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087 商人 対 剣士

(およそ3,900文字)

 ドゥマが走り寄ってくるのに、オクルスは棒立ちになって迎える。


「シュッ! シャッ!」


 短い息継ぎと共に、小剣を小刻みに突き入れ、逃げ道を塞ぐように攻め立てる……これが狂犬ドゥマの得手とする戦法だった。


 対するオクルスは避けるだけで、避けられないと思った突きだけ手刀で払い除ける。


(強い。だが、武闘家の動きじゃねぇ…)


 ドゥマは狂気の笑い声を上げつつも、冷静にオクルスの動きを追っていた。


 構えも素人同然、足捌きに至っても覚束ない。


 しかし、それでも奇妙なのは、態勢をまったく崩さないことと、こちらの攻撃に一切怯まない点だ。


 そして、避けた後に、遅れて剣先を見る時がある。


(なんなんだ、コイツは…? 人間と戦ってる気がしねぇ)


 対するオクルスも、ドゥマを静かに分析していた。


(ドゥマ・ゲリウス。20代前半のヒューマン。“狂犬”の異名を持つヴァルディガの片腕。強さはブルーランクの範囲から特別抜きんでたところはない。魔法は使わない。双剣使い。戦闘は至って単純な近接のみ)


 “戦闘状態”にならずとも勝てそうだと、オクルスは判断する。


 メディーナだけは用心を繰り返し主張してくるが、他の仲間たちは“捕食の声”を上げていた。


 毒や麻痺を使えば一瞬で勝負はつくが、そうなると肉質が落ちるという“抗議の声”で、オクルスはその選択を保留にしていた。


(サニードは否定するだろう。しかし…)


 仲間たちの要望をオクルスは拒否することができる。肉食を好まないのは本当であるし、“肉体を構成する一部分”が欲する程度だ。


(“約束”したわけではない)


 オクルスは考える。もし、ドゥマを捕食したとあれば、そしてそれをサニードに伝えたらどうなるだろうか、と。


 彼女は嫌悪を隠さないだろう。悲しむだろう。そして、もしかしたら涙を流して、オクルスを罵倒するかも知れない。


 いつも彼女は予想外の行動を取った。それは常にオクルスの“好奇心”を刺激するものだった。


「シヒヒッ!」


 オクルスがいきなり笑い出すのに、さっきまで狂気の笑みを浮かべていた側のドゥマが目を白黒させた。


 それだけで、ドゥマが“相手に恐怖心を与えるとめに、狂気のフリを演じていたのだ”とわかる。


「……失礼。そろそろ、この“戯れ”にも飽きてきたもので」


「なんだとッ!」 


「貴方には彼女の関心を引くための呼び水になって貰うとしましょう」


 オクルスは避ける事も防御する事もなく、ドゥマの突きをそのまま胸で受ける。


「な、何の真似だ!?」


 喉、心臓、胃…そういった急所となりうる部分を連続で突き刺し、それでもおよそ痛がる素振りも見せないオクルスに、ドゥマは背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。


