第三十五話「ゲームオーバー」
シルフィたちが『箱庭』と呼ぶその空間はただ広く、白かった。床と壁と天井があることから部屋と呼べるのかも知れないが、その部屋には窓はなく、出入り口の扉もない。外の景色も見えず、所々にある凹凸が薄っすらと影を作っているだけの空間だった。
シルフィはそこにある凹凸を椅子代わりに腰掛け、サラを見上げ口を開いた。
「地球とダイタニアを繋ぐ異界の入口の扉。この星に因んで《ヘラクレスの柱》とでも言いましょうか。その扉を開くには七つの鍵が必要だと、以前話しましたね?」
「ああ。その鍵というのは高純度の精霊エネルギー、つまり、電神…」
サラは落ち着いた声で答える。
「ええ。電神でもただの電神では駄目でした。先日秋葉原であれだけ電神を破壊したというのに、鍵一つ分にもならないなんて…」
シルフィは少し目を伏せて続けた。
「電神使いと精霊が強く結びついている様な電神でないと鍵にはならない……そう、まひるさんのアウマフの様な…」
「アウマフを倒せば、鍵は四つ分集まるのだな?」
シルフィはサラの問いかけに即座に言葉を返した。
「ええ。おそらく」
シルフィは頷く。
「初めはアウマフを捕らえようとしていました。ですが、先日戦ってみて解ったんです。アウマフを壊せば壊すほど精霊エネルギーが漏れ、鍵へと流れ込んでいることに…」
そう言ってシルフィはサラに薄い笑みを向ける。
「あのアウマフは高純度の精霊エネルギーに溢れていました。それも四精霊全て。どうしたらあれ程の力を蓄積出来たのか……足りない残り三つの鍵にはレオンさんと、あの黒い電神もあります」
シルフィはそこまで言ってから、顔を上げてサラを見た。
「サラ、まだ地球をダイタニアに変えてしまうことに反対ですか?」
シルフィはサラの目をジッと見つめた。
「…反対とまでは言ってない。それがサニーの意志なのだろう?…ただな、この地球にも、ダイタニアと同じ様に動物が住み、川が流れ、風が吹いていた。それらを上書きさせてまでダイタニアに固執する必要がどれ程あるのか。我はそう思っただけだ」
サラはシルフィの目を見つめ返して言った。シルフィはそんなサラの目をただ真っ直ぐと見つめ返し、そしてフッと口元を緩ませる。
「相変わらず生きとし生けるものに優しいのですね」
「我ら精霊とは元来そういうものだろう?生命の願いから生まれ、お互い干渉せず、共に生きるのが我らの本分だ」
「そうでしたね。だから、私たちがしようとしていることは精霊の本分に反する、から、余り乗り気ではないのかしら?」
「…今更だな。その様な問答は既にやってきた。我は今やそなたたちと一蓮托生だ。どんな決断でも、そなたたちを護るのみ」
「ありがとうございます」
シルフィはそう言うと、小さく微笑んで見せた。そして話を続ける。
「だから、私はダイタニアを救いたいのです。私の仲間たちが住まうこの世界を。サラ、あと少し、力を貸してください」
シルフィはそこまで言うと、一度言葉を区切り目を閉じた。そして再び目を開きサラを見つめ返す。
「そして、風待の攻略にはあなたの力が不可欠です、サラ…」
シルフィは座ったままサラの長い髪にその手を伸ばす。その髪がシルフィの手に触れる様にサラは片膝を着く。
シルフィがサラの髪を手で梳く。
「あと少し、私のわがままに付き合ってください……」
シルフィの無感情だった声色が少し柔らかくなり、その瞳には強い意志が感じられる。
「我の答えは決まっている」
サラはそう言ってシルフィの髪を梳く手に自分の手を重ねた。
「姿も見たことのないサニーだがその意志は絶対だ…」
サラが伏し目がちに呟く。その長い睫毛が強調され美しく煌めく。そして真っ直ぐにシルフィを見つめて続ける。
「だが、そこにそなたの意志があるなら……共に行くことに迷いは無い」
サラの瞳には曇り無い光が宿っていた。
『超次元電神ダイタニア』
第三十五話「ゲームオーバー」
