第十六話「敗走の勇者たち」
「うん。お願い出来るかな?まひるお姉ちゃんのことはウィンドたちに任せてよ!」
ウィンドがいつもと変わらない明るい声でファイアに言う。
「ああ任せろ。必ず連れてくる!」
ファイアもいつもの様に自信満々に答える。
そしてファイアはアウマフの外で実体化し、ルナさんが居るであろうラジオ会館の方へ駆けていった。
あたしはウィンドに言う。
「ウィンドありがとう。アースとマリンもよろしくね。あとは……」
あたしはみんなを見回す。
「ここからどうやって逃げようか?」
あたしが問う。
「そうだね…アウマフの損傷から、どのフォームも機動力は三割減といったところ…今のところアルコルは地上戦しか見せていない。このままマリンフォームで隠れて、行けるところまで行くのが得策だと僕は考える」
マリンが答えた。
「自分もそれに賛成です。さっきの一撃を食らった感じでは、このアウマフの装甲強度はアルコルの攻撃力より下回っていると思います。もし向こうが追撃してきたとしたら、強度も速度も劣る今のアウマフでは太刀打ちできないかと」
アースが冷静に分析して意見を述べてくれた。
「じゃあそうしよう。まずはここから離れて少しでも安全な場所を探す。そしてそこで体勢を立て直す。何か意見はある?」
あたしはみんなに聞いた。
「まひる?一つ聴きたいのですが、地下鉄という所は安全ですか?」
マリンが訊いてきた。
「うーん……多分大丈夫だと思うけど……なんで?」
「いえ、地下鉄は狭い空間と聞いたので、万が一に備えて逃走経路の一つにならないかと思ってね。例えば、流那の電神で通路を塞ぎ《鋼鉄化》を掛ければ追手を足止めできるかも…」
マリンが少し考えて言った。
あたしは少し眉をひそめて
「でもそれだと、ルナさんが置き去りになっちゃわない?」
と言った。
「それは!……そうなるね…」
マリンがハッとし、沈んだ声色になる。
(またやってしまった…まひるを助ける為なら他人のことなど道具としか思わない……こんな考えしか辿り着かない自分に、そろそろ嫌気が差してくるよ…)
「そんなのダメだよ!確かに、ルナさんの手は借りたいけど、みんなで一緒に逃げなきゃ意味が無いよ」
あたしは必死に訴えた。
「済まない…今の僕の発言は忘れて欲しい」
と、マリンが小さく呟いた。
(ほら。またまひるを悲しませてしまった…僕の悪い癖だ。僕はいつも自分の事ばかりで他人を顧みない。だからいつまで経っても友達ができないんだ……)
「えっと……地下鉄は問題ないと思う。線路を伝って移動すれば、どこかには出られるはずだから」
と、あたしは答えた。
「なるほど。逃走経路に複数選択肢があるのは良いことです。流石マリン、よく気が付くな!」
アースが感心したように言った。
(そういうところだよアース……僕が君を羨むのは……君は全体をよく見て気にかけていて、やはり僕たちのリーダー的な眩しい存在だ。こんな僕まで気にかけてくれて……)
マリンはそんなアースを想いながら、胸の奥で切なく思っていた。
ファイアはラジオ会館の近くまで走ってきていた。通行人の顔を見ながらルナを探す。
週末の秋葉原は通行人でごった返していた。
「うへ〜…こん中から見付けるのかよ〜…」
そう言いながらも、ファイアはルナを探す。
「ん?あれは……!」
人混みの隙間にチラリと見えた赤い髪。確か、あんな派手な格好だったよな。
「おーい!ルナー!」