「こっちに来るんじゃねぇ!」


 何度か突いて、それでもオクルスはそのまま腕を伸ばす。


 ドゥマは剣をクルッと手の内で回して逆手持ちになり、すれ違いざまに前腕をズタズタに引き裂くという高度な技を見せるが、オクルスは関係なしに腕を伸ばす。


 そして、掴まれそうになったのを、ドゥマは交差させた両腕で上へ弾き、オクルスの袖下側に潜り込もうとした時だった。


「あ?」


 屈んだまま背中側に回ろうとしたドゥマは、自分の手首が掴まれたのに目を見開く。


 伸ばされる手を避け、相手の肘下にと潜り込んだわけなのだから、絶対に掴まれることがない位置にいるはずなのだ。


「なんだこりゃぁッ!?」


 何事かと見やると、オクルスの袖下から、服から突き出すようにもう1本の腕が生えて、それがドゥマの手首を掴んでいたのだ。


「捕まえましたよ」


「チィッ!!」


 ドゥマはその場で身体を捻り、オクルスの顎に蹴りを当てる。その際、自分の鼻頭が肘に当たって盛大に血が飛び散る。


「なんとも器用ですね」


 オクルスは顔色ひとつ変えなかったが、掴んでいた手を離し、その隙にドゥマは転げるようにして距離を取る。


「ハァハァ。薄気味悪いヤツだぜ。だけどな、アニキが言ってた通りだ……間違いねぇ」




□■□




「なあ、ドゥマ。お前、金は好きか?」


 ヴァルディガは銅貨を指で弾いて跳ね上げては、キャッチするを繰り返す。


「金? そりゃ当たり前ですよ。金がキライなヤツなんていないでしょ」


 ドゥマはヘラヘラとして言うが、ヴァルディガの顔が真剣なのを見て喉を鳴らした。


「なら、お前は“商人”か?」


「商人? いやだなぁ、アニキ。そんなの聞くまでもなく知ってるでしょーが」


「なら試していいか?」


 パシンッ! と、一際大きな音を立てて、銅貨を革手袋で掴む。


「試すって…何を?」


 ドゥマが問い返した瞬間、ヴァルディガは右手の内の銅貨を彼に向けて勢いよく弾き飛ばした。


「ッ!」


 ドゥマの視線は、頬を掠めてて行った銅貨の行方を追おうとしたが、ヴァルディガにまだ動きがあり、反対の手に握ったナイフが光るのを見て強く歯を食いしばる。


 ドゥマは即座に手を伸ばし、ヴァルディガの左手首を押さえた。


「……じょ、冗談にしては笑えねぇですよ」


 ドゥマの呟きと、チャリンと銅貨が落ちる音が重なる。


 ドゥマの頬を冷や汗が伝う。ヴァルディガの力の入りようから、本気で刺すつもりだったのだと理解できたからだ。


「……これで、お前が“戦う男”だって証明されたな」


「は?」


 ヴァルディガは、ドゥマの肩を軽く叩くとナイフをしまう。


「……どういうことで?」


「長年掛かって作られた習性ってもんは、そう簡単にゃ変わらねぇって話さ」


「へ?」


 ドゥマがキョトンとしているのに、ヴァルディガは小馬鹿にしたような顔を浮かべる。


「まだわかんねぇのか。いまオクルスに勝つ方法を教えてやったんだ。覚えとけ」


「え!? あ、アニキ! なんだって!? もう一度! もう一度、説明してくださいよ!」


「……ったく。少しは自分で考えろや」




□■□




「オクルス! オメェは“商人”だ!」


 ドゥマを捕らえようと進み出ていたオクルスは、その一言で一瞬立ち止まる。


「……何をわかりきった事を」


「ああ! そしてオイラは剣士だ! コイツで飯を食ってる! “戦闘を売り物”にしてて、負けるわけにゃいかねぇんだよ!」


 ドゥマが鼻血を拭って言うのに、オクルスは目を細めた。


「なるほど。ですが、ベイリッド氏どころか、ヴァルディガ氏にも貴方は数段は劣る。そして、私には勝てない」


「そうだな! それも商人の計算力ってやつか?」


 オクルスは奇妙に感じる。このドゥマという男は直情的で、こういった対話を好む人間だとは思っていなかったからだ。


「確かにオイラは、ボス……オヤジや、アニキにゃ及ばねぇ! だけどな、だからあの人らの強さを尊敬しているんだ!」


「それと何の関係がありますか?」


「あるさ! アニキにゃそりゃたまに“酷いこと”もされるけどよ、間違ったことは何一つ言わねぇ!」


「……ヴァルディガ氏がなんだと?」


「アニキがオイラの力を信じて、オメェにぶつけたって話さ!」


 ドゥマが突っ込んでくるのに、オクルスは「無意味(イニュテル)な」と呟く。


 急所を狙った連続突きを、オクルスは無防備に受け続ける。


(刺しても斬っても、血の一滴も出やしねぇ! どうなってんだコイツの身体は!)


 そして、先ほどのようにオクルスが掴もうとしたのを、交差した両腕で弾く。


「同じパターン。そういうのを馬鹿の1つ覚えと言うのですよ」


 無駄だとばかりに、再びドゥマを掴もうとした時……


「ほらよ! とんでもねぇ“不良品”だぞ!! これ!!」


 ドゥマが片方の剣を捨て、懐から取り出した何かを放り投げる。


 投擲武器かと思ったオクルスが対処に動こうとした時、その投げられた物を見て目をギョロリと動かす。 


 それは、壊れた制約の腕輪だった。


 オクルスの脳裏に──



──不良品だと? 


──セフィラネが用意したアイテムが?


──そんな馬鹿なことがあるはずがない!


──そもそも、なぜこの男がコレを持っている?



 そんな考えがよぎる。


「やっぱ“そっち”に気を取られるよな!」


 オクルスが“商品”に目を向けてる最中、ドゥマのもう1本の剣が迫っていた。


「ッ! しかし、刺されたところで…!?」

 

 オクルスが反撃しようと視線を向けた時、ドゥマが逆手持ちの剣で左手首狙っているところだった。


「やめろ!」


 オクルスの声も虚しく、ドゥマの剣先は、オクルスの手首に巻かれていた制約の腕輪にと当たり、それが砕けて弾け飛んだ。


「……しまった」


 オクルスの手刀は空振りに終わり、ドゥマは「ざまーみろ!」と叫ぶと、脱兎のごとく一目散に逃げて行った。


「逃げた? 殺すッ! …くっ?!」


 ドゥマを追い掛けようとしたオクルスは、左右の脚がもつれ、何かに引っかかったかのように止まる。


 “統制”を解除していた為、『追い掛ける』と『追い掛けない』を、各々のスライムが独自の判断で行おうとして動きが乱れたのだ。


「あのような格下相手に…。それに私の命が狙いではなかっただと?」


 ヴァルディガの事を思い浮かべ、オクルスは苦々しい顔を浮かべる。

 

「……これは非常にまずい状況だ」


 オクルスは、地面に散らばる壊れた2つの腕輪を見やってそう呟いた。

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