第三十話「晴れない風見鶏」
私、ウィンドこと相川風子は決して可愛子振ってるわけじゃないんだ。
楽しいことをすれば無条件に体が反応して、それを思い切り楽しもうと全力で体現してしまうの。
ファイアとわいわい燥ぐのも好きだし、マリンと地球の事をインターネットで勉強するのも好き。アースと一緒にお料理するのも楽しいし、まひるちゃんとお洋服のコーディネートで盛り上がるのも大好き!
つまり、私はヒトの子、中でも女の子として生きる事がとても好きみたい。
精霊で居た時には感じもせず、想いもしなかった感情がこのヒトの体になってからというもの、洪水のように溢れ出て私の心を翻弄するの。
でもね、ただ楽しいからってだけじゃない。
私だってもっと賢いやり方も出来たはずなんだ。でも私はそれをしなかったし、これからもしないと思う。
それはきっと私がヒトの子、《人間》として生きる事が好きだからだと思うんだ。
私だけじゃなくファイアやアース、マリンもそうだと思うの。皆んなが皆で楽しい事や好きな事をして生きて行く方がきっと良い。
そこにヒトだとか精霊だとか、そんな括りは要らないし、必要な人が居ればその時に考えればいいだけ。
それに何より私たちはもう仲良しなんだから。
だから私はこれからも皆んなで楽しく過ごしたいんだ。
それがきっと、私が考える幸せの一つだと思うから。
「おはよう飛鳥ちゃん!」
飛鳥ちゃんのスマホのアラームが鳴ったので私は彼女に朝の挨拶をした。
「うーん……おはよう、風子ちゃん…」
飛鳥ちゃんは眠そうに瞼を擦りながら、むにゃむにゃと返事をした。
「飛鳥ちゃん、顔洗ってきたら?その間にほむほむ起こしとくから」
「はぁーい……」
彼女は洗面台に向かい、眠い目を擦る為に顔を洗い始めた。
そんな彼女の姿を尻目に私は部屋を見渡す。
マリンと流那ちゃんはしっかり三時に起きてまひるちゃんパパのお手伝いに行った。
まひるちゃんとアースもアラームが鳴るより先に目を覚まして、今は身支度をしている。
私が寝ていた布団の隣に視線を移すと、そこではまだ気持ち良さげに微睡みを楽しんでいるファイアの姿があった。
(ファイア、なんか日に日に寝起きが悪くなってる気がする…)
それは恐らく、私たち精霊がこの地球上で上手く適合出来ていないせいで、体の各所に人体機能の劣化が徐々に現れ始めているからだと思う。
でもファイアもヒトとしての生活に慣れつつあるし、マリンやアースはまひるちゃんや流那ちゃんたちと触れ合う事で何かを得て、本来持っていた力を取り戻しつつあるんだと思う。
もちろんそれは私にも当てはまる事で、私はここに来て飛鳥ちゃんたちとの触れ合いを通して、本来の自分の力を少しずつ取り戻せている実感がある。
これが風待さんが言っていた精霊とヒトが絆を深めていってる証なのかな?
(私たちが完全にヒトの体に馴染んだら、精霊でなくなり、人間になっちゃうのかな……?)
そんなことを私が珍しく真面目に考えていると、ファイアが寝返りを打った。
「うーん……」
(幸せそうな顔で寝てるなあ…)
今日はどの様に起こそう?出来るだけ気持ちの良い目覚めで起こしてあげたい。私は思い立ち、まひるちゃんを呼んできた。
「え?なになに?ファイアの寝顔を見ててって?あらぁ〜…気持ち良さそうに寝てるわね」
まひるちゃんがファイアの顔を覗き込むと私と同じ感想を溢す。
「まだ時間大丈夫だし、もう少し寝かせといてあげよ?え?もう起きそうだからそこに居てって?」
ファイアが覚醒しつつあるのは精霊同士の意思伝達で伝わって来ている。目が覚めて、目の前にまひるちゃんの顔があったらきっと幸せな目覚めになるに違いない。
私はそう思いながらファイアの顔の直ぐ側にまひるちゃんを設置した。
あ、起きる!
