第十三話「摩天楼レイドバトル」
「こちらシルフィ。《勇者》一行を捉えました。これより、《襲撃戦》を開始します」
シルフィと名乗った女はスマホや通信機なしに誰かと会話をするように静かに言う。
「《襲撃戦》プログラム起動確認しました。まだ『ダイタニア』に残っている《プレイヤー》を強制的に《勇者》へと充てます。サラ、ディーネ、ノーミーの三人は必要に応じて順次参戦して下さい」
再びシルフィは誰とも喋らず独り言のように呟く。
『超次元電神ダイタニア』
第十三話「摩天楼レイドバトル」
「はい、よろしくお願いいたします」
そして、シルフィはビルの上から姿を消した。
あたしたちはメイド喫茶を出て少し歩いた場所にある大型家電量販店内にいた。
あたしを含め初めて来たみんなは興味深げに辺りをキョロキョロと見渡している。
店内は広く天井も高い。
家電製品以外にも様々な商品が陳列されていて見ていて飽きない。
飛鳥ちゃん曰く、ここは秋葉原の中でもかなり大きい方のお店で品揃えも豊富だそうだ。
電化製品に興味があるというマリンも色々な物を手に取っては眺めている。
マリンは電化製品の類が好きなのだろうか?
「ねぇまひる?これって何に使うんだい?」
マリンが手に取った物は日常では余り目にすることのない形状の機械だった。
「あぁそれは、スタンガンと言って、機械の先から痺れる電気が出て、悪い人を懲らしめる為の…武器?だよ」
とあたしが説明する。
「ふむ。雷の魔法のようなものを、魔力ではなく電力で発生させるんだね?段々とこの世界の《電力》について理解してきたよ…」
マリンはスタンガンを元の場所に戻しながらそう言った。さすがに察しが良い。
そう言えばマリンたちの世界には電気が無いと言ってたし、それだけ興味深いものなのかな?
《電神》も『電気の神』って書く割には電力じゃなくて精霊の力で動いてるって言ってたし。あたしはそんなことを思いながら店内を見て回る。
その時だった。
あたしがふと視線を窓の外にやるとそこには誰かの電神がいて、窓ガラス越しにこちらを見つめていたのだ。
「うわッ!みんな!外に電神がッ!」
あたしは慌ててみんなに伝える。
するとみんなが一斉に窓の外を見る。そしてみんなが言う。
「見たことの無い電神だねー」
「あんま強そうじゃねえなあ」
「まひる殿、下がってください!」
「建物から出よう。アスクル殿は飛鳥を、球子と風子はまひるに付いて護衛を頼みます。ほむら?また僕と一緒に先頭に立ってもらえるかい?」
マリンが指示を出すとみんなが素早く動き出す。
アスクルさんは飛鳥ちゃんを抱えて店の入り口の方へ。アースとウィンドはあたしの左右に付くように動く。
マリンとファイアはみんなを誘導して先だって建物の外へと向かった。
あたしもみんなに続いて店の外に出ようとした時、背後で大きな音がした。
振り向くとそこにいたのは全長5m程の小型の電神。
「店内で!?後ろからも電神が…!」
アースが呟きながら迎撃しようと構える。
それを見たウィンドが
「球ちゃん、今は万理りんの言う通りこの建物から出ることを優先しよう!」
とアースを止める。
アースがウィンドの言葉に「しかし…!」と返すとウィンドはアースの肩に手を置いて言う。
「アース、ここは狭いしアウマフも呼べない。何よりまひるお姉ちゃんの護衛に穴が開いちゃう。防御スキルが一番得意なアースが離れてどうするの?」
ウィンドの言葉でアースがハッとした顔になる。
「すまない……確かにその通りだ……」
と苦い顔でウィンドに謝った。
ウィンドはアースに微笑みかけると今度はあたしの方を向いた。
「まひるお姉ちゃん。建物を出たら直ぐにアウマフを呼べるよう準備をお願い」
そう言ってウィンクをしてくる。
「あ、うん」
なんか一瞬ウィンドが、格好いいって思っちゃったよ。
でもやっぱり可愛いんだけどさ。
そんなことを思いながらもあたしは
「わかった。任せて風子!」
と返事をして、すぐに外の電神のいる方へと向き直り、両手を前に突き出し集中する。
先に外に出たマリンから声が掛かる。
「まひる!外に出ると同時にアースフォームを呼んでッ!」
いつになく鬼気迫る声でマリンが言った。そのマリンの前ではファイアの姿が戦闘形態でもある正装へと変身した。
先に飛鳥ちゃんと外に出たアスクルさんの姿も見えない。何か慌ただしい事態になってるようだが無事なのだろうか?
