第三十九話「家族」
「あのねママ?聴いて欲しいことがあるの」
東京のとあるアパート。飛鳥の母親は彼女から急にそう切り出された。
「ん?なに?飛鳥」
「実は私、あるゲームをやっててね……」
飛鳥は事細かに自分がやってるゲーム『ダイタニア』のことを母親に話した。そして、そのゲームで出会った友達が今記憶喪失だったり、存在消滅の危機であることまでもを包み隠さず伝えた。
「……って訳なんだけど……どう思う?」
少し不安げな表情をした母に向かって、飛鳥は少し苦笑した顔を向けた。
「…飛鳥は、どうしたいの?」
「えっ……」
「そのお友達を助けたいの?それとも、見捨てられるの?」
母は静かに、だがはっきりと言った。その目は真っ直ぐに娘の目を見て揺るがない。飛鳥は少したじろいだが、母の問いにはっきりと答えた。
「……助けたい。私にそうしてくれたように助けたいよ!」
「……そう」
「だからママ!友達を助けに行かせて!」
飛鳥は母の目を真っ直ぐ見つめた。そんな娘を見て彼女も優しく微笑んだ。
「ママね、今回の件で本当に後悔したの。もう飛鳥を一人にさせない、絶対に寂しい思いをさせたくないって…」
「ママ……」
「飛鳥、ちゃんと約束して?もう絶対に一人で悩まないって。ちゃんと帰って来るって」
母の願いに飛鳥は大きく頷いた。そして母も嬉しそうに大きく頷き返す。そんな母は一転して明るい声で続けた。
「じゃあ、行ってらっしゃい。あなたがそこまではっきり意見言うのは初めてだもの。きっと大切なお友達なのね?」
「っ……!うん!風子ちゃんとは本当に仲が良いんだから!それに他のみんなも良い人ばかりで、これからもっと仲良くなりたいの!ありがとうママ!」
こうして仙崎母娘の一大決心の末、風待たちとの共闘が決定した。
風幸寺に久し振りに戻って来たザコタとそよは源信と共に縁側に座していた。
「三週間振りくらいかの。男子三日会わざればと言うが、良い顔になったな、進一」
源信がそう切り出し、ザコタが応じる。
「え?そうですかね?俺は別にそんな実感ないけど……」
「まあまあ、男はそれくらいの方がちょうどいいじゃろ」
源信は豪快に笑い飛ばし、ザコタもつられて笑った。それから少し間を置いて二人は真剣な顔になる。
「…東京の進一には会えたか?」
「ああ。会って一発ぶっ飛ばしてやった」
落ち着いた口調でそう話すザコタに源信はまた豪快に笑った。
「そうかそうか!そのくらいで奴には丁度いいんじゃ!まったく、自分勝手な奴じゃったろう?」
「ああ。あいつ、俺だけでなくそよまで泣かしやがって…」
ザコタがそう言うと隣で飲んでいた麦茶のグラスを置いてそよが
「私が泣いちゃったのは、どっちかというと進一くんのせいな気がしますけど…」
と少しむくれながら反論した。ザコタはそよの言葉に「そうだったか?」とわざとらしく白を切る。
その様子を見て源信は柔らかくその目を細めた。
ザコタは真夏の空を眺め、蝉の声が響く境内に耳を澄ます。
「…爺、今までありがとうございました」
「む?」
突然の言葉に源信は目を丸くする。ザコタはそんな源信に向かって続ける。
「ここに来るまで、爺がずっと俺たちを守ってくれました」
「そうか」と静かに頷く源信。そんな養父の様子にザコタはさらに続ける。
「……だから、もう俺は大丈夫です。爺たちの住むこの地球の為、俺のいるべき世界の為、これからはそよと二人で生きていきたいと思います」
そう言い切ったザコタに彼は何も答えずただ頷いた。そして一番聞きたかったことを口にした。
「……お前自身、幸せに成れそうか?」
「はい」
ザコタは迷い無く答え、それを聞いた源信はにっこりと笑って頷いた。そして彼に対し言う。
「進一よ……本当に良い出逢いがあったな」
「ええ、俺の自慢の相棒です」
すると源信とそよは顔を見合わせて笑うのだった。
そんな二人のやりとりを見て、ザコタは思った。やっぱりこの人たちが好きだなと……だからこそ……
「もう爺に守られるだけの俺じゃあない。今度は俺が爺たちを護る番だ。だから爺、いつまでも元気で!」
ザコタの決意に、今度は源信が迷い無く答えた。
「進一、そよちゃん、出自は違うがお前たちは儂らの子供みたいなもんじゃ!ここはお前たちの地球での実家じゃ。遠慮することなくいつでも来られよ!」
