第十七話「サニーの真実」
「あの、あなたが風待さんですか?」
あたしは少し警戒し、目の前の男性に恐る恐る訊いた。男性は振り返り
「ああそうだ。俺は風待進次郎。この事件の被害者の一人だ」と応えた。
『超次元電神ダイタニア』
第十七話「サニーの真実」
この人が、風待進次郎……
名前は聞いたことがあったが、メディアに素顔は公開していなく、写真なども出回っていない為どんな顔をしているのか知らなかったが、そうか、この人が…
年齢はまだ三十歳そこそこだろうか。サングラスをしているので目は見えないが、頬も若干痩けていて、細身で中背。パッと見では冴えない印象を受けるが、よく見ると顔立ちはかなり整っていてイケメンと言えそうな部類に入るかもしれない。
彼は『ダイタニア』の開発者の一人であり、そしてこのゲームの開発責任者であるらしい。現状の世界改変について何か知っているはず!
「あの!あたしは相川まひるです!プレイヤーで、サニーです!」
あたしの口から咄嗟に出てきた言葉は端的だったが、風待さんはそれを汲み取り
「ほう…君がサニーか。ならば尚更玄関口で話してていい相手ではないな。まずは上がって。何、今日、というか暫くここには俺しか居なくてね。気兼ねは要らない」
そう言って風待さんは踵を返し奥へと歩き始めた。
「え?あ、はい」
戸惑いながらも後を追うようにあたしたちも玄関を上がる。
部屋に入ると、ソファーに座るよう促され腰掛ける。ここは客間だろうか?
風待さんは向かい合う形で椅子に座り
「さてと。まずは自己紹介からだな。俺は風待進次郎。『ダイタニア』の根底を造ったのが俺だ。君たちの中でプレイヤーはさっきの子の他には?」
と訊いて来た。
それを訊いてルナさんが小さく手を挙げ答える。
「私。手代木流那」
それを聞いて風待さんは
「ああ、君が『ルナ』ね?他には『アスクル』って人はいるかい?」
と訊いてきた。
あたしたちは殊の外、話しがサクサク進むことに少なからず違和感を覚えながら答える。
「アスクルさんとはさっきまで一緒にいたんですが、丁度別れたところです。ダイタニアではあたしとよく一緒にパーティーを組んで遊んでました」
と、あたしが言うと彼は少し驚いた顔をした。
「へえ。アスクルとも知り合いだったのか。話しが早くて助かる。えーと、サニーとルナ以外の四人は『ダイタニア』から来たNPCかな?」
と彼が問う。あたしがそれに答えようとするとアースが横から口を挟む。
「少し違います。自分たちはダイタニアに在って、この地球でまひる殿に仕える精霊が人の姿に顕現した者です」
するとアースの言葉に他の精霊たちも同意するように頷く。
「あぁ、そうなのか……大体だが君たちのことは分かったと思う。ここまでの話しから、君たちには単刀直入に話しても理解して貰えると思い、俺は今から本題に入るが構わないだろうか? 長々と説明せずに済むならその方がお互いに時間の節約になるし、無駄に気を遣わなくていいだろう。ただでさえ俺と君たちは初対面なんだ。お互いの距離感も掴みにくい筈だ。だからまず最初に言っておく。これは命令ではなくお願いだと」
アースたち精霊一同を見回しながら言うと、精霊たちから了承の意が返ってきた。
「はい。それで構いません。風待殿のお心遣いに感謝致します」
アースが代表して答えると他の精霊たちも同様に頭を下げる。
「ありがとう。では早速だが、これから俺の話す内容はとても突飛なものだ。それを踏まえて聞いて欲しい」
全員が顔を上げて風待さんを見る。
それを確認して、彼は語り始めた。
「『ダイタニア』は『バーチャルエクスペリエンス』というプレイモードに対応しているのは知っているだろう。あれは単にプレイヤーの網膜に直接ゲームの映像を投影しているだけの装置じゃあないんだ」
そう言って、風待さんは自分のサングラスを指でトントン叩く。
「この目から脳に様々な情報を送ると同時に、脳から得た情報を眼球を通して網膜に伝えている。だから俺たちは現実と寸分違わない映像を見ていられるし、『ダイタニア』で実際に体を動かせているわけだ。これが『ダイタニア』のVR技術の根幹なんだ。しかし……」
そこで言葉を区切り、風待さんはあたしたちを見回してから続ける。
