第三十二話「浜辺のエンカウント」
「あれ!?飛鳥ちゃんがアスクルだったと言うことは、じゃああのアキバで会ったダンディーな飛鳥ちゃんパパは誰?」
あたしは今更ながらに気付いて、飛鳥ちゃんに思わずそう訊いた。
「あ、あれは、ですね……」
飛鳥ちゃんが少し口籠りながら答える。
「私が契約してる火の精霊、『レオン』です」
あれ?精霊って誰でも具現化出来ないんだったよね?風待さんが確か、ニュートリノを具現化出来る能力がどうのって言ってたような……
それまで黙っていたザコタ君が鼻息荒く言う。
「ふん。ステータスのクラス欄に《勇者》って書いてあったからどんな奴かと思ったら、母親が恋しいだけのガキだったとはな…」
彼の言い方に流石にムッとした飛鳥ちゃんは
「ほんとに悪かったわよ!ちなみに、君幾つ!?」
と、やや強い口調でザコタ君にそう言った。
「…大体、十六歳だ」
彼がそう答えたので、飛鳥ちゃんは少し余裕が出来た様子で
「そう!私は十七、高ニ!あんたより年上なのよ?先輩なんだからね!?」
と、得意げに胸を張った。
「ふん!その年でママママ言ってちゃやっぱりガキだな!」
「何ですって!?ちょっとばかり綺麗過ぎる彼女がいるからって調子に乗らないでよッ!」
「ばッ!そよはそんなんじゃッ!」
「あら?誰もそよさんのことだなんて一言も言ってないんですけどー?」
「なんだとぉお〜〜〜…ッ!」
二人が歯を食いしばり顔を近づけ睨み合う。
「二人ともストーップ、です!」
口論が白熱してきた二人の間にそよちゃんが割って入った。
そよちゃんはザコタ君の方を向くと
「進一くん?余り女の子に強い口調で言わないで?」
そよちゃんの優しい眼差しと言葉にザコタ君は、
「す、すまん…」
と、そっぽを向き素直に謝った。
そよちゃんは今度は飛鳥ちゃんに向き直ると
「飛鳥ちゃん、うちの進一くんがごめんなさい。いつもはもっと優しいの」
と、頭を下げる。
「あ、いや……うん。私も悪かったです……ごめんなさい」
飛鳥ちゃんもそう言って頭を下げた。
それを見ていたあたしと流那ちゃんは顔を見合わせて言う。
「…そよちゃん、完全に尻に敷いてるわね」
「…うん。あのザコタ君がおとなしいもん…」
そんな二人のやり取りを観ていたマリンが飛鳥ちゃんに声を掛けた。
「飛鳥は、まひると同じ、もう一人の《勇者》だったんだね?」
「うん。今まで黙っててごめんなさい。私の端末のステータスにもあの日からそう表示されてるの」
そう言って飛鳥ちゃんはスマホに表示されている『ダイタニア』のステータス画面をみんなに見えるようにみせた。
そこには確かに“クラス:勇者”と表示されていた。
『超次元電神ダイタニア』
第三十二話「浜辺のエンカウント」
何だかやたら長く感じた合宿二日目が終わろうとしている。
お風呂に入り、みんなでカレーを作って美味しく食べて、またみんなで遊んで。
こんなに遊んだのはいつ以来だろう。
社会人になってからはなかったかな…
世界の危機だというのに、ここに来てとても充実した日々を過ごしている気がする。
みんなと出会い、まだ数週間だけど、とても長いこと冒険を共にしてきたかのような安心感がある。
みんなと一緒ならきっと大丈夫、そんな気さえする。
そんなことを考えながら、あたしは眠りに落ちていった。
夏合宿三日目の朝――
今日は流那ちゃんとマリンは釣りを教えてもらうんだと張り切って、あたしたちより少し早目に宿を出て行った。
ファイア、そよちゃんとザコタ君はお兄ちゃんの所のバイトまで時間があるからと砂浜へ特訓へ出掛けた。
「さて、あたしたちも今日も旅館の手伝いと行こう!昨夜みんなに配置換えや困った事なかったか聴いたけど特に意見出なかったのよね。三人も昨日と同じでいい?」
あたしはアース、ウィンド、飛鳥ちゃんの三人に尋ねた。
「はい!」
三人は元気に返事して、お母さんと共に宿の掃除やお庭の草むしりを始めた。
砂浜が焼けるように熱くなり、陽射しも高くなってきた頃、浜辺を歩く二つの人影があった。
一人の少女は水色のビキニ姿でロングヘアの頭の上にヘッドホンを被っている。
片やもう一人の少女は黒い煌びやかなドレススカートと革靴。
鼻歌を歌っていた水着姿の少女が口を開く。
「なあノーミー?その格好は何なのさ?折角海に来たんだからさ、それ相応の格好ってのがあるンじゃない?」
