第十四話「熾烈シルフィ」
灰碧の電神は両手を広げ、胸を張るように背筋を伸ばして言った。
「私の名前はシルフィ。勇者様御一行をお待ちしておりました」
「シルフィ……?」
「はい。私の事はお気軽にシルフィとお呼びください。この電神はアルコル」
シルフィと名乗った人物が駆る電神が恭しく一礼する。その無骨で屈強そうな外見からは掛け離れた優雅な動作だった。
「そして、相川まひるさん…」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねた。
どうしてあたしの名前を!?
「貴女は選ばれました」
「選ばれたってどういう事!?」
「そのままの意味ですよ」
シルフィが笑う。
「今現在『ダイタニア』というオンラインゲームにログインしている全プレイヤーの中で一番強い者を決める突発イベント……それがこの《襲撃戦》でした」
あたしが疑問を口にする前にシルフィが勝手に説明を始める。
シルフィは微笑みながら話を続ける。
まるであたしの頭の中の思考を読めるみたいに。
「全国に点在するログイン中のプレイヤーをこの地に転移させました。もちろん電神使いの方だけですが。あぁ、安心して下さい。今回の戦闘でログアウトしたプレイヤーの皆様にはちゃんと転移元へお届けいたしましたから」
「…………」
あたしは何がどうなっているのか思考が混乱して閉口してしまう。
「君がこのイベント戦を開催してログイン中のプレイヤーを強制的に戦闘に参加させたのは解った。それを解った上で敢えて訊こう。この《地球》ではその様な行為は不可能だ。どうやったらそんなことが出来るんだい!?」
マリンが声を荒げて尋ねる。
そうだ。
どうやって世界中の人間をここに集めたの?
「不可能ではありませんよ?」
シルフィは涼しい顔で答える。
「あなたは…水の精霊ですか。他にも三つの精霊がいますね…」
シルフィの言葉にみんながハッとする。
「まさか、君も、僕たちと同じ……」
「はい。精霊に御座います」
マリンの問に間髪入れずシルフィが答える。
シルフィの電神アルコルが首をもたげ、空を仰ぐ。
「あなたたちも既にお気付きのことかと思いますが、この《地球》と《ダイタニア》は融合しつつあります。今はまだ概念的にですが、その内物理的にも融合していくことでしょう…」
「ちょっと待って!それは一体どういう意味だい?」
「言葉通りの意味です」
マリンが問い掛けるとまたシルフィが即答する。
「電脳空間と現実世界の融合。つまりこの世界と『ダイタニア』の世界が一つになるということです」
シルフィの言葉を聞いて、あたしたちは息を飲む。
「それに伴って、現実側の方でも色々と変化が起きていますよ」
そう言ってシルフィは指先をくるりと回すと、アウマフの目の前に半透明のスクリーンが展開される。
そのスクリーンには、あたしのよく知る光景が映し出されていた。
見慣れた景色。
そこは間違いなく『ダイタニア』のゲーム内の景色だった。
しかし、『ダイタニア』のゲーム画面では見たことのない風景もそこにはあった。
何故か『ダイタニア』の世界には存在しないはずの高層ビル群が建ち並び、地球の街並みが再現されていたのだ。
「なにこれ? なんでこんなものが……」
あたしはそのあまりの光景に驚きの声をあげることしかできなかった。
そんなあたしに対して、シルフィが言う。
「驚かれるのも無理はないと思いますが……これは紛れもなく現実です」
「えっ!?」
あたしは再び驚く。
「まひるさんのスマートフォンの中にいた私たちは、今この現実世界、《地球》で実体化しているのです。でしたらその逆も然り、《地球》がゲームの中だけの存在だったダイタニアの仮想世界と入れ替わろうとしても何もおかしくないのでは?」
「じゃあ……本当に?」
「はい。私たちはダイタニアの仮想世界に居ながらにして、現実の地球に存在しているのです。そしてこの世界とダイタニアの世界はやがて完全に融合して一つの存在になります」
シルフィの言葉に、あたしたちは皆一様に驚愕した。
「シルフィと言ったか。さっきからお前が言うことは何一つマリンの問に答えていないぞ!」
それを聞いたアースが声を上げる。
「申し訳ありません。私の口からはこれ以上の説明が出来かねます。あとはこの世界の真実を知る人物に聞いてみてください」
そう言い終わるや否や、突然周囲の空気が変わる。
シルフィが駆るアルコルがこちらに向け構えを取ったのだ。
「……やる気か!?」
ファイアが静かに言い、あたしもアウマフの操縦桿を握り返す。
「…その、世界の真実を知る人物って?」
ウィンドが緊張を含んだ声色でシルフィに訊く。
するとシルフィはあたかも当然と言うかのように平然と答えた。
「そんなの決まっているでしょう?サニーです」
『超次元電神ダイタニア』
第十四話「熾烈シルフィ」
その言葉を合図にシルフィのアルコルがアウマフに向け突進してきた!