「それらの管理をAIに任せ過ぎた…それが今回の事件の真相だよ」
風待さんは続ける。
「これからそれを詳しく説明していく。ここまでは大丈夫だな?」
あたしたちは同時にこくりと首肯く。
「よし。プレイヤーの脳波から読み取った思考や記憶をビジョン化させるシステムAIを使ってダイタニアは造られていた。謂わばそのプレイヤーにとって望む世界に変貌する自動生成型RPG、それがダイタニアだ。だから俺たちはそのAIが完成した後は特にゲームに手は加えていない。プレイヤーの望むゲームに勝手に造られて行くのを見守るだけだった」
そうか……ダイタニアはそういうゲームだったんだ。道理で多彩なクエスト情報を耳にするわけだ。
「しかし、ある日を境にダイタニアの世界が現実になりだした。それが二週間前。そしてプレイヤーは現実世界でありながら、ダイタニアの住民として暮らす事になった。これが今のこの世界だ。君たちももう薄々勘付いているだろう? ここは今までの地球ではないと。いや、正確に言うならここは地球ではあっても、ダイタニアの世界設定を引きずってできた新しい世界。ダイタニアの世界を創造していたシステムは、今や暴走してしまっている」
ゲームの中の世界をゲームの様に創るシステムAI。それこそがダイタニア。そのダイタニアを創り上げていたシステムが暴走しだした……
「だけど、元々ダイタニアに居た僕たちのような不可視の存在が、今こうして三次元に存在しているのはどうして!?」
マリンが少し興奮気味にそう言った。
「それを説明するにはその暴走したAIについて少し説明しないといけないが、君たち、科学や物理、何ならSFでもいい、そういったものに明るいか?」
風待さんがあたしたちにそんな事を訊いた。
「あたしは、そういうのあんまり詳しくないけど……」
と言いながらマリンの方を見る。
マリンは珍しくはっきりとした表情で彼を見て
「ある程度は。解らなかったら質問させて欲しい」
と言った。
すると彼は嬉しそうな顔をして
「いいだろう。では話そう。俺たちが造ったそのAIは『synaptics amplified neuron yard』と言って、《神経接続で増幅された神経世界》、みたいな意味合いだ。つまり、ダイタニアの事だな。その頭文字を取って《SANY》と呼んでいた」
「サニー!?」
その言葉を聞いたあたしは思わず大きな声を上げてしまった。しまったと思い、顔を赤らめ続きを促す。
「す、すみません…続けて下さい…」
「そう、SANYだ。君たちも聞き覚えがあるだろう。そのSANYがダイタニアを構成していく内に、独自の進化をし、あまつさえ自我まで芽生えてしまった。そしてSANYが取った行動はダイタニアの更なる反映と拡大、つまり、この三次元世界《地球》への進出だ」
風待さんは淡々と話すけれど、その内容はあまりにも突飛過ぎて理解できない。
AIのSANYが進化した?そんなこと有り得るのだろうか?
他のみんなも怪訝そうな面持ちで彼の話しを聴いている。
「君たち、物質の最少単位は何か知っているか?」
「原子とか素粒子……ですか?」
あたしは学生時代の科学だか物理だかの授業で習ったであろう記憶を辿り、答える。
「そうだ。その素粒子の中で電荷していない中性の素粒子を《ニュートリノ》と言うのだが、SANYはそのニュートリノ状にまで細かくしたダイタニアのデータをスマホやPCの回線を通し、この地球に送っていた。SANYが送り続けていた不可視のデータは蓄積し、やがて地球とダイタニアの境界である《次元の壁》をも超えた…」
風待さんは話しながら腕を組むと、眉間にシワを寄せながら顔をしかめた。
「……その次元の壁を超えて、この地球に具現化したのが、僕たち……」
マリンが呟く。
「その通りだ。君たち精霊や、中でも意思の強い大型モンスターなどが順々にこの地球に具現化しだしている。君たち精霊は人の願いによりその存在を大きく左右されるから、君たちの存在を強く意識しているプレイヤーか、またプレイヤーのことを強く意識している精霊でしか今のところ具現化は出来ていないだろうがね」
「…………」
あたしたちは顔を見合わせる。
アースがあたしを見て優しく微笑む。
