080 肉欲の毒皿
(およそ2,800文字)
少し強めの性的描写や表現があります。
この先は1本筋ではなくなりますので、メインキャラ以外の話で、必要と思われた場合は軽く登場人物の紹介を添えていきます。
〈この話の登場人物〉
◯ハイドランド・ルデアマー…サルダン小国、現領主。弟ベイリッドと国の覇権を争っている。
◯ゼリューセ・ルデアマー…ハイドランドとベイリッドの姪。領主代行。現在、ベイリッドとの戦争を指揮している。
「ほう。ベイリッド側は早くも悪魔を出してきたか」
「はい…」
節くれだった指が通ると、射干玉色の髪がサラサラと揺れる。
「しかも、なぜか同士討ちを始め、戦場は混乱しているわけか」
「被害を……最小限にするため、部隊は一旦引かせ、キキヤヤたち少数精鋭に、ベイリッド本人を押さえさせ…」
ピンク色をした唇はわずかに濡れ、熱い吐息が漏れる。
「そうかシャルレドの判断は正しい」
「その…後の、方針を……お聞きしたく……」
居心地悪そうに、白布に覆われた臀部がベッドの端から逃げようとするが、それを枯れ木のような腕が許さず、強く握りしめたことで苦悶の声が小さく響く。
「……そ、その」
「うん?」
「ほ、方針は? どのように…」
「ああ。そのままで構わん。エルフたちも動き出す。ライラードもこちらに“恩を売り”たがっているはずだ。相手が傭兵くずれや、下位悪魔なら絶好のチャンスとばかりに動くだろう」
指が揺れ動くと、水音が部屋の中に響いた。
「しかし、ベイリッドは……ここまで辿りつく…の……ではッ…ハァ…。ハイドランド伯父…さま」
動かしていた指がピタリと止まり、ハイドランドはジロッと眼を上へ動かす。
「俺の元までは辿りつかんよ。ゼリューセ」
ハイドランドに見上げられ、紅潮した顔のゼリューセは「なぜですか?」と聞く。
「“毒”っていうのは、ただ本人の食べる皿に盛ればいいってものじゃない。そんな使い方をしては、鼻のよいヤツには気づかれるものだ」
再び指を動かしだすと、水音と苦悶の音また繰り返され、ハイドランドは眼を細める。
「……では?」
「全部の料理に混ぜるのさ。そして自分だけが解毒薬を飲む」
「あ…うっ!」
ゼリューセは身を捩らせる。
「……なかなか鎧姿も似合ってるな」
「……伯父様が用意してくれたものです」
「そうだとも。しかし、全身甲冑というのは、手洗いに行く時にはなかなか不便でな。お前のは少し改良し、下履きを簡単に脱着できるようにしてある」
ハイドランドの濡れた指がフルプレートの胸からだんだんと降りてきて、柔らかく白い剥き出しの太腿を撫で回す。
「このまま……」
腰を掴んだハイドランドの手の上に、ゼリューセの手が柔らかく当てられた。
「伯父様。いまは戦時中です。部下たちが……命を掛けて戦っている最中です」
「そうだったな。……だが、それだからこそ昂っておるのかもしれん。戦場の雰囲気を、この病によって衰えた身体が求めてな」
ゼリューセは、シーツに隠れたハイドランドの下半身に一瞬視線を落とすと、恥ずかしそうに目を逸らした。
「ハイドランド伯父様。ゼリューセは、伯父様に育てられたご恩に報いたいのです。母を失い、路頭に迷っていた私を救って下さった……」
ゼリューセは甘えた顔で、ハイドランドの胸元に耳を寄せる。
「伯父様に勝利を。ベイリッドの首を盆に載せて
御身に捧げますわ」
「……そうか。楽しみにしていよう」
ハイドランドはフッと笑うと、彼女の頭頂にキスをした。
「しかし、ここまでして我慢できるのか?」
濡れた指を開き、ハイドランドが意地悪く笑う。
「……この戦が終わったら、とくと可愛がって下さいませ」
恍惚とした表情でゼリューセはそう言うと、名残惜しそうにしながらも離れ、脱いでいた下履きを履き直す。
「……戻りますわ」
髪を軽く整え直し、いつもの凛とした佇まいに戻ると、ゼリューセは一礼して部屋を出て行く。
「少し頭が固くなりすぎだ」
ハイドランドはつまらなそうな顔で息を吐くと、濡れた指をペロリと舐めた。
『……あなたは“戦場”になど出たこともないでしょうに』
魔物の剥製たちの中から低い声がした。
「俺の言うことを疑うことはない。“そういう風”に育てたんだからな」
ハイドランドは首を左右に鳴らすと、曲がっていた背筋をグッと伸ばし、床に脚をつき、「あー」と呻きながら立ち上がる。
「寝台での生活というものも考えものだな。本当に“病気”になっちまうぜ」
その足取りはしっかりしたもので、素足が硬い床を踏む感触を楽しんでる風でもあった。
そして鏡台へと向かい、白んだヒゲを撫でると、下に隠してあったウイスキーとグラスを取る。
剥製の間にいた“闇”は、水面のように揺れてハイドランドの動きを追っている雰囲気があった。
「お前もどうだ? いや、“幻影”の姿だと飲めんか」と小馬鹿にした笑みを浮かべる。
「そっちの首尾はどうだ?」
『すべて順調。予定通りです。“彼”も動き出しました』
ハイドランドは鼻を親指で払うと、手酌で酒を呷りだす。
「しかし、本当にベイリッドを倒せるのか? 俺が用意したキマイラですら歯が立たなかったんだろう?」
「まあ、お手並み拝見とばかりのつもりで送っただけだが」とか、「死骸はコレクションにしたかったがな」などと、ブツブツと付け加える。
「ベイリッドのヤツは腹が立つくらい、剣の腕だけは優れていたが、竜の力を得てからは神懸りな強さだと聞くぞ」
『その為の“商品手配”です』
ハイドランドは「ああ」と頷く。
「罪与の商人か。……なら、あの“小娘”との接触も前もって計画していたものなのか?」
『いいえ、違います。これは単なる偶然です』
「そうなのか?」
『元々、“彼女”が娼館に行ったところまでは想定内でした。そして、ベイリッドと再会させるのはペルシェの町の中での予定でした』
「幸甚、だったと? それで、こっちの陣営に上手く引き込めたというわけか?」
『……ええ。“欠如なき魔商”という存在も、計画にはより好都合でした』
「そちらの手はずは?」
『もう済んでおりますとも』
「なら、あとの問題はライラードだけか」
『……終わったら、特使との縁談を進めるのですか?』
「まさか。あんな馬鹿にゼリューセはやらんよ」
ハイドランドは鼻で笑う。
『……あなたが表舞台に立たず、妹を始末してまで手元に置いたのはこの時の為では?』
「だからこそだ。見目麗しい女が演台に立てば、もっと大物が釣れる。ベイリッドのクソ野郎を倒せば、王族関係とだって結ばせられる可能性がある。……まあ、俺の“手垢まみれの女”だがな!」
「最高の皮肉だろ!」と笑うハイドランドに、“闇”は一瞬だけ揺らぐ。
「いずれにせよ、すべてはベイリッドを倒してからだ。……そっちも抜かるなよ」
『……承知しております』
そう言うと、“闇”は掻き消えてしまう。
「……使える男だが、今だけだな。俺がガットランド王になった暁には消えてもらうとしよう」
ハイドランドはグラスの酒を一気に煽り、滴る液を袖で乱暴に拭き取った。