「うあぁッ!!」
あたしは叫びながら咄嵯に回避行動を取る。
だが……速い! あっという間に距離を詰められ、間合いに入られる!このままでは不味い! あたしが焦りを感じていると……
「まひる殿危ないッ!」
アースが叫ぶと同時に、あたしの身体が勝手に動いた。
それはまるで自分の体じゃないみたいで。
次の瞬間にはあたしはアウマフをジャンプさせていた。
同時に、あたしはアウマフを空中でくるりと一回転させ、着地させる。
そして、すかさず横に飛び退いた。
するとさっきまであたしがいた場所にはシルフィのアルコルの突きが空を切る。
「……」
あたしは言葉を失っていた。今の動きは明らかに人間業じゃなかったからだ。
それに今の一瞬でわかった事がある。
「アース、あたしと同じ様にアウマフを操れるの?」
「はい。自分たちはアウマフとリンクしていますので、ある程度は。ですが、飽く迄サブパイロット的な存在と思って下さい。基本操作はまひる殿に委ねておりますので」
やっぱり……
そういう事だったんだ。
偶に自分でも操作してないような動きをするなーとは思ってたんだよね。
でもこれは…
「了解アース!みんなと一緒なんだね!心強いよ!」
「はいまひる殿。微力ながらこのアース、精一杯サポートさせて頂きます」
アースは頼もしいなあ。
アルコルがまた襲いかかってきたけど、今度は避けずにアースフォームの立髪の様な装甲部分で受ける。物凄いパワーが伸し掛かってきた。
「な、んで…!あたしたちを襲うのよ!?」
あたしは必死に受け止めつつシルフィに問いかける。
「貴女が私達にとって危険な存在だからですよっ!」
そう言ってシルフィは力を込め押し返してくる。
「危険ってどういう意味!?」
「そのままの意味です!貴女さえ居なければ私たちは平和に暮らせるのですから!」
「そ、んなこと言ったら、あなたたちだって同じでしょう!?」
「私たちが平和に暮らす為には貴女の力が邪魔なのです!」
「そんな勝手な理由で……!」
あたしはなんとか踏ん張っていたけれど、ついに限界を迎えてしまった。
「きゃぁあああ!!」
あたしは勢いよく弾き飛ばされて、地面に転がった。
すぐに起き上がるものの、もう既にシルフィのアルコルの姿は無かった。
見上げると、そこには確かにアルコルのシルエットがあった。
その瞬間、あたしは悟った。
「まさかまた……!!」
あたしは空を見上げながら呟いた。
そして次の瞬間、アルコルが急降下してきた。
「ウィンドフォームチェンジッ!!」
あたしはすかさずウィンドフォームに変形すると、落ちてきたアルコルを既で避け、上空へと飛び上がった。
「逃しませんよ!」
アルコルは腰に掛けてあったモーニングスターを取ると上空のアウマフに向け、その鉄球付きの鎖を放った。
「くぅッ!」
辛うじて避けたと思ったが、その伸びる鎖の軌跡は弧を描きアウマフの足首へと絡みつく。
バランスを崩して落下し始めたところで、今度は反対の足に鉄球が絡まった。アルコルが力を込めて鎖を引いた!
