第二十話「会心の風待」
風待さんによって転移させられたあたしたちは千葉県のとあるお寺の境内にいた。
「…風幸寺……」
マリンが読み上げたお寺の名前をあたしは反芻してみたが、その名前に聞き覚えはなかった。
あたしはスマホを取り出して現在地を調べる。
「あ、割りと近い!あたしのアパートまで三駅だよ!」
あたしは嬉々として皆に振り向き言った。
「取り敢えず、ここの最寄り駅まで行って、一旦解散にする?風待さんの安否はもう暫くしてから確認した方がいいわよね?」
ルナさんがそう提案してきた。
「そうだなー。まだシルフィたちが近くにいるだろうし、今はまだ居場所を知られたくないしな…」
ファイアが隣のアースに視線を向け言う。
それを受け、アースが
「風待殿のことは気になるが、今直ぐには連絡は出来ないな…ウィンド、マリン、他に意見は?」
他の二人にも意見を求める。
「それも勿論あるけど、まずはさ…よっと!」
ウィンドが洋服を量子変換させたのかその姿が正装へと変身した。
「うん!元の力が使えるように戻ったよ!転移魔法で正解だったみたいだね」
ウィンドがそう言いながら、また元の洋服姿へと姿を戻す。
「あ、そうだったわね。色々急に起こって力が使えなくなってたの忘れてたよ」
あたしはそう言うと、ふと思い立った。
「あれ?あたしも元々ゲームでは《瞬間転移》使えるけど、この《地球》でも使えるってことかな?」
「ゲームのスキルが現実で使えるようになってる今なら使えるんじゃない?《瞬間転移》って一般的な簡易移動手段でしょ?私も使えるわ」
ルナさんがあたしの言葉を受けて続ける。
「じゃあ今後の集合とかには楽に対処出来そう。電車乗らずに帰れるの助かる〜」
と、緊張感のない声を漏らすあたし。
ふとマリンを見ると本堂がある方をじっと見ていた。それに気になりあたしは声を掛ける。
「マリン?どうかした?」
あたしの声にマリンが振り返り
「いや、これが偶然か必然か少し考えていたんだ」
と、まだ思案してる様な面持ちで返してきた。
「ん?」
あたしは何のことか分からず再度訊き返した。マリンが続けてくれる。
「風待氏はこう言っていたね。“俺の実家は寺”だと…」
マリンのその言葉にみんながハッとする。
「《瞬間転移》は一度行ったことがある場所に瞬時に行けるスキル。なら、僕たちがここに飛ばされて来たことは必然。よって、この寺は…」
一同が本堂の方に振り向いた。
「かなりの確率で、風待氏の実家、ということになるんじゃないかな?」
『超次元電神ダイタニア』
第二十話「会心の風待」
――その頃、新宿
BREEZEのあるビルの宙空に召喚紋が描かれる。その召喚紋から電神の脚部が徐々に姿を現していく。
「お!とうとうお出ましか!アウマフ!」
蛇のような電神『渾碧のグリーディア』からディーネが嬉々として言う。
しかし、その召喚紋から現れたのはアウマフではなく、右腕が異様に巨大な電神だった。
「やあやあ、皆さんお揃いで。一つ俺と手合わせ願おう」
その《右腕の電神》から緊張感のない風待の声がした。
召喚紋から全ての姿を現したその電神はアスファルトの地面へと降り立った。
それは巨大な右腕を除けば鎧武者の様な姿形をしていた。
「…アウマフじゃない……」
紅い狼のような電神『千紫のヴォルシオン』に乗ったサラが静かに呟く。
「ご期待に添えなかったなら済まんな。だが、戦闘においてなら誰にも遅れを取らんと思うぜ?」
尚も余裕の口上を見せる風待。
「アウマフは?相川まひるはどこなのッ!?」
金色の双頭の竜を模った電神『璞玉のミングニング』駆るノーミーが少し語気を荒げて言い放つ。
「質問すれば何でも答えが返ってくると思うなよ?こっちだって訊きたいことは山程あるんだ。お互いフェアに行こうぜ?」
それまで黙ってその様子を見ていたシルフィも流石にイラっときたのか
「…茶番は結構です。貴方を倒してからまひるさんと会うことにしましょう」
(釣れたか?怒れ怒れ。冷静さを欠けば単調な攻撃になり動きを読みやすくなるからな)
相手のその言葉を聴いた風待はしてやったりといった顔になり、続けて言った。
「…一日中仕事場に引きこもってディスプレイの前から離れない人種の力、なめてくれるなよ!?」
そう言って巨大な右腕を前にかざし、人差し指で手招きする。
「ほら。相手をしてやると言っているんだ。どいつからだ?何なら全員まとめて掛かって来てもいいぞ?」
四機の電神を前に風待は尚も挑発をする。
「この俺と、このダイテンマオーが直々に揉んでやる。一人倒す毎に一つ質問に答えてもらうってのはどうだ?」
「貴方の物言いに従う謂れはありません……!」
と、シルフィがアルコルの態勢を低くし、肩部のスラスターに火を灯し構えた。
その刹那!
