第三十六話「リセット」
浜辺で花火を楽しんでいる一行に動きを感じたディーネは神経を研ぎ澄ませた。
「誰か一人で歩き出した子がいるね…歩幅から、身長170センチ前後……相川まひるちゃんかな?」
ディーネのその言葉に隣のノーミーも真剣な声色で答える。
「だとすると、彼が動きだすかも知れないですわね。わたくしたちも二手に分かれます?」
そんな真剣なノーミーに、ディーネが残念そうに向き直り
「折角面白くなりそうなのに、二手に分かれてどうすんのさぁ?一緒に見に行こうよ?」
「…それもそうですわね……待って。やっぱりあの子、一人で歩いて行きますわ」
ノーミーが警戒していた通り、まひるは一人で浜辺から路上へと歩いて行く。
まひるの歩行速度はゆっくりで、住宅が並ぶ小路へと進んでいく。
その様子はまるで夜の散歩を楽しむような優雅なものだった。
「じゃ、距離を取って尾けようか。人間相手なら楽勝でしょ!」
ディーネがさも楽しそうにニヤリと笑い、ノーミーも「そうですわね」と同意する。
二人は堤防から立ち上がると、まひるが歩いて行く小路の方へと歩き出した。二人とまひるの距離は目視でも難しいくらい離れていたがディーネの感知能力にとっては容易く行動が探れる距離だ。
「あなた、よくそんな大きな耳当てして音流しながら偵察なんて出来ますわね?」
隣を歩くノーミーがヘッドホンで音楽を大音量で流しているディーネの姿を見て少し呆れた口調で訊いた。
「ん?音と音楽は全く別モノだよ?この耳当てから流れてくる音楽は電子変換された音でさ、元々電子の存在だったあたしたちに似てて聴いてると落ち着くんだよね。自然界の音とはまた違った刺激物だよ」
「そうなんですのね。あなたのそういうとこ、本当に面白いですわ」
「面白い?えへ~褒められた♪」
ノーミーの言葉にディーネは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「別に褒めてませんけどね」
そんな会話をしながら二人はまひるの背後を尾けていた。
まひるは自分が尾けられていることなど微塵も気付かず、ただ足取り軽く前に進んで行く。
「まったく、お姫様を一人で出歩かせちゃって、向こうの四精霊は何やってんの?夜道で変なヤツに襲われでもしたらどうすんのさー?」
ディーネはふざけた口調で愚痴りながら、まひるの後方を一定距離を置いて尾行する。
「その変なヤツって、あなたのことでしょ?」
ノーミーはディーネのぼやきに冷静に突っ込みを入れ、歩みを進めて行く。
「まぁねー。でもアウマフに乗ってないまひるちゃんには興味ないかなー」
特に悪びれもせず答えるディーネをノーミーはジト目で睨むと、前方を指さしてこう言った。
「あそこが目的地かしら?」
二人が歩く小路の先には大きな一軒家があった。その家の扉の横でまひるは足を止める。そして手に持っていたバケツをそこにある水道で洗い始めた。
「彼女の実家の旅館でしたわね。割と良い家の子なのかしらね、相川まひる」
ノーミーがその家を見ながらそう言うと、ディーネも頷いた。
「そだね~。今度うちらもみんなで旅館とかに泊まりたくない?」
ディーネがのほほんとした口調でそう言うと、ノーミーがピシャリと突っ込む。
「余り人間に染まらないで下さいねディーネ!?」
「あハッ!はあーい」
そんなやりとりをしているうちに、まひるは再び来た道を浜辺に向かって歩き出した。
「ノーミー、気付いてる?」
「ええ、いますわね。ここで何か仕掛けるつもりかしら?」
二人が会話をしている間もまひるの背後からは強い想いの気配が付いていく。その気配の動きに二人は目敏く気付いていた。
「レオンさん、どう出るかな?」
ディーネがワクワクしながら呟くと、ノーミーが素っ気なく
「あの紳士気取りなら何も出来ないんじゃなくて?せめてアウマフを誘き出してくれたらいいですけど」
と言った。
そして遠目でレオンがまひるの前に姿を表すのが見えた。レオンは右手に大剣を生成したかと思うと、何を思ったかその剣でまひるを突き刺した。
「ええェーーーッ!?」
ディーネが笑顔で驚きの声を上げた。
「何、やってるんですのッ…!?」
流石のノーミーも驚きを隠せず、レオンに向かって声を上げた。
その声に気付き、レオンが二人の下へ駆け付ける。
「…お前たちの望み通り、相川さんを無力化したぞ。これで俺たちに関わるのはもうやめろ」
レオンが大剣を地面に突き立て、二人にそう言い放つ。
