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079 ダメージ0

(およそ2,800文字)

「悪魔、使役してるってのホントだったね!」


 キキヤヤは長棍を振り回し、次から次へと悪魔の頭を潰しつつそう言った。


「疑っていたのデスか?」


 カイマイロも長槍を身体に纏わせつつ、同じように群がる敵を軽く一掃してみせる。


「ベイリッド、遠くからチコッと見ただけだけど、アテには卑怯なマネする感じなかった!」


「それは確かに……。先だっての宣戦布告も作法に則ったものでしたしナ」


 他の僧兵たちは息を切らせつつの状態だと言うのに、ふたりは何のことはないとばかりに話し続ける。


「でも、こんなでアテらを止められると思ってたなら…」


「続く言葉は、“おめでたいにも程がある”…かな」


 今まで余裕を持って戦っていた、キキヤヤが真顔になり、カイマイロの口髭がピンと立つ。


「ベイリッド……ルデアマーッ!」


 ベイリッドが散歩でもするような足取りで、 木立の間から現れる。


「君たち屈強な僧兵団を、こんな下位悪魔でどうこうできるとは考えてないさ」


 近くにいた悪魔がベイリッドに襲いかかるが、彼に触れる前に頭が叩き潰されるか、胴体を真っ二つにされて絶命する。


「剣を抜いた素振りもなク…?」


 カイマイロの額に汗の玉が浮かぶ。


「ナカマじゃないのか?」


 キキヤヤはいつになく真剣な顔で問う。


「今回の件は事故だ。この悪魔の掃討のため、一時的に協力したいがどうかね?」


「アテらが信じる思うか?」


 ベイリッドはフゥと息をつく。


「思わないさ。せめて私の邪魔はしないで貰いたいところだが⋯その頼みも通りそうにはないようだな」


 戦闘態勢を解くどころか、さらに殺気が増した僧兵団を見やってベイリッドは肩をすくめる。


(カイマイロ。シャルレドの作戦通り、“少しダメージを与えて逃げる”ぞ)


(ハッ! 疲労させるためですナ)


 キキヤヤもカイマイロも、ベイリッドの強さを間近に見て真正面から戦っても勝てないことは十二分に理解できていた。


「自分で言うのもなんだが、いきなり“頂上決戦”となるか…」


 ゼリューセ陣営で、最も強い駒がキキヤヤだ。それを知っているベイリッドは苦々しそうに呟いた。

 

「アテとカイマイロ、倒せばオマの勝ちだ! 喜べよ!」


「喜べ…? この無益な戦いを?」


「それを望んだのはソチラでショウッ!」


 カイマイロの震脚を合図に、僧兵たちが動き出す!


「イヤッハッ!!」「セイアッ!!」


 振り回される長棍を、ベイリッドは見もせずに避けた。


「ウラララライッ!!!」


 高く跳躍したキキヤヤが、僧兵たちの間をすり抜けて、ベイリッドの死角となる部分から急襲する!


「無駄だよ」


 振り下ろされた渾身の一撃を、ベイリッドは手甲で軽く弾く。


「ラァオゥ! アッーハァッ!!」


 キキヤヤは中空で横回転すると、そのまま着地して、勢いそのまま滑るように長棍で薙ぎ払う!


「いい攻撃だ。だが、私には通じない」


 顔に迫る長棍を、ベイリッドは手の平で受け止める。


「カイマイロッ!」


 キキヤヤはニヤリと笑うと長棍を手放し、腰のカットラスを抜いて走る!


「ハッ!!」


 いつの間にか接近していたカイマイロが、キキヤヤの合図に併せて飛び込んで来た。


 カイマイロが槍を投げ、ベイリッドは首を動かしてそれを避ける。


「ウララララッ!!!」「イィヤオォッォ!!」


 キキヤヤとカイマイロが同時攻撃を仕掛ける!


 キキヤヤが上から狙えば、カイマイロは下から迫り、カイマイロが右に回れば、キキヤヤは左から飛んでくる。完全に死角狙い、決定打を当てる事だけを考えた連係攻撃である。


「……フゥ」


 対するベイリッドは、この攻撃を避けるのを諦めた様子だった。しかし、自身の剣に手を掛けることもなく、ただの棒立ちとなる。


 翻るカットラス、続けざまに放たれる拳、手刀、足刀、掌打など。これらすべてが無防備なベイリッドに容赦なく当たる。


 無数の連打、しかもすべてが練熟された(オド)を纏った攻撃だ。一発だけでも致命傷になる。


 休まずに攻撃を繰り出していたキキヤヤ、カイマイロの額に、疲労とは違う汗が滲み始める。


(なんだ? コレはッ…)


(手応えはアル。確実に我々の打撃は当たっていルガ…)


((…なんで、倒れない!?))


 ベイリッドは攻撃を受けて倒れるどころか、身動ぎもしなかった。刃物を当てても皮膚が斬れてすらいないし、殴っても内出血ひとつしないのだ。


「……わかったかね? 通じないということが」


「わかるかよ! なら! コレでどうだ!!」


 キキヤヤはカットラスも手放すと、右手の人差し指と中指に“気”を集中させ、ベイリッドの眼球を狙う。


 人体で最も柔らかい急所である目を突き、眼底を割り、脳を直接攻撃するという、普段では使うのを躊躇う危険技である。


 ベイリッドは正面を見据えたまま、キキヤヤが放つ技をそのまま受ける。


「な、なん…だ?」


 キキヤヤに驚愕の表情が浮かんだ。


 確かに眼球に触れ、勢いよく突いたのに、ベイリッドはまったく動かない。まるで指の方が弾かれたように、キキヤヤの指先に鈍い痛みが走った。


「君たちの今までの攻撃は、ダメージ“0”だ」


「うッ…」


 ベイリッドは、キキヤヤの手を静かに払う。


「同じ戦場にはいる。だが、それは私と“同じ領域”にいるというわけではない!」


 そのままベイリッドはキキヤヤを投げ飛ばす。それは技というよりも、ただ手首を掴んで横に振っただけなのだが、それでもキキヤヤは大きく飛ばされ、木の幹を蹴って着地する。


「クッ!」


「キキヤヤ、落ち着いテ。今は“作戦”に集中ヲ!」


「そんなんわーってる!」


 キキヤヤもカイマイロも“気”を練る。僧兵たちがたじろぐほど、それは強大なうねりとなって光の柱のように視えた。


「鍛え上げられた唯一無二の力。それが“自分の力”なのだと、私も信じて疑わなかった時があったさ」

 

 ベイリッドはここではない遥か遠くを見やり言う。


「だが、今は違う。“与えられた力”には大きな責任が伴う。私にはそれを全うする義務がある」


 キキヤヤ、カイマイロは気合を発し、一気呵成にベイリッドへと飛び掛かる!


(一発だけでも…!)


(ダメージを与えてニゲル…!)



──竜圧──



 ベイリッドの胸からの放たれる重力波に、キキヤヤとカイマイロはグルンと白眼を剥く。


(こ、こなクソがァ……)


(こ、これは“魔法”ナノ…カ…)


 殴り付けようとした拳から力が抜け、その場に昏倒する。


 周囲にいた僧兵たちもバタバタと倒れていく。


「……すまないな。君たちは充分、強かったよ」


 ベイリッドは眉を寄せて俯くと、そのまま倒れているキキヤヤとカイマイロの横を通り過ぎて行ったのだった──。

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