「…別に、海に来たからってみんなが泳ぐ訳でもないでしょう?あんたこそ、そんなに肌を出して…はしたないわ」
金髪をカールにしたノーミーと言われた少女が機嫌悪そうに答える。
「あハっ!相変わらず堅物だねぇ。まあ、そこがノーミーらしいといえばらしいンだけど」
「なっ……そ、そんな事より、本当にこっちで合ってるのかしら?」
顔を少し赤くしてノーミーは話を変える。
「多分ねー。昨日この辺を通った時、反応があったンだよ。精霊特有の……さ」
薄水色のロングヘアの少女、ディーネは八重歯を見せ楽しそうに言う。
「サラは相川まひるたちの偵察って言ってたけど、わざわざわたくしまで出ることもないでしょうに…」
ノーミーが溜息を吐く。
「そーお?じゃああたしだけで行こうかな?」
ディーネが挑発するようにノーミーに言う。
「ま、待ちなさい!わたくしも行きますわよ!」
ノーミーは少し考えて答えると、ディーネの後について行くのであった。
あたしたちは掃除を終え、お昼ご飯の準備を始めようとしていた。
「みんな、今日もお疲れ様!お昼食べたら万理ちゃんと流那ちゃんにお弁当届けるの頼まれてくれる?」
お母さんがあたしたちに声を掛けた。
「うん、分かった!今日は堤防で釣りするって言ってたから行ってみるね」
あたしは元気よく答えた。
その頃、堤防にて――
「やっ!ほっ」
マリンが見事に魚を釣り上げていた。
「やった!また釣れた!」
マリンは笑顔で釣れた魚を氷が敷き詰められたクーラーボックスに入れた。
それを横目で見ていた流那が
「あんた、さっきからすっごい釣れるじゃない…ほんとに釣り初めてなの?」
と少し不服そうにマリンに尋ねる。
「うん、そうだよ!きっとおじ様の教え方が上手なんだね」
マリンは満面の笑顔で答えた。
「その割には、私全然釣れないんだけど…」
流那は一向に撓らない自分の竿を見つめる。
「流那?こう体全体で海をイメージして潮の流れを感じるんだ。そうすると魚が次にどうしようとしてるか何となく分るよ?」
マリンは真面目に流那にアドバイスをするが
「そんなスピリチュアルなアドバイスは要らないわ」
と流那は不機嫌そうに答え、再度仕掛けを海へ投げ入れる。
堤防は柵に囲まれてはいるものの、直ぐ下には大海が広がっている。
「流那?怖くない?」
マリンが気遣うようにそっと訊いた。
流那はそんなマリンに顔を向け、ふっと優しい面持ちになる。
「ええ。お陰様でね。あんたが隣にいてくれるからかしらね」
流那はマリンに笑顔を向け、少し照れ臭そうに言った。
「あ、流那、引いてる!」
「え!?」
「落ち着いて。せーので合わせるよ……せーのッ!」
「ふん!あ!?重ッ!何か掛かった!?」
「巻く速さと糸の張りに気を付けて!今タモを用意する!」
「え!え?ちょっと!なんかコレでかそうで怖いんだけどッ!」
「いいよ、上がって来た!そのまま巻いて!それッ!」
「こなくそーッ!」
流那が釣り上げマリンがタモですくい上げる。立派な魚体だ。
舞う水飛沫と太陽に照らされ、堤防に二人の笑い声が煌めいた。
「ん?あっちから水の波長…ノーミーちゃんは何か感じない?」
ディーネは堤防のある方角を見てノーミーに尋ねる。
「え?特には感じないけれど……あなた、意外と感覚鋭いのよね」
ノーミーはディーネに答えた。
「んん?変だなー。あたしは水の精霊だから、そういう水特有の波長みたいなモノを感じ取り易いはずなんだけど……これ、ほんとに水、かな?何だか、近くに風と火も……」
ディーネが考え込み始めたその時――
「おい…!」
横から男の子が声を掛けてきた。
「ありゃ?声掛けられちゃった。もしかして、ナンパ?あハ!ノーミー、あたしナンパされちゃった!」
ディーネは明るい声でノーミーに話し掛ける。
「そんなわけないでしょう?後ろの二人、見えてる?」
ノーミーは呆れながらディーネに言った。
「でも声掛けてきたってことは、ナンパでしょ?」
ディーネは尚も男の子に話し掛ける。
「……お前ら、ステータスに名前しか出てないな。あのシルフィとかいう奴の仲間か?」
声を掛けた男の子、ザコタが鋭い眼光で問う。
「あ!もしかして、この間の黒い電神の人?」
ディーネは驚いた声を上げた。
「こいつ、やはり敵か!」
