんじゃないかって……」
そこまで言うとウィンドは急にしゅんと項垂れて続けた。
「サラさんを傷付けちゃってから言うのもあれなんだけど…ごめんなさい」
(此奴は……戦士としては致命的に、優しい…)
サラは黙って聞いていたが内心でそう呟くと口を開いた。
「ならばお前はどうするつもりだ?このまま我らの意のままに地球をダイタニアに受け渡すのか?」
ウィンドはサラの問い掛けに黙って首を横に振った。
「それは……出来ないよ」
ウィンドは続けて答える。
「でも、サラさんだって無理矢理地球を侵略しようって気はホントはないんでしょ?」
そんなウィンドの答えを聞いてサラは愉快そうに笑うとウィンドに言った。
「やはり、お前は我と同じだな」
ウィンドはそれを聞くと少し不思議そうな顔をしたが、すぐにサラに向けて微笑み返した。
陽の光が射し込むオフィス街の小さな公園で二人はベンチに腰掛け喋っていた。その後ろにはサラが乗り降りたヴォルシオンがそのままの体勢で座している。
爽やかな夏の風が二人の髪をなびかせ通り過ぎていった。
「この地球も、ダイタニアと比べるまでもなく、美しいな…」
サラが空を見上げながらそう呟くとウィンドもそれに答えた。
「うん……私も、この地球の空も、ダイタニアの空も、どっちも好きなんだ」
ウィンドのその答えにサラは微笑みながら返す。
「そうだな……我もそう思うよ」
ウィンドは嬉しそうな表情を浮かべた後、サラに訊いた。
「ねえ、サラさんもヒトの姿になってから地球を楽しんでる?」
するとサラもウィンドに微笑み返して答える。
「ああ、とてもな。まだこの日本という国くらいしか知らないが、とても雅やかな文化を辿ってきた国だと感じる」
ウィンドはサラのその言葉に嬉しそうに微笑むと言葉を続けた。
「それならきっとこの地球が大好きになるよ。私はお洋服とか好きなんだ!」
そんなウィンドを横目で見ながらサラも微笑みながら言った。
「そうだな……ダイタニアでは見なかったモノばかりだよ。私も着物という服にとても惹かれてな。最近では自分で変換しては着ている」
そんな二人は顔を見合わせ微笑み合う。
「サラさんもお洒落好きなんだね!今度一緒にお洋服見て回ろうよ?」
ウィンドが屈託のない笑顔でそう提案するとサラは少し恥ずかしがりながらも答えた。
「ああ、いいな。我も浅草という街に行ってみたくてな。付き合ってくれぬか?」
そんなサラの返事を聞いてウィンドはまた満面の笑みで微笑んだ。
「そうだね、色々行きたいね!その前に、ね……」
ウィンドの声のトーンが少しばかり落ちたのを、サラは汲み取り続ける。
「そうだな。その前に、すべき事がある……」
サラはそう言うとウインドと目を合わせる。
「風子よ、我のヴォルシオンを討て。さすればお前が言う楔の一つが消える。シルフィは手始めにこの県を消すと言っていたが楔を一つ消せばそれもまた時間が稼げよう」
そんなサラの問い掛けにウィンドは瞳を閉じて暫し考え込む。そして呟くように口を開いた。
「……ありがとう、サラさん。地球とダイタニア、お互いにとって最善の道を探そうとしてくれて」
サラは微笑みながら答えた。
「そんな事はない。だが、我もこれ以上お主と争いたくないのだ、風子よ」
ウィンドも微笑むと言葉を返す。
「うん……私も、同じだよ」
そんな二人のやり取りに突如不穏な声が割り込んできた。
『それは聞き捨てなりませんね、サラ?』
その声には無機質ながら静かな怒りが込められていた。
「シルフィよ、聴いていたのならそなたにも伝わったはずだ。この風子の想いと、優しさが」
サラがそう返すとシルフィの怒りは増す。
『ええ、伝わっていますとも。しかし、納得出来ません。大事な電神であるヴォルシオンを貴女自ら手放すなんて。私たちだけでなくサニーをも裏切る行為ですよ?』
