第二十七話「残月の海で」
「あの中に、正体を偽っている奴がいる…!」
ザコタは真剣な顔でそよの耳元でそう囁いた。
「え……!?」
そよは驚いてザコタを見返した。
「俺のスキル、《偵察》に《不可視》を掛けて見れば相手に覚られずにそいつのステータスを見られる。それで見たら名前が違う奴がいた…」
ザコタは手短に自分のスキルについて説明した。
「それって……」
そよは不安気な眼差しをザコタに向けた。
「ああ、もしかしたらあの中にとんでもない奴が混ざってるかもしれない」
ザコタも真剣な眼差しでそう返した。
「……誰?」
そよが不安そうに尋ねる。
ザコタはそよにだけ聞こえるように更に小声で呟いた。
「えッ!?」
そよが驚きの声を上げる。ザコタが口にした名前はそよの記憶にはまだ新しく、その人物がもし本当に正体を隠しているのであればどんな理由があって隠しているのか皆目見当もつかなかった。
「相川まひるたちは五日間ここに居ると言っていたな。その間俺はそいつをマークする。お前も注意だけはしておけ。下手な演技はいらん。お前は嘘が下手だから直ぐばれる」
「う、うん…」
そよはザコタの真剣な眼差しに、ただ頷くことしか出来なかった。
『超次元電神ダイタニア』
第二十七話「残月の海で」
マリンが目を開けると隣で寝ていた流那も目を覚まし、震えている自分のスマホを手に取った。時刻は午前三時。
流那はスマホをマリンに見せ時刻を報せる。
それを見てマリンも頷き、二人して周りで寝ている者を起こさないよう身支度し、そっと部屋を出た。
「おはよう。目覚ましも無いのによく起きられたわね」
流那がマリンに声を掛ける。
「おはよう流那。僕は精霊だからね。本来睡眠をとらなくても問題ないんだ。けど、最近は随分とこの体にも慣れたのか、夜は眠るようになったけどね。ふあぁ…」
そう言うとマリンは小さく欠伸をした。
マリンと流那が洗面所で顔を洗っていると、まだ眠たげなまひるがやって来た。
「二人ともおはよ〜。体調は大丈夫?無理だけはしないでね?」
まひるは心配そうに二人に声を掛ける。
「ええ、大丈夫よ。あんたは?」
流那がマリンに声を掛けると、「問題ないよ」と返事が返ってくる。
「それよりまひるん、あんたもまだ寝てなさいな?私がちゃんとこの子の面倒見るから」
流那がマリンの肩を抱きながら言う。
「うん、ありがとう。お父さんに声掛けたらもう一眠りするね。じゃあ行こっか」
まひるが先だって父親との待ち合わせである庭先まで歩き出す。その後を身支度を済ませた二人が付いて行く。
庭に出ると既にまひるの父親、相川健吾は軽のワゴン車を横に着け待機していた。
胴回りは中年らしく出ているが、小太りと言うには屈強そうな二の腕をしている。眉間にしわを寄せ不機嫌そうな面持ちでいた。
「おはようございます」
流那とマリンが挨拶をすると「…おはよう」とだけ答えて、二人の顔を無言で交互に見た。
「………」
「あの、何か?」
マリンが訝しげな表情で健吾に尋ねる。
「いや、何でもない……そろそろ出るぞ」
マリンと流那がワゴン車に乗り込むと、健吾はそれを確認してからエンジンをかける。
「行ってらっしゃい。お父さん、二人をよろしくね?」
まひるが車の横で手を振りながら見送りの言葉を口にする。
「…ああ」
健吾は短く答えると、車を発進させた。
車内では三人とも無言のまま、運転する健吾はバックミラー越しに後部座席の二人を時折確認しながら目的地の港までただ車を走らせた。
港に着き車を停め、三人は一隻の漁船の前まで来た。船体には『海皇丸』と書かれている。
「うちの船だ」
健吾はそう言うと船に移り、中から救命胴衣を取り出し二人に投げて渡した。
それから着衣を確認し、一人一人手を取り船上へと注意深く乗せる。
「ありがとうおじ様」
マリンが健吾へ礼を言うと、やはり「ああ」とだけ短い返事が返ってきた。
「………」
船に乗った流那が先程からおとなしい事に気付いたマリンが流那へと声を掛ける。