「…むにゃ…ん……?」
「ぁ…おはよう、ファイア」
まひるちゃんがいつもと変わらない弾けるような笑顔をファイアに向けてくれる。これは決まった!
「え…あッ!まひるちゃん!?おはようッ!!」
ファイアはそう言いながら飛び起きた。
ファイアは自分の寝姿をまひるちゃんに見られて恥ずかしかったのか、ほっぺたを赤らめる。最近のファイアは私から見ても以前よりずっと女の子らしく可愛くなってきている気がする。
少女漫画の読み過ぎ?
「目が覚めた?そよちゃんたちも来てるよ。さあ、顔洗ってみんなで朝ごはんに行こ?」
まひるちゃんがファイアに声を掛ける。流石の私ももう笑いを堪えるのが限界だったので
「ほむほむおはよッ!」
と笑い混じりに元気に挨拶をした。
精霊同士、意識が繋がっている事は便利なんだけど、時として不便でもあるんだ。
今回のようにサプライズを仕掛ける場合、相手に私の意図まで知られてしまうのでファイアに少し睨まれて私は挨拶をされることになる。
「ああ、ウィンド、おはよう…」
あ、ほらね?やっぱりちょっと怒ってる。でも嬉しい気持ちも沢山伝わって来るから大丈夫だよね!?
「てへッ!」
私はファイアの何とも言えず照れた顔に向かって会心のウインクを返した。
『超次元電神ダイタニア』
第三十話「晴れない風見鶏」
みんなで朝食を済ませると、ファイアとそよちゃん、ザコタくんが旭お兄ちゃんのお手伝いへと向い旅館を出て行った。
旅館に残った私とアース、まひるちゃん、飛鳥ちゃんの四人は今日の先生であるまひるちゃんママの所へ向かった。
旅館の廊下を抜けて先生の事務所兼控室に着くと、既に先生はお部屋にいらっしゃった。
「おはようみんな」
今日も爽やかな笑顔が素敵なまひるちゃんママ。
ほんと、つくづくまひるちゃんはママ似なんだと思わせるような素敵な笑顔。
「おはようございます!」
私たちは声を揃えて元気に挨拶をした。
「ふふっ、元気ねえ〜。改めまして、まひるの母の暁子です。今日はよろしくね」
まひるちゃんママ、暁子さんが優しく微笑みながら軽く頭を下げる。
「今日はお昼までお手伝いしてもらっていいかしら?お昼食べて午後からはみんな自由にしてね」
一日お手伝いするつもりでいたけど、優しいなあ。
「はいっ!」
私たちは再び声を揃えて返事をする。
「ふふっ、いいお返事。みんな何が興味あるかしら?力仕事、接客、料理とか」
興味ある事かあ……どれもやったことないから興味ある。接客もいいけど厨房に入るのも良いなあ。
「私はお料理のお手伝いをさせて下さい」
アースが遠慮がちに手を挙げる。
それを見てまひるちゃんが
「球子はね、料理に興味があるんだ!自分でも色々作れるようになりたいんだって!」
と、付け足してくれる。
「あら、そうなの?じゃあ球子ちゃんの花嫁修行も兼ねてるのね」
暁子さんが面白そうに言う。
「えッ!?自分が!花嫁ッ?」
暁子さんの冗談にアースが過剰に反応し驚いた顔をする。
「そうよ?球子ちゃんも風子ちゃん、ほむらちゃんに万理ちゃんも、みんな女の子としてこの世に生まれて来たんだもの、これから好い人に出会って結婚もするでしょう?結婚だけが幸せじゃないご時世だけど、結婚して子供を持つことは紛れもない幸せの一つだと私は思うわ」
暁子さんはまひるちゃんの顔を見つめ、にっこり微笑む。
「お母さん……」