合宿四日目の晩、まひるたちは浜辺へ出て花火を持ち寄りそれぞれに火を点ける。
「人には向けちゃダメよ!終わったらこのバケツにちゃんと入れてね」
花火を初めて手にする異界の友人たちにまひるが注意を促す。
手に持った花火から色とりどりの火花が飛び出すと皆驚きの声を上げた。
そして直ぐ様その声は感嘆へと変わっていく。
「わあッ!まひるちゃん!すごいキレイだね!」
ウィンドが花火に負けないくらいその瞳を輝かせ声を上げる。
「うん!綺麗だよね!夏と言ったらやっぱり花火!」
まひるも無邪気に花火を手にし喜ぶ。
「水の精霊の僕が火の魔法を使ってるようだ…何だか変な気分」
そう言うマリンの顔は穏やかな笑みを浮かべている。
「あたしもこんなキレイな魔法、使えたらなー。同じ火でもこの火は職人芸だぁ」
ファイアが手にしたした花火を見ながらうっとりしてつぶやく。
「…みんなで食べた夏の風物詩、スイカも美味しかったですが、これはまた、風情がありますね」
アースが染み染みとスイカの甘さを思い出しながら言う。彼女にとって花火は美味しいものと同じくらい良いものになったようだ。
「ほら、火を点けるからちゃんと持っていろよ?」
「あ、進一くん!まだちょっと怖いです!一緒に持って」
ザコタがそよの持つ花火に火を点けようとすると、そよは花火を持ちながら後ずさる。
「分かったから。それ以上離れると火が点けられん!」
「なんか熱いわね…暑いじゃなくて熱いわ…ねぇ飛鳥ちゃん?」
「えぇ…リア充な熱さが押し寄せて来ますね流那さん…迫田君、爆発すればいいのに…」
ザコタとそよのそんなやり取りを見ながら、流那と飛鳥が野次を飛ばす。
「いい雰囲気じゃないのぉ!他人の恋路を羨むより、自分の今を楽しもうぜ!ほら花火追加な!」
旭は笑顔で流那と飛鳥に花火を手渡していく。
「う…その通りなんだけど、まひるん兄に言われるのは何だか釈然としないわね…」
「ね…なんででしょうね…旭さん、とても気が付くし優しい人だとは思うんですが、何故か正論言われたくないキャラなんですよね…」
流那と飛鳥がバツが悪そうな顔を旭に向ける。
「ほらほら!景気よく打ち上げ花火もやろうぜ!みんな、少し距離取ってくれ!打ち上げやるぞ!さあ誰が点火したい!?」
旭がそう言って砂浜に打ち上げ花火を設置する。
新しい花火に興味津々の四精霊たち。
皆が挙って旭の近くに寄る。
「はいはーい!風子やりたーい!」
ウィンドが真っ先に手を上げて近寄る。
「あたしもやりたい!」
ウィンドの後を追う様に、ファイアとマリンも花火の下に集まりだす。
流那たちも何だかんだ言いながらもそれに続く様に近づいて行く。
「おーし!じゃあ順番な!」
まひるはそれを満足気に見つめていた。
砂浜から離れた堤防の上に、二人の人影がある。ディーネとノーミーだ。
「本当にこの位置ならわたくしたちのこと相手に悟られないのよね?」
ノーミーがディーネに訊く。
「あたしが知覚出来るギリギリの距離だよ。向こうにあたし以上のセンスあるヤツがいなければ大丈夫!」
ディーネが自信満々に答えるが、ノーミーは不満気に
「…余り安心出来ませんわね」
と小さくこぼす。
「レオンさんの動きも気になるしさ、取り敢えずこの辺りで様子を観ようよ?」
ディーネがニヤリと歪んだ笑顔でノーミーを見やる。
「分かってますわよ。それにしても、よく咄嗟にあんな嘘が飛び出ましたわね?」
ノーミーが呆れたように言う。
「ねー!ノーミーもよく合わせてくれたよね!なんかレオンさん、悩んでる風だったから、もっと困らせてあげたくなっちゃってさー」
ディーネが悪怯れるでもなくなく、ケラケラと笑いながら答える。
「全く、悪趣味ですこと。わたくしは単に自分たちが動かないでアウマフを倒してくれるならそれに越したことはないと思っただけですわ」
「あハハ!ゴメンゴメン。でもさ、レオンさんがアウマフを倒せなくても、二人まとめて倒しちゃうのは変わらない筋書きでしょ?」