「レオン、あなたは……」
ノーミーは呆れながらも彼を問い詰めようとする。しかしその前にディーネが目にも止まらぬ速さでレオンを蹴り飛ばした。
「ぐあッ!?何を…ッ!?」
レオンが痛みに顔を歪めながらディーネを睨み付ける。しかしディーネは全く悪びれる様子もなく低い声で言葉を発した。
「…誰が相川まひる本人をヤれって言ったよ?あたしたちはアウマフをヤれって言ったはずだよ?」
ディーネの眼はゴミでも見るかのように地面に蹲るレオンを冷たく見下ろす。
「相川さんをダイタニアからログアウトさせれば、もうお前たちの脅威にはならないはずだ!これ以上誰も巻き込むんじゃない! 」
レオンが声を振り絞ってそう叫ぶ。それを聞いて、ディーネとノーミーは顔を見合わせる。
「あのね、あたしたちは相川まひるには端から用はないの?用があるのはアウマフ!まひるちゃんログアウトさせちゃったらもうアウマフ喚べないじゃん!?どうしてくれンのコレ!?」
ディーネは倒れているレオンの胸ぐらを掴むと、そのまま拳を思い切り顔面に叩き込む。
「ぐがッ……!そんな事は知らん!俺はただ、ぐはッ!」
再び殴られた痛みに顔を歪めながらレオンが叫ぶ。それを見てディーネは再び拳を振り上げる。しかしそれを止める者がいた。ノーミーだった。彼女はディーネの腕を掴むと、静かにこう言った。
「ディーネ……そこまでにしておきなさい」
ノーミーはそう言って倒れているレオンの前に立ち、彼を見下ろした。
そして突然レオンの胸ぐらを掴むと、そのまま彼の体を軽々と持ち上げる。そしてそのまま彼の身体を高々と上空に放り投げた。
「ッ!!」
ノーミーは右手に槍を生成し、上空のレオンへと狙いを定める。
「…一思いに消してあげますわ!」
ノーミーは槍をレオンに向けて投石機のような勢いで投げた!
「あす…ぐおああッ!!」
高速で放たれた槍がレオンの心臓を貫く。同時に槍に込められた魔力が炸裂し、大爆発が起こった。
爆発の煙が晴れるとレオンの姿は跡形もなく消えていた。爆発の火の粉が地面に刺さったままのレオンの大剣に触れ、一瞬だけ刀身が紅く光り直ぐにまた元の色に戻った。
「……生成した剣が消えないところを見ますと、まだこの剣の中に在りますわね」
ノーミーが剣を一瞥してそう言うと、地面に刺さった剣を抜き取り構えた。
「でも、ほとんど魔力を感じない…ただの剣ですわ」
そう言って無造作にその大剣を道に放り投げた。重い金属音が夜道に響く。
それをただ黙って見ていたディーネが呆然としている。暫く立ち尽くした後、急に我に返りノーミーを睨み付けた。
「おいおいおいおイ!何自分だけオイシイところ持ってっちゃってるのさ!?あたしにもヤらせろよぉ〜!」
ノーミーに飛びかかろうとするディーネを、ノーミーが手を前に出し静止する。
「あなたじゃ簡単に殺さないでしょう?時間の無駄だからわたくしがやってあげましたの」
二人はしばしの間睨み合う。先に折れたのはディーネだった。
「チッ!」
彼女は舌打ちをすると踵を返して歩き出す。そして捨て台詞を吐いて言った。
「今回はノーミーに譲ってあげるけどさぁ~、次はあたしがヤるかんねッ!」
そう言って彼女は頬を膨らませる。
ノーミーはそれを見てクスッと笑った。
「ふう、まるで子供ですわね……それにしても、この状況…どうシルフィに説明したものかしら……」
ノーミーは夜空を見上げる。そこには幾つもの星が瞬いていた。
『……全部伝わっていますよ二人とも…』
ノーミーは感傷に浸る間もなく、そのシルフィの声によって現実に引き戻される。
「まあ、バレてるよね。あたしたちプライバシーゼロだし」
ディーネが他人事のように言う。
「そ、そういうことですのシルフィ?レオンがとんだ勘違いをしまして、相川まひるを退場させてしまいましたわ!あーどうしましょう!」
ノーミーは大袈裟にとぼける。
『…………』
シルフィからの返事はない。
「…あの、シルフィ?無言はやめてくださるかしら?」
「ノーミーちゃん……あんた、シルフィを怒らせちゃったね」
ディーネがどこか楽しそうに呟く。
「あなたも同罪ですわよッ!他人事のように言わないでくださるッ!?」
ノーミーはディーネを睨み付けた。
そしてシルフィは相変わらず感情を含めずに言った。
『…扉の鍵にするのは何も電神でなくてもいいのです。そう、例えばヒト型に顕現している精霊でも鍵の代わりになってくれることでしょう…』
それを聞いたノーミーはゾッとした。