その言葉を聞いてザコタは笑顔で源信に言う。
「ありがとう爺ちゃん。進一って呼んでくれて……嬉しかった!今までありがとうッ!長生きしてくれッ!行くぞッ!そよッ!!」
ザコタは縁側から庭に躍り出るとそのまま《瞬間転移》の体制に入る。
そよも慌ててザコタの側に駆け出して
「ありがとうおじいちゃん!私、進一くんと幸せになります!」
と言いながらザコタにくっつき身を寄せた。ザコタは一瞬で赤面し動揺する。
「ばッ!?何言ってやがる!そんなこと俺が――」
ザコタが何か言い切る前に《瞬間転移》は発動し二人の姿は源信の前から消えた。
それを見届けた源信は感心したように軽く口笛を吹きながら麦茶をすすった。
「うむ……美味いのう」
ザコタとそよが居なくなった後、源信は縁側に腰掛けながら蝉の鳴き声を聞く。
彼の耳には今も楽しそうな二人の声が響いているような気がしたのだった。
『超次元電神ダイタニア』
第三十九話「家族」
その日の夕方、流那はまひるの仕事が終わるのを見計らい、会社の近くのカフェでまひるを待つことにした。
流那が待っていると、まひるはしばらくして現れた。
「あ!流那ちゃん!」
流那の姿を見つけるとまひるはすぐに駆け寄ってきた。
「まひるん、お疲れ様」
流那は軽く手をひらひらさせながらまひるに声をかける。
「流那ちゃん、珍しいね!こっちで会うなんて。来るの大変じゃなかった?」
まひるは申し訳なさそうに聞いてきた。それに対して流那は首を振って否定する。
「大丈夫よ。前にこの辺来たことあったから《瞬間転移》でピョーンよ」
その流那の言葉に頭に疑問符を浮かべながら
「はあ、テレポでピョーン…?」
とまひるは小首を傾げた。流那は気にせず話しだす。
「この前も少し話したと思うんだけど、まひるん、あれから何か思い出した?」
流那はまひるにそう尋ねた。その問いにまひるは以前と変わらぬ明るい笑顔を少し歪ませ答える。
「ううん、特に何も…ごめんね」
その答えを聞くと流那は小さなため息を漏らし、そして切り出した。
「そう……じゃ、これから私と出かけない?」
急なお誘いに少し驚いた顔をしながらもまひるは頷く。
「……うん、いいけど何処に行くの?」
「ちょっと素面だと平静に話せる自信ないわ…まひるん、お酒は呑める?」
流那はカフェの席を立ち、まひるに尋ねる。
「え?うん。少しなら飲めるよ」
まひるは「何を急に」とでも言いたげな顔で答える。流那は安心した表情で
「そう、良かったわ。じゃあ行きましょ」
と言いながらカフェを出る。まひるも慌ててその後を追うのだった。
流那は人混みが捌けた路地にまひるを連れ込んだ。少し不安そうな表情でまひるは流那に問う。
「あの、流那ちゃん?どこに行くの?」
「ここなら誰にも見られてないわね。どこって、気兼ねなく呑める処よ。《瞬間転移》!」
流那がそう言うと二人の姿はその場から消え、次にまひるが目を開くとまた人気のない路地裏だった。
「さ、こっちよ」
流那がまひるの手を引き、その建物の前に回る。そこには『スナックかきつばた』と書かれた少し古めかしいネオン看板が煌々とライトアップされていた。まひるはその光景に困惑する。
「流那ちゃん、ここって……」
流那はそんなまひるを他所にその古めかしい看板の下にある観音開きの扉を開き、店内へと入っていく。
「私のバイト先。さ、行きましょ」
と手招きする流那を見てやはり戸惑いながらまひるも店内へ入っていくのだった。
『スナックかきつばた』は内装も外装同様に古めかしかった。バーカウンターの奥にはジュークボックスがある。今となっては割と目にする機会が少ない代物だ。
「あら〜?なるちゃんじゃない?今日出勤だったかしら?」
カウンターの奥でグラスを磨いていた和装の女性は流那に声をかけてきた。
和装を上品に着こなすその中年の女性は、紅いルージュとマニキュアが派手になり過ぎることなく整った容姿によく似合い、肌艶の良さから実際三十代くらいに見えた。
同じ女性としてまひるは、そう見えるための並ならぬ努力を彼女から垣間見て、その漂う美しさと女の色香に一つ感嘆のため息を漏らした。
「ううん、今日はプライベート。営業時間前だけど、ちょっといい?」
