第三十四話「動きだす世界」
旅館から少し離れた雑木林――
焚き火が男の巨体を闇夜に照らしていた。
男の周りにはテントもキャンプ用具もなく、ただ目の前の燃える炎を見つめている。その瞳はどこか寂しげに揺れる炎を映していた。
「あーいたいた!」
突如声の聴こえた方を男が振り向く。そこには水色の長い髪をした少女と金髪をカールに結った少女二人の姿があった。
「実際にこうして会うのは初めてですわね。初めまして、わたくしはシルフィの仲間のノーミーです」
小柄で金髪の方の少女が丁寧に頭を下げてきた。だがその目は決して油断出来ない光が宿っていた。
「あたしはディーネ!レオンさん、だっけ?いやー探したよー」
水色の長い髪の少女が馴れ馴れしく声を掛けてくる。
「………」
レオンと呼ばれたその男は変わらず黙ったままだ。
「ほら、シルフィから相川まひるの監視頼まれてるでしょ?あたしたちも同じく見に来たんだけどさぁー…」
ディーネが黙ったままのレオンのことなど気にもせず続ける。
「なンて言ったっけ?あの、アスカチャン、だっけ?」
ディーネの口から飛鳥の名前が出た途端、レオンはその眉間にしわを寄せ、険しい顔になる。
「…飛鳥に、手を出してみろ?ただでは済まさんぞ…!?」
レオンは低い声で脅しをかけるが、ディーネは全く動じない。それどころかニマッと笑って見せる。
「あたしたちは何もしちゃいないさ。なあノーミー?」
「ええ。わたくしたちは貴方と同じくシルフィから監視を命じられただけですわよ?」
ノーミーが答える。レオンはそのノーミーの瞳に底知れぬ何かを感じた。
(こやつら……一体何者なのだ?)
レオンは無言で二人を睨みつける。
「あーもー!そんなに睨まないでよ!」
ディーネはわざとらしくお手上げのポーズをとる。
「……じゃあ、貴様たちは何をしに来たのだ?」
レオンはその鋭い眼光で二人を睨み返すが、二人は動じない。
「あたしらの狙いはただ一つ……そう、キミの監視だよ」
ディーネがウインクしながら答えた。
『超次元電神ダイタニア』
第三十四話「動きだす世界」
「……どういう意味だ?」
レオンはさらに警戒する。
「我々は別に貴方のことが憎い訳ではありませんわよ?むしろ、感謝していますわ」
ノーミーもにっこりと微笑むがその笑みの真意が判らない分余計怖い印象を受ける。
(この者たちの目的はなんなんだ……?)
レオンは少し不安を覚える。だがここで引き下がるわけにはいかないのだ。飛鳥の居場所を守るためにも自分は誰にも負ける訳にはいかない。
「俺は、お前らの監視などいらん。シルフィに言われた通り、相川さんの監視は続ける…」
レオンはわざと冷たく言い放つが、ディーネとノーミーは動じない。
「聞いたけど、シルフィに脅されてるんだって?先日アキバで戦った時になんかヤラレたんでしょ?」
ディーネがレオンに詰め寄る。
「…飛鳥を、人質に取られている…秋葉原で相川さんより先にシルフィと戦って負けた。飛鳥が気絶した一瞬の隙にシルフィという女に呪いを掛けられた…」
「ふーん、呪いねぇ……呪いのたぐいならシルフィの十八番だからなぁ」
ディーネは興味深げに呟く。
(その呪い、十中八九ブラフだと思うけどね!)