「あら、シルフィが冗談を言うなんて、初めてかしら!?」
そのノーミーの言葉に返事する代わりに、シルフィの声が大きくなっていく。
『ノーミー、ディーネ。今すぐ私のところに……来なさい……』
その声を聞いたノーミーは顔を青白くさせて呟いた。
「絶対怒ってますわ……」
まひるが浜辺を離れて十五分が経った頃――
浜辺ではまだ皆賑やかに燥いでいた。
ザコタは旭に空手について何やら真剣に訊いている。
そよとファイアはお互いに今日の出来事を聴き合い盛り上がり、ウィンドとマリンと飛鳥の三人は波打ち際で綺麗な貝殻を探している。
アースと流那の二人がそれを少し離れたところでにこやかに見守っていた。
アースがまひるの帰りが少し遅いのを気にして道路の方を振り向く。それを見て隣の流那がアースに声を掛けた。
「お球さん、ホントまひるんのこと大好きよね」
「え!お球さん?自分のことですか?」
アースが聞き慣れない自分のあだ名につい聞き返した。
「そ。さっきからずっとまひるんの帰り気にしてるでしょ?」
流那はアースの方を横目に見ながら言う。
「あ、えと、うふふ……」
アースは照れ笑いをした。
「ふふ」
そんなアースを流那は少し笑う。そして
「不思議よね、彼女。私もまだ出会って数日だってのに、何だかまひるんには色々隙見せちゃってるのよねえ…」
流那は優しい表情で水平線の彼方を見つめた。
「そうなのですか?」
「そうなのよ。もっと冷静な自分がいるはずなのにね」
流那はそう言ってふっと短く溜め息を吐くと、今度は悪戯っぽい笑みを浮かべてアースにこう訊いた。
「お球さんにとってさ、まひるんってどんな存在?」
「え!?あ、はい。えーと……大切な人、です」
アースは少し恥ずかしそうに答える。
「どんな風に大切なの?」
流那は興味津々といった様子でさらに質問を重ねる。
「そ、それは……上手く言葉では言い表せませんが……ずっと一緒に居たい人っていうか……」
「ふうん……」
(この娘ほんとに真面目よね)
そんなアースに感心する流那。
「一緒に居たい友達であり、頼りになる姉であり…全てを包みこんでくれる、母親のような存在です。私はこんな出自ですから、家族というものは概念的な意味合いでしか分かりませんが」
アースは遠くの水平線を見ながら続ける。
「だから、まひるさんが傍に居てくれると、それだけで安心出来るんです。彼女が喜んでくれると私も嬉しい。彼女が悲しんでいると私も悲しい。そして彼女の為なら私は何でもします」
そこまで一気に言ってアースは我に返った様子で、急に恥ずかしくなったのか顔を赤くして下を向いた。
そんなアースを流那はどこか温かい眼差しで見つめると、ニコッと微笑んで言った。
「そういうのがね、本当の友達って奴よね」
「そ、そうでしょうか……?」
アースは少し不安そうに流那を見る。すると流那は優しく微笑み、頷いた。
「ええ、そうよ」
そんなやり取りをしている間にも夜も更けてきた。
「さて、そろそろ私たちも戻りましょっか!帰り道にまひるんとも会うわよ」
流那がそう言って立ち上がり皆に撤収の声を掛ける。そして家路に着き、旅館への路を皆で歩き出した。
外灯の明かりだけでは心許ないと、流那が自分のスマホのライトを点け先だって歩く。
車通りもなく、他に歩いている人もいない。聞こえてくるのは波の音と自分たちの足音だけだ。
少し歩いていると、一つ先の外灯の下に黒い影が見えた。お喋りに夢中でまだ気付いてない者もいる。
先頭の流那が目を細めてそれを見るが遠目では分からない。そんな流那の様子に隣を歩いていたアースが気付いた。
アースは流那が見つめる視線の先に目をやる。
目を凝らし、それを確認してしまったアースが声にならない悲鳴を上げた。
「ッッッ!!!!」
皆がその異変に気付く。
アースは駆け出していた。
外灯の下に横たわる人影、まひる目掛けて。
「まひるさんッ!!」
アースは叫ぶ。
皆が彼女の視線の先を追った。
するとそこには、道路の脇に倒れているまひるの姿があった。
「あ……あ……」
アースはその場にへたり込んだ。呼吸が荒くなり、身体が小刻みに震える。目の前に広がる惨状を受け入れることが出来ないのだろう。
そんなアースの隣で、駆け寄って来た流那が努めて冷静な声で
「どいて!頭を動かさないで」
とアースの肩に手を掛ける。集まって来た皆が各々に驚きと恐怖で言葉を失っている。
流那がまひるの首筋に手を当てた。次に胸に耳を当て心臓の音を聞き、口元に掌をかざした。