「あらまぁ、そうなの。それでそちらのお嬢さんは?」
女性はまひるの存在に気づき、流那にまひるを紹介するように促した。
「この子はまひるんって言って……私の友達」
少し照れくさそうに紹介する流那を見て女性は優しく微笑みながら言う。
「そう。ようこそいらっしゃいました」
その言葉に今度はまひるが照れ臭そうに会釈する。そして女性が話し出した。
「私は『スナックかきつばた』のママ、よし子です。いつもなるちゃんには手を焼いてるの」
「ちょっ、ママ!変なこと言わないでよ!」
流那は慌てて訂正するが、まひるはきょとんとした顔を浮かべる。
「まあ、立ち話も何だから二人とも座ってちょうだい。ビールでいいかしら?」
カウンターの椅子を引かれて座るまひると流那。そして二人にはビールがママから注がれる。それを遠慮がちに受け取るまひる。
「じゃあ、乾杯しましょっか。なるちゃんがお友達を連れて来てくれた記念に!」
ママは自分のグラスにもビールを注ぎ音頭を取る。
「あ、はい…」とまひるもグラスを差し出す。それを見計らったように流那が続ける。
「じゃ、かんぱーい!」
その声に合わせ三人はグラスをこつんと当てる。そしてお互いに一口飲み、口を離したところでママが一つ告げた。
「なるちゃん?私はその辺にいるから気にせず呑んで行きなさい。そっちの彼女も、楽しんでってねー」
そう言い残すとカウンターの奥へと引っ込んで行く。
「ママ、ありがとう。急なお休みとかも、ごめんね」
流那が奥に向かってそう声を掛けると奥から「いいのよ〜」とママの明るい声が聞こえてきた。
まひるはそのやり取りを段々と慣れてきた居心地の中、笑顔で見ていた。
「まひるん、どうしたの?何かいい事あった?」
流那に問われてまひるは素直に答えた。
「ううん、流那ちゃんママさんと仲良しでいいなって思って」
「ママねぇ……色々汲んでくれるのよねぇ。つい甘えちゃうのよ」
「なるちゃん?可愛い名前だね」
まひるに痛いところを突かれて流那は
「ここでの源氏名よ。あまり気にしないで」
照れながら吐き捨てるように言うとビールをぐっと飲み干した。そして続けて話し出す。
「この前さ、飛鳥ちゃんとまひるんの実家に遊びに行ったじゃない?そこであんたが倒れてた時、他に心配してた娘たちがいたでしょ?」
「うん、あのすっごい美少女軍団のことだよね?みんな可愛くて美人さんだったなー、外国の人かなー?」
そんな呑気なことを言うまひるに流那はため息混じりに返した。
「あのねまひるん……覚えてないのかも知れないけど、あの子らみんなあんたの友達よ?」
流那の言葉に一瞬固まってしまったまひるだったが、すぐに手と顔をブンブンと振りながら答えた。
「ええぇっ!?そ、そうだったの!?」
「ほらね、覚えてない」
流那はそんなまひるに呆れつつ軽くあしらった。
「私たちは『ダイタニア』ってゲームで出会って、仲良くなったの。まひるんは何かしらの事故に遭って、今一時的にあの子たちのこと、忘れちゃってるってわけ。ここまでいーい?」
流那は手短に事のあらましをまひるに伝える。
「う、うん……あ、でもそれならみんなともう一回話したら思い出すかも!」
意気込むまひるだったが、流那はそれを止める。
「それは…無理みたい。でも、まひるんが持ってるアイテムを使うことで元の『ゲームの世界』に戻れるみたいなの。で、ここからが重要な話。よく聴いて…」
流那はお互いのグラスにビールを注ぐとママに追加の注文をし、真剣な顔でまひるに向き直る。
流那は事の経緯を簡潔にまひるに話し始めた。
地球とダイタニアが入れ替わろうとしていること。それに対抗するための戦いが今まさに始まろうとしていること。そうしないと四精霊も消滅してしまうだろうこと。
まひるはただ黙って話を聞いていた。そして最後まで聞いた後、疑問に思ったことを口にした。
「流那ちゃんはその……怖くないの?」
「え?」
思わず聞き返す流那にまひるは続けて問う。
「あたし、ゲームは好きだけど、実際に現実で自分がゲームの主人公になって戦ってみたいとかは思わない…だって、絶対に怖いもの。自分が傷つくのも、誰かを傷つけるのも……」