「俺が奴の命に背いた時、飛鳥は死ぬと言われた。俺は魔法には長けていない故、それが真実か確かめる術を持たん…」
レオンは悔しそうに唇を嚙む。
「それで?キミはシルフィには勝てないから、言われるままに監視だけしてる、と」
ディーネは腕組みしながら納得したように言う。
「……」
レオンは黙って聞いている。
「ま、あたしたちも似たようなもんだし?ちょうど良かったよ」
ディーネの言葉に、隣のノーミーも小さく頷く。
「……どういう意味だ?」
レオンが怪訝な顔をする。ディーネがニッと笑った。
「つまりね、あたしらもシルフィには逆らえないってことさ。あの子は《電脳守護騎士》の中で一番怖いからねえ」
「ええ、わたくしもシルフィには逆らえませんわ……」
ノーミーが顔を強張らせ同意する。レオンは二人の言葉を聞いて訝しげに眉をひそめた。
「つまり……お前らは、シルフィの言いなりということか?」
「ああ、その通りだよ。キミと同じくね」
ディーネが答えると、ノーミーも肯定するように頷く。
レオンは眉間にしわを寄せ、確実に自分より強いだろう眼前の二人から目を離さず思考を巡らせる。
「わたくし、シルフィは嫌いですのよ?彼女は…目的のためなら手段を選ばず、時には味方さえも利用し……そして自分の目的のためならばどんな手も使う。わたくしにはとても真似できませんわ……」
ノーミーが俯きながら語る言葉には、どこかシルフィに対する嫌悪感が感じられた。だが彼女もまた《電脳守護騎士》の一人なのだ。どんなに嫌っていようとも命令には従うしかないのだろう。
「……なるほどな」
レオンが納得するように呟くと、二人は顔を見合わせて小さく笑った。そしてディーネが再び口を開く。
「それでさ、同じ立場の仲間としてシルフィからの新しい命令を伝えに来たってわけ。こんな林の中に居るンだもん。探すのに苦労したよ〜」
「新しい命令……だと?シルフィからの?」
レオンが警戒するように身構える。
「あら、そんな構えなくてもよろしいですわよ」
ノーミーはクスリと微笑む。その笑みはどこか妖しげなもので、レオンは本能的に恐怖を覚えた。
ディーネはレオンの目をその細い目で見つめ再び口を開いた。
「…じゃあ伝えるね?監視の任務はもう終わり。この後は相川まひるの電神《アウマフ》を破壊すること。出来なかった場合、アスカチャンの命の保証は無いって」
「何ッ!?」
レオンが驚きの声を上げると、ノーミーが補足するように続ける。
「シルフィは言っていましたわ。相川まひるの電神は厄介だと。このままにしておくと『ダイタニア』そのものが崩壊して地球もヒトの住めない星になるとか…」
「……だが、それが本当ならどうして自分たちで行動しない?俺は貴様らの仲間では……ぐッ!」
レオンの言葉を遮るようにディーネが蹴りを放つ。不意討ちを受けてレオンの巨体が吹き飛ぶ。
「黙れよ。シルフィの命令は絶対だ。逆らったら……分かるよね?」
ディーネの目が鋭く光る。レオンは冷や汗を流した。
「わたくしたちはシルフィの命令に従うのみですわ」
ノーミーもそう言いながら拳を構える。彼女は華奢な見かけによらず、かなりの武闘派なようだ。レオンの額から冷や汗が流れた。彼は今、絶体絶命の状況にいる…!
(シルフィめ、何故そこまでして電神の破壊に拘る?それに……相川さんの電神をそこまで脅威に感じているのか?)
「さあ、行きなよ?もし断れば……」
ディーネの目が更にギラリと光る。レオンは唇を噛み締めた。
(……この女の目、本気だ……!このままでは殺されるッ……!飛鳥ッ!)
「さぁ、わたくしたちも後から追い掛けます。電神の修復にもう少し時間が掛かりますの。先に行って頂けるかしら?」
ノーミーがレオンに呼びかける。
(どうする……どうすれば良い……!?)