「…まひる殿と出会えて良かった。自分はまひる殿に想われ、まひる殿を護る為に生まれてきたということを、今の話で改めて実感しました」
アースがそう言ってくれるとすごく嬉しい。あたしも笑顔で返す。
「そこが独自進化したSANYの厄介な能力なんだ。SANYは二次元のダイタニアのデータを、この地球上に三次元化出来る。それを知った俺はここにあったダイタニアのメインサーバーマシンをぶっ壊したんだが、時すでに遅く、SANYは既に実体化し、そのサーバーを抜け出ていた」
「その時の火事が、あの二週間前の?」
マリンが訊く。
「ああ。君は中々察しがいいな。話しが早くて助かる。サーバーマシンは壊れるわ、スタッフには在宅ワークを強いるしかないわで良いことないね」
風待さんはやれやれといった具合に両手を広げながら首を振る。
サーバーマシンを壊したのは自分じゃん!と、あたしは心の中でツッコんだ。
「実体化したSANYは今もこの地球上のどこかにいて、地球のダイタニア化を進めている。一刻も早く見つけ出し排除しないと地球がとんでもないことになる」
「それって!もしかして、今回のイベント……」
あたしはイベントの内容を思い出す。
『冒険者の皆さんには是非ともサニーを見付けていただきたい。この世界を救う救世主となるのは――』
「そう。俺がSANYを見つけ出す為に急遽開催した。飽く迄ゲームのイベントとしてね。その方がプレイ感覚で皆参加してくれるだろ?だがそれも、SANYの力で直ぐにログイン出来なくされてしまったがね」
風待さんが自嘲気味に笑う。
「それで、残ったプレイヤーにサニーを見付けたり、倒したりしたら賞金が出るようにもしてけしかけたんだけど、余り反応なくてさー…プレイヤーの絶対数が少なすぎて…」
「ああ……なるほど。それに釣られて無謀にも僕たちに戦いを挑んできた人もいたっけ」
マリンがわざとらしく言いながらルナさんを見る。
「う、うるさいわね!あの時は悪かったわよ!」
ルナさんは顔を真っ赤にして怒る。
そして、照れ隠しかそっぽを向いてしまった。
可愛い。
あたしは思わずニヤけそうになる口元を手で隠した。
「……僕のほうこそ…」
マリンはルナさんから目を逸らし、誰にも聞こえないくらい小さな声を漏らした。
「君たちは既に、今のSANYが武力行使も出来るくらい力をつけていることは知っているだろう。ゲームの中だけの存在だった《電神》までも持ち出してね」
「はい。さっきもサニーの事を知っている風な精霊の電神使い、シルフィと戦闘になってしまって…」
あたしがそう言うと風待さんは興味を唆られたように
「ほう……向こう側にも精霊が具現化してきているのか……それで?」
話しの続きを促してくる。
「…シルフィはダイタニアの平和の為にあたしが邪魔だと言ってました。あたしはダイタニアの平和を脅かす侵略者だって……」
あたしは少し俯き答える。
「ふーん…向こうには向こうの言い分もあるわけか。でもまあ、盗人猛々しいことをよくも言えるな。何、気にすることはない。その精霊もSANYが自ら創り上げた駒の一つに過ぎない。大した事なかっただろう?」
風待さんは何でもないように言ってのける。
「……いえ、負けました」
あたしがバツが悪そうに答えると彼は驚き
「マジかよ!え?だって君、このゲームのトップランカーの一人だよな!?SANYの駒に負けたって?マジか……」
と目を丸くしていた。
「はい。強かったです」
「そんなに強いのか……残り少ない貴重なプレイヤーなんだぞ?しっかりしてくれよぉ〜…」
彼は頭を抱えて項垂れる。
あたしは気になったことを訊いてみた。
「あの、ダイタニアのプレイヤーってあと何人くらい残ってるんですか?」
ダイタニアのプレイ人口からして、まだ何千、何万人かはいるのだろう。
「……にん」
「へっ?」
「…………四人だ」
「えぇーッ!!?」
「サニー、君だろ?それにルナ、君と、アスクル。と、俺」
風待さんは肩を落とし細々と言う。
「今日まで割りとまだ残ってたんだが、ついさっき突然ログアウトが続出してね…またSANYが何か手を加えたか……?」
風待さんは真剣な顔をし考えている。
「あ、あはは……はぁ……」
それって絶対あたしの仕業だよねッ!?
さっきのアキバでシルフィが仕掛けてきたレイドバトルの性だ!