まひるちゃんも暁子さんを見つめ返して少し照れ臭そうにしている。
見ればアースも何やら神妙な顔をしている。それはそうだね。私たちは精霊として生まれてきて、まだ人間というわけじゃない。人の言う結婚など、自分に当てはめ考えたことすらなかった。
私たち精霊は今のこの地球とダイタニアという二つの世界を平安に戻すこと、それ以上の事は考えないことにしている。
そうでもしないと、遠くない未来、この地球から離れる時、きっと辛くなると思うから…
「じゃあ暁子さん!私と飛鳥ちゃんは違うところお手伝いします!」
私は気持ちを切り替え、元気よく挙手して答えた。
「そう?じゃあ二人にはお掃除お願いしようかしら」
暁子さんは優しく微笑んでくれた。
アースとまひるちゃんは厨房、私と飛鳥ちゃんは旅館のお掃除をすることになった。
「じゃあまひる、球子ちゃんと夕食の仕込みだけお願いしてもいい?偶に手伝ってもらってたから分かるわよね?」
暁子さんがまひるちゃんに確認する。
「うん、大丈夫!献立見て食材刻んどくね。球子、行こう!」
まひるちゃんはにっこり微笑むとアースの手を引いて厨房へ連れて行く。
「あ、はい!」
アースは戸惑いながら手を引かれていく。
「さあて、じゃあ私たちは早速お掃除に取り掛かりましょう!」
暁子さんに連れられて私と飛鳥ちゃんは廊下の拭き掃除に始まり、お風呂、チェックアウト後のお部屋の片付けとお手入れ、などなど、様々なお手伝いをさせてもらい、あっという間に午前が終わってしまった。
「…これは、中々にハードだねぇ…」
私は額に汗を流しながら、私より息を荒くしている飛鳥ちゃんに声を掛けた。
「うん……暁子さん、一緒に同じことやったのに、全然平気そう…」
飛鳥ちゃんも相当疲れたのか、エプロンを外しながら余裕なさそうな口調で答える。
「でも、なんか気持ちいいね!」
私が飛鳥ちゃんに笑顔で言うと、飛鳥ちゃんもちょっと驚いた顔をしてから微笑み返してくれた。
「うん!なんか、生きてるって感じがする」
私たちは二人で顔を見合わせて笑いあった。
お昼には漁に行っていた流那ちゃんとマリンも加わり、暁子さんが腕によりをかけてくれたランチをご馳走になった。
海鮮たっぷりのパエリアにお味噌汁、山菜のお浸しと、どれもこれもとても美味しかった。
「このぱえりあに使ったエビは私が殻を剥いたんですよ!」
アースがお椀の中のパエリアを指しながら自慢気に言ってくる。
「ほんと!球ちゃんすごーい!」
私は感心しながらアースの頭を撫でてあげると、アースは嬉しそうに笑う。
「今日の夜はカレーでいいかしら?」
暁子さんが穏やかな顔で私たちに話し掛けてきた。
「わ!風子カレー大好き!」
私は思わず目を輝かせて返事をした。
「私にもお手伝いさせて下さい!」
すかさずアースが手を挙げてアピールする。
「ありがとう、じゃあ球子ちゃんにも手伝ってもらいますね」
暁子さんは優しく微笑んだ。
そしたらみんなして、私も手伝う!私も!私もと手が挙がり、夕飯はみんなでカレーを作ることになった。
昼食を食べ終え、みんなで片付けをして現在午後二時過ぎ。ファイア、と、そよちゃんザコタくんはまだ戻って来ていない。さっきまでお昼時だったし、お手伝い真っ最中なのかも知れない。
午後から時間が出来た私たちはみんなでファイアたちの居る海の家まで行ってみようということになった。
何か手伝えることがあれば手伝いたいし!
