第一話「ようこそ現実世界へ」
薄暗い石床を駆け、相手との距離を取る。
放つ矢が敵オークロードの脳天を射貫く。
後方からも敵三体。あたしは大気の精霊に向け囁く。
「《風の刃》!」
最大まで短縮された呪文詠唱。高レベルのあたしだからこそ出来る業だ。
振り向きざま放った風の刃は突風に乗り、敵目掛けて加速する。
二体のオークロードを切り裂き、残る一体には辛うじて避けられた。
「大丈夫だ! 任せろ!」
そこへ背後から駆け寄ってきた仲間が残りの一体を倒してくれた。
「助かったわ」
「いや、お互い様だぜ」
仲間にお礼を言いつつ弓と矢を背中に戻す。
――ここはとある異世界。
そして今いる場所はダンジョンと呼ばれる洞窟の中。
あたし達はその深部でモンスターと戦っていた。
「それにしても凄いな。まさかこんなに強いとは思わなかったぜ」
と、仲間の獣戦士が感心してあたしに言う。
「そうね。でもそっちだって強いじゃない?」
「ああ、俺は前衛だからな。後ろに下がって魔法を使うお前さんほどじゃねえさ」
「ふふっ……ありがとう」
あたしの名前はサニー。
種族はエルフで、弓と魔法を使う後方アタッカー兼サポーター。
見た目は十五歳くらいかな? 身長は低くて胸も無いけど、そんなところが気に入っているの。金髪のロングヘアーが素敵でしょ?
そして、今あたしの前には巨体の獣戦士、アスクルが構えている。
彼はあたしより倍ほど大きい筋肉質の雄獅子。
種族はビーストで大剣を振り回す近接アタッカー兼タンク。付き合いもそこそこ長い。
「いくぞぉッ!」
アスクルが叫びながら新たに湧いた敵の群れへと突撃していく。
「我が同胞たち、今生の兵たち。眼前の遮る壁が一先ず邪魔か?ならば穿ち、引き裂く牙をくれよう…」
アスクルは向かってくる敵を薙ぎ払いながら独特な言葉のスキル詠唱を始める。
「…心無く凡てを蹂躙しうる無情をくれよう。《戦意鼓舞》!」
彼の雄叫びは敵を怯ませ味方を鼓舞する効果がある。スキル名は《戦意鼓舞》。
敵の守備力は下がり、あたしたちの攻撃力が僅かに増した。おかげで戦闘はとても楽になる。
独特な中二病全開の詠唱はあたしは嫌いではない。毎回笑っちゃいそうにはなるけどね。
あたしはアスクルが戦っている間に回復薬を使いHPとMPを回復させる。
アスクルは眼前のモンスターを次々と切り刻んでいった。
その隙にあたしの減っていたMPがかなりの量充填された。
目の前にはこのフィールドのボスと思しき大型モンスターの多頭蛇が出現している。
「よし、これで終わらせる! アスクル! 下がって!」
あたしは地の精霊に語りかける。
「悠然たる大地の精霊よ、今こそその力をこの地中に示せ…」
あたしは詠唱を始める。
「おいっ! まさかダンジョン内で《電神》を呼ぶ気かっ!? 無茶するな! 崩落の危険もあるぞ!」
アスクルはあたしのクラスを忘れてしまったのか、焦っている。
「ふっふっふっ…サニーは地中のダンジョンにいても精霊と交信することによって唯一電神を召喚出来る上級精霊使役者エルフなのよ…!」
あたしは不敵な笑みを浮かべながら詠唱の最後の言葉を紡いだ。
「出よ《アウマフ》!!」
あたしの声がダンジョンに木霊する。洞窟全体が震動し、地面に太い亀裂が幾つも入る。そして地を穿ち、鋼鉄の巨体があたしの前に現れた。
アウマフと呼ばれたその巨体は、ドラゴンの頭部にドリルを着けたような異形な機械の塊だった。
獣のような四足で、土属性だと言わんばかりの頑強な装甲、黒光りするボディ…この無骨さがまたいいっ!