「うわああああっ!」
重力に逆らえずに地上へ吸い寄せられていく。
このままでは地面に衝突してしまう!
「ファイアフォームチェンジ……!」
アウマフがファイアフォームへと変形する際に足首に巻かれた鎖が解けた。しかし、それとほぼ同時に地面が迫っていた。
このスピードじゃ着地しても衝撃に耐えられない! ならば……!!
「ウィンドフォームチェンジ……!!」
あたしはすぐさまウインドフォームへと変形すると、その翼を大きく開き、迫り来る地面に風圧を当てて減速を試みた。
「ぐぬぬぬぬ……!!」
徐々にスピードが落ちていき、なんとか墜落は免れたものの、アウマフはまた地上へと戻されてしまった。
「…やはり手強いですね」
そう言ってアルコルはモーニングスターを構え直した。
「まひるさんもそろそろ限界でしょう?」
「それはどうかな……」
「強がっても無駄ですよ? 私にはわかります。あなたが消耗しているのがね」
「…………」
確かにあたしは今、かなり追い詰められている。
だけど、ここで諦めるわけにもいかないんだ。
あたしはシルフィに問う。
「…どうして、あなたの世界の平和の為に、あたしが邪魔になるの?」
「簡単な事です。貴女が自分の世界である《地球》を護りたい様に、私たちも自分の世界、《ダイタニア》を護りたいだけ。二つの世界の融合が止まらないというのなら、この地球をダイタニアに変えてしまう他ないではないですか?」
シルフィは大胆な発想をさらっと言ってのける。
「そんなのって……!」
「おや、ご不満で?」
「当たり前だよ! 地球の人達だって生きているんだよ!? 勝手にダイタニアに変えるなんて許せないッ!」
あたしの言葉を聞いて、シルフィは笑みを浮かべながら言った。
「ふむ……まあ、まひるさんの言い分もよく分かります。ではこう考えてみて下さい。もしもまひるさんがダイタニアの住人だったとしたらどうしますか?」
「え……?」
「もしも自分がダイタニアの住人だとしたら、侵略者である地球人を滅ぼすべきじゃないでしょうか? それが自然な考えではありませんか?」
あたしたちが侵略者?
いやまあ、そういう見方もあるかも知れない……
でも、あたしは違うと思う。
「ううん。きっとそうは思わない。ダイタニアの人たちは地球人と戦う事を、選ぶかもしれない…だからといって地球を滅ぼしたいだなんて絶対に思っていないはずだよ。だって、自分たちの星を滅ぼそうだなんて思うわけがないもの!」
「なるほど。まひるさんは随分と甘いようですね。それとも現実が見えていないのか。どちらにしても、私の行動に変わりはありませんがね。さて、お喋りはこの辺にしておきましょう」
そう言うとシルフィはモーニングスターを振りかぶり、こちらに向かって攻撃を仕掛けてきた。
振り下ろされたモーニングスターの鉄球を何とか避ける。地上戦でのウィンドフォームでは分が悪過ぎる。
「ファイアフォームチェンジ!」
アウマフが炎の鎧を纏った姿に変わる。これならば地上での対人型電神戦に相性がいい。
ロングソードをアルコルに向け構える。この距離なら外さない。
「おおぉっ!!」
ロングソードを一閃し斬りつけるが、簡単に避けられてしまう。だがこれはフェイントだ。本命はこっち!
「《火球》!」
避けた先に《火球》を放つ。狙い通り命中した。
「くッ……!」
体勢が崩れたところに追撃をかける。
「《魔法弾頭》!」
炎で吹き飛ばすと同時に無数の魔法弾を撃ち込む。
「ッ!!」
直撃を受けたアルコルが僅かに後退する。
アルコルの装甲は強固で、やはり火力が足りない。このまま戦っていてもジリ貧になるだけだ。
「…ファイア、征こう!」
あたしは覚悟を決めて叫んだ。
「待ってたぜまひる様ッ!」
嬉々としたファイアの声がコクピット内に響く。
あたしはアウマフのコンソールを操作してその《手段》を起こす。
「ファイアダイナミック!《内燃機関爆走》!!」
アウマフが紅蓮の炎に包まれ、その全能力を上昇させる。これならいくら堅いアルコルでも…!