ファイア、ちゃんとお手伝い出来てるかなあ?これと言って緊急事態な意思は飛んできてないけど…
私は少しファイアのことを心配しながら、みんなで浜辺へと歩く。
砂浜に出て、海の家近くまで行くと、向こうからファイアが駆けてくる姿が見えた。何やら顔が赤い。
「あッ!みんな!」
ファイアが私たちの姿に気付き、こっちに走ってくる。
「ほむほむお疲れさま、もうそっちのお手伝いは終わったの?」
私はファイアに近付き、ちょっとふらついているその身体を支えてあげた。
「あ、ああ!さっき終わったとこ。ザコタとそよちゃんはまだ向こうの浜辺で特訓してる」
「特訓?」
「うん、二人で勝負組手してる。あのそよちゃん、あんなおっとりしてて無茶苦茶強いぞ!」
ファイアは息を整えながら説明する。
「私たちも旅館の手伝いは今日はもういいからと暁子おば様に言われてな。こっちの様子を見に来たところだ」
アースがファイアの隣に来て説明する。
「そうなんだ!じゃあみんな暇になったんだな。どうする?昨日みたいに泳ぐか!?」
早くもみんなと遊びたくてファイアは目を輝かせうずうずしている。
ほんと、最近のファイアは表情豊かになったな。
以前のクールでカッコいいファイアはどこへやら。
「もちろん自由に遊んでいいんだけど、みんな居場所が分かるように動いてね?海に入る時の約束、忘れないで」
まひるちゃんが微笑みながら忠告する。
「分かってるって!」
ファイアはニカッと笑いながらまひるちゃんに親指を立てた。
「あたしも海は久し振りだから、今日も泳ぎたい!」
まひるちゃんはどうやら泳ぐようだ。
「万理、海、付き合ってもらえる?」
流那ちゃんがマリンのこと名前で呼んでる。不機嫌そうな声色は変わらないけど、マリンを見る目にはどことなく以前より優しさを感じられる。
「うん。いいよ」
あ、マリンもなんか素直だ。仲直り出来たのかな?ずっと心配してたもんね。良かった。
へぇ、ちゃんとニッコリ笑えるじゃん。自分はみんなより目が細くて可愛くないとか気にしてたけど、目が線になっちゃう今の笑顔、メチャ可愛かったよ?
今日二人でお手伝いしてもっと仲良くなれたのかな?そうなら嬉しいな。
「風子ちゃんはどうする?」
そんな事を考えていた私に、飛鳥ちゃんが声を掛けてきた。
「うーん、そうだなぁ。折角だし、旭お兄ちゃんがいる海の家も覗いて来ようかな…」
「あ、じゃあ私も一緒に行っていーい?」
「うん、一緒に行こう!」
私が答えると飛鳥ちゃんは嬉しそうに笑った。
「ウィンド、飛鳥さん、私も一緒に行っても?」
アースが私たち二人に声を掛ける。
「うん、もちろん」
私と飛鳥ちゃんはそれぞれ了承する。アースは嬉しそうだ。
「じゃあ、海で遊ぶ人も、お兄ちゃんのとこ行く人も、海の家へレッツゴー!さあ着替えて海だー!」
「おーーーッ!!」
まひるちゃんの号令にみんなが反応し声を上げた。
「やあ。今日は可愛らしいお客さんがよく来る日だな」
海の家に残った私と飛鳥ちゃん、アースの三人を前にし、カウンター奥から旭お兄ちゃんがこっちに向かって笑いかけてきた。
「こんにちはー!」
私は笑顔で挨拶する。
「こんにちは!」
飛鳥ちゃんも元気に挨拶した。
「おう、こんにちは。君たちは海に行かないのかい?」
旭お兄ちゃんは私たちを見ながら聞いてきた。
「旅館のお手伝い、少しさせてもらったんですが、思いの外重労働で…ちょっと休憩です」
飛鳥ちゃんが苦笑しながら答える。
「そうかあ、それは大変だったな。ありがとうね」
旭お兄ちゃんも笑いながら言う。
「でも、接客とか楽しかったです!またお手伝いしたいです!」
飛鳥ちゃんが言う。
「おう!いつでも歓迎するぞ」
旭お兄ちゃんは笑いながら言った。