ウィンドはそんなやり取りを聞きながらシルフィに尋ねた。
「シルフィさんはどうなの?自分の故郷であるダイタニアだけ守れればそれでいいの?」
そんなウィンドの問いにシルフィは静かに答えた。
『もちろん、私だって出来ることならこの地球を守りたいと思う気持ちもあります。ですが、私はそれ以上にサニーの命を実行せねばなりません』
サラはその答えに一瞬驚きを見せるも直ぐに言葉を続けた。
「ダイタニアの民を護る事が我らの使命。だが、サニーは地球を見捨ててでもそうしろとそなたに言ったのか!?」
そんなサラの問い掛けにシルフィは静かに答えた。
『……さあ、どうでしょうね。もう忘れてしまいました。それでも、サニーの意志は絶対なのです』
するとウィンドが穏やかに口を開いた。
「シルフィさん……私たちは完全に分かり合えないかも知れない。でも、手を取り合う事くらいは出来るんじゃないかな?私は君とも分かり合いたい」
『そうですね……手を取り合うことは出来るかもしれません……』
シルフィの答えにウィンドは明るい口調で続けた。
「それじゃあ!」
だがシルフィは無慈悲に言い放った。
『ですが、貴女にはここで消えてもらうことに変わりはありません。その裏切り者と一緒に、ね』
ウィンドはその答えにハッとしてサラの方を見る。サラが空を仰ぎ呆然としていた。
「それが……そなたの本心か?シルフィ……?」
サラがそう呟くと同時に今まで座していたヴォルシオンが甲高い異音を上げ装甲の隙間から光が漏れ出した。
『本当に、残念ですよサラ。せめて苦しまないよう一瞬で消してあげます』
そう言うシルフィの声はとても冷ややかにその場に響いた。
「ヴォルシオンに何をした!?」
サラがヴォルシオンの異変を察知しその場に居ないシルフィに向かって叫ぶ。
『貴方は元々誰にでも優しすぎました。敵である相手と和解してしまうかも知れない……ですので、ヴォルシオンには地球製の爆弾、原爆と言いましたか?もしもの時の為にそれを積んでおいたのですよ』
ウィンドはそれを聞いて驚愕しつつもサラに向かって言った。
「サラさん!シルフィは君を最初からッ!」
「……そのようだな…見損なったぞ、シルフィ…!」
『裏切り者の言葉は聞きたくありません。皆さん仲良く、そう、まひるさんも一緒に消えてしまいなさい。爆弾は地球の物ですからこの街一帯が吹き飛びますので。では――』
“では、さようなら” シルフィはそう言うと通信を切ったのか声が聞こえなくなった。
ウィンドが周りを見渡す。
確かに、ここは以前まひると来たオフィス街。まひるの会社がある場所だった。今この街のどこかにまひるが居る!
そう思うとウィンドは居ても立っても居られなかった。
「風子よ、お主はここにいろ……我が撒いた種だ。我がヴォルシオンを遠くの海にまで運ぶ…」
サラがウィンドを諭すように告げる。
だがウィンドはその言葉を聞き終わる前に動いた。
「ダメだよ!もし海に行くまで間に合わなかったら!それにサラさんが!」
そんなウィンドにサラが叫ぶ。
「馬鹿者ッ!!これではお主にまで危害が及ぶやも知れんのだぞ!!」
そんな二人のやり取りに割り込む様に甲高い金属の擦れる音がヴォルシオンから聞こえてくる。
ウィンドが尚も発光を続けるヴォルシオンに駆け寄る。爆発の時が近いことをウィンドは直感で理解した。
そしてウィンドは駆け寄った先で遠く離れたビルの窓に映るその人影を目にした。
ウィンドが大きな瞳を更に見開き、言葉を失う。
まひるはその日も出社していた。
昨日の流那からの話が気になりはしたが、自分にはどうにか出来るとも思えず、かと言って何もしないでいる自分にも苛立ちを募らせていた。
コピーを取りに席を立つ。
この前から気になる事ばかり頭をよぎるが、それが何故気になるのか分からないでいた。流那が言うように本当に記憶喪失なのだろうか?