あたしは興奮覚める間もなく、その操縦席に飛び乗る。
「アウマフ! アースフォーム! 《索敵》!」
あたしはコクピットハッチを閉じ、すかさず目の前のコンパネを操作していく。そして目標を眼前の大型モンスター、ヒュドラに定める。照準が固定する。
アウマフは頭部にある巨大な衝角をゆっくりそちらに傾ける。
あたしは更にコンパネを素早い手付きでタッチ、スワイプし、最終攻撃を入力する。
「アースダイナミック! 《流星破砕弾》っ!!」
アウマフはより敵を貫くことだけに特化した姿へと変形し、巨大な弾丸と化しヒュドラに向け突進した。
洞窟の床、壁、天井…触れた物を瓦礫と化し、アウマフが通り過ぎた跡はその形に削り取られ、ヒュドラの胴体に巨大な風穴を開ける。ヒュドラは絶叫する間もなくアウマフの衝角に削り取られ光の粒子となり消滅した。
「なんて奴だ…」
アスクルはあたしがアウマフ召喚前に張った《円形障壁》によって崩落する瓦礫から護られながらそう呟いた。
「アスクル、残りのこまいの、お願い!」
あたしは額から滴る汗をそのままに、アウマフの操縦席からアスクルにお願いした。
やはり、電神召喚からの最終攻撃は、流石のあたしもMPの殆どを持っていかれる…疲労困憊だ。
最後の一匹を切り倒しアスクルは一つ息をつく。
「やった! 勝ったね」
あたしも喜びの声を上げ、思わずアウマフの操縦席から飛び降り、アスクルに抱きついてしまう。アスクルはあたしを軽く受け止めてくれた。
「おっとっと! どうしたんだ急に?」
「えへへ! ごめんなさい。嬉しくってつい!」
多くの仲間の犠牲のもと、ここまで辿り着いたあたしたちのパーティは、今やここにいる二人だけになっていた。
「ははは。かなりここまで苦戦したからな、クリア出来てよかった。というか、今回のクエストはほぼお前に良いところ持ってかれちまったけどな!」
アスクルは笑顔を浮かべると豪快に大声を上げて笑った。それに釣られてあたしも声を出して笑う。
本日のクエスト無事クリアー!
あたしは画面の向こうのアスクルたちにお礼とさよならを告げて『ダイタニア』からログアウトした。
「あぁ~! 大変だったけど楽しかった~!」
ベッドの上に仰向けになり大きく伸びをする。
今日は久しぶりに徹夜してしまった。オンラインゲームは長時間プレイしていると目が疲れちゃうのよね……
それでも楽しいからやめられないんだけど。
あたしは頭に装着したヘッドギアから自分のスマホを抜く。
これは今流行りの最新ゲーム。
スマホでゲームを動かし、このヘッドギアにスマホを挿して網膜に投影し、あたかも自分がそのゲームの世界に実在するかのような感覚で遊べる《バーチャルエクスペリエンス》と言われるジャンルのゲームだ。
「そうだ! 寝落ちする前にシャワー浴びとかなくっちゃ」
あたしは着替えを持って部屋を出ると脱衣所に向かった。脱いだ服は洗濯機に入れてスイッチオン。
それから浴室に入り蛇口をひねる。勢いよく流れ出したお湯が冷えきった身体を温めてくれる。あたしは頭から熱いシャワーを浴び続けた。
「はぁ……気持ち良い……」
シャワーを止めタオルで髪を乾かすと、ドライヤーで仕上げを行う。
念入りに亜麻色の長い髪を整え、お気に入りのネグリジェを着て姿見の前に立つ。
「お腹周り、よし!」
くるりと回ってポーズをとってみる。
そこにはゲームの中にいたエルフのサニーより身長もあり、肉付きもいい、二十四歳のあたしが映っている。
あたし、サニーこと、相川まひるは週末の夜は決まってオンラインゲーム『ダイタニア』へと現実逃避し、日頃の鬱憤を晴らしている、どこにでもいるようなただのゲーム好きな社会人だ。
翌朝の土曜日、あたしが目を覚ますと、枕元に置いてあるスマートフォンが震えていた。
「ん……もう朝かぁ……」
あたしは眠い瞼を擦りながら手探りでスマホを手に取る。
「あれぇ……? メールだ……」
あたしは欠伸をしながら画面をタップしてメーラーを立ち上げた。
「えっ!? 嘘! マジで!」
それは嬉しい誤算だった。『ダイタニア』の運営からのダイレクトメールだった。
『ダイタニア』とは、昨年サービス開始したばかりの《バーチャルエクスペリエンス》対応オンラインゲームである。