レオンは必死に考えを巡らせた。シルフィの命令は絶対、断れば飛鳥が殺される。かといって相川さんの電神を破壊しに行くわけにもいかない。だが、ここでこの二人に逆らえば殺されてしまうだろう。
(くそッ!どうすればいいんだ!飛鳥の安全を最優先に、尚且つアウマフを破壊せずに相川さんにこの場を退いてもらうには……)
そこでレオンは一つの結論に至る。それは彼にとって最善と思われる策だった。彼は覚悟を決めると、ゆっくりと立ち上がった。
「……分かった、行こう」
「物わかりが良くて助かるよ」
ディーネはニヤリと微笑む。
「もうそろそろ陽が上る…決行は、今夜だ。だから飛鳥には絶対に手を出すな!シルフィにもそう伝えろ」
(すまないな……相川さん)
心の中で謝罪しながら、レオンはその場を後にしたのだった。
「わあ!日の出だよ流那!」
マリンが流那の手を握り大声で叫ぶ。流那も陽の光に目を細めて笑顔で日の出を眺めていた。
「凄い……綺麗ね、万理…」
流那がそう言うと、マリンはフッと笑う。
「海の上から観るのは二回目だけど、何度見てもこの景色は素晴らしいね…」
二人は《海皇丸》のデッキで水平線から昇る朝日を並んで眺めていた。
「流那、気分は悪くない?」
マリンが今日何度目かの同じ言葉を流那に掛ける。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、万理」
流那はそう言うと握るマリンの手を強く握り返した。
その手の温もりがマリンを安心させる。
(良かった。今日は本当に顔色が良い…)
マリンは心底安堵した。流那が船に乗って気分が悪くなったのがまだ一昨日の事だと言うのに、流那は苦手だった海を大分克服し、マリンと一緒に朝日を拝んでいる。
「流那と一緒にこの景色を観られて良かった。ありがとう…」
マリンが流那に改めてお礼を言った。すると流那は海から視線を外し、優しく微笑む。
「どういたしまして」
その微笑みを見て、マリンは思わずドキッとした。そして少し顔が赤くなるのを感じる。
(流那……ほんとに綺麗だ…)
長く結った三つ編みに透き通る様な白い肌。整った顔立ちは凛々しい印象を与えるがどこか可憐さもある。
そんな流那にマリンは見惚れていた。
「ん?どうかした?」
急に無言になったマリンに流那が問うてくる。マリンはゆっくり首を振った。
「ううん、何だか良い時間を過ごしてるなって、幸せを感じていたんだ」
「そう……」
流那は微笑むと再び朝日の方に向き直る。二人はそのまま無言で日の出を楽しんだのだった。
「そろそろ中に戻ろうか」
朝日を堪能した後、マリンがデッキから艦内に戻ろうとする。すると流那がその背を呼び止めた。
「待って万理」
振り返ったマリンに、流那が綺麗にクロスでラッピングされた箱を差し出す。それは今朝マリンと一緒に作ったおにぎりだった。
「はい。おじ様も手が空くようなら一緒に朝ご飯にしましょ」
「うんッ!」
マリンは飛び切りの笑顔で応えて健吾に声を掛けに行くのだった。
「ありがとう御座いました!」
ザコタの大きな声に続きファイアも旭に向け礼をする。
「ありがとう、御座いました!」
「ありがとう御座いました。いやー、二人ともこの短期間で随分と空手の型も様になったなぁ。やっぱ若いと吸収早いわ!お疲れさんッ!」
旭がそう言って二人の肩を叩くと、二人は嬉しそうに旭に笑い掛けた。
「進一くん、ほむらちゃん、二人ともお疲れ様でした」
そよが労いの言葉を掛けると二人は拳を前に突き出し応えた。
そよは二人に飲み物を手渡しながらにっこりと微笑む。
ザコタはそよから手渡されたボトルを一口飲んでから旭に話し掛ける。
「あの、旭さん…いつ来られるか分からないけど、もし、また今度来た時には――」
「いいぜ。稽古つけてやるよ」
旭はザコタが言い切る前にそう答えた。ザコタは少し驚き目を大きくする。
「え……いいんですか?」
「おうよ、約束だ!あとな進一、“いつか”とか“もし”とか、いい若いもんがそんな曖昧で不確かな言葉使うな。お前が本気で思ってることをはっきり相手に言えばいい。そうした方がさ、絶対上手くいくぜ?」
旭の言葉にザコタも大きく頷いた。
「旭さん!ありがとう!お世話になりました!」
ザコタがそう言って頭を下げると、旭も歯を見せて笑って応えた。
