第二十三話「居場所のつくりかた」
ザコタとそよは暫く抱き合い、お互いの存在を胸に刻み合っていた。
やがて、どちらからともなくその体が離れる。
二人が風待に向き合う。
「風待…!」
ザコタが風待を睨みつけ声を掛けた。
「おう」
それを受け、風待がザコタたちの所にゆっくりと歩み行く。
ザコタと向き合った風待はサングラスを外し、ジャケットの胸ポケットへとしまう。その顔には微かな笑みが浮かんでいた。
「…………」
「…………」
二人向き合ったまま、暫しの静寂が訪れる。ザコタの隣にいるそよはそんな二人をハラハラして見守っていた。
その静寂を破ったのは風待の方だった。
「俺を、恨んでいるか?」
風待は、穏やかな声でザコタに問うた。
「……ああ」
「そうか」そう言って、風待は目を閉じる。
「俺が憎いか?」
その問いに、ザコタは風待を真っ直ぐ睨みつける。
「ああ」
その言葉を聴いた風待は、深く息を吸って目を開いた。その目は真っ直ぐにザコタを見つめている。そして、言葉を続けた。
「話は聴いた通りだ。俺はお前をSANYを見つけ出し、静止させるために生み出した。今更だが、手を貸してくれないか?」
風待はザコタに向かって手を差し出す。
ザコタは風待の差し出した手を一瞥すると、右の拳を風待の顔目掛けて大きく振り抜いた。
「ぐっ!」
風待はその拳を左の頬で受け、後方へと大きく吹き飛び、地面に片膝を着く。
「きゃッ!進一くんッ!?」
そよが驚き、咄嗟にザコタの右腕に飛び付く。
「はあッ…はあッ…!」
ザコタは肩で息をし、その目は風待を見据えたままだ。
「…………プッ!」
風待も切れて出た口内の血を地面に吐き出し、無言でザコタを見つめる。
「これで恨みっこなしだ!」
ザコタがハッキリとした口調で言い、風待に手を差し伸べる。
「ふっ、優しいことで……」
風待は笑顔でその手を掴み起き上がる。
そよは何がどうなったのか分からないといった様子で二人の顔を交互に見返す。
「アンタのことはムカつくが、お陰でそよとも出会えた。その事だけは、感謝しておく」
ザコタがそう言うと、風待が
「お前を創ったのは確かに俺かも知れないが、彼女との出会いはお前自身が勝ち取った奇跡だよ。そよ君にも言ったが、必ず俺がお前たちの居場所を創ってやる!」
風待は真剣で真っ直ぐな瞳で二人にそう言う。それを聞いたザコタは暫し考え
「………いい。俺たちの場所は俺たちが見付ける」
ザコタはそう言ってそよの手を握る。そして、風待に背を向ける。
「ふっ……そうか……」
そう言って風待が微笑むと、そよも嬉しそうに笑顔でザコタの顔を見つめる。
「…あと、それから」
ザコタが風待に背を向けたまま話し出す。
「“ザコタ”ってのと、“進一”って名前、これからも使わせてもらうぞ。こいつが気に入ってるみたいなんでな」
ザコタはそう言いながら、ちらっとそよを見る。そよは頬を赤らめて、嬉しそうにしている。
そんな二人を見て、風待は思わず微笑ましくなる。
「ああ。構わんよ」
風待がそう言うと、ザコタとそよは歩き出す。
「相川まひるは千葉に戻り、四精霊たちと特訓に入ったと言ってたな?」
「ああ。特訓、なのか?ご実家の旅館でのんびり過ごしたいと言っていたよ。何なら二人も行ってみるといい。ほら、フレンドメッセに聞いた旅館の住所送っておいたぞ」
「ふん、いらん」
ザコタはぶっきらぼうに言い捨てた。
「…何か困ったことがあれば、いつでも来るといい。《瞬間転移》は使えるな?」
風待がザコタに優しく声を掛ける。
「進む道は同じなんだ。その必要があればまたいずれ会うこともあるだろう。俺たちが強くなって、必ずサニーを倒してやる!俺のためにも、世話になった爺のためにも…!」
ザコタは振り返らずに、しかし力強くそう答えた。
「ああ、期待している」
風待は笑顔でそう言い、そよも笑顔で手を振る。
「またね!風待さん!」
そんなそよの笑顔に、風待は軽く右手を上げて応えた。そして、二人の姿が見えなくなった頃を見計らって、また自らの城へと向かい歩き出した。
「お〜、いてて!」
『超次元電神ダイタニア』
第二十三話「居場所のつくりかた」
「以上が、儂が知る、息子の進一と、もう一人の進一に関する全てじゃ。何か参考になったかの?」
迫田源信さんはあたしたち六人にそう言って話しを締め括った。