「行くぞオラァアアッ!!!」
ファイアが雄叫びを上げながらアルコルに突撃する。
「……!?速い……」
先程までとは比べものにならないスピードで加速してきたアウマフに、シルフィは一瞬動揺の色を見せる。
「ぐぅ……!」
間一髪で攻撃をかわすが、完全に動きを捉えきれてはいないようだ。
よし今のうちに…!
「セカンドギア!」
畳み掛け、倒す!
アウマフが高速機動しながらの連撃を叩き込み始める。さっきよりも更に速く、鋭い攻撃にアルコルは防戦一方になっている。
「くっ……」
それでも辛うじて攻撃を受け流している辺りは流石だけど……
いや違う、シルフィは本当に強いんだ。
今まで戦った敵の中で一番強い。恐らくあのまま戦っていたら負けていただろう。
だからこそ、今ここで倒しておかないと!
「これで終わって!」
あたしはアウマフに最後の指示を出す。
「サードギア!《魔導砲》発射ぁああっ!!」
アウマフの胸部アーマーが展開し砲身が現れる。
そして次の瞬間には極大の光線が放たれ、それは真っ直ぐにアルコルへと向かっていった。
シルフィは迫りくる《魔導砲》を前に、少しその口角を上げ呟く。
「アルコル、《最終攻撃》…」
アルコルの体が眩しく光り出す。
すると全身の装甲がスライドするように開き始めた。
まるで花弁のように広がったそれらは、それぞれ一枚ずつ分離していき、再度結合する。
全ての装甲が再結合した後、そこには純白のドレスのような姿になったアルコルが立っていた。
「変形したッ!?」
あたしが驚くより早く、アルコルの変形は完了していた。
「《女神の神盾》!」
変形したアルコルのスカートの様にも見える装甲が前面に展開し、巨大な盾となった。
アルコルはその盾で光線を受け止める。
アルコルの盾が更に輝きを増したかと思うと、《魔導砲》はアウマフに向け一直線に反射された。
「ッ!!?」
予想外の事態に慌てて回避しようとするがもう遅い。
アウマフの放ったビームはそのまま機体の左肩に命中してしまう。
「うわあああぁああっ!!」
爆散し消滅するアウマフの左腕。
「あ……あ……」
アウマフが脱力したように地面に膝を付く。
それを見てあたしは呆然とすることしか出来なかった。
そんなあたしをよそに、勝利を確信した様子でゆっくりと近づいて来るアルコル。
細身のドレス姿になったアルコルからは女神の様な神々しさが感じられた。
そしてアルコルはアウマフの前で立ち止まると、両手で頬を挟み込むように触れてくる。
「ふぇ?」
あたしは思わず変な声を出してしまった。
アルコルの女性の様なシャープな顔が目の前にある。
アルコルの瞳が金色に輝く。
そして無機質な声でシルフィが言った。
「さようなら…」
そう言ってアルコルの指に力が込められ、アウマフの頭部が嫌な音を立てて軋む。
「ああッ!!」
あたしは恐怖で瞬時に我に返る。
その時だった。
――ドゴォオオン!! 突然の轟音と衝撃が走る。
「きゃっ!?」
驚いて閉じてしまった目を恐る恐る開けて見ると、アウマフは誰かの腕の中にいた。
その腕の主は、空中でホバリングしながらこちらを見下ろしている。
「……え?」
それは見覚えのある電神…
胴体と腕だけで、空も飛べる…
その電神の操縦者が不機嫌そうな声で言った。
「俺以外の奴に負けることは許さんぞ、相川まひるッ!」
【次回予告】
[まひる]
突如現れた強敵、シルフィ!
アウマフ決死の必殺技も破られ
絶体絶命のあたしたち!
そこへ颯爽と駆け付けたあの電神は!?
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第十五話「ザコタ激震」
女の子にはもっと優しく、だよッ!?