あたしはため息混じりに笑って誤魔化そうとした。そして
「あ!ザコタ君は!?」
あたしはそこに名前が無かったザコタ君のことを思い出し言う。
「ザコタ?ああ、彼もいたな。じゃあ残り五人だ。何にせよ、この五人でSANYを倒さない限り地球のダイタニア化は止まらない…」
「もし、地球がダイタニア化したらどうなるの?」
ルナさんが重要な質問をサラッと訊いてくれる。
「そのままの意味さ。この地球上でゲームと同じ様にモンスターが跋扈し、人間がスキルや電神を使って争う世界になる。当然、新しい法と秩序が必要になるだろうな」
風待さんもサラッと答える。
「簡潔にまとめると、このままだと近い内に地球はダイタニアになる。地球を元の世界に戻すには何処かで実体化しているサニーを見付け出し、倒す必要がある。そして、それはプレイヤーであるまひるたちにしか出来ない。違いないかな?風待氏」
マリンが真剣な顔で風待さんに問いかけ、風待さんも満足気に
「違いない。その通りだ」
と返す。
「風待氏、一つ伺いたいのだけれど、どうしてダイタニアの制作や管理に独自のAIを組み込んだの?」
マリンが続けて訊く。風待さんは少し考え込むようにしてから
「ああ、やっぱりゲームには独自性が必要だろ?それでAIの開発から進めたってわけさ。それに、管理も任せてゲームの更新も勝手にやってくれるんだ。人件費の削減にもなるし、何より俺が楽出来る」
風待さんはあっけらかんと答えた。
「…AIの完成に、十年もの年月を掛けたと耳にしたけど。ゲーム制作よりAIを造ることの方が重要視されていた?」
マリンは尚も続けて質問する。
「…そうだな。ダイタニアに関して言うなら、AIありきのゲームとして当初から考えられて開発してきたからな。何だかゲーム記事のインタビュー受けてるみたいだな。中々ここまで踏み込んだ内容に答えたことないから貴重だぞ?」
風待さんは少し戯けて答えてくれる。
「…ふふ。貴重な話しをありがとう」
マリンは少し笑って軽く頭を下げた。
「で、だ。君たち、そのSANYの手下っぽい奴に負けて来たんだよな?」
風待さんは単刀直入に訊いてきた。
「は、はい!すみません…」
あたしは何故か謝ってしまう。
風待さんは少し考えるように宙空を見つめて
「俺はダイタニアの開発者だ。SANYだけに好きにはさせん。俺が出来得る限り、君たちを強くしてやる」
と力強く宣言した。
そして、手元にあったタブレット型PCを操作し始める。
「まず、SANYに侵食されていない部分で弄れそうなプログラムを……これだな。現在上限50だったレベルキャップを100まで解放した。えと、サニーか、君は鍛えれば物理的に更に強くなれるだろう」
風待さんはそんな事を相変わらずサラッとやってのけ、言ってくる。
「き、鍛えるんですか!?あたし、そんなに運動神経良くないんですけど…」
「大丈夫。そこは飽く迄ゲームと同じだ。この世界ではダイタニアで培った経験がそのまま反映されるように設定してある。だからダイタニアでの経験が豊富なほど強くなるという訳だ。それに、ダイタニアでのレベルアップの条件は何も戦闘だけではなかっただろう?日々の生活の中でも成長出来る。それが俺たちのダイタニアだったはずだ」
風待さんは嬉しそうな顔で一気に喋る。
「君は君自身を取り巻く日常の人や精霊たちとの絆を深めろ。願いで精霊が具現化出来る世界だ。きっと人の思いや絆ってやつが、自身の強さになる」
風待さんはサングラス越しに真っ直ぐにあたしを見て、少し笑みを浮かべて言った。
「君はまだまだ強くなれるはずだ」
また風待さんは忙しそうにパソコンのキーボードを打ち込み始める。
「ああ、くそ!やっぱり精霊とかNPCの様な不確定要素は弄れんな…AIに任せっきりにしていたのが、まさかこんな所で裏目に出るとは……ならば…!」
あたしたちはせめて邪魔をしないように、黙ってその姿を見守ることにした。
それから数十分が経った頃――
「君!客人に頼んで済まないと思うが、コーヒーと甘い物を用意してくれるか?そこを曲がった所に給湯室があるから好きに出して用意してくれると助かる」
風待さんはこちらを振り返らずに言った。
「わ、分かりました!」
反射的にあたしは返事をして給湯室へと向かう。それにアースが付いてきてくれる。
それを見ていたルナさんが伏し目がちに視線を向けて
「まひるんって、案外尽くす系?」
と独り言ちた。
あたしとアースは人数分の飲み物を用意して、相変わらずスゴい勢いでキーボードを叩いている風待さんの下に持っていった。