風待さんの本名、生い立ち、大学時代にあった出来事などなど、おじ様は風待さんに関する色々な話をあたしたちにしてくれた。
その話を聴いた今なら、どうして風待さんがあたしたちにその話を聴かせようとしたのか理解出来た。
大学生時代に開発した仮想空間精製制御AI、つまり今のSANYの原型から始まり、全ては現代の『ダイタニア』へと収束されるまでの遥かな道のり。
そしてその先にあるであろう未来を、風待さんはあたしたちに示し、知って欲しかったのではないか。
「貴重なお話しありがとう御座います、おじ様」
あたしが六人を代表するように礼を述べ、頭を下げる。
「うむ。儂らには進一が何を考えてるのか分からん。が、今のあいつは未来を見とる。あの時とは違う。君たち、儂の馬鹿息子と子供の進一と、これからも仲良くしてやって欲しい」
おじ様は力強くそう言うと、あたしたちに向かって大きく頷いた。
「はい!」と全員で答えると、六人は更に深く礼をした。
風待さんと同じ名前のザコタ君に関してはおじ様も余り詳しい話は聞かされていないらしく、風待さんからは“地球の危機に対抗するための希望だ”とだけ言い渡され、暫くこのお寺で面倒を見ていたらしい。
「さあ、後はあたしたちがどれだけ強くなれて、あのシルフィやサニーを止められる力をつけられるか、だね!」
あたしは五人の顔を見回しながら、力強くそう言い放つ。
「はい!」「うん!」「そうだね」「おお!」
と、みんなも元気よく返事をしてくれた。
さあ、特訓だ!あたしたちみんなで強くなろう!今度こそ絶対に負けないように!
「おじ様、おば様。突然立ち寄らせて頂いた私たちに、親切にして下さりありがとう御座いました」
あたしは再度、お二人に深く礼をする。
あたしたちはご住職ご夫婦に見送られ、風幸寺を後にした。
「うちは息子ばかりだったから、やっぱり女の子って良いわね。そよちゃん、元気にしてるかしら…」
源信の奥方、進一の母親が去り行くまひるたちの背中を見ながら呟いた。
「ああ。良い子ばかりじゃったの…誰か一人くらい、進一のところに嫁に来てくれんかのう…」
「んまあっ!」
「《瞬間転移》!」
あたしたちはその後、ルナさんとも別れて久し振りのアパートへと瞬間転移で戻って来た。
「うっひゃあ〜…これ便利過ぎるぅ〜。会社もこれで行きたい〜」
あたしは久々に自分の部屋を見渡しながら安堵し、思わずそう呟いた。
「あ、まひるお姉ちゃんがダメダメモードだ」
ウィンドに手厳しい指摘を受けながらもあたしはソファでゴロゴロと寝転ぶ。
「ずっと気が張りっぱなしでしたからね。少しくらい大目に見てあげても良いでしょう」
アースに真面目に分析されて言われると、流石に恥ずかしくなり、あたしはソファから起き上がった。
「んー……ねえみんな!今夜のお夕飯何食べたい?食べたいもの作ってあげる!」
少し気持ちを切り替えようと、あたしは皆の方を振り向いてそう訊いた。
「はいっ!はいはいはーい!!オムライス食べたい!!!」
「まひる殿が作るオムライスはとても美味しかったです……自分も、また食べたいです」
ウィンドとアースが瞳をキラキラさせて真っ先に手を上げてそう答えた。
「うん、俺も賛成!久し振りにみんなで作ろうぜ!」
「まひるのオムライス……楽しみです」
ファイアとマリンも手を挙げて賛同してくれた。
「ええッ!?そんな簡単なのでいいの?」
あたしは皆の答えが予想外だったので、驚きながら訊き返した。
「はい!まひる殿のオムライス、すっごく美味しかったですから!」
アースはニコニコと微笑みながら答える。
最近のアースは食に目覚めたのか、割りと何でもよく食べるようになった。
最初の頃は「自分たちは経口摂取は必要ない」とか言ってたくせに、ね。
あたしはその変化を素直に嬉しく思う。
「よし!今夜はとびっきり美味しいオムライス!みんなで作ろっか!」
あたしはガッツポーズをして見せてみんなと笑顔を共にした。
夕飯の準備までの時間、あたしは風待さんに『ダイタニア』内のボイスチャットを通して通話を試みた。
『やあ。言った通りボイチャで掛けてくれたね。携帯だとGPSを探知されかねないからな』
直ぐに通話は繋がり、あの自信に溢れた風待さんの声が聞こえてきた。
「風待さんッ!?ぶ、無事だったんですね!良かったぁ〜…」
あのシルフィだけでなく、四体もの電神をその身一つで引き受けてくれた風待さんをあたしたち皆心配していた。