「はい!皆さんお疲れさんでした!これにて俺のなんちゃって空手講座は終わりね。みんな立派に『相川旭流空手』免許皆伝だ!なっはっは!」
そんな明るい旭を見て三人も自然と笑顔になる。ザコタも、そしてそよとファイアもお互いの顔を見合って微笑んだ。
「それじゃ!進一少年!しっかりそよちゃんを楽しませて来るように!」
そう言って旭はザコタの背中をバンと叩いた。
「え!えぇ〜…ッ!?……仕方ない。そよ、どこに行きたいんだ?」
ザコタがぶっきらぼうにそよに訊く。
そよは微笑みながら答えた。
「はい!先ずは進一くんと一緒にこの辺りをお散歩したいです!」
「…安上がりなヤツ……」
ザコタはそう言いながらもどこか照れた様子でそよの手を握る。
「お前は直ぐ迷子になるからな。行くぞ」
ザコタがそよの手を引き歩き出す。そよが振り返りファイアに手を振る。そよの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
ファイアは手を振り返しながら、小さくなっていくそよたちの背中を見て
「…そよちゃん、いいなぁ……」
と、小さく呟いた。
「んじゃ、ほむらちゃん?俺たちも行こうか」
「え、あ、うん!あッ!」
声を掛けられ咄嗟に答えたが、ファイアは昨夜まひるやウィンドたちに言われたことを思い出した。
「あのさ旭、ちょっと着替えてもいいか?」
「あ、そっか。稽古の後じゃアレか。俺も着替えて来るかな」
「ううん、旭はそのままで大丈夫。直ぐ済むから。よっと!」
そう言うと、ファイアは自身の今まで身にまとっていた服を粒子変換させた。ファイアの身体全体が光に包まれ、さっきまで着ていたTシャツと短パンが赤い清楚なワンピースへと形を変えた。粒子変換の応用で体の汗や老廃物を除去し、髪にも艶が戻って来る。
「おし!着替え完了ッ!お待たせ!」
ファイアがそう言うと目の前の旭は目を丸くして辺りをキョロキョロ見渡している。
「いきなりほむらちゃんの姿が消えたんだが…でも声はする…どうなってんの!?」
ファイアはその旭の挙動を見て、自分たちと地球人との基本ルールを思い出した。『ダイタニア』から来たファイアたちは地球の物を一つも身に着けていない状態では地球人には見えないのだ。ファイアは慌てて再度靴だけ以前まひるに買って貰った物に変換し履き替えた。
「ごめん旭!これで見えるか?」
「うおッ!いきなりほむらちゃんがワンピース着てる!?」
「うん、お洒落好きの風子がさ、今日はこういうの着て行けばって言ってきてさ。どう?」
ファイアは旭の前でくるりと回って見せる。旭は顎に手を当て興味深そうにファイアを見つめていた。
「すっげ……どういう構造なんだろ?ていうかすっげー可愛いなほむらちゃん……」
旭はファイアのいつもとは違う見慣れない姿に感心し、まじまじと見つめる。
「え?そ、そんなことねーしッ!」
ファイアが顔を真っ赤にして否定すると、旭は笑いながら手を横に振った。
「いや、ほんとほんと!ワンピースも可愛いし髪も下ろしてていつもと違って良いじゃん!」
「う……そ、そう……」
ファイアが恥ずかしそうに応えると旭は感心したように頷いた。
「ああ!俺は本気で感動した時はちゃんと口に出すようにしてるんだ!いつも可愛いが、今日のほむらちゃんはまた最高に可愛いぜ!」
「〜〜〜ッ!そ、そういうのいいからッ!さっさと行こッ!」
ファイアは顔を赤くしたまま、スタスタと歩いて行ってしまう。旭は慌てて
ファイアの後を追う。
「あッ!ちょッ!待ってほむらちゃん!俺が案内するよ~」
ファイアは顔を真っ赤にしながらずんずんと先に歩いて行く。その後ろを旭が小走りで追いかける。
(は、恥ずかしい……でも、嬉しい……)
そんな気持ちが心を駆け巡り、更に顔が赤くなるのを感じるファイアだった。
旭がファイアに街を案内したいと、二人は歩いて繁華街にまで来ていた。
「へ〜。さっきのはそれで一瞬姿が見えなかったんだ?地球の物を身に着けてれば見える、ねぇ…」
旭はファイアの説明を感心しながら聞いていた。
「うん。自分が身に着ける物しか物質変換は出来ないけど、物を収納しとけるのは便利かな。手荷物要らないし」
ファイアは笑顔で自分たちのことを話す。
「ふ〜ん……」
旭は何か考えるような仕草で頷く。
「あ、悪い!つまらないよな、こんな話ッ」
ファイアが慌てて話題を変えようとするが旭はファイアの顔を見て笑顔で言う。