ザコタが空手の構えを取る。それを見てディーネの目が細く嬉しそうに歪む。
「敵だったらどうしてくれるのぉ?」
ディーネは楽しそうにザコタに問う。
「倒すッ!」
ザコタは短く答えた。そして、正拳突きの構えでディーネに飛び込んだ。
「あハ!出来るかな?君なんかに!」
ディーネは嬉しそうに笑いながら、ザコタの攻撃を避けた。そしてカウンターで蹴りを一発お見舞いする――が、ザコタは後方に飛び退きその蹴りを躱わした。そして再び構えを取る。そこへ更に追撃を……と思った矢先、二人の間に入り混んできた人影があった。ノーミーだ。
ノーミーは片手はザコタを、もう片手ではディーネを静止するように構えた。
「どういうことかなノーミーちゃん?」
ディーネが不服そうに尋ねる。
「今回の任務を忘れるんじゃないわ。わたくしたちは戦いに来たんじゃなくてよ?」
ノーミーはディーネを諭し、そしてザコタに向き直る。
「あなた、もしかしてシルフィが言ってた精霊?」
ノーミーはザコタに質問した。
「何のことだ?俺は、ザコタだ!」
「あら違うんですの?じゃあ用はないですわね。特に、雑魚には」
ノーミーは挑発的な笑みを浮かべながら言った。
「そういうことみたいよボク?あたしらが用があるのは、後ろの二人、かな…」
ディーネはザコタの後ろで心配そうにしていたそよと、鋭い眼差しを向けていたファイアに視線を移した。
「おい!俺を無視するなッ!」
ザコタは尚もディーネに殴りかかろうとした刹那、横から割って入ってきた小さな人影に一蹴され、吹き飛ばされた。
「ぐぉッ!」
「雑魚には用はないと言いましたわよね?」
ノーミーが乱れたスカートの裾を手で直しながらザコタを見ずにそう呟いた。
「進一くんッ!」
そよが狼狽した声を上げる。
ファイアが一歩前に出る。
「お前ら、一体何のつもりだ…!」
その表情は険しい。
「ああ、そう言えば自己紹介がまだだったね!あたしはディーネ」
ディーネはそう名乗りながらファイアに近付いて行く。
「いきなり攻撃してきておいて、自己紹介だと?」
ファイアは顔を更に険しくする。
「いやいや!先に攻撃してきたのはそこのボクじゃないか?あたしは手ぇ出してないよぉ?」
ディーネは心外そうに反論し、尚も歩みを止めずにファイアの目の前に来た。
「……」
ファイアは無言でディーネを見据える。二人の鼻先が触れそうなくらいの距離で睨み合う。
「SANYの仲間だな?」
ファイアがディーネを睨みながら口を開く。
「そういう君こそ、相川まひるの手下でしょ?」
ディーネのその言葉にファイアは瞬時に激怒した。
「手下じゃないッ!友達だッ!!」
怒りに任せてファイアは拳を振り上げた。しかし、その拳がディーネに当たる寸前で、ノーミーの槍が遮った。
「笑わせますわね。精霊より遥かに知能も存在意義も劣る人間が友達ですって?」
ノーミーは槍をファイアに突き付けて牽制した。
「こ、この……ッ!」
ファイアは悔しさと怒りで唇を噛みながらノーミーを睨み返す。
「待って!進一くんッ!」
そよの慌てた叫びが後からやってきた轟音に掻き消される。
『ケンオオオォ……ナックル!!』
ザコタがいつの間にか召喚していたケンオーからその右手が勢いよくノーミーたちに向け射出される。
ファイアは後ろに飛び退き、ディーネとノーミーもそれぞれに避けてケンオーのロケットパンチをやり過ごす。
「お!出したね電神?これはもう偵察だけじゃ帰れないでしょノーミー!?」
ディーネが嬉々として言う。
「…仕方ないですわね…あなたと一緒の任務って言われた時からこうなる気はしていましたわ…」
ノーミーはため息混じりに呟く。
「君らがその気なら、あたしたちも君たちを……壊す!!」
ディーネはニヤリと笑ってそう宣言した。
「ほざくなッ!」
ザコタは叫んだ。
「征きますわよ、ディーネ!あなたは水辺に!」
ノーミーも槍を構えて戦闘態勢に入る。
「オッケー!」
ディーネが一人、波打ち際まで走って行く。
ノーミーは構えた槍を前に翳し詠唱を始める。
「聳える双つの石塔よ!今こそ一つに砥かれた其の威を此処に示す為、削り出なさい《璞玉のミングニング》!」
ノーミーの槍が真円を描くとそこに召喚紋が現れ瞬時に目の前に電神が召喚された。その姿は金色の鉱石で出来たような双頭竜だった。
