第十話「ログアウト」
「まさか、プレイヤー!?」
あたしが驚くと男たちはニヤリと笑った。
「そ。だからさ、レベル上げついでに、俺たちの軍資金になってよ?」
男はさらに詰め寄って来る。
「悪いけど他当たってくれる?ウィンドたち急いでるから」
ウィンドが毅然とした態度で言うと、男の片方がウィンドの腕を掴んだ。
「おいおい!つれないこと言うなって!」
もう片方の男の手にはいつの間にか精製した《ダガー》が握られていた。
クラスは恐らく《アサシン》!
その刃先は真っ直ぐウィンドに向けられている。
それを見た瞬間、あたしの中でプツンっと何かが切れた。
「あんたら……」
「んー?」
男があたしの方を見る。
「お金欲しさに人に凶器を向けるって…それって強盗じゃない……」
あたしは怒りに任せて男を睨みつける。
「なにお姉さん怒ってんの?だってこれゲームでしょ?ゲームで金稼げるなら、そりゃなんだってやるでしょ!?」
「ふざけないで!!」
思わず声を張り上げると男二人はビクッと肩を震わせた。
「たとえゲームでもね!やっていいことと悪いことの区別は付けなさい!!」
あたしは涙目になりながらも必死に訴えかける。
「あぁもううぜぇな!!」
男は叫びながらダガーを振り下ろす。
しかし、ダガーは既の所で見えない大気の壁に阻まれていた。
「ウィンド!!」
「まひるお姉ちゃん、下がってて。この二人はウィンドが引き受けたよ」
ウィンドはそう言って男たちの前に立ち塞がった。
「くっそ!何だよこの女!!邪魔すんじゃねえよ!」
「………いいえ、ウィンド……」
あたしはウィンドの肩に手を掛け、その前に出る。
そして目の前にいる二人のプレイヤーを見据え、言う。
「あたしが現実を教えてあげる!!」
『超次元電神ダイタニア』
第十話「ログアウト」
あたしの『ダイタニア』での習得クラスはアーチャーに始まり、攻撃魔法職のソーサラー、補助魔法職のエンチャンター、電神使いに向いてるエレメンタラーを介し、更にその上級職のハイエレメンタラーになる。
あたしは目の前のこの許せない光景に無性に腹が立っていた。
こんな、ゲームでお金を稼ぐために人を傷つけるなんて間違っている。
だから……
「このゲームであんたらを負かしてみせるわ!!」
あたしは力強く宣言した。
「ふん、やってみろ!!」
あたしたちは互いに臨戦態勢に入る。
まず仕掛けてきたのは男二人だ。
男二人はそれぞれ違う方向から同時に斬りかかってきた。
「《円形障壁》」
あたしが張ったバリアによって、二人の攻撃は弾かれる。
「《攻撃力増強》、《防御力増強》、《速度増強》…」
あたしは自身に次々と補助魔法を掛けていく。極限まで短縮された魔法詠唱はスキルそのものの名まで短縮されている。
「《魔法障壁》、《対毒耐性》、《対魔法封印》、《四属性全耐性》……」
「シュオン!」という音が連続してあたしから発せられる。
その音はゲームで自身にサポートスキルを使った時の効果音と同じだった。
二人組の物理攻撃、魔法攻撃共に、立ったままのあたしが全て弾く。
「なんだよコイツ!?どんだけ防御特化なんだ?」
「おい、武器も防具も使わずに俺らの攻撃を全部防ぐってどういうことだ?チートじゃねーのかよ!?」
男たちが狼狽え出す。
「…チートは使ってない。ただのプレイスキルの差…」
そう言いながらあたしは更に強化魔法の重ね掛けをする。
「《幸運増強》、《器用増強》、《体力増強》、《知力増強》、《魔力増強》……」
シュオン!シュオン!シュオン!