『ああ。久し振りにいい運動になったよ。君たちも無事、俺の親父と話は出来たかな?』
風待さんはどこまでもお見通しとでも言うように、常に一つ先のことを交えて話してくる。
「ええ。おかげさまで……それで、風待さん、あ、迫田さん、と呼んだ方がいいの、でしょうか?」
『はは。好きに読んでくれて構わないが、今はザコタもいるし、今まで通り風待で頼むよ』
「あ、では、風待さん。それでシルフィたちは?」
あたしは気になることが多過ぎて、取り敢えず一つ一つ訊いていくことにした。
『撃退したよ。いや、逃げられたと言った方がいいかな?』
風待さんはさも当たり前のように言う。
「へっ!?……よ、四体同時にですか!?」
あたしはあまりの驚きに訊き返してしまう。
『ああ。気分がノッてたんで少し派手に暴れ過ぎてしまったよ。手の内を見せ過ぎたかもなぁ』
風待さんはその事はあまり気にしてない様子でさらりと答えた。
「そ、それはそうでしょうけど……」
あたしはあまりにも規格外過ぎる風待さんの戦力と実力に唖然としてしまう。
『いや、すまない。俺たちの目的は彼女らの破壊ではなく、飽くまでSANYの居場所を突き止めることだ。逃走していく途中で彼女の電神に仕掛けたGPSの信号が完全に跡絶えた。GPSに気付かれ破壊されたか。もしくは…』
「もしくは…?」
『こことは違う次元に転移されたか…』
「!」あたしは風待さんの言葉を聞いて、思わず息を飲んだ。
『これじゃあ追い掛けることも出来ないな。俺は引き続き独自に動き、調査を進めよう。君たちも君たちが出来ることをして欲しい』
風待さんはあたしたちの目標を再提示した。
それから、風待さんはザコタ君とそよちゃんという精霊の女の子のことを詳しく教えてくれた。風待さんから時間をもらい、あたしたちは一通り今訊いておきたいことを訊き終える。
「お話しありがとう御座いした。では、今後ともよろしくお願いします!」
『ああ。また追って連絡するよ』風待さんの声はそこで途切れた。
通話時間を見ると、十分くらいしか経っていなかった。
「……ふう」
あたしは大きく息を吐いてソファの背もたれにもたれ掛かった。
「まひる殿、大丈夫ですか?」
アースが心配そうな表情で話し掛けてくる。
「うん、大丈夫だよ」
あたしは笑顔で答えた。
「みんな、聞こえてたかも知れないけど、風待さん無事だって。一人でシルフィたち四人を追っ払っちゃったって。すごいよね~…」
「すごすぎ!」
「あんな奴らを四人も同時に相手して、しかも撃退しちまうなんて…風待、一体どんな戦い方するんだ?」
「……想像が付かないね。だけど、やっぱりあの人は只者ではなかった……」
「風待殿にも驚かされましたが、まさかザコタも自分たちに近しい存在だったとは……」
こうしてあたしたちは改めて自分たちの敵の強大さに戦慄したが、風待さんの強さに安心もし、夕食の準備に取り掛かった。
みんなで作ったオムライスはとっても美味しく出来た。
全員、オムライスを完食し、風待さんの無事も確認出来たことですっかり安心しきったあたしたちは明日に備えて早く眠ることにした。
翌朝、あたしは休日の日課になっている朝のジョギングに出掛けた。
この所何かとバタバタしていたので久し振りの運動だ。
「まひる殿、朝焼けの澄んだ空気が気持ちいいですね」
あたしと同じく早起きのアースが今日は隣を走ってくれている。
「そうだね。空気も美味しい気がするよね」
あたしたちはしばらく無言で走り、やがて公園のベンチに腰を下ろした。
「ふう、気持ちいい……」
あたしは一息ついて空を見上げる。まだ朝早い時間なので人通りは少なく、時折犬を散歩させる人とすれ違うくらいだ。
「はい、まひる殿」
アースがあたしにボトルを手渡してくれた。
「ありがと、アース」
あたしはボトルの蓋を開けて、中の水を飲み、一息つく。
「ふうっ!はい!アースも!」
あたしはアースに笑顔を向けてボトルを差し出した。
「ありがとうございます」
アースも微笑みながらお礼を言ってボトルに口を付ける。
「あのさ、アース」
「なんですか?まひる殿」
あたしは段々と高くなる陽の光を見つめながら呟くように口を開く。
「ずっと、一緒にいようね…」
あたしの願いを込めたその声は、悲痛な祈りのように聴こえはしなかっただろうか。
「もちろんです、まひる殿」