「あたしも征くよ!レッツロック!破壊と絶望の音色を奏でてあげな《グリーディア》!」
ディーネが海面に立ち、その後ろの海が渦を巻き召喚紋を描く。その渦の中心から海蛇の様な姿の電神が巨大な水飛沫と共に現れた。
「ちょっと!《グリーディア》じゃなくて、《渾碧のグリーディア》よ!間違えないで!」
ノーミーがディーネに訂正を求める。
「えー?今そんな細かいこと言ってる場合?」
ディーネが面倒そうにノーミーに言い返す。
「名前は重要なのよ!アイデンティティがあるでしょ!?」
ノーミーが更に言い返す。
「めんどくさいなー…」
ディーネは呆れ顔でため息混じりに言った。
「わたくしたちの電神はわたくしが名付けたんですから、ちゃんとした名前で呼んで欲しいものですわね!」
「はいはい。善処しまーす」
ディーネの電神が水飛沫を上げて宙を舞い、地面を泳ぎながら砂埃を上げて向かって来る。
「もう!サニーに言い付けてやりますわ!」
そう言ってノーミーも戦闘態勢に入る。
前方からグリーディア、横からはミングニングの鋭い牙がケンオーに狙いを定める。
ザコタは後方に退避しようとも考えたが、そこには生身のそよとファイアがいた。
ケンオーにこの二機の攻撃を受けきるだけの耐久力があるのか?ザコタはその一瞬の間にケンオーと二機の性能差を分析しシミュレートする。
やはり、どう考えてもこの攻撃を食らってケンオーが破壊されていない姿が想像できない!やられるッ!
二人の電神が今にもザコタのケンオーに齧り付こうとしたその時、二機の電神が背にした海から水の縄が勢いよく飛び出しミングニングとグリーディアに絡み付いていく。
二機の電神の動きはケンオーの眼の前でピタリと止まった。
「後ろ?海から伏兵がッ!?」
ノーミーが叫ぶ。
「そう言えば、《水のアウマフ》は未だ見てなかったねぇ…」
ディーネが視線を前に向けたまま嬉しそうに呟く。
「あの技は、マリンの…!」
ファイアが目の前の光景に驚きと安堵の声を上げた。
『《海神十戒》!みんな!無事ッ!?』
まひるの声が海から現れた《アウマフ・マリンフォーム》から聞こえた。
「まひるちゃんッ!それとマリンも!」
ファイアが嬉しそうに叫ぶ。
『良かったぁ……間に合った……』
まひるがアウマフのコクピット内で安堵のため息をついた。
『ファイア、危機を知らせてくれてありがとう。丁度まひるが僕たちの所にお弁当を届けてくれててね。直ぐに駆け付けることが出来たよ』
海中のアウマフからマリンの声が響く。
「礼を言うのはこっちだ!助かったマリン!まひるちゃん!ありがとな!」
ファイアがマリンとまひるに礼を言った。
『それで、今のこの状況はシルフィの仲間たちとエンカウントしたんだよね!?』
まひるがファイアに尋ねる。
「うん!あいつら、結構やるよ!」
『オッケー!じゃあ、この二機はあたしが足止めするから、ザコタ君はケンオーでみんなを援護しつつ退避を手伝ってあげて!』
まひるが指示を出す。
『俺だって戦える!』
ザコタが不満そうな声を上げる。
『分かってる!けど、周りをよく見て?彼女が戦闘に巻き込まれてもいいの?それとも、そよちゃんにも戦えって言うつもり!?』
『ッ………!』
まひるがそう言うとザコタは黙って歯を食いしばった。
「…進一くん!私も、戦います!足手まといにはなりません!」
しかし、そよは必死に訴える。
『……そよ、行くぞ。あと、お前も。ケンオーの手に乗れ』
ザコタはおとなしくまひるの言う事を聴き、そよとファイアをケンオーの手に乗せその場から離れて行く。
「…ありがとうザコタ君。やっぱり、女の子は男の子に護られたいよね…」
まひるは安全圏へと退避していくケンオーを横目で見て一人呟いた。
「進一くん……」
そよがケンオーの手の中から機体を見上げポツリと呟く。
ファイアは反対の手の中から、顔を少し赤らめほうっとケンオーを見つめるそよを見て
「そよちゃん、いいなぁ…」
と、こちらも頬を染めポツリと呟いたのだった。
【次回予告】
[まひる]
アウマフ久々の登場ッ!
ほんと、いつ以来?
マリンの必殺技で捕まえたからね!
さあ!教えてもらうから!
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第三十三話「過ぎゆく日常」
この夏はみんなと一緒で楽しかったな