それを見て男たちがざわつく。
「お、おい…これって、なんかヤバくないか!?」
「こいつ、一体いくつの強化魔法を習得してやがんだ?」
「しかもまだ掛かるぞ!このままだと俺たちマズいんじゃねえか?」
「ひぃっ!」
男たちが怯えて逃げ出そうとするが、既に遅すぎる。
あたし的には歩くのと変わらない速度で動いたつもりだったが、あたしの体は一瞬で男たちの前にいた。
「…そう、死んじゃうかもね?その、あんたたちが言う、ただのゲームで…」
あたしはそっと男二人の肩に触れる。
その瞬間、男たちの体は後方に吹き飛ばされた。
あわや壁に衝突するという寸前で、あたしが空中に張った《障壁》によって激突を免れる。
そのまま男たちは床に転げ落ちる。
「ぐあっ!!」
「がはぁッ!!」
二人は起き上がろうとするが、まるで体に力が入らないようだ。
あたしはゆっくりと二人に歩み寄る。
「…壁にぶつかってたらもっと痛かった…ナイフで人を刺したら痛いじゃ済まされない!…でも、ゲームならいいんだよね?」
あたしが真顔でそう言い放つと、男達は顔面蒼白になる。
「ひっ!く、来るなッ!!」
「まだ電神すら出してねえのに、何だこの力はッ!?」
そんなことを言っているうちに、あたしは男達のすぐそばまで来ていた。
「あなたたちが悪いんだよ?女の子に暴力を振るうなんて……それにあたしの友達にも酷いことしたでしょ?だから……」
あたしは両手で二人に触れようとする。
しかし、次の瞬間
「《即死魔法》ッ!」
男の一人があたしに向けて即死魔法を放って来た!
《即死魔法》――低確率で対象の息の根を止める攻撃魔法。
「ッ!ダメッ!!」
あたしは叫ぶが、あたしに張られた《魔法反射》によって即死魔法が反射される方が早かった。反射された魔法はもう一人の男の方に放たれ、直撃した。
その男は何が起こったのか分からず脱力する。
「《魔法無効化》ッ!!」
あたしは直ぐ様その男に向けて魔法無効化を掛けた。が、間に合っていない!?
男はぐにゃりと駅のホームに倒れ込む。
「ひぃっ!し、死んだッ!!」
残った男が恐怖のあまり絶叫する。
死んだ?
魔法が反射して……
あたしが殺したの?
あたしの手が震える。
「……ぁあああっ」
あたしは声にならない悲鳴を上げた。
動悸が激しい。顔から血の気が引き、変な汗が出てくる。は、吐きそう…
「こ、こんなのやってられっか!」
男は取り乱し、自分のスマホを操作しようとする。
「ログアウト!ログアウトさえすればいいだけだッ!そうすればこんな世界…ッ!」
男は『ダイタニア』からログアウトしようと試みる。男がステータス画面からメニューを開き、設定画面から半ば強制的にログアウトをする。
男がログアウトボタンをタップすると、そのまま床にへたり込んで動かなくなってしまった。
「ッ!!」
あたしはその男に駆け寄る。
青ざめた顔であたしはその男を見る。
脈はあり、息もしている。気絶しているだけだ。
あたしは先に即死魔法を食らったもう一人の男に視線をやる。
そこにはウィンドがいて
「大丈夫。こっちも気絶してるだけだよ…」
と険しい顔付きで言った。
ウィンドの言葉を聞いてあたしは安心感を覚えた。
あたしはゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
取りあえず、二人は生きていて気を失っているだけ…まずはその事実だけを認識しようと頭の中で反芻する。
あたしが気持ちを落ち着かせようとしていると、気絶していた男が目を冷ました。
「ぅうっ……俺は一体?」
どうやら意識を取り戻したようだ。
その男は辺りを見渡した後、すぐに立ち上がって歩いて行く。
「ちょ、ちょっと!あなた大丈夫なの!?」
あたしは慌てて声をかける。
しかし彼はあたしを一瞥すると
「はあ。お姉さん、誰っすか?」
と言って歩き去って行った。
彼が見えなくなるまで呆然とその後ろ姿を見送った後、あたしはウィンドに向き直って
「ねえ?今の人、なんかおかしくなかった?」
あたしは残された違和感を口にした。
ウィンドは眉間にシワを寄せて
「うん……こっちで気絶してたヤツも、さっき目を覚まして、ウィンドたちのこと覚えてないように歩いて行っちゃった…」
と言った。
そしてあたしは『ダイタニア』の今回のイベントについて思い出す。
“イベント専用マップではログアウトした場合死亡扱いとなり、再ログインは出来ません。”
この一文から読み取れることは……
マリンがいたらきっと早いんだろうな、と思いつつも、あたしは考える。
