086 スフィーダ
(およそ2,800文字)
〈この話の登場人物〉
〇レアム…ハイドランドの若き近衛兵。サニードに想いを寄せている。
◯エセス…エヴァン郷のエルフ。サニードの回想、『009 エヴァン郷の忌み子②』で登場した人物。
〇ドゥマ…通称、狂犬ドゥマ。ベイリッドの配下、ヴァルディガの弟分。オクルスに恥をかかされ恨みに思っている。
話は遡り、ベイリッドとイゼリアが邂逅する少し前──
押し寄せる下位悪魔たちを、レアムが先頭に立ち次々と斬り伏せて行く。
「鬱陶しい! 強くはないが、数が多い!」
「ゴメン! ウチが足手まといになってる!」
「問題ない! けど、俺より前に出るな! そのスライムちゃんと抱いておけ!」
サニードとグリンを守りながらのため、その歩みは遅々としていた。
「だけど、この後はどうする? 勢いで出てきちまったけど」
「本陣の方へ! ゼリューセさんやシャルレドと合流しよう。これ自体、きっと予想してなかったことだよ」
「それはそうだろ。まさか仲間割れするなんて…」
「違う!」
「違うって何がだ!? クッ! そこをどけッ!」
レアムは返す剣で、飛びかかってきた悪魔の頭を叩き潰す。
「ふぅ。…で、違うって何がだ?」
「ヴァルディガだよ。アイツがこんなミスをするとは思えない」
「思えないって……実際、ベイリッド軍も襲われているじゃないか。こっちからすれば、好機と言えば好機だが」
「こっちを有利にさせるようにして、何か罠を仕掛けるのがアイツのやり方なんだって!」
「なに? それはどんな罠だ?」
「知らないよ! だから、シャルレドに聞きに行こうって言ってんの!」
サニードは手近に転がっていた石や枝を投げて応戦するが、レアムが「余計なことするな」と怒る。
「……なんだ? 急に数が減ったぞ」
さっきから引っきりなしに襲い掛かって来ていたのに、ピタリとそれが止んだのにレアムは不思議そうにする。
「まさかオクルスがもう追いついて…」
「クソッ! 来るなら来い! やってやる!」
勝てる自信はなかったが、やけくそな気持ちでレアムは剣を構える。
そして、木がザワザワと動く。一瞬、それは風がそよいでるだけかと思いきや、サニードはピクッと耳を動かした。
「エルフだ」
「え?」
「エルフが森を移動する音だよ!」
「おい! 待てよ! 俺より先に行くなって!」
走り出したサニードは、森の中で上空を見やる。
木が不規則に揺れ、自然の音に紛れて矢が飛び、揺れている木の延長線上にいる悪魔に当たる。それも1本だけでなく、複数の箇所から同時に放たれたものだった。
「やっぱり。エルフの狩りの仕方だ」
魔眼の力を意識して、サニードは上の方を見やる。
「……なんだ? そんなところに同族か?」
背景に同化していた1体がこちらに視線を向けた気配があった。
そして上から飛び降りて来て着地する。サニードとレアムは思わず身構えた。
そして迷彩の魔法が切れると……
「ウソ……だろ。エセス?」
「まさかサニード…か」
背の高い、鼻頭に大きなキズをつけた女エルフは、サニードを見やると眼を細めた。
「なぜ貴様がこんなところにいる?」
「それはこっちのセリフだよ! エセスがいるってことは……他のみんなも?」
エセスはフンと鼻を鳴らす。
「今回の作戦に、我らエヴァンの戦士は全員が参加している」
「全員参加? なんでエヴァン郷が…」
「エヴァン郷の未来を勝ち取るためだ。その為に、ファウド様が指揮を執っておられる」
「じいちゃん…が?」
サニードが怪訝な顔をするのに、エセスは苛立ったように舌打つ。
「郷を棄てて、逃げたヤツには関係のない話さ」
「なんだと! ウチは逃げたわけじゃないッ!」
サニードとエセスは睨み合う。
「フン。今となってはどうでもいい。我らも、もう“子供”ではない」
エセスがそう言うと、彼女の後ろから大きな影が動く。
さっきのエセスのように、森に擬態する魔法が掛かっていたのでハッキリとは見えなかったが、それでも人間の背丈の数倍はあるとわかる。
「ッ! “ネグレイン”……まで。郷の外に?」
サニードは真っ青な顔をして後退る。木の根に躓き、倒れそうになったところを、レアムが後ろから支えた。
「これでわかったろう。もはや後には退けぬ戦いなのだ。ハーフエルフ……半端者はとっとと去れ」
エセスは冷たくそう言うと、自身に【同化擬態】と魔法を掛け直す。
「待って。ウェンティは? ウェンティはどうしたのさ!?」
エセスはそのまま行ってしまおうとして、ふと立ち止まる。
「……私は知らんな。聞くのなら、ファウド様に聞け」
エセスは自分が来た方を指差す。そして、半透明な大きな手が彼女を掴んだと思うと、あっという間に遥か上空へと消えてしまった。
「……さっきの女、仲間なのか?」
「仲間なんかじゃないッ」
サニードは唇を噛んだままそう言う。
「……クソ。本当に何がどうなってるんだよッ」
頭を押さえ、サニードは足を踏み鳴らした。
□■□
森の中を疾走していたオクルスは、エルフの気配とライラード軍の動きに神経を向けていた。
「気配が混じりすぎて、サニードの正確な居場所を特定できない。長く留まるのはやはり得策ではない。
……メディーナ。自由に動くことを許可する」
オクルスが“統制”を解くと、メディーナを含む全スライムたちが、各々の感覚器官を用いて周囲を探り始める。
「ベイリッド氏とヴァルディガ氏…この両者との交戦は何としても避けたい。それを踏まえつつ、サニードを確実に回収……」
オクルスはハッとして頭を引く。さっきまで頭があった所を、1本のナイフが飛んで行った。
「……今は少々忙しいのですが。何かご用でしょうか」
「よおよお、探したぜ。久しぶりだな、“商人さん”よ」
オクルスがナイフが飛んできた方向を見やると、繁みから双剣を手にしたドゥマが姿を現す。
メディーナが“再統制”を進言してくるが、オクルスは「サニードの探知を優先しろ」と短く指示を出した。
「あれからずっと考えてたぜ。オメェのスかしたツラに、剣を何度も突き刺して、グッチャグチャにしてやる日のことをよぉ」
ドゥマは先割れした舌をチロチロと動かしつつ、2本のショートソードを水平に突き出し、オクルスに狙いを定め、左右から挟み込むような平行に構える。
「……そんな風に恨まれる覚えもありませんが」
「どこまでも人をおちょくってんじゃねぇぞ!」
「おちょくってるのはそちらでしょう。依頼主の関係者だから捨て置きましたが、私の邪魔をするなら本当に殺しますよ」
オクルスが殺気を放つのに、ドゥマは一瞬だけビクリと肩を震わせるが、すぐに引きつった笑みを浮かべる。
「そうこなっきゃ面白くねぇよ!」
「これだから、戦士というのは始末に負えない……相手との実力差を、“挑戦”と捉える傾向にある」
オクルスは舌打つ。
「いいでしょう。取引外ではありますが、特別にお相手致しましょう」