ファイアは大声で呼び掛けたが、人が多くて聞こえていないようだ。
「んもう!この人ゴミじゃあもっと近付かないとダメかぁ!」
と、ファイアが苛立ったその時。
「ちょっと!あんた!」
ふいに背後から声をかけられる。
振り向くとそこには見知らぬ女性が困り顔でファイアのTシャツの裾を掴んでいた。
「ん?」
と、ファイアは首を傾げる。
「何やってんの!?さっき戦闘がどうこう言ってた様に聞こえたんだけど、大丈夫なんでしょうね!?」
と、捲し立ててくる。
栗色の長い髪を三つ編みにして一つに結っている眼鏡を掛けたその女性に、ファイアは見覚えが無かった。
「あのよぅ。今人探してて忙しいんだ?行っていいか?」
ファイアが困ったように尋ねると女性は焦燥しきった様子で叫ぶ。
「何言ってるのよ!あんたが探してるのは私でしょ!?あんたよねぇ?あの時、性悪小娘と一緒になって私の電神をボコボコにしてくれたのはぁッ!?」
そしてそのまま女性に腕を引かれる。
「ちょっ!おい離せって!まさか……まさかお前ッ…!?」
と、ファイアはその女性に引きずられながらその疑問を口にしようとした。
それより先にその女性がファイアに向き直り口を開く。
「手代木流那よ!もう忘れたの?何だか知らないけど、まひるんがピンチなんでしょ!?急ぐわよ!」
『超次元電神ダイタニア』
第十六話「敗走の勇者たち」
と、ファイアの腕を引っ張っていく。
ファイアは訳も分からぬまま引きずられるようにその場を離れていく。
「え……?お前、ホントにルナか?」
と、呆気に取られる。
「私の手を借りたいくらいには急いでるんでしょ!?ほら!まひるんの所へ案内しなさい!」
と、流那はファイアを無理矢理引っ張っていった。
ファイアは狐につままれた様な顔をしながら、流那をまひるの居る場所まで連れて来た。
「おーい、連れてきたぞー!」
ファイアが潜水しているアウマフに向け声を掛ける。
すると、水中からアウマフが浮上してきてコクピット部だけを露出し、そこからまひるが勢いよく顔を出した。
「ありがとうファイア!……あれ?この人は誰?」
と、ファイアが連れてきた女性を見ながらあたしは首を傾げる。
「…もうその反応飽きたわ……手代木流那よ。オフではこんな感じなの!化粧っ気ないとさぞヒンソーなことでしょうよッ!」
流那は自嘲気味に吐き捨てて言う。
「え!?ルナさんッ!?」
あたしは思わず声に出して驚いてしまった。
確かに、今のルナさんは前に会った時のような派手な格好もしてないし、髪を結って眼鏡もしてて、原型がないほど別人に見える。
けど、目鼻立ちは整っていて、少し太目の眉と目尻の下がった目元が童顔にも見え…
「かわいい……」
あたしはつい本音を漏らしてしまう。
「かッ!?」
と、顔を瞬時に真っ赤にしてルナさんは黙ってしまった。
やっぱり可愛い。
「ごめんなさい。でも本当に素のルナさん素敵だなと思って。あはは、年下が生意気言って済みません」
あたしは頭を下げながら謝った。
「…年下って、まひるんいくつなのよ?」
ルナさんが訝しげな表情で訊いてくる。
「えっと、24ですけど」
と、答えると
「…私まだ22なんだけど…」
と、ルナさんが言った。
「…………………」
気まずい沈黙が流れる。
ルナさんあたしより年下ッ!?
最初に会った時のインパクトが強過ぎてすっかり年上だとばかり思ってたよ!
するとルナさんじゃなくてルナちゃんって呼んだ方がいいのかな?