さっき即死魔法を受けた男は『イベントマップ上で死んだ』。そしてもう一人の男はこのイベントマップから『ログアウト』をした。
『ログアウト』は『死亡』扱い。
逆を言えば『死亡』は『ログアウト』扱いということになる。
実際、どちらも意識を失うも、その後意識を取り戻したら『ダイタニア』のイベントに参加していたこと、その直前の出来事を忘れていた。
「これってつまり……」
あたしがそう呟くと、ウィンドが答えてくれた。
「多分だけど、今やってる『ダイタニア』のイベントからログアウトすると、再度イベントに参加することは出来なく、その存在も忘れちゃう…」
そう、ということは
「『ダイタニア』で死んだりしても実際世界では死なないで、ログアウトした状態になる。
ログアウトした状態というのは『ダイタニア』をプレイしてない地球人に戻るということ…
そして、どこまでの記憶か分からないけど、『ダイタニア』に関する記憶を失くしちゃう…」
あたしはなんとかそこまで噛み砕いて考えてみた。後でみんなの意見が聴きたい。
とりあえず今は……
「…ウィンド、家に帰ろう?」
「…そだね」
あたしは憔悴しきった顔でウィンドの顔を見て、一度小さく微笑むと、同時に歩きだした。
ということがあったと、あたしはアパートに着くなりマリンたちに話した。
みんな真剣に聞いてくれて、途中からは表情が強張っていた。
そして話が終わると、それぞれ考え込むように黙ってしまった。
でもそれは一瞬だった。
「まひるお姉ちゃん! まずはご飯食べようよ!」
ウィンドが元気よく言った。
「…賛成です」
アースが賛同する。
「そうだな。腹が減っては何とやらだしな」
ファイアが笑う。
「今夜は僕たちが見様見真似でオムライスを作ってみたよ」
マリンがキッチンから言う。
いつも通りの雰囲気になった気がして、あたしは少し安心していた。
テーブルには五人分のオムライスが並べられていた。
「おおっ! 美味しそうな匂いがするじゃない!みんなすごいね!」
あたしがそう言って席につくと、他の四人も同じように座った。
みんなも席についたところで手を合わせていただきます。
「先日、まひる殿に初めて作って頂いたオムライスの味が忘れられなくて、今回は自分たちで作ってみました」
アースが得意気に言う。
「マリンが文献、こっちでは『いんたーねっと』っていうのか?それで調べてな、三人で頑張ったぜ!」
ファイアがそう言って付け足した。
「…まあ、キッチン内は見ないでおいてくれると助かるよ」
そうマリンが言ったのであたしはキッチンに目を向けると、色々な物が散乱し、しっちゃかめっちゃかになっていた。
「後で責任を持って片付けるから…」
マリンが珍しく肩を落として言う。
「三人ともありがと!片付けは後でみんなでやればいいことだわ。今は頂きましょ!」
そう言って一口食べると、ケチャップの味が口に広がって、少し甘めのチキンライスの食感が心地良い。
うん。おいしい。
「まひる殿のように上手には出来なかったのですが…」
アースは照れ臭そうに頭を掻く。
「いやぁ、全然問題ないと思うよ?とっても美味しいよ」
そう言ってもう一口食べてみるとやっぱりすごく美味しい。
「お兄ちゃんが『料理は愛情』だって言っていたけど本当だったんだね。みんなが作ってくれたオムライス、最高に美味しいよ!」
あたしは満面の笑みで言う。
すると、アースの顔がみるみると赤くなっていった。
「……どうしたの?」
不思議に思って聞いてみた。
「いえ……その、面と向かって言われると恥ずかしくてですね……」
アースが顔を真っ赤にして答える。
「そっ、そうだよね!?なんかごめん!」
あたしも顔が熱くなるのを感じながら謝った。
そんなこんなでご飯を食べていると、先程から会話に参加していないマリンにきづいた。
「マリン、どうかした?」
気になったあたしはマリンに声を掛ける。
「あ、いや。済みませんまひる。食事中にさっきまひるに言われたことを考えてしまっていたよ」
マリンが申し訳なさそうな表情で答えてくれた。
「さっきのって、ダイタニアのログアウトのこと?」
あたしがそう訊き返すと、マリンはこくりと頷く。
「みんな、食事中に済まない。食べながら聴いて欲しい」
マリンが真剣な口調で言った。
「さっきまひるから聴いた話に、僕なりの仮説を立ててみた。今の《地球》と《ダイタニア》について」
マリンは手元のオムライスを指差し話し始める。
