094 哀愁のセンティネルズ⑤
(およそ2,000文字)
「話ってのはなんだい?」
ヴァルディガが尋ねると、ベイリッドは自分の席から便箋を2通取り出して見せる。両方とも開封されて、すでに読まれた跡があった。
「ひとつはディバーの本邸からだ」
「シャーニカ宮から?」
ヴァルディガが手紙を受け取り、「読んでいいのか?」と聞くと、ベイリッドは頷く。
「これは……」
「父が死の病に冒されたそうだ」
「コディアック様が?」
「余命は最悪1年。よくて数年……いずれにせよ、そう長くは持たないだろうとのことだ」
まるで他人事のようにベイリッドは言う。
「家督の件について、私にも権限がある。話し合う必要があると……まったく、いまさらな話だ」
「も、戻らねぇと…」
ヴァルディガがそう言うと、ベイリッドは「そうだな」とその気がないように呟いた。
「……“今のサルダン”に戻りたくない理由もわかるよ。だけど」
「クライラの件は関係ない」
撥ねつけるように言われ、ヴァルディガがわずかに怯む。
「……父と兄の件は、逃げ続けることなどできないとは理解しているんだ。戻る気はある」
「なら、今回のドラゴン討伐は後にして…」
「それはできない。戻るのは、討伐の後だ」
「なんでだよ? フロストドラゴンだって、別に村や町を襲ってるってわけじゃねぇんだろ? 後回しにしたって別に…」
「この氷霜竜が最後の“悪しきドラゴン”なのだ。この討伐は何よりも優先されなければならない」
「親の死に目よりもかよ……」
ヴァルディガの問いに、少しも迷うことなくベイリッドは頷く。
「父と今生の別れは済ませたつもりだ。向こうも放蕩息子の顔など見たくもあるまい。
……それよりも、父の死後の方が問題だ」
「ハイドランド……か」
ベイリッドは苦々しそうに頷く。
「兄がライラードに服従するつもりがないのを、父はようやく知ったんだろう。だからこそ、手紙を今際になって寄越した。
しかし、それとは別に、父が健在のうちにできる手は打ったつもりだ。冒険者ギルドは中立だが、“ドラゴンスレイヤー”の名は、牽制や話し合いの場を設けるぐらいには使えると思ったんだがね。
……これが、その返答だ」
もう1通の手紙をヴァルディガに手渡す。
「これは……サルダンの冒険者ギルドと連絡を取り合ってたのか?」
「ああ。だが、その文を最後に連絡が途絶えた」
読み進めるよう促され、ヴァルディガは書面の内容に目を通していき、次第に眉根に深いシワが生じる。
「……は? なんなんだよ、こりゃ。ライラード主国と、ギルドが裏で繋がってやがるって? どういうことだよ?」
「そのままの意味だ。あくまでライラードにある支部だけのようだが、当然、サルダンの情報も封鎖されている。だから、冒険者ギルドを介してもこちらの意向は伝わらない」
「本部はこれを知っていて黙ってんのか?」
「裏切っているのはほぼ間違いない。だが、巧妙に隠して尻尾を見せないそうだ。証拠がなければ対処も難しい」
「……裏で工作しているヤツがいるってことか」
「そういうことだ。ギルドを通してライラードやサルダンに働きかけられない以上、ルデアマー家の育んだ土壌を……それを継いだ兄が、サルダンを完全に売るのはそう遠い未来の話ではない」
ベイリッドは髪をかきあげ、大きく息を吐く。
「じゃあ、どうするんだよ?」
「無論、直接、赴くしかないだろう。ペルシェにはこの時のために代理人を立てている」
「お前が戻ってくることはないからこそ、喜んで町長代行を引き受けたヤツだぜ? しかもハイドランド寄りだ。素直に席を明け渡すと思うか?」
「だからこそいい。彼に甘い汁を散々吸わせたのは、私に有利な条件を呑ませるためだ。私がまだ父から与えられた権限を有してると知ったら、ハイドランドは怒るだろう。自分の確認不足を棚に上げ、権利書を確認しなかった落ち度を責め立てるはずだ。そうなれば、彼はディバーに頼ることもできなくなる」
「なるほどね。ペルシェにスムーズに戻る時のため、各ギルド……次代のリーダーを担うヤツらに根回ししといた甲斐もあったな」
ベイリッドはわずかに驚いた顔を浮かべるに、ヴァルディガは笑って頷く。
「……知っていて私を試したな?」
「いや、政治には興味なくなってそーだったからな。少し心配になっただけさ」
ベイリッドはフッと笑う。
「ヴァルディガ。私はお前をもっとも信頼している。君は最良の友だよ」
「……ベイリッド」
ヴァルディガは、陶酔した熱い視線をベイリッドへと向けた。
「……俺はお前のためなら何だってやる」
その言葉はベイリッドというより、自分自身の決意を表明するかのような言い方だった。
「そうだ。ベイリッド」
「うん? なんだい?」
「ペルシェに戻った時、ハイドランドと対峙するなら、俺にひとつ妙案があるんだ」
「妙案?」
「ああ。最近、ギルドの噂で聞いたことがないか。魔物を扱う商人の話を……」
「魔物を扱う商人だと…?」
「ああ。そいつは“罪与の商人”って、そう呼ばれてるそうだ」