まひるの真剣な眼差しに流那は気圧されつつも、いつものように真っ直ぐ見つめ返して答えた。
「私だって怖いわよ……でも、誰かがやらなくちゃいけないなら、それが出来る私たちがやるしかないじゃない。それに、私の大切な人たちが傷つく方がよっぽど怖いわよ」
その言葉を聞いて、まひるは申し訳なさそうに俯いてしまった。
暫しの沈黙の後、まひるがポツリと呟いた。
「流那ちゃん……ごめん……」
「…謝ることなんて無いわよ。それだけのことがこれから始まろうとしてる。誰もまひるんを責めることなんて出来ないわ」
流那は空になった自分のグラスに手酌でビールを注ぐ。そして一口呑みながらまひるを見ずに
「でもね、まひるん。あんたのことを大好きだった子たちがいたこと、忘れてるかも知れないけど、覚えておいてあげてね……」
グラスに映る自分の顔を見ながら流那はそう言った。
「うん……ありがとう流那ちゃん」
流那は思う。これが普通の感覚なのだと。自分は些かこの異常事態に適応仕出してしまっている。よく考えたらそりゃ自分だって怖い。ので、流那は努めて余り深く考えないようにしていた。
(今のがまひるんの本心よね…元々争い事とか苦手そうだもの……こんな子に向かって、また戦ってなんて……)
流那はグラスに注いであったビールを勢いよく一気に呷った。
すると、まひるも流那の真似をして自分のグラスに手酌でビールを注ぐと一気に呷った。そして顔を赤くしながら勢いよく流那のグラスに注ぎ直す。
「うわっ!?ちょっと、まひるん!そんな一気に呑まなくても!」
「ほらほら、流那ちゃんっ!かんぱーい!」
まひるは自分の弱さを恥た。
自分にしか出来ないことがあると言うのに、それを恐れて目をつぶろうとしていることを。
自分の忘れてしまった友達の危機だというのに、どうにも動けないでいる自分を。
流那はそんなまひるの弱さを肯定してくれた。
(…流那ちゃんは強い……それに比べてあたしは……あたしは…)
まひるの瞳に涙が溢れてくる。
そんなまひるを流那は横目で見て、黙って自分のグラスを傾ける。
(本当は、無理矢理にでも連れ戻さないといけないってのに……なんでまひるんにガツンと言ってやれないのよッ、私ッ!)
「…まひるん、何か他のも呑む?」
流那はそんなことを考えながらまひるにメニューを差し出す。
まひるはそれを受け取りながら答えた。
「あ、うん……じゃあ、カシスオレンジ…」
「よしきた!私が作ってあげる!ママ、ちょっとカウンター入るわよ?」
(そうだ……あたしの代わりに流那ちゃんが戦ってくれるって言ってくれたんだ……だったらあたしも流那ちゃんの助けになれることをしたい……でも…)
まひるの心の中で非現実的な状況と自身の弱さが葛藤する。
流那がカウンターの中に入ると、ママがまひるに話しかけてきた。
「あなたも物好きねぇ?こんな無愛想な子と一緒に呑んでるなんてー?」
(そんなこと無いよ……流那ちゃんはあたしのために……)
「無愛想で悪かったわね!」
まひるが答えるより先に流那の不機嫌そうな声が返ってくる。
(流那ちゃんは、ほんとはとっても優しいんだよ。ただちょっとその表現が不器用なだけで…)
「あららー、怒られちゃったかしらー?ごめんなさいねー?」
「別に怒ってないわよ……まひるん。ほら、カシスオレンジ出来たわよ」
「あ、ありがと……」
まひるは流那からカクテルグラスを受け取り、口を付けた。
(流那ちゃんが作ってくれたカクテル、美味しい……)
「私お手製は普段なら高いわよ?」
流那はカウンターを出て元のまひるの隣の席に戻り、真っ直ぐにまひるを見つめながらそう返した。その顔はとても優しく見えた。
「…美味しいよ、流那ちゃん……ありがとぅ……ありがと……」
まひるの瞳からはとうとう一筋の涙が溢れる。
「…まひるん、これから何があろうと私は私の決断に後悔はしない。出来たら、あんたもそうであって欲しい……」
流那はそう言いながらまひるが差し出した手を両手で優しく包み込んだ。
(本当に……私って嫌な奴だわ……こんな時でも、まひるんに戻って来て欲しいと思ってる……)
「うん……ありがとう……」
まひるは泣きながらも精一杯の笑顔を作って答える。
(あーもうッ!みんなゴメン!まひるんの説得失敗したわ!)