今更それはちょっとキビシイような…
ルナさんは一つ溜息をつき
「まあ、仕事柄派手な格好してるから、多少年より上に見られることもあるけどね。気にしてないわ」
と、肩をすくめた。
そして、今度はあたしを見て
「それで? 今度は一体何が起こってるのよ?その様子じゃあどうせまたトラブルなんでしょ?」
と、言った。
「はい。実は―――」
と、あたしはこれまでの経緯を説明した。
「ふーん。そんなことがねぇ。あの馬鹿強いまひるんでも勝てなかったとなると、確かに逃げるのが得策よね」
と、ルナさんは腕組みしながら言う。
『逃げんじゃないわよ!』とかキャラ的に言われるかと思った。
「はい。ただ、逃げると言っても、何処へ行けばいいのか……それに、この世界改変のこともあるし……」
そう言って俯くあたしの頭をポンと叩いて
「心配しないで。私がなんとかするからさ!」
と、笑顔で言ってきた。
ルナさんの笑顔は本当に綺麗だなぁ。
「要するに、あのシルフィとか言うやつに気付かれないように、この場をやり過ごせればいいのよね?」
と、ルナさんは力強く宣言した。
「でも、どうやってですか? あのシルフィはすごく勘がいいですよ?」
と、あたしが聞くと
「大丈夫! 任せておきなさい!」
と、胸を張る。
あ、やっぱりルナさんは大きい。
「まずはまひるんのその電神、一旦しまっちゃって?精霊ズもその戦闘服やめて私服になりなさい」
と、指示を出した。
「どうするマリン?」
アースがマリンに聞いた。
「うーん。とりあえず従おうか」
と、マリンは答える。
先に外に出ていたアースとウィンドが光に包まれ、正装から私服へと変身する。
そしてアウマフが光の粒子になり、その中から私服姿のマリンが現れた。
「出たわね…性悪小娘…!」
ルナさんは少し顔を引きつらせながらマリンを見て言う。
「精霊ズとは、よくもまあコンパクトにまとめて呼んでくれたものだね流那?改めまして、よろしく。マリンだよ」
マリンは不敵な笑みを浮かべながら言った。
相変わらずこの二人は相性悪いな〜。
あたしはそんな事を思いつつ、みんなを見渡す。
「よし!」
ルナさんが気合いを入れ直して言った。
「じゃあ、これからあんたたちの気配だか素性だか引っ括めて《ただの地球人》に見えるようにしてあげるから」
そう言ってルナさんは右手をあたしたちの前にかざす。
「全なる一よ、一なる全よ…この持たざる者らに『地球人』の指標を授け…」
ルナさんがスキルの詠唱を始める。長めの詠唱から察すると、かなり高度なスキルなのかな?
「全宇宙の理から外れたその者らの指標は『ダイタニア』の地へと還りなさい……《変化魔法》!」
次の瞬間、あたしたち全員の体が一瞬だけ発光し、その後すぐに光が消えた。
あ、《変化魔法》だったのね?スキル詠唱は個人で設定出来るから最後まで分からなかったよ。このスキルが使えるクラスは確かアルケミストだったかな?
「はぁ、はぁ…これでもう大丈夫。あんたたちは暫くの間『ただの地球人』にしか見えないはずよ…うぷ、一度に六人分の大技使ったから疲労でまた吐き気が…」
ルナさんがフラつきながらも説明してくれた。
「ありがとう!ルナさん!」
あたしはお礼を言いつつ、自分のスマホを開く。
あー、うん。確かにスマホのステータス欄のクラスなどの表示は一切表示されてない。
疲れたルナさんにウィンドが《魔力分与》を掛けてあげようとしたその時
「あれ?魔法が使えない?」
ルナさんに手をかざしたままウィンドが怪訝な顔をする。それを見てルナさんが
「今私たち全員、完全な《地球人》ってことになってるから、その間はスキルは使えないわ。力も普通の人間と同じになってるはずよ。」
そう言ってウィンドの頭をポンポンと叩いた。
「《回復》かけてくれようとしたのね?ありがとう…大丈夫よ」
ルナさんは疲労感で苦しいだろうに、優しい笑顔を作りウィンドに向き直る。
「では、ルナ殿の魔法の効果が切れる前に、一般人の振りをしてこの場を去りましょう」
アースがそう言いながら歩き出すと他のみんなも続く。
あたしたちは一刻も早く秋葉原を出ようと駅に向かった。
「アスクルさんも飛鳥ちゃんと無事合流して秋葉原を出たって!今メッセージで連絡があったわ!」
道中、アスクルさんに送っていたメッセージに返答があり安否の確認が取れた。
「今日はもう合流はせず、予約してたホテルに向うって。暫く居るから何かあれば声掛けて欲しいって!良かった〜」
あたしは胸を撫で下ろした。
あとはザコタ君が無事に逃げていてくれるといいんだけど…彼とはフレンド登録していなかったので連絡の手段がない。
それに、もう一人の一緒に戦ってた人は無事だろうか?
遠目で見ていたこともあってどんな人かよく分からなかったな。
あの電神同士の合体はスゴかったけど!