運営は大手ゲーム会社ではなく、個人経営の小さなベンチャー企業で、主な収益源は広告収入らしい。
運営会社は『ダイタニア』の開発費として約百億円を投資しており、その宣伝効果からサービスインから間もないにもかかわらず、ユーザー数は急増していた。
『ダイタニア』は剣と魔法のファンタジー世界が舞台であり、プレイヤーは冒険者となって様々な依頼をこなしていく。
『ダイタニア』の魅力はなんと言ってもその美麗なグラフィックにある。スマホだけのプレイでも十分面白いのだが、《バーチャルエクスペリエンス》を通してプレイすると『ダイタニア』の真価が感じられるだろう。
ゲームに登場するキャラクターはフル3Dで作られているが、《バーチャルエクスペリエンス》を通すことで限りなく現実に近い再現度になる。それはまるで自分がゲームの世界に居るかのような錯覚を覚えるほどだ。
また『ダイタニア』ではレベルアップによる身体能力の上昇、スキル習得、装備アイテムの変更などにより外見が変化する拘りよう。
そして何よりも魔法だけではなく《電神》と呼ばれる巨大ロボを召喚して乗って自由に操縦できるといった男の浪漫が詰まっている。
あたしは女だけど。
そんな『ダイタニア』にロボットアニメ大国の日本人がハマらないわけがない。
あたしは寝起きの冴えない顔のまま『ダイタニア』の運営から届いたメールを読んだ。
内容は昨晩倒したボスモンスター討伐報酬のお知らせだった。
『ダイタニア』はプレーヤーのレベルに応じて難易度の高いクエストを受けられるようになる。
あたしは今MAXのレベル50 なので、現状での最高難度のクエストを受けることが出来た。
ちなみに最高難度クエストは十段階あり、その中でも一番難しいクエストをクリアーすると、今回みたいに運営から特別なプレゼントがもらえるのだ。
その特別ボーナスというのが――
「え! これってもしかして噂に聞く未実装アイテムじゃない!?」
あたしは思わず大きな声を出してしまった。慌てて両手で口を押さえる。隣近所に迷惑をかけてはいけない。ごめんなさい。
それにしてもまさかこんなレアアイテムを手に入れてしまうなんて……!
実際、何に使うアイテムなのかは未だ不明だが。
『ダイタニア』は課金制のゲームではない。つまり、これはお金で買える物では無いということだ。
このアイテムは運営がテスターとして用意したもので、プレーヤー達の手によってこれから創られていくものなのだ。
だからこそ、これは『ダイタニア』の未来を担うプレーヤーに対する先行体験の贈り物とも言える。
あたしは早る気持ちを抑え、朝食と身支度を素早く済ませる。まずはたまの休日なのでやる事やってしまおう!
掃除に洗濯っと。家事を始めようとした矢先にスマホから着信音が鳴った。
「ん? フレンドからのメッセージ。あ! アスクルさんからだ!」
アスクルさんはあたしのオンライン上の友達だ。実際に会ったことはもちろん無い。
なになに?
アスクルさんとこにも昨日のクエスト報酬が届いたみたいね。なんかすごい喜んでるみたい。あたしも釣られて笑顔になった。
ふと、アスクルさんのメッセージをスクロールしていくと気になる一文があった。
【ところで、サニーさんはもう公式HP見ましたか?もしまだなら、今すぐ確認してみてください!】
アスクルさんの何やら興奮冷めやらぬメッセージに、あたしは考えるより先に行動に移していた。
スマホから『ダイタニア』の公式サイトに飛ぶ。トップには巨大なドラゴンと魔法使いの女の子のイラストが描かれていた。
その下には運営からのお知らせ一覧がある。あたしはお知らせの一覧を開いた。上から順番に読んでいく。あった。
新着のお知らせ欄に『ダイタニア』のアップデートに関するお知らせを見付けた。新しいイベントの追加とそれに伴うサーバー増設のお知らせ。
それと……
「えっ…………」
あたしは言葉を失った。信じられない。
『ダイタニア』の新しいイベントとその内容について。
今回のイベントで追加されるストーリーは、なんとサニーが主役らしいのだ。
「うわぁ! すごい!」
興奮してきた! だってあたしのサニーと同じ名前なんだよ! 嬉しすぎるよ!