彼の前に熱いコーヒーとお菓子を置く。
「あの、ブラックで良かったですか?」
「ありがとう!助かるよ。熱ッ!」
彼がコーヒーに口をつけると熱かったのか、息を吹きかけ冷まし始める。
「あ、熱いので、気を付けて…」
「大丈夫。ありがとう」
変わらず片手でコーヒーを冷まし、もう片手でキーボードを打ち込む。
少し離れて、あたしたちも一息つくことにした。
「風待さん、いただきます」
みんなで風待さんにいただきますをする。
「ああ。好きにしていてくれ。後少しでどうにかなりそうなんだ…」
そんなあたしたちを見ていたルナさんが
「あんたたちって、いい子よね…これもまひるんの躾が良いからなのかしら……いいお母さんになりそうだわ」
と漏らす。
その言葉にみんなも反応したようで
「そうだよ!まひるお姉ちゃんはこう見えてしっかりしてるんだよ?」
「ああ!俺も言葉遣いをしょっちゅう注意されるしな!」
「勿論優しいのもあるのだけど、それ以上に僕たちをちゃんと見てくれているよね」
「料理の腕も素晴らしく、これが人の言う、お袋のあ」
「あー!もうッ!恥ずかしいからやめてー!」
みんながくすぐったいことを言うのであたしは困り顔でその会話を中断させようと割って入る。
「ふふっ。ほんと仲いいわね」
ルナさんは目を細めてコーヒーに口をつける。
そんな微笑ましい光景にあたしも思わず笑みを浮かべてしまう。
「まひるんてさぁ?」
あたしの方をニヤけた顔でルナさんが見て言う。
「ん?何?」
「ああいうのがタイプだったりする?」
「えぇッ!?なにそれぇ〜!!」
あたしは照れながら慌てて否定する。
「ほら、まひるんは年上好きそうだなって思って。亭主関白とかでも大丈夫そう」
「うぅ……そう見えるかなぁ……」
確かに、年上か年下、どっちが好みか聴かれると、頼り甲斐のある年上が好きと答えてしまいそうではあるけど…
「うん。あと、まひるん巨乳だし」
「ちょ!ちょっとぉ!」
またそういうこと言う!
「あははははははっ。ごめんってば〜」
とルナさんが笑いながら謝る。
絶対反省してないでしょこの人……
「もう!あたしで遊ばないでッ!」
あたしはふいっとそっぽを向く。
「うふふ。少しは緊張ほぐれたんじゃない?気付いてないかも知れないけど、まひるん、ここに来てから顔硬かったわよ?」
ルナさんがそんなことを言う。
……確かに、さっきまでよりだいぶリラックス出来てる気がする。
これが大人の余裕なのかなぁ。
あ、ルナさんてあたしより年下だった…
「えへへ。ありがとうございます。お陰でなんか元気出ました」
あたしはそう言って笑う。
そうだよね。急に色んな事を知らされて、気後れしちゃったけど、ここで凹んでても仕方ないもんね。
せっかくだから楽しまなくちゃ損だ。
「ん。まひるんはやっぱ笑顔が似合うわね。この子たちが懐くのも分かる気がする」
ルナさんは優しい瞳であたしを見る。
そんな風に言われたら照れるじゃんか…
あたしは恥ずかしさを紛らわすように、自分で淹れたコーヒーに口をつけた。
暫くして、風待さんが相変わらずキーボードを打ち込みながら話しかけてきた。
「そう言えば君たち、今日は何時までここに居られるんだ?」
あー、たしかにもう外は暗くなり始めている。
「えっと、明日は日曜日だし、あたしたち夏季休暇で東京までオフ会兼遊びに来てたんです。だから今日はカラオケかマンガ喫茶に泊まって、明日遊んでから帰ろうかなって思ってました」
あたしは少し考えつつ答える。
すると、風待さんがキーボードを打つ手を止めた。
そしてあたしたちの方へ向き直る。
「ならここのゲストルームに泊まるといい。週末でこの時間だとカラオケもファミレスもどこも混んでいるだろう? 本音を言うと、もう少し意見交換をしたいしな。どうだ?」
と提案してくる。
まあ、正直言うと、カラオケやマンガ喫茶に泊まるよりは全然いいかも知れないけど……
初対面の人をそこまで信用していいものかあたしは戸惑う。
でも、悪い人には見えないんだよねぇ……変な人ではあるけど。
と、そんなことを考えていると
「いいんじゃない?お言葉に甘えても。少なからず私たちも迷惑被ってるんだしさ?」
ルナさんが歯に衣着せず言う。
「ル、ルナさん!?言い方ッ」
あたしは慌てて止めようとするが、風待さんは
「そうだ。君たちも俺も、SANYに一杯食わされた被害者だ。俺なんかサーバーマシン壊されて実害が何千万になるか……」
風待さんは頭を掻きながら悔しそうに言った。
だから、サーバーマシンを壊したのはあなたでしょッ!