「生きてる……!」
流那はそう言うと周囲を見回してから叫んだ。
「まひるん!聞こえるッ!?まひるんこらァッ!!」
まひるに向かって大声で叫ぶ流那。その目は血走っている。
「まひる……まひるさん…ッ!まひるさああんッ!!」
「落ち着きなさいよ、お球さんッ!!」
泣き叫ぶアースを流那はなだめる。皆も心配そうに倒れたまひるの様子を見守り各々声を上げるが何も出来ないでいる。そんな時
「…う〜ん……」
まひるが意識を取り戻した。
「あ!まひるん、気が付いたのね!?」
流那がまひるを覗き込んで声を掛ける。すると、まだ意識が朦朧としているのか虚ろな瞳で周囲を見回して状況を確認しようとしているようだ。
「う〜ん……あれ?……ここは?」
そんな様子のまひるに皆が安堵の声を漏らす。それはそうだ、これは事故だと思われたからだ。皆が安心して胸を撫で下ろす。
ウィンドが抱きついて泣きながら《回復》を掛けている。
マリンもファイアも皆涙を流していた。
「バカまひるお前、大丈夫なのかよ!?」
旭もまひるの無事を祈り声を掛ける。
「あ、お兄ちゃん。流那ちゃんも、泣かないで?どうしたの?」
まひるはまだ現状を把握出来ない様子で周りを見回し声を掛ける。
「バカッ、泣いてないわよ!それに、どうしたのって聴きたいのはこっちよ!なんともないのね!?」
流那が潤んでいた自分の目を拭いながらまひるの背中に腕を回し、上半身を起こす。
「ん……うん……大丈夫みたい……」
まひるは段々意識がはっきりしてきたのか、自分の身体を抱きしめて泣き続けているアースに気付き、まひるは力無く笑いながら声をかけた。
「ごめんなさい、心配かけて」
その声がアースと重なる。
「ごめんなさい!私がもっと周りを見ていたらッ!一緒に付いて行っていたらッ!」
アースが悔しそうに歯を食いしばる。そんなアースをあやす様に頭を撫でながら、心配する皆に向かって微笑みかける
「心配かけてごめんなさい。大丈夫ですよ、怪我も無いですし」
そう言ってまひるは立ち上がり、アースの背中を擦る。
「あの、ごめんなさい。何だか皆さんにとても心配お掛けしちゃったようで。でもこの通りなんともないから!大丈夫だよ!」
まひるは両腕でガッツポーズをして皆に向かって笑いかける。
そんなまひるの様子に安堵したのか、アースは
「良かった……本当に良かったです……」
と言ってその場にへたり込んだ。
そんなアースにまひるは
「本当に心配お掛けして済みませんでした。見ず知らずの方まで巻き込んでしまって」
と、苦笑混じりにそう声を掛ける。
「…え?」
その場にいた全員が、その違和感を瞬時に感じ取った。
「いやあの、その……」
アースが何が起きたのか理解出来ないと言った様子で固まっている。皆も驚きを隠せない様子だ。
「……えっと……」
そんな皆の様子をまひるは気まずそうに見ている。それを見たマリンが何かを思いついたかのようにハッとして口を開いた。
「……まさか……ログアウト…!?」
マリンのその言葉にまひるを除いた全員が驚いた。
「うそ!?」
「マジかよ……!」
「どうして…!?」
皆口々に驚きの言葉を口にしている。流那も目を丸くしてまひるを見つめた。しかし、当のまひるは、頭に疑問符を浮かべている様子だ。
「……えと……じゃ、じゃあ!流那ちゃん、飛鳥ちゃん、夜も遅いし帰ろう!明日帰るんだからさ」
皆の様子に違和感を感じながらも、まひるは明るく声を掛け流那と飛鳥に帰宅を促す。流那と飛鳥もまひるのその様子を見て、不安を抱きつつも立ち上がった。
「……あのね、まひるん?この子たちを見て。何か覚えてること、ない?」
流那がそう言って、アースたち四精霊とザコタ、そよの六人をまひるの前に立たせた。
まひるは不思議に思いながらもその六人を見渡す。そして、キョトンとした顔から笑顔を作り言った。
「……この人たちは……うちの旅館のお客さん?初めまして!」
『超次元電神ダイタニア』
第三十六話 「リセット」
【次回予告】
[流那]
なんで私がこんなことやらなきゃならないのよッ!
まったく、何気絶なんてしてるのよ!?
無事ならさっさと起きて――
まひるん……?
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第三十七話「リスタート」
誰かがいなくなって悲しむのは、もう嫌よ…
――――achievement[第二部開始]
※新たな物語が幕を開けた。