流那はそんなことを心の中で叫びながら、まひるの頬を伝う涙を親指で優しく拭った。
「えへ……なんか、流那ちゃんに慰めて貰っちゃったね」
まひるは泣きながらも照れ笑いを浮かべた。その笑顔に釣られて流那も笑顔になる。
(あーもう。こういうところが可愛いのよ!)
「私みたいな美女が慰めてあげたんだから泣いて感謝しなさいな!それよりまひるん、ママのこのお通し食べてみて!絶品なんだからぁ!」
「うん!いただきまーす!」
まひるは涙の跡を拭いてお通しに手を伸ばす。
(……あーもう…私ってばなんでこんなにまひるんに甘いんだろう……)
流那はその横顔を見つめながら心の中で呟くと、手元のグラスを傾けてビールを口に含んだ。
少しの間、二人で静かに呑んでいると流那のスマホが鳴った。『ダイタニア』内のボイスチャットの着信音だ。
「あー、はいはい。この音は風待さんね。今出るわよ」
つまらなそうにそう言いながら、流那はスマホの『ダイタニア』の画面からボイスチャットに出る。
「はい、手代木――はい、はい…ええ、一緒よ」
流那は風待らしい人物と話しながら視線を一瞬まひるに向けた。
「ッ!………そう、分かったわ。まひるんは行かない。大丈夫よ、私たちで何とかなるわよ。取り敢えずBREEZEに集合でいいのね?了解、すぐ行くわ」
そう言って流那は通話を終了した。その顔を不安気に見ていたまひるに気付くと、流那はスマホをテーブルに置いてまひるに向き直った。
「まひるん、風待さんからよ。なんか緊急事態みたい。すぐにBREEZEに集合だって言われてね……」
「うん……あの、あたしも行っても…?」
そのまひるの言葉に流那は一瞬考え込む。自分はみんなにまひるの件を任された。何とか説得したかったが、やはり事情を忘れた友人を戦いに再度巻き込むことは気が退けた。だが、しかし……!
「…私のスマホで『ダイタニア』内のボイスチャットをオープンにしておくわ」
「う、うん!」
「そっちからでも聞けるから、よかったら聞いてよ」
それだけ言うと流那は立ち上がりカウンター奥のママに大きな声で話し掛けた。
「ママ、急用だから私たち帰るわ!これお代!足りなかったらつけといて!ごちそうさま!」
「え……流那ちゃん!?」
突然立ち上がる流那を見て慌てるまひるを尻目に、流那は財布からお金を出してカウンターに置いた。
「はーい!また来てね!」
ママが明るくそう答えるのを待たずに、流那は店の扉を開けて外へ飛び出した。まひるも慌てて席を立ち流那の後を追う。
「ごちそうさまでした!待って、流那ちゃん!」
「《瞬間転移》!」
外で待っていた流那に手を掴まれ、気付くと二人はまひるのアパートの前にいた。
「あれ?またさっきの魔法?」
まひるは目をパチクリさせ、流那に尋ねる。
「そうよ。残念だけど今のまひるんは連れて行けない。もし、思い出すようなことがあったら、その時は自分の意志で動いて」
流那はまひるの手をぎゅっと握りながらそう言った。
「あ、あの!流那ちゃん?あたし…あたし……ッ!」
「……それじゃあ行ってくるわ。また呑みましょ?」
流那は踵を返し、まひるのアパート前から文字通り姿を消した。
(……ほんと私って、どこまでも中途半端ね…)
流那は心の中でそう呟いたが、その表情には笑みが浮かんでいた。
「ごめんなさい、遅れたわ」
流那がそう言いながらBREEZEのブリーフィングルームに入って来た。
そこには風待と四精霊の他に、飛鳥とザコタ、そよの姿もあった。それを見た流那が
「…全員集合ってわけね……」
と小さく呟いた。
「あのッ!まひるさんは!?」
流那が一人なのを見掛けるとすかさずアースが訊いた。流那は一瞬気まずそうな顔をしたが直ぐに真っ直ぐアースを見つめ
「残念だけど、まひるんは来ないわ」
みんなが言葉を無くし、少し重い沈黙がブリーフィングルームに流れた。
「みんな、ごめんなさい!私、まひるんを……ッ!」