あたしはワクワクしながらあらすじの続きを読んでいった。
主人公は女エルフ型のアバターで名前はサニー。
サニーは冒険者で、《電神》と呼ばれる機械に乗って戦うことができる数少ない《勇者》だった。
そんなサニーを羨み、他の冒険者がサニーの電神と地位を奪おうと次々と襲ってくる。
サニーは仲間と一緒に逃げ、戦いながら旅を続け、ついに――
――ついに命を落としてしまう。
「え…?」
サニーは本当に死んでしまうのか!? その真実を君が確かめろ!
という括りであらすじの紹介は終わっていた。
「えー……」
なんだか微妙そうな感じがするんだけど。
確かにあたしは女エルフ型アバターで、サニーという名前でプレイしているけどさ。
なんか感じ悪っ!
あたしは『ダイタニア』の運営が嫌いになりそうだった。せっかくアスクルさんと盛り上がってた気分が一気に台無しだよ!
だけど運営のお知らせはまだ続く。
実は今回のイベントには隠された秘密があるのです。それは電神の秘密。
電神はただの兵器ではありません。電神の本当の姿は異世界へ繋がる門。
そして電神は異界の扉を開く鍵でもあるのです。電神を使いこなすことが出来るのは選ばれた人間だけ。
それが、この物語の主人公であるサニーなのです。
冒険者の皆さんには是非ともサニーを見付けていただきたい。
この世界を救う救世主となるのは、サニーか、あなたか……
「えぇ~……」
これ、完全にネタバレじゃん! しかもこのストーリーだと、あたし死んじゃうかもだよね? なんか、いきなりバッドエンド確定してるようなもんなんですけど……
運営は一体何を考えてるの? あたしは怒りを通り越して呆れてしまった。
「ま、いっか!」
どうせあたしは『ダイタニア』をプレイするし、きっとこのイベントも遊ぶだろう。
だったらさっき運営から届いたレアアイテムを確認しとこう!
あたしはスマホをいじり、『ダイタニア』のホーム画面に戻った。
まずはメールボックスを確認する。
運営からのプレゼントが二つと、あとはフレンドからのお祝いメッセージがいくつか来ていた。
運営からのプレゼントコードをゲームに反映させようとそのアイテムをタップした。
その瞬間、あたしの体の周りに光の柱が立ち上り、あたしの視界は真っ白に染まった。
「きゃああああっ!!」
あたしは突然のことに驚き、叫んだ。光は直ぐに収束し、その光はあたしのスマホへと吸い込まれるように消えて行った。
「今のは……何?」
何が起きたのかさっぱり分からない。
あたしは動揺しつつも、とりあえずスマホの『ダイタニア』を起動し、ステータス画面を開いてみた。
すると、あたしの、サニーの職業欄に『勇者』という文字が追加されていた。
「えっ!? なにこれ! どういうこと!?」
あたしは自分の目を疑った。
まさか、本当に『ダイタニア』のイベントシナリオの主人公に選ばれたっていうの……!?
「嘘でしょおーーー!?」
あたしの声が土曜日の空に響き渡った。
『超次元電神ダイタニア』
第一話「ようこそ現実世界へ」
【次回予告】
[まひる]
ついに始まった『超次元電神ダイタニア』!
あたしはただゲームを楽しみたいだけなのに、今日はログイン出来なかったり、勝手に新しいクラス増えてるしで折角の土曜日が台無しだよぉっ!
あ、アスクルさんからメールだ。
ふむ、なになに?
次回!『超次元電神ダイタニア』!
第二話「あなたの瞳に映るもの」
明日はちゃんとログイン出来るかな〜…