アースは迷うことなく優しい笑顔で即答してくれた。
「……ずっと、一緒にいましょうね、まひる殿……たとえ、どのような形であれ……」
アースはそう言うとあたしの手を握ってきた。
「うん……ありがとう、アース」
あたしはその手を握り返す。
あたしたちの願いは叶うのだろうか。
それとも叶わないのだろうか。
……いや、叶えるんだ。みんなで力を合わせて、絶対……!あたしとアースはそう固く誓ったのだった。
それからあたしたちは来た道を戻り、軽くシャワーを浴びて、まだ寝ている三人娘を横目に、朝食の支度に取り掛かる。
今日はみんなで実家に行く日。
ルナさんとも待ち合わせて合流して行くことになっている。飛鳥ちゃんからも連絡があり、現地で合流することになった。
もちろん実家に帰るのは楽しみ。お父さんが獲ってきた魚を、お母さんが料理して、お兄ちゃんがバカやってて。
家に居た時は当たり前だと思っていた風景は、社会に出ると途端に愛おしく感じられるようになった。
今のあたしたちはシルフィたちを退け、サニーの居場所を突き止めることだけでなく、風待さんからあの後事情を聴いたザコタ君、そしてアースたちの居場所を確保することも目標の一つになっていた。
だからみんなで頑張ってなんとかしよう!そう意気込んで朝食作りを始めたあたしとアースだった。
「よし、こんなもんかな!」
あたしは冷蔵庫の中身を整理しながら五人分のオムレツを焼き上げ、ミックスサラダをテーブルへと運んだ。三人娘はまだ起きてこないようだ。まあ無理もない。昨日まで色々なことがあって、疲れているのだろう。やっぱり精霊も疲れたり寝たりするのね。アースはヒトの体になってからそうなったって言ってたけど。
そんなことを考えているうちに、三人娘も次々に起きてきた。
「おはよう、まひる。寝過ぎてしまいました」
「マリン、おはよう。よく休めた?」
マリンは既に洗顔を済ませていたようで、さっぱりした表情で姿勢よく食卓に着く。
「おはよー」
「おはよ〜…」
続いてウィンドと、朝に弱いファイアがやってきた。二人とも眠そうな目をこすっている。
「さあさ、二人とも顔洗ってきて!朝ご飯だよ!」
「「はぁ~い」」
あたしがそう言うと、二人の返事が重なった。可愛い。
「頂きます!」
今日の「いただきます」の音頭をアースが取り、両手を胸の前で合わせる。
あたしたちもそれに倣い「いただきます」をする。
「美味しい…!」
マリンが早速オムレツを口に運び、満面の笑みを浮かべる。
「うまあ…」
ファイアは幸せそうな表情でお米を頰張る。
「今日も美味しいよ!」
とウィンドもご満悦の様子だ。
それからみんなで楽しく談笑しながら朝食を食べ進めていった。
「ザコタ君、実は可愛い彼女が出来たみたいよ?」
「ええっ!そうなの?聞かせて聞かせて!」
ウィンドは身を乗り出して、あたしの話に耳を傾ける。
「あたしも詳しくは知らないんだ。今度会ったら紹介してもらおうよ?」
「うん!どんな子かなあ?」
「恋愛か……僕にはまだまだ勉強する必要が残されてる項目だね」
「恋って、漫画見ててあのドキドキする小っ恥ずかしい感覚のことだろ!?俺には到底理解出来そうにないなあ…」
「そう言えば!自分もたまに胸が苦しくなることが…」
「う、う〜ん…また今度カップのサイズ測り直してみようか?」
「ウィンド苦しくないよ?」
「ウィンド?僕たちはまだまだこれから育つさ…」
「えーと、この前出た新刊の話だったよな?」
女五人寄れば、会話もキャッチボールではなく、ドッヂボールにもなるわけで…
何気ないありふれた日常は、この上ない奇跡の上に成り立っている。
風待さんの話を聴いた後だからか、あたしはそんなことを想いながら今のこの幸せと温かい食事を、慈しむように噛みしめるのだった。
【次回予告】
[まひる]
風待さんとザコタ君に
そんな秘密があったなんて…
あたしたちはあたしたちで
今できることをしよう!それは……
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第二十四話「サマーバケーション」
ほのぼの夏休み編突入だよッ!
――――achievement[みんなでオムライス]
※まひるが四精霊と一緒にオムライスを作る。
[Data10:進一と陽子【二】]がUnlockされました。