流那がそう言いながら頭を下げようとしたところで
「流那?まひるは元気そうでした?」
マリンが流那の肩にその手を置き、優しい目で流那に問うてきた。流那は顔を上げ、マリンの目を見ながら
「ええ……元気そうだったわ」
と答えた。
「そうですか……それなら良かったです」
マリンは安堵の表情を浮かべると流那に一つ頷いてみせてから、皆に向かって話し始めた。
「みんな、まひるは元気だそうだよ!僕たちはそれ以上の何を望むって言うんだい?」
マリンの言葉にみんなが顔を見合わせて小さく笑い出した。流那も笑いながら
「ええ、そうね。その通りだわ!」
と明るく答えた。
流那の話が一段落した頃、風待がいつもより真面目に話し始めた。
「先程、相手側から俺の個人携帯にメールが届いた。文面はこうだ。『今から36時間後に地球はダイタニアへと改変され始めます。何か手を打つなら急がれた方がよろしいかと。シルフィ』…」
「シルフィ!?」
「またあいつかよッ!」
ザコタとファイアがほぼ同時に声を上げた。
「シルフィ……秋葉原での敗北は忘れていない…!」
アースがシルフィへの怒りに拳を握りしめ、そう呟いた。
「その文面から相手にも時間の猶予が無い事が推測出来ますが、こちらを誘い出す為の煽動とも受け取れます。僕たちを誘い出すことによって、向こうに何かしらのメリットがきっとあるんだ」
マリンが目尻を上げてそう言うと
「俺もマリン君と同じ意見だ」
と風待がそれに答えた。
「じゃあその36時間ていうのは?」
四精霊の中で一番ゲームが得意なウインドが二人に訊く。
「ハッタリか、それとも本当に意味があるのか、これだけでは判りかねるな。36時間が確かな時間だとするなら、リミットは明後日の午前七時だ」
風待はそう言いながら自分の腕時計を確認した。
「今の俺たちに真意を確かめる術は無いし、出来ることは少ない。だから当初の計画通り《異界の楔》を絶ちながらSANYに近付く。一晩ゆっくり休んで作戦決行は明日の午前七時とする。飛鳥君とそよ君もゲストルームを使うといい。ザコタはー…」
風待はチラッとザコタの方を見たが、ザコタはぶっきらぼうに「俺はそこのソファでいい」と言った。風待は頷くと
「よし!それでは解散!」
と号令をかけた。皆まだ緊張はあるものの一時の休息をとれる事にどこか安堵しているようだった。
その夜、ゲストルームには四精霊と流那、飛鳥、そよの七人が同室に泊まることになった。風待からは空いてる部屋を好きに使ってくれと言われたのだが、七人が皆同室に泊まることを望んだ。
いつかのように、シャワーを順番に浴びている。先に上がったアースはベランダでまだ乾いていない髪のまま暖かい夏の夜風に当たっていた。
そんなアースの頭にタオルが投げ掛けられる。アースは何事かと振り返るとそこにはいたずらっぽく笑うファイアの姿があった。
「濡れた髪のままでいると髪が痛むから早く乾かしてね!」
ファイアはまひるの真似をして言う。
「ふふっ、似てるな」
ついアースも小さく笑ってしまう。ファイアも笑顔でアースの横に並ぶ。
「タオルありがとう。ちゃんと乾かすよ」
アースはファイアに笑顔を向けると、前を向いた。ファイアも前を向きながら笑顔で話し始める。
「なぁ球ねえ、まひるちゃん、どうしてるんだろうな?」
ファイアが独り言のように呟くと、アースも小さく答えた。
「…分からない。が、きっといつものように笑っているに違いない」
「だな」
二人はそれ以上何も語らず夜風に身を委ねていたが、しばらくするとマリンとウィンドもやって来た。
「やあ、ここからは街の夜景がよく観えるね。中々に綺羅びやかだ」
「でも、まひるちゃんちで観た星空みたいに、沢山の星は見えないね」
マリンとウィンドがアースたちにそう話しかけた。
「ああ、あれは綺麗だったな」
とアースも返す。ファイアも感慨深げに語る。
「…綺麗だったよな、まひるちゃんの笑顔。あの星空に負けないくらい、いつもキラキラしててさ」