自分の手帳に書いてあったアース、ウィンド、マリン、ファイアというカタカナの名前…
あの名前の人たちが本当に自分の友達で、忘れてしまっているのだろうか?
思い出そうと思っても何も思い出せず、頭を抱える日々だった。
「あ……」
ふとした時に考え込んでしまい、コピーする紙が手から滑り落ちた。
だが、床に落ちる寸前にその紙は小さな手によって受け止めらえた。
「ナイスキャッチ。はい、相川先輩」
能乃がまひるにそのまま紙を渡す。
「あ。ありがとうののちゃん」
「どーいたしまして。それより、どーかしました?ボーッとしちゃって?」
能乃にそう言われてまひるは戸惑った。
「ん?そうかなぁ……?」
「そーすよ。まるで何か考え事でもしてたみたいに」
その言葉にまひるはふと頭によぎった言葉を口に出す。
「そうだ、ののちゃん……もし自分の友達が記憶喪失になったらどうする?」
そんな突拍子のない質問に能乃は思わずきょとんとしてしまったが、暫く考えこんだ後直ぐに返答した。
「どーもしないっすかね。だってその人がその人であることには変わりないっすから」
「そっか……相変わらずののちゃんはクールだなぁ」
まひるが感心してそう呟くと能乃は少しだけ自嘲気味に顔を崩して言った。
「別に気取ってるわけじゃないんすけどね…自己防衛みたいなもんっす」
そんな話をしているとコピーを取りに来たのかやぶきもやってきた。
「あら?二人でコピー機の前でミーティング?」
やぶきが笑顔で冗談めかして二人に声を掛ける。
「いえ、直ぐに戻ります!」
まひるが慌ててそう返すとやぶきは笑って頷いた。
「大丈夫よ、ゆっくりしてて」
そのままコピー機に向かうやぶきを見てまひるが嬉しそうに呟く。
「ああやって気遣ってくれるやぶき先輩、ほんと素敵……」
そんなまひるの呟きを聞いて能乃も嬉しそうな顔をして言った。
「ほんと、大人っすよね」
「そう言えば相川先輩、最近風子ちゃん連れて来ないっすね?もう実家帰っちゃったんすか?」
能乃にそう言われてまひるは固まった。
「え?あ……ふーこ、ちゃん?」
「いつも目ぇキラキラさせて、一緒に居るとこっちまで楽しくなるような…あ、そんなとこ、相川先輩に似てるっすね!」
「……」
まひるは能乃の言葉を聞いて立ちすくんでしまった。
「……相川先輩?」
そんなまひるに能乃が心配そうに声を掛ける。しかし、それでもまひるは何も答えられなかった。
「あの……なんか変な事言ったならすいません」
「ううん、こっちこそごめん!」
そんな二人のやり取りを見てやぶきがコピーを取り終わりやって来た。そして二人に優しく声を掛ける。
「まひるちゃん、ののちゃん、十時のコーヒーブレイク、する?」
「あ、はい。是非ー」
能乃が嬉しそうにそう答えるとまひるも笑顔で応える。
「は、はい!あたしも是非!」
そんな二人の様子を見てやぶきも嬉しそうに微笑んだ。
まひるは考えていた。
先日やぶきからも出て、先程能乃からも出た名前……
(ふーこ、ふうこ……風子?風……ウィンド……ッ!ウィンド!)
(あの手帳にあった“ウィンド”という名前と思しき言葉、二人が言う“ふうこちゃん”、これってもしかしたら同一人物?)