「それは、そうですけど。地球にダイタニアを上書きさせる為にアウマフは倒さなくてはならないのですから。でも、昼間の戦いを見た限りでは、あの強力な拘束魔法さえ気を付ければ簡単そうな相手でしたけど」
「まだまだ必殺技を隠し持ってるかも知れないよ〜?レオンさん早く負けて来ないかなッ!」
「あなた、どっちの味方ですの?」
ノーミーはジト目でディーネを見やる。
「面白そうな方の味方だよ!あたしはただ楽しく壊せればそれでいいだけ!」
ディーネがケラケラと笑いながら言う。
「もう、呆れて物が言えませんわ…」
ノーミーは小さく溜め息をつき、海を眺めた。
「……サニー、褒めてくれるかしら?」
ノーミーがそう小さく呟くと、
「流石にアウマフを倒したら褒めてくれるでしょ!?未だに会ったことないけど!」
ディーネが振り返り言う。
「わたくしは、あの方の愛が欲しいですわ…」
ノーミーが物欲しそうに答えた。
「ノーミーも変わってるよね?会ったこともないサニーのことそんなに好きなんてさ!まあ、あたしたちは何でかサニーには逆らえないようになってるみたいだけど」
「あなたにだけは変わってるなんて言われたくないですわね!」
ノーミーが語気を荒げる。
「あー、またそれ言うー!あハ、ハ………ッ!」
ディーネが笑い声を上げたその時、瞬時にディーネは声を押し殺し感覚を研ぎ澄ませる。
「あ、何だ。シルフィか。はいはい伝わってますよー。ノーミーも一緒」
隣のノーミーにもシルフィからの伝心が届いたらしく
「ええ、一緒にいますわ。監視の方は抜かりありませんわ。え?」
ノーミーが、伝心のメッセージに困惑する。
『風待を倒し異界の扉を開く算段が立ちました。さあ、二人とも戻って来てください』
シルフィが淡々と告げる。
「えー!今面白いところなのにぃ!もう少し待ってよシルフィ!」
ディーネが不服そうに言う。
『面白いところ、と言いますと?』
シルフィが訊き返す。
「監視に使ってたレオンって精霊いますでしょ?彼にアウマフを倒してくるようけしかけたところですの」
ノーミーがディーネに代わって答えた。それを聞きシルフィは『はあ?』と、少し呆れたような声を出した。
『アウマフを倒すのに第三者の力など借りずとも自分たちの力でどうにでもなるでしょう…仮にも間違いがあってはなりません。アウマフはこちらで破壊しますのでレオンさん共々戻って来てください』
シルフィが感情を含まない声でピシャリと告げる。
「えぇ〜なんでよッ!?せっかく面白くなってきたのに!」
ディーネが不服そうに言う。
「シルフィ、わたくしたちに監視を任せたのなら融通が効かないのも承知の上ですわよね?彼の動きを楽しませてもらってから戻りますわ。少し待っててくださるかしら?」
ノーミーも不服そうに言う。
『…そうですか。そこまで言うなら好きにしてください』
シルフィは興味無さげに返事をした。
「あハ、シルフィ話し分かるじゃン!」
ディーネが楽しげに笑い出す。すると、
「!ノーミー、誰か動くよ。楽しませてくれるのは、誰かな……?」
ノーミーはディーネの真剣にふざけている態度を横目に見ながら自らも神経を研ぎ澄ませた。
浜辺での花火大会も佳境を迎え、皆が線香花火を手に取り、思い思いにその時を楽しんでいた。
新しい友と楽しむ者。
愛しい者と愉しむ者。
淡い想いに揺られ嬉しむ者。
それぞれの想いが花火という思い出へと昇華され、 浜辺での花火大会は幕を閉じた。
「いや〜、楽しかったね!ありがとうみんな!」
まひるが満足そうな笑みを浮かべ皆に礼を述べる。
「お礼を言うのはこちらです。まひるさん、楽しいひとときでした。いつも私たちの知らない楽しいことを教えてくださりありがとうございます」
アースが改まってそう言って頭を下げた。
「そんな!気にしないでよ〜!あたしが花火やりたいって言ったんだしさ〜!」