「まひるの世界《地球》がこのオムライスとする。そして僕たちの世界がこのラップだとする」
マリンが近くにあったラップを手に取り、少し引き出す。
「今の世界はオムライスの上にラップを掛けた様な状態だと仮定するよ」
マリンがオムライスにラップを掛ける。
「そして、このラップを堺に、ラップの下と上の世界が在り、ラップの下に居るのが今までの地球人。そしてラップの上に居るのが『ダイタニア』のプレイヤーと、僕たちの様な『ダイタニア』のイメージから顕現した存在で…」
なるほど。マリンがオムライスとラップを使って説明してくれるお陰で何となく分かり易い。マリンは続ける。
「今回の『ログアウト』に関しては、プレイヤーがラップの上、つまり『ダイタニア』から出ようとした場合、ラップの下のオムライスに戻されるということになるらしい。それはラップの上で死んだ場合も同様のようだ。まひるの見解と僕の見解も同じだよ」
マリンはあたしの方を見て淡々と続ける。
「それと反対に、今回ウィンドがプレイヤーでない地球人に可視化してしまったのは、先日まひるに買って頂いた『地球の洋服』を着ていた為だと思うんだ。『地球の者』ではない僕たちが『地球の物』を装備すると、僕たち、非物質的な存在がラップの上から下に移動する。が、これは現プレイヤーと同じ様にダイタニアのフィールドから完全に抜け落ちた訳ではなく、その存在だけが地球上に可視化されるのだと思われる。この混ざった世界が姿形の無かった僕たち、精霊が地球の服を着ることで、地球人と錯覚してしまうのかも知れないね」
地球の服を着ると精霊たちも誰にでも視えるようになる!?あたしはハッと驚く。
「オムライスからラップの上は見えないが、ラップの上からはオムライスが見える。これがプレイヤーや僕たちの特異な視点。『ダイタニア』をプレイしてない地球人からすれば何も変化のない日常が続いている。今のところはね…」
マリンはそこでラップを捻る。
「今後、いつ世界が捻れて実際に地球に被害が及ばないとも言い切れない。今のこの状態を元に戻すには、ラップを取り除く必要がある」
マリンがラップをオムライスから外した。
「…ラップを外す。つまり、自分たちのダイタニアを消滅させるということか?」
アースが怪訝な顔で訊く。
「……元々僕たちの世界、ダイタニアは地球人によって創られた世界だ。消滅というより、元々の姿に戻るという言い方が適切かもね…」
マリンが少し自嘲気味に笑う。
「………まひる様とは、別れたくねえ…」
ファイアが小さく漏らした。
「…そうだね。みんな同じ気持ちだよファイア。それにこれは僕の仮説だ。絶対にこうだとは言い切れない」
「でも、何も行動指針がないよりはずっといい…!」
アースが力強くマリンを肯定する。
「うん!まだどうなるか分からないなら、ウィンドたちはその時が来るまで精一杯この世界でまひるお姉ちゃんたちと過ごしたいな!」
ウィンドがいつもの様に元気よく答えた。
あたしはウィンドの言葉に目頭が熱くなり、頷く。
「…うん…う、ん……」
「泣かないでまひる?僕たちは恐らくいずれ別れる時が来る…」
マリンが優しくあたしの頬を伝った涙を指で拭ってくれる。そして
「でも、それは今日じゃない…!」
そう言って微笑んだ。
あたしも涙で濡れた笑顔で答える。
「……ありがとうマリン。みんな、大好きだよ」
みんながあたしに笑顔を向けてくれる。
「みんな、食事時に済まなかったね。以上が僕の今思い付く限りの妄想だ」
マリンがみんなに向き直り言う。
その声にはいつもより活気が満ちているように感じる。
「そこで、僕たちはこれから何をすればいいか考えた。ヒントは流那がくれたよ」
「え!?ルナさん?」
あたしは少し驚きマリンに聞き返した。
「うん!僕たちの最初のクエストは、風待進次郎に会いに行くことさ」
マリンは少し大げさにドヤ顔をしてそう言った。
【次回予告】
[まひる]
暴力反対!絶対反対!
と言いつつも、あたしがとった手段も暴力だよね…
ウィンドが無事でよかったけど自己嫌悪…
あ、スマホに着信!
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第十一話「旅立ちの日」
みんなで少し早目の夏休み開始だー!
――――achievement[最初のPK]
※初めてプレイヤーをログアウトさせる。
[Data01:設定資料集①]がUnlockされました。
別項(投稿済作品一覧)の『超次元電神ダイタニア[Data Files]』をご参照ください。




