第三十七話「リスタート」
「風待殿ッ!まひるさんがッ!まひるさんがッ!」
「まひるちゃんが、あたしたちのこと…忘れたみたいに……グスッ」
「道に倒れててね、怪我はなかったんだけど風子の《回復》も効いてないようなんだ?」
「どういうことか解りますか?風待氏!?」
「え!?イケメン?」
突然の来客が一斉にそれぞれ叫ぶ。
それを目の当たりにした風待は内心動揺していたが、サングラスを外しているその顔はあくまでいつもの余裕の笑みを浮かべ応対する。
「あー…ええと……そうだな。君たちがとても動揺しているということは解ったよ…」
そう言って風待は彼女たちをここに連れて来た張本人の流那に視線を向けた。
「順を追って説明願えるかい?手代木さん?」
『超次元電神ダイタニア』
第三十七話「リスタート」
流那は一同をなだめると、事の経緯を風待に話し始めた。
夏合宿中にあったこと、泣きじゃくる飛鳥という家出少女を何とか家まで送り届けたこと、シルフィの仲間たちから襲撃があり退けたこと、まひるが道に倒れていて気付くと四精霊のこととダイタニアのことを忘れていたこと…
それらを風待は真剣な表情で黙って聴いていた。流那の話が一区切りしたところで、風待は一同の顔と周りを見回す。
「そうか。それで、その相川さんは?」
「今は自分のアパートに戻ってるわ。今日はもう仕事に出てるんじゃない?」
風待の問いに流那はいつにも増して不機嫌そうに返す。
「…そうか。突然のことに君たちが慌てふためくのもよく解るよ。仲良さそうだったもんな」
風待がそう言うと、皆一様に複雑そうな表情を浮かべた。
「マリン君が先に言った通り、おそらく何者かによってログアウトさせられたんだろう。ログアウトするとダイタニアに関する直近の記憶が消える仕組みは俺にも分からん」
風待はそう結論付けた。
「じゃ、じゃあ、まひるはこのままなの?」
「今のことろは、ね…」
風待の返答にマリンは悲しそうに顔を俯ける。その隣で流那が深刻な表情を見せる。
「……それは、いつまで続くのよ?」
そんな流那の問いに、風待は難しい顔をして答えた。
「……そうだな、現状判っていることは今のダイタニアからログアウトすると再ログインは出来ないってことだ。そしてそのダイタニアもSANYによる改変が進んでいる…」
「なんとかならないの?」
流那は風待に食い下がるが、風待はまだ険しい顔で言った。
「…少し見方を変えよう。相川さんを今のこのダイタニアから遠ざけることが出来て一先ず安心、と考える人はいるかい?」
風待のその言葉を聞いて流那を始め四精霊がハッとする。
「……確かに、そういう考えも、ありますね…」
アースが苦い顔をして風待に同意する。
「え?えッ!?そ、そうなのかッ!?」
ファイアがアースの言葉をまだ飲み込めず狼狽える。
「…まひるちゃんを戦いから遠ざけられた、と思えば、少しは…」
「……世界の脅威は変わらないけど、そこからまひるを……良かったのかな……」
ウィンドとマリンも続けてそう言った。
「まずは現状を把握することが大切だ。相川さんがいなくなった分、電神を扱えるこちら側のプレイヤーが一人減ったが、それを踏まえて今後の計画を練ればいい」
風待は淡々と話を進めていく。その冷静さに一同は少し戸惑ってしまう。
「……ちょっと待ってよ…」
下を向いているのでその表情は分からなかったが、そう言った流那の双肩は震えていた。そしてその顔を上げ風待を見据えて大きな声で言った。
「私はそうは思わない!この子たちの顔を見た!?大好きだった人に自分のこと忘れられちゃったのよ?辛いに決まってるじゃないッ!」
流那の叫びに一同は黙り込む。
「まひるんを今更『あなたは無関係だから一人で安全なとこにいてね』なんて、頭では解ったとしても、この子たちの心が納得するわけないでしょッ!?そんなの、良い訳がない…!絶対……ッ!」
流那のその言葉には、まひると四精霊に対する心配や思いやりが多分に含まれていた。