「いや、すっげー面白い!なんかさ、ほむらちゃんたち見てると普通の女の子と接してる気になっちゃうけど、そう言えばゲームから出て来たんだよなーって、今思い返してたわけ」
旭の言葉にファイアは驚く。
「え?あたしって普通じゃない?」
「うんにゃ、普通の女の子だよ?ただ魔法が使えてめっぽう強いだけのステキな女の子で、妹の大事な友達だ」
旭はそう言いながらにっこり笑った。
「そっか……そう言って貰えると嬉しいよ」
ファイアも旭に笑顔で応える。
「お!そこに小洒落た雑貨屋があるな。まひるとも入ったこたない様な可愛らしい店だこと。ほむらちゃん、こういうの好きかい?」
旭が指さした先には可愛らしい雰囲気の雑貨屋があった。ファイアは目を輝かせながら頷く。
「う、うん!あたしこういうの、好きかも…」
「そうか!じゃあ入ってみようぜ?」
旭はそう言うとお店に足を踏み入れた。
店内には可愛らしい小物やアクセサリー、生活雑貨などが所狭しと並べられている。
「あ……すごい……」
ファイアが店内を見渡していると旭も隣であちこち見て回っている。
「ほむらちゃん!これなんかどうだい?」
そう言って旭が手にしていたのは可愛らしい形をした髪留めだった。ファイアはその髪留めを手に取って眺めた。
「わ、可愛い……」
「そうか!じゃあこれ買ってあげるよ!」
旭がそう言ってファイアから髪留めを受け取ると、レジに向かおうとした。
「待って旭!」
ファイアは慌てて旭を止め、髪留めを元の場所に戻す。
「え?気に入らなかったか?」
「違う!そうじゃなくて……あたしは物が欲しいんじゃなくて、こうして旭と楽しく過ごせればそれで良いんだ。だから、プレゼントは要らないよ。ありがとうな旭」
ファイアはそう言ってはにかむ様に笑った。
「……そっか。俺が無粋だったな。ゴメン。そうだな……これなんかもほむらちゃんに似合いそうだ!」
旭はそう言うとレジとは逆の棚に手を伸ばし、ヘアピンを一つ手に取った。
「これはどうだ?さっきのよりおとなしめだろ?」
そう言ってファイアに手渡したヘアピンは、確かに髪留めほど派手ではないが可愛く装飾されたものだった。ファイアはそのヘアピンを受け取り鏡で髪に当てて見ると笑顔で言った。
「うん!これもすごく可愛い!旭センスあるな!」
そんな笑顔に旭も笑顔で返すのだった。
店を出た二人は繁華街を並んで歩いていた。時刻は午前十一時を少し回った所。
「あ!旭!お店開ける時間だよッ!」
ファイアが時刻に気付き慌てて言うと、旭は腕時計を見て苦笑した。
「楽しくて忘れてたわ」
「ええーッ!?」
「なんてな、冗談冗談。こんなこともあろうかと、今日は臨時休業の札立ててきたから平気平気!」
旭は平然と笑って答える。
「…なんかごめん。あたしなんかに気を遣ってもらっちゃって…」
ファイアは申し訳なさ気に俯く。
「な~に言ってんだよ!俺がやりたくてやったこと!それにこういうのはさ、ほむらちゃんが気を遣うんじゃねーって!」
そう言って旭はファイアの肩をポンと叩いた。ファイアは顔を上げると旭はにっこりと笑っていた。
「あ……うんッ!ありがとうッ!」
「おうよ!あ、そうだ」
旭がそう言って笑いながら自分のショルダーバッグから小さな袋を取り出しファイアに差し出す。
「これは店手伝ってくれたお礼な!」
そう言って旭はファイアの手に小袋を渡す。ファイアは困ったような顔で
「ダメだよ旭!昨日だって要らないって言ったのにバイト代だって言ってお金渡してくるし、これ以上受け取れないッ!」
「いいって。これはさ、俺の個人的な気持ちっていうか……いつもまひると仲良くしてくれてありがとうな。進一少年とそよちゃんには無いからナイショだぜ?」
そう言って悪戯っぽく笑う旭を見て、ファイアは袋をおずおずと受け取った。
「あ、ありがと……開けてみてもいい?」
ファイアが訊くと旭は頷いた。ファイアは袋を丁寧に開けていく。中から現れたのは赤い花の髪留めだった。
「これ……」
ファイアは目を見開いて旭を見た。旭は少し照れくさそうに答える。
「うん。さっきの店でさ、ほむらちゃん凄い目を輝かせて見てたから、やっぱり一つくらいあげたいなって買ったんだ。髪留めならさ、ほむらちゃん髪長いし有っても邪魔になるもんでもないかなって……違うのが良かった?」
「旭……」
ファイアは胸が熱くなりながら貰った髪留めで髪をいつものポニーテールにした。