「流那?どうしたの?」
「えッ!?ううん、な、何でもない!」
「そう?何かあったら言ってね?」
「ええ、ありがとう」
流那は短く返事をする。
救命胴衣を身に着けた三人は、健吾の案内で船内の操縦室まで歩いて移動した。
部屋に入るとそこは機関室になっており、三人の前には船を操作する舵輪が有り操作盤が備え付けられていた。
舵輪の前に座る健吾は操作盤を慣れた手付きで操作し始める。
「…今から二時間、沖に出る。途中で気分が悪くなったら我慢せず言うように。今日は船と海に慣れてくれたらそれでいい…」
そう言うと健吾は二人に薄手のブランケットを寄こした。
「まだ早い。休んでいなさい」
そう言うと健吾は操作盤を操作する作業を再開し、まだ残月高い海に船は出港した。
「ありがとう、おじ様」
流那が返事をし、マリンと流那はブランケットを羽織ると壁に背をもたれかかった。
数十分もすれば港は見えなくなり、見渡す限りの水平線が目の前に広がった。
マリンは羽織っていたブランケットを置き、外を見回した。
登り始めた朝日が水面を金色に煌めかせ、眩いばかりの光景にマリンは目を細めた。
「なんて……綺麗………」
マリンが感嘆の吐息を漏らす。
「ねえ!流那も見てみ――」
マリンが流那に声を掛けようと流那の方を振り向くと、瞬時にその異変に気付き言葉を飲み込んだ。
流那はブランケットを頭まで被りながら体全体を震わせていた。
「流那ッ!?どこか具合がッ!」
マリンの声に気付いた健吾もその場へ駆け寄って来た。
「どうした!?大丈夫か?」
流那からの返事はない。
流那はブランケットを被ったまま、小さく「怖い…」と呟いた。
「流那!?流那ッ!」
その声を聞いたマリンがブランケットの上から流那を両腕で抱きしめた。その流那の体の震えを直に感じたマリンは只事ではないと改めて実感した。
「流那?落ち着いて。ゆっくり深呼吸するんだ。いいかい?吸ってぇー…吐いてぇー……」
マリンが流那に深呼吸を促す。何度も繰り返す内に流那もマリンの言葉に合わせ、深呼吸を仕出した。
「そうだよ、いいよ流那…はい、吸ってぇー……吐いてぇー……吸ってぇー…」
「すぅー……ふぅー………」
段々と流那の呼吸が整ってくると、その体の震えも治まってきた。
「ふぅー………」
そして流那がようやくブランケットからその顔を覗かせた。その顔はやや憔悴していた。
「ごめんなさい…ありがとう、もう大丈夫だから……」
流那が弱々しい声で二人に答える。
「流那……」
マリンが心配そうに流那を見つめた。
「本当に大丈夫?」
「ええ、ごめんなさい……心配掛けたわね」
流那がマリンを安心させる様に小さく微笑んだ。
すると健吾が流那の前に歩み出た。
「…流那ちゃん、何か持病が?」
流那は少し考えてから口を開いた。
「……実は私、海が苦手で……」
その言葉を聞き健吾とマリンは驚きを隠せない表情を浮かべた。
「じゃあ、どうして漁に付いて行くなんて言ったんだ…」
健吾が流那に声を掛ける。
「……それは……私の、海に対するトラウマを、克服しようと思って……」
流那は申し訳なさそうに理由を話し始めた。
「……私がまだ小さい時に、両親が二人だけで船で旅行に行ったんです。まだ行けてなかった新婚旅行だったんですって……小さい私は祖父母の家に預けられたの。二人とも笑顔で出掛けて行って、夜遅くに二人が乗った船が沖合で沈没したって連絡が来て……」
流那が辛そうに胸の内を語り始めると、マリンが黙って流那の手を優しく握った。
「……それを境に私は海や船に近付けなくなったの……それからずっと避けてきたんだけど、このままじゃいけないって思って……」
流那はそこで言葉を止めると再びブランケットを被り、小声で話し始めた。
「でもやっぱり、まだ無理だったみたい……ごめんなさい、お仕事の邪魔しちゃって……」
流那は申し訳なさから泣いてしまっていた。