あたしはウィンドとアースと並走し、召喚の呪文を詠唱しながら家電量販店の出口を通り抜けた。その時にはみんな正装へと変身していた。
「出よッ!《アウマフ》!!」
あたしが走る横で召喚紋が描かれそのままの勢いで操縦席へと跳び乗る。
そんなあたしが目にしたもの。
建物から飛び出てアウマフのコクピットに移るまでの本の一瞬。
先程窓から覗いていた電神の他に、あたしの視界が捉えられる範囲には数十体という無数の電神の姿が映った。
あたしはその光景に言葉を失い、アースフォームの疾走るままに電神の群れで溢れるビルの谷間を突き進んだ。
なんでこんなに電神がいるの!? 今まで見たこともない数だよ!?
「アース!!これは一体どういうことなの?」
あたしは黄色の操縦服となっているアースに訊ねてみた。
「解りません…ただ、マリンが言うにはあの電神達は何故かこちらを襲おうとしているようです」
アースの声に焦燥が感じられる。
「まずはこのままアースフォームの脚でこの電神の群れが切れる所まで行こう」
すると今度はマリンの声が聞こえた。
「やあまひる。今君と共に四人全員がこの場所に居るよ。やはり五人でアウマフに乗ったほうが便利かと思ってね」
どうやら視覚化しない精霊本来の姿でみんなが居てくれているらしい。
あたしは一先ずホッと胸を撫で下ろす。
「少し包囲が薄くなってきたね。飛鳥ちゃんたち大丈夫かなー?」
ウィンドがそう言ったので、窓の外を見つめると、確かに電神の包囲網の薄い箇所が見て取れた。
「あ!飛鳥ちゃんとアスクルさん置いてきちゃったッ!!よし、じゃあ一旦あそこで態勢を立て直そう!」
あたしは目の前にある大きな交差点を指差して言った。近くには御徒町駅が見える。どうやら秋葉原から一駅ほどの距離を駆けていたらしい。
「了解だまひる様!こっから倒しながら飛鳥たちの下に戻ろうぜ!」
ファイアが力強く応えてくれた。
あたしはその交差点でアウマフの向きを180°方向転換させる。
「………おかしいね」
操縦席にマリンの低い声が通る。
「え?何が?」
「いやまひる。君はこの状況を見てどう思う?」
マリンが不思議そうな声で聞いてきた。
「ん~、そうね……なんかいきなり沢山電神がいて、どうしてだろうとは思った。それに、みんながみんな、あたし目掛けて攻撃してくるわけじゃない事に違和感がある、かな?」
「そうだね。どうして『ダイタニア』のプレイヤー達が電神を操って一斉に僕たちを襲ってきたのか。そして、不規則なこの電神達の行動が、異常過ぎるんだ…」
マリンは淡々とした口調で言う。
やっぱり、あたしが感じた違和感をマリンも感じていたんだ。。
アウマフ目掛けて攻撃してくる電神もいれば、慌てふためいているような挙動不審な電神もいた。
「うぅん…そっかぁ……でも、とりあえず今は進むしかないよね。飛鳥ちゃんとアスクルさんの無事も確認したいしさ」
あたしの言葉にアースとウィンドが同意してくれる。
「そうだね……恐らく僕が止めてもまひるは戻ると言うんでしょ?余計な事を言ってる暇も無さそうだしね」
マリンが苦笑しながら言う。
「うん!ありがとうマリン!それと、確認なんだけど…」
あたしは少しだけ言い淀みながらもマリンに質問をする。
「ん?何かな?」
「えっと…今こんな事聞くのも何だけど、やっぱりあの電神達を操ってるのって他のプレイヤーなのかなって思って……」
あたしは恐る恐るマリンに聞いてみた。
「……そうだね。恐らく秋葉原周辺にいたまだログアウトしてなかったプレイヤーたちだろう。秋葉原はゲーム好きな人も多いと聴いたし、まだかなりのプレイヤーが残っていたみたいだね。分からないのは、何がトリガーになって今の状況になったか」
マリンは静かに呟くように答えた。
「あはは……それはちょっと怖いかも。だって、ゲームの中だって突然知らない人達に襲われるのなんて怖いのに……それが、現実世界でなんて……」
あたしは頭を掻きながら言った。
正直、あまり考えたくは無い。
「……まひるは優しいね。大丈夫。僕たちが必ず君を護るから。それに、もし襲われたら返り討ちにすればいいんだよ。相手が誰であろうと、ね。もしプレイヤーがこの世界でやられても《ログアウト》の措置がなされるだけで実害は出ないんだ。気にすることはないよ」
マリンはそう言ってくれた。
けど、あたしの心は晴れない。
「うーん……それでも、なるべくなら戦いたくないかな。あはは……なんか変なこと言っちゃったね。ごめんなさい。先を急ごう!」
あたしは笑顔を作ってみんなに声を掛けた。
そんなあたしを見兼ねてか、ファイアが優しく語りかける。
「まひる様、俺らは戦うためにここにいる訳じゃない。まひる様を護りたいが為にこの世界に顕現出来たんだ。安心してくれ。俺はまひる様が傷つく様なことはしたりしねえ。絶対にだ。だから、あんま考え込むな…俺たちがいることをもっと頼ってくれ」
ファイアはやっぱりかっこいい。
みんないつも頼りになる。
頼りにしてる…
頼りっぱなしだよ!
