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093 哀愁のセンティネルズ④

(およそ2,700文字)

 セルヴァン本部から“竜殺し(ドラゴンスレイヤー)”の称号を正式に与えられたベイリッドは、現時点では5人としていないとされる、ギルドの最高位“ブラックランク”へと昇格し、まさに飛ぶ鳥を落とすような勢いであった。


 “センティネルズ”の活動範囲も拡がり、下位組織グループのようなものまで現れ、それらを合わせると総勢150人を超える大所帯となっていた。


 ベイリッドを含む主要メンバーこそはドラゴン討伐のみしか行わないが、副隊長ヴァルディガやシャルレドといった力量のある古参メンバーは、下位組織部隊を率いて他の討伐任務に当たることも多かった。


 そんな状況が数年続き、右腕のヴァルディガですら、ベイリッドと言葉を交わさないことが数ヶ月続くということも当たり前のようになっていた。



「よお、ヴァルディガ隊長(・・)殿」


 酒に酔ったシャルレドが薄ら笑いを浮かべて向かいの席に座る。


「冗談でもやめろや…。実のところ、“副隊長”と呼ばれるのも腹が立ってしゃあねぇんだぜ。シャルレド」


 目の下に深いシワを刻み、全身からやさぐれた雰囲気を醸し出したヴァルディガは、酒に焼けた喉から発したガラガラ声で言う。


「実際、オマエを“ドラゴンスレイヤー”と呼んで慕う部下も多いにゃ」


 エールを飲み干し、シャルレドはプハッと息を吐く。

 彼女の美しさは変わらなかったが、ここ最近は頽廃的な皮肉めいた笑みを浮かべることが多くなっていた。


「やめろってんだ。俺はワイバーンしか倒したことねぇんだぞ。それに誰かのリーダー…“(おさ)”になる気もさらさらねぇ。誰かを率いて先頭に立つとか、ガラでもないぜ」


 別の席で、自分の名前を呼んでいる部下を見やり、ヴァルディガは露骨に嫌そうな顔を浮かべた。


「……で、アアシとオマエが揃ったってことは」


「……ドラゴン討伐だろうな」


 2人はフッと笑い合う。


 退屈でつまらない任務の毎日。それが耐えられるのは、時折訪れるささやかな楽しみがあるからだ。

 それは強力なドラゴンの討伐。これに当たっては、ベイリッドから“精鋭”に直接招集がかかるのだ。


 取るに足らない近況報告などを行っていると、奥の扉からベイリッドが姿を現す。その瞬間、ざわついていた場が静まる。


 ある程度の年月が経っても、口髭が増えた程度で、他には変わらない姿に、シャルレドもヴァルディガも安堵感に似た感情を覚える。


 ベイリッドは2人の姿を見ると、以前のように柔らかく微笑んだ。だが、それはほんの一瞬だけのことだ。


 皆の視線が集まる中、踊り台に立ったベイリッドはひとつ咳払いをしてから語り始めた。


「みんな、よく集まってくれた。もう察しのことだとは思うが、今回の受ける最大案件、それは霜氷竜(フロストドラゴン)討伐だ」


 フロストドラゴンの名前に、誰もが互いに顔を見合わせて難しそうな顔をする。

 

 フロストドラゴン自体は討伐ランクSSであり、氷属性のブレスや魔法を使う強敵でこそあるが、それでもアンシェント・ドラゴンに比べれば遥かに格下だ。


 しかし、問題となるのはドラゴン自体の強さではない。霜氷竜の名の通り、主な生息地は雪原、それも人間がまず立ち入らないような標高だ。よほど補助魔法に優れた魔法使いを伴っていたとしても、自然環境に万全に対応するというのが難しく、その上に強力なドラゴンを退治しなければならないのだから、当然に難度が跳ね上がるのである。


「これに同行してくれる者は…」


 そこまで言って、シャルレドとヴァルディガがすぐに手を挙げたのを見て、ベイリッドはフッと笑う。


 やがては、ほぼ全員が手を挙げたのだが、必要とされるレベル帯やスキルなどを示されると、徐々にその手も下がっていき、やがて残ったのは20名ほどだった。


「よし。出発は1週間後だ。各々、準備を進めてくれ。細かな班分けは明日までに決めて連絡する」


 それでベイリッドの話は終わり、選ばれた者以外にも、そのまま残って酒盛りする者、選ばれた仲間の準備を手伝おうと申し出る者、用がなくなったとそそくさと帰る者と、同じ組織に属していても、その後の動き方はそれぞれだった。


「ヴァルディガ。シャルレド。忙しそうだな」


 ベイリッドは踊り台から降りてくると、周囲への挨拶をそこそこに、2人の元へと真っ直ぐにやって来て言った。


「あんたほどじゃねぇよ。睡眠時間も削って、あっちこっちでドラゴン狩ってるそうじゃねぇか」


 久しぶりに話すせいなのか、ヴァルディガの態度はよそよそしさがあった。


「まあ、私が言い出したことだからな。……しかし、すまないな。そのシワ寄せを君たちに任せっきりにしてしまった」


 ベイリッドが申し訳なさそうに言うと、シャルレドもヴァルディガも何とも言えない雰囲気となる。


 “センティネルズ”の名声が高まれば高まるほど、それを危険視したセルヴァン本部は、彼らへの締めつけを強くした。

 ドラゴン出現の情報などの見返りに、普通のレンジャーでは無理難題と断るような依頼まで、半ば強制的に押し付けられているのである。

 ベイリッドがどんなに強いとは言えども、身体はひとつしかない。ましてやドラゴンとは関係がない依頼なども頻繁に来るようになり、それらをシャルレドやヴァルディガなどの古参メンバーが分担して担っていたのである。

 中にはこれが嫌で辞めていった有能なレンジャーも多い。


 これらは偏にベイリッドという個人に力や権利を与えすぎないための苦肉の策であり、本部の言い分は「全レンジャーの示しとなるブラックランクなのだから受けるのは当然である」などと言っていたが、実のところ冒険者ギルドは、ベイリッドが制御できなくなることを恐れているだけであった。


「……ヴァルディガ。少し、2人で話ができないか?」


 ベイリッドがそう言うと、ヴァルディガは一瞬だけ驚いた顔をしたが、やがてニッと笑って強く頷いた。


「アアシは?」

 

 シャルレドは不貞腐れたように聞くが、ベイリッドは頭を掻いて苦笑いする。


「君を蔑ろにするつもりはないが、男同士でしか……ちょっと話せない内容でね」


「ふーん」


 自分で子供じみているとは思ったが、仲間外れにされた気がしてシャルレドは口をへの字にする。


「すまないね。シャルレド。この埋め合わせは必ず……」


 手を合わせて謝罪するベイリッドだったが、シャルレドはそっぽを向き、彼がヴァルディガを伴って私室に行こうとする背中に向けて舌を出したのだった……。

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