「流那……」
マリンが優しくその背中をさすってあげると、流那は涙を流しながらマリンの胸に顔を埋ずめた。
「……分かった。今日はもう帰ろう」
健吾がそう言うと、流那は小さく首を横に振った。
「大丈夫」そう言おうとしたが言葉にならず、代わりに嗚咽を漏らすだけだった。
「大丈夫だから。一緒に帰ろう」
健吾の言葉に流那は小さく頷いた。
「万理ちゃん、港に着くまで一緒に居てあげてくれ」
「はい…」
マリンは流那の肩を抱き寄せた。
「流那……」
流那はマリンに抱きしめられると、そのまま静かに目を閉じた。
そしてゆっくりと口を開いた。
「…私の弱み、見せちゃったわね。いつも威勢のいい手代木流那はもっと強いと思ってた?それとも、幻滅したかしら?」
流那は少し自嘲気味に笑うと、そう呟いた。
「ううん、そんなことない…」
マリンは首を横に振った。
「僕の方こそ、ずっと、謝ろうって思ってたんだ……」
マリンは申し訳なさそうに続けた。
「…初めて会った時、僕、流那のことコテンパンに叩きのめしちゃって、すっごく怖い思いさせちゃったでしょ。その事をずっと謝りたいと思ってた……」
「あったわね、そんなこと……あの時は海の上だったしホントに怖かったんだから…」
流那がマリンの腕の中でくすっと笑う。
「あの時はごめん、ごめんなさい!怖い思いさせてごめんなさい!流那は本当に海が怖かったのに、僕は更に、追い打ちをかけてッ!」
マリンの瞳から大粒の涙が溢れる。
「僕は、仲間の為ならどんな手段を使ってでも仲間を護ろうとしてしまう、非情な奴なんだッ…!」
マリンの涙は止め処なくその頬を濡らし続ける。
「僕は、そんな自分が、厭だ…!」
マリンのその心の叫びはまるで自分が赦される事を望んでいない、懺悔のようだった。
「……バカね」
流那は穏やかな笑みを浮かべると、涙を零しているマリンの頭を撫でた。
「仲間を必死の思いで護ろうとする奴の、どこが非情なのよ?」
「でも、僕は……ッ」
流那は泣きじゃくるマリンを抱き寄せると、その頭を自分の胸に押し当てた。
「何が非情よ。あんたほど人間臭い奴、他にいないわよ。良いじゃない自分に素直で?何でも前向きに捉えなさいよ。トラウマ抱えてる私が言うのも何だけどさ」
「ごめん、なさいッ、ごめんなさい……!」
マリンは流那の胸の中で咽び泣いた。
「もう謝らなくていいわよ。あんたの気持ちは分かったから。赦してあげる」
流那は穏やかな笑みを浮かべると、マリンの頭を優しく撫で続けた。
「性悪小娘って言い続けるのもどうかと思っていたところよ。ねえ、マリン?万理?なんて呼べばいいの?」
流那は意地悪そうに笑いながらマリンに尋ねた。マリンは不思議そうに流那の顔を見つめながら
「どっちもまひるが付けてくれた大切な名前なんだ。ダイタニアでの呼び名がマリンで、万理は地球に来てから付けてもらったんだ」
「ふうん……じゃあ、万理って呼ぶわ。球子さん、ほむらに風子ちゃんに、万理ね!」
流那は笑顔でそう言った。
「う、うん!」
マリンも笑顔を返す。
気付けば流那の体の震えは完全に止まっていた。
「……ありがとう、流那」
マリンが呟くと、流那はフンッと鼻を鳴らした。
「なに?改まっちゃって。あんたにお礼を言われるような事はしてないわよ?」
「でも、ありがとう」
「はいはい。もう良いわよ」
流那は照れくさそうに苦笑いすると、ゆっくりとマリンから離れようとする。
「私の方こそ、ありがとう…」
流那はマリンに聞こえないように呟いた。
「ん?何か言った?」
「いいえ、何でも無いわ」
流那は首を横に振った。
「おじ様!先程は済みませんでした!体調も良くなってきたので、漁を続けてください」
流那は操舵席の健吾に声を掛ける。
「…そうか。だが今日は戻る。海は心が波立っている時は出ない方がいい」
「そ、そうなんですか?でもおじ様!大丈夫ですから!」
流那は健吾を説得しようとするが、健吾は聞かない。
「駄目だ。万理ちゃんは引き続き流那ちゃんを見ててくれ」
「分かりました……」
流那は不承不承といった様子で了承する。
「丘でも出来ることはある。少しずつ、慣れて行けばいい…」
健吾は二人を見ずに操舵に専念しながらそう呟く。
「はい、おじ様。ありがとうございます」
流那は健吾に向かって深々と頭を下げた。
午前五時を過ぎた頃、朝焼けの中三人を乗せた漁船『海皇丸』と共に再び港に戻って来た。
流那もあれから発作を起こすことなく無事船を降りた。
港に戻る道中、マリンはずっと流那の手を握っていた。
船を港に着け、颯爽とマリンが船から降りる。
そして船上の流那に向けその手を伸ばした。
「さ、もう降りられるよ流那。掴まって!」
「ええ!」
流那は元気に頷くと、その手を取り船から飛び降りた。
そしてその後から健吾が降りてくる。
二人の顔を見て
「お疲れさん。流那ちゃん、気分は?」
健吾が流那に尋ねる。
「もうすっかり良くなりました!おじ様、心配をお掛けして本当に申し訳ありませんでした!」
流那は深く頭を下げた。
「構わんよ。大丈夫なら、いい」
健吾は相変わらずの仏頂面で返すが、その口角は少し上がっていた。そしてマリンの方を見て
「万理ちゃんも、良く流那ちゃんを見ててくれた。頑張ったな」
と声を掛けた。マリンは照れ臭そうにしながら頷いた。
「え、あ、ありがとう…」
「さて、俺は今日の分を卸してくる。家に帰って休んでもいいし、付いてきてもいい」
健吾は二人に告げる。
「私は付いて行きたい!万理は?」
流那は瞳を輝かせながらマリンに尋ねる。
「僕も行く!おじ様、僕もお手伝いします!」
「…二人とも、昨日も言ったが、まひると仲良くしてくれるだけで俺たち家族は嬉しいんだ。余り気を遣ってくれなくていい」
健吾は頭を下げる。
「あの、既に迷惑掛けた私が言えることじゃないですけど、邪魔にならないように扱ってもらって構いませんから。私も何か、力になりたい!」
流那は健吾にそう告げた。
「僕は…僕たちは、この夏にもう一つ上へ成長したくてここに来ました。まひるへの日頃からの感謝の気持ちも勿論あるけど、それとはまた別に、僕自身が色々な事を経験して学びたい。勝手な言い分だけど、僕たちは本気でそう思ってるんです」
流那はマリンと健吾に自分の思いを打ち明ける。
「そうか…」
健吾は二人をじっと見つめると、その目を静かに閉じた。そして何かを決したように目を開き、話し出した。
「分かった。ただし無理はするな」
「本当!?」
流那が喜ぶ。
「ありがとうございます!」
マリンも頭を下げる。
「それじゃ、行こう」
健吾は二人に声を掛けると、歩き始める。その後ろを二人が笑顔でついて行く。
その後、一時間程市場を見学し解散という運びになった。時間はまだ朝の七時を回ったところだった。
「今日は朝早くから大変だったろう。部屋でゆっくり休むといい。明日は…」
健吾が言うより先にマリンが
「明日も来ていいですか!?」
と食い気味に健吾に尋ねた。
「…ああ、構わないが、流那ちゃんはやめておいた方がいい」
健吾がそう言うと、流那は不服そうな表情を浮かべる。
「……私だって、今日明日に今まで苦手だったものが克服出来るなんて思ってない…けど、みんな頑張ってるから、私も出来る限り足掻きたくて…」
流那の訴えに、健吾は考え込んだ。
「……じゃあ、明日は二人に釣りを教える。船はなしだ。俺が漁から戻ってくる今時分に合流してくれればいい」
「はい!」
健吾の言葉にマリンが返事をする。流那も少し不服そうだが頷いた。
「何も船に乗るだけが漁じゃない。流那ちゃんも、ゆっくりと海に慣れて行けばいい…」
健吾はそう言うと二人を見て。
「今日はお疲れさん。これ、暁子が持たせてくれた朝飯だ。渡すのが遅くなったが食べてくれ」
「わあ!ありがとう!」
マリンは笑顔で頷く。
「おじ様、色々と、ありがとう!」
流那も頭を下げた。
健吾は二人を旅館まで送ると、手を振り、また市場の方に戻って行った。
二人もそれに続いて手を振る。
健吾はそんな二人をバックミラー越しに見て穏やかに微笑んだ。
二人は旅館の庭園の東屋で腰を下ろし、お弁当を食べ終わったあと、少しうとうとしていた。
「…今日は余り海に出られなくて悪かったわね…あんた、楽しみにしてたのに…」
流那が謝罪の言葉を述べる。
「え、ああ、大丈夫だよ。また乗せてもらえる機会もあるだろうし、流那が無事で良かったよ」
マリンは流那を気遣う。
「…風待さんから急に色んなことを聞かされてさ。焦ってたのはどうやらまひるんだけじゃなかったようだわ…」
空を見上げながら流那が呟く。
「え?」
マリンは流那の言葉に戸惑いを見せる。
「…何だかんだ言って、私もまだまだ小娘だったってこと。地球がどうにかなっちゃう、おじいちゃんおばあちゃんどうしようって、一人で勝手に焦って……あんたたちに同行すれば、少しは何か分かるんじゃないかって思ってた……でも、自分のことすら全く分かってなかった」
流那が溜め息を吐く。
「流那……」
マリンはそんな流那の横顔を見つめた。
「あんたたちがこの地球のために立ち上がってくれたお陰で、私は今正しい方向を向けてるって思えるわ……ありがとう」
流那はマリンに向き直ると、微笑んで礼を言った。
「そんなの……僕だって、まだ全然手探りの状態で、風待氏みたいに頭も回らないし……でも、まひるがいる地球を放っておくなんて考えられなくてさ。それだけははっきりしてる」
マリンは柔らかな笑顔で流那にそう告げる。
「そうね…詰まる所、あんたも私も強大な敵から世界を護る勇者パーティー一行の一員なのよね。こんな状況だけど、目指すところが同じ仲間が居るのって、心強いわ」
流那はマリンの顔を見て笑った。
「うん。僕もアースやウィンド、ファイアたちとは姉妹のように思える時があるよ。そう思うと、とても幸せな気持ちになるんだ。家族って、こういうことを言うのかなって」
マリンは照れ笑いをする。
「分かるわ、その気持ち…」
流那は頷いた。
「ねえ万理、私少し眠たくなっちゃった…ここで少し寝ていかない?」
流那がマリンに提案する。
「いいね。僕もさっきおにぎりを食べた所為か、今無性に横になりたいんだ…」
マリンも流那に同意する。
「じゃあ、ちょっとだけ寝ようか?」
流那がそう言うと、マリンは流那の肩にもたれかかって来る。
「うん、ありがとう……流那……」
マリンが今にも消えそうな声で呟く。
「ふふ…ほら、私の膝使っていいから、横になりなさい。今日は特別よ?」
流那がそう促すと、マリンは流那の膝に頭を乗せた。
「う……ん……あり……がと……」
マリンはそのまますぐに寝入ってしまった。
そんなマリンを見つめながら、流那は優しい微笑みを浮かべる。
「……可愛いとこあるじゃない」
そう言って、流那はマリンの頭をそっと撫で、自らも眠りに落ちていった。
その頃、不確定次元『箱庭』では――
シルフィ始め、サラ、ディーネ、ノーミーという《電脳守護精霊》全員が揃い、顔を付き合わせていた。
サラは考える。
シルフィは一昨日のカザマチとか言う相手と見えてからどうにも様子がおかしい。今後の作戦を練ると言って退却しておきながら、未だに新しい作戦の提示をしてこない。
我等がこの地球にヒトの形を成してまだ二週間かそこらだが、それまでのシルフィの的確で効率の良い指揮を見て来ていただけに、今のシルフィにはどことなく以前の覇気が感じられない…
我としては、このまま平穏無事に事が済めばそれに越したことはない。下手に自ら藪をつついて蛇を出すこともあるまい…
ディーネは感じている。
自分の中の抑えきれない破壊の衝動が最高潮だ!
あの戦闘は楽しかった!カザマチという可笑しいまでに強い相手。あんなヤツと戦ったのは初めてだ。危うく殺されるかと思った!最高だ!
このあたしが殺されるかも知れなかったんだ!
楽しい!愉しい!悦しいッ!