まひるは自分の中で散らばっていたパズルのピースが一つ嵌ったような気がした。
だが、それと同時に言い知れない不安も襲いかかってきた。
それはもしかしたらまひるの知らない所でとんでもないことが起こってしまっているのではないか?そんな恐怖にも似た感情だった。
(風子ちゃんはあの後どうなったんだろう……)
そんな事を考えながらまひるは窓の外の変わらない街並みを眺めた。
「駄目だ風子ッ!爆弾はヴォルシオンと同化させられておる!取り外すことは不可能だ!」
「くッ!どうにか信管を外せればと思ったけど!どうするッ!?」
まひるが眺めた窓の外、遠く離れた路上でウィンドとサラがヴォルシオンに仕掛けられた爆弾と格闘していた。
(考えろ!考えるんだ風子!)
ウィンドは思考をフル回転させ、この絶体絶命の状況を打破する手段を模索した。
爆弾はヴォルシオンと融合している。下手に破壊すれば自爆する可能性もあるし、そもそもこの巨体を一瞬で運べる程ウィンドは力強くはない。
(どうするッ!?)
ウィンドは悩んだ。
そして、ある考えが頭に浮かぶ。
「そうだ!」
「どうしたッ!?」
ウィンドの言葉にサラが聞き返す。それに対してウィンドは強い意志を持って答えた。
「私の《最終攻撃》のバリアでこの爆弾を覆う!」
ウィンドがそう言うと、サラは表情を曇らせる。
「《最終攻撃》だと!?しかしお主には魔力はもうほとんど残って――」
しかしウィンドは迷いなくサラに答えた。
「うん!これしか方法は無いよ!」
「……風子……お主…」
「うん!サラさんは私に出来るだけ強化魔法を掛けて?」
それを聞き、サラは一瞬悲しそうな顔をしたが直ぐに頷いてみせた。
「分かった!」
そんな二人のやり取りを聞いている際にも、ヴォルシオンと同化した原爆はシルフィに操作され今や爆発の臨界点に達しようとしていた!
ウィンドが両手をヴォルシオン目掛け掲げる!
「《最終攻撃》!《天使の雨傘》!!」
ウィンドの両手からエメラルドグリーンの光がドーム状に拡がる。その光は徐々に小さくなりヴォルシオンを包み込んだ。
「どれ程の支えになるか分からんが、受け取ってくれ風子!《炎の壁》!」
サラがウィンドに向け炎の防御障壁を張る。自分では苦手だと言っていたが、サラはウィンドに自らの魔力を微弱ながらその手で供給し始めた。
ウィンドは尚も両手をかざしバリアを張り続ける。そして――
「かはッ!!」
ウィンドが一瞬息を詰まらせ、声を漏らす。
「風子!?」
サラがそんなウィンドを心配する。だが、ウィンドは集中を切らさずにサラに言った。
「大丈夫……これくらいならッ!私が絶対に護るよ……護るんだッ!!だからサラさん!後は任せるね!?」
ウィンドがサラに向け苦しそうにウインクをする。それを見てサラはウィンドの覚悟を察した。
「……ッ!ああ、任せておけ!」
そんな二人の決意を込めた会話に割って入るようにヴォルシオンの各所で爆発が起きる。
爆弾の起爆装置が作動したのだ。
「風子ッ!!」
そんなサラの叫びの中、ウィンドはバリア越しに原爆の恐ろしいまでに凄まじい威力を感じた!
バリアが一瞬で巨大に膨らみ、今にもはち切れそうになる!
(ッ!!?バリア一枚じゃ――)
考えるより先に体は動いていた。ウィンドは《最終攻撃》である《天使の雨傘》を更に二重三重に張る。はち切れそうになっていたバリアが既のところで保ち直し、爆弾の爆縮を抑え込む!
「あ!あぁ!あああぁあーーーッ!!!」
尚もウィンドの体中から魔力が放出されバリアを形作っていく。バリアは爆発だけでなく、音も光も全てを包み込んだ。
「―――ッ!!」
――おね ぇ ちゃ ん――
三重に張られたバリアの内側の一枚がその衝撃を吸収しきれず割れた。粉々に割れた破片は一瞬で消滅し更に次のバリアにも亀裂が入る。
遂には最後の《天使の雨傘》も割れ、凄まじい暴風が街に吹き荒れる。
その衝撃と爆風でヴォルシオンだった装甲の欠片が地面に落ち光になり消滅していく。そして爆弾の威力を全て受け止めたバリアもまた砕け散り消滅していった。だがしかし……
(爆発は、食い止められた……?)