「ど……どう?似合うかな?」
ファイアが恐る恐る訊くと旭は笑顔で応える。
「うん!やっぱり可愛いな!」
その言葉にファイアの頬が見る見る赤くなる。思わず視線を外して俯むきながら言った。
「あ、ありがとッ!あたしこういうの、初めてで……すっごく嬉しい…!」
「そか!喜んでくれたなら良かったぜ」
ファイアは髪留めをもう一度外し、眺めてから言った。
「旭……あたし、大切にするね」
そう言うとファイアは大事そうにその髪留めでまた髪を結った。そんな様子を見て旭も笑顔で頷くのだった。
旅館あい川の厨房にて、アースたちはせっせと昼食の支度をしていた。
「球子ちゃん。随分と手慣れてきたわね」
と、まひるの母、暁子がアースの手際を見て感心したように頷く。
「そうですか?ありがとうございます!これも暁子おば様やまひるさんの教えが上手だからです」
アースは照れながら嬉しそうに応える。そんな様子を見てまひるも笑う。
「球子、ここ数日でほんと料理上手になったよね~!」
そう言ってアースの隣で手伝いをしていたのだが、その横からウィンドが顔を出す。
「球ちゃん、この前まで卵割るのも失敗してたのにね。風子の目玉焼きヘニョッてなってたのにね」
「う!だからこうしてちょっとずつ上手くなっていってるでしょう!?」
ウィンドの言葉にアースが慌てて取り繕う。
「そ、そうですッ!球子さんは凄いですよッ!私なんてまだ偶に卵割るの失敗するのに!」
そんな会話に飛鳥も顔を出し、アースに笑って言った。
「風子たちも少しは練習しなきゃね」
ウィンドの言葉に飛鳥は凛として頷く。
「う、うん!頑張ろう!」
胸の前で両手を握る飛鳥を見て一同が笑った。
「よし!お母さん、夕食の仕込み終わったよ。次は何かある?」
まひるが暁子に訊くと、暁子は少し考えてから言った。
「ありがとうまひる。そうねぇ……お昼も球子ちゃんたちがもう用意してくれたし、特にないわね。折角友達と来たんだから遊んでらっしゃいな」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃう!」
まひるはそう言うとエプロンを外して三人に声を掛ける。
「みんな!もうすぐお昼で万理と流那ちゃんも帰って来ると思うからそしたらお昼にしよ?それまでこの辺りでも散歩しようよ!」
「さんせーい!」
ウィンドと飛鳥が手を上げて応えると、アースは嬉しそうに言った。
「ふふ、いいですね!どこに行きましょうか?」
《電脳守護騎士》本拠地、『箱庭』――
「…整いました」
今まで沈黙を決め込んでいたシルフィがゆっくりとその顔を上げた。
それに気付きサラがシルフィを見る。
サラはその顔を見てゾッとした。
いつも無表情なシルフィの顔に邪悪な笑みが浮かんでいたからだ。
サラは嫌な汗が背中を伝うのを感じながら口を開いた。
「……やっと、か」
「はい。私たちの最終局面に立ちはだかったイレギュラー、風待の攻略法……整いました」
シルフィは、いつもと違って明らかに興奮した様子で話す。
「彼さえどうにか出来れば、私たちの障害となるものは何も無い……」
シルフィはそこまで言うとまるで小悪魔の様な笑みを浮かべた。
「ふふ、楽しみです……さぁ、始めましょうサラ。地球をダイタニアへと変える最終ステージです」
「……あぁ、そうだな」
サラはそう応えると静かに目を閉じたのだった。
【次回予告】
[まひる]
大好きなゲームから
一気に出会いがあって
みんなと楽しく過ごすうちに
掛け替えのない大切な存在になって…
ゲーマーなあたしも捨てたもんじゃない
次回『超次元電神ダイタニア』
第三十五話「ゲームオーバー」
これからも、友達でいようね……
――――achievement[一夏の思い出]
※まひるが友達と一緒に夏を堪能した。
――――achievement[広がる大海原]
※マリンが流那と一緒に漁をやり遂げた。
――――achievement[これはデート?]
※ファイアが旭と一緒に街に出掛けた。
《赤い花の髪留め》を入手しました。
――――achievement[小さな家政婦さん]
※ウィンドが飛鳥と一緒に家事を手伝った。
――――achievement[上手な目玉焼き]
※アースがまひると一緒に料理の腕を上げた。
[Data20:設定資料集③]がUnlockされました。