命の遣り取りなんて今まで一方的なものだと思ってた。あたしが壊し、奪う。何とも単純で楽しい事だろうって。
だけどあの時はあたしが壊されそうになった。もうゾクゾクして絶頂に達しそうだったよ!あんな感覚を味わってしまってはもうただ奪うだけの行為では物足りない…
もっと壊し、壊されたい。
破壊こそ、あたしが唯一“生”を感じられる瞬間だから!
ノーミーは想っている。
愛しのSANYのことを想うと、わたくしの胸は高鳴りを抑えることができません……
あのお方は、今何処にいらっしゃるのかしら。
わたくしが求めても求めても、中々わたくしだけを想ってはくださらないお方……
嗚呼、もっとSANYのことを知りたい。御側に置いて欲しい。愛して欲しい。愛し合いたい。永遠にわたくしのものにしたい……
「ねえ、シルフィさんよぉ!」
ディーネがついに痺れを切らし、シルフィに声を掛ける。
「作戦は決まったのかい?」
「……」
しかしシルフィからは何も返事がない。
ディーネは溜息をつくと、再びシルフィに声をかける。
「シルフィさん〜?」
「……」
だがやはり返事が無い。それどころか身動き一つしない。
「サラ姐さん!ちょっとこれどうなってンの!?」
ディーネはいらだちながらサラの方を振り向く。
「…我に訊かれてもな……」
サラは澄ました顔で答えた。
「ほら!あの送り込んだ密偵から情報は来ててあいつらの居場所は判ってるンでしょ?だったらさぁ〜…?」
ディーネはなおも食い下がる。
「…我のヴォルシオンは未だ完治しておらん。カザマチが近くに居ないからと言っても、奴等は瞬間移動が出来る。いつまたカザマチが現れるやも知れない…」
「おやおやぁ?サラ姐さんはカザマチが怖いと仰る?」
ディーネがここぞとばかりに茶化す。
「……安い挑発だ」
「あっそぉ〜!あハっ!」
ディーネはつまらなそうに言った。
「カザマチにリベンジをしてもいいけど、あたし的には群れてる雛鳥たちを食い尽くしてあげるのもいいかなーって思っててさあ?」
「……」
サラは無言でディーネの言葉に耳を傾ける。
「ディーネ!もうその辺にしときなさい!」
ディーネのあまりの不遜な態度を見かねて、ノーミーが窘める。
「おや、ノーミーのお嬢さん?」
ディーネはノーミーの方を向くと、ニヤッとした。
「あなたねえ!いつもいつも自分勝手に言いたい事言ってくれちゃって、いい加減にしないと本気で怒るわよ?」
「へえぇ?本気の怒りってヤツがどんなものか……教えて欲しいなあ?」
ディーネはノーミーのことを鼻で笑いながら言った。
「ディーネ!」
ノーミーは真剣な面持ちで、ディーネのことを睨む。
「……おやぁ?ノーミーのおチビさんもやる気満々のようで!こりゃあ面白いや!」
そう言って、ディーネはケラケラと笑った。
「…そこまでだ二人とも」
見兼ねたサラが間に入り、二人の言い争いを制止する。
そしてサラはシルフィの方に向き直り、
「どうだシルフィ?ディーネも鬱憤が溜まっているよう。偵察にでも行かせてみたら?」
と進言した。
「…偵察だけで済むとは到底思えませんけど?」
シルフィがぼそりと言い返す。
「なのでだな、ノーミーと二人で行かせる。ミングニングなら既に完治しているし、偵察先はカザマチではなく、相川まひるの方だ。飽くまで偵察だから電神の使用は極力避けさせ…」
「風待……」
シルフィはその名を聞くと、また俯き何かを考え始めた。
「あーらら!まただんまりですかぁ?それじゃあッ!」
ディーネはシルフィたちに背中を向けると戦闘用の正装へと服を粒子変換させた。邪悪な笑みを浮かべ言う。
「ディーネ!偵察任務承りッ!ノーミー!付いてくるなら早くしなッ!!」
【次回予告】
[まひる]
マリンと流那ちゃん、
朝早かったけど大丈夫だったかな?
ファイアたちも海の家に向かったけど…
よろしくね!?お兄ちゃんッ!
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第二十八話「剣と拳」
みんな!お兄ちゃんのノリに振り回されないでね!