サラは目の前に拡がる光景に言葉を失った。
爆弾と共に爆発し消滅したヴォルシオンがいなくなっただけで、そこには爆発前と変わらない日常が続いていた。
サラの視界に色と音が戻って来る。
行き交う街の人々、忙しく走り回る車、雑踏のざわめき。
いつもの街の風景がサラの目の前に広がっていた。サラの表情が段々と現実を認識し明るくなる。
「やったぞ、風子…お主が護ったんだ…!」
そんなウィンドにサラが駆け寄り声を掛ける。
「でかしたぞ風子!街は無事だ!」
「…………」
おとなしいウィンドにサラが異変を感じて顔を覗き込む。
「風子……?」
ウィンドの顔は笑顔だった。
その顔は満足気に空を見上げている。
ウィンドが見上げるその先にはまひるの務める商社ビルがあった。
「…風子…お主……ッ!」
そんなウィンドを見てサラは言葉を詰まらせる。
「よくぞ、そこまで……!」
サラは力なくそう言った後、その瞳から涙を一筋零し、暫しの間沈黙した。
サラは夏の陽射しを手で遮り太陽を仰ぐ。どこまでも青く澄み渡る空が続き、僅かな白い雲が風に乗ってゆるりと流されていく。
サラは隣に立つウィンドに優しい声色で話し掛ける。
「この夏は実に愉しかった。ダイタニアで精霊だった頃とはまた一味も二味も違う刺激的なことばかりだった…」
ウィンドからの返事はない。サラは構わず続ける。
「先までな?お主たちが来る前だ、我の手に小鳥がとまりに来てくれてな。それはもう愛らしかったぞ?お主たちが来たせいで飛んでいってしまったわ」
「お主もきっと多くの人や動物に愛されるような心持ちの良い奴なのだろう。お主と、もっと早く、出会えて………ッ」
サラの声に嗚咽が混ざり始める。
「…なあ風子?我らの、約束はどうするのだ?一緒に、服を見て、まわるのだろう?浅草にも、一緒に行ってくれるのだろう…ッ?」
「……」
「今回の勝負は、我の完敗だ。だから、またッ、再戦を申し込むぞ?今度はお主の得意だと言う、てれびげーむで、勝負だ…」
「………」
立ち尽くすウィンドから返事はない。サラは尚もウィンドに向け話しかけ続ける。その瞳は既に涙で溢れていた。
「勝ち逃げなど許さぬッ……折角、新たな友が出来たと思ったのだ、なあッ、風子……ッ!」
「…………」
サラが涙で濡れた顔を上げ、ウィンドの顔を再度真っ直ぐに見据えた。
「風子……お主を、胸に刻もう…見えた時は僅かであったが、お主は我に生涯消えぬ、優しさと、強さを遺していった……」
サラがウィンドの正面に立ち、まだ前にかざしたままだったその両手を優しく自分の両手で包み込む。
「見事であった!相川風子!」
サラがその目に刻むようにウィンドの顔を見つめる。
そう言ってサラがウィンドに別れを告げ、涙を拭おうと手を離したその時、ウィンドの体は光の粒子に包まれた。
柔らかい一陣の風が吹くと、その光は風に流され見えなくなり、その場からウィンドの姿は消えてなくなっていた。
風に乗った光の粒子は、一つの所に留まらず、風吹くままにその形を変え新しい風となり消えていった。
能乃がやぶきからコーヒーカップを受け取り窓を開けた。
「おおー。今日はそんなに蒸し暑くないっすね。風が気持ちいいっすよ!」
「ほんと、今日は過ごしやすいわね。良かったわ」
そんなやぶきと能乃のやり取りを見ながらまひるが窓の外に顔を向け微笑んで言った。
「ふふ。本当に、優しい風」