あたしは再度心の中でツッコみを入れた。
「それとだな、俺に変な遠慮は要らん。そこの、ルナのようにはっきり言ってもらった方が助かる。ゲームも人付き合いも、分かり易い方がいい」
風待さんもはっきりと言ってくる。
この人は人との距離感の取り方を考えるのが面倒なのか、苦手なのか判断に苦しむ。
まあでも……確かに。
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて。今晩お世話になります。でも、部外者のあたしたちが会社の一室を借りて寝泊まりしても大丈夫なんですか?」
あたしは一番の疑問を口にしてみた。
「ああ。構わない。どうせ暫く社員は出社出来ないしな。それに、俺が許可すれば問題ない」
「あの、風待さんも社員なんですよね?」
「俺か?俺はここの代表取締だが?このビルが俺んちだ」
「えっ!?社長だったんですか!」
びっくり仰天だよ!
「ああ。言ってなかったか?そういえばメディアにも余り面倒臭いこと言ってないしな。ほら、ここのセキュリティカード」
そう言うとあたしに向けて一枚のカードキーがポイと投げられた。
「それを使えばこの五階までの仕事場と、六階以上の私室が行き来できる。君たちは六階のゲストルームを使うといい。あとこれ、俺の連絡先だ。渡しておく」
そしてまた新しい紙切れを投げ渡された。
その紙には電話番号と『ダイタニア』のフレンドコードが書いてあった。
「あっ、はい。ありがとうございます」
あたしはぺこりと頭を下げて礼を言う。
「ああ。じゃあ俺はもう少しここでやっていく。買い物とか必要な物があれば勝手に出てもらって構わない。あと、意見が聴きたい時はこちらからコールさせてもらうからよろしく」
風待さんはヒラヒラと手を振ってそのまま作業に戻った。
あたしたちは一先ずその部屋から退室した。
「なんか……凄く適当な人だった…」
あたしが思ったままの感想を漏らす。
「社長でお金は持ってそうだけど、アレは無いかな…」
隣でルナさんも苦笑いしている。
これから皆して買い出しに行こうということになった。
ビルから出て、新宿の街に再度戻る。
昼間の湿気を帯びた風は夕方になり、少し心地よく吹いてくる。
サニーを見つけ出して、あたしたちで倒さなければならない…
イベントを最初に見た時、サニーってあたしのことを言ってるのかと思ったけど、それは単なる偶然で、勘違いだったと今日気付かされた。
本当のサニーは、あたしなんかよりとても強大で、この世界を変えようとしているとんでもない存在だった。
サニーには自我があると言っていた。
だったら世界をダイタニアに変えようとするそこには、きっとサニーの意志があって、何らかの思いがあるのだろう。
あたしは自分と同じ名前のサニーに親近感を持ったのか、サニーに会えたらその本心を聴いてみたいと思ってしまっていた。
目的と標的も見えて、物語の終着を感じていたのか、あたしは今、コンビニに向うこの他愛の無い足取りでさえ、何だか名残惜しく感じていた。
だが、その一歩はこれから先に待ち受けている辛い試練へと向う足取りなのだと、その時のあたしは知る由もなかった。
【次回予告】
[まひる]
風待さんの口からついにサニーの真実が語られた!
薄々感じてはいたけれど、
やっぱりあたしのことじゃなかったのね…
少しだけ残念…
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第十八話「騎士の誓い」
もう少し会話パートが続くんだ
――――achievement[サニーの真実]
※風待からサニーの真相を聴く。
[Data03:表紙イラスト集①]がUnlockされました。