「……ああ、そうだな」
風待は流那の言葉に反論せずただ黙って耳を傾ける。風待は一瞬驚いた顔をしてからククッと笑いだす。
「何よ!?」
「いや、済まない。君たちは本当に仲が良いなと思ってね。本気で想ってくれる友人がいる相川さんはとても素敵な人なんだろうな」
流那は風待にそう言われて一瞬キョトンとし、すぐに顔を赤らめた。
「べ、別にそんなの……当たり前じゃないッ!」
「君たちは、相川さんに『自分たちのことを忘れて欲しい』なんて思ったことは一度もないし、『これからも一緒にいたい』……」
風待が言うと、一同は真剣な顔で頷く。そして風待も頷く。
「そりゃそうだよな」
その台詞を聞いた流那はほっとした表情を浮かべた後、再び真剣な表情になり風待を見た。
「でも、今のままじゃいけない、ってことね?」
「ああ」
風待は力強く頷き肯定する。
「俺の仮説が正しければ今後の作戦に相川さんの力、いや、相川さんと君たちの絆と言った方が良いだろう。相川さんと君たちの存在が絶対に必要になる。そのためにもまずは俺の話を聴いてくれ」
そう言うと風待は、皆の顔を一人一人見てから語りだした。
「これから俺たちが戦う相手は、電子がニュートリノと結び付き実体化した相手だ。電神とプレイヤー以外の攻撃を無効化し、地球上の武器は何一つ効かない。そんな相手に対抗出来るのは……」
風待は一呼吸置いてから告げる。
「……俺たちプレイヤーと、存在が近い君たち精霊だけだ」
その言葉に一同は一瞬驚きを見せるがすぐに納得したような表情になった。
「そういうことか……!」
ファイアは自分の握りしめた拳を見つめて呟いた。
「風待氏、まひるとの繋がりが絶たれた今の僕たちは、自分たちの中の魔力が段々と弱くなるのを感じています…宿主を失った僕たち精霊は恐らくこのままでは近い内に消滅してしまうでしょう」
マリンのその言葉に皆感じていたのか流那以外誰も動じなかった。
「えッ!?まひるんがダイタニアに戻って来ないとあんたたち消えちゃうって言うの!?」
流那が驚き声を荒げてマリンに詰め寄る。
「………」
皆のその沈黙が自分の問いへの肯定を意味することを察した流那も悔しげに黙り込む。
「うむ。君たちが彼女の実家で修行に勤しんでいる間、俺も何もしてなかったわけじゃない。SANYやシルフィたちの居場所は確定した訳じゃないが、電脳世界『ダイタニア』からの浸食が濃い場所を幾つか特定している。恐らくそこが地球とダイタニアの次元の壁が薄い場所で奴らのいる場所だ。そこを叩いて行く」
風待は冷静に説明しながらタブレット型端末を操作し、皆に見えるようにテーブル上に置いた。
「ほう…」
「それが今の僕たちの最善策というわけか……」
アースとマリンが風待の説明を聞いて納得した様子で呟く。
「あたしたちに出来ることがあれば何でもやるよ!」
ファイアも真剣な表情で拳を握りしめる。
「うん!地球の為に力にならせて欲しい」
ウィンドも力強く頷きながら答える。
「……」
流那は無言で風待のことを見ていた。その視線に気づいた風待は彼女の方を見て言う。
「……無理にとは言わない」
その言葉に流那は首を横に振る。そして決意に満ちた目で言った。
「……私はまひるんとこの子たちともう知り合っちゃったの……だから、やってやるわよ!」
そんな流那の言葉を聞いて風待とマリンたちは顔を見合わせてニンマリ笑った。
風待の居城、BREEZEのリビングは今や前線基地のブリーフィングルームかのように粛々とし張り詰めた空気が漂っていた。
「そこで、四属性のアウマフを使える相川さんの存在が大きくなってくる。次元の壁をこじ開けてるのが異界の力なら、それを食い止めるのも異界の力、即ち精霊が使う魔力だ」
風待は流那たち五人を前にして語り始める。
「次元の壁を閉じる。それには精霊力の強いアウマフが要る。アウマフは相川さんしか喚べない。つまり、相川さんのダイタニアへのプレイヤーとしての復帰が最優先事項となるわけだ」