「あっはッ!!」
アルコルの後ろから長い影が一直線に風待のダイテンマオー目掛けて伸びた。
ディーネ駆る電神グリーディアだ!
自分目掛けて突っ込んできたグリーディアを風待は右の手の平でいなす。
「むッ!?」
軽く払っただけのダイテンマオーの手の平の表面はグリーディアの鋭利な装甲によってズタズタに切り裂かれていた。
グリーディアはダイテンマオーから少し離れたところでとぐろを巻いて見据えている。
「あんた、面白いねッ!壊し甲斐があるよ!」
ディーネが嬉しそうな声で言う。
「…全身が凶器。防御してもダメージが通る、か…」
風待は冷静に現状を分析して尚余裕の表情は崩していなかった。
その時、ダイテンマオー目掛けて二発の火球が飛んできた。風待のダイテンマオーはそれを半身になるだけで躱す。
「ディーネ!勝手に先行して!少しは連携ってものを考えたらッ!?」
ノーミーのミングニングが双頭をもたげてグリーディアの下まで来ていた。
「あハッ!向こうさんが歓迎してくれてるのに、乗らないわけには行かないよねぇ?」
ディーネがノーミーの小言に聞く耳を持たないという様に楽しげに答える。
「さっきのあなたの突進を防いだのよ?普通ならそのまま串刺しになっててもおかしくないのに…」
ノーミーが呆れたようにディーネに言う。
「そうだね。考えを改めないといけないかな…コイツは……」
ディーネのグリーディアが更に頭部を低く構える。
「そうよ。この男は……」
ノーミーも改めてダイテンマオーに向き直り双頭を体に寄せ構える。
「「強いッ!!」」
ノーミーとディーネの声が重なる!
次の瞬間、グリーディアとミングニングの首三つが一斉にダイテンマオー向け噛みつこうと迫る!
が、ダイテンマオーは左腕の刀でその攻撃を弾き返す。
そしてダイテンマオーの右手がミングニングの腹部に添えられると、その手の平から光が溢れ出す。
集束された光から撃ち出された光線がミングニングの巨体を後方へと吹き飛ばした。
尚もトリッキーな軌道で迫るグリーディアを再度左の刀で斬り払い、首の付け根を右手で鷲掴みにして地面に叩きつける。
ダイテンマオーの足元にグリーディアの頭が横たわると、ダイテンマオーはそれを勢いよく蹴り飛ばした。
後方にいたサラのヴォルシオンの口から巨大な火柱が照射される。
「《魔法障壁》」
ダイテンマオーに貼られた《障壁》がその攻撃を全て弾く。
その炎の切れ目からアルコルのモーニングスターの鉄球が伸び、ダイテンマオーの頭部を襲う。
が、それも首を少し右に傾けただけで躱してしまう。
そしてアルコルの下へ戻ろうとした鉄球の鎖をその右手で掴んだ。
風待はダイテンマオーの背中と肩、腰のスラスターを吹かし、猛スピードでヴォルシオン向かって突進し、そのままの勢いで巨大なパンチを食らわせヴォルシオンをふっ飛ばした。
その右手の反動でアルコルのモーニングスターの鎖が張り、機体を浮かせられバランスを崩す。
そこに先程吹き飛ばされたヴォルシオンが突っ込んできてアルコルと激しく衝突する。
風待のダイテンマオーの周りには一瞬にして四体の電神が地に横たわっていた。
ダイテンマオーは右手で掴んでいた鎖を地面に投げ捨てる。
「久し振りにプレイしたが、割りかし体が覚えてるもんだな。レベルも既に100か…もう少しレベルキャップ上げといても良かったな」
風待はそう呟きながら追撃はせず、現状把握に努めている。
「ぐっ!何なのよこいつ!?」
ノーミーがミングニングの体を起こしつつ言う。
「強すぎる…こんなプレイヤーがいるなんて聞いてないわ…」