あたしたちは来た電車に乗り、秋葉原観光もままならずその地を後にした。
夏の太陽も頂天から少し下り始めていた。
「明日の日曜日も一日東京観光の予定だったけど、どうしようか?」
あたしはみんなに声を掛けた。
「制作会社も土日は休みだろうということで、風待氏がいるかも知れない月曜に行くことになっていたけど、この状況だ。どうだろう?まだ陽も高いし、このまま新宿まで行って会社の場所だけでも把握しておかないかい?」
マリンがそう提案してきた。
確かに、ここまで来ておいてこのまま家に帰るというのも何の解決にもならない。
「そうだね。行こう!ルナさんも一緒に新宿までどう、かな?」
あたしは隣に座るルナさんに顔を向け訊く。
「はいはい付き合いますよ。私一人で帰れって言われても、心細いし…」
ルナさんは語尾を口ごもりながら言った。
「それに、何も持たずに転送されてきたから、持ち合わせがないのよ…まひるん、帰ったら必ず返すから、その、お金貸して下さい……」
ルナさんが体も声も小さくなり言ってきた。この非常事態だし、当然だよ。
「あ、はい!着替えとかも途中見て行きましょ?大所帯ですけど、こちらこそよろしくお願いします!」
あたしがルナさんに向け明るく言う。
「それじゃあ決まりだね」
マリンが少し笑顔で言った。
そうこうしてる内に電車は駅に到着し、あたしたちは新宿駅に降りる。
その駅の広さと複雑さにあたしたちは呆気に取られてしまう。
「西口って、どっち…?」
「ちょっと!あまりキョロキョロしないでよ!お上りさんみたいじゃない!」
「実際にそうなんだから仕方ないね…」
「誰かマッピング出来るか?」
「これは…まるでダンジョンだな……」
「みんなオシャレだね〜」
各々程よく混乱していた。
駅員さんに西口への脱出の仕方を教わり、何とかあたしたちは目当ての制作会社『BREEZE』のあるビルの前まで辿り着いた。
このビルの五階に『BREEZE』が入っているらしい。
「ここがあの『ダイタニア』を創った制作会社があるビルね……」
聖地巡礼というわけではなかったが、ここまでの道のりを思い出すと中々に感慨深いものがあった。
二週間前にこのビルで火災があったが、今はもうそれらの騒ぎもなく閑散としていた。
「折角来たんだし、誰も居ないかも知れないけど一応ピンポン押してく?」
あたしはそんな提案をした。
「ここまで来て押さないでかッ!」
間髪入れずルナさんがインターホンを勢いよく押した。
しばらくするとガチャリと音がして扉が開かれた。
まさかの事態に緊張が走る。
そこから顔を出したのはサングラスを掛けた中年の男性だった。
髪はボサボサで無精髭も残っていて、服はヨレたTシャツとジーンズで全体的にダラッとした印象を受けた。
その男はこちらを見ると少し驚いた様子で言った。
「えーっと……どちら様?すいませんが今日は会社自体休みの日でね。用があるなら電話してから月曜以降に来てもらえます?」
「あ、いえっ!私たちは決して怪しい者では……」
あたしの口からはよく怪しい人が言うあの常套句が咄嗟に出てしまっていた。
「…そう?結構怪しく見えるけど?」
その男性はあたしたちを見定めるように見つめる。
「あの!私たち、風待進次郎さんにお話しがあって来ました。いきなりで失礼なことを言ってるのは承知しています。でも、どうかお取次ぎ頂けないでしょうか!?」
あたしは思い切って言った。
するとその男性は
「え?俺に?」
と意外そうな顔をしていた。
「えッ!?あなたが…!」
男性のその反応にあたしたちも驚いてしまった。まさか、この人が風待進次郎……!?
「君たち…もしかして『ダイタニア』をプレイしてたり、まだログイン中だったりする?」
男性が訊いてきた。
「あ、はい!そうです!」
あたしが答えると男性の顔が真剣な面持ちになり
「マジかよ!そうか………そうか……………」
急に何かを考え始め出した。
そして直ぐにまたこちらに顔を戻し
「いや玄関先で済まなかった。立ち話もなんだし、どうぞ上がって」
その男性はまた元の調子に戻り、あたしたちを招き入れようとしてくれる。
あたしは少し警戒し、確認を取ろうと恐る恐る訊いた。
「あの、あなたが風待さんですか?」
男性は振り返り
「ああそうだ。俺は風待進次郎。この事件の被害者の一人だ」
【次回予告】
[まひる]
ルナさんの機転でなんとかシルフィから逃げられたあたしたち
折角のオフ会がぁ〜…
今度はダイタニアの開発者 風待さんに会うべく
新宿に来たんだけど、この人がッ!?
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第十七話「サニーの真実」
はい!あたし、サニーです!