本当にありがとう。
でも、今は前を向いて進もう!
「うんっ、みんなありがと!じゃあ行こうか!」
あたしは再びアウマフの操縦桿を強く握り締める。
大丈夫!ログアウトするプレイヤーだって実際この目で見た。この手でそうさせた。ログアウトしたプレイヤーは『ダイタニア』の記憶を失くし、日常に戻るだけ!
今はそう自分に言い聞かせ、『この世界を元に戻したい』という大義名分を掲げていないと、あたしの弱い心は直ぐに挫けてしまいそうになる。
それを支えてくれる仲間たちが周りにいる!
みんなとなら、例えこの先、地獄の様な未来が待っていようと突き進んで行ける《勇気》が湧いてくる!
一直線に駆けてきた為、眼の前にはあたしたちを追う電神たちもそれに倣い直線状に並ぶように向かって来ている。
あたしはアウマフの頭部の衝角をその列の先頭にゆっくりと向ける。
静かにコンソールをタップし、ディスプレイに映し出されたその文字を見て、視線を前に戻す。
「…征くよ、みんな……!」
あたしはディスプレイのその《最終攻撃》の文字をタップする。
みんなの声が重なる。
「「「「「アースダイナミック!!」」」」」
アウマフがその言葉を認知し自らの形状を一つの弾丸へと変形させる。
「「「「「《流星破砕弾》ぁあーッ!!!」」」」」
一筋の光の矢が、先頭を走る電神の集団の中心を穿つ。
直後、激しい光を放ちながら爆裂。
後続の集団も巻き込み、アウマフは次々に目の前の電神を貫き、穿ち、壊し、砕き、削り取っていく。辺り一面に爆風が吹き荒れる。
電気街のメインストリートには直線状に紅い火球の花が咲いた。
やがて、徐々に風は弱まり、視界は晴れていく。
そこには四つ足の獣、電神アウマフの姿が雄々しく在った。
周囲には無残にも破壊された電神の残骸が散らばり、それらは次々と粒子となり消えていく。
「……どう、だ……」
あたしはその光景を見つめながら小さく呟く。
五十体以上はいた電神の群れは、先程の攻撃でその数を半数近くまで減らしていた。
あたしたちもさっきの《流星破砕弾》の軌道により、電気街まで戻って来ていた。
「飛鳥ちゃんッ!アスクルさんッ!」
あたしがアウマフの操縦席から辺りを見渡し叫ぶ。
「アスクル氏たちを探しつつ、こちらに襲いかかってくる電神に対してのみ迎撃を。それ以外は相手にしなくていいよ」
マリンが指示を出す。
「了解ッ!」
あたしはそう返事をすると、すぐにアスクルさんと飛鳥ちゃんを探すべく行動を開始した。
こんな時、シーフの上位クラスのアサシンが使える《探索》のスキルがあると助かるのにと、一瞬思ったが無い物ねだりをしても仕方がないと、直ぐに思考を切り替える。
まだまだ電神たちの攻撃は続いている。
四方八方から来る攻撃をアースフォームの機動性と強固な装甲でいなしながら、あたしはビル群を足場に、その上を跳び、渡り行く。
すると、少し先の川がある橋の所で見覚えのある電神がその他の集団と交戦している姿が目に入った。
「あれは!アスクルの電神!リーオベルグ!!」
ずっと一緒にプレイしてきたんだ!見間違えるはずない!