もうお客が捌けた店内には壁に掛けられたテレビからお昼のワイドショーが流れている。昨日来たときは陽気な音楽が掛かっていたが、お客が居ない時はこうなのだろう。
「俺ももう少ししたらここ閉めて、夕飯の支度に行くようなんだけど、どうする?」
旭お兄ちゃんが私たちの前に冷たいレモネードを出しながら訊いてきた。
「済みません、ありがとうございます。でしたら私たちもまたまひるさんたちと合流しますので、お気遣い頂かなくて大丈夫ですよ」
アースが余所行きの笑顔で答える。
「そうか?なら俺は厨房に戻るけど、なんか用があったらいつでも声掛けてくれな」
旭お兄ちゃんは人懐こい笑顔でそう言うと厨房の方へ戻って行った。
アースはレモネードを一口飲むと、ふぅっと一息ついた。
「さて、どうしたものか……」
アースがそう呟きながらテレビに視線を向ける。番組はワイドショー内のニュースのコーナーに話題は切り替わっていた。
内容は、先日風待さんの所のテレビから流れていたのと同じ話題だ……
「このレモネード、美味しいね!」
私は飛鳥ちゃんに視線を移し、話題を振った。飛鳥ちゃんは少し驚いた表情をしたあと、嬉しそうに笑った。
「うん! 旭さんのレモネード、本当に美味しい!」
私はその飛鳥ちゃんの笑顔に釣られて笑顔になる。そして私もまたレモネードを口に含んだ。うん、美味しい。甘過ぎず苦すぎずのちょうどいい具合…
ふと、アースに目を向けるとアースも視線で訴えかける。いや、アースの気持ちは伝わってるよ。同じ精霊だもん…
飛鳥ちゃんはテレビのワイドショーがニュースに切り替わったことに気付かないくらい、今を楽しんでいるのが分かる。私たちとの会話に夢中になってくれているのは正直嬉しい。私が人間だったらきっと気の合う友達になってくれていたかも知れない。
だからこそ、訊こう。
「飛鳥ちゃん、風子たちがゲームの中から出て来たって知っても、変わらず仲良くしてくれてありがとう」
私は飛鳥ちゃんにまっすぐ向き合い、心からの気持ちを伝えた。
「えっ!? ううん。どうしたの風子ちゃん、突然?」
私の言葉を聞いた飛鳥ちゃんは一瞬驚きの表情を見せたあと、少し照れくさそうに微笑んだ。
「うん! 飛鳥ちゃんもまひるちゃんも、みんなとても優しくて……風子たち、この世界に来れて良かったと思ってるよ」
私は違ってて欲しいという希望を込めて飛鳥ちゃんに訊いた。
「そう言えば、飛鳥ちゃんの名字って何ていうの?まだ聞いてなかったよね?」
「え?そうだっけ?仙崎だよ。仙崎飛鳥!」
飛鳥ちゃんは少し思案する素振りを見せたが、すぐに答えてくれた。
アースが心配そうにこちらを覗き込んでくる。
「そっか!教えてくれてありがと!」
私はアースに視線を戻すことなく続ける。
「…飛鳥ちゃん、最近、お家に帰ってないの?」
「えっ!?」
飛鳥ちゃんの驚いた声と表情。私はそれをテレビに向いたまま、横目で見ていた。
「……ど、どうして?」
飛鳥ちゃんが動揺しているのが分かる。でもここで引いてはいけない。私は真っ直ぐに飛鳥ちゃんを見た。そして言葉を返す。
「…テレビ、出てるよ?」
「えっ!?」
飛鳥ちゃんは私の言葉を受け、慌てた様子でテレビを見た。
「え!? ど、どうして?」
今度は飛鳥ちゃんが狼狽している。
そこには『女子高生行方不明。捜索二週間目』と題打ちニュースが放映されていた。
そしてそこに出ていた行方不明者の名前が『仙崎飛鳥さん(17)』。
私は追い打ちを掛けるように言葉を続ける。
「あれ、飛鳥ちゃんの事だよね?おうちで何かあったの?アスクルさん、お父さんやお母さんが心配しない?」
私がそう言うと飛鳥ちゃんの表情がみるみる強張っていくのが分かった。そして、観念したのか力なく呟いた。
「……うん……ちょっとね……」
私が伝えたかったことはどうやら伝わったようだ。なら次はどうする?