アースもウィンドもマリンもファイアの言葉に静かに耳を傾けた。
「なあ球ねえ、万理、風子。まひるちゃんに会って話したいことって、あるよな?」
ファイアがみんなに問い掛けると、アースはゆっくり頷いた。
「もちろんだ」
それを聞いてウィンドは満足そうに頷く。
「だが、さっきマリンが言ったように、まひるさんが元気でいてくれたらそれ以上のことはない…」
アースは微笑みながらそう言った。
「まひる、この先きっと素敵な母親になるんだろうね…」
とマリンが言うと、ウィンドは「うん、そうだね」と優しく答えた。そしてマリンは更に続けて言った。
「それでさ?もしそうだったら僕たち、きっと結婚式に呼んでもらえるよね?」
それを聞いたアースとファイアの頬が少し赤くなる。が直ぐにいつもの笑顔に戻ったファイアが言った。
「ああ、もちろんさ!いやでも、あたし何着ていけばいいんだ?」
するとウィンドが楽しげに
「その時は風子がドレス選んであげるよ!」
と言うと、マリンは
「僕!僕も選んでよ風子!」
と元気一杯に言う。そしてアースが
「あはは!その時は私もドレスを仕立てないとな」
と笑顔で言った。
みんなでまひるが幸せになっていることを想像しているだけでとても幸せな気分になれる。なんて尊い存在なのだろう…
「あははは!はは…は、うぅッ!」
ファイアがまず堰が切れたように嗚咽を漏らした。そのファイアの両肩をマリンがすかさず抱きしめる。
「…ダメだよほむら……これは良いことなんだから、笑わなきゃ…」
「ぐすっ、わかってる…わかってるんだけどぉッ!うぅ…ッ!」
ファイアは尚もマリンの腕の中で泣き続きる。
そこにそよもベランダにやって来てファイアの手を握った。
「ほむらちゃん…まひるさんのこと、いつも嬉しそうに話してたよね…」
そよの瞳にも涙が滲んでいる。
「ううぅ…そよちゃあん!ああぁ…ッ!」
「バカ……そんなに、泣かないでよ。ほむらの、バカ…」
そう言うマリンの瞳からも涙がポロポロ零れ落ちる。
今度はそんなマリンの肩に流那が手を添える。
「偶にはね、思いっきり泣いてみるのも、アリだったりするわよ?」
流那の優しい声と微笑みにマリンの涙腺も決壊した。
「うわあぁあっ!まひるぅ!会いたいよ!」
とマリンも声をあげて泣き始める。流那はそんな二人を抱きしめて言った。
「本当に、あんたたちって素敵なお友達ね」
流那の胸に抱かれて泣きじゃくるマリンとファイアの背中をさすりながらウィンドも涙を零す。
「……そうだね……風子たちみんな本当に良い友達だよね……」
そんなウィンドの手を飛鳥が涙を零しながら掴んでくる。
「風子ちゃん、ずっと友達でいようね?」
ウィンドは飛鳥を握る手に力が入り、しっかりと飛鳥の目を見て頷くのだった。
アースはそんな様子を見守りながら穏やかに言った。その瞳には皆と同様、涙に濡れていた。
「そうだな……私は本当に良い友に……姉妹に……」
「家族に恵まれて幸せだな……」
アースの言葉に一同は静かに頷き、泣き続けた。
これはみんなにとって初めての感情だった。みんなと出会ってからというもの、初めてのことばかりだ。
楽しいこともあれば悲しいこともある。それでも一緒にいるだけで幸せを感じられる。
そんなかけがえのない仲間たちがいるから、この先もきっと大丈夫なのだろうと思える。
ただそこに、まひるがいないということだけを除けば……
(まひるさん……必ずまた、会えますよね?)
【次回予告】
[飛鳥]
まひるさんは戻って来なかった…
私に明るい未来を照らしてくれた人。
頂いた笑顔の分、恩返しがしたかった…
次回『超次元電神ダイタニア』
第四十話「船橋上空」
日本地図が……変わるッ!?
――――achievement[絆]
※皆の間に掛け替えのない絆が生まれた。
[Data22:第九.五話「名前のさずけかた」]
がUnlockされました。