あたしはリーオベルグの元へと急ぐ。
アスクルの電神であるリーオベルグは背に提げた大剣を抜き放ち構えた。
他の電神たちが一斉に襲いくるも、それを素早い動きで翻弄しつつ、的確に対処していく。
リーオベルグは他の電神と比べて明らかにスペックが高い。
アウマフもそうだが、この電神たちは恐らく電神の中でも上位種だろう。
そんなリーオベルグでも、やはり多勢に無勢、手こずっているようだ。
一体の電神が、リーオベルグの大剣をすり抜け、背後から斬りかかる。
「ちぃ!」
アスクルは舌打ちを漏らすと、振り返ることなくそのまま身体を捻って回し蹴りを放つ。
『グゥァア!!』
蹴られた電神は機械的な悲鳴を上げ吹き飛ばされ、こちらへと飛んできた。
アウマフはそれを強靭な顎で掴み、そのまま噛み砕きログアウトさせる。
そしてようやくアスクルの元へ合流した。
「アスクル!飛鳥ちゃん!無事なのッ!?」
あたしは声をかけながらアスクルに加勢しようと駆け寄る。
「サニーか!?すまない。助かった」
アスクルはそう言うと、目の前にいる電神の集団に向かって大剣を振り下ろす。
『ガァア!!』
電神たちも応戦するように更に機械的な雄叫びを上げる。
「飛鳥も無事だ!安全な所に退避させてある!」
アスクルが叫ぶように返事をする。
「良かった!援護するよっ!」
あたしもそれに答える。
「頼む!そろそろMPが切れる。私は隙をついて飛鳥と合流させて頂く!」
アスクルはそう言い残すと、再び電神の群れへと飛び込んでいく。
「わかった!気をつけてね!」
「ああ!」
アスクルは力強く答えてみせると、すぐに電神の集団の中に姿を消した。
あたしもそれに続いて飛び込む。
アスクルは凄まじいスピードで次々と敵を屠っていくも、集団の隙を付き退避行動に移る。飛鳥ちゃんと合流するのだろう。
戦士職のアスクルではMPの枯渇も早く、長時間の電神の操縦は出来ない。あたしはアスクルが上手く逃げられるよう、彼が離脱した方向に他の電神が向かわないよう立ち回り、ヘイトを集める。
あれだけいた電神もアスクルの奮戦もあり、その数残り数体。
アスクルが離脱して数分経つ。
もう大丈夫かな?と思いながらも油断なく構える。
その時、アウマフに陰が掛かり視界が暗くなる。まさか直上!?
慌てて上を見上げるとそこには新たな電神の姿があった。
その灰色と碧色をした堅牢そうな電神は空中で魔力を解放し、物凄い勢いでアウマフ目掛けて墜ちて来た。
「えぇーーーッ!!」
咄嵯に横に回避するも、先程まで自分たちが立っていた場所に巨大なクレーターが出来る。
そこに出来た大きな穴を見てゾッとする。
クレーターはたちまち元の道路へと戻っていく。
もしあのまま突っ立ってたら今頃……
周りにいた他の電神たちはその衝撃に巻き込まれ、全て光の粒子となって消えていく。
砂塵が舞い、電気街のメインストリートにアウマフと灰碧色の電神の二体が相対する。
今までの電神とは雰囲気からして明らかに違っていた。こうして相まみえているだけで相手から感じられるプレッシャーが異様な程伝わってくる。
四精霊たちも同じ様だ。
「……何よ…この威圧感……」
あたしは思わず呟いていた。
『ダイタニア』にはこんな奴いなかったはず……
「…《襲撃戦》は楽しんで頂けましたか?」
灰碧の電神が静かに抑揚なく喋った。女性の声だ。
「レイドバトル…?」
あたしは灰碧の電神の言葉に聞き覚えある単語が含まれていた事に首を傾げる。
あの、ゲームでよくある集団戦のことだよね?
「そう。あなたは勝ち抜き、見事最後の一人、勝者となりました」
灰碧の電神は淡々と続ける。
「いえ、この言い方ですと正しくありませんね。あなたがレイドボスの設定でしたから、勝者は一人も出なかったと言い換えます」
灰碧の電神のその言葉を聞いてあたしはようやく理解出来た気がした。
つまり、今回のこの電神たちによる戦闘はあたしをボスに見立てた突発イベントだったと言うこと?
あたしは思ったままの事をそのまま言葉にした。
「今回の件は全部あなたが仕込んだものなの!?どうしてこんな……あなたが運営ッ!?」
「いいえ。私はただの案内役…」
灰碧の電神は質問に答えてくれるけどいまいち要領を得ない。
「それでは、改めてご挨拶させていただきましょう」
灰碧の電神は両手を広げ、胸を張るように背筋を伸ばして言った。
「私の名前はシルフィ。勇者様御一行をお待ちしておりました」
【次回予告】
[まひる]
ゲームではレイドバトルとか
突発イベントって偶にあるよね!
でも何であたしがイベントボスなのよぉ!?
何だか謎の新キャラも出てくるし……
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第十四話「熾烈シルフィ」
今よアウマフ!フォームチェンジ!