風待はタブレットを操作して表示させた日本のマップに三つの赤い光点と二つの黄色い光点を表示させる。
「ここと、ここ、そしてここ。この三つは電脳世界『ダイタニア』との繋がりが濃い場所だ」
風待の説明を受けながら流那たちはそのマップに表示された光点を見る。
「どこも千葉県じゃない」
流那がその三つの紅点を見て呟き、更に残りの二つの光点を見て
「黄色い点も一つは千葉っぽいわね。もう一つだけやたら離れているけど…どこよここ?」
と訊く。その流那の問にその隣で画面を見つめていたマリンがそっと呟くように答えた。
「もう一つは、岐阜県飛騨市神岡町……」
マリンのその言葉に風待はニヤッと笑みを浮かべ
「流石だなマリン君。正解だ。その場所にあるのは世界でも数少ないニュートリノの物理観測所…」
風待のその言葉に更にマリンが続けて言う。
「ハイパーカミオカンデ…!」
「そうだ。俺はこの黄色い点のどちらかにSANYがいると睨んでいる。そして、相川さんをダイタニアに復帰させるにはシステムがこちらから弄れない以上、SANYの近くであるアイテムを使う必要がある」
風待の説明に流那が何かに気づく。
「…まさか、そのアイテムって、ゲームで死んだ際にその場で復帰できる《繋がる想い》じゃないでしょうね!?」
「そのまさかだ」
風待は悪びれた様子もなく肯定した。
「このアイテムはな、ゲームではダイタニアから離れたプレイヤーの精神を現し世に連れ戻す命綱って設定なんだよ。このプログラムはまだ生きている。だからSANYの見ている前でアイテムを認識させ使えば間違いなくダイタニアにプレイヤーとして戻ってこられる!」
その言葉を聞いて流那は思わず叫んでいた。
「ちょっと待ってよ!《繋がる想い》って言ったら、ゲーム内でも入手困難な超レアアイテムじゃない!超難易度の突発イベントでの最上位クリア報酬とかでしか入手できないって聞いたこともあるわよ!?」
その流那の言い分に風待は答えない。ただニマッと笑ってみせるだけだった。
「……ちょっと、まさかとは思うけど…まひるんが元々そのアイテムを持ってたとか、そんな上手い話あるわけ…」
「またまたそのまさかだ」
風待は意味深に笑った。
「へ?」
流那は風待のそんな言葉に間抜けな返事しかできなかった。
「いや〜、彼女が直前にクリアしたイベントの運営からの上位報酬がさ、まさにソレだったんだよな!多分ゲーム内のメーラーに届いてると思うんだけど」
「ええッ!?」
流那は驚く。その様子をにやにやと見ていた風待の口調がいきなり真面目なモノになった。
「……ただな、それはこちらからは使いたくても使えないんだ。飽くまで相川さんがダイタニアに戻りたいという意志を持って使わないと、効果は無い…」
そこまでの風待の話を聴いて、アースが風待に問う。
「では、私たちの役目はその黄色い点までまひるさんを連れて行き、そのアイテムを使ってもらうこと…?」
「ああ、まずはそこからだな。そして相川さんが復活したらそのままSANYを倒すか、さもなくば残りの赤い三つの場所を潰していき世界融合の時間を稼ぐ」
風待から明確な今後の方向性を聴いたところで流那はもう一度尋ねる。
「…じゃあ、まずはまひるんがダイタニアに戻って来るように説得するとこからなわけね…あんたたち四人が行っても今は怪しまれるだけかも知れないし…」
流那は四人を順番に見ていく。そして
「その役目、私に任せてもらってもいい?」
真剣な顔付きでそう問うてくる流那に、マリンがきっぱりと即答した。
「まひるはきっと帰ってきます!よろしく流那!」
その言葉に他の三人も続く。
「ああ!きっと大丈夫さ!任せたぜ!」
「はい!お願いします流那!」
「まひるちゃんは帰って来るよ流那ちゃん!」
皆のその答えを聞いた瞬間、流那の顔に笑みが広がる。そして力強く宣言した。
「うん……待っててね、あんたたち!まひるん……!」
(待ってなさい!この私が絶対に連れて帰ってやるんだから!)