離れたところでもサラとシルフィがその機体を立て直す。
「無事か、シルフィ?」
「ええ。問題ありません…」
シルフィのその声は少し怒気を孕んでいた。
「あっハハ!強いんだねアンタ!面白いよッ!!」
ディーネのグリーディアが上空高く跳ねたと思いきや、そのまま地面へと潜りその姿が見えなくなった。
ダイテンマオー目掛けて地中から異様な音が高速で近付いてくる。
「《光鎖拘束》」
風待は地面目掛けてスキルを放ち、光の鎖がダイテンマオーの真後ろの地面へと幾重にも突き刺さった。
その鎖を上空へと勢いよく引っ張り上げる。
鎖の先には体中に鎖が巻き付き、動きを封じられたグリーディアが拘束されていた。
「あハッ!またダメか!あははハ!」
ディーネは自らの攻撃が外れてもその顔から歪んだ笑顔が消えることなく笑っている。
「君は落ち着きがないな。少しそこでおとなしくしていてくれ」
風待は《拘束》を掛けたまま、更に《拘束》を重ね掛け、近くのビルにグリーディアを括り付けた。
そしてシルフィのアルコルに向き直り落ち着いた声で言う。
「さて、素直に教えてくれるとも思えないが、俺の力量は解ってくれたはずだ。彼女の電神を狙うのは何故だ?」
『……』
しかしシルフィは沈黙したまま何も答えない。
「……そりゃそうだな。じゃあ仕方ない。力尽くで聞き出そうか」
風待は言うと同時に《加速》で一瞬にして距離を詰める。
だが、アルコルの目の前にサラのヴォルシオンが瞬時に立ち塞がった。
「君が答えてくれるのかい?」
「…知れたことッ」
「そうかいッ!」
ダイテンマオーは右手で地面を殴り、その突進の軌道を変えた。
ダイテンマオーはヴォルシオンの頭上を飛び越え背後を取る。
そしてその手の平から光線を発射させヴォルシオンを撃ち抜いた。
ダイテンマオーの固有攻撃スキル《閃光掌破》である。
「《最終攻撃》!来いッ!《圧切斬月刀》!!」
ダイテンマオーは右手を天に掲げると雲間から巨大な刀が現れた。
ダイテンマオーはそれを唯一扱えるであろう右手で掴み横一文字に振るいヴォルシオンを一刀両断した。
「サラっ!!よくもッ!!」
ダイテンマオーの横からノーミーのミングニングの双頭が迫る。
ヴォルシオンを両断した切っ先を戻さず、風待はそのままの流れでダイテンマオーの体を一回転させる。
超重量から生み出された凄まじい慣性の返す刀でミングニングの双頭を斬り落とした。
「…残るはあんただけだぜ?」
風待は速度を全く落とすことなくアルコルに向かう。
「……まだ!」
アルコルは両手を広げて前に突き出し魔法陣を展開する。
「《光弾流星群》」
すると無数の小さな光弾が宙空に現れる。
その光弾達は機体を取り囲むように散らばり、一斉にダイテンマオー目掛けて着弾していく。
瞬時にして爆炎と土煙がダイテンマオーの姿を掻き消す。
その中心に視線を向けたまま緊張を解かないシルフィ。
そしてシルフィの顔が驚いたようにその目を大きく見開いた。
「はっはっは。これでも開発者でね。スキルの使い方にはまあまあ精通しているつもりだ」
風待の余裕ある声と共に、爆煙の中から無傷のダイテンマオーが現れる。
「なん…と……!?」
まひるの電神さえ奪取出来ればと考えていたシルフィたちにとって、風待の存在は全く持ってイレギュラーだった。
シルフィは考える。
この想定外の事態を切り抜け、かつ目的を成就させる方法を。
(まさか、これほどの実力者がまだ残っていたとは……一体どうやって彼の電神を無力化すればいい…?)