まひるは照れた様子で両手をブンブン振る。皆がそんなまひるを笑顔で見守った。
「まひるさん、これからもよろしくお願いします」
皆を代表するかのように、アースが満面の笑みでそう言った。
「こちらこそ!あたし、みんなのこと大好きだよ!」
まひるは満面の笑みで答えた。
こうして夏合宿最後の夜は終わりを向かえたのだった。
「じゃあ、あたしバケツ片付けて来るね。まだ遊び足りない子もいるみたいだからゆっくりしててよ」
まひるは砂浜で追いかけっこを始めているウィンド、ファイア、飛鳥たちを優しく見つめて笑顔で言った。
「では、私もお供します」
アースがさも当然のように立ち上がりまひるに付いて行こうとする。
「アース?まだあたしへの遠慮ある?あなたもしっかり楽しんで」
まひるに笑顔でそう言われるとアースは
「そんなつもりでは……いえ、そうですね。では、お願いします、まひるさん」
と言い直し、柔らかい笑顔で返す。
「うん!すぐ戻るね!」
まひるは嬉しそうにそう言ってバケツを手に持ち足早に自宅へと向かった。
今日も楽しかった。
まひるの心の中はみんなとの楽しい思い出で溢れていた。
「ふんふふ〜ん♪」
まひるは鼻歌を歌いながら自宅への道を急ぐ。自宅へ戻ると、まひるは花火を片付けバケツを洗い玄関先に干した。
そしてまた浜辺への道を急ぐ。
外灯に照らされた海へと続く小路。
そこにはこれからも一緒に居たいと願う友達がいる。
まひるは踊る気持ちを抑えきれずその足が軽くなるのを感じた。
その時、脇道の暗がりから大きな影がまひるの前に現れた。
外灯を背にしたその顔はよく見えないが大柄な男だと言うことは瞬時に認識出来た。
まひるは一瞬警戒したじろぐも、その顔を覗き込むと見知った顔だったので安堵した。
「あ!アスクルさん!じゃなかった、レオンさん?でしたね。やっぱり飛鳥ちゃんの近くにいたんですね!?」
まひるはレオンの姿を確認すると笑顔で近付いて行った。
レオンの顔は外灯の明かりで逆光になっており、その表情まではまひるは読み取れていなかった。
「……済まない…ッ!」
レオンが口から絞り出す様に一言呟き、その右手をまひるへ向け突き出す。
「え?」
まひるは何が起きたのか分からない程、一瞬のことだった。
レオンの右手には瞬時に生成した両手持ちの大剣が握られていて、その刀身はまひるの腹部へと突き刺さり、背中まで達していた。
「あ」
レオンがその大剣をまひるから抜くと、脱力するようにまひるは膝から地面に崩れ落ちた。
不思議と剣を突き付けられた腹部から出血はない。
道にうつ伏せに倒れたまひるを見下ろすレオンの顔を外灯の明かりが照らし出す。その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
「…済まないッ!」
レオンはもう一度先程と同じ言葉を口にするとその場から姿を消した。
浜辺へと続く夜の小路。
そこには倒れたまひるの側に転がったスマホの音だけが静かに鳴り響いていた。
そして、そのスマホの画面にはこう表示されていた。
【You Dead,Game Over...】
【ダイタニアからログアウトしました。】
――――achievement[第一部完]
※まひるの物語が幕を閉じた。
第一部『次元融合編』を読了しました。
[Data21:表紙イラスト集②]がUnlockされました。
――――Memories of Ditania have been erased from the player.
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Start Ditania from the beginning_■
【セーブデータが見つかりません。】
【新しいセーブデータを作って最初から始めますか?】
【press the button】
【 NEW GAME 】