『電脳守護騎士』たちの拠点、『箱庭』――
シルフィはまた考えていた。
折角《ヘラクレスの柱》で次元の扉を開く算段が立ったと思ったら、レオンがまひるをログアウトさせてしまった。これでは扉の鍵となるアウマフが喚べず《ヘラクレスの柱》は機能しない。
レオンを駒として使ったのはやはり失敗だった。
主人を人質に取って脅して使ったところで真の忠誠無き者に事を上手く運ぶことなど出来はしなかった。それどころかこちらの予想外の事態を引き起こしてくれた。これは自分の痛恨のミスだ。
この事態を修正するには次の策を練るしかない。いつまでも一つの失敗に囚われていては駄目だ。
こうなったら最早精霊そのものを鍵に使うしかない。
そうすると向こうの精霊だけでは数が足りない…
そこはこちらの精霊を差し出して……
「シルフィ、いいか?」
そんな事を考えていたシルフィにサラが近くにやって来て声を掛けた。
シルフィはゆっくりと振り向く。
「サラ……どうかしましたか?」
「ディーネのグリーディアは無傷だ。ノーミーのミングニングも片腕だけの修復なのであと一日もあれば動けるだろう」
「そうですか……ではサラ、二人をここに……」
シルフィは無表情にサラに命令した。
が、サラは首を横に振った。
「いや、あの二人は私が預かる」
シルフィの眉がぴくりと動く。そしてサラに問い掛けた。
「なぜですか?サラ」
「あの二人は今そなたと一緒に居て欲しくないからだ」
シルフィの目がすーっと細くなる。
「……どういう意味です?」
「分からないか?」
「……そうですね、大方私が二人を罰すると思っているのでしょう?」
シルフィはサラの真意を見透かすように問う。
「……二人を、仲間を手に掛けるな」
「何を馬鹿なことを……」
シルフィは鼻で笑った。
「二人にはまだまだこれから働いてもらいます。勿論あなたにも……さあ、邪魔が入りましたが最終ステージを四人でやり直しましょう」
シルフィはサラにそう言った。
「そなたを、信じてよいのだな?」
「ええ、勿論ですとも」
シルフィは微笑む。サラも微笑んだ。そしてシルフィの髪に軽くキスをしてから身を翻し
「ディーネ、ノーミー、出て来なさい」
サラが優しく言うと、二人の近くの空間が歪みディーネとノーミーが姿を現した。ディーネはいつもと変わらないあっけらかんとした表情。
ノーミーはバツが悪そうに俯いていた。
サラは二人に手招きして、近づいたディーネとノーミーの二人をシルフィの前に通す。
「二人もこの通り反省している。あまり強く叱ってくれるな」
シルフィは二人の目をジッと見て、そして微笑んだ。
「勿論です。さあ二人ともいらっしゃい」
二人はおずおずとシルフィの側に近寄ると、サラがディーネとノーミーの二人を後ろから優しく抱きしめる。
「ほら……大丈夫だからな……」
「サラさん…」
「サラ姐さん!」
二人もサラにそっと抱きついた。その様子を見ていたシルフィが話し掛ける。
「最終ステージをやり直します」
三人はシルフィに向き直り、静かに頷いた。
【次回予告】
[風待]
想定外のことばかり起きて
中々に上手く行かないもんだな
これならゲームの方がよっぽど簡単だぜ
次回『超次元電神ダイタニア』
第三十八話「リロード」
大体の目星はついた。追い込むぞSANY!