「さて、どうしたものかな? 少しは話してくれる気になったか?」
「…………」
「そうか。では仕方ない。聞こえが悪いが、こちらも少々強引な手段を取らせてもらうとしよう」
そう言って、風待が右手の刀をアルコルへ向けた時だった。
アルコルのコクピットハッチが開き、中からシルフィがその姿を現した。
その目はしっかりとダイテンマオーを見据えている。
「ふっ。殊勝だな」
風待が大人しく出てきたシルフィを見て小さく溢した。
シルフィはダイテンマオーを一通り見渡した後で口を開く。
「私は《電脳守護騎士》が一人、シルフィ。地球の強者に問います。顔を見せず名乗るのがこの星の習わしでしょうか?」
シルフィは透き通る無機質な声ではっきりと風待に向かい言った。
「ふふっ。中々度胸のある…面白い。いいだろう」
シルフィの言葉に風待も乗り、ダイテンマオーのハッチを開け、その身をシルフィに晒した。
「俺は風待!《地球人》の一人にして『ダイタニア』の《開発者》だ。言ってみれば君たちの生みの親であるSANYの生みの親だ」
風待は高らかに名乗りを上げながら自己紹介をする。
それを見たシルフィは目を丸くし驚いていた。
(『ダイタニア』の、開発者…!?…私たちの、創造主……そんなことが…)
流石に驚いている様子のシルフィに風待がサングラスを外して問う。
シルフィからでは逆光になっていて彼の顔ははっきりと見えなかった。
「俺の質問に答えてくれれば危害は加えない。相川さん、彼女の電神を狙う理由から教えてくれ」
するとシルフィはキッと表情を引き締めて言った。
「それは出来ません。あなた方《地球人》に話すことは何もありません……それに、今更何を聞いても遅いですよ? 既に私たちの計画は最終段階まで進んでいます。もう誰にも止められはしない…」
そう言って不敵に笑うシルフィ。
「そうかい。その計画ってのは地球をダイタニアにしちまおうって事か?」
風待が聞くとシルフィはゆっくりと首を縦に振った。
「…大まかにはそうです」
彼女なりに最大限の譲歩だったのであろう。シルフィは渋々ながらそれだけ答えた。
「なるほど…計画は最終段階…彼女の電神が必要…つまりこうか?地球をダイタニア化するには彼女の電神が鍵になってるってことだな?」
風待が整理しながら言う。
「……………」
「まただんまりか…いいだろう。質問を変えよう。SANYはどこにいる?」
風待が訊いた。だがやはり彼女は何も話さない。
「…………」
「…………」
しばしの間、沈黙が流れた。
そして彼女が口を開く。
「…さぁ?どこでしょうね? 私は知りません……」
彼女の口調は先程までの無機質な口調とは打って変わって情緒を感じさせた。
まるで別人のような雰囲気だ。
「……お前、誰だよ?」
違和感を感じた風待が彼女に問いかけるが、彼女はその問いに答えることはなかった。
ただ、シルフィが何かを言おうとしたその時、影を作っていた頭上の雲が晴れ、その雲間から光が差し込んだ。
風待の顔にあった影も取り除かれ、その素顔が顕になる。
それを見たシルフィは動じず先程と同じ様に風待を真っ直ぐ見据えている。
だが暫くして、そこに異変が生じた。
「……………あ」
風待を見つめていたシルフィが小さく声を溢して、その目を見開く。
「あ……あ…………!」
シルフィは風待を見つめながらその首を左右に振って後退りする。
その異変に気付いた風待がシルフィに声を掛ける。
「ん?おい、どうした?」
するとシルフィの表情が次第に青ざめていき、やがて口元を押さえてその場にしゃがみ込んでしまう。
「うっ……」
その様子を見ていた風待が慌てて声を掛ける。
「おいっ!大丈夫か!?」
「……うん」
シルフィは顔色こそ悪いもののなんとか返事をする。
そしてゆっくりと立ち上がり、再び風待と向き合う。
向き合ったそのシルフィの顔には、先程まではなかった柔らかい笑顔が浮かんでいた。そして風待を見つめながら
「大丈夫だよ。進一くん」
と優しい声で言ったのだった。
【次回予告】
[まひる]
風待さんのお陰で何とかその場は脱したあたしたち。
何だか最近逃げてばかりのような…
ゆっくり落ち着いて夏休みを過ごしたいッ!
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第二十一話「交差する情念」
あ、笑ったシルフィ、かわいい……
――――achievement[一騎当千]
※風待が単騎で電脳守護騎士を退ける。
[Data06:設定資料集②]がUnlockされました。
――――achievement[ルーツの旅]
※まひるが風幸寺を訪れる。
[Data07:進一とそよ④]がUnlockされました。