「どうして?」
私がそう言うと飛鳥ちゃんは少しだけ表情を曇らせたが、すぐに笑顔で答えた。
「ちょっとね!」
そう言ってはぐらかそうとする飛鳥ちゃん。私はそれを良しとしなかった。そして次の言葉を放つ。
「良かったら風子たちが力になるよ?」
私はそう言いながら席を立ち、飛鳥ちゃんの傍に行く。そしてそっと彼女の手を握った。
「えっ!?」
突然の私の行動に驚く飛鳥ちゃん。私はそれに構わず言葉を続ける。
「もちろん無理にとは言わないよ?でも、もし何か困ってることがあるなら、力になりたいんだ!」
そう言って私は飛鳥ちゃんの目をまっすぐに見ながら強く手を握る。すると飛鳥ちゃんは恥ずかしそうにうつむきながらも「……い……」と小さく声をもらした。私はそれに耳を傾ける。
「…イヤなの……ママも…この世界も………」
そして飛鳥ちゃんは消え入りそうな声でそう言った。私はそれを聞き逃さなかった。
「ママ?」
私が聞き返すと飛鳥ちゃんはハッとし、慌てて笑顔を繕い取り繕うとするが上手くいかない様子だった。飛鳥ちゃんは諦め、涙目になりながらも素直に心情を吐露する。
「うん……ママ、看護師でいつも忙しそうにしてて。夜勤も多くてほとんど会えないし、メールしても返事なんてくれないし……たまに帰って来ても仕事の話ばっかりで……」
そこまで言って飛鳥ちゃんは黙り込んだ。私は黙って続きを待つ。そして飛鳥ちゃんが口を開いた。
「私の事なんてどうでもいいんだよ……」
そう言って飛鳥ちゃんは涙をこぼした。
私はそんな飛鳥ちゃんをそっと抱きしめた。すると彼女も私に体を預けてきた。
アースはそんな私たちを心配そうに見守ってくれている。アースは飛鳥ちゃんを私に託してくれたんだ。
「飛鳥ちゃん、観て。あれが子供のことをどうでもいいって思ってる人の顔?」
そう言って私はテレビを指差す。すると飛鳥ちゃんは画面に顔を向けた。そしてそこに映っている人物をしばらく見てから、再び私に目を向けると今度は涙を流した。
「ママ……泣いてる……ッ!?」
テレビには泣きながら娘の帰りを切に願う母親の悲痛な姿が映し出されていた。
私はそんな飛鳥ちゃんの頭を撫でながら言葉を続ける。
「辛いよね? 悲しいよね? そんなお母さんは見たくないよね?」
私がそう言うと飛鳥ちゃんは涙ながらにコクンと頷いた。そしてこう続けた。
「でもどうしたら良いか分かんないよ……私、家出してきちゃったし!それに…うぅッ……!」
何かを言い掛けて飛鳥ちゃんは泣き崩れた。私はそんな飛鳥ちゃんを優しく抱きしめた。
「大丈夫、私がいるよ。何とかしてあげるから」
そう言って私は飛鳥ちゃんの背中をさする。すると彼女は私の胸の中で嗚咽を漏らした。
しばらくして落ち着いたのか飛鳥ちゃんはゆっくりと顔を上げて私を見つめた。そして「ありがとう……」と小さな声で呟いた後、自分の力だけで立ち上がった。私も立ち上がり、再び彼女の手を握る。
「一緒にお母さんに会いに行こう?」
私がそう言うと飛鳥ちゃんはコクリと頷き、私の手を強く握った。その時――
「仙崎飛鳥と言ったか?」
突然男の声が私たちに投げ掛けられた。この声は──!?
「ザコタくん!?」
声の主はザコタくんだった。彼は目を見開き、少し機嫌悪い様子で私たちを睨んでいる。彼の後ろではそよちゃんが心配そうな面持ちで立っている。彼は飛鳥ちゃんを一瞥すると続けた。
「…違うな。お前の本当の名は――」
【次回予告】
[まひる]
みんな!お手伝いしっかり出来たね!
ありがとうッ!
って!飛鳥ちゃん、家出少女だったの!?
これは……ちゃんとしなきゃッ!
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第三十一話「殻の外の飛ばない小鳥」
こんな時こそ、大人がしっかりしなくちゃね